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嫌われ冬精霊の一生

作者:羽田遼亮
読み切り完結済みの短編です。
「ボク、涙を流したことがないんだ」

冬の精霊は言った。

「そんな人、本当にいるの?」

春の精霊である私は尋ねる。
彼女は少しおかしそうに答える。

「たしかに泣いたことのない人間なんてみたことないね。でも、ボクたちは精霊、中には泣かない精霊もいるんじゃないかな」

「でも、私、秋の精霊さんと話したことがあるけど、彼女はよく泣くみたいよ」

秋の空を眺め、物思いにふける秋の精霊。
彼女は秋空を見上げては涙ぐみ、
詩集や小説を読んでは泣きじゃくる。

芸術家肌の彼女は、美しい光景を見れば感動し、素晴らしい芸術品と出会っても涙腺の機能を解放する。

「秋の精霊らしいね。でも、それは彼女が秋の精霊だからじゃないかな。人一倍、感傷的なこころを持っているんだよ」

確かにそうなのかもしれないけど、やはり精霊でも普通は泣くと思う。
私は夏の精霊を例に挙げる。
彼女は夏の精霊について語る。

「ああ、たしかに彼女は夏の精霊らしく、脳天気だからね。彼女は泣かなそうだ」

「そんなことないよ」

私は否定する。

「あの万年常夏脳の夏の精霊が泣くわけないじゃん」

「彼女も泣くよ、ほんとうだよ。嘘だと思うなら、今、下界を見てみて」

私は冬の精霊に下界を遠視するように勧める。
そこには花火を見て涙を流している女の子がいた。

いつもは向日葵みたいに明るい笑顔しか浮かべない女の子が、
「花火はどうしてすぐ散ってしまうの――」
と涙を流していた。

「本当だ。あの夏の精霊でも泣くんだね。ちょっとショック……」

と冬の精霊は気落ちしている。
なにをそんなに気落ちしているのだろうか。
気になったので尋ねる。

「ねえ、冬の精霊さん」

「冬の精霊さんだなんて他人行儀だな。名前で呼んでよ」

「……じゃあ、フラウさん」

「フラウ」

どうやら彼女は呼び捨て派らしい。
呼び捨ては苦手。
だって私には友達がいない。だから他人を呼び捨てにする機会などなかなかない。
でも、フラウさんだと彼女は眉をしかめるので、彼女の流儀に従うことにする。

