立ち塞がる絶望
オクター「おそらく、過去最強クラスに絶望感凄いです。ある意味、スマイルよりやばいかも、この人。」
「フローラさん、大丈夫ですか!?」
吹き飛ばされたフローラの元にナナが駆け寄ってくる。心配そうな表情のナナを安心させるべく、フローラはすっと立ち上がった。
「ええ。問題ありません。私はギフトのおかげで地面に叩きつけられることはないので、そこまでダメージは喰らっていないんです。」
反射的に受け身をとろうとしたが、そもそもフローラは基本地面から数センチほど浮いているので、衝突によるダメージを受ける心配は無い。だが、あまりに変な体勢で着地すると先程のように脳震盪を起こす危険があるので、やはり受け身はとって正解だったといえよう。
しかし、肉体的なダメージこそあまりなかったものの、エイミーのギフトの能力を知ったフローラの精神的ダメージは大きかった。五感を支配する相手に対し、一体どう戦えばいいというのか。
「ナナ、些細なことでも構いません。私と奴とが戦っているのを見て、何か気付いたことはありませんか?」
フローラは、少しでもエイミーに対抗できる策を見つけるため、ナナにそう尋ねた。ただ、そこまで期待していたわけではなく、本当にわらにもすがるような思いで聞いたのだが、ナナから返ってきた答えは予想以上に有意義なものであった。
「えっと⋯⋯そのことなんですけれど、多分ボク、エイミーのギフトの対象になっていないんだと思います。ボクにはエイミーは一人しか見えないし、声も普通にしか聞こえないし⋯⋯だから、もしかしたらエイミーのギフトは誰か一人しか対象に出来ないんじゃないかなって⋯⋯。」
「ピンポンピンポーン!! だいせいか~い!!」
そして、ナナがその推測をフローラに伝えた直後、フローラの耳元でエイミーの声が大音量でそう告げた。あまりの五月蝿さにフローラは思わず耳をふさぐが、ナナは「どうしたんですか!?」とフローラを心配するだけで何ともなさそうだ。
エイミーは、先程フローラを蹴り飛ばした場所から一歩も動くことなくこちらを見つめていた。フローラの鋭い視線と、ナナの不安げな瞳が自分に向けられたことを確認し、エイミーはカックンカックンと首を揺らしながら愉しげにさらに衝撃の事実を告げた。
「その水色の子が言った通り、私のギフトは誰か一人しか対象に出来ないよ~。あ、それと、もう一つ付け加えるなら、私が一度に奪える五感も一つだけなんだ。視覚を奪っている間は、聴覚を奪うことは出来ない。私を何とかしようと思うなら、ここら辺がつけいる隙かもね~。」
信じられないことに、エイミーは自分からフローラ達に自らのギフトの詳細を伝えてきた。フローラは、エイミーのその行動の意味が分からず、困惑する。それと同時に、まるで情けをかけられたような感じがして強い憤りを覚えた。
「⋯⋯貴女、一体どういうつもりなのですか? 何故、自らの弱点となり得る情報をそんなに愉しげに私たちに告げるのです? 私たちをなめるのも大概にしてください!!」
思わずそう叫ぶフローラ。しかし、フローラの怒りを受けても、エイミーは未だリズミカルに首を揺らし続けている。
「あのさ~、さっきも言ったよね? 別に、私は貴女たちをなめているわけではないんだよ? ないってことよ? 貴女たちはエンキ様の敵。そんな相手に対して情けをかけるほど、私もお人好しじゃないよ。それでも、私が貴女たちにこの情報を教えたのは~⋯⋯教えても、全く問題がないから。だからさ、これは、弱者への情けではなくて⋯⋯。」
その時、突然エイミーはその首の動きを止めた。そして、そのグルグル眼鏡を押し上げ、その下に隠れた黄色の瞳でフローラ達を一瞥する。その瞳の鋭さに思わず息を呑むフローラ達に、エイミーは静かな声でこう告げた。
「⋯⋯これは、強者の余裕というものだ。」
直後、フローラの目の前で、エイミーが部屋一面を埋め尽くすほど増殖する。しかし、流石にフローラもこれがエイミーの能力による幻であることは即判断できたので、隣に居るナナにこう声をかけた。
「ナナ、エイミーの本体がどこにいるか教えてください!!」
そして、フローラはナナの答えを待たず、そっと目を閉じる。余計な情報は、かえって思考を乱すと判断したからだ。
「フローラさん、エイミーがいるのは後ろ⋯⋯ってええ!? エイミーが増えた!?」
どうやら、エイミーは途中でギフトの対象をナナに変更したようだ。ナナの驚く声が聞こえてくる。成程、対象を即座に変えれば、たとえ一人にしかギフトを使用出来なくてもたいしたデメリットにはならない。フローラは、エイミーのあの余裕のわけが少し分かった気がした。
しかし⋯⋯エイミーは、あまりに自分たちをなめすぎている。今、ナナがエイミーのギフトの対象になっているということは、フローラは対象にはなっていないということ。そして、特訓により研ぎ澄まされたフローラの感覚は、背後から迫るエイミーの気配を確かに感じていた。
(この一撃で、決めてみせる!!)
