殺意
自身の狂気に気付いたのは、十五歳の頃だった。
同級生を見れば、自分が相手を殺しているシーンを想像してしまう。子どもを見ると、誘拐して拷問を繰り返す場面が脳内で繰り広げられる。
人間としての良心があった指原翔太は、一人で精神科に行き、ドクターに全てを打ち明けた。精神安定剤をもらって、それを毎日飲むうちに、狂気は徐々にではあったが薄れていった。
両親に薬を飲んでいるところを発見されたとき、翔太は軽い鬱だと嘘を言った。
そうやって薬を飲み続け、ごく普通の生活を送れていた翔太は、高校卒業後、憧れていた介護の仕事に就職する。
自分がこの職業に就いていいのか疑問であったが、翔太は普通の人間として生きていきたかった。
「おはようございます」
翔太は勤務先の老人施設に入って、事務長に挨拶する。
「はい、おはよう」
翔太に気兼ねなく挨拶を返してくれるのは、事務長を含め、事務所で働いている事務の職員のみ。
ナースステーションに行き、ナースや介護職員に同じように挨拶するが、
「はい」
としか返ってこない。
翔太は、いじめに遭っていた。
顔が醜いのは分かっている。仕事ができないのも分かっている。だが、翔太は自分なりに頑張って働いていた。
一緒に働く女性職員には、
「あいつ、キッモ!」
「アハハハ」
と陰口をたたかれ、男性職員からは、仕事ができないことにイライラされ罵倒される。
翔太の心は限界にまで達していた。
ついに、翔太はその施設を辞めることになる。
その施設での勤務最後の日、翔太は独りで泣きながら私服に着替え、退出した。
事務長にも、この日だけは挨拶できずに、施設から去って行った。
帰宅した翔太は、ベッドの上で体を休めて考えに耽っていた。
俺の心は狂気に満ちている。介護なんてハナから無理だったんだ。介護は、人の心が分からないと、人と通じ合わないとできない仕事だったんだ。狂気を相手に送って、どうするんだ。
就職先を新たに見つけようとも、介護以外、経験がない翔太は、ひとまずバイトをすることにした。
休みがなくてもいいし、どんな過酷な労働でもする。誰か、俺を雇ってくれ。翔太は、心の中でそう叫んでいた。
バイト先はすぐに決まった。コンビニバイトの面接で、介護を辞めた理由と、このバイトを選んだ志望動機を訊かれたときはひどく戸惑ったが、なんとか採用に至った。
初めてレジカウンターに立ったときは恐ろしく緊張したが、それもすぐに慣れ、翔太は元気よく、
「いらっしゃいませ!」
と客に声をかける。
コンビニバイトは接客業だが、客との深い関わりは一切なく、介護にくらべ易々とこなすことができた。
翔太の先輩も、人との関わりがあっさりとしていて、翔太の心の傷は少しずつ回復していく。
ある日、翔太がコンビニに出勤すると、パートの浅井がバックルームに入ってきた。
「指原君、ちょっといい?」
「おはようございます。どうしたんですか」
「あのね、昨日見ちゃったの。指原君が病院から出てくるところ」
浅井は、ふふふっと笑う。
「バラしてほしくなかったらさぁ、毎月幾らかくれない? 主婦っていろいろとお金がいるのよねぇ」
翔太は浅井の顔を見れず、ただ俯いていた。
「じゃっ、頑張ってね」
バックルームから出て行く浅井の背中を、翔太は呆然と眺めていた。
次の瞬間、翔太の心が弾け飛んだ。俺には未来がない。無理だ。努力するだけ疲れるだけだ。それなら、死んだ方がいい。だが、お前らも巻き添えだ。
翔太は、その日から精神安定剤を飲まなくなった。抑えつけられていた狂気が徐々に復活し、翔太の心は闇に呑まれた。目つきが変わり、表情が変貌する。
『明日、決行しま~す。連続殺傷事件を起こしてストレス発散! 警察が来たら、爆弾で自爆、ボン!』
翔太はその夜、SNSでそう発信した。