『我楽多の踊り《ブリキノダンス》』
シャルン「さあ、フローラとナナの相手は、守護者の中でもかなりのくせ者、エイミーや。こいつのギフトは、ホンマにえぐいでぇ⋯⋯?」
《フローラ&ナナside》
フローラとナナの前に現れた、グルグル眼鏡の守護者、エイミー。彼女の手には、武器らしきモノは何も握られてはいない。もしかしたら彼女は素手で戦うのだろうか。しかし、フローラはエイミーが武器を隠し持っている可能性も考えて警戒心を高める。
「ねえねえ、君たち、こんなところでのんびりしてていいの? いいのかな? 向かってこないなら、私の方からいっちゃうよ? いっちゃおうかな?」
エイミーはカクンカクンと首を揺らしながらフローラ達を挑発してくる。しかし、口ではそんなことを言いつつ、エイミーは自分からしかけてくる様子がない。そこで、フローラはあえてエイミーの挑発に乗り、自分からしかけることにした。
「ナナは私の後ろに下がっていてください。あいつは、私が倒してみせます!!」
そう言うと、フローラは剣を構え、真っ直ぐエイミーの元へと向かって行く。その間も、エイミーは武器を構える気配すら見せない。フローラは、その様子を若干不気味に感じつつも、その胴目掛けて横薙ぎに剣を振るった。
しかし、その剣は、エイミーには当たらなかった。フローラが感じたのは、空気を切った心許ない手応えだけ。
いや、実際には、フローラの目は確かに、すっぱりと両断されたエイミーの身体を見ているのだ。それなのに、全く切った感触がない。
「フローラ、それは偽物!! 本物は後ろです!!」
その時、フローラの背後からナナの声がそう告げてきた。成程、目の前のこれは幻覚の類いかと納得し、即座に背後へと蹴りを放つ。フローラが躊躇わずナナの忠告を聞き入れたのは、仲間に対する無条件の信頼によるものであった。
しかし、今回はその仲間への信頼の強さが裏目に出ることとなってしまう。
「ざんね~ん♡ エイミーちゃんが居るのは横でしたー!!」
その声が聞こえると同時、フローラの頬につんっと軽く何かが触れる。慌てて横を向いたフローラが見たのは、フローラの頬に指を突き立て、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべるエイミーの姿だった。フローラは、とっさに横に跳ね、エイミーから距離をとる。その間も、にやけ顔を崩さないエイミーを、フローラはきっと睨み付けた。
「⋯⋯貴女、どういうつもりですか? 先程、貴女は私に攻撃しようと思えば出来たはずです。手加減のつもりなら、それは侮辱以外の何物でもありませんよ⋯⋯!!」
怒りを露わにするフローラに対し、エイミーはあくまでも飄々とした態度で、しかしそれでいて眼鏡の奥の瞳だけは鋭く細め、こう答える。
「手加減? それは誤解だよ~。これが私の本気も本気。私はさっき、貴女に触った。これで、詰み《チェック》だよ。」
そして、そのエイミーの言葉に重ねるようにして、フローラの元に駆け寄ってきたナナが衝撃の事実を告げた。
「フローラさん、あいつ、何か変です⋯⋯。だって、あいつ、さっきから全然動いていないんです。それなのに、フローラさんがいきなり見当違いの方向に走り出して⋯⋯。」
「で、でも、後ろにエイミーがいると言ったのはナナですよね!?」
「え!? ボク、フローラさんが戦っている間、一言も喋っていませんでしたよ!?」
フローラは、先程聞いたナナの声を思い返す。
『フローラ、それは偽物!! 本物は後ろです!!』
そして、はっとあることに気付く。ナナは、自分のことを『フローラさん』とさん付けで呼ぶのに、あの時の声は、自分を呼び捨てで呼んでいた。ということはつまり、あの声は⋯⋯。
「それじゃあ、今度こそこっちからいくよ? いかせてもらうよ!!」
フローラがある結論にたどり着く前に、エイミーがフローラ目掛け走り出す。それを見たフローラは、一旦思考を中断させ、エイミーに集中することにした。
だが、剣を構えたフローラは、突如膝の裏に強い衝撃を感じ、かっくんと膝を折ってしまう。堪らず地面に膝を付いたフローラが見たのは、無数に迫るエイミーの群れ。
「な⋯⋯!?」
思わず自分の目を疑うフローラ。そんなフローラの身体は、真横からの強い衝撃により吹き飛ばされる。地面に激突する寸前、とっさに受け身をとろうとするも、何物かに足を引っ張られるような感覚がしてバランスを崩し、失敗。頭を揺らされ、軽い脳震盪を起こす。眩む視界の中、耳元で囁くようなエイミーの声が聞こえてきた。
「どう? 驚いたかな? 驚いたでしょ。これが、私のギフト。」
フローラは慌てて身体を起こすも、そこにはエイミーの姿はない。そして、今度は真後ろからエイミーの声がフローラに囁きかける。
「私のギフトは、『五感を支配する』能力。私の声を聞いた人からは、聴覚を。私の姿を見た人からは、視覚を。そして、私に触った人からは⋯⋯触覚を。もちろん、味覚や嗅覚も奪えるよ?」
そして、パチンと指を鳴らす音が部屋に響き、今度は五体のエイミーがフローラを取り囲む。
「貴女は、既に私を見て、私の声を聞いて、そして、私に触った。つまり、貴女が見ているこの私も、この私の声も、そして、貴女が握るその剣の感触さえ⋯⋯最早本物とは限らない。」
そして、再びパチンと指を鳴らし、エイミーは今度はフローラの真正面だけに現れた。しかし、エイミーの能力を知った今、このエイミーが本物なのかどうかすら、フローラには判別することが出来ない。混乱するフローラの頭上から、背後から、そして正面から、同じ声でエイミーはフローラにこう告げた。
「今の貴女は、そう、たとえるなら⋯⋯私の手の上で踊る操り人形だよ。だから、私はこの能力にこんな名前をつけてるんだ。 ー『我楽多の踊り《ブリキノダンス》』ってね。」
次回、『立ち塞がる絶望』。再びフローラ&ナナsideです。




