一日目
目を開けた時、フローラは森の中にいた。辺りを見渡すも、あのお嬢様の姿はない。どうやら、ペアを組めないまま無人島に送られてしまったらしい。最悪だ。森の中は既に真っ暗だ。空を見上げると、真っ赤な月が浮かんでいた。殺し合いゲームの一日目は、既に終わろうとしている。なんてこったい。時間管理がガバガバにもほどがある。
その時、背後からガサガサと草むらを掻き分ける音が聞こえてきた。フローラが慌てて後ろを振り向くと、そこにはドリルヘアーのお嬢様ではなく、フローラの三倍くらい大きな熊がこちらを見下ろしていた。いや、正確には熊型の魔獣なのだが・・。しかし、フローラにとってその熊が魔獣か否かなど全く関係なかった。分かっているのは、このままではこの熊に殺されてしまうことだけ。それなのに、フローラの足は恐怖で全く言うことを聞かず、あっと思った時には熊がその大きな爪をフローラめがけ降り下ろしていた。
やられる!そう思ったフローラは思わず目を瞑った。しかし、いくら待っても予想していた衝撃は襲ってこない。フローラが恐る恐る目を開くと、そこには、首から上がなくなり、切り口から大量の血を吹き上げている熊の成れの果てが膝をついていた。
「ハア・・ハア・・どうやら、偶然助ける形になってしまったようですわね。」
そして、熊の背後には、何故か息を切らした様子で立っている、ドレスを熊の返り血で真っ赤に染めたあのお嬢様がいた。血まみれのお嬢様が、熊の死体を乗り越え、フローラに近づいてくる。フローラは、その姿に恐怖を感じて思わず「ひいっ!」と悲鳴をあげてしまった。
「ち、近づかないでください!わ、私を殺すつもりですか!?」
必死の形相でそう叫ぶフローラに対し、お嬢様はきょとんとした表情で首を傾げた。
「貴女は何を言ってますの?私たちはペアを組む予定だったでしょう?私は貴女とペアを組みに来ただけですわ。」
相変わらず態度は上からだが、お嬢様はフローラに対しペアを組もうと握手を求めてきた。
・・正直、お嬢様の真意はよく分からない。しかし、それは別としてフローラには言っておかなければならないことがあった。
「・・とりあえず、その血まみれの手を洗ってくれませんか?」
フローラは、血まみれの手と握手するのだけはごめんだった。
お嬢様が血まみれの手や服を近くにあった川でざっと洗った後、(フローラも無理矢理手伝わされた)改めてお互いに自己紹介をすることになった。
「私の名前は、ペトラ・ルドリアーナ。由緒正しきルドリアーナ家の次女ですわ。」
「えっと・・私の名前はフローラです。」
フローラが自分の名前を言うと、ペトラはこれ見よがしに鼻で笑ってみせた。
「あら、やっぱり平民でしたのね。どうりで動きが田舎臭いと思いましたわ。」
このお嬢様はいちいち平民を馬鹿にしないと期が済まないのだらうか。これだから貴族は嫌いなんだ。
「・・そんな平民と、どうして貴族の貴女はペアを組もうと思ったんですか?」
内心の苛立ちが表に出てしまい、つい刺々しい口調になってしまった。しかし、そんなフローラを気にする様子もなく、ペトラは堂々とした態度でこう言い放った。
「そんなの、一人よりペアを組んだ方が生き残る確率が上がるからに決まっているでしょう?あの神の話が本当なら、見るからに愚図そうな貴女も『ギフト』をもらっているのですのよね?」
いきなり痛いところをつかれた。これは、暗に「お前のギフトを教えろ」と言っているようなものだ。フローラとしては、ペトラにバカにされる未来しか見えないのでできれば自分の能力のことは言いたくなかったのだが・・流石にそういうわけにもいかないので、フローラは無言で自分の足元を指差した。
ペトラは、フローラが指差した足元とフローラの顔を交互に見て、「どういうことですの?」と尋ねた。どうやらちゃんと説明する必要があるようだ。とは言え、とても単純なことなのだが。
「私の足元・・少し浮いていませんか?」
「ああ!言われてみれば確かに少し浮いていますわね。・・え、ひょっとして貴女の能力って・・。」
まさかといった表情のペトラに、フローラはゆっくりと頷くことで恐らく彼女が思い浮かべているであろう答えが正しいことを示した。
「はい。私の『ギフト』の能力は、地面から少しだけ浮くことができる・・というものです。正直戦闘には全く役にたちません。」
戦闘に役に立たないどころか、フローラはこの能力に助けられたことなど今まで一度もなかった。強いて言えば、屋根を修繕していてうっかり足を滑らせた時、この能力のおかげで地面に打ち付けられずに済んだことが一度だけあったくらいだ。
フローラは自分の能力に対して良い思い出が全くなかった。しかも、この能力は常時発動するタイプのものなので、周りの人から文字通り浮くこととなってしまっていた。
