受けた恩は返すモノ
オクタ-「この子、ある意味最強かもしれない⋯⋯。」
《リリィ&ロロside》
リリィは、まだ若干の警戒心を抱きつつ、目の前で女の子座りしている少女、シックの姿を改めて観察する。
黒色のナース服を身に纏った彼女は、その目の下の隈といい、口元を覆い隠している大きな黒いマスクといい、全体的で病弱でひ弱な印象を受ける。顔の色も青白く、決して健康的とは言えない外見だ。しかし、膝下までの長さのナース服が、左足だけはボロボロに破れていてその下に履いている白いガーターベルトが見えており、そのガーターベルトとスカート部分の境界線にちらりと見える太ももの絶対領域はどことなくエロチックな雰囲気を漂わせている。初めて見た時から薄々思っていたが、なかなかにリリィの琴線に触れる格好をしている。
そんなシックは今、心なしかテンション高めで鼻歌混じりにリバーシの準備をしている。リリィはあれ、何かこいつよく見たら可愛くないか⋯⋯? などと思い始めていたものの、相手はエンキの部下であるし、故意ではないといえどもロロの機能を停止させているので、準備が終わったシックの正面にあぐらをかいて座り、厳しい目つきでこう問いかけた。
「⋯⋯で、エンキの弱点って言ったけれど、具体的には何をおしえてくれるのさ? 内容によって私のやる気も変わってくるよ?」
「ふふふ⋯⋯ちゃんとやってくれるんだね。貴女、いい人⋯⋯。」
シックのその指摘で初めて自分がシックとリバーシをすることを無意識に承諾してしまっていたことに気が付いたリリィ。何となく恥ずかしくて目を逸らすリリィであったが、シックはリリィの視線に合わせて首をコテンと傾け、再びふふふ⋯⋯と笑い声を上げた。
「でも、そだね。やる気を出してくれた方がゲームが楽しくなるし⋯⋯、具体的なことも先に言った方がいいかもね。貴女がもし私に勝ったときに私が教える情報、それは⋯⋯『エンキ様の結界を破る方法』だよ。あ、それと、貴女が勝ったら私を殺していいよ⋯⋯? エンキ様のいる神殿に行くためには守護者全員を殺さないといけないから⋯⋯。」
シックが何気ない調子で語ったのは、とんでもない情報であった。思わず目をむき立ち上がるリリィ。そんなリリィを、シックは『あれ? 何で急に立ったの? 早くリバーシしようよ。』とでも言いたげに上目遣いで見上げている。しかし、リリィは最早リバーシどころではない。いきなりもたらされた情報量の多さに混乱する頭を必死で落ち着かせ、何とか声を絞り出し、シックを問い詰める。
「あ、アンタ一体どういうつもりなわけ!? そんな重要な情報⋯⋯、ほ、ホントに私が勝ったら教えてくれるの!? てか、アンタ、自分のこと殺していいとか、正気!?」
「うん、まじまじ。それより早くリバーシしよーよ。」
「ちょ、アンタなんかキャラ変わってない? そんな軽い感じだったっけ⋯⋯?」
リリィは、釈然としない思いを抱きながらも、シックが真面目に取り合ってくれないので、仕方なく諦めてリバーシをすることにした。
リリィとシックの二人は、しばらく無言で石を盤の上に置いていたが、十手目くらいでぽつりとシックがその口を開いた。
「⋯⋯私はね、エンキ様が悪いことをしているってことを何となく分かっているの。そして、多分、貴女たちがエンキ様を倒すことは、正しいことなんだと思う。だから、私はエンキ様の弱点を貴女に教えることにしたの。」
シックのその言葉に、どこに石を置くべきか考えて盤面を睨み付けていた顔を上げるリリィ。リリィが自分を見たことに気付き、シックはさらに語り出す。
「⋯⋯私は、どのみちこの身体じゃあ長く生きられない。私の身体が、私の産み出すウイルスに耐えきれないの。だから、ここで貴女に殺されるのも、こわくない。むしろ、最期に誰かの役に立てるなら、私が生きていた意味があったかなって、そう思えると思うの。そして、それが貴女みたいにいい人ならなおさら、ね?」
そう言ってふふふっと目を細めるシックの顔を、リリィはもう正面から見ることが出来なかった。これが全てリリィを騙すためのシックの演技であったらどんなに良いだろうか。しかし、シックの瞳は真剣そのもので、とても嘘をついているようには見えないし、何よりリリィはこの少女が嘘をつけるとはとても思えなかった。
その後は、お互いに喋ることなくリバーシは進められていき⋯⋯。約1時間後、そこにはほぼ真っ黒に染まった盤があった。
「おい、あの流れは私に勝ちを譲る感じじゃないの!? 何ガチで勝ちにいってるのさ!?」
思わずそう突っ込んでしまったリリィに対し、シックはえへへと茶目っ気たっぷりな笑みを目元に浮かべ、こう答える。
「ずっと一人でシュミレーションしてたから、リバーシの腕は、プロ並み、だぜ⋯⋯!」
「いや、アンタがリバーシ上手いのは十分分かったよ? でもさ、あの今にも死にますみたいな悲壮な空気漂わせといて完勝しちゃうっていうのはどうかと思うんだ私。」
まだ納得出来ていない様子のリリィ。そんな彼女に対して、若干申し訳なさそうに眉を下げ、シックは再び答えた。
「ごめんね⋯⋯。でも、一応、エンキ様への恩もあるから、簡単に負けるわけにはいかないんだ⋯⋯。ほら、受けた恩は返すモノって、そう言うでしょ⋯⋯?」
「あの疫病神への恩って、一体アンタあいつに何されたわけ⋯⋯?」
過去エンキに散々な目に遭わされているリリィは、シックの言うような『恩』をエンキが与えるとは思えずに、純粋な疑問を口にする。
「エンキ様は、こんな私を、『使える道具だ』って言ってこの塔の守護者にしてくれた⋯⋯。たとえ道具扱いでも、『役に立つ』って思われたこと、私に居場所を与えてくれたこと、それは素直に嬉しかったの。⋯⋯だって、私、それまで居場所なんて、どこにもなかったから⋯⋯。」
確かに、呼吸をするだけで周囲に無差別にウイルスをまき散らしてしまうシックは、普通の人と一緒に普通の生活を送ることすら困難だっただろう。昔のことを思い出してか、暗い表情になったシックに思わずリリィの心も痛む。
(ああ、こりゃ無理だ。私は⋯⋯多分、シックを殺せない。)
その時、リリィは自分が完全にこのシックという少女のことを好きになってしまっていることに気付いたのだった。
その後、暗くなってしまった空気を変えるように、「次は、すごろくをしよう⋯⋯!」と提案してきたシックに対し、リリィは笑顔で頷く以外の選択肢を選ぶことが出来なかった。
次回、うーん⋯⋯。別の作品も投稿しておきたいんだよねぇ⋯⋯。
一応未定で!! 投稿するとしたら、久々のシャーロットとサラsideです。
え? この二人はもうスロウ倒したじゃないかって? ⋯⋯スロウはあくまでも前座に過ぎません。本命は、あの白い少女。




