決戦準備その1
久しぶりにあの子の登場だぜ!! 皆、忘れてませんでしたよね⋯⋯?
フローラとシャーロットがかなり不毛な言い争いをしている間、他のメンバーはただその様子を見ていたわけではなかった。むしろ、途中からは視線を向けることしていないメンバーの方が多かったくらいだ。
「お嬢様、何故先程ドクター・ルルにその脚を治療してもらわなかったのですか?」
クロもまた、フローラたちの口論は無視することに決めた一人だ。そして、クロはこの時間を利用し、まだ聞けていなかった疑問をクリスタにぶつけることにした。そう、クリスタはゼロイチとの戦闘で若干負ったダメージは治療してもらったが、車椅子を強いられている不自由な脚の治療は拒んだのだ。
「⋯⋯この不自由な脚は、私が神に抱く怒りや恨み⋯⋯そして、死んでいった友たちの未練や後悔。それらの複雑な思いを象徴するものだと思っています。私は、そんなたくさんの思いを背負ってここまでやってきました。さっきゼロイチに若い頃の姿に戻されて改めて分かりましたよ。私はもう、以前の自分には戻ることは出来ない。全てなかったことにしてやり直すには⋯⋯ページを進めすぎてしまいました。今更、プロローグに戻るには、もう遅いのです」
そう言って、自分の脚をゆっくりとさするクリスタ。すると、クリスタの手の上にムイムイがぽふっと手を重ねてくる。
「だいじょうぶ! クリスタお姉ちゃんには、ムイムイも、クロお姉ちゃんも、みんなもついてる! みんなでいっしょにはっぴーになろうよ!」
ムイムイの言葉に同意するように大きく頷いたクロも、その手をそっとクリスタの手の上に重ねた。
「ムイムイの言うとおりです。私が、お嬢様の物語をハッピーエンドにしてみせます」
「⋯⋯私の物語がハッピーエンドを迎える条件、貴女達が死んだ瞬間崩れてしまいますから。それだけは、必ず守ってくださいよ?」
ムイムイとクロの二人は、当然だと言わんばかりに、笑顔で力強く頷いたのだった。
ナナとクララの仲良しコンビも、クリスタ達同様、決戦前にお互いの気持ちを確かめ合っていた。ナナは、先程視力が回復したばかりの目でクララをじっと見つめ、その両手を力強く握りしめる。
「クララ、あのね? ボク⋯⋯正直言って、少し怖い。ホントに神様なんかに勝てるのかって、不安で不安で堪らないんだ。でも⋯⋯」
クララは、あえて口を挟まず、無言でその先の言葉を促す。クララの優しい眼差しに後押しされ、ナナは力強くこう言った。
「でも、ここにいるのはボクだけじゃない。たくさんの仲間が、友達が、一緒に戦ってくれる。そのことが、こんな弱いボクにも勇気をくれるんだ。だから⋯⋯!」
ナナは、より一層強くクララの手を握りしめた。クララは、ナナが言おうとしているであろう台詞を、先に自分からナナに伝えることにした。
「勿論、一緒にあの神様を倒してやるべ!!」
「⋯⋯!! うん!!」
リリィは一人、先程シックと交わした口づけの感触を思い出していた。口ではもう気持ちを切り替えたと言ったが、リリィはまだシックのことを引きずっていた。
そもそも、体液が毒であり、誰かと口づけをしようものならその相手を殺してしまうことを知っていたリリィにとって、あれが人生初めての口づけであったのだ。そして、同時に恐らくあれが最後の口づけでもあるだろう。
その相手が同性であったこと⋯⋯そこは正直どうでもいい。実際、リリィはシックのことが好きになっていた。それが、友情なのか愛情なのか、今となってははっきりしない。だが、一つだけはっきりしていることは、シックはリリィをここにたどり着かせるために、自ら死を選んだということ。あれだけ何度も諦めろと忠告しておきながら、それでもエンキの元にリリィ達を行かせたのは、シックがリリィ達にエンキを倒せる可能性を感じたからではないかと思うのは、勝手な考えだろうか。
「⋯⋯皆、実はまだ話していなかったことがあるんだ。聞いてくれない?」
真剣なリリィの声に、一同が一斉にリリィへ視線を向ける。フローラとシャーロットの二人も、間に入ったラモーネとペトラの鉄拳仲裁(ペトラは髪)によって不毛な言い争いをようやく止め、リリィへと視線を向けた。
全員の視線が自分に向いたことを感じたリリィは、シックに教えられたエンキの結界を破る方法を皆に伝えた。シックからその方法を聞いた時、既にどうにもならないことに気づき絶望感を感じたリリィとしては、この事実を皆に伝えることには正直ためらいがあったが、シックに託された思いを無駄にしないためにも、この事実は伝えるべきだと思ったのだ。
そして案の定、リリィからその方法⋯⋯つまり、エンキの結界を破るためには三カ所に存在するエンキの像を壊し、ピティーを殺さなくてはならないという事実を聞かされた一同には沈黙が走る。
話の内容を理解出来ていないムイムイ、マスクのせいで表情が分からないが恐らく何も考えていないスターを除き、皆が深刻な表情を浮かべる中、ふいに、それまで何もなかった空間にジジッ、ジジッ⋯⋯というノイズ音と共に、ぼんやりとスクリーンのようなものが現れた。
その現象に、フローラ含め数人は、自分が参加したゲームでのエンキの通信手段を思い浮かべ、一斉に戦闘態勢をとる。しかし、宙に浮かんだスクリーンに現れたのは、一同が想像すらしていなかった人物だった。
『あー、テス、テス。ねえロキ、これで本当に皆に声届いているわけ? え、姿も映ってる? マジ? それ早く言ってよ』
画面にドアップで映る、黒髪の地味な顔立ちの少女。戦闘態勢をとったままの姿勢で、ぽかんと口を大きく開き、一同は一斉に声を上げた。
「「「「じ、ジミナーーー!?」」」」
次回、決戦準備その2。なるべく早く投稿できるよう頑張ります。




