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神様の遊戯盤の上で  作者: 赤葉忍
Final stage 『To be continued?』
109/110

誰も知らない英雄譚

エンキとの戦い、その舞台裏。

一人の少女の物語。

 やあ、皆元気? え、お前一体誰だよって? いやだなー、私だよ私。フレンドリー幽霊でおなじみのムーンちゃんだよ。

 今日はね、皆にどうしても語りたいことがあってこの場所を借りたの。え? まだ戦いは終わっていなかったのかって? ううん、私たちとエンキの戦いの話は、前回でおしまい。

 私が今から話すのは、語られることのなかった舞台裏での出来事。

 誰も知らない、それでも私だけは覚えている⋯⋯優しくて勇敢な、英雄のお話。


▼▼▼▼▼


 時は、謎の爆発がエンキを襲う少し前まで遡る。ムーンとジミナ、ホウライとロキの四人が待機するロキの神殿内で、それは突然起こった。


「⋯⋯ねえ、気のせいかもしれないんだけれど、てか、気のせいって思いたいんだけれどさ⋯⋯ホウライの後ろのその爆弾、なんかカチカチ言い始めてない?」


 最初にそれ(・・)に気付いたのはジミナだった。その指が指す方向を見たムーンは、ホウライの鎖につながれた巨大な爆弾、その側面に付けられた小さな時計の針が動き出していることに気付いてしまう。


「えぇ⋯⋯。マジかぁ⋯⋯」


 そして、ジミナ達同様そのことに気付いたホウライは、何故かかなり引き気味にそんなことを呟いた。


「何その反応。ホウライ、あんた何か知ってるわけ? これ今どんな状況なの?」


「いや⋯⋯多分これ、エンキがこの爆弾の爆破スイッチ押した感じじゃ。もう少ししたらこいつ爆発するぞ?」


 ホウライの口からさらっと飛び出たとんでもない事実に、蜂の巣をつついたように一気に騒がしくなるロキの神殿内部。


「ちょ、え!? それ一体どうすりゃいいのさ? 爆発止める手段はないの?」


「儂が知る限り一度スイッチが押されたら解除する手段はない⋯⋯。ロキ、お前さん何か知っておらんか?」


『いや、生憎オレも知らねえな⋯⋯』


「じゃ、じゃあさ! 爆発する前に皆でここから逃げよーよ!!」


「それも無理じゃ。この爆弾は誰かが傍におらんと即爆発する仕組み⋯⋯転移するなら爆弾ごとでないと、転移で僅かに離れたその瞬間爆破に巻き込まれる可能性は否定できん」


「じゃあ⋯⋯本当に一体どうすればいいわけ!?」


 放っておけば爆発、逃げても爆発というどうしようもない絶望的な状況に、思わず涙目になり叫ぶムーン。そんなムーンの叫びに対し、何でも無いような調子で、ホウライはこう答えたのだった。


「決まっておろう。儂が残る。儂はもう十分生きた。ここで儂が残るのが、最も最善の案じゃろう」


 あまりにもあっさりと自分が残ると宣言したホウライに、唖然とするムーン。しかし、ムーンがホウライに反論しようとするよりも先に⋯⋯いつの間にか、ジミナが爆弾にそっと手を触れていた。


「違うね、ホウライ。それは最善の案じゃない。だって、貴女が死ねば、私が悲しむ。だけど⋯⋯私が死んでも、誰も悲しまない。だから⋯⋯これが最善だよ」


「ジミナ、お主まさか⋯⋯!?」「ジミーちゃん!?」


 ホウライとムーン、二人揃って目を剥く中、ジミナはロキに向かって叫んだ。


「頼んだロキ!! お前の信者にでも何でもなってやるから、二人(・・)を地上に転移させて!!」


『⋯⋯まあ、信者になるとか言われちゃ、断りづらいなぁ。恨むなよ、お二人さん!』


 次の瞬間、ホウライとムーンの身体を赤色の光が包む。必死でジミナの名を叫び、手を伸ばすムーンに、怒りで顔を真っ赤にするホウライ。ジミナはそんな二人ににっこりとほほえみ、一言「じゃあね」とだけ告げた。