「じゃあ、フラウ。どうして他の精霊が泣いていることがショックなの?」

そう尋ねると、彼女はこう答えてくれた。

「最初にいったでしょ。ボク、泣いたことがないの。だから涙を流せるって羨ましいな、って思っちゃうんだ」

「本当に泣いたことがないの?」

いまだに信じられない。

「ないよ」

あっさりという彼女。

「子供の頃、転んだとき泣かなかった?」

「泣かなかった。膝小僧をすりむいてもへっちゃらだった」

「大切な人が死んだとき、泣かなかった?」

「ボク、お父さんもお母さんもいないから」

「…………」

私が気まずそうな顔をしていると、彼女は平然と言う。

「気にしないで、ボクは気にしていないから」

彼女は続ける。

「ボクに家族がいないというとみんなそんな顔をするよね。でも、家族がいないってそんなに同情されるようなことなのかな」

「可哀想だよ……」

「どうして?」

「だってお母さんのご飯を食べたことがないんでしょう?お父さんにおぶってもらったことがないんでしょう?」

家族の温もりを知らない、それは多分に同情されてよいことのはずであった。
だが、彼女はそんなことをどこ吹く風で気にした様子もなくこう言った。

「まあ、それはおいておいて、ボク、一度でいいから涙を流してみたいんだ。協力してくれない?春の精霊さん」

「協力?」

そんなことを言われてもできることなど限られているけど。
それが表情に出たのだろうか、彼女は「簡単だよ」と言った。

「ボクと友達になって、そうしたら泣けるかもしれない」

「どういうこと?」

「本を読んだんだ。そうしたら、基本的に涙が出るのは三パターンに分けられるんだって」

「三パターン?」

「うん、そう。ひとつ、痛みを覚えたとき。君がさっき言っていたやつだね。でも駄目だった。やっとこで思いっきり皮膚をひねってみたけど泣けなかった」

「……すごい発想」

でも、それで泣けないとはよっぽどだ。

「ふたつ、悲しいとき。これも定番だよね。でもこれも駄目。悲しい小説や映画を見ても全然泣けないの。それどころか逆に笑っちゃうんだよね」

「笑っちゃう?」

「お葬式のシーンとかあるでしょ。そのとき、なんでこの人たちはみんな同じような服を着て、同じ顔をしているんだろう、って考えるとなんか笑いがこみ上げてくる」

「重傷だね」

「うん、そう、重病なんだ」

「それじゃ、なにを試しても無駄なような」

「そんなことはないよ。まだ試していないこともある」

「試していないこと?」

「それがみっつめ」

と、彼女は指を三本立てる。

「人は嬉しいときにも泣くんだって。だから最後の手段は嬉しいときを作るの」

「そうか、うん、そうだね、人は嬉しいときにも泣くよね」

そういえば私も昔はよく泣いた。悲しいときもだけど、嬉しいときも。

お母さんにお誕生日会を開いてもらったとき(家族と親戚しか集まらなかったけど)

クリスマスにテディベアをもらったとき(今でも持っている数少ない友達の一匹)

お父さんに遊園地に連れて行ってもらったとき(お父さんは出稼ぎ中であまり家に帰ってこない)

たしかに嬉しいときも人は泣く、そう思った私は彼女に協力してもいいかもと思った。

その瞬間、彼女は右手を差し出してくる。
友達になろう、という合図であることはすぐに分かった。
しかし、すぐには手が伸びない。
私は友達を作るのが苦手だったから、他の子と握手などあまりしたことはない。
そんなふうに逡巡していると、彼女、フラウの方から私の手を握りしめてきた。
彼女の手は冬の精霊らしく、とても冷たかった。
まるでかき氷の器のように冷たい。
もしかしたら彼女が泣けないのは、その冷たさゆえなのかもしれない。
もしも彼女の瞳から涙が流れたら、その場で氷になってしまうかもしれない。
そんな感想が浮かんだが、私は彼女の手を離すことはなかった。
ひんやりとした冷たい手だったけど、とても心地のよいさわり心地だったからだ。




こうして私に友達ができた。
初めての友達だ。

いや、テディベアのクマ太郎はいるから、人の形をした初めての友達ということになる。

友達、その単語を口にすると、思わず口元が緩む。
にはは、と笑みが漏れ出てしまう。
そんな姿を見た母親が奇異の目を浮かべてくる。
私はあまり家でも笑わないから、娘の異常さを察したのだろう。
母は私の額に手を当て、熱がないかを確認すると、こう言った。

「あなた、どこか調子が悪いの?」

「そんなことないよ。むしろ、快調だよ」

「そう、ならいいんだけど、でも、どうしてにやにやしているの?」

「それはね――」

と、私は言いよどんだ。
冬の精霊のフラウと仲良くなったからだよ、とは言えなかった。
彼女に口止めされていたからだ。
別れ際に聞いた彼女の言葉を思い出す。


「ボクはね、ううん、冬の精霊はね、みんなの嫌われものなんだ。
 冬は死の季節。
 草花も芽吹かないし、雪に閉じ込められて外にも出られなくなる。
 心まで凍てついてしまうような冬の冷たさ。
 人間はもちろん、精霊たちも冬は大嫌いなんだ」


