一日目
一日目!まだ殺し合いゲーム始まらないってどういうことですか?
相変わらず真っ白な空間において、円上に立ち並ぶ少女たちが互いの顔を見つめあう中、この異常な状況に我慢できなくなったのか、マジシャン風の女の子が声をあげた。
「あなたたち、一体誰よ!?私をこんなところに拐って、ただじゃおかないわよ!」
その少女の言葉を皮切りにして、少女たちが興奮した様子でざわめきだす。
クロは、咄嗟に腰に提げている刀に手を伸ばそうとしたが、そこにあるはずの刀がないことに今さらながら気付いた。どうやら、この白い空間に連れてこられた際に身に付けていた物は奪われてしまったようだ。
喧騒は先程よりもいっそう強くなっていた。クロと同じように武器を取り出そうとして見つからずに動揺している様子の少女もいた。
このままでは、いつ乱闘になってもおかしくない。クロは、クリスタをこの場から遠ざけようと思いクリスタの方を向いた。
その時、パン!という鋭い音が響き、全員がその音の出所に視線を向けた。そして、その視線の先に居たのは、平然とした顔で手を打ち鳴らしたクリスタの姿だった。
(お嬢様ぁ!?この状況で何で注目を集めるようなことをしてるんですかぁ!!?)
クロは心の中でそう絶叫する。しかし、その叫びはクリスタには届かない。クリスタは、あくまでもいつものような自然な態度を崩さず、少女たちに穏やかな声で話しかけた。
「突然このような場所に連れてこられ、動揺する皆さんの気持ちはよく分かります。実際、私も混乱していますから。しかし、ここで言い争っても何もならないでしょう。ここはひとまず、気持ちを落ち着かせ、互いに自己紹介でもしてみてはいかがでしょうか?」
そんなクリスタに対し噛みついてきたのは、先程のマジシャン風の少女だった。
「何でお前そんなに落ち着いていられるんだ!さては、お前が私たちをここに連れてきたんだな!?」
確かに、この中でこんなにも落ち着いているクリスタは不自然だ。マジシャン風の少女が疑う気持ちもわかる。クロが主の危機に冷や汗をかく中、クリスタは冷静に答える。
「そう思うのも仕方がありません。しかし、私は自分が貴女たちをここに連れてきてはいないということを知っています。疑うのは一向に構いませんが、私ばかり疑っていては、もし私が犯人ではなかった時、困るのは貴女たちです。そういう意味でも互いのことをもう少し知った上で、私は判断した方が賢明だと思います。」
つまり、クリスタはあくまでも自己紹介をすることを提案しているのだ。その意図は、クリスタの能力を知っているクロにはよく分かった。自己紹介をするとなれば、簡単なものでも数秒はかかる。そして、その数秒さえあれば、自分の主はここにいる全員を見極めることができるだろう。
「アタイは、このお嬢さんの提案に乗るよ。確かに、ここは一旦落ち着くべきだ。少しでもお互いのことが分かれば、今よりは状況は良くなるだろうよ。」
クリスタの意見に真っ先に賛成したのは、ボクサー風の女性だった。その後も、ちらほらと賛成意見が出始め、マジシャン風の少女も渋々といった様子で賛成したことで、とりあえず全員簡単な自己紹介をすることとなった。
自己紹介の順番は、ボクサー風の女性から時計回りで回していくことになった。
「じゃあ、まずはアタイからだな。もしかしたら知ってる奴もいるかも知れねえが、アタイはボクシングの世界チャンピオン、通称『チャンピオン・アスカ』だ。呼ぶときはチャンピオンでもアスカでも構わねえぜ。」
ボクサー風の女性は、本当にボクサーだった。しかも、世界チャンピオンらしい。彼女が名乗った途端、隣に立っていたベレー帽を被った少女が興奮気味にアスカに話しかけた。
「あ、やっぱりあんたチャンピオン・アスカなんか!いや、見た目が似とるからもしかしたらそうかなーって思っとったんやけど、こんなとこにいるとは思わんかったから本人と気付かんかったわ!あー!何でカメラないねん!あったら絶対写真撮っとるのにぃ!」