 そして、ホウライとムーンの姿は消え、ロキの宮殿の中に残ったのは、ジミナとロキ、そして爆破の時が刻一刻と迫り来る巨大爆弾だけとなった。


『⋯⋯オレが転移させといてこんなこと言うのもあれだが、本当に良かったのか? お前、マジで死ぬぞ?』


「いいんだって。あの二人も、時間がたてば私のことなんて多分忘れる⋯⋯。初めから記憶に居ない奴が死んでも、誰も悲しまないでしょ?」


 ロキに対しこう答えたジミナであったが、その視線はロキの宮殿に置かれた地上の様子を移す水晶へと向けられていた。そこには、今まさに地上に転移されたばかりのムーンが、必死の形相で上空へ飛んで行く姿が映っていた。どうやら、ジミナ達のいる天上の神界へと自力で戻ろうとしているらしい。そして、地上では、フローラ達が上空目掛け何やら叫んでいる様子が見えた。何を叫んでいるのか気になったジミナは、ロキに頼んで音声を拾い上げてもらう。すると、聞こえてくるのは、自分の名前を必死で叫ぶ仲間の声。


「あはは⋯⋯。ムーンかホウライが喋っちゃったのかな? 嫌だなぁ⋯⋯どうせ忘れちゃうんだから、私のことなんか気にしなければいいのにさ⋯⋯」


 そう言って、一人乾いた笑いを浮かべるジミナ。そんなジミナに、ロキが再びこう問いかけた。


『⋯⋯なあジミナ。お前、本当にこれでいいのか?』


「しつこいなぁ。さっきからこれでいいって言ってるじゃん!! アンタは一体何が不満なわけ!?」


 すると、ロキは、目の下に生えた小さな手で、すっとジミナの顔を指さした。その動きにつられ、ロキが指さす場所に触れたジミナは、いつの間にかそこが濡れていることに気付いた。


「あれ⋯⋯? おかしいな、私、泣いてるの⋯⋯?」


 ジミナは、泣いていた。そのことを改めて自分自身で認識したことで、今まで胸の内に押し込めていた感情が次々にあふれ出す。


「いやだ⋯⋯。いやだ⋯⋯! 私、本当は死にたくない⋯⋯!! 忘れられたくない⋯⋯!! 誰からも覚えてもらえない、思い出してもらえないなんて⋯⋯私、今まで何のために生きてきたの!? いやだ⋯⋯死にたくないよぅ⋯⋯」


 先程までの威勢はどこへやら、まるで子供のように泣きじゃくるジミナ。そんなジミナの前で、ロキが突然激しい光を放ちはじめる。そして、ロキはジミナの前で目玉だけの姿から本来の色っぽい美女の姿に変身したのだった。予想外の事態に、涙で濡れた顔を上げ、宙に浮かぶロキをぽかんと口を開けて見つめるジミナ。


「え⋯⋯? ロキ、どうして元の姿に戻ったの?」


『さっき、お前はオレの信者になるって言っただろ? どうやらあれで、オレの力が一時的に戻ったみたいだ。神の力の源になるのは信者の存在だからな』


 どうやら、先程ジミナがムーン達を地上へ転移させるために言った言葉が、意図せずしてロキの力を一時的に復活させる要因になったようだ。

 そして、元の姿に戻ったロキは、ジミナに向かいにかっと笑みを浮かべ、こう告げた。


『さて⋯⋯この姿に戻ったはいいが、オレの残された力じゃあ、せいぜいお前のギフトにより起こる記憶抹消⋯⋯それを、記憶を奪い(・・)、オレの見た記憶を植え付けることで回避するぐらいしかできねえ。それも、対象に出来るのは一人だけだ。それもこれも、お前の影の薄さが神レベルで凄いせいだからな!? あのエンキも最期までお前を認識出来ず死ぬだろうよ! そのことは、実際誇っていいと思うぜ?』


