閑話:フローラの悩み
フローラさんはお悩みなのです・・。
フローラは悩んでいた。その原因は、つい数日前フローラたちの元を訪れたクリスタ・ライブラリという貴族のお嬢様にある。
別に、クリスタが貴族だから接しにくいとかそんなことはない。フローラは貴族が嫌いだが、ペトラみたいな貴族もいることを知ったことで、最初から嫌いだからと接触を避けるようなことはしなくなった。あと、フローラも本人の口から告げられるまで気にしてなかったが、シャーロットも一応貴族なのだ。これだけ貴族と関わっていれば、嫌でも貴族に対する苦手意識は薄まる。
それなら、クリスタの性格が気にくわないのかと言えば、そういうわけでもない。むしろ、その逆でクリスタは貴族とは思えないほど腰が低かった。
クリスタがフローラたちが現在いるララの研究所を訪れた際も、警戒して戦闘体勢をとるフローラに対し、クリスタは突然訪ねて来て驚かせてしまったことを詫び、その上で自分の情報をフローラたちに赤裸々に打ち明けたのだった。
「クリスタと言ったかね?君はどうして、今会ったばかりの相手に自分のことをそうも簡単に話してしまうのかい?」
フローラの後ろで控えていたシャーロットがそう尋ねたところ、クリスタは微笑を浮かべつつこう答えた。
「それは、私が貴女たちのことを信頼しているからです。貴女たちの物語は、ここに来る道中見た貴女たちの顔写真から既に拝読済みです。その結果、信頼できる人物であると判断しました。そして、私もまた、貴女たちからの信頼を得たいのです。こちらが貴女たちの情報を知っているのに、私の情報を教えないのは、対等な関係ではありません。信頼を得るには、まず対等な関係になる必要がある。そう思ったからこそ、私は貴女たちに自分のことを話したのです。」
シャーロットは、しばらくその言葉の真偽を確かめるようにクリスタの瞳をじっと見つめていたが、やがてふっと視線を和らげると、にっと右の口角をつり上げた。
「なるほど、このシャーロット・ノックス好みの実に合理的な答えだ。気に入った。私は君を信頼するとしよう。・・フローラ、君はどう思うかね?」
「え、あ、はい、いいと思いますよ。」
「それでは決まりだね。では、ようこそ歓迎しよう。君のその能力を、おおいに活躍させてもらおうではないか。」
まあ、これがクリスタとフローラたちの初対面の一連の流れである。その後、二代目ロロを見たクリスタが車椅子のままロロに抱き着こうとして転倒するというハプニングはあったものの、クリスタはひとしきり涙を流した後は、すぐにシャーロットの指示を受けその能力をフル活用させ始めた。
フローラが聞いたところによると、クリスタの能力は、元々『他人の顔を五秒間見ることで、その人物の情報が書かれた本が作れる』というものだったらしいが、最近能力が進化し、直接その人物の顔を見なくても、写真を見るだけでも本が作れるようになったらしい。また、本を作る能力自体もパワーアップし、五秒間のタイムラグが消え、一瞬で本を作成できるようになった他、本に挿し絵が加わるようになったそうだ。フローラとシャーロットの本は、フローラがシャーロットの居場所を聞いた酒場の主人の本を作った際現れた挿し絵から作ったらしい。
さて、話を戻そう。フローラが悩んでいる原因、それはクリスタのこの能力の詳細を聞いたシャーロットがクリスタと一緒に何やら小難しいことをし始めたことであった。
「ロロ君にこのシャーロット・ノックスが持ってきた新聞のデータは全て読み込ませてある。その中から、先程失踪事件の被害者の写真をピックアップした。クリスタ君、君はこの写真の顔を見て全員分の本を作成したまえ。」
「なるほど・・。シャーロットさんはゲーム参加者の情報を知りたいんですね。」
「私のことはシャーロット・ノックスと呼びたまえ。そしてクリスタ君。確かにそれも知りたいが、私が知りたいのは他にもある。それは、このゲームがいつから始まったのかということだ。」
「いつからゲームが始まったか?何故そんなことを知りたいのですか?」
「私の勘が告げているのだ。私がゲームに参加したのは二年前。そして今でもこのふざけたゲームは続けられている。神は何故飽きもせずこのような蛮行を繰り返しているのか?その理由は最初のゲームにあるのではないかとね。」
