act.1-5
攻防を続ける二人の様子はさながら美しい剣舞のようでもあった。審判役のヒカリでさえも息を呑んで見守る中、長いような短いような時間が続いていた。
『──そこまで』
「!!」
突然辺りに響き渡った声に、二人は動きを止めた。ゼンはカナリの首を狙っていた木刀を、カナリはそれを防いでいた木刀をゆっくりと下ろした。カナリが辺りを見回していると、天井から降り注ぐようにまた声が聞こえた。
『お取り込み中ごめんなさいね。けど、良いものを見せてもらったわ』
「──……ナギ?」
「見てたのかよ」
ナギの声だ。だが姿は見えない。見上げて周囲を探ると、ところどころに建てられた柱の上部に小さい機械が取り付けられている事に気づいた。
その中のひとつに向かって、ゼンは顔を向けた。
「普段はろくに使ってないくせに、覗きなんてどういう風の吹き回しだ?」
『しょうがないじゃない。ヒカリは今そっちにいるし、一度にまとめて話しかけるなら通信機よりも手っ取り早いでしょう? それに、彼女の力量も見ておきたかったしね』
「……本命は後者か」
ゼンは眉根を寄せてため息をつく。そんな様子を見ていたのか、微かに笑い声が聞こえた。
『カナリが十分即戦力になることがわかって安心したわ。……それで二人とも、病み上がりで悪いんだけど』
ナギの声の質が固いものに変わる。スピーカー越しにもわかるその変化に三人にも緊張が走った。
『任務よ。すぐに司令室へ』
数分後、三人は司令室へと足を踏み入れた。執務机の横に立ったヒカリに促され、ゼンとカナリは並んでソファに座る。間もなく奥のカーテンが揺らぎ、大きな紙を筒状に丸めて抱えたナギが姿を現した。
「お待たせ。意外と早かったわね」
「普通だろ。で、用件は?」
返事も早々にゼンが問うと、ナギは紙を机に置き、広げながらヒカリの方を見やる。
「ヒカリが先日、おぼろ気だけど夢を見たの。話してあげて」
カナリとゼンが視線を向けると、ヒカリは思い出すように目を閉じる。
「──眩い草原の中、風が吹き荒れていて……とても懐かしく感じたの。女の人の声が聞こえた。何を言っているかは、わからなかったけど」
「草原、風……大方《緑》か《風》の《カギ》ってところか」
「……《カギ》?」
ゼンが顎に手をあてて思案する一方で、聞き慣れない単語にカナリが首を傾げる。彼女の頭には、錠前を開けるための鍵が思い浮かんでいた。そんな彼女の様子を見て、そういえば話してなかったわね、とナギが苦笑した。
「時間がないから細かいことは省くけど、簡単に説明すると守護者の力を増幅させる存在のことよ。それの回収が私たちの主な任務の一つ」
「そう、なんだ」
「それで、ヒカリの花占いや《先駆》達に調べさせている逸話や伝説を照らし合わせたところ、めぼしい場所がひとつ浮かびあがってきたの」
そこまで話すと、ナギは二人を机へと手招いた。室内に居る四人で机を囲うように立つ。机の上に広げられた紙は、《光の塔》を中心に広域の地形が描かれた地図だった。ナギは地図上のある一点を指し示す。
「《光の塔》より西北西の位置にある古代都市の一つ、ヴェントルーチェ。ここには、『願いを叶える杖』の伝説があるの。その杖には、緑色の宝玉があしらわれていると聞くわ」
「願いを叶える杖に、緑の宝玉か。確かにそれが 《カギ》である可能性はあるな」
「そういうこと。だから今回の任務はヴェントルーチェでの調査。《カギ》が見付かれば回収をお願いね。ついでに近辺にいる魔物の討伐も」
「メンバーは?」
「ここにきる二人よ。つまり、ゼンとカナリね」
「二人?」
ナギの言葉にゼンは不可解さを滲ませ眉根を寄せた。カナリがちらりとその顔を見ると、明らかに曇った表情を浮かべている。
「新人に《カギ》探しって、初任務にしては重すぎないか?」
「そう? でも力はそれなりにあるでしょう。手合わせした貴方が一番わかってるだろうけど」
「だが」
