『無』
シャルン「フケイ⋯⋯フケイであるぞ⋯⋯!」
《シャーリー&サラside》
サラの膝の上では、シャーリーがすうすうと寝息を立てている。そんなシャーリーの寝顔を愛おしげに眺めるサラ。
今、二人はピティー軍団の追跡を一旦振り切り、路地裏でその身を潜ませていた。というのも、流石に先のスロウとの戦いでシャーリーの身体が限界を超え、このままの状態でピティー軍団と再び戦うのは危険があったからだ。
スロウとの戦いの時にシャーリーが座っていた車椅子は車輪の部分が壊れてしまっていたので、恥ずかしがるシャーリーをサラが無理矢理おんぶしてこの路地裏まで運んで来た。しかし、路地裏に着いた瞬間シャーリーは意識を落としたので、サラは無理矢理にでもシャーリーを運んで良かったと思っている。
サラは、周囲の気配に気を配りつつも、膝の上のシャーリーから視線を逸らすことはない。ずっと正座の状態なので少し足が痺れてきたが、そんな痛みなどシャーリーの寝顔を見ていれば気にならなかった。
(シャーリー、近くで見るとまつげけっこう長いなぁ⋯⋯。それに、こうして膝の上にシャーリーの頭を乗せていると、私の大好きなシャーリーの汗と血の匂いがする⋯⋯。)
サラは、その形の良い鼻をシャーリーの顔に近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ。ついつい頬が緩んでしまうのは不可抗力であろう。そして、サラの視線はまつげからその下の唇へと移る。
(さくらんぼみたいな色⋯⋯。さっき、私に触れた唇。柔らかくて、暖かくて、とっても刺激的⋯⋯。もう一回、この唇に触れてみたい⋯⋯。)
サラは、無意識のうちにシャーリーの唇へと自分の小さな唇を近づけていった。しかし、あと数センチで唇が重なり合うというところでシャーリーが突如その目をかっと開き、サラは慌てて顔を上げてキスをしようとしたことを誤魔化す。
だが、目を覚ましたシャーリーは無言で上体を起こし、サラを庇うように前に出て左腕を広げた。その視線は、真っ直ぐに先程サラ達が入ってきた路地裏の入り口へと向けられている。
「⋯⋯おい、そこに居るのは分かっているんだよ。早く姿を見せたらどうだぁ⋯⋯? ピティー。」
「⋯⋯やはり、貴女は危険ですね、シャーリー。私がここまで来たのは間違いではなかったようです。」
シャーリーの呼びかけににそう応えると同時に、今まで散々追いかけ回されてきた真っ白な少女、ピティーが二人の前にその姿を現した。しかし、その姿を見た瞬間、サラには、それが今まで相手にしてきた量産型のピティーではないことが分かった。ここに居るピティーは、あのピティー軍団の親玉、つまり、最初に創られたピティーだ。
『シャーリー、こいつ、オリジナル⋯⋯!』
「ああ、それはオレもすぐ分かったぜ。何となく、こいつからは嫌な臭いがぷんぷんしてくるからなぁ⋯⋯。」
サラはシャーリーにすぐそのことを伝えるが、流石シャーリー、既に気が付いていたようだ。一方、ピティーは、言葉を持たないサラとシャーリーの奇妙なコミュニケーションにその整った眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべる。
「私の身体は無味無臭なはずなのですが⋯⋯。貴女の鼻は腐っているのではありませんか? 殺人鬼。貴女の思考は全く理解出来ませんね。そんなボロボロの身体でなお、私に殺気を向けることも、そして、その『失敗作』と仲良くしていることも。」
ピティーが何気なく発した『失敗作』という言葉が、サラの胸に突き刺さる。しかし、一瞬感じた胸の痛みも、前に立つシャーリーの顔を見た瞬間自然となくなった。
「おいこらピティー。お前こそ劣化版サラな癖して何言ってるんだ? オレの相棒をよりにもよって『失敗作』だと!? ふざけんじゃねえぞ!!」
怒りを露わにピティーへと怒鳴り声を上げるシャーリー。そうだ、たとえ誰に『失敗作』と蔑まれようとも、今のサラには彼女のことを本当に大切に思って、そしてサラのために怒ってくれるシャーリーがいる。その事実が、サラを強くしてくれる。だから、サラはもう何を言われても不安に思うことはない。
シャーリーの後ろから隣へと移動し、サラは、ピティーには通じないと分かっていながらも、指文字でピティーにこう話しかけた。
『おう、調子乗ってるんじゃないぞー後輩。先輩は敬うもんだー。ばーかばーか。やーいぼっち~。』
サラの言葉の意味は分からないが、その表情や指の動きから、何となく馬鹿にされていることは伝わったのだろう。一瞬こめかみを引きつらせたピティーは、冷ややかな声で二人にこう告げた。
「⋯⋯いいでしょう。あくまでも貴女たちは私と戦いたいようですね。そんなに死にたいのなら、ええ、いいでしょう。すぐに殺してあげます。」
「はっ! それはこっちの台詞だっつーの!!」
シャーリーはそう言ってピティーに向かい中指を立てる。しかし、シャーリーの状態は決して良くない。今も、建物の外壁に寄りかかって何とか立っている状態だ。ここは、サラがシャーリーの分も何とかしなくてはならないだろう。
そう思い、サラはピティーに対しギフトを発動しようとする。しかし、いつもなら相手の姿を見れば読めるはずの心の中が全く読めない。そのことに動揺するサラが見たのは、黄色に輝くピティーの瞳。
「エンキ様から与えられし『ギフト』。それを貴様ら如きが使うのは昔から我慢ならなかった⋯⋯。しかし、今、私のこの瞳が貴様らに与えるのは⋯⋯完全なる『無』だ。」
そして、ピティーは狭い路地を走り抜け、サラのもとへと迫る。その勢いを乗せて放たれた拳を両腕で受け止めたサラに、ピティーは静かにこう言い放った。
「お前達の存在そのものが、エンキ様を侮辱しているのだ⋯⋯! 不敬であるぞ、貴様ら!」
最後のピティーの台詞は完璧ニトクリス意識してる。
次回⋯⋯ずっと書きたかった場面がようやく書けるかもしれない。タイトルは内緒。




