ようこそ。
放課後。
僕らは、チラシの地図を頼りに、人気の少ない道を歩いていた。
「あ、それ、例のカメラだよね?」
「うん。そうだけど。今日、使うかなって。」
河瀬は、僕の言葉を少し考えてから、少し不機嫌そうにこう言った。
「・・・それって、私がいなくても一人で行こうとしてたってこと?」
ギクッ
「いや、だって、もともと河瀬を誘おうって思ってなかったし・・・」
「・・・」
僕が弁明をするも、河瀬はプイッとそっぽを向いてしまった。
何か不味いことを言ってしまったのだろうか?
って、あれ?
「なあ、河瀬、フィルムグラフって、あそこじゃない?」
地図の示す位置にたどり着いた。
どうやら、廃校のようだ。
校舎内に入ると、掃除が全くされてないようで、少し埃っぽい。
その上に夕方になり少し暗くなっているのもあり、何か出そうな気がする。
いや、絶対になんか出るよココ。
きっと道を間違えた。うん、そうに違いない。
「か、河瀬?本当にここであってるのかなぁー?」
「そんなに戸惑うことないじゃない。行こーよ。」
あ、ノリノリでいらっしゃる。
「えーっと、二階の階段奥・・・あ、そこじゃない?」
河瀬が部屋のドアに手をかける。
おそらく、もともと部室として使われていた部屋なのだろう。
「あー、ちょっと待った。なんか不安になってきたぞー。思ってたのとちょっと違う。」
「ねえ早く行こうよー。」
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
・・・行くか!
「よし、じゃあ行こ・・・」
ドアを開けようとすると、昨日見たのと同じようなゾンビが出てきた。
「うわっ!!」「きゃっ!」
「お、お前、昨日の・・・!」
「え?え?知り合い?」
「そんなわけあるか!」
目の前のゾンビに混乱して目の前のゾンビをほったらかして一通り混乱したあと、ゾンビがこちらをじーっと見ているのに気がついた。
「いっしー先輩?」
「はぁ!?」
しゃ、喋った!?
あ、いや、ゾンビが喋るのはあるかもしれない。だってゾンビは創作物のなかでしかしらないからえっと・・・
「えっ!?や、やっぱり知り合い?」
ちょっ、河瀬!そんな目で見るのはやめてくれ!
悲しくなる!その視線は悲しくなる!
「それに河瀬先輩!」
「えぇ!?」
僕らの反応を少し楽しんだあと、ゾンビは自己紹介を始めた。
「内田ですよぉ~!中学のとき、先輩方の後輩だった、内田です!」
二人して、"自称うちだ"のゾンビを観察する。
良く見ると、ロングストレートに小柄な身長、顔立ちも、少し見覚えがある。
間違いない。
彼女は、中学時代の後輩だった・・・
「言われてみれば、内田さんかも!」
河瀬の言葉に、にっこりとするゾンビこと内田。
「じゃ、じゃあ、昨日のあれって・・・」
僕がそう切り出すと、内田は、えへへっと笑って、
「すいません。あれは私じゃあないんですけどね・・・。まあまあ!とりあえず先輩方、お茶は出ませんがとりあえず中に入ってください!」
ぐいぐいと内田に部屋の中に押し込まれる。
すると、室内には、見たこともないような専用の撮影器具がところ狭しと並んでいた。
その他にも、天井から戦闘機のプラモデルが吊るされていたり、山積みのやたら難しそうな分厚い海外小説や写真集などがあると思えば、その横にある本棚には綺麗に整理整頓された文芸書が置いてあったり、絵の道具や裁縫セットなどの作業道具が整理された机に置かれていたり、かと思えばポップな感じの縫いぐるみや流行りのものから古い漫画等々。
この部屋には、全くもって統一感と言うものを感じられない。
正直、今まで16年と少し生きてきたなかでこんな異質な空間は初めて見た。
「新しい、人達ですか?」
僕と河瀬が唖然呆然としていると、この空間には似合わないような、良識がありそうな青年が話しかけてきた。
「はい!その通りですよ宮さん!」
内田には『ミヤさん』と呼ばれているようだ。
僕らが会釈をしようとしたら、内田が部屋の奥に引っ張ってきた。
床に置いてあった本に躓きそうになる。
「グッチーさ~ん、お約束の方々で~す!」
すると、部屋の奥の方で座って本を読んでいた女性が顔を上げ、こちらを見る。
「おっ、本当に連れてきたな。じゃあ二人とも、ここに座って。」
とても事務的と言うか、眈々と前の席に座るように促してきた。
「なにか手伝うことありますか?」
「内田。お前はその不気味なメイク、落としてこい。」
内田にバッサリとツッコミを入れる。
「はーい。」
内田がとぼとぼと縫いぐるみの席に歩いていった。
どうやらあのメイク、なかなか気に入っていたらしい。名残惜しそうに血糊を拭き取っていく。
・・・内田のか。あの変なぬいぐるみ。
なんか納得。
内田の処理(?)をし終えると、僕らの方に向き直って、またもや眈々と話始めた。
「はいじゃあ、質問一。名前と学校。」
「あ、えっと、県立第一高校の、石井 一です。」
「同じく河瀬 夏希です。」
僕らの自己紹介を聞いて、内田が『グッチーさん』と呼んでいた人物は手元の手帳にメモを取っている。
「じゃあ、最後の質問。」
「え?もうこれで最後ですか?」
