二人の分岐点
企画会議からの一週間、僕は作品を膨らませ、プロットにしていった。
そして今僕は、フィルムクラブの席につき、会議が始まるのを一人待っていた。
ちなみに、今河瀬は、宮川さんと話している。
「だから、そんなことありませんって!」
ふと、急に河瀬の声が、室内に響き渡った。全員が川瀬と宮川さんの方を見る。
気まずい雰囲気の中、伊丹さんが急に、さっきの川瀬よりも大きな声で、茶化すように言葉を発した。
「おい宮川!お前、なにこそこそ口説こうとしてんだ?見損なったぞ!」
すると、それに続いて、溝口さんもシャドウボクシングのようなジェスチャーをしながら言う。
「河瀬、嫌だったら殴っていいんだぞ。」
二人の言葉で、場の空気はなんだか少しだけ和んだ。
「すみません、そういう訳じゃないです。」
誤魔化すように笑って、河瀬が僕のとなりの席につく。
「河瀬、どうしたんだ?」
「・・・いてよ。」
「え?なに?ホントにどうかしたのか?」
「だから、ほっといてよ!!私の気も知らないで!!」
河瀬がガタンと立ち上がり、大声で叫ぶ。また、メンバーの視線が河瀬に集まる。
「ご、ごめん・・・。」
「石井くんには、付いていけないよ。」
河瀬がとても小さな声で呟き、席に座り直したところで、溝口さんがパンパンと手を叩き、会議を始める。
「はい!じゃあ、始めるぞ。」
皆、自分の手元を見る。各々の手元には、僕、河瀬、そして伊丹さんのプロットが用意されていた。
しばらくの間、全員が手元のプロットを読む。
予定通りなら、この会議が最終となり誰の作品を作るかが決まる。
少しの沈黙のあと、溝口さんが口を開いた。
「・・・個人的にはな、プロットを見ても伊丹のがいいと思う。よく現代社会の人間というものが風刺されてるじゃないか。」
続いて、本多さんも意見を出す。
「そうだね。ただ、石井くんのはね、伸びしろがあると思うんだよね。」
そこで、会議が滞ってしまう。
少しすると、溝口さんが内田に話を振った。
「内田!なんか、無いか?」
内田が、あわあわっとして答える。
「ええ!?そんな、三人ともいい作品ですよぅ。」
「ぼんやりと包み隠さず自分の意見を言え。」
「うっ・・・」
伊丹さんがぴしゃりと内田につっこむ。内田は言葉に詰まって黙ってしまった。
つーか、伊丹さん怖ぇ・・・。
すると、河瀬があの、と話を切り出す。
「えっと、私のはどうですか?」
「そうだな、うーん、悪くはないんだが、いまひとつ、パンチが足りないなぁ。」
「世界観は面白いと思うよ。うん。ただ、所々詰めが甘いんだよね。」
溝口さんが本田さんの言葉にこくこくと頷く。その言葉を聞いて、河瀬がガックリと肩を落とす。
「俺のはどうです?良いって言っても、問題点はありますよね?」
伊丹さんが、三人に質問をする。
「ああ、それはだな、冒頭で起きる事件のことだが、これが大分重すぎる・・・。主人公の行動原理になっているのは解るんだがなぁ。」
「そうだね。あと、移動のときの描写をどうするかっていうのとかね。」
「撮影をするに当たっては、特にロケ場所さえ確保できれば問題はないと思いますよ。」
溝口さん、本多さん、宮川さんの順で伊丹さんに意見を言う。
伊丹さんは手帳にそれをメモしていく。
あの人って、結構真面目なのかも。人の助言はしっかりと聞くのか。。。第一印象よりは悪い人ではないかもしれない。
「技術をやろうかな・・・」
ふと、河瀬がポソリと、こんなことを言い、深呼吸をした。
手を高く、そして真っ直ぐ挙げる。
「どうした?」
溝口さんがそれに気がついて、河瀬に声をかける。
「私は、企画レースから降ります。」
河瀬の透き通った声が、メンバーの視線を引き付ける。
僕は、驚きのあまり思わず彼女にこう言った。
「なんで、いきなり・・・?」
河瀬は、溝口さんに説明を始める。
「私は、私は本当は、企画をやりたいです。でも・・・」
河瀬は、少し俯いて、言葉を繋げる。
「本多さんが言うように、随所の爪の甘さは自覚しています。だから、」
そして、前をキッと向いて、決意を固めたようにこう言う。
「だから、経験を積みます。他の人の作品に携わって、経験を積みます!」
僕はとても驚いた。
正直、河瀬がレースから降りるとは思っていなかったし、そんな可能性にすら気がついていなかった。
僕の反応とは裏腹に、溝口さんはとても冷静に答える。
「ああ、構わない。それでも。いいと思う。で、今回はこれから何をやるんだ?」
河瀬は、宮川さんの方に向き直る。
「宮川さん、その、さっきはすみませんでした。宮川さんの、おっしゃる通りでした。」
河瀬は、すぅっと息を吸って、言葉を吐き出す。
「・・・だから、私にカメラを教えてください!」
頭を大きく下げる。
しばらくの沈黙のあと、宮川さんはニッコリと笑って承諾する。
「わかりました。一緒に、カメラをやりましょう。」
宮川さんの言葉に再度深々と頭を下げる河瀬。宮川さんと握手をして、席に戻る。
「うん。これで、伊丹と石井の一騎討ちになったな。」
溝口さんが、話を先に進める。
「それで、二人のどちらになるんですか?」
「そうだな・・・本多、どう思う?」
「まあ、現時点じゃあ、伊丹君の方が優勢だね。」
「そうだな。今現在、紛れもなく伊丹の優勢だ。」
内田の質問に答えた溝口さんと本多さんに、僕はつい、声をあげてしまう。
「そんな・・・!僕の企画の、どこがダメなんですか?」
ふう。と、本多さんが答える。
「まずね、君の企画は、この国の暗部を描こうとしているようだから、社会派でシリアスなものを狙っているね?」
「はい。」
「それだと、伊丹君のものと被ってしまうんだよ。そうすると・・・キャリアもあるんだろうけど、それを多目に見たとしても、伊丹君の方が良い。」
何も、言い返せない。
本多さんはさらに僕に追い討ちをかける。
「あとね、オチがちょっと、よろしくないね。暗部を見て安心するということは、下には下がいることに甘んじるってことだからね。」
「いえ!決してそういうわけでは・・・」
「君はまだわからないのか?」
僕の言葉を、冷たい声が遮る。
伊丹さんだ。彼は、その言葉を続ける。
「作り手がどう考えていようが、受け取る側がそう受け取ってしまえば、その作品はそうなってしまうんだ。」
「・・・」
「そうだ。ほとんど二人の言う通りだ。」
納得がいかないと思っている僕に、溝口さんが説明をする。
「だから、こうやってみると、お前と伊丹の間には大きな差がある。大きな、作品への取り組み方の差がな。」
大きな、差。
「厳しいことを言うかもしれないが、制作者の説明がないと伝わらない映画なんて、いい映画になるわけがない。わかるな?」
でも、僕は・・・
「じゃあ。お二方とも、さっさと決めてしまいましょう。」
「そうだな。今回の作品は、伊丹の・・・」
「待ってください!!」
諦めきれない。
こういうのが往生際が悪いって言うのかもしれないけど、諦めたくなかった。
ここで、諦めたくなかった。