act.2-3
アルデと名乗った《風の民》の長は二人を都市にある建物のひとつ──長の家へと案内した。外観は多少崩れているものの、室内は普通の家と変わらず生活感がある。客間の椅子に座るよう促され、二人が座ると向かい側にアルデが腰を下ろした。
アルデの背後には先ほど一戦交えた男たちが並び立ち、ゼンたちの様子をうかがっていた。複数の視線にさらされ、カナリは居心地が悪そうにしていたが、ゼンは臆することなくアルデを見据える。
「──それで、あなた方はどのような目的でここにいらしたのですか?」
「《カギ》──《守護者》の力の源であるモノを探してるんだ。《光の巫娘》がここにあるという夢を見た。何か心当たりはないか?」
「《カギ》、ですか……」
ゼンの切り出した内容に、アルデはしばし考え込むように口元に手を当てる。少し迷うように目を動かしたのを見て、カナリはおずおずと問いかけた。
「何か、あるんですか?」
「──はい、実は、私たちが代々守っているモノがあります」
「それは?」
「杖です。願いを叶えると言われている」
「杖?」
ゼンが聞き返すとアルデは静かに頷く。
「それを手にし、願えば望みが叶う。しかしその代償として望みの大きさに合わせて寿命を吸われてしまう、そういった逸話のある杖です」
「良ければ見せてもらえないか? それがもし《カギ》なら譲ってほしい」
「…………わかりました」
「長!」
アルデの了承に間髪入れずに周囲の人々が声を上げた。カナリが肩を震わせ周りを見ると、誰もが困惑の表情を浮かべている。
「決断が早すぎませんか、長」
「杖は我らの宝、我らの象徴と言っても過言ではない」
「彼らの事だってそうです。私達は信用できない」
「もしも偽者で、邪な望みを持っていたとすれば、どう悪用されるか」
「落ち着きなさい」
低いその声に人々は口をつぐんだ。アルデは穏やかな口調で諭すように言った。
「この方々が《守護者》であることは間違いない。手甲の金の紋章がその証。この紋章には術が織り込まれているから、真似はできないのだ。そして《守護者》はどこの国にも属さず、《光の神》に忠誠を誓う者。故に、《守護者》の言葉は一国の王よりも重いのだ」
「──すまない」
ゼンの言葉は申し出ではあるが、命令と同義でもある。《守護者》の言葉の重さを一族の長であるアルデは知っていたのだ。ゼンが謝ると、彼は穏やかに笑う。
「そんな顔をしないで下さい。《光の神》の意思であるなら、これにも何かの意味があるのでしょう。それに私たちが守るモノは杖だけではないですから」
この都市を守り、後世へ伝えてゆくのが一族の使命なのだと彼は言った。そこでゆっくりと腰を上げる。
「杖の所までご案内しましょう。その目で確かめ、《カギ》であるならどうぞお持ち帰り下さい」
「あぁ──」
続いて二人も立ち上がった、その時。そう遠くない所で爆音が聞こえ、足元が揺れた。とっさのことでカナリはバランスを崩したが、ゼンがすぐに腕を掴んで安定させる。ゼンは眉をひそめて音のした方向へ顔を向けた。
「一体何が──!?」
アルデが呆然と呟いた時、扉が開き一人の青年が飛び込んできた。
「アルデ様!」
「どうした、何が起きた」
「ま、《魔物》です。都市に侵入し、此方へ向かって来ています」
「規模は」
「一体です。数人が応戦中ですが──」
「……能力持ち、か」
青年の焦った様子を見てゼンが低く呟く。言葉の意味がわからなかったカナリがゼンを見上げると、気づいた彼はやや早口で説明した。
「俺らの敵、《魔物》はその力で五段階に分けて判別してるんだ。一般人でも倒せるザコがD、ちょっと骨のあるやつがC、能力持ちで一般人じゃ歯が立たないのがB、一人で倒せないのがA、最強がSという具合にな。おそらく今ここに来てる《魔物》はBランク。知能が高ければヒトの言葉を話し、個々に能力を持つ。慣れなかったり相性が悪かったりしたら厄介だ」
「──つまり、《守護者》じゃなきゃ太刀打ちできないってこと?」
「そうなる」
短く肯定して、ゼンはアルデ達に視線を移した。
「とにかく避難を。並の力じゃアレは倒せない。俺達が魔物を倒してから、話の続きをしよう」
「わかりました」
「──待って」
「カナリ?」
アルデが答え終わらないうちにカナリが声を上げた。何事かとゼンが再び目を向けると、カナリはとんでもない事を言い出した。
「私が魔物を引き付けて別方向に誘導する。ゼンはアルデさん達と一緒に行って」
手段のひとつとしてゼンの頭の中にもあった策だが、新人である彼女を見捨てることなどして良いはずがなかった。実力はあるが、ゼンはまだ彼女の力を完全に信用したわけではない。ゼンは首を横に振った。
「その案は俺も考えたが、リスクが高すぎる。さっきも言ったが、Bランク以上の能力は未知数だ。どんな能力を有しているかわからない。それに、お前は能力持ちと戦うのは初めてだろう」
「でも、私達が二人とも倒しに行って、別の場所にもう一体いるとしたら、アルデさん達はまた襲われるかもしれない。二手に別れるなら、確実に守れるゼンがアルデさんについて行った方がいい。能力持ちと戦ったことはないけど……でも、《カギ》と皆を守るにはそれが一番良い方法だと思う」
だから行かせて、とカナリは真剣な表情で言った。初めて見るその表情にゼンは言葉を詰まらせる。
「大丈夫。危なくなったらすぐに逃げる。初陣で死ぬなんてヘマはしないよ」
その緑がかった黒い瞳の奥の光が揺らぎそうにないことを、ゼンは悟った。一度目を伏せ、次にアルデを見る。
「避難場所は?」
「都市の西に洞窟があります。そこに杖も」
「避難場所に着き次第索敵を行う。カナリ、お前は相手の能力を見極めてから撒いて合流しろ。倒そうとはしなくていい」
「わかった。──じゃあ、ゼン」
ゼンの指示に頷き強気な笑みを見せたカナリは、行ってくる、と外へと駆け出した。