だからボクと友達になったなんていわない方がいいよ、と彼女は言った。

確かにその通りなのかもしれないけど、それでもお母さんに報告くらいはしたかった。

なのでこう切り出す。

「ねえ、お母さん、私に友達ができたといったら喜ぶ?」

母親は笑顔でこう返す。

「お赤飯を炊いてしまうかもね」

それは恥ずかしい。

「じゃあ、さ、その友達が冬の精霊だといったらどう思う?」

一瞬、母親の表情が険しくなったような気がした。
私は慌てて言葉を飲み込むと、訂正した。

「じょ、冗談だよ、今のところクマ太郎以外の友達はいないよ」

その言葉を聞いて母親はほっとしたのだろうか、デザートのプリンを出してくれた。

プリンはお皿に盛られており、とても美味しそうだった。
私はそれを美味しそうに食べるふりをしたが、正直、あまり味がしなかった。



母親とのやりとりをフラウに話すと、彼女は案の定という顔をした。

「冬の精霊の嫌われっぷりは半端ないね。ただ、世界に冬をもたらすだけなのに、どうしてこんなにも嫌われているのだろうか」

と嘆く。

「そりゃあ、確かに冬なんてなにひとついいことないよ。寒いし、野菜は高くなるし、外にも出られなくなる。でも春夏秋冬、すべてが揃ってこその四季の精霊でしょうに」

「たぶんだけど、うちのお母さんが特別なんだと思うよ。ほら、うちって春の精霊でしょう」

「だね」

「冬の次ぎにやってくるのが春。春になったら、凍り付いた大地を戻して、雪を溶かして、草木を芽吹かせないといけないから」

「そうか、冬の後処理をさせられていると思っているんだね」

「そういうことだと思う」

かくいう私も春をもたらすため、地上に降りるが、雪を溶かすのに難儀する。
でも、私は知っていた。
その雪があるからこそ草木は芽吹くのだと。
雪解け水が山から流れ、川に注がれ、それが田畑に届く。
あるいは海まで流れたそれが蒸発して雨となり、大地に降りそそぐ。
雪があるからこそ大地は潤い、春に花が咲き乱れるのだ。
それを知っているからこそ、私は冬という季節が嫌いではなかった。
そのことをフラウに話すと、彼女はにこやかな笑顔で言った。

「君は冬の価値が分かっている、いい精霊だね」

と褒めてくれた。
こそばゆいが、人に褒められるのは悪い気持ちではない。
そんなふうに思っていると、彼女はこんな提案をしてきた。

「さて、冬の精霊であるフラウさんを泣かす計画だけど、どうしよう」

「フラウが喜ぶようなことをすればいいんだよね?」

「そうだよ」

「かき氷食べる?」

かき氷を作るジェスチャーをする。

「冬の精霊がかき氷好きだと決めつけるのは差別だと思う」

「……ごめんなさい」

「謝らないでいいよ。実際、好きだし」

練乳と苺シロップをたっぷりかけるのがボクの正義、と自慢するフラウ。

「でも、好きだからと言って、かき氷を食べたくらいじゃむせび泣いたりはしないね」

「だよね、そんなことで泣けるなら苦労はしない」

「そういうこと。だからもっと素晴らしいサプライズを考えてよ。ボクが狂喜乱舞するような企画を」

「そんなことを言われても私はフラウじゃないから分からないよ」

「でも、友達でしょ?友達ならば相手の気持ちが分かるはず。仮に分からなくても、友達の好意って嬉しいものだよ」

「そんなものなのかな」

「そんなものだよ」

とフラウは言い切るので、私はいったん家に帰ると、とっておきのものを用意した。

トランプにチェス、それに将棋だ。
それは私の家で長らく埃をかぶっていたものだった。
共通点はひとつ。
どれもひとりでは遊べない遊具だった。

チェスと将棋は対戦相手がいるし、トランプのほとんどはひとりではできない。
だからいつか友達ができたら一緒にやろうと夢を見ていた。

「なるほどね、いいね、チェスならルールを知ってるよ。トランプはふたりでもできる遊びをやるかな。スピードとか」

「私、大貧民とばば抜きがやりたい!」

勢いよく挙手するかのように言うと、フラウはたじろぐ。

「……別にいいけど、ふたりでやっても詰まらないと思うよ。ふたりで大貧民、革命ばっか起きるだろうし、ふたりでばば抜きをやっても揃うかババのどっちかだ」

「それでもやりたいの」

と、主張する私に従ってくれるフラウ。
確かにふたりでする大貧民はアグレッシブすぎて面白くなかった。
すぐに革命が起きるし、強カードが連発される。

ばば抜きはもはやゲームとして成立していない。すぐに二択となり、これならジャンケンと一緒ではという状況になった。

それでも友達とやるカードゲームというのはすごい面白い。

何回革命を起こされても、何回ばばを引いても、ふたりはキャハハと笑い転げた。

箸が転がってもおかしい年頃、という言葉があるが、たぶん、それは私たちのことを指している言葉なのだろう。

そう思いながら延々とトランプをやった。
その後、チェスをやった。なぜか飛車の駒だけがない将棋もやった。
フラウは偉そうに言う。

「ちなみに将棋はやるではなくて、『指す』ね。囲碁は『打つ』だからね」

なぜにそんなに詳しいのか尋ねると、彼女は数年前、日本という国の冬を司っていたらしい。

それで将棋と囲碁に詳しくなったそうだ。

「色々な国の冬を担当したけど、日本が一番好きかな。冬のイベントが盛りだくさん。知っている?日本人は一二月の二四日に異教徒の創始者の誕生日を祝って、その一週間後には、神社に行って土着の神様にお祈りを捧げるんだ」