独特の訛りでまくし立てる少女に、アスカは若干困惑した表情を浮かべながらも、自分のことを知っていたのが嬉しかったのか、どこか満足そうにサラシで縛った胸を張っていた。
「あ、そういえば次はうちの番やな。うちの名前はシャルン!職業はカメラマンや。まあ、今はカメラ持ってないんやけどな・・。もしカメラがあったら、皆の可愛い写真撮ったるで!」
シャルンが自己紹介している間、クリスタはじっと彼女の顔を見つめていた。それは、アスカの時も同じだ。その行動の意味を知っているクロは、クリスタに早く尋ねたい気持ちがあったが、まだ自己紹介は序盤だ。全員の自己紹介を聞いてからでも遅くはない。
次に自己紹介の番になったのは、巫女装束を身に纏った少女だった。その頭には、何故かウサ耳カチューシャがつけられている。
「ボクの名前は、シャンプーっていいます・・ピョン。出来れば、攻撃したりしないでほしい・・ピョン。」
あの取って付けたような語尾には何の意味があるのだろうか。クロが困惑する間に、自己紹介は次に移る。
「ようやく私の番だね!私は、デビューしたての新人アイドル!歌とダンスで皆に笑顔を届ける、メロディ・メアリだよ!よろしくね☆」
そう言って可愛らしいポーズをとるのは、ヒラヒラとした衣装に身を包んだ美少女だ。彼女曰く、アイドルらしいが、そのハイテンションな自己紹介は若干滑っていた。
メアリが作った微妙な空気の中、次に自己紹介するのは先程クリスタに食いかかったマジシャン風の少女だ。
「私の名前はミラよ。・・言っとくけど、私はまだアンタたちを全然信用していないし、不穏な動きを見せたら、すぐぶっ潰してやるから覚悟しておきなさい!」
ミラは、そう言ってクリスタを睨み付ける。何故か、妙にクリスタを敵視している気もするが、まあ彼女からしたら一番怪しいのがクリスタということだろう。その気持ちは、彼女の従者である自分も分からなくはない。現に、こうして自己紹介している時点で、既にミラはクリスタの策にはまってしまっているのだから。
「それでは、次は私の番ですね。私の名前はクリスタ・ライブラリ。ライブラリ家の長女です。」
クリスタが自らの家名を名乗ると、シャルンがその名前に食いついてきた。
「ライブラリって、あの変人ばっかりで有名な貴族のライブラリか?どうりで、アンタもなんか変わっとるわけやな。」
クリスタは、シャルンに愛想笑いを返した。ちなみに、ライブラリ家が変人と呼ばれる所以は、貴族の癖に、自分の知識欲を満たすためなら、自らの足で平民の町にも訪れ、本を買い漁ったり身分問わず人材を確保したりしているからだ。クリスタもまた、クロを雇ったことからも分かるように、例に漏れず十分な変人だ。
そして、クリスタの自己紹介が終わったということは、次は当然クロの番となる。
「私の名前はクロ。クリスタ様の従者をしております。」
特に語ることもないので、随分とあっさりした自己紹介になってしまった。まあ、別に長ければいいというものでもないのだが。
自己紹介も残り三人だ。次は、メイド服姿の少女だ。この少女は、これまでの自己紹介の間ずっと目をつぶり直立不動で、隣に立つクロとしては少し不気味に感じてもいたが、自分の番になるとその目を開き、話し出した。
「わたしの名前は、ロロです。以後、お見知りおきを。」
ロロという可愛らしい名前とは対照的に、彼女の声は機械的で、自己紹介の間もずっと無表情だった。
そして、そんなロロに負けないくらい無表情な、全身白い女の子が口を開いた。
「・・ピティー。」
それだけ言うと、ピティーは口を閉じ、それ以上何も言うことはなかった。実に簡潔な自己紹介だ。クロは、自分の自己紹介以上に簡潔なそれに驚くと同時に、ピティーの隣に立つロロがその名前を聞いた時かすかに目を見開いたのを視界に捉えた。
