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青空の理由

作者: 田神 へいき

 

 欠伸をした。


 清々しさなぞ感じられない灰色の欠伸だった。どうやら夢見が良くなかったらしい。けだるげな眼をぶら下げて、おれは郵便を確認するために家を出た。


「空はどうして青いのだろう」


 そんな声が背後から響く。振り向いて、驚いた。玄関の引き戸でくまのぬいぐるみが、どうやら人語を介して語りかけてきているらしかった。不思議とそれ以外には考えられなかった。おれはこんな可愛らしい趣味はしていないのだが。


「太陽光は空気中で散乱する。中でも特に波長の短い青色の光は強く散乱して、強調されるから。だから空は青いんだ」


 するりと己から出た言葉。

 呆れるとともに、どこかで小耳に挟んだ知識に少し感謝した。

 くまはなにも言わない。おれの足元を通り、ご丁寧に門から出ていった。


「お前はいつからここに居たんだ?」


「いま」くまは歩みを止めなかった。




 ーーーー




 奇怪なぬいぐるみを追いかけて行くと、到着したのは近所の公園だった。迷いない足取りで進んでいく。


「何しに来たんだ?」


「体を洗いたくて」


 改めて見ると、ぬいぐるみのいたるところに土汚れがこびりついている。「……やれやれ」重く息を吐いて後に続いた。

「ぐっ」水飲み場を目指して歩いていると、かたわらの茂みから物音がした。重いものが落ちたような音と、……うめき声。


「そこ、誰かいるのか」おれは声をかけて近づいた。


 跳び上がった。男だ。汚らしい男だ。ぬいぐるみの泥がオシャレに見えるくらいに、その男は全身が泥まみれだった。顔まで判別できない。

 そしてーー「そのぬいぐるみをこちらに渡せ。さもないとタダではすまない」――その手には錆びた包丁が、ぬらぬらと鈍い色を放っていた。


「気が狂ったホームレスか……」おれはつぶやいた。不思議とそんな感じがしたからだ。我ながら余裕だなとか、馴染み深いようなとか。そんな感覚。緊張感もクソもない。


「甘いな。こいつの職業は『殺人鬼』だ」くまが芝居がかりに言い放った。


 何を言っているんだ、付き合ってられない。おれは妙な親近感を振り払い、めいっぱいの疑心と警戒を込めた目で泥の男と、ふざけたくまをにらみつけた。包丁を振りかざす男の目は血走って震えている。


 くまは外見にそぐわぬ軽快な足取りで駆けだした。


「逃げるが勝ちってね」


 ふざけるなよお前。おれはくまを追いかけた。殺人鬼も茂みから這い出て、追ってきている。

 うさぎのように走るくまは公衆トイレに飛び込んだ。馬鹿だ。鳥頭だ。くまなのに。それでは結局逃げ場がないではないか。おれは方向転換しようとして、すぐ後ろに迫る殺人鬼に気圧された。時間が無い。


「くそっ!」




 ーーーー




 飛び込んだ公衆トイレの中は、しかしどう贔屓(ひいき)目に見ても斜に構えてみてもトイレではなかった。


 ぐにゃりぐにゃりと視界が歪み、何も無い緑のような紫のような世界を、おれは落ちていた、それか登っていた。それか回っていた。感覚がおかしい、よくわからない。たぶん、落ちているのだと思う。

 そんな酔いそうな気分が十数秒続き、はたと目が覚めると見知らぬ場所に立っていた。ごうんごうんと耳馴染みのある低音。


 カラフルが回る洗濯機と文字化けした雑誌。時計は文字盤が落ち、洗面台の鏡は割れていた。外の景色はくすんだねずみ色。端にある部屋は用途不明の……更衣室か? 隣には扉、非常口が見える。


 コインランドリーだ。


 うん。


 コインランドリーだ。どう見ても。


 おれはたっぷり数秒考えて「どういうこと?」と結論を出した。


 とにかく今は情報が欲しい。意味がわからなすぎてどうにかなってしまいそうだ。

 反射的にポケットを手でまさぐる。スマートフォンはない。というかあるのは寝起きそのままのジャージ上下と、履き潰されたスニーカーだけだった。動きやすい格好なのがせめてもの救いか。走って逃げられる。