「節操がない民族だね」

「うん、でも、ボクは日本が一番好きかな」

「ふーん、そうか、フラウがいうなら私もいつか日本を担当してみたいかも」

「いいね!日本の春は桜という花を見て宴会をするんだ。きっと、春の精霊は大歓迎されるよ」

彼女はそう言うと、懐から桜の木の写真を出した。
ピンク一色に染まっている桜並木はたしかに綺麗だった。

「ここが日本か。いいなあ。いつか行ってみたいかも」

「いけるよ。神様にお願いをすれば」

「そうだね。でも、それよりも先に叶えて欲しいお願いがあるかも」

「どんな願い?」

「うんとね」

と、私は懐から絵を取り出す。
写真ではないのは、その世界の科学レベルではまだ写真がないからだ。

「これはこの前、私が担当した異世界の絵なのだけど」

「綺麗な世界だね。幻想的だ」

「うん、剣と魔法の世界。でも、全然危なくないんだ。みんなが魔法を使えるけど、心穏やかな人たちが住んでいるの」

「へえ、地球とは正反対だね」

「そうだね。しかもみんなが魔法を使えるし、心が綺麗だから、精霊の姿も見えるの」

「そうなんだ。今時珍しい世界だね」

「うん、できれば私、もう一度、そこに春を届けたいな」

それを聞いた冬の精霊は、少し意地悪な顔をする。

「ははーん、その情熱はもしや恋だな。きっと、格好いい現地の青年とフォーリンラブしちゃったんでしょ」

「ち、違うよ」

慌てて両手を振る。

「ほんとかなあ。怪しいぞ」

「ほんとだよ」

……でも、と続ける。

「そこならばフラウ以外にもお友達ができるかも、とは思ってるかも」

「なにい。君はボク意外にも友達を作る気なの?」

「え? 駄目なの?」

「駄目じゃないよ。むしろ、大歓迎。君はもっと多く友達を作るべき」

「そうだよね、友達が増えればトランプも面白くなるかも」

「そうだね、大貧民にも戦略性が増すし、五人集めればナポレオンもできる」

「ナポレオン?」

「史上最高に面白いトランプのゲームだよ」

「面白そう。いつかやってみたいな」

「できるさ、近いうちに」

「え?」

「ボクが協力してあげる。その世界の春を担当できるように精霊長に頼んであげる。君は向こうの世界でたくさん友達を作るんだ」

「ほんとう?そんなことができるの?」

「もちろん、書類をちょこっと偽造すれば簡単」

「……フラウ」

「冗談だよ、冗談。でも頼んであげることくらいはできるよ」

彼女はそうウィンクをすると、そそくさとその場を立ち去った。
数日後、精霊長様から一通の手紙が届く。
そこにはこう書かれていた。


マナディール王国に春を届ける役を命じる。


マナディール王国とは、私がもう一度行きたかった王国の名前だった。
私は飛び跳ねんばかりに驚いた。
この喜びを共有すべく、フラウの家に走ったが、彼女の家はもぬけの殻だった。
郵便ポストにはこんな手紙が置かれていた。


「ボクの親友へ。ボクはとある国に冬を届けに行っています。帰ったらマナディール王国でできた友達の話を聞かせてね」


そう書かれていた。
どうやら彼女にも季節の精霊の仕事が舞い込んだらしい。
彼女と喜びを共有できないのは残念であるが、これは季節の精霊の宿命だった。
彼女にしばらく会えないのは寂しいが、彼女の赴任先の冬が短いことを祈った。
この三千世界には常夏の国もあれば、永遠の冬の世界もある。
もしも後者に赴任してしまえば、もう二度と会えないこともある。

「でも大丈夫だよね、そんな極端な国に配属されるのはベテランの精霊だけだし」

半人前である私たちは四季がはっきりとした国に派遣されるのが通例となっていた。

ならば三ヶ月後には彼女と再会できるだろう。
そんなことを思いながら私はマナディール王国へ向かった。




マナディール王国は以前、やってきたときと様相が変わっていた。
もう季節も四月だというのに、かじかむほどに寒く、木々に元気はない。
枯れ葉一枚落ちていなかった。
なにがあったのだろう。
素朴な疑問が湧くが、それを村人に尋ねる勇気はない。
私は透明になり、姿を消すと、村人たちの声に耳を傾けた。