フローラは、ペトラがフローラの能力をバカにするだろうと思っていたが、予想に反してペトラは「確かに戦闘には役立ちそうにありませんわね。」と呟いただけだった。
「貴女が自分の能力を話してくれた以上は、私も能力について話しますわ。私の能力は、ヘアースタイルの変化ですわ!」
ペトラはドヤ顔で自分の能力を明かしてくれたが、正直自分ほどではなくとも戦闘向きの能力ではないのでは?とフローラは思った。しかし、そんなフローラの考えを見透かしたように、ペトラがドヤ顔のまま自慢を続ける。
「ヘアースタイルの変化、と聞いただけでは使えない能力と思われるかもしれませんわ。確かに、私も幼少期は本当に髪型を変えるくらいしか出来ませんでしたの。しかし!私は長年の独自の研究の末に、髪質を変化させることにより、髪の毛一本一本を鋼のように固くし、その髪の毛を変形させることによって戦う術を手に入れたのですわ!」
確かに、ドヤ顔をするだけあって、ペトラの能力は凄い領域まで昇華されているようだ。先程熊を倒した時、武器もないのにどうやって首をはねたのか不思議に思っていたが、あれも髪の毛でやったのだろう。
だが、一つだけ気になることがある。
「あの・・ペトラさんはどうして、そこまでして能力を研究したですか?貴族なら自分で戦う必要はありませんよね?」
フローラがそう尋ねると、ペトラらドヤ顔から一転して真剣な表情に変わり、フローラを正面から見据えた。
それまでペトラが正面からこちらを見てきたことがなかったため、フローラは思わずその綺麗な青い瞳にどきっとしてしまった。
「・・私が戦う術を手に入れようと足掻いた理由は、ただ一つ。大事なものを失わないようにするためですわ。」
ペトラがぽつりと呟いたその独白に、フローラが「それってどういう・・」と尋ねようとしたところで、空気を読まない神の声が頭に響いてきた。
『はーい!もうすぐ一日目が終了するよー!皆、楽しく殺し合いしているかな?』
神の言葉通り、空はここに来たときよりも真っ暗になっていて、ペトラの持っていた懐中時計もちょうど十二時を指していた。
『んん?あれれ、おかしいね~。まだ一人も死んでないじゃないか!私、最低でも一日一殺がノルマだって言ったよね?』
「確かにそんなこと言ってましたけれど、ここに来た時点で既に真っ暗だったじゃありませんの!こんな短時間で誰かを殺すなんて無理ですわ!」
ペトラは、姿の見えない相手に対しても怒りを隠すことなく怒鳴っていた。いや、姿が見えないからこそ怒鳴ったりできるのか?少なくともフローラにはそんな勇気はなかった。
『んー、誰かが文句言ってるような気もするけれど、そんなの知っちゃことじゃねえよ。私が一日一殺と言ったなら、それを守るのがお前らの役目なんだよ。』
それまでフレンドリーな口調だった神が、突然その雰囲気を変えたことで、フローラはとてつもない恐怖を感じた。あのペトラでさえも、顔を真っ青にして震えている。
『・・そういうわけで、罰として、お前達の中で今日一番つまらないことしかしなかった奴を殺そうと思いまーす!さあ、栄えある殺し合いゲームの被害者一番目は・・』
無人島に散らばった少女たちは、皆恐怖していた。もしかしたら、今から名前を呼ばれるのは自分かもしれない。死にたくない。死ぬのは嫌だ!
少女達のそんな感情をたっぷりと味わったあと、神はゆっくりと間を空けて、ようやくその名前を口にした。
『ピティーでーす!』
神がその名前を告げた瞬間、上空に巨大なスクリーンが浮かびあがり、そこには何もない空間だけが映し出されていた。
『ピティーは、『ギフト』の身体を透明にする能力を使って、無人島に来てからずっと隠れるだけで全く動こうとしなかったんだよねー。今もここまで言ってるのにまだ透明なままだし。ちゃんと私の話聞いているのかなー?』
フローラの脳裏に、声をかけてもほとんど反応を返してくれなかったピティーの顔が浮かんだ。あの子なら、話を聞いていないとしても不思議ではない。だが、仮にも自分の命が関わることだというのに真剣に話を聞こうとはしないのだろうか?
『まあいいや。私にはそこにいることは分かってるしね。じゃあ・・お仕置きだべー!』
神の声が聞こえた、と思った瞬間には、映像には地面から何本もの土の槍が生えてくる様子が映し出されていた。そして、その槍の穂先が集まったところから、真っ赤な血のようなものだけがどくどくと流れ出ている。
『はい、お仕置き終了!ということで、えー、参加者十名のうち、たった今ピティーが死亡したので、残り九人となりました。明日も誰も死人がでなかったらお仕置き実行するからね?それでは、二日目も殺し合い、頑張ってねー♪』