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神様の遊戯盤の上で  作者: 赤葉忍
Final stage 『To be continued?』
108/110

生きる

これにて長く続いた神との戦いは終了でございます。彼女達のように、皆さんも強く生きてください。

 フローラははっと我に返った。先程まで何故か大声で叫んでいた気がするが、何を叫んでいたのかよく覚えていない。周りの仲間たちを見ると、フローラと同じように首をかしげている者が大半であった。

 そうだ。そんなことよりも、エンキの言っていた爆弾はどうなった? しばらくじっと待ってみたが、一向に爆発する気配は感じられない。一体何が起こったのか分からず再び首をかしげるフローラの耳に、ルルの慌てたような声が飛び込んできた。


「ほ、ホウライさん!? どうしたんですか掌のその血!! 今すぐ治療を⋯⋯」


 掌から大量の血を流すホウライの治療をするべく腕を伸ばすルル。しかし、ホウライはその腕をぴしゃりと払いのけ、ルルの治療を拒否した。まさか治療を拒否されるとは思わず目を丸くするルルに、ホウライは静かにこう告げた。


「⋯⋯治療しない方がいい傷というモノも存在するのじゃ。覚えておれ、若いの」


 その言葉の真意までは分からなかったものの、ホウライの有無を言わせぬ真剣な表情に、ルルは「⋯⋯消毒はちゃんとしておいてくださいよ」ということしか出来なかった。


 その後、待てども待てども何も起こる気配はない。もしや、このまま何も起こらないのか? エンキの言っていた爆弾とは嘘だったのか?

 一同がそんな淡い期待を胸に抱きはじめたまさにその時だった。突然、皆の前でサラが頭を抱えて地面にうずくまる。


「おい、サラ!! 急にどうしたんだ!? 大丈夫か!?」


 傍に居たシャーリーはうずくまるサラに合わせて腰を落とす。そんなシャーリーに対し、サラは指をうねらせ、何とか一言だけ告げることが出来た。


『エンキが⋯⋯奴が⋯⋯!私の中(・・・)に!!』


 サラの指の動きを読み取ることの出来た数名は、即座にその言葉の意味を理解する。うずくまるサラを囲むようにして戦闘態勢をとる一同。皆の視線を一身に集める中で、サラが突然顔を上げる。そこには、フローラ達が今まで見たことのないような冷酷な表情が浮かんでいる。その表情を見て、抱いていた疑問が確信へと変わる中で、おもむろにサラが口を開いた(・・・・・)


「⋯⋯この身体には発声機能を付けていなかったか。おかげで、わざわざ一から創るはめになった。それに、さっきの爆発で力の大半を失ってギフトも使えない有様⋯⋯。まあいい。この身体はもう私のものだ。この身体なら、お前達も手を出すことはできまい? はは、失敗作でも役に立つことがあるのだな」


 鈴を転がしたような可憐で澄んだ声。初めて耳にするサラの声が発したのは、しかしながらサラの言葉ではなかった。その口調と、周りのモノ全てを見下しているような視線で、誰がサラの身体を乗っ取っているのかはすぐ理解出来た。フローラは、湧き上がる怒りにまかせ、その名前を叫んだ。


「エンキ!! 今すぐサラの身体を返せ!!」


「は!! 返せと言われて返す馬鹿がどこに居るのさ!」


 エンキはフローラの要求を鼻で笑って一蹴し、先程から無言でサラを見つめているシャーリーにその視線を向けた。


「おい、シャーリー。大事な相棒の身体を奪われるのはどんな気分だ? 悔しいか? 悔しいだろ!! だが、お前達には私を攻撃することは出来ない!! なぜなら、この身体はお前らが大事にしている仲間とやらの身体だからだ!! フハハハ!! ハーハッハッハ⋯⋯グホォッ!?」


 サラの身体を乗っ取ったことですっかり勝ち誇り、高笑いを上げていたエンキ。しかし、その笑い声は、シャーリーに頬を全力でぶん殴られたことによって強制的に遮られてしまう。何が起こったのか理解出来ないといった様子で、殴られた頬を手で押さえるエンキ。そんなエンキの元へ、シャーリーは威嚇するように拳をパシンパシンと打ち鳴らしながらゆっくり近づいていく。


「待ってろよサラ⋯⋯! オレがすぐ、お前の身体を取り戻してやるからよ。ちょっとだけ痛むかもしれねえが、我慢してくれよな?」


 シャーリーの様子から、再び殴られることを察したエンキは、慌てた様子でシャーリーに自制を呼びかける。


「ちょ、ちょっと待ってよシャーリー。この身体はもう私が完全に乗っ取ったんだよ? 殴ってもサラの意識が元に戻ることはない。だからもう少し冷静に⋯⋯グハァッ!?」


 しかし、またしても途中でシャーリーに殴られ、ごろごろと地面を転がるエンキ。二度も全力で殴られたことにより、鼻血がたらりと頬をつたい、心なしか涙目になっているようにも見える。