「ああ、今年の冬はやけに長い。これでは作物は育たない」

「このままではわたしたちは飢え死にしてしまうわ。どうしてこんなことになったのかしら」

「それだけどな、東の森を抜けたところに、廃城があるだろう。そこに魔女が住み始めたらしい」

魔女?と首をひねる住人。

「それもただの魔女じゃない。強大な魔力を秘めた邪悪な魔女。雪の魔女の再来という噂だ」

「まあ、雪の魔女」

驚く住人。
雪の魔女の話はこの国に住むものならば誰でも知っている。
かつてこの国を侵略し、長年にわたり冬の時代をもたらした悪魔。
雪の魔女は、大地を凍らし、空気を凍えさせ、この国を深い雪の中に包み込んだ。
そんな伝承があるのだ。
村の長老は言う。

「この肌を切り裂くような冷たさ。月の光さえワシらに顔を背ける。これはあのときと一緒だ。ワシが子供の頃、雪の魔女がやってきたときと一緒だ」

長老は断言する。
村人たちに広がる動揺。

「ああ、このままでは我々は飢え死にしてしまう」

「家畜は死に絶え、麦は実らない。今年、生まれた赤子は皆、死に絶えてしまうぞ」

そんな、耐えられない。
若い母親は生まれたばかりの赤子を抱きしめる。
その姿に村人たちは言葉を失うが、あるものがぼつりと言った。

「……そうだ。雪の魔女を倒せばいい。雪の魔女さえ倒せばまた春がやってくる」

最初に発したそのなにげない提案は、村人の輪に徐々に浸透していき、やがて主流となる。

そうだそうだ、悪い魔女など倒してしまえ。
血気盛んな若者は、鍬や鋤を取り出すが、長老はそれをとめる。

「馬鹿なことを言うでない。雪の魔女の魔力は強大だ。我々など手も足も出ない。氷付けにされて城の庭に飾られるのがオチだ」

「しかし、座してこのまま飢えるのを待つのですか」

若者はそう叫ぶが、村長は首を縦に振らない。
ただ、こうつぶやくだけであった。

「ああ、もしもこの場に春の精霊がいればな」

どきり、としてしまう。

透明化の魔法が破られたのかと心配になり、近くの池をのぞき込むが、そこには私は映っていなかった。

ほっとしていると村長は言う。

「かつて、この国を苦しめていた雪の魔女を倒したのは、王都の騎士団でもなければ、国一番の勇者でもない。この国に舞い降りた春の精霊が倒したときく」

「ならばその春の精霊を探し出し、助けを請えば我々は助かるのでしょうか」

「そうだな。そうなる。しかし、そうそう都合良くいくまい」

年老いた村長はため息を漏らす。
私は迷う。逡巡する。戸惑う。混乱する。
なぜならば都合良くここに春の精霊がいるからだ。
どうしよう、と、わたわたとする。
選択肢はふたつ。


ここで名乗り出て雪の魔女と戦う。
ここは無視を決め込んで黙りこむ。


どちらも自分の性格的にできない。
まず魔女と戦うのは論外だった。私は喧嘩すらしたことない。

その辺の九歳児の少年と喧嘩をしても負ける自信がある。(実際、精霊界でも小さな男の子にスカートをめくられ虐められることがある)


ただ、戦えないからと言って無視もできない。
小さな頃から困っている人がいたら助けてあげなさい、と教育されているからだ。
祖母はことあるごとに私にそう言い聞かせ、自分でも実践していた。
そんな祖母の孫が困っている人を見捨てられない。


性格的に戦えない。
血筋的に無視できない。
そのふたつが戦ったら、どちらが勝つか。
答えは『血筋』の方だった。
私は透明化の魔法を解くと、村長に向かって言った。

「あ、あの、私が春の精霊です」

その言葉を聞いた村の人たちは、文字通り目を輝かせた。




こうして私は村の人たちから歓待を受けた。
村を救う救世主として扱われた。
小さな宴が開かれる。私を中心に輪ができ、豪華な御馳走が並べられる。
村人たちは陽気にお酒を飲み、村娘たちは陽気に舞う。
子供たちはどこから集めてきたのだろう、小さな花輪を作ってくれた。

