93 〈現夢〉で蠢く死の病
エメロードの様子がおかしい。
額に汗を掻き、苦しそうに眉を寄せている。呼吸も乱れ、苦しそうだ。
「エメ、どうした!?」
「マスター、何か変…」
こんなエメロードを見るのは初めてだ。懸命に身体を起こそうとしているが、上手くいかずに俺に寄り掛かったまま、苦しそうに喘いでいる。
「ちょっと、どうしたのよ!?」
シシーシャが慌ててメイドを呼び、医師を呼ぶように命じる。フェリーチェも何が起きたのかと驚きの表情だ。
俺はハッとして、立ち上がるとエメロードをソファに寝かせる。マグダレナもそれに合わせて場所を開けた。俺はハッとする。
「エメ、悪いけど、服を脱がすよ」
「うん…」
エメロードに断りを入れるや否や、俺は彼女の上着を脱がしていく。フェリーチェが慌てて視線を逸らし、シシーシャが心配そうに見守る中、丁寧に脱がしていく。
嫌な予感がする…。
嫌な予感程、得てして当たってしまう。開けられ、汗を浮かべながら苦し気に上下するエメロードの胸には、黒々とした鱗のような紋が浮かび上がっていた。
「これって…」
「ああ、〈黒鱗病〉だ…」
まさか、エメロードが罹患するとは…。俺は予期せぬ状況に唇を嚙み締めた。
ドラゴンであるエメロードは、ゴブリンとは比べ物にならないくらい、毒や病気に対して強い抵抗力がある。俺達の中で最もレベルの低いワルワラが大丈夫だったので、問題ないと思っていたのだが、その安心が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
「何でエメが〈黒鱗病〉に!?」
「分からない。けど、これで何としてでも原因を探って、解決する必要が出て来たな…」
エメロードが罹患するということは、大抵の者が罹患する可能性がある、ということになる。どういった感染経路で罹患するのか分からない以上、迂闊にエメロードを動かすことは危険だった。
「エメ、合一できるかい?」
「…ダメ、上手く出来ない…」
服を戻し、首元だけは緩めて俺はエメロードに優しく問いかける。返って来たのは、力ない否定の言葉だ。俺は頷くと、安心させるようにエメロードの頭を撫でる。
「まさか、エメロード殿が罹患するとは…。ヴァイナス殿、貴方は大丈夫なのですか?」
「ええ。俺は検査された時には罹患していませんでした。マグ、君は大丈夫かい?」
「ええ。特に体調に変化はないわ」
強がりもないし、大丈夫そうだ。恐らくスマラも大丈夫だろう。潜伏期間があれば分からないが…。
「ドラゴンであるエメロードさんが罹患するとなると、大抵の人は罹患する可能性がある、ってことになるわね」
シシーシャが心配そうに眉を寄せながら呟いた。今この場にいる者は全員、罹患の可能性がある。
サロスの街の住人や、イオンたちが罹患することを考え、俺は即座に首を振り、その考えを振り払う。
「俺達だけで、何とかするしかない…!」
「そうね、原因を取り除けば、きっと治るわよ」
「マスター…」
不安そうに見つめるエメロードに微笑みかけ、俺は安心させるように頬を撫でた。エメロードは撫でる俺の手に掌を重ね、微笑んだ。
「エメ、今はゆっくり休んでくれ。大丈夫、何とかしてみせるさ」
「うん。マスター、信じてる…」
まったく次から次へと、どうしてこう俺には難易度の高いクエストばかりが立ち塞がるのか…。
掌から伝わる熱と、エメロードの浮かべる儚い笑顔に、俺はル=グルゥの街を蝕む病を取り除くことを改めて決意した。
「スマラ、どういった病気か解かるか?」
「ちょっと待って、調べてみる」
ガデュス達を呼びに行っていたスマラから念話が入り、俺はエメロードが〈黒鱗病〉に罹患したことを伝えると、すぐさま【転移】の魔法で飛んで来た。
スマラはエメロードの枕元に飛び乗ると、〈鑑識眼〉の力を使って調べ始めた。スマラの成長と共に、〈鑑識眼〉の効果も成長し、調べることができる事柄が増えていた。その中には、対象の状態に関する事柄も含まれている。
これで治療法も判明すれば良いのだが…。正式や病名などが分かれば、そこから治療法が分かるかもしれない。
「ちょっと、これって…」
「どうした?」
スマラがそういって言葉を止める。考えを止め、俺が聞き返すと、
「ヴァイナス、これって病気じゃない。何かの『呪い』よ!」
呪い? スマラの言葉に首を傾げてしまう。〈黒鱗病〉は病気じゃなくて呪いなのか?
