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神様の遊戯盤の上で  作者: 赤葉忍
Final stage 『To be continued?』
110/110

エピローグ

これにて『神様の遊戯盤の上で』は完結でございます。

それでは、赤葉忍作、『エピローグ』をお楽しみください。

 ライブラリ家の屋敷、その最上階の一室にて、クリスタ・ライブラリは一人静かに本を読んでいる。ページをめくるその手は血管が浮かび上がり、皺が目立つ。はらりと本の上に落ちる髪の房も、年月を経てすっかり白くなっていた。

 クリスタの傍らに置かれた小さなテーブルには、たくさんの本が積み上げられている。その背表紙に書かれてるのは、かつてクリスタが共に戦った仲間達の名前である。


 クリスタが今読んでいるのは、『シャーリー』と書かれた本だった。若かりし頃は、『首狩り』と呼ばれた殺人鬼だったシャーリーは、エンキのゲームに巻き込まれ、そのゲーム会場でサラという運命の相棒と出会ったことによって、その人生を大きく変えた。クリスタにとって、激動のシャーリーの人生はとても読み応えのある物語だった。

 しかし、この本は既にページの更新を止めていた。シャーリーは、あのエンキとの戦いの数日後、仲間達に看取られながらその人生に幕を下ろしたのだった。その時、肉体年齢にして185歳。まさに大往生だった。

 

 そして、そんなシャーリーの相棒であるサラは、シャーリーが死ぬその瞬間まで、ずっと傍に居てその手を握り続けていた。

 サラは、シャーリーが死んでからしばらくの間はまるで魂が抜けたようであったが、ある日突然旅に出るという書き置きを残し、仲間達の元から去って行った。彼女の本は未だ更新され続けており、その内容によると、どうやらシャーリーと同じような生い立ちの孤児を助けて回っているようだ。


 シャーリーについて書かれた本を読み終わったクリスタは、次に『ラモーネ・ノックス』と書かれた本を手にした。彼女の本もまた、シャーリーとは違った意味で波瀾万丈で読み応えがある。しかも、彼女の本はまだ更新が終わっていないのだ。

 ロキによって一度幼い少女に姿を変えられててしまったことによって、ラモーネはクリスタよりも長い時を生きているにも関わらず、すっかりお婆ちゃんになってしまったクリスタよりも見た目だけは若い。

 娘二人をエンキとの戦いで失った彼女は、辛いはずなのにそれを表に出すことはせず、見る度いつも貼り付けたような笑みをその顔に浮かべていた。その様子はとても痛々しくて見ていられるものではなかったが、彼女の友人であるリリィや、彼女を心配したナナの助けによって『プリン・ア・ラモーネ』という名のケーキ屋をオープンし、それからは自然な笑みを浮かべるようになった。


 ラモーネを支えたリリィとナナ。二人もまた、ラモーネと同じケーキ屋で働く道を選んだ。しかし、ラモーネとは異なり普通に歳を重ねたリリィは、十年ほど前に病気でこの世を去った。クリスタが病室でリリィを見た時、彼女は「病気で死ぬかぁ⋯⋯。こりゃ、アンタが迎えに来たのかもね」と誰に言うでもなく一人呟いていた。

 そして、ナナはまだ生きている。さらに、彼女は普通に結婚もして子供も産んだ。今、ラモーネのケーキ屋は、ラモーネとナナ、そしてその娘のノノの三人でひっそりと営業中だ。クリスタは、月一回はこのケーキ屋で一番人気のプリンを買うようにしている。


 ちょうど新しいページに、ラモーネ達が笑顔でプリンを作っている様子が書き記され、クリスタもまた笑顔になる。そのタイミングでちょうどトントンとドアがノックされ、クリスタは一旦本を閉じて「どうぞ」と部屋に入る許可を出す。


「クリスタおじょうさま、さっきちょうどロロがクッキーを焼いたので、読書のお供にでもどうかと持ってきてまいりました」


「紅茶はあります?」


「もちろん用意してあります」


「そう、いつもありがとうね⋯⋯ムイムイ(・・・・)


 クリスタがそう言って笑いかけると、すっかり従者としての仕草が板についてきたムイムイもまたにっこりと嬉しそうに笑った。

 そう、あの戦いの後、ムイムイはクリスタの家で従者として働くことになったのだ。勿論、ムイムイに従者としての生き方を叩き込んだのはクロである。そんなクロの愛の籠ったスパルタ指導の甲斐あって、最初はろくに字を読むことも出来なかったムイムイが、今では一人で紅茶を淹れられるくらいに成長した。


