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武具は装備しないと意味がない

作者: 影城

 剣、斧、槍、その他諸々。

 古今東西、様々な形状の武具は手を変え品を変えて使う者の先兵たる刃になり、あるいは鎧となってきた。

 非人道的だと揶揄されて消えてしまった武器もあれば、洗練化されてより一層の効率的な殺意を振るう装具となったものは数えればキリがない。

 元々は敵を斬り殺すだけでしかなかった剣が小型化されたり、刺突に特化されたりと、時代や情勢によってこれらは様変わりした。

 ただ分厚い板を壁代わりにするような武骨な鎧や盾はより軽量化され、身の着の上からでも装着できるほどに安価で手に入り、身の安全を確保することも容易くなっている。

 卓越した技術の積み重ねと研鑽によって成り立ったものがあってこそ、武器・防具屋は冒険者から旅人、国を相手にした取引が数多く為されるようになっている。

 例えば、活気溢れるこの街にも、少なからず冒険者は品定めに店を練り歩く。

 とりわけ駆け出しのそれともなればオーソドックスな剣に憧れ、大物を振り回して見たくなるというのは男児ならば憧憬を抱くことは容易いだろう。


「身の丈にあった装備をしなさんな。バカにしてるんじゃねェこれは忠告だ」


 目の前の冒険者は少ない金を叩いて大物を買い、金が無いからと防具や道具を疎かにする馬鹿者だった。

 有体に言えばそれは子供の域を抜けない蛮勇を持った駆け出しだった。意気揚々とやってきた剣士志望の冒険者はぶつくさと文句を言いながら剣を弄びながら半眼で武器屋の商人を睨む。

 殺意も本気も感じられない。子が駄々をこねるような、眠気すら感じる虚勢だ。

 客が欲しいと思ったものを何も言わずに渡し、代価を支払って貰えればあとは何をしようが自由という考え方もある。冒険者は足が命で、すぐにでも進みださなければ手柄を取られたり割のいい仕事を見つけることも困難になる。

 とはいえ、勇み足ならぬ急ぎ足で直進したところで死んでしまえば大きな剣もゴミに成り下がる。硬い地面に落とした刃は容易く刃こぼれするし、再利用しても三度と切れば使い物になることはない。

 ものを大事に扱う――というほど大層なものではないが、研鑽された技術も知恵も、すべては大事なものとして扱わなければいずれガラクタに落ちぶれるだろう。

 使い古すことで得られる深みある汚れも、それを取り替える時の新品の装備を着用した喜びもまだ知らない子供に、過ぎた武具は与えられない。

 それでも構わないから売れというなら武器屋の商人も折れるが、目の前の冒険者はブーブーと豚のように文句を言ってくるから性質が悪い。

 逆に言えば対話のチャンスが成り立つ、ということでもある。

 武器屋の商人は深く溜息を付いて、冒険者の体格にあったショートソードを引っ張り出す。


「駆け出しなら竜だのなんだのデカいのを相手にすることは早々ない。小型の何かを狩るならこれくらいが格好付く」


それでも冒険者は不服そうに唇を尖らせる。


「いっちょ振り回して見れば良い。敵を一撃で仕留めるなら一振りで文句はないだろうさ。だが二体目、三体目、集団戦や閉所での戦闘はどうだ。振りかぶっている間に手透きの場所を抉られて終わりだ」


 武器屋の商人は大きく剣を振り下ろす動作や、自分の腹に指先をつぅっと這わせて断ち切れるかのようなジェスジャーを交えながら、あっけらかんと笑う。

 実際にそうやって死んだという話は腐る程あるし、強い武器を手に入れたからと慢心してしまう愚か者も山のようにいる。

 武器や防具を売ったらハイ終わり、というのは時代錯誤も良い所。冒険者の命綱であるそれらの修復や買い替えも対応するし、同じ冒険者が何度も訪れればその時のニーズに合わせた対応も必然やりやすくなる。

 冒険者は店先で軽く先ほど手に取った大剣を振るうが、一振りしただけで体の重心が傾いているのが見えた。これでは不相応なことが明白になってしまう。


「武器や防具は持ってるだけじゃ意味ねェ。ちゃんと装備してやらにゃならんよ」


 装備――目的に応じた器具を備え付けること。

 ただ手に持つだけでは剣は効力を発揮しないし、構えなければ事は進まない。

 何を当たり前のことをと小馬鹿にする冒険者に、武器商人は頬杖を突きながら嘆息する。


「服に着られているって良く言うだろう。普通の服でも着合わせの良い服装じゃなければだぼついて見てくれの悪いモンになる」


 ひょろひょろとした見た目の人間が、筋肉質な人間が着る衣服をまとっても威厳を見せることは出来ない。

 どれほど屈強な戦士がいたところで、大剣を持っているのが一般人の見た目をした服装であれば舐められやすくなる。

 多少なりとも軽鎧を装備していたところで、大きな剣に見合うには骨格から矯正しなければ矢張り舐め腐られてしまう。

 もっと言えばどれほど上質な装備をしていた所で、中身の言動が素人らしく空っぽなものならば白い眼で向けられる。

 裸一貫で武器一つ、というのも極まれば大したものだが、社会的評判は黄色い声ばかりになるわけでもあるまい。

 バランスの良い見た目をしていなければ、どれほど上質な武装をしていた所で価値はない。

 研鑽と経験によって得られるものを無視して武具が強くなったところで、己が強くなければ意味は無い。いずれ足元を掬われる。


「説教臭くなるがアレだ、とりあえずこの剣と革鎧に盾も付けるから現実を見て来いってことだ」


 どっさりと両手で掴み取った防具一式と剣をカウンターに置いて、ビギナー向けの価格を提示する。

 懐事情が芳しくない初心者用のセットは決して見た目が良いわけでもないが、身の丈にあったもので装備することは容易い。

 にらみを利かせたからか、物分かりが良いことが幸いしたのか、冒険者は渋々大剣を手放して冒険者セットを買って行った。


 余計なことをした、と思うしその時の儲けも消えた。それでも生存率が上がることで無事に帰還してくれるなら、また新たな武具を買いに来るというこれまでの経験から予測が立てやすい。

 目先の金を目当てにしていては教会が慰霊費を吸い上げるだけになる。それこそ廃業に近づいてしまう。

 願わくば、日々門出を祝われる冒険者が一人でも生還できることを祈るばかり。

 

 武器屋の商人はその日1人の駆け出しと3人の常連の冒険者達の応対をして、その日の業務を終えた。

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