 あまり嬉しくない褒め言葉と共に、ジミナに出されたのは、誰か一人、自分を忘れて欲しくない人物を選べというものだった。そう言われ、ジミナの頭に浮かんできたのは、今も必死でジミナの元に向かおうとしているであろう、半透明の友人の顔であった。


「⋯⋯そうだね。それなら、私は⋯⋯ムーンに覚えていてもらいたいかな。ムーンにしたら、迷惑な話かもしれないけれど⋯⋯ムーンのこと、友達だって、そう思ってたからさ」


『⋯⋯お前、つくづく自己評価低いやつだな。ムーンは絶対迷惑だなんて思わないとオレは思うぜ? あいつ、お前のこと大好きだし』


「私のことを好きになったって、しょうがないんだけれどなぁ⋯⋯」  


 そんなことを言いつつもやはり嬉しいのか、ジミナの頬は若干赤く染まっている。ただ、こんな会話をしている内にも、爆破の時は刻一刻と迫ってきていた。

 ロキは、ひとまずジミナとの約束を守るべく、ムーンに対しギフトを使用する。これで、ムーンはロキの記憶を強制的に植え付けられることとなり、もし忘れたくてもジミナのことを忘れることは出来なくなるだろう。

 無事ギフトをムーンに対し使うことが出来たロキは、安堵のため息をつく。その時、ロキはジミナがそっと自分の方へと腕を伸ばしていることに気付いた。そして、その顔は先程よりも一層赤くなっている。


「あのさ⋯⋯もう一つ、お願いしてもいいかな? 一人で死ぬのは寂しいから⋯⋯私の手、握っててくれない⋯⋯?」


 自分の感情を表に出すのが苦手で、結構照れ屋な面のあるジミナ。そんなジミナの、死ぬ間際の最期の我が儘だ。

 案の定、「いや、やっぱさっきのなしで!」と言って引っ込めようとした手をロキは無理矢理奪った。そして、そのままジミナの身体をぎゅっと抱きしめる。一瞬身体を強ばらせたジミナであったが、ロキが優しく背中を撫でてあげると徐々に力が抜けていくのが分かった。


 その直後、ロキとジミナの視界を眩い光が覆い尽くした。ロキは、その意識が光の中に溶けて消える寸前、ジミナがそっと「ありがとう」と囁いた声が聞こえた気がした。

 『ありがとう』⋯⋯そう言いたいのはロキの方だ。ジミナ達のおかげで、ロキは人間の強さを知ることが出来た。人間を好きになることが出来た。

 もし来世と呼ばれるものが存在するなら、その時はただの人間として一生を終えるのもいいかもしれない。そして、両手で数えきれる程度の友人達と、面白おかしく過ごすのだ。


 ―この日、謎の爆発によって、エンキとロキ、二柱の神の住まう神界は跡形もなく消え去った。その真相を知るのは、ただ一人⋯⋯友の願いによって記憶を残された、幽霊の少女だけであった。


▼▼▼▼▼


 さあ、どうだった? これが、私だけが知っている、ジミーちゃんのお話。

 あれから、一応皆にジミーちゃんのことを覚えていないかそれとなく聞いてみたけれど、やっぱり皆ジミーちゃんのことは覚えていなかった。エンキを倒すことが出来たのは、間違いなくジミーちゃんのおかげ。それなのに、誰もその事実を知らない。私は、そのことがとても腹立たしくて、そして、とても⋯⋯悲しい。

 結局、ジミーちゃんは私以外の仲間にすらその存在を忘れられてしまったんだ。もし私がジミーちゃんの立場だったら、とても耐えられそうにない。


 私は、ジミーちゃんとの思い出を求めて、一人あの地下塔への入り口があった場所まで行くことにした。すると、驚いたことに、そこには先客がいた。しかも、私も良く知っている人だ。何で彼女がこんなところに居るのかは分からないけれど、とりあえず挨拶だけしてみることにする。