「なるほど・・!流石ですね。早速調べてみます。」
シャーロットとクリスタがそのような会話をしている中、フローラは一人蚊帳の外であった。理由としては、居ても特に役に立たないからだ。
そう、フローラの悩みはこれであった。自分以外のメンバーが頭脳派が多すぎて、なかなか会話に入っていけないのだ。
いや、フローラだって何も考えていないわけではないし、シャーロットたちの話している内容だって理解できる。だが、フローラはどちらかといえばあれこれ考えるより身体を動かす方が得意なのだ。最近は能力のトレーニング以外にも筋力トレーニングにもはまっているフローラ。彼女は、この中において唯一の肉体派になっていた。
フローラは、基本は無表情の仮面を張り付けてシャーロットたちを眺めていたが、内心は激しい焦りを抱えていた。
(うん、ヤバイ。全く話についていけん。あ、あれ?私って元々そんな脳筋キャラではないのに、回りが頭脳派しかいないせいでなんとなくそんなポジになってきてる気がするよ。唯一戦えそうなロロちゃんも最近はデータ処理係りになってるし・・。これ、もしかして私って要らない子になってる?)
フローラがそんな悩みを抱えて悶々としているとは知らず、クリスタはシャーロットの有能さに感嘆していた。
クリスタの能力は、自分で言うのもなんだがそこまで単純なものではない。しかし、シャーロットはクリスタとまだ出会って数日しか経っていないにも関わらず、クリスタの能力を完璧に把握し、その上で指示を出していた。思わず、クリスタの口から称賛の言葉が漏れる。
「シャーロットさんは凄いですね。このメンバーのリーダーとしてまさに相応しいと思いますよ。」
それは、クリスタの心からの言葉であった。人間が神に立ち向かうには、強い団結力が不可欠だ。その点、皆の能力を把握し的確な指示を出せるシャーロットはリーダーに相応しい存在に思えた。
しかし、クリスタのその言葉を聞いたシャーロットは、明らかに不機嫌な顔になった。
「・・シャーロット・ノックスと呼びたまえ。そして、リーダーは私ではない。フローラだ。」
「フローラさんがリーダー、ですか?しかし、こう言ってはなんですが、貴女の方がリーダーとして相応しいのでは・・。」
クリスタから見たフローラは、確かに能力は強いかもしれないし、神に対する強い思いを秘めていることは分かったが、しかしリーダーになるほどの器があるとは思えなかった。
そんなクリスタの心を見透かしたかのように、シャーロットが冷たい視線をクリスタによこしてきた。その視線を正面から受け止めたクリスタの手が自然と震える。シャーロットの瞳には、それくらいの迫力があった。
「確かに、シャーロット・ノックスの方がフローラより頭はいいし、指示を出すのも上手いだろう。だが、それだけがリーダーの条件ではない。リーダーに必要なのはね、愚かなくらい強い勇気だ。シャーロット・ノックスは、フローラから声をかけられなければ、こうして神に立ち向かおうともしていなかっただろう。リーダーは何も指示をするのが役割ではない。そんなことは、他の誰ががやればいいのだ。リーダーに大切なのは、皆の象徴として、最後まで強い意志を示し続けることだ。そして、それが出来るのは臆病者のシャーロット・ノックスではない。フローラだ。二度とそのようなことを口にしてくれるな。」
本にしなくても分かる。シャーロットは今、クリスタがフローラを低く見たことを怒っている。そして、シャーロットの瞳からは、フローラに対する絶大な信頼が溢れていた。
クリスタは、おもむろにフローラに目を向ける。フローラは、いつの間にかシャーロットたちのところからは離れ、トレーニングルームで一人何かを打ち払うかのごとくひたすらと腕立て伏せを繰り返している。その表情からは何も読み取れない。
しかし、シャーロットからここまでの信頼を寄せられる彼女なら、クリスタも信頼してリーダーを任せることができる。なんとなくそう思えたのだった。
※なお、フローラは最近腹筋が割れてきたとか。ますます脳筋まっしぐらである。
明日からサードステージ更新しまーす。