「⋯⋯聞こえているんだろ、サラ。お前は、エンキなんかに負けるような弱い奴じゃねえ。それを信じているから、オレもお前の身体を全力で殴れるんだ⋯⋯!! だから、早くお前の身体を取り戻せ!! そうしないと、オレは⋯⋯初めて聞いたお前の声、それがこんな野郎に使われ続けることにもう我慢できそうにねえええ!!!!」


 怒るところ、そこなんだ⋯⋯思わずそう思ったフローラ達であったが、サラの身体をエンキに乗っ取られていることに憤っているという点では全くもって同じであった。シャーリーの横に立ち、剣を構えたフローラは、エンキを鋭く睨み付ける。


「いい加減、貴女のやり口には飽きました。私たちは、もう何があっても諦めない。希望を捨てない。貴女がどれだけ絶望を突きつけようとも、私たちは決して屈することはない!! そろそろ年貢の納め時です。悪あがきは止めて、大人しく消えてください」


 フローラの言葉に同意するように、仲間たちもサラの身体の中にいるエンキに対して、それぞれの武器を向ける。その時ようやく自分が危機的状況に陥っていることを悟ったエンキは、額からつうっと汗を垂らした。


「ば、馬鹿じゃないのかお前ら⋯⋯。どう考えても普通じゃない!! 何故仲間に武器を向けることに一切ためらいがないんだ!? お前ら皆狂ってる!!」


「⋯⋯そうですね。私たちはおかしいのかもしれない。しかし、私たちをこうさせたのは、貴女ですよ、エンキ」


 そう言うと同時に、フローラはエンキに斬りかかる。肩から腰にかけ走った剣閃、そして直後襲い来る鋭い痛み。だが、その傷はルルの手によって即座に治療される。


「貴女がその身体から出て行くまで、こうして殺し続けます。覚悟はいいですか?」


 そして、フローラは再び斬りかかる。慌てて回避しようと身体を動かしたエンキだったが、いつの間にか伸びていた髪の毛によって手足を拘束されており、回避出来ずに再び身体を斬られる。

 その傷も、次の瞬間にはルルの手によって綺麗さっぱりなくなっていた。そのことを確認したフローラは、再度エンキに向かってその剣を振り下ろす。

 

 エンキは、この時、いつ終わるか見当もつかないこの殺戮劇に、産まれて初めて心の底から恐怖を感じた。そして、恐怖で縮こまったエンキの魂を押しのけるかのごとく、身体の底から激しい想いの塊が浮上してくるのを感じる。浮上してくるその想いは、あまりにもエネルギーが強く、触れるだけで火傷しそうなほどに熱い。


「さあ、戻ってこい!! サラぁ!!!」


 シャーリーの力強い呼びかけに応えるように、一層熱く燃え上がる想いの塊。流石のエンキでも、それが誰の想いであるかは察することが出来る。今にもエンキの魂を押しのけんとするその想いの塊⋯⋯先程封じ込めたはずのサラの魂相手に、エンキは苦し紛れに悪態をつく。


「くそぉ⋯⋯。失敗作が⋯⋯この私に、逆らうなぁ⋯⋯!」


 だが、そんなエンキの悪態にも全く反応せず、ますます大きく膨らむサラの魂は、やがてサラの身体そのものをかたどっていく。サラはゆっくりとエンキを指さし、その小さな唇を動かし、こう告げたのだった。


「失敗作は、貴女の方⋯⋯。愛を知らない、可愛そうな人⋯⋯」


それと同時に、エンキの魂はサラの身体の中から完全に追い出されてしまう。まさか、失敗作と見下していた存在に魂の力で押し負けるとは思わず、またサラに言われた言葉のショックにより呆然としていたエンキであったが、ふいにすぐ傍で膨らむ殺気に、それどころではないことを思い知らされる。


「ようやく出てきやがったか、この糞野郎⋯⋯! 首をはねられる準備は出来てるんだろうなぁ?」


「待ってくださいシャーリー。こいつだけは私の手で殺させてください」


 サラの身体から出てきたばかりのエンキを睨み付けるのは、シャーリーとフローラの二人。二人のあまりの迫力に、思わず「ひぃっ!?」と情けない悲鳴を上げて上空へ飛んで逃げようとしたエンキであったが、エンキが動こうとするその前に、シャーリーの鎌がエンキの首をはね、フローラの剣がエンキの胸を貫いていた。


「「⋯⋯ちっ」」


 しかし、全く手応えのない感触に、揃って舌打ちをするシャーリーとフローラ。二人の反応で、魂だけになった自分を傷つけることが出来ないことを悟ったエンキは、先程まで完全にびびっていたことなどすっかり忘れ、勝ち誇ったように笑ってみせる。


「は、ハーハッハッハ!! どうやらお前らは私を殺せないみたいだなぁ!! 今回はここら辺で勘弁しておいてやるよ。だが、再び身体を手に入れた時⋯⋯その時こそ、お前らの最期だ!!」