周囲を見渡しても、やはり俺と同様に疑問の表情を浮かべている。
「私の〈鑑識眼〉に間違いがなければ、〈黒鱗病〉は病気じゃなくて呪い。だから治療薬では治すことができない」
たとえ〈万能薬〉であってもね。スマラはそう言って苛立たしそうに前肢で顔を洗う。呪いということは、街を出れば解除される?
「いえ、恐らく無理よ。今はル=グルゥではなく、サロスの街でしょ? それなのにエメはこの状態。この種の呪いは、一度発動すると、解呪されるまで効果を発揮する。何があってもね」
この場合は『死』ということになると思うけど。スマラの言葉に俺は思わず唸ってしまう。
何故エメロードが呪いを受けたのかは分からないが、事実、呪いが掛かっているのは間違いない。大事なのは、呪いの原因を突き止め、取り除くことだ。
「それならば、まずは【解呪】か」
「そうね。その前にシェアト達を呼びましょう。彼女達なら何か知ってるかもしれない」
「俺達が動き回って、呪いが拡散したりしないか?」
俺の疑問にスマラは首を振る。
「この手の呪いは、発生源に直接関わらないと受けないものよ。ル=グルゥの街に行ってなければ大丈夫」
スマラの言葉に頷くと、俺は【転移】の魔法を使い、シェアトの神殿へと飛んだ。
シェアトは神殿の彼女の部屋で机に向かっていた。俺が突然姿を現したことに驚いていたが、すぐに微笑み、
「あら、帰って来たのですね」
と言って俺を出迎えてくれた。俺は帰りの挨拶を済ませることもなく、シェアトの手を取る。
「え? どうしたのです? そんな、まだ日も高いというのに…」
頬を染めつつ上目遣いに俺を見るシェアトを引き寄せ、再び【転移】の魔法を使う。続いて向かったのはマフデトの神殿だ。
「おや、帰りましたか」
口元に小さく笑みを浮かべたマフデトの手を取るや否や、俺は再度【転移】の魔法を使い、エメロードの元へと戻る。
「ヴァイナス、一体どうしたのです? 二人同時にとは久し振りですけど…」
「我としても吝かではありませんが、いきなりとは…」
二人は何を勘違いしているのか、俺の手を抱き締めるように抱え込むと、そのまま顔を近づけてくる。
「悪いが、緊急事態なんだ。二人とも、この呪いが何か分かるか?」
二人を強引に引き剥がすと、俺の態度が気に障ったのか、頬を膨らませて睨みつけてくるが、周囲を見渡し、ベッドで苦しむエメロードを見つけると、状況を理解したのか、表情が変わった。
「申し訳ありませんでした。少々見苦しい姿をお見せして…」
「申し訳ない」
「いや、謝る必要はないから、エメに掛けられた呪い、何か分からないか?」
俺の言葉に、二人はエメロードに近づくと、手を翳して何かを調べている。
「確かに『負』の力を感じます。かなりの強さを感じますが、どうしてこのような状態に?」
俺は二人にこれまでのことを説明する。二人は頷くと、
「成程、分かりました。確かに強い力ですが、私達の力があれば、呪を祓うことは造作もないことです」
「すぐに解きますから、安心してください」
と言って微笑んだ。俺は安堵のため息をつく。流石女神様だ。普段はそう感じることは少ないが、こういった時には神様なんだなぁ、と感じられた。
二人はエメロードの胸の上に手を翳すと、掌から強い光が放たれる。その光に包まれたエメロードの呼吸