習作「陶芸家」
よろしくお願いします。
「俺たちは世間から鬼才の一族などと言われているが、実のところただの模倣屋なんだ。けどな、ただありのままを淡々と仕上げて来たからこそ今の窯元があるんだ」
息子が目を丸くしている、無理もない。実の父に今まで過ごして来た窯元が模倣屋だと言われたのだからな。
「しかし父上。父上は滅多に作業場からは出ず、たまに出ても庭先から釜小屋を眺めるか川辺を散歩しているくらいではありませんか。そんな父上が模倣などと言うのは……一体どうしたのですか」
俺が酒を飲んでいる為か、随分胡散臭そうな顔をするじゃないか。確かにここの作品は類を見ないものなのだろう。でも俺にとっては間違いなく模倣なのだーーーー
それと息子よ、俺はそこまで引き籠もってないぞ。
さて、Bee娘ちゃんに視点を移そう。
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沢山の虫が菜の花畑に蜜を求めてやってきています。少し前までは私も蜜を貰いに来ていだのだけれど、今日は先生のお使いで別の物を集めています。
「お嬢様もご存知だと思いますが、ここには柔らかい朽木も、質の良い粘土も、綺麗な水もあります。しかし、ただ住みやすい家を作るだけではいけません。この場所に家を作る蜂はみんな芸術家なのです。涼しくて頑丈な家はもちろん、見た目にも美しくなければならないのです」
一家の大黒柱となる素質を持って生まれた私は、この春から家造りのお勉強をすることになりました。今日のお使いは黄色い花びらを両手一杯に持って帰ることです。(先生曰く、菜の花を朽木と一緒にして混ぜると、粘り強くハリのある材料になるとのこと) いつも蜜しか集めてなかったので、花びらを集めているのがなんとなく恥ずかしいですね。
「こんにちはお嬢様、今日も家造りのお勉強かい?」
羞恥心に負けないため黙々と花びら採取をしている私に、おじいさんが声をかけて来ました。おじいさんはもうお爺さんなので、若者に声をかけてお話しするのが大好きです。
「こんにちは。今日はお使いで花びら集めています。おばさんから教えて貰いましたが、菜の花を家づくりに使うなんて知りませんでした」
と話を続けると、おじいさんは嬉しそうに答えてくれました。
「菜の花を混ぜた朽木はとても優秀な材料なんだよ。簡単に形が作れて、お家がとても優しい雰囲気になる。そうそう、お嬢様のお家にも菜の花は使われているんだよ。菜の花は、お嬢様のお母さんも大好きな材料なんだ」
そうなんですか、と相槌しつつも花びらを集め終わった私は、おじいさんに別れを告げます。元気に大きく手を振ると、おじいさんは笑顔になりました。
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ここは小高い所にある廃小屋の住宅地です。ここに私のお家もあります 。両手一杯に花びらを抱えて玄関に近づくと、先生が壁に何かを塗っています。
「先生、ただいま帰ってきました。」
私に気づいた先生は、手についた泥を拭いながら返事をします。
「おかえりなさいお嬢様、お使いはきちんとこなせたようですね。少し休憩したら二人で朽木を取りに行きましょう。」
「はい、先生。……先生、どうして泥を壁に塗っているのですか?」
道具を片付けようとしていた先生は、もう一度泥を手に取り説明をしてくれます。
「これは灰と粘土と水を混ぜ合わせたものです。これを壁に塗って乾かすと、お雨に強く傷がつきにくい壁になります。それに、水の膜が張り付いたような艶が出るので見た目にも美しくなるのです」
試しに私も泥を手に取ってみますが、そんな効果があるものとは思えませんでした。
何故この泥にはそんな効果があるのか質問してみました。すると、先生からこんな返事が返ってきます。
「私達の家造りの技術は、ご先祖様の方々が人間の技術を真似たものだと言われているのです。艶出しの技術も、人間が土を固めたものに塗っているのを見て始まったそうですよ」
そして先生は、私を廃小屋を一望できる所まで連れて行ってくれました。
「お嬢様、私達はいつからか、この見晴らしの良い廃小屋に家を作るようになりました。もしかしたら、誰かに自分の家を見てもらうためかもしれませんね。それぞれ大きさや形、色や装飾に拘っていますので、よく見てください」
そう言って、先生は家に戻って行きました。
沢山の家を観察してみると、綺麗に丸い家だけではなく歪な形をした家や、青い模様が施された家があります。常日頃、先生は『私達は芸術家なのだ』と言っていましたが、そのことが少しわかった気がします。
「私はどんな家にしようかな」
そんなことを呟きながら、私も家に帰りました。
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川縁で窯元を開く陶芸一家は、鬼才の陶芸家として各地で評価されていた。少し遠くに見える廃小屋の軒先には、窯元の作品にどこか似ている、そんな作品達がぶら下がっている。