自己紹介最後の一人となったのは、この中では最も幼いと思われる女の子だった。猫の着ぐるみのような衣装で全身を覆った少女は、幼女特有のどこか舌ったらずな口調で話し始めた。
「あのね、わたしのなまえはムイムイっていうの。それで・・」
ムイムイは、身長の割には少し長い右腕を小さく上げ、
「こっちが、パパで・・」
そして、これまた少し長い左腕を上げると、
「こっちが、ママ。」
「ムイムイはね、いつもパパとママといっしよにいるんだ。」
そう言って、ムイムイは両腕で自分の身体を力強く抱き締めた。その奇妙な言動に、全員が微妙な顔をしたが、まあ幼女の言うことだからと、クロは深く気にすることはなかった。
これで、ようやく全員の自己紹介が終わった。しかし、その時、聞こえてこないはずの十一人目の声が、少女たちが作る円の中心から突然聞こえてきた。
『ねえねえ、ながーい自己紹介タイムは終わった~?それじゃあ、私も自己紹介しちゃうね!私は、皆が讃えるラブリーゴッド!そしてー、これから始まる、楽しい楽しいゲームの主催者!』
頭に直接響いてくるようなその声に、少女たち全員が困惑する中、円の中心に突然、奇妙な仮面を付けた謎の人物が現れた。
その謎の人物は、円状に自分を取り囲む少女たちを一人一人眺めると、なんとも楽しそうな声でこう宣言した。
『さて、ここに集まった十人のガールズ達!今から、お前達には『殺し合い』をしてもらいます♡』
いきなりとんでもないことを言い出した謎の仮面の人物に、真っ先に食いかかったのはマジシャン風の少女、ミラだった。
「いかにも怪しい奴が出てきたわね!あなたが私たちをここに連れてきた犯人でしょ!」
『そうだよ?そして、私は神なのだ。よろしく!』
あっさり犯人であるということを認められた上、神などという訳の分からないことを言われ、ミラは仮面の人物を指差したまま固まってしまう。そんなミラに助け船を出したのはクリスタだった。
「・・自分から神と名乗る者ほど胡散臭い者はいませんよ。それに、貴方のような姿の神は文献上におりませんが。」
仮面の人物は、クリスタへとその視線を向けた。
『そりゃあ、そうだよ。私の姿なんてその時その時で変えれるからね。私の姿が本に載ってるはずがない。それと、私が神かを疑うなら、その証拠を見せて上げようか?さっきから私の情報を視ようとしているクリスタちゃん?』
この時、これまで平然としていたクリスタが初めてその表情を凍らせた。その様子を見て、神を名乗る人物はやれやれと首を振る。
『私にギフトの能力が通じるとでも思ってるの?そもそも、君たちが持っているそのギフト、私が授けたモノだからね?まあ誰に何のギフトをあげたとか一々覚えてはいないしけれどさ・・。ちょっとお前ら、頭が高いよね?』
神を名乗る人物がそう言った瞬間、仮面の目の部分が怪しく光り、そして、クロは身体の自由を完全に奪われた。辛うじて動く眼球で周りを見渡すと、クロ以外も同様に身体の自由を奪われているらしく、皆一様に目を見開いていた。
『さあ、これで、私が神であり、お前たちより圧倒的に上位の存在であることを理解してくれた?』
ようやく身体の自由を取り戻した時にそう尋ねられては、もはやその言葉を信じるしかなかった。
『それで、話を戻すんだけれどさ。君たちには、今からこことは違う場所にいって、互いに殺し合いをしてもらうわけ。先に言っとくけれど、これ拒否権ないから。』
神は、そんなとんでもないことを平然と言うと、『あ、これ武器ね。渡しておくよー。』と、掌から次々と武器を出しクロを含めた全員に武器を投げ渡した。
慌ててキャッチしたそれは、クロの使い慣れた刀だった。全員が受け取った武器を見てみると、実にバリエーション豊かだった。