 とにかく、ここを出てみよう。そう方針を定めたおれは、しかし、何秒待っても跳んでも蹴ってもうんともすんともいわない自動ドアに、湿っぽい舌打ちしかできなかった。改名しろ。不能ドアに。

 おれは沈んだ気持ちを無理やり回転させ、今度は奥の非常口に手をかけようとーー


「そこ、開かないよ」


 完全に予想外の声に全身が鉛と化した。

 確かに、いくらドアノブを捻っても扉は開かない。どうしてだ?


「鍵がかかっているからさ」


 当然だ。言われてみれば。言われてみなくても。


「そしてオートロックだ。開けたら閉まる」


 それはどうでも良い。


「……あんたは、誰だ……?」


「名乗るほどのものじゃない」


「なんで出てこないんだ」


「それは謝ろう。実は少し体を濡らしてしまって、人様にお見せできる姿じゃないんだ」


 こもって聞き取りづらい声。その音源は謎の更衣室の中から、これまた芝居がかった喋りがおれの不安をかき立てる。


「くまのぬいぐるみを見なかったか? 歩いて喋る、不気味の権化みたいな汚いぬいぐるみなんだが」


「ノーコメント」


「ここはどこなんだ? 見たとこコインランドリーみたいだけど」


「ノーコメント」


「いま何時?」


「ノーコメント」


 今すぐぶん殴りたい、この男を。おれは拳を握りしめて、理性で衝動を押さえつけた。今は争ってる場合じゃない。今この瞬間にもあのイカれた殺人鬼がこの場所にーー「公衆トイレは使えないよ」――公衆トイレを通ってき、て……


「え?」


「あの『トビラ』は君が通った時点で閉じた。もう使えない」


「あんたは……いったい……?」


「まあ普通に外から歩いてくるんだが」


「は?」


 振り向くと、全身泥まみれの男が包丁を握りしめて今まさに自動ドアを通らんとーー


「―――っっ」声なき声で悲鳴をあげる。だが、あの自動ドアは欠陥品の不能ドアでーー「自動ドアって手動で引き戸みたいに開くんだよ」――こいつマジで許さん。


「落ち着いて。殺人鬼はこっちが受け持つから。君は今すぐ逃げるんだ。――そうだ、君にこれをプレゼントしよう」


 まるで今思い出したかのように言って、更衣室の仕切りの奥から手が、そこに乗せられた小さな鍵が差し出された。


 何に使うのかは、考えるまでもなかった。




 ーーーー




 先と変わらぬ言葉を吐き捨てながら飛び込んだ先は、案の定のどどめ色の世界だった。


 二度目の不可解な浮遊感にあおられること十数秒。おれは考える。


 あの殺人鬼はいったいなんなのか。あのぬいぐるみはいったいなんなのか。あの更衣室の男はいったいなんなのか。そもそもおれはいったいなにをしているのか……。今日の晩メシは何なのか。

 考えても考えても、わかるのはなにもわからないという消化不良な事実だけ。今自分がどこに向かっているのかも不明だ。そして恐らく今日の晩メシは昨日の肉じゃがの後処理だ。


 叶うなら、この次の行き先で悪い夢が覚めますように。


 そう心の底から願って、目を食いしばるようにつむった。


「ぐっ」


 視界が晴れて、一瞬の浮遊感。

 ーーを噛み締める間もなくしたたかに腰を打ちつけた。背筋を走る嫌味な感覚と、全身と浴びた泥。

 どうやら水たまりに落ちたようだ。そして泥まみれとはおあとが相当によろしい。今さら言語化したくはないが、おれはとことんツキがないらしい。熱を訴える腰をさすりつつ、起き上がろうとした。


「そこ、誰かいるのか?」


 致命的な声が聞こえた。殺人鬼の、あの声が。

 全身が総毛立つ。足音が近い。今のこの体勢では逃げることもーー

 カラン、と。手に当たるものがあった。これは、刃物……!!