河瀬が、驚いたように言った。
「そうだが。なにか?」
「い、いえ。。。」
そして、ふう、と一息ついて『グッチーさん』なる人はこう言った。
「"映画を作る意欲"はあるか?」
そんなの答えは決まっている。
「もちろんあります。」
「私もです!」
すると、目の前の女性はにっこりと笑って
「はい合格。じゃあ私、溝口と言います。よろしく。」
「あっお願いします。」
溝口さんか。
ここのボス的存在なんだろうな。
それと、さっきから気になっていたことなんだけど。。。
「えっと、なんか、戦闘機のプラモデルとか多いですね・・・」
僕が質問すると、溝口さんは呆れたように、
「あ、ああ。それ本多のやつだ。」
すると、横から一人の青年が目をキラキラさせて首を突っ込んできた。
「ねぇ君!戦闘機に興味があるのかい!?」
おそらく、この戦闘機の持ち主だろうか。
「え、いや、別に。。。」
「あっ、そうなんだ。」
僕がそう答えると、ガッカリしたように部屋の隅に歩いていった。
なんか内田に似ている。
「確かお前の家にゾンビの格好で行ったのはあいつだ。」
「えっ!?」
溝口さんは本多さんに
「そうだよな?」
と、問いかけた。
「うん。そうだよ。いやでもね、もう少し血糊の完成度を上げたかったかなぁ。いやぁ、鉄分を入れればもう少し本物みたいになったのかもしれないけどでも処理が大変そうだし他の方法を今・・・」
僕が驚きの顔で彼のことを見ると、どうやら自分の世界に浸ってしまっているようだ。
「えっと、溝口先輩、あの・・・」
河瀬は本多さんの話には興味がないのか、溝口さんに話を切り出した。
「おっと、ここで先輩はなし。学校じゃないから。」
「はい。溝口さん。」
そこへ、話を遮るように先程僕らに話しかけてきた良識がありそうな青年が自己紹介をした。
「僕は宮川と言います。よろしく。」
そして、宮川さんは僕らに握手を求めてきた。
「よ、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
『宮川』だから、『ミヤさん』。『宮さん』か。
などと僕が考えていると、宮川さんは河瀬の肩から掛けているカメラバッグを指差して、
「ねえ君、それ、カメラだよね?」
と言った。
「え?あ、はい。そうですけど、私のじゃあないんです。」
「と、言いますと?」
「これは、横にいる彼の、石井くんのを預かっていて。」
「なるほど。良いカメラをお持ちですね。」
なんだか、やはりこの人は礼儀正しい。
もしかしたら、今のところの感想ではあるけど、このフィルムクラブでは一番マトモな人かもしれない。
「あれー?おっかしいな。」
すると、後ろから内田の声が聞こえてきた。
「皆さん、伊丹さん知りませんか?さっき来たときはいたのに・・・」
どうやら、あと一人、メンバーがいるらしい。
「伊丹君なら、さっき川に釣りに行くと言ってましたけど?」
宮川さんの言葉に、溝口さんがやれやれと言ったような顔をした。
「おい内田。」
「はい?」
「伊丹呼んで来い。企画の話するから。」
「ハーイ。了解ですっ。」
内田は部屋の外へと歩いていった。
「ふう、企画と言えば、本多、お前今年もまた特撮撮ろうとか言い出すんじゃないだろうな?」
この溝口さんの言葉が、皮切りだった。
「もちろん。特撮こそが!日本映画だ。」
それに溝口さんはムッとしたように反論する。
「お前みたいな戦闘機や戦艦がどしどし出てくるものは所詮は娯楽映画。もっと美しくできないのか?」
「映画は娯楽だろう?完璧さや芸術を追求するのなんて、美しいだけだ。無意味だよ。」
「なんだと!?だいたい、お前のような作品はな、役者達が道具の影に隠れてしまって役者の良さを殺しているじゃないか!」
「それを言ったら、君みたいに完璧主義すぎのも僕はどうかと思うけどね?あんなんじゃあ、演じる方のやる気が出ないよ。個性を殺してるのはどっちかな?」
「なに!?お前、私の作品を侮辱する気か!?」
「始めたのはそっちだよ。それとも、やるのかい・・・?」
「ああそうだとも、上等だ・・・!」
宮川さんは笑顔を崩さず、やれやれとした顔でその二人を見ている。
流石にそろそろ止めた方がいいのではないか。
そう思ったとき、扉が勢い良く開いた。
「伊丹さん、すぐ外にいましたよ。」
内田に引っ張られて、黒基調の服装をした、ボサボサに髪を長くのばした長身の男性が入ってきた。
おそらく、彼が伊丹さんだろう。
伊丹さんは、僕と河瀬をぼんやりと眺めたあと、ずかずかと部屋の奥へと歩いていった。
丁度、やたら難しそうな本が山積みな辺りだ。
あれは、あの人のだったのか・・・
「先輩方、ちょっと。」
内田がさっきのところ、溝口さんのところに手招きをする。
僕らが揃うと、溝口さんは、僕らに彼のことを紹介し始めた。
「えっとだな、まずこいつが伊丹だ。自分じゃあ、絶対に自己紹介をしないやつだな。」
「よろしくおねが「君は、」
僕が挨拶をしようとすると、彼に遮られた。
そして、とても冷たい声で続けた。
「・・・面白い映画が撮れるのか?」
それが、伊丹さんから聞いた、初めての言葉だった。