それを「うんしょ」と頭に乗せられると、いかにも春精霊らしくなったような気がした。

ただ、晴れやかな村人たちとは対照的に私の心は沈んでいた。

「ど、どうしよう、もうあとには引けない」

私を神様だと思ってお祈りを捧げているおばあちゃんを見ると、「やはり戦えません」とは言えなかった。

困った。本当に困った。
どうしよう。
私は春の精霊、春の精霊は雪の魔女の天敵。

だけど私は雪の魔女どころか喧嘩さえしたことがない。そんな私が悪い魔女と戦えるなどとうてい思えない。

いったい、どうしたらいいのだろう。そう思っていると私はとあることに気がついた。

そういえば困ったことがあったらこの手紙を見て、と言っていた女の子のことを思い出した。

その女の子とはもちろん、フラウである。
ガソゴソと鞄から手紙を取り出すと、それを見る。
その手紙にはこう書かれていた。


「私の親友へ――。この手紙を見ていると言うことはとても困っているということだね。たぶんだけど、君が困っているのは君が優しいからじゃないかな」


どきり、としてしまう。半分当たっているからだ。
この軟弱で優柔不断な性格が悩みごとの原因だった。

「ずばり、指摘するけど、君、今、誰かと戦おうとしているでしょう?」

な、なぜにそれを!?思わず周囲を見渡してしまうが、フラウの姿はない。

どうして分かったのだろう?不思議に思っていると、次のページに答えが書かれていた。

「実はボクには未来を予知する能力があるんだ。冬の精霊特有の能力。それを使ったんだ」

なるほど、フラウにはそんな能力があったのか。
素直に納得してしまう。

「その能力によると君は近い将来、氷の獣と戦います。その獣はとても恐ろしい姿をしているけど、安心して。弱点があるから」

弱点とはなんだろう、手紙を読み進める。

「その弱点は清らかなる乙女のパンチ。つまり、君が獣の額を殴ればその獣は消え去るよ」

その回答を見た私は沈黙する。

「…………」

安易すぎるというか、都合が良すぎると思ったのだ。
でも友達のことは疑えないし、そもそももう戦うしかない。
なぜならばその氷の獣が村に現れたからだ。
宴の席が最高潮になった瞬間、村はずれから絹を裂くような声が響き渡る。
村人たちがそこに行くと、とても大きな獣。
熊よりも大きな狼がそこにいた。
全身が銀色の体毛でおおわれていて、とても美しい獣だった。
その狼は人の言葉を発する。


「我、雪の魔女の化身なり。この村を滅ぼしにきた」


簡にして要を得た名乗りであったが、その分、恐怖をそそられる。
交渉の余地がないのだと村人たちは悟ったようだ。
逃げ惑う村人。

中には勇敢な村人もいて鋤を片手に挑むものもいたが、魔狼はお腹の底まで響く咆哮でそれを一蹴した。

こうなればもはや私が戦うしかない、という状況になる。
意を決した私は、勇気を振り絞ると戦いを挑んだ。

腕をぐるぐる回しながら、
「ええーい!」
と、突っ込む。

目をつむっているので、攻撃が当たるかも分からない。
ただ、あれほど大きいのだからどこかに当たるだろうという計算だった。
その計算は当たる。
私の拳は偶然、魔狼の眉間を捕らえた。
奇跡的に氷の獣の弱点に当たった。
氷の獣はこの世のものとは思えない咆哮をあげる。


グォォォーーン!


悲鳴にも似た咆哮であった。氷の獣は苦痛にもだえながら村を去って行った。
彼女は最後にこんな言葉を漏らす。

「こんなに恐ろしい精霊がいる国になんていられない」

彼女はそう言い残すと、二度とこの村にはやってこなかった。
いや、この国にさえ現れなかった。
こうしてこのマナディールの国は救われた。
冬が終わり、春がやってくる。
氷がとけ、恵みの季節が訪れる。
村人たちは喜ぶ。
私を救世主、いや、女神のように扱ってくれる。
村人たちは尋ねてくる。