 とっさにそれをにぎりしめ、おれは不意打ちを狙うべく思い切り立ち上がった。


 目の前に、おれがいた。


 自分でも驚くべきほど円滑に理解して。するりと言葉が己から出ていくのを感じた。



「そのぬいぐるみをこちらに渡せ。さもないとタダではすまない」




 ーーーー




「いったいどういうことなんだ……?」


 そう声をもらす。この言葉は半分ほど嘘だ。本当は自分が置かれている状況への答えに一つ見当がついている。しかしあまりにも突拍子もないそれは、全く受け入れ難いと理性と本能が拒否するのである。ありえないだろう。馬鹿げている。馬鹿馬鹿しく馬鹿げている。


 おれは深い溜め息をつき、右手を見やる。


『おれ』との相対。口から滑り出した台詞。泥まみれの自分。握られた包丁は錆だらけ。「気が狂ったホームレスか……」「甘いな。こいつの職業は『殺人鬼』だ」記憶に新しい言葉が鼓膜を突き抜け、「逃げるが勝ちってね」逃げる『おれ』とぬいぐるみ。追いかけるおれ。「くそっ!」そして二人は公衆トイレに飛び込んだ。


 これが数秒か数分前のリプレイだ。


 清々しいほどに『同じ』行動を目の当たりにした。公衆トイレに入ってみるも誰もいない。言葉を借りるなら『トビラ』が閉じているのだろう。

 ハッとして、好奇心のまま鍵を振り回してみる。変化はない。宙にかざせば道が開かれる、なんて。ぞんがい悪くない展開だと思ったのだが。


「さすがにSFが過ぎるか……」鼻で軽く笑うが、ついさっき目の当たりした現象が現象だ。『ある』と思っても仕方あるまい。


 おれは、過去の『おれ』と対面したのだ。


 そして、今のおれは例の『殺人鬼』役らしい。酷いオチだ。

 受け入れ難い現実。まあ夢を見ているということも十二分にあり得るが、今のところ目の前に起きているのは現実としか思えないし、明晰夢の経験もないし、なんならつねった頬はジリジリと熱を放っている。


「……………………やれやれ」


 おれは考えることを放棄した。放棄したというより諦めた。諦めたというより飽きた。飽きたというより疲れた。考えすぎて疲れて飽きたから諦めて放棄した。

 今はこの泥だらけのジャージをどうにかしたい。そして顔を洗いたい。

 どうやらこの公園の水道類は全て使い物にならないらしい。欠陥にもほどがある。夢だからか? 普段公園なんて使わないからわからない。視線痛いし。


 おれは公園から出た。大げさなほどの大股で。


 目の前に見たこともないボロっちいコインランドリーがあった。


「……なるべくして、」


 なってるなぁ。


 そんなしみじみとした感想しか出てこなかった。末尾に『みつを』とでも貼り付いてそうだ。

 おれは迷いながらも自動――不能ドアに手をかけた。ここに入らなければ色々とまずいのではと、大いなる意思じみたものに従ってやる。服も洗いたいし。……洗えるよな? そこは信じる他ない。おぉ神よ。我に数百円相当のご慈悲を……


 扉はロックされておらず、重い手応えと共にズルズルと横にスライドした。


 同時に鉄の扉が閉まる音。前の『おれ』が出ていったのだろう。……てか、ドア横に引いときゃ良かったのか。気づけよ。さっきの『おれ』。

 おれはこの状況を楽しみ始めている自分に気づく。でなければ損だ。損は無い方が良いに決まっているのだ。至言である。


 さて、ここからどうするか。


 全くの未知の領域。何をすればわからない。未来を知らないとは実に不便である。当たり前だった。……殺人鬼らしいメッセージとか壁に彫ってみるかな……いやその前にジャージを……そういえば、更衣室の男は殺人鬼をどうにかするとかなんとか言っていたようなーー