 しかし、そんなムイムイの姉であり師匠であり、そしてクリスタにとってもかけがえのない存在であるクロの姿は、今は屋敷にはない。彼女もまた、リリィと同じように病に冒され数年前にこの世を去った。

 その際、クロはムイムイにクリスタの従者としての地位、そして自身の腕を譲り渡した。それまで左右の腕の長さが違うことで家事全般に支障をきたしていたムイムイは、そんなクロの遺産によってようやく一人前の従者になることが出来たのであった。


 クリスタは、カップに紅茶を注ぐムイムイの腕を見ながら、そんなことを思い返していた。クロが死んだ時、勿論クリスタは悲しんだが、クロの遺志はこうしてムイムイに確実に受け継がれている。そう考えると、まだ彼女の物語は終わっていないと言えるのではないだろうか。


 クリスタは、一冊だけ透明なケースの中に収納してあるクロの本に視線を向ける。クリスタの視線につられ、同じ方を向いたムイムイは、懐かしそうに目を細めた。しかしその後、突然はっと何かを思い出したようで、クリスタにこんなことを尋ねてきた。


「そういえば、クロおねえ⋯⋯クロさんが死んだ少し後で、フローラさんが突然姿を消した事件がありましたよね? おじょうさま、まだフローラさんの行方は分かっていないのですか?」


「ええ、残念ですが⋯⋯。あの日からフローラの本も消えたままですし、一体どこに消えたのでしょうか⋯⋯」


 そう、エンキを倒すため集結したメンバーのリーダー、フローラは、ある日突然姿を消したっきり、誰とも顔を合わせていなかった。その上、クリスタのギフトで作ったフローラの本まで同時に消えてしまったため、生死すらよく分からない。まあ、あのフローラが簡単に死ぬとは思いにくいが、仲間だった身としてはどこで何をしているのかくらいはちゃんと知っておきたいと思うのだ。


 そんなことを考えつつ、クリスタは先程ムイムイが淹れたばかりの紅茶を一口飲む。⋯⋯どうやら、ムイムイはますます腕を上げたらしい。まだクロの域には達していないが、ムイムイならばそのうちクロの腕を越すことも出来るだろう。

 その日までは自分も頑張って生きねば⋯⋯などとクリスタが心の奥で小さな決意を固めたその時、『バキャアン!!』という豪快な音を立ててドアを破壊しながら、神官服の少女が部屋の中へと入ってきた。

 登場の仕方こそ不法侵入者のそれであるが、その少女とは面識があったため、クリスタもムイムイもドアが破壊されたことに苦い顔をしただけであった。そして、主従揃って似たような顔をするクリスタとムイムイに対し、その神官服の少女⋯⋯ホウライは、にかっと笑って「よう!」と軽めの挨拶をしてくる。ホウライの後ろから現れたムーンも、同じように「へい!」とこちらに向かい片手を上げた。


 現在、クリスタの読む本で最も激動の展開を見せているのがこの二人であろうことは間違いないだろう。ホウライとムーンは、エンキとの戦いの後、どこか懐かしさを感じる人物の石像を世界各地に立てる旅を始めた。

 二人が広めた『ジミナ』という名は、その旅の甲斐あり世界中に広まり、最近では何と『ジミナ教』と呼ばれる宗教まで出来てしまった。勿論、格好から察する通り、教祖はホウライである。


「二人とも、随分と活発に活動していらっしゃるようですが、流石に宗教を作るのはやり過ぎだと思いますよ。フローラが知れば何と言うか⋯⋯」


 クリスタとしては、エンキという神を共に殺した仲間であるホウライとムーンが神を信仰するなど冗談としか思えなかった。また、神という存在を毛嫌いするフローラのことを思ってのこの苦言であった。しかし、そんな苦言に対し、返ってきたのは予想外の答えだった。


「いや、これに関してはフローラも承知済みじゃぞ? しかも、フローラは今儂らの神のところに居候しておるからのう。全く、羨ましい奴じゃ」


 ホウライの言葉に同意するようにうんうんと頷くムーン。しかし、クリスタにとっては二人の感想など最早どうでも良かった。思わぬところから、消息不明だったフローラの情報が出てきたことで興奮し、年甲斐もなくぐいっと身を乗り出してホウライに詳細を尋ねる。