「春の精霊様は我々の恩人です。なんでもおっしゃってください」

その言葉を聞いた私は、少し申し訳なさそうに言った。

「……あの、良かったら私の友達になってください」

村人たちは最初、きょとんとした顔をしたが、それでも私の言葉が冗談ではないと分かると、こころよく了承してくれた。

こうして私はフラウ以外にも友達ができた。
複数で遊ぶトランプもできるようになった。
それはとても楽しいことだった。




私は数年間、マナディール王国に滞在した。

そこにある小さな村を救った英雄として、村の友人として、おもしろおかしく日々を過ごしていた。

働くことはなかった。

あの日以来、雪の魔女がこの村を去って以来、この国に冬が訪れることはなかった。

春夏秋冬から冬が抜け落ちた。

死の季節である冬が去り、豊穣の季節のみ残されたその国は大層栄え、女の子ひとりくらい養ってくれる余裕があったのだ。

私は春には花々をめで、夏には村娘たちと川遊びをし、秋には読書をし、季節季節のイベントを楽しんだ。

飽きることのない日々だった。

村人たちは私を大切な友人として扱ってくれたし、この平和な国は争いがない。
皆が皆、幸せに暮らしていた。
私もその余慶よけいにあずかり、幸せのお裾分けをしてもらった。
楽しくて楽しくて仕方ない。そんな生活が数年続いた。


しかし、私はあることに気がつく。
村の人は確かに友達ではあるけど、どこかよそよそしいことに。
村娘だけではなく、壮年の男の人も、長老でさえ敬語で私に話しかける。
大切にはされるけど、遊んではくれるけど、決まった友人はいなかった。

皆、それぞれに仕事や家庭があり、私の相手をしてくれるのは当番制となっていた。

なにかが違う。
私が求めていた友人とは少し違う。
そう思い至った私は、ある日、こう言った。

「あの、村人の皆さん、私、少しだけ精霊界に戻ろうと思います」

無論、村人たちは引き留める。

私はこの村の英雄だったし、それに豊穣の国になったのは私がいるからだ、と思い込んでいる村人も多い。

だけど、私は必死に説得を重ね、必ず戻ってくることを約束し、この村を旅立った。

一番仲の良い村娘は別れ際に尋ねてくる。

「春の精霊様、わたしはあなたが必ず戻ってくることを信じていますが、なにをしに精霊の国に旅立たれるのですか?」

私はその問いに正直に答える。
素直に浮かんだ答えを彼女に伝える。


「私の親友に会うためだよ」



その言葉だけを残すと、私は精霊界へ旅立った。




数年ぶりの精霊界。
そこはなにも変わっていない。
まるで時が止まってしまったかのように変化を拒む世界。
私はそこに降り立つと、真っ先にフラウの家に向かった。
フラウの家は、最後に訪れたときからまったく変化していなかった。
ポストの中に置かれた手紙の文句も変わっていなかった。


「ボクの親友へ。ボクはとある国に冬を届けに行っています。帰ったらマナディール王国でできた友達の話を聞かせてね」


ただ、時間の経過で紙は変色し、埃をかぶっていた。
私はその手紙を手に取ると、それをぼうっと眺めた。
一応、フラウの家の扉を叩いたが、なにも物音はしなかった。
しーん、と静まりかえる。
まるで真冬の早朝のような静けさと荘厳さしかそこにはなかった。

「フラウ……、あなたはいつ帰ってくるの?」

そう口にすると、私はとあることに気がつく。
郵便ポストの裏に新しい手紙が張り付けられていることに気がつく。
私は食い入るようにその手紙を読んだ。
その手紙は私の親友の文字だった。


「泣き虫で恥ずかしがり屋の親友へ。この手紙を読んでいるということは、ボクはもうこの精霊界にも君がいた世界にもいない、ということだね。
 君はいろいろと手段を尽くしてボクを探そうとするだろうけど、それはやめてください。
 ボクは望んで旅に出るからです。
 もう、薄々感づいているだろうけど、雪の魔女はボクです。
 ボクはマナディール王国の人たちを困らせていました。
 もちろん、ボクはそんな悪い精霊じゃないから、理由はちゃんとあるのだけど。
 その理由とは君に新しい友達を作ってあげること。
 ボク以外の友達をたくさん作ってあげること。
 それがボクの目的。
 ボクがマナディールの人たちを困らせて、君がボクを倒して解決すれば、マナディールの人たちは友達になってくれるでしょう。
 だからボクは悪役になってわざと負けてあげたんだ。
 そうしたらマナディールの人たちはきっと君の友達になってくれるはずだから、
 君にボク以外の友達がたくさんできるはずだから――」


「…………」


私は絶句する。
雪の魔女の正体が分かったからではない。
雪の魔女の正体が分からなかったからだ。
私は親友の正体にさえ気がつかなかった。
親友の気持ちにさえ気がつかなかった。
それがとても恥ずかしくて悲しいことだと気がついた。
手紙にはこう書かれている。