 正面から飛んできた蹴りは槍となりて、おれのみぞおちと意識を刈り取ってサヨナラした。




 ーーーー




「最悪のおはようだ」


 本日二度目の目覚めは泥の味がした。体を起こすと腹部を中心に、全身に痛みが広がっている。ギシギシと軋んでもいる。今すぐおやすみしたい気分だ。


 いったいどれほど眠っていたのだろう。


 時間に餓えるアタマが壁の時計を見やるが、文字盤がない。死ね。当然ながらスマートフォンもない。気力が失せていくのを感じる。

 なんとか気を立て直し、舞い戻ってきたコインランドリーを見回すと、奇妙な変化に気づいた。


「……洗濯機が空だ」


 先ほど訪れたときは多種多様な色彩が全ての洗濯機を埋めつくしていたのだが。今は見る影もなく、まるで四角く切り取られた世紀末のようだ。気絶している間に回収されたのか。不自然にも思えるがそれしか考えられない。


「ん?」やることもないのでひたすら洗濯機の中を確認して回っていると、最後にあけた洗濯機に見覚えのあるモノが入っていた。余り物には福も服もなかったが、くまのぬいぐるみはあったのだ。


 恐る恐る取り出してみると、くまのぬいぐるみは綺麗に乾いていた。乾燥機つきだったのだろうか? 操作方法などの表記も全て文字化けしていてわからないが、最新式は素晴らしく高性能のようだ。


 べたべたとぬいぐるみを触っていると、ぬいぐるみに泥がこびりついているのに気づく。たった今、おれの体から付着した泥だ。まだ乾ききってはいなかったらしい。そうか、こうやってこのぬいぐるみは汚れてーー


 なにか、嫌な予感がした。


 おれはジャージを脱いでくまのぬいぐるみが入っていた洗濯機に放りこんでスイッチを押す。問題なく洗濯機が稼働するのを見届けると、ぬいぐるみの背中に腕を突っ込んでみた。

 その手は文字通り空を切った。果てしなく奥まで。覗けば深淵。これならば中に人が入ることも十分に可能だろう。


「……なるべくして、」


 なってるなぁ。


 


 ーーーー




 くまのぬいぐるみを被ると、そこは元いたコインランドリーではなかった。目の前の男にこう問いかける。


「空はどうして青いのだろう」


 男は答える。


「太陽光は空気中で散乱する。中でも特に波長の短い青色の光は強く散乱して、強調されるから。だから空は青いんだ」自身の言葉に驚いている様子だ。


 それを聞きとげたおれは、男、もとい過去の『おれ』の足元を通り過ぎ、とてとてと淀みない足取りで道路に出た。「お前はいつからここにいたんだ?」


「いま」




 ーーーー




 乾いた泥まみれの足で公園まで。『おれ』が茂みに声をかけて近づくと、『おれ』がその中から電撃登場した。紛らわしいことこの上ない。「気が狂ったホームレスか……」そう呟く『おれ』に向かって、大物俳優顔負けの名演で言い放ってやった。


「甘いな。こいつの職業は『殺人鬼』だ」


 嘘だ。そいつは現在フリーターのスネかじりである。

 おろおろと狼狽えるみっともない『おれ』を尻目に、おれは「逃げるが勝ちってね」と言い残し公衆トイレへと走った。あまり経験した状況と変えてはならないという思いもあったが、まるで動きが体に馴染んでいるように自然と同じ行動を取っていた。あのとき心からムカついた、あの行動を。


 おっかなびっくり追いかけて来ているであろう『おれ』たちに振り返ることもなく、おれは公衆トイレへと飛び込んだ。




 ーーーー




 気がつくと、もはや馴染みのコインランドリーにいた。相変わらず洗濯機はカラフルに回り、相変わらず時計の文字盤は落ち、相変わらず洗面台の鏡はわれ、相変わらず更衣室と非常口がここにはある。


 やることは予想できている。


 おれはぬいぐるみの鎧を脱ぎさり、先ほど洗濯機に放り込んだジャージを取り出した。どういったカラクリなのか、乾いている。代わりにぬいぐるみを放り込んでスイッチを入れた。