エイミーのような相手に対し、長期戦はあまり得策ではない。時間をかければかけるほど、自分の感覚が信じられなくなってしまうだろう。だから、フローラは、この一撃でエイミーを倒すべく、迫り来る気配に対し、その剣を振るった。
直後、手に感じる確かな感触。そして、「ぐわぁ!?」というエイミーのうめき声。フローラは、トドメをささんとその目を開いた。
ーしかし、そこにはフローラに切られたはずのエイミーの姿はない。いや、これは幻覚だ。確かにここにエイミーはいるのだ。そう思い、何もない空間に剣を突き立てるフローラだが、返ってくるのは空虚な感触だけ。そして、その声はフローラの背後から聞こえてきた。
「私はここだよ? お馬鹿さん。」
慌てて振り向くフローラ。しかしそれより先に、フローラの横腹を鋭い蹴りが襲い、フローラは再び衝撃と共に今度は壁目掛け吹き飛ばされた。
壁に激突する衝撃だけはふわりと浮くことで抑えたが、それでも腹部に受けたダメージは大きい。お腹を手で押さえながら、立ち上がりエイミーの姿を探そうとしたフローラであったが、その途中で膝の裏に強い衝撃を感じ、膝を折る。そして、その後、何度立ち上がろうとしても、その度に膝を折られ、立ち上がることすら出来ない。
「あ、あれ⋯⋯?」
やがて、そんな行為を十回以上繰り返した時、フローラは自分の身体に起きたある異変に気付いた。頭では立ち上がろうとしているのに、足が全く動かなくなってしまったのだ。
「人間の身体っていうのは面白いものでね~? 何度も何度も、立ち上がろうとしてもその度に膝カックン! とかされてそれを邪魔されたらさあ~、立ち上がる行為自体に無力感を感じて、立ち上がることを止めてしまうんだ。これ、無力感の学習っていう現象なんだけれど~⋯⋯今貴女の身に起こっているのも、同じような現象ってわけ。」
フローラの耳に、エイミーの声でそんな絶望的な内容が告げられていく。しかも、エイミーの言葉はこれで終わらなかった。
「因みに~、水色の子なら、貴女が目を瞑ってからすぐ後で、蹴り飛ばしてあげたよ? 今は、貴女と同じように立てなくしてあげてるとこ。あの子、ちょっと弱すぎない? だって、私あの子にギフト使ってないからね? ⋯⋯これ、どういうことか、分かるよね?」
そして、エイミーはフローラに対し追い打ちをかける。
「あの時、貴女が聞いた仲間の声。それから、貴女が感じた私の気配。私を切った感触。私の悲鳴⋯⋯全てが、私が貴女の五感を支配して貴女に見せた幻。あはは!! 本当に滑稽だったよ!! 貴女は見事に、私の手の上で踊ってくれた。さいっこうの、《ブリキノダンス》を見せてもらえたよ。」
エイミーが近づいてくる気配がする。いや、この気配も本当にエイミーのものなのか? 最早、フローラは何が正しくて、何が間違っているか理解することが出来なかった。ただ理解出来たのは⋯⋯相手の実力をなめていたのは、エイミーではなく、自分の方であったということだけ。
「ねえ、これで分かったでしょ? ⋯⋯貴女たちは、私には勝てない。」
耳元で囁かれたエイミーのその言葉が、フローラを絶望の淵へとたたき落としたのだった。
次回、『一筋の希望。そして再び絶望』。
ボクだって、やる時はやるんだから!!