「やあ、ホウライちゃん! あの日以来だね。こんなところで何してるの?」


「たいしたことではない。ちょっと石像を彫っておるだけじゃ。⋯⋯まだ完成前じゃが、お主になら見せてもいいかもしれぬな」


 その時は、ちょうどホウライの身体に隠れてムーンからは見えていなかったが、ホウライはどうやらここで石像を彫っているらしかった。何故そんなことを⋯⋯というムーンの疑問は、その石像を見た瞬間吹き飛ぶこととなる。


「え⋯⋯? これって、ジミーちゃんの石像⋯⋯?」


「うむ、そうじゃ。⋯⋯あの時、約束したからのう。奴が死んだら、儂が銅像を立ててやると。まあ、これは銅像ではなく石像じゃが、別に奴もそこに文句はつけんじゃろ」


「な、なんで⋯⋯? だって、ジミーちゃんのことは私以外覚えていないはず⋯⋯それなのにどうして⋯⋯?」


 ジミナのギフトの影響を受け、記憶を消されているはずのホウライ。あり得ない事態に混乱するムーンに、ホウライはすっと自分の掌を広げてみせる。そして、それを見たムーンはさらに驚き、目を丸くする。

 ホウライの掌、そこには、ジミナの顔が傷跡としてくっきり残っていたのだった。


「⋯⋯本当に忘れたくないものがある時にはのう、自分の身体に傷を付けて覚えるのが一番なんじゃ。そうすれば、傷跡を見る度、否が応でも傷を付けた時のことを思い出す。まあ、それでジミナのことまで覚えていられるかは賭けじゃったが⋯⋯どうやらこの賭け、儂の勝ちのようじゃな」


 それだけ言うと、ホウライは再びムーンに背を向け、ジミナの石像を彫る作業へと戻る。対するムーンは、まだこの事態においつけず、ホウライの背中を見ておろおろすることしか出来ない。そんなムーンを見かねてか、顔だけは石像に向いたまま、ムーンへと話しかける。


「⋯⋯儂は、これから世界中を回って、ジミナの像を立ててやろうと思っておる。儂は、あの後何が起こったのかは正確には知らぬが⋯⋯ジミナが残ったからこそ、こうして儂が生きていること、そして、あの爆発がなければエンキを倒すことは出来なかったかもしれないということくらいは分かる。そんな偉大なことを成し遂げた奴が居たという事実を、儂はこの像と一緒に世界中に伝えていきたいと思う。それこそ、一生をかけてでもな。⋯⋯幸いなことに、儂の寿命はいつ尽きるか皆目見当がつかぬ故、時間だけはたっぷりある。そして、幽霊もまた、寿命という概念はない。⋯⋯さて、お主はどうする?」


 ここにきてようやく振り返ったホウライは、まるでこちらを試すように、ニヤリと笑みを浮かべた。ムーンは、そんなホウライに答えるように、こちらも同じく笑みを浮かべ、力強くこう答えたのだった。


「勿論、やってやろうじゃないの!! ジミーちゃんの名前を世界中に広めてみせるんだから!!」


 ―ホウライとムーンは、その後世界中を渡り歩き、各地でジミナの像を立て、その英雄譚を語り回った。二人の地道な活動は後に実を結び、ジミナの勇気と優しさに感動した多くの人々が、ジミナを讃えるようになった。また、“英雄”ジミナの献身はおとぎ話として子供なら必ず読む話として広まり、ジミナの名前は世界一有名になるのだが、それはまだ、遠い未来のお話。 


 


 



 


 


 

 

次回、とうとう完結です!!

お、終わるよぉ⋯⋯。長いようで短い⋯⋯いや、やっぱ長いわ。とにかく次回最終回だ!! 皆さん、最後までどうかおつきあいくださいませ!!

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