 洗濯機の稼働を見届け、おれは更衣室に滑り込んだ。数秒後に、もう一人の人間の気配を感じる。最初の『おれ』だ。

 相も変わらずあたふたおろおろと挙動不審な様子を肌で捉え、ぴょんぴょんがんがん滑稽な音を耳で捉え、舌打ちしてこちらに来たところを見計らって声をかけた。


「そこ、開かないよ」出来るだけ丁寧に、優しく、そして胡散臭く。


 相手が考えていることが手に取るようにわかる。


「鍵がかかっているからさ。…………そしてオートロックだ。開けたら閉まる」


「……あんたは、誰だ……?」


「名乗るほどのものじゃない」


 だって『おれ』だし。


「なんで出てこないんだ」


「それは謝ろう。実は少し体を濡らしてしまって、人様にお見せできる姿じゃないんだ」


 肌着のシャツとパンツだけだしな。


「くまのぬいぐるみを見なかったか? 歩いて喋る、不気味の権化みたいな汚いぬいぐるみなんだが」


 知らん。


「ノーコメント」


「ここはどこなんだ? 見たとこコインランドリーみたいだけど」


 知らん。


「ノーコメント」


「いま何時?」


 知らん。むしろ教えてくれ。


「ノーコメント」


 答えられないものは仕方がない。今この仕切りの向こうでは、『おれ』が拳を握りしめているのだろうが許して欲しい。お前ももうすぐこちら側だ。……そろそろか。


「公衆トイレは使えないよ」


「え?」


「あの『トビラ』は君が通った時点で閉じた。もう使えない」


 完全に聞いたまま。知ったかぶりの極地だ。友達なくすやつ。


「あんたは……いったい……?」


 おれはお前だ、なんて。人生で一度も使わないであろう台詞を吐く代わりに、一言事実を突き付けてやった。


「まあ普通に外から歩いてくるんだが」


「は?」


 動揺する気配と怯える気配。おれは安心させるために言ってやる。「自動ドアって手動で引き戸みたいに開くんだよ」おっと殺意ゲージが上がったかな。


「落ち着いて。殺人鬼はこっちが受け持つから。君は今すぐ逃げるんだ。――そうだ、君にこれをプレゼントしよう」と白々しくさっき貰った非常口の鍵を渡してやる。鍵が必要な非常口なんて、間違いなく欠陥だろう。


 扉が開く気配。不能ドアが開く気配。おれの記憶が確かなら、今からおれは『おれ』にごめんなさいしなくてはならない。


 息をゆっくりと吸って、吐く。




 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!




 心の中で思い切り叫びながら、渾身のドロップキックを前方にお見舞いした。


 なんだか、とてもスッキリした。




 ーーーー




 これで、全部終わった。


 おれはなんとなくそう確信する。登場人物が全員『おれ』とは、なんとも酷い寸劇だった。もうすぐここにも次の『おれ』が来るのかもしれない。すぐにおいとましなくては。

 おれはせっせと乾ききったジャージを纏う。どことなく懐かしい洗剤の匂いがした。

 更衣室から出ると、目の前には不慮の事故で意識を刈り取られてしまった可哀想な『おれ』が泥だらけで横たわっていた。幼い頃に修めたエセ武術が役立つ日が来るとは。おれは誠心誠意のごめんなさいをしながら、泥が乾くとまずいので上から水をかけた。非常口は鍵がかかっていた。

 コインランドリーの半開き不能ドアを通り外へ。空はいっそ疎ましく思えるほど青く輝き、太陽はアスファルトをジリジリと炙る。なんともまぁ、一点の曇りもないお天気である。お天道様の笑顔はきっと清々しくいやらしい。


 振り返ると、そこは雑草生い茂る無法の土地だった。

 おれは気の赴くままの足取りで帰路につく。郵便おけにはハガキが一通。祖母からだった。読まない。

 自室のベッドに倒れ込む。ついさっき全身で浴びたアレのように、意識が融けて沈んでいく。


 明日もきっと、空は青い。




 ーーーー




 欠伸をした。


 清々しさなぞ感じられない灰色の欠伸だった。どうやら夢見が良くなかったらしい。けだるげな眼をぶら下げて、おれは郵便を確認するために家を出た。



「空はどうして青いのだろう」


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