仲直りのシナリオ
家のリビングで、少々僕は真面目にパソコンの画面に向かう。
そう。シナリオを執筆しているのだ。これがダメだとフィルム・クラブを抜けないといけないからかなりヤバイ。
こんな状況だから、一人でカタカタと集中できればいいのだが、どうもそうはいかないらしい。
「はぁ、で、なにしに来たの?」
「ふぁい?」
僕の中学校のときの後輩こと、フィルムクラブでは先輩の内田が、麦茶片手にお菓子を頬張る。
いやね、いいんだけどさ、なんで家に当たり前のようにいるの?家教えた記憶がないんだけど。。。
いや、いいんだけどさ!
内田は、お菓子をごっくんと飲み込んで、話を始めた。
「いえですね、いっしー先輩。さっき、伊丹さんの家に行ってきたんですよ。」
「へぇ。それで?」
「むぅ、そっけないですねぇ。」
そっけない態度を取ったものの、気になるものは気になる。
少しだけ、耳を傾けてみた。
「それがですね・・・」
とりあえず、ここからの話はちょっと長かったからまとめよう。
伊丹さんの家に偵察というか、遊びに行ったら、伊丹さんはパソコンの画面は開いているもの、シナリオはまったくの手付かずだったらしい。
そして居座ろうとしたら追い出されたとか。
「ふぅん。伊丹さんなりに、考えがあるんじゃないのかな?」
「そうですけど。。。」
「さあ、こっちもまずいんだから、帰った帰った。」
内田のことをぐいぐいと外へ押し出す。
「そんなー!いっしー先輩まで伊丹さんと同じ追い出し方するんですかー!!」
内田の抗議の声を無視する。
さて、邪魔な後輩も帰ったし、続きだ続き!
この間は、『社会派でシリアス』という、伊丹さんの土俵で戦ってしまった。それだと伊丹さんの方がやはり有利なんだろう。
なら、僕は路線を変えよう。
この間の、あの女の子との出会いは、確かに僕のなかで変化をもたらしていた。
一度書き終えたシナリオを、もう一度読み返す。
ーーダメだ。これじゃあ、まだ下を見て甘んじてしまっている。
修正点を見つけては、内容を書き換える。
そして、また確認。
ーーここの台詞は、少し伝わりにくいかもしれない。別の言い回しはどうだろう?
何度も何度も見直しと修正を重ねて、シナリオを紡ぐ。
『映画は受けとる側が決める』
伊丹さんにいつか言われた言葉は、きっとこういう意味なんだろう。
客観的な視点を考えて、また粗を削る。
何度も、何時間も、そのことを繰り返していく。
「うーん・・・」
あるところで、執筆の手が止まってしまう。
どうもこの先は進まない。。。
よし。行くか。
"あの場所"へ。
僕は、カメラバッグを引っ掴んで外へと飛び出した。
「あ、やっぱり。」
目的の場所には、僕の幼馴染みがいた。手には家庭用のビデオカメラを持っていて、練習をしているみたいだ。
「おーい!河瀬!」
少し遠くから声をかけると、河瀬はこちらを振り向いた。
「あ、石井くん。」
この場所は、昔、よく二人で遊んだ場所だ。河瀬は何かあるとよくここに来る。
「カメラ、上手くなった?」
河瀬の横に座る。
河瀬が、少しそっぽを向いてしまう。どうしたんだろう?
「うん。宮川さんのおかげで、少しは、ね。」
会話が途切れてしまう。
なんだか、二人とも黙っている空気に少し耐えられなくて、ちょっと慌てて話題を出した。
「そういえば、今日は部活じゃないんだね。休み?」
「あ。部活ね、辞めたんだ。」
「へ?」
河瀬は部活をとても一生懸命やっていた記憶があるので、びっくりしてしまった。
「あっ、これね。うちから持ってきたカメラなんだ。」
河瀬が、手元のカメラに視線を向ける。
性能は悪くはなさそうだけれども、やはり一般的なカメラだ。
「それじゃあ、練習するのには不便じゃない?」
「ううん。大丈夫。」
河瀬は、首を横に振ったが、すぐに訂正する。
「・・・いや、うん。少し、ね。」
今日、このカメラを持ち出したのは、いつものように見慣れた風景を撮影するためじゃない。
僕は、肩からかけたカメラバッグを、少し持ち上げる。
「河瀬、このカメラ、使ってよ。」
「えっ?」
このカメラは、僕が持つよりも、きっと河瀬に使ってもらった方がいい。
「僕は、監督をやる。だから、このカメラは使わない。それに、河瀬がこのカメラを使った方が、喜ぶと思うんだ。」
河瀬は、少し固まって、僕へカメラを押し戻した。
「でも・・・こんな大事なもの・・・それに。」
ちょっと、言葉に詰まってから河瀬は続けた。
「この間、私、石井くんに、当たっちゃったから。私には、そんな資格は・・・」
「ああ、えっと、あのときのこと?僕は気にしてないよ。それよりも。」
遠慮する河瀬に、僕は語りかける。
ちょっと、こんなことを言うのは照れくさいけど。
「僕の作品は、河瀬に、このカメラで撮って欲しいんだ。」
「・・・」
「うん。だからさ。これは、僕のわがままなんだ。」
押し黙る河瀬に、僕の宝物を差し出す。ちょっとクサいかもしれないけど。
この言葉は、僕の本心だ。
河瀬は、少しの間、僕のことを見て。
そして笑顔でこう答えた。
「・・・ありがとう。」
河瀬はカメラを受け取って、大切そうに抱える。
「でも、まだ私、監督を諦めた訳じゃないから。」
そういって胸を張る河瀬が、僕の親友が、なんだかちょっと可笑しくて、笑ってしまった。
「アハハハハっ。」
少しだけポカンと僕の顔を見たあと、河瀬も一緒に笑い出す。
「ふふっふふふっ。あはははっ」
二つのシルエットが、夕日に包まれ、笑っていた。
「よし。出来た!」
力作とは、こういうときにこそ使う言葉かもしれない。
あのあと、家に帰り、そのまま執筆を再開した。
流石に夜ご飯はしっかり食べましたよ。ええ。だってお腹すくもの。
このシナリオで、僕は勝負に出る!
そして寝る前に、窓の外を眺めた。
空の黒は、もう、少しだけ青く輝きを取り戻しつつあった。