「あのね、この手紙を読んだ君は、絶対に泣いていると思う。
 君は泣き虫だから。
 自分が愚かだと責めていると思う。
 確かに君は愚かだけど、これ以上愚かなことはしないでね。
 ボクは望んでひとりになるんだよ。
 前に私は「一度」でいいから泣きたい、と言ったよね?
 実はその願い、もう叶えちゃったんだ。
 この計画を考えたとき、君との今生の別れを済ませたとき、ボクは泣いたんだ。
 生まれてから一度も泣いたことがないこのボクが泣いたんだ。
 前に人は悲しいときも泣くと言ったけど、あれは本当だったんだね。
 ボクは君との別れを済ませた夜。
 わんわん泣いた。
 赤ん坊みたいに泣いた。
 身も世もなく泣いた。
 全身の水分を涙にしちゃった。
 つまり君はボクの願いを叶えてくれたんだ。
 だからマナディールの一件はボクのささやかなお礼。気にしないで。
 だから絶対にボクを探したりしないこと。
 もしもボクと君が友達だとばれたら、せっかく友達になれたマナディールの人たちは君のことも憎むようになっちゃう。
 それはボクの本意ではないし、ボクの意志に反することだからね。
 仮にもし――、仮にもし、君がボクを探しに来たら、ボクは君の友達をやめます。
 今度こそ本気で氷の獣になって君ののど笛をがぶっと噛んじゃいます。
 だから泣き虫な春の精霊さん、この手紙を読んだら、マナディールに戻って、新しい友達と楽しく遊んでください」


手紙はそこで終わる――、ことはなかった。
最後はこんな一文で締めくくられている。


「ボクの大切な大切な春の精霊さん、離ればなれになってもずっと友達だよ」


私はその一文を見ると、彼女と同じように泣いた。
とめどなく涙を流した。




ここは冬しかない国。
極北の地。
この世界には春は訪れず、人々はクジラやあざらしを狩って生活していた。
一面の銀世界、真っ白な雪しか視界には入らない。
冬しか訪れない国には当然、冬の精霊は常に在中せねばならない。
ここに赴任された冬精霊は二度と精霊の国には戻れない。

「ま、しょうがないよね、精霊長様を怒らせちゃったし」

友達の書類を偽造して派遣先を故意に変えた。
派遣先ではない国に訪れて悪さをした。
そのどれもが重罪で、あと数百年はこの国に左遷させられるだろうか。
それくらいのことをフラウはしてしまったのだ。
しかし、後悔はない。

なぜならば今、この瞬間、ここでないどこかで自分の親友が楽しく微笑んでいるかと思うと、充足感しか湧かないからだ。

「ふふふ、きっと、みんなでトランプをしたり、あやとりをしているんだろうか」

フラウはひとり、トランプを始める。
トランプはひとりでもできる。あやとりはひとりでもできる。
彼女はみんなでやりたいと言っていたが、フラウがその輪に加わることはない。
だけど、一緒に遊ぶ妄想はできる。
ひとりあやとりをするとき、彼女が横にいることを夢想する。
ひとり将棋を指すとき、彼女が次の一手に困っている姿を思い浮かべる。
それだけで百年の退屈がしのげる。
この極寒の地でも温かい気持ちを感じる。
フラウはひとり、幸せな気持ちに包まれながら、永遠の冬の国を楽しんでいた。


そんな中、フラウの住まう洞窟にひとりの少女がやってくる。
彼女はここにいてはいけない女の子。
冬のない国でみんなと幸せに暮らしていなければならない少女だった。
フラウはその姿を見つけたとき怒った。
なんで君はそこにいるの?
と言った。
彼女は満面の笑みで返した。

「約束したでしょ。フラウを泣かせるって」

「その約束はもう果たしてもらったよ」

私はゆっくりと首を横に振る。

「それは悲しいときの涙でしょ。私は嬉しいときの涙を担当するの」

「それは詭弁だ」

「そうかな。でも詭弁でもいいよ。フラウは泣くから」

私はそう言うと、彼女の胸に飛び込んだ。
彼女を強く抱きしめる。
彼女は軽く抵抗するが、それも儚い抵抗だった。
私は彼女を泣かせる。


泣くよー。
泣かない、
泣くったら。
泣かないぞ、
泣くもん。
泣かないったら泣かない、


彼女は最後の抵抗を試みるが、顔を上げると彼女の涙腺はすでに崩壊していた。


ほうら、泣いた。


私も涙であふれていたが、ふたりは笑顔で抱きしめ合った。
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