 そう言い残し、エンキはこの場から逃亡を図り、天高く飛び上がる。逃すものかとすぐさまペトラの髪の毛が襲い来るが、やはりエンキの身体を拘束することは出来ない。

 エンキが逃走の成功を確信し、ニヤリと口角を上げたその時だった。エンキの視界を遮るように、目の前に立ち塞がったのは、何故か目元を赤く泣きはらしたムーンだった。

 何故ムーンがこんなところに? という疑問を抱いたエンキであったが、その後すぐムーンのギフト、『死んだ後幽霊体になる』という能力を思い出し、まさか、と慌てて防御を固めようとしたが、既に遅かった。


「これは⋯⋯ジミーちゃんの、仇だぁぁぁぁ!!!!」


 同じ霊体ならば、その身体に触れることも容易に出来る。怒りの雄叫びと共に放たれた拳はエンキの顔面を捕らえ、元々かすかな力しか残っていなかったエンキの魂は、その一撃で粉々に砕け散り、もう二度と蘇ることはなかった。



▼▼▼▼▼


「⋯⋯見ろ。もうすぐ日が沈む」


 ホウライが指さす方を、フローラもじっと見つめる。長かった一日は、ようやく終わろうとしていた。フローラと同じく沈みゆく太陽を眺めるのは、一緒に戦ってきた仲間達だ。

 フローラ達が掲げていた、神殺しの目標は、無事達成することが出来た。それなのに、全く嬉しく思うことが出来ないのは、今に至るまでに失ったモノがあまりにも大きかったからだろうか。

 そしてまた、フローラは目の前で大事なモノを失おうとしている。目の前で徐々にその身体が薄れていくペトラ。どうしようもないことだと理解しつつも、素直に認めることが出来ずに、フローラは何度目になるか分からないその質問をペトラにぶつけた。


「⋯⋯本当に、このまま消えてしまうんですね、ペトラ」


「⋯⋯ええ。元々、私に与えられたのは一日だけの仮初めの命。太陽が沈むと同時に、消えてしまい、二度と蘇ることはできない⋯⋯。そう、ホウライにも最初から言われていましたわ」


 ペトラだけではない。ホウライのギフトによって一日だけの命を与えられていたメンバーは、皆一様に消え去ろうとしていた。お互いの身体を抱きしめ合い、別れを惜しむ者。静かに涙をこらえる者。反応はそれぞれであったが、その中でも一番痛々しいのは娘二人を失ったラモーネであった。全てが終わった後でシャーロットが死んだことを知らされたラモーネは、その見た目同様、子供のように泣きじゃくりながら消えゆくメアリの身体にしがみついていた。


「嫌よ、メアリ!! お母さんを一人にしないで!! 何で⋯⋯何で、私だけが残ったのよ⋯⋯」


 そんなラモーネの頭に、そっと手を置くメアリ。そしてそのままラモーネの頭をぎゅっと力強く抱きしめた。


「姉妹揃って親不孝な娘でごめんなさい⋯⋯! でも、私たちはちゃんと、お母さんの胸の中にいるから。心配しないで。いつだって、一緒だよ⋯⋯」


 その言葉を最期に、メアリの身体はすうっと煙のように消え去ってしまう。そして、メアリに続くようにして、他の面々も一人ずつ消えていき、最後にペトラだけが残った。

 そのペトラの身体も、今まさに消え去ろうとしている。フローラは、そんなペトラの様子を、ただじっと見つめていた。その頬には、一筋の涙が僅かに残った太陽の光を反射してきらりと煌めいている。


「フローラ、消える前に、これだけは言わせて⋯⋯。人は、誰しも必ず死ぬ。その運命は、誰にも変えることは出来ないわ。そして、命を与えられた瞬間、人はその命を生きる『義務』が与えられると同時に、その命をどう生きるかを決める『権利』が与えられる。その『権利』を冒すことは、たとえ神であろうと許されることではない⋯⋯!」


 ペトラのその言葉は、エンキに翻弄され、その命を玩具のように簡単に奪われたペトラだからこそ言えるものであった。その言葉に強く頷くと同時に、フローラは最後に一つだけ尋ねた。


「ペトラ!! 貴女の人生は⋯⋯幸せでしたか?」


 フローラのその問いかけに一瞬だけ目を丸くしたペトラであったが、すぐににっこりと微笑み、こう答えた。


「ええ、勿論!! だって、貴女に会えた!!」

 

 そして、太陽が沈むと同時に、ペトラもこの世から姿を消す。残された者たちは、死んでいった者たちとの思い出を胸に抱え、これからも生きていくことを強く誓った。


 もし、最期に『自分の人生は幸せだったか』と尋ねられたら、ペトラのように堂々と胸を張って『幸せだった』と答えられるように。


 


 



 


 

神との戦いというメインテーマ自体は今回で一応完結ということで、次回からの二話は、エピローグ的な扱いの話となります。

次回は、『誰も知らない英雄のお話』、そして最終話は、数十年後のフローラ達の話となります。是非お楽しみに。

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