「フローラの居場所を知っているのですか!? あの人はいったい今どこに居るのです!?」


 しかし、ホウライはその質問には答えず、家主の許可もなく勝手に椅子に座ると、これまた勝手にクリスタの飲んでいた紅茶に口をつける。ムイムイがジト目で睨み付けているのもスルーして紅茶を飲み干してしまったホウライは、ようやくクリスタの質問に答えてくれた。


「さあ? 実のところ儂も詳しいことはよく分からん。ただ、儂らの神がフローラと一緒に居ることだけは知っておるがな」


 期待外れの答えに思わず脱力するクリスタ。ホウライは手だけはムイムイにカップを差し出し無言で紅茶のおかわりを要求しながら、クリスタに対しニヤリと笑いかける。


「世の中には、謎のままでもいいこともあるのじゃよ。この世界は果てしなく広く、未知で溢れている⋯⋯だからこそ、世界は美しいし、儂らの物語もまだまだ続くのじゃ」


 確かに、ホウライの言うとおりかもしれない。この世の全てを理解するなど、それは最早神の所業だ。今はただ、フローラが無事生きている、その事実だけを素直に受け止め喜ぶことにしよう。


 ムイムイがホウライに激アツの紅茶を差し出し、それを飲んだホウライが堪らず紅茶を吹き出す。ムーンは、そんなホウライを見て腹を抱えて笑っている。クリスタの顔にも、自然と笑みが浮かんでいた。


 ⋯⋯さて、今日は読書は止めにして、久しぶりに会う仲間ともう少し楽しい時間を過ごすとしよう。




▼▼▼▼▼



 画面の中に楽しそうに笑うクリスタ達の姿が映ったところで、右下に『fin』の文字が現れ、その後、画面中央に大きく『神殺しエンド』という文字が浮かぶ。


「おお、今回(・・)はちゃんと神様を殺せたか。やっぱり途中でフローラが覚醒したのが大きかったのかな~」


 画面に流れるエンドロールを見ながら、()は一人そんなことを呟く。今回クリアまでにかかった時間はおよそ一年。時折止めたくなった時もあったが、ここまで根気強くプレイし続けたおかげで、無事ハッピーエンドとも呼べる結末を迎えることが出来た。


「さーて、次はどんな風にプレイしてみようかな? 今回人間視点でプレイしたから、次は神視点でプレイしてみるのも面白いかもしれないね。その場合は、人類滅亡エンドとか? おー、怖っ」


 次のプレイスタイルを妄想している内に、いつの間にかエンドロールも終わり、ゲームのホーム画面へと戻ってきていた。そこには、『はじめから』と『つづきから』の二つの選択肢が用意されており、私は躊躇うことなく『はじめから』を選ぼうとした。

 しかしその時、急に画面に『ERROR!』の文字が大量に並び、同時に耳障りな警告音が流れ始める。突然の事態に困惑する私の耳に、背後から何者かが話しかける声が聞こえてきた。


「⋯⋯エンキを倒した後も、私はどうもまだ何者かの遊戯盤の上で遊ばれているような感覚にずっと襲われていました。そんなある日、何故か神になっていたジミナから、貴女の存在を知らされ、確信しましたよ⋯⋯。貴女が全ての元凶ですね? 創造神(・・・)


 そこには、私が散々画面の中で見てきた少女、フローラが居た。彼女は、私を怒りに燃える瞳で睨み付けている。彼女の怒りは当然のものだ。なぜなら、彼女の仲間が死ぬ物語を創り上げたのは、間違いなくこの私なのだから。


 彼女が何故ここに居るのか、そんな些細な疑問はどうでもいい。私は、彼女に会うことが出来て嬉しかった。自分の創作物である彼女に殺されるならば、私⋯⋯この物語(ゲーム)を創り上げた、『赤葉忍』としても満足ではないだろうか。


 私は、彼女に向かってにっこりとほほえむと、いつの間にか警告音が止んだゲーム画面、そのカーソルを動かし、『つづきから』を選択した。


 ゲームはまだ、終わらない。






 

これまでこの作品を読んでくださった全ての方々に、深く深く感謝の言葉を申し上げたいと思います。


もし機会があれば、またお会いしましょう! その時まで、どうかお元気で。

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