『神の宣告』
クララのギフトもやっぱりチートだよなーとか、そんなことを書いていて思いました。
―時は少し遡り、ナナがその身体に『キセキ』を宿し、エンキの胸を剣で貫いたその直後。今まで誰一人として触れることさえ出来なかったエンキの身体に剣を突き立てるナナの姿に、当の本人以外は皆一様に驚愕の表情を浮かべている。
『お、お前、どうやって私の結界を突破した!?』
胸に刺さった剣はナナと一緒にすぐ振りほどいたエンキであったが、珍しくその声には焦りの色が見える。そんなエンキに対し、宙に放り投げられたナナは、空中で体勢を整え、綺麗に着地すると、淡々とした口調でこう答えた。
「言ったはずです。『キセキ』は不可能を可能にすると。ナナは願いました。貴女を倒したいと。その願いを叶えるため、私は再びこの身体に顕現した!」
ナナは全身を黄金の輝きに包みながら、「はあっ!」という気合いの声と共に再びエンキに斬りかかる。先程結界を突破されたことを警戒してか、エンキはこの時初めて自らの剣を取り出し、ナナの振るう剣を受け止めた。
ただ剣で受け止めるだけではなく、エンキは同時に『衝撃を与える』ことを宣告。ナナの身体はエンキの剣から放たれる衝撃波で一瞬ぐらついたが、その瞬間身体を覆う光がその強さを増し、逆にエンキを押し返す。仮面の奥で目を見開くエンキ。ナナは、エンキの肩から腰にかけて剣を一閃、再度エンキにダメージを与えることに成功する。
「い、いったい何がどうなっているんだ? 私が知る限り、ナナは戦うのが得意じゃなかったはずなんだけれど⋯⋯」
困惑した様子のラモーネの呟きに同意するように、リリィもうんうんと頷く。皆の目の前でエンキは自身に治癒を与え、先程よりも勢いを増してナナに襲いかかる。そして、そのエンキの剣を受け止める度に、光の粒子を撒き散らすナナ。その姿を見たフローラは、ナナと一緒に守護者の一人であるエイミーと戦った時のことを思い出していた。あの時にも、ナナは一度普段のナナからは想像できないくらいの力を発揮し、ピンチを脱したことがあった。
ナナは、自分自身を『キセキ』そのものだとエンキに告げていた。そして、ナナが以前明かしてくれた自身のギフトは、『運がいい』というモノ。つまりは『幸運』だ。『幸運』のギフトを持つナナが『奇跡』を名乗る、そのことにフローラは何らかの関係性を感じずにはいられなかった。
「⋯⋯まさか、ナナのあの異常なパワーアップ、そして人格の変化は、『ギフト』によるもの? しかし、『ギフト』が人格を持つなんてことがあるんでしょうか⋯⋯」
フローラの独り言にも近いその疑問に答えたのは、いつの間にかフローラのそばに近づいてきていたナナの親友、クララだった。
「『ギフト』の可能性は無限だべ。想像や努力次第でどんな弱い『ギフト』でも、とてつもない力を発揮することもある。⋯⋯それは、あなたが一番よく分かっているんじゃあないべか?」
そう言うと、クララはフローラの目の前でおもむろに屈伸をし始めた。フローラが、クララに一体何をするつもりなのかと尋ねる前に、クララはにっと笑みを浮かべ、こう告げた。
「⋯⋯ナナちゃんが戦っているのに黙って見てはいられない。オラも、ちょっと自分の可能性って奴を試してみるべ!」
クララは、かけていた眼鏡を投げ捨て、三つ編みに編み込んだおさげをバサッと振りほどく。すると、なんとクララの身体も、ナナと同じように光を帯び始めたではないか。
「⋯⋯さあ、行きましょうか。『キセキ』は今、ここにも舞い降りました」
先程までとは明らかに異なるクララの口調。その様子は、まさしく今エンキと戦っているナナと瓜二つであった。
