閑話:フローラと探偵(前編)
予想外に長くなったので前後編に分けます。
男性の方は少し注意です!
とある町にある寂れた酒場。そこに今、フードを深く被った女性が入店しようとしていた。
その女性が店のドアを開けた瞬間、視線が一斉にそちらに集まる。しかし、その女性はそれらの視線は全く気にせずにカウンターに向かうと、椅子に座り店主に金貨を一枚差し出した。
「・・ドラゴンの血で出来たワインをください。」
女性が、静かだがよく通る声でそう注文を入れると、グラスを磨いていた店主の手が止まり、またざわついていた店内も一気に静まり返った。先ほどよりも多くの視線、それもその女性を見定めるかのような視線が四方から飛んでくる。
酒場の店主もまた、フードを被ったその女性をじっと眺めた。
「お嬢さん・・その注文は本気ですかい?もし冷やかしてるようならすぐ出ていってもらいますが。」
そう冷ややかな声で告げる店主に、女性は無言で右手の手袋を外し、その指にはめている指輪を見せた。
「こ、この紋章は、あのルドリアーナ家のもの・・!?」
驚愕する店主に、その女性・・フローラは、静かな声で問いかけた。
「これで、私が冷やかしで来た訳ではないと分かりましたか?それでは、早速依頼したいことがあるのですが。」
先ほどの『ドラゴンの血で出来た・・』というくだりは、この酒場の裏家業であるなんでも屋として依頼を申し込むときの合言葉だ。しかし、この酒場がそのような裏家業をしているのは、ほんの一部の人間、それも闇に生きることを生業としているような人間しか知らない。
では、なぜフローラがそのことを知っているかというと、ペトラの生家であるルドリアーナ家の力を借りたからだ。
フローラは、神によって再び生まれ故郷に戻された後、すぐにペトラの生家であるルドリアーナ家の屋敷を訪れた。
最初は、平民であるフローラが貴族であるルドリアーナ家の人々に会うことは難しいかと思ったが、ペトラに貰った指輪の力は強大であり、指輪を見せたらすぐ屋敷の中へと案内された。
なんでも、あの指輪はペトラが言った通り、ルドリアーナ家にとっての信頼の証であるらしく、ルドリアーナ家の者が自ら渡さないと宝石の部分が汚く濁ってしまうそうだ。もちろん、フローラの指輪は美しく光り輝いている。
指輪のこともあり、フローラの話もペトラの家族に信じてもらえた。ペトラが死んだことを話すと、両親ともに涙を流し、またペトラを弔ったことを感謝された。
そして、何かあったら力になると、ルドリアーナ家の名前を借りる許可を貰えたのだ。
ちなみに、これはペトラの両親に初めて聞いたことだが、ルドリアーナ家は、国の金融機関を牛耳ってるらしく、貴族の中でもトップの位置に君臨している。そのため、ルドリアーナ家の名前を出せば、大抵の人はフローラの言うことを聞いてくれた。
フローラとしては、なんとなく虎の威を借る狐のようで嫌だったが、それと同時に、死後もなおペトラが自分を助けてくれているようで嬉しくもあった。
さて、話は今に戻る。
結局、フローラは酒場では知りたい情報を得ることが出来なかった。しかし、その情報を提供してくれる人物の情報なら手に入った。店主に軽く礼を言い、店を後にしたフローラだったが、背後から数人隠れてついてきている気配を感じた。
恐らく、あの酒場に居て、フローラがルドリアーナ家の指輪を持っていることを見た人物の誰かであろう。フローラの口から思わずため息がもれる。
ルドリアーナ家の力は強大だが、それゆえにその力を狙う者も必ず現れる。ルドリアーナ家の者から直接渡されなければ、ルドリアーナ家からの信頼の証にはならないのだが、それを知らない者たちは、過去にもフローラに何度か襲いかかってきたことがある。
フローラは、あえて襲われやすいよう細い路地に逃げ込んだ。案の定、路地に入った瞬間、数人の男が下品な笑みを浮かべながら姿を現した。