クリスタが受け取ったのはピストル。アスカが受け取ったのはメリケンサック。シャンプーが受け取ったのはクロと同じような刀で、ミラが受け取ったのはステッキだ。ここまでならまだ分かる。しかし、シャルンのカメラと、ロロの箒、メアリのマイクは武器とは呼べないだろう。
そして、ムイムイは何故か、身長くらいに大きなハサミと針だ。ピティーに至っては武器すらない。
全員が困惑しながらも、それぞれ武器を受けとる。その中で、先程よりはいくらか普段の調子を取り戻したクリスタが神に話しかけた。
「・・神よ。貴方は、この武器を授け、私たちに殺し合いをしろと命じます。それに、何の意味があるのでしょうか?」
クリスタのその問いに、神は迷う様子もなくこう答えた。
『意味なんてないよ?ただの暇潰し。あのね、さっきも言ったけれど、これってゲームなんだ。そして、お前らはゲームの駒に過ぎないわけをお前らは、せいぜい私が楽しめるようお互いに殺しあってればそれでいいわけで、他のことを考える必要なんてなぃだよ。』
そのあまりに身勝手な言い分に、クロは愕然とした。この神は、人間の命など本当にゲームの駒としか思っていない、それがよく分かる言い分だった。
しかし、クリスタは、そんな神に対し臆することなく、再び話しかけた。
「・・なるほど。しかし、それはあまりにも無茶な要求です。ただ殺し合いをしろと言われても、普通の人間はそう簡単に他人を殺すことなどできないものです。」
クロは、クリスタが神に意見したのが信じられなかった。この人は、時々意味の分からない行動をするときがあるが、今がまさにそれだ。頼むから、神の怒りを買うようなことはしないでくれ。いくらクロでも、神からクリスタを守ることは不可能だ。
しかし、クロの危惧に反して、神が怒ることはなかった。むしろ、クリスタの意見を称賛すらしていた。
『確かにその通りだ!クリスタ君、君の言うことは正しい!お前ら人間は、何か大きなメリットがないと、人殺しすら出来ない意気地無しばっかりということを忘れてたよ!』
そう言って、神はクロたち十人の少女にこんな提案をしてきた。
『殺し合いゲームの期間は七日間だ。その殺し合いゲームで生き残った二人には、私が何でも願いを叶えてあげるよ。』
そして、神のその提案を聞いた少女の何人かの顔が変わった。
「・・それって、ほんとうになんでもかなえてくれるの?」
一番幼いムイムイが、自分の身体をぎゅっと抱き締めながら、神にそう尋ねる。それに対し、神は、『勿論だよ。神は約束を破らないのさー。』と軽い口調で答える。
しかし、クロは、この神の言葉で、この場の空気が変わったことを感じた。これまで、神の存在やその理不尽な言葉に震えていた空気が、一気に欲望に満ちたギラギラとしたモノに変わったのだ。
『おーおー、流石人間。欲にまみれて醜いことこのうえないね。まあ、そっちの方がやりやすいんだけどさ。じゃあ、今からお前らを全員ステージに転送して・・』
神が腕をふりあげ、クロたちを転送しようとした時、「ちょっと待ってください。」とそれを止める声があった。
それは、これまで無表情で動かなかったロロであった。
『・・なんなの?私の言葉を遮ってまでする必要があること?』
明らかに不機嫌になった神のことは気にせず、ロロは何やらぶつぶつと呟いていた。
「・・データを確認。該当箇所あり。個体名、『ピティー』。そして、『殺し合いゲーム』・・。映像記録より、個体名『ピティー』を放置するのは危険と判断。」
ロロは、ぶつぶつと呟きながら、一人だけ神の登場にも何の反応も示さなかったピティーの前に立った。そして、
「・・即刻、排除いたします。」
そう言うなり、ロロはその腕をピティーの腹に突き刺したのだった。
ピティー
身体能力 4
知力 2
社会性 1
運 1
能力の強さ 2
ギフトの能力・・身体を透明にできる。