クララのギフト―『演技が上手い』。そのギフトの能力で、クララは『キセキ』を宿したナナを演技で真似たのだ。クララは、エンキとナナ、二人の剣劇に割り込むように駆け寄ると、その拳をエンキ目掛け振り抜いた。
『ぐっ!? な、何でお前まで結界を破れるのさ!! おかしいだろ!!』
そして、クララの拳も、ナナと同様にエンキの結界を通り抜け、エンキがいつも顔につけている仮面を破壊することに成功したのだった。初めてフローラ達にその素顔を晒したエンキは、その表情に怒りを込めてナナとクララの二人を睨み付ける。
「今が好機です!! 皆、全力で二人を援護しましょう!!」
フローラは、このチャンスを逃してなるものかと、全力で声を張り上げ指示を飛ばす。その指示に即座に応え、ペトラはエンキを拘束するため髪を伸ばし、ラモーネはエンキを囲むようにプリンの壁を置いた。
そして、貴重な治癒系のギフトを持つルルの護衛をリリィに任せ、フローラもエンキ目掛け飛びかかる。当然フローラの攻撃は結界に弾かれてしまうが、目的はあくまでもナナとクララの援護。フローラはわざとエンキの視界を遮るよう立ち回ることに専念した。
『糞邪魔だなぁフローラ!! お前は引っ込んでろよ!!』
案の定、視界を遮られたことでエンキはかなり苛立っているようだ。そして、その間にもナナとクララ、二人の攻撃は着実にエンキにダメージを与えている。エンキも時々自分に治癒を与えてはダメージを回復しているようだが、二人に増えたことで明らかに回復が追いついていなかった。
この時、皆の頭の中に、確かに勝利へのビジョンが浮かんだ。このまま押していけば、必ずエンキを倒すことが出来る⋯⋯誰もがそう思っていた。
『いい加減に⋯⋯しろぉぉぉぉぉ!!!!』
突如、エンキが叫び声を上げる。それと同時に襲い来る衝撃派。今までのモノとは比べものにならない強さのソレに、全員がなすすべなく吹き飛ばされる。
『「キセキ」だって? は! 笑わせてくれるよ。そんな曖昧なモノで私を倒そうなんて⋯⋯頭が高いぞ、下劣な人間共よ』
エンキの目が、怪しい光を放つ。これまでのどこか巫山戯た口調とは全く異なる、背筋が凍るような冷たい声。その声が、フローラ達全員に、『絶望』を宣告した。
『―宣告。「無力感」を、「敗北感」を、「虚無感」を、「絶望感」を⋯⋯そして、貴様らに、永遠の「闇」を、与える!!』
エンキがそう宣告すると同時に、エンキの手から黒いモヤのような物体が飛び出し、まずナナとクララの二人を包む。すると、二人の身体を包んでいた光がモヤに覆われ、そのまま二人は力なく倒れ伏してしまう。
モヤは、次にフローラ以外の全員を襲った。先程の二人と同じく、ろくに抵抗も出来ないまま倒れる一同。ペトラだけは必死に髪を振るいモヤを振り払おうとしていたが、その抵抗虚しく闇に呑まれてしまう。
「ペトラ!! 皆!!」
フローラの悲鳴を聞き、エンキがにやりと笑みを浮かべたのが見えた。エンキがフローラのこの反応を見るためだけに、わざと一人残したのだということを、その笑みを見てフローラは理解した。
内から湧いてくる怒りに任せ、エンキに剣を投げるも、あっけなく弾かれてしまう。そして、そんなことをしている間に、クロ達が最悪のタイミングで戻ってきてしまった。慌てて逃げるよう呼びかけるも、時既に遅く、クロ達もエンキの闇に呑み込まれてしまった。
『さあ、フローラ。貴様で最後だ。お前のその怒りに満ちた顔が絶望に染まっていく様⋯⋯たっぷり眺めさせてもらおうじゃあないか!!』
そう言って、エンキはついにフローラに向かいその手を伸ばす。エンキの闇から逃れる術はない。フローラは、ただ悔しさと怒りを胸に抱きながら、じっと終演の時を待つことしかできなかった。
ついに黒いモヤがフローラの身体を完全に包み込み、そして⋯⋯
次回、果たしてフローラ達の運命はいかに⋯⋯?