「ふふ、夜道に一人歩きは危ねえって習わなかったか、お嬢ちゃんよぉ?悪いが、ここで死んでもらうぜ?」
そんないかにも悪役が吐きそうな台詞を口にした男に対し、フローラは再び盛大なため息をついた。そして、感情を感じさせない声音で男たちに話しかける。
「あの、出来ればこのまま逃げて貰えませんか?まだ手加減があまり得意ではないので。」
そんなフローラの言葉に男たちは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐにゲラゲラ笑いだした。
「おい、聞いたかお前!この嬢ちゃん俺たちに勝つつもりだぜ?」
「そんな適当な言葉で脅そうとしたって無駄だぜ?そんな細っこい身体で何ができるって言うんだよ!」
「まあ、その貧相な身体でも俺たちを楽しませることはできるかもな?」
「ギャハハ!違いねえ!」
男たちは気付かなかった。この時、貧相な身体と言われたフローラがフードの下で額に青筋を浮かべていたことを。
そして、貧相な身体とフローラをバカにした男は、フローラがいつの間にか抜いていた剣で局部を切り落とされていた。
「ぎゃああああ!?い、痛えええええええ!!!!????」
あまりの痛みに転がる男を、フローラは冷ややかな目で見下ろす。
「大丈夫です。チ○コ切られたくらいじゃ死にませんから。」
その一部始終を見ていた他の男たちは、そのほとんどが顔を真っ青にして股間を押さえる。しかし、馬鹿な奴もいて、仲間がやられたことでフローラに怒り銃を抜いてきた。
「このクソアマ!仲間に何をしやがるんだ!」
パン!と銃声が響き、フローラへと銃弾が走る。しかし、フローラは避けることなく、それどころか自ら銃弾へと向かって走っていった。
銃弾がフローラの身体に当たると思われた瞬間、フローラの身体がふわりと浮かび、まるで銃弾の上を走るかのように宙を駆けたかと思うと、そのまま銃を撃った男の元まで向かい、驚愕する男の股間を思いっきり蹴り上げた。
メキョッ!という嫌な音と共に男は白目を向いて倒れ、仲間の男たちはまた股間を押さえる。その男たちに向かい、フローラは視線を投げ掛けた。
「私はあまり身体能力が高くありませんので・・襲われたらこのように手加減できません。それでもいいというなら、お相手しますよ?」
そのフローラの言葉に男たちは全力で首を振り、青ざめた顔で謝罪をした後、倒れた仲間を抱えその場を去っていった。
フローラは、そんな男たちを無表情で見送ると、先ほどの戦いで乱れたフードを整え、酒場で聞いた人物の元へと再び歩き始めた。
「・・どうやら、到着したみたいですね。」
しばらく歩いたフローラは、目的地らしき場所を見つけそう一人ごつ。
目の前には、洋館風の小さな建物。その入り口には、こんな看板が立て掛けられていた。
『シャーロット・ノックス探偵事務所へようこそ。』
そう、酒場の店主から教えて貰ったのは、このシャーロット・ノックスという探偵のことであった。なんでも、探し物を見つけることにおいては他の追随を許さないらしい。
そして、それはフローラの依頼において重要なスキルであった。
フローラは、ためらうことなくその入り口のドアを開けた。しかし、部屋があるかと思えばそこにあるのは二階へと続く階段であった。
不思議な造りをしてるなーと思いつつも、特に気にすることなく、フローラは階段を上がり、二階にたどり着く。
そして、そこにある入り口のドアより若干豪華な造りのドアを開けると、そこにはところせましと地図やら本やらが置かれた部屋と、その中央の机に肘を付く部屋の主の姿があった。
「ようこそ、シャーロット・ノックス探偵事務所へ。さて、君はこのシャーロット・ノックスにいったいどんな依頼があってここまで来たのかな?」
シャーロット・ノックスはそう言うと、鳥打ち帽のつばに手をかけ、片眼鏡の奥からキラリと光る目をフローラへと向けたのだった。
フローラさんマジぱねえ・・。
後編は明日の夜投稿する予定です。