「ちょうど他の《守護者》はみんな任務に就いているから、ヒカリは万一の為に待機させたいのよ。……それとも、新人のフォローもできないの? ゼンってそんなに弱かったかしら」
「…………」
ゼンは鋭い目でナギを睨んだ。対するナギは笑みを絶やさずに視線を合わせ、挑発の姿勢を崩さない。二人の間で十数秒ほど無言の応酬が続いた後、深いため息と共に折れたのはゼンの方だった。
「……やればいいんだろ」
「決まりね。ちなみにこの任務が終わったら二人でペアを組んでもらうかどうかも決めるから」
「はぁ!?」
「当たり前じゃない。今いる守護者の中でペアを組んでないのはゼンとエガ、それにヒカリぐらいでしょ? ヒカリは私の手伝いがあるから組ませる訳にはいかないし」
「だからって何で俺だけなんだ。エガとの相性も見てから決めるべきだろ。それに俺は──」
「大丈夫よ、きっと」
「は……?」
声を荒げるゼンに何故かナギは意味深な笑みを見せた。ゼンは彼女の意図が読めず、いぶかしげな視線を送る。しかしそれは容易く躱されてしまった。
「──と、いうことで。いいかしら、二人とも?」
「うん」
「──ああ」
片方は少し緊張した面持ちで、片方は不機嫌そうに渋々ナギに応えた。ナギは満足そうに頷く。
「──で、次に移動手段ね。いつもだったら汽車で移動してもらうんだけど……ヴェントルーチェは古代都市だから、今は交通の手段が徒歩以外に無いのよね。一番近い駅からも、馬車を使ったとしても半日はかかる。ルイも不在だから転移もできないし」
「別に、いつものことだろ。何でそんなもったいぶった言い方すんだよ。で、次の汽車は何時だ?」
「それがね……」
ナギは一度言葉を切り、壁際に置かれている振り子時計を見やる。
「ちょうど今なのよ」
「はぁ? なんでもっと早く言わないんだよ」
「仕方ないじゃない。ゼンと問答してたら時間かかっちゃったんだもの」
「ちゃった、じゃねえだろ。それにしてももっと早く招集かけるとかできただろ。お前それでも総領か」
眉間に皺を寄せるゼン。しかしナギは表情を変えなかった。
「大丈夫よ、代替案はちゃんとあるから……ね、カナリ」
視線をカナリに向け、ナギは悪戯っぽい笑みを浮かべた。ゼンもあわせて隣のカナリを見る。彼女は、微笑んだ。
「うん、任せて」
それから数十分後、光の塔の広い屋上の一つに四人は出る。必要最低限の荷物を持ったゼンとカナリは、総領と妹よりも前に出た。
「じゃ、よろしくカナリ」
「うん」
ナギに促されたカナリは頷き、おもむろに自分の得物である刀を鞘から引き抜く。少し反り気味の刀身が、傾き始めた太陽の光を受け強く光った。
カナリはそれに向かって小さく呼びかける。
「いくよ、《風疾》」
すると彼女の声に反応し、刀身が淡く緑色に発光した。それを見てカナリはは自分の胸の前で刀を横に構え、刃のない部分をするりと撫でた。
「──『カミカゼ』」
一陣の風が吹き、地面の少し上の空間に集まる。やがてそれは淡い光を放つ一つの陣を形成した。丁度二人が座れそうな広さだ。カナリは息をつくと静かに刀を収め、躊躇いもなく地面から数センチ浮かぶそれに足を乗せた。
「いいよ、乗って」
促され、ゼンも足をかける。意外にもしっかりとした足場で、固い地を踏んでいるかのような感覚だった。陣の上に乗った二人にナギが声をかける。
「カナリ、わからないことは道中ゼンに訊いてね。ゼン、カナリのフォローよろしく」
「わかってる」
「うん。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、気をつけて」
姉妹に見送られ、二人は空へと飛び立った。
二人の姿がが見えなくなった頃、ヒカリは無邪気な声で姉に問いかける。
「姉さま、ゼンはいつ気付くと思う?」
悪戯が成功するのを心待ちにしているのを隠しきれない妹の頭を、ナギは優しく撫でた。
「そうね……帰って来るまでには気付いてるんじゃない? 大丈夫、ゼンならきっと気付くわ」
姉妹はよく似た表情で楽しそうに笑った。