光を胸に抱いて
『⋯⋯お前、いい加減その笑顔ウザいから止めてくれない? なんで「腐敗」を与えて、身体が徐々に腐り落ちてるってのに笑っていられるわけ? 意味が分からないんだけれど。なんなの? マゾなの?』
呆れた様子でそう吐き捨てるエンキの言葉の通り、エンキの能力によりスターはもう元の美少女の原型をとどめていなかった。顔の半分が既に欠け、目玉が床に落ちている。手足も皮が剥がれ落ち、中の白い骨が顔を覗かせてしまっている。エンキの力なら、スターをすぐに死なせるのは簡単なことだ。しかし、あえてじわじわと死に近づけていく方法をとる辺りに、エンキの性格の悪さがうかがい知れる。
ただ、そんな状態になってもなお、スターの身体から光が失われることはない。半分だけになった顔に満面の笑みを浮かべ、仁王立ちでそこそこの大きさの胸を張り、「えっへん!」と得意げな様子だ。
「だって、私、しっかり自分の役目を果たすことが出来たからねー!! 時間稼ぎは大成功!! その証拠に⋯⋯ほら!」
そう言って、スターはおもむろにエンキに近寄り、その腕を掴んだ。その時初めて、エンキは自分の結界が作用していないことに気付き、驚愕に目を見開いた。
『な、なんで結界が作用しないんだ⋯⋯! お前、まさか⋯⋯!!』
「へっへーん! 今更気付いたわけ~? おっそーい!! 最初から私は『時間稼ぎ』だって言ってたじゃーん!!」
『この⋯⋯!! 馬鹿にしやがってぇ⋯⋯。殺す!! 殺してやるぅ!!』
エンキは怒りの形相で叫ぶと、スターがしがみついている腕を強引に振り払った。半ば腐りかけていたスターの身体は、それだけでバラバラに崩れ、宙へと舞い散る。
だが、首だけになっても、スターはまだ笑みを絶やすことはなかった。宙に舞うスターの首に正面から見つめられ、エンキは何故か恐怖を感じた。思わず後ずさるエンキに追い打ちをかけるように、スターは最期の力を振り絞り、喉を震わせる。
「わ、私が死んでも、第二、第三の私が蘇る⋯⋯。なぜなら、『光』は、『希望』は、伝染するから! その証拠に⋯⋯ほら!!」
エンキは、背後にとてつもない殺気を感じ、慌てて振り返った。そして、そこに居たのは、巨大な二振りの太刀をエンキ目掛け振り抜くムイムイ。
ムイムイは、エンキのギフトの効果を受ける前に気絶していた。そのため、直接エンキのギフトの効果を受けずに済んだのだ。そして、今このタイミングで、偶然にも目覚めたのであった。
「うわあああああああああ!!!!」
勇ましい雄叫びを上げながら放たれた斬撃は、見事エンキの右腕を切り落とすことに成功する。エンキはムイムイを睨み付け、その腕に『再生』を与えようとする。しかし、そんな暇は与えないと言わんばかりに猛攻を続けるムイムイ。あまりのうっとうしさにムイムイを吹き飛ばしてしまおうと掌を向けるエンキであったが、先程のムイムイより遙かに強い殺気を背中に感じ、思わず動きを止めてしまう。
「⋯⋯ありがとうございます、スター。貴女のおかげで、シャーロットに別れを告げることが出来た」
そこに居たのは、床に落ちたスターの首を拾い上げ、そのまぶたをそっと閉じるフローラ。エンキが慌てて身構えたその時には、フローラはエンキの胸を剣で貫いていた。
『ガハッ!!』
あまりの痛みにうめき声を漏らすエンキ。しかし、フローラは止まらない。回復する暇を与えぬ熾烈さでもって、貫き、切り裂き、ダメージを与えていく。
堪らず、エンキはフローラから逃れるように宙に飛び立つ。その身体が、どこからともなく伸びてきた黄金色の髪の毛によって縛られる。エンキが視線を落とすと、そこにはナナとクララの二人に支えながら、苦しげな表情で髪の毛を操るペトラの姿があった。
「わたくしが貴女を逃がすと思いまして? さあ、今です! フローラ!!」
ペトラの合図と同時に駆けだしたフローラは、ムイムイが身体の前で組んだ腕の上にふわりと飛び乗る。
「いっくよー!! せぇの!!」
そう言って、ムイムイはフローラをレシーブの要領で天高く放り投げた。たちまちエンキと同じ高さにまで跳び上がったフローラは、絶妙なタイミングで髪の毛の縛りを解除されたエンキの脳天にかかと落としを決め、地面へと突き落とす。
脳天に激しい衝撃を受け、揺らぐ視界の中エンキが見たのは、落下地点に置かれた紫色をした巨大なプリン。その横には、ルルの治癒を受けてすっかり回復したラモーネとリリィが、邪悪な笑みを浮かべてエンキを見上げていた。
「さあさあ! 私たち特製の『猛毒プリン』!! 全身でしっかり味わえーい!!」
「じわじわいたぶるのが趣味なのはアンタだけじゃあないのよ? 少なくとも、私は割と好きな方だわ」
猛毒プリンの中に猛スピードで突っ込んでいったエンキは、途端に全身を襲う焼け付くような激しい痛みに悶絶し、抜け出そうともがく。しかし、柔らかいプリンが身体にまとわりつき、なかなか抜けだすことができない。そんなエンキの身体を、高速で飛行してきたロロがプリンの中から強引にかっさらう。
「このままじわじわ苦しめるのもいいですが、私たちにも是非積年の恨みを晴らす機会を与えて欲しいものです」
そう呟き、ロロは空中でエンキの身体をがしがしと金ダワシで擦りはじめる。まとわりついたプリンと一緒に皮膚が剥がれ落ち、『ぐわあああ!?』と悲鳴を上げるエンキ。勿論ロロは無視して『お掃除空輸』を続ける。その届け先に待ち構えるのは、車椅子に座るお嬢様と、その隣に控える歌姫と侍女。
「わー! なんか凄い勢いでこっちに向かってきてるぞー! 大変だー!!」
まったく大変そうに思っていない声で叫ぶメアリ。その隣で車椅子に優雅に座るクリスタは、静かな声でクロにこう告げた。
「クロ、あのゴミを、処分してもらえるかしら?」
「承知しました、お嬢様」
クロは優雅に一礼し、その腰に差した短剣を構える。そして、ロロが空輸してきたエンキの顔面に無数の切り傷を刻むと、その身体を再び天高く蹴り上げた。
そして、そこに待ち構えるのは、ペトラの髪の毛の上で浮かび、剣を振りかぶるフローラ。
「これで⋯⋯おわりです!!」
皆の視線が自分に集まっているのを感じながら、フローラは飛んでくるエンキに合わせ、全力で剣を振り下ろす。その切っ先が、まさにエンキの身体に触れる直前、かっと目を見開いたエンキが、ただ一言こう叫んだ。
『宣告!! 強制転移!!』
その瞬間、フローラたちの身体を、この部屋に転移された時と同じ光が包む。まさか、とフローラ達がその事実に気付いた時には、フローラ達は塔の外へと強制転移させられていた。
「おい!! お前ら無事か!? エンキはどうした? 殺したのか!?」
突然現れたフローラ達に驚きつつも、ずっと外で仲間の無事を祈っていたシャーリーとサラは急いで駆け寄って来る。だが、フローラ達には再会を喜ぶ暇はなかった。突然、上空に巨大なスクリーンが浮かび上がり、そこにエンキがその姿を現したからだ。先程の攻防ですっかり満身創痍といった様子のエンキであったが、その顔にはお得意の人を馬鹿にしたような笑みが貼り付いている。その笑みに、全員が嫌な予感を感じる。
『いやー⋯⋯正直言って、マジで死ぬかと思ったよ。さっきの勝負は、私の負けを認めよう。完敗だ!! まさか、君たち人間にここまでの力があるなんて思わなかったよ。ただ⋯⋯最後に勝つのは、お前らじゃない。私だ』
その時、フローラ達の目の前で、あの大きな塔が一瞬にして崩れ落ちた。唖然として瓦礫と化した塔を見つめるフローラ達に、再びエンキの声が話しかけてくる。
『これで、お前らはもう私の元にたどり着くことはできない。そして⋯⋯これで、「詰み」だ』
そう言って、エンキが取り出したのは、中央にボタンのようなものがある黒い箱だった。そのボタンを、躊躇なくポチッと押したエンキは、ワハハハハ!! と狂ったように笑い声を上げはじめた。
『今私が押したスイッチが何のスイッチか分かるか? これは、地下塔にある巨大爆弾、その起爆スイッチさ!! 爆弾に付けた時計の針が一周した瞬間、爆弾は爆発し⋯⋯お前達の居る世界は、跡形もなく破壊される!! そしてその爆破は、神界にいる私だけには届かない⋯⋯。悔しいか? 悔しかったら、今から地下塔の最下層まで言って、爆弾の解除でも試してみる? だけどざんねーん。この爆弾には、解除方法なんて存在しなーい!! つまり⋯⋯お前ら皆、ここで全員死ぬんだ!! ワハハハハハハハハ!!!』
そこで、エンキからの映像は途切れた。それと同時に、がくりと地面に膝をつくフローラ。エンキの言葉が本当ならば、フローラ達に爆破を止める方法はない。何という無慈悲で残酷な所行だろうか。フローラは、やるせない怒りと共に、「くそぉぉぉぉ!!!」と叫んで地面を殴りつけた。そんなフローラの隣にそっと寄り添い、その肩に手を置くペトラ。
「⋯⋯貴女は、ここまでよく頑張りましたわ。最期のその時まで、わたくしもずっとこうしてそばにいます」
フローラだけではない。ここまで戦ってきた仲間全員が、エンキのあまりの蛮行に怒り狂い、涙を流し、しかし何も出来ずに、ただ最期の時をじっと待つ。
その時だった。急に、フローラ達の前に赤い閃光が走り、その中から、見たことのない金髪の美少女と、顔を真っ青にしたムーンが姿を現した。そして、皆の視線が自分に向けられていることに気付いたムーンは、今にも泣きそうな表情で叫ぶ。
「皆、大変なの!! ジミーちゃんが⋯⋯ジミーちゃんが!!」
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フローラ達を強制転移させ、爆弾のスイッチを押したエンキは、未だ痛む身体を引きずりながら、下界のフローラ達の様子を眺めるため、自室に置かれてある水晶の元へと向かった。そして、そこに映る、絶望にうちひしがれた様子のフローラ達。そんな彼女たちの様子を見て満足げに笑みを浮かべたエンキであったが、突然現れたホウライの姿にその顔色を急変させた。
『⋯⋯おい、なんでホウライが地上にいるんだ? 爆弾は、アイツの鎖に付けていたはずだろう!! それに、あの爆弾は誰かが傍にいなければすぐ爆発するよう設計したはず。万が一鎖から抜け出せたとしても、それと同時に爆破するはずだ!!』
そして、何故か映像の中では、フローラ達が必死に誰かの名前を叫んでいる様子が見えた。水晶の設定を声も拾うよう変えたエンキだったが、聞き覚えのない名前を叫ぶフローラ達に、首をかしげる。
『ジミナ⋯⋯? 誰だ、それは。そんな奴、あいつらの仲間には居なかったはず。何かの合図か? ⋯⋯何だか嫌な予感がする。やはりアイツらだけでも直接殺しておくか』
フローラ達の居る場所へと転移しようとしたエンキだったが、何故か転移することは出来なかった。何者かによって妨害されていると気付いたエンキ。そして、そんなことが出来る人物に、エンキは一人しか心当たりがなかった。
『ロキぃぃぃ!! お前の仕業かぁぁ!! お前は⋯⋯お前はどこまで、私の邪魔をすれば気が済むんだぁぁぁぁぁ!!!!!』
その直後、神界全体を、眩い光が包む。その光の中に呑み込まれ、エンキの肉体は、この世から完全に消失したのであった。
あの子がどうなったのか、気になる読者も多いと思います。
しかし、そのことについてはまだ触れません。
次回、エンキ戦、決着。完結まで、残り三話です。




