死の口づけ
正直リリィのギフトを考えた時からこの展開はずっと考えていた。
殺風景な部屋一面が、スターのギフトを利用し、増幅させたルルの治癒の光によって満たされていく。その結果、部屋中に漂っていたウイルスはことごとく死滅し、コンピュータウイルスに感染したことで機能を停止していたロロも、ブゥウン⋯⋯という起動音と共に、ようやくその瞳に光を取り戻した。
「はは⋯⋯こんなのずるいよ。」
一方、自身の強みであるウイルスによる感染攻撃を完全に封じ込められた上に、無力化したはずの敵さえ戦線復帰させられたシックは、脱力したようにへなへなと床に座り込んだ。
「いや、あんたのギフトもたいがい反則級でしょ。」
すっかり戦意喪失した様子のシックに、リリィが冷静にツッコミを入れる。スターがコートを着たことで既に先程まで部屋を満たしていた光が消え、復活したばかりのロロも含めた四人でスターを囲んでいる現状である。シックは、自分の正面に立つリリィに対し、弱弱しく笑みを浮かべてみせた。
「⋯⋯私の負けだよ、リリィ。さあ、煮るなり焼くなり、貴女の好きなやり方で殺していいよ?」
「では⋯⋯」と躊躇なくシックの額に銃口を向けたロロを、リリィが慌てて止める。珍しく不満げな表情を浮かべたことから、ロロはコンピュータウイルスに感染させられたことをかなり根に持っているようだ。
「なぜ止めるのです、リリィ様。私、彼女のせいでかなりの時間ただの置物と化していたのです。この恨み、晴らさでおくべきか!!」
「いや、アンタが怒るのもごもっともな話だけども!! ちょっとだけ我慢してくださいお願いします!!」
リリィは必死の懇願でなんとかロロをなだめると、おもむろにしゃがみこみ、シックと視線を合わす。シックはもう抵抗する意志がないようで、ぎゅっと目を閉じて自分の死の瞬間を待っていた。
リリィは、そんなシックの無防備な額に、強めなデコピンを一つお見舞いした。予想外の痛みに、シックは「うぇっ!?」と悲鳴を上げ、若干涙目になる。
「あのさぁ、殺していいよって言われてほい喜んで!って言えるほど、私は吹っ切れた性格してないし、そもそも、私はアンタを殺すつもりなんてこれっぽっちもないから!!」
リリィは、眉を吊り上げて自身の思いを伝える。事実、シックがリリィを死なせると宣言した時も、リリィはシックを殺すなどとは一言も言わなかった。ただ、「すべてをあきらめろ」と言ったシックに、「あきらめることはできない」と言い返しただけ。
それでも、シックは分からない。なぜ、リリィは自分をあと一歩のところで死に追いやろうとした相手に対し殺す気がないなどと言えるのか。そんなシックの疑問が顔に出ていたのか、リリィは恥ずかし気に顔を赤らめつつ、こう続けた。
「私はねぇ、アンタのことが好きなんだよ!! アンタとゲームして、すっごい楽しくて⋯⋯あんな風に純粋に笑って、怒って、喜んで⋯⋯。そんなの、めちゃくちゃ久しぶりだったからさ。だから⋯⋯私は、アンタを死なせたくない!!」
突然向けられた好意に、シックは思わず「うぇっ!?」と間抜けな声を出してしまう。目線を泳がせ、しどろもどろになりつつも、「いや、でも⋯⋯」と、リリィの好意を否定しようとした。
「で、でも、私なんて、居るだけで周りの人に害を与えるし⋯⋯。」
「そんなの、私の姉さんが何とかしてくれるから!! ね、姉さん!!」
「まあ、病気を治すのはドクターの務めだしね。」
当然のようにそう答えるルルも、どうやらシックを死なせたくないというリリィの意見には賛成のようだ。そして、そんなルルの言葉に続くように、スターも「私の煌めきの前では万物が等しく無力よ!!」と、顔の前で腕をクロスさせ、両手でピースサインを作る謎ポーズと共に謎の台詞を放つ。
動きも見た目も理解不能なスターは無視して、リリィはロロにそっと視線を向けた。ロロは、いまだ恨みがましい目でシックを睨みつけていたが、その視線を受け、はあ⋯⋯とため息をつき、こう言った。
「⋯⋯皆さんがこの方を殺さないと言うのなら、私はその意志を尊重します。」
「⋯⋯あんがと、ロロ。全部終わったら特注のオイルでもおごってやるわ。」
これで、全員の意見がシックを殺さないという方針で固まった。ただ、一人納得していないのは当のシック本人だ。先程よりもさらに激しく目を泳がし、何とかリリィの意志を否定しようと言葉を重ねる。
「で、でも⋯⋯私なんて、居るだけで邪魔な存在なのに⋯⋯私なんて、生きている意味がない道具なの!! だから、ねえ、お願い!! 私を⋯⋯私を、殺して!!」
徐々に感情が昂ったのか、最後には叫ぶようにそう訴えるシック。そんなシックの身体を、リリィはおもむろにそっと抱きしめた。途端に、シックの身体に触れた箇所が黒く変色していくリリィ。シックは慌ててリリィの身体を離そうとするが、リリィはより一層シックの身体を強く抱きしめ、その顔を至近距離から見つめる。
「存在するだけで邪魔な奴なんて、この世に居ない!! 少なくとも、ここに一人、貴女が居ることを喜ぶ奴がいる!! 私が、シックの生きる意味になってみせる!!」
リリィの力強いその言葉に、シックは自分の魂が震えるのを感じた。しかし、過去さんざん言われ続け、そして自分でも感じてきたことによって凝り固まった自分の中の固定観念が、リリィの手を取ることを拒否する。
「無理だよ⋯⋯!! だって、今この瞬間も、私は貴女を病魔で蝕んでいるもの!!」
「それなら、私が何度だって治してみせるわ。⋯⋯どうする? 貴女がリリィを否定する理由は、もうないわよ?」
ルルはそうシックに尋ねると同時に、リリィをその手から発した光で再び治療する。その瞬間、シックは自分が絶対彼女たちにかなわないことを悟った。ルルの言う通り、もうシックにはリリィを否定する言葉が見つからない。しかし、リリィたちがシックを殺さない限り、彼女たちは一生この部屋から出ることができないことはシックが一番よく知っていた。だから、シックは⋯⋯シックの存在を認め、生きる意味を与えてくれたリリィのために、その命を使うことを決意した。
シックは、今度は自分からリリィの身体を力強く抱きしめた。そして、同時に、リリィの唇に自分の唇を合わせ、口の中に舌を潜らせる。突然の口づけに目を丸くするリリィを無視し、ひたすらに、舌を使ってリリィの口の中の唾液を掻き集め、飲み込んでいく。その時になって、ようやくシックの真意に気づいたリリィが、慌ててシックを引き離そうとするが、今度はシックがそれを許さなかった。
リリィの体液は、ギフトの能力により、全て毒となっている。しかも、シックのウイルスに対抗して濃度を上げたその毒は、ほんのわずかでも致死量に値するモノとなっていた。
早くも毒が身体に回ってきたのか、意識がもうろうとしてきたが、シックは唇を離すことはない。最初で最期の死の口づけ。シックは、自分の存在を認めてくれた愛しい友人がその相手であることに、幸せを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
リリィの治癒を終え、ルルがシックにその手を伸ばそうとしたその時には、既にシックの心臓の動きは止まっていた。呆然とした様子で唇を押さえるリリィは、その姿が光に包まれ消える寸前、幸せそうな笑みを浮かべるシックの横顔を見たのであった。
次回、とうとう扉が開く時⋯⋯!
VSエンキ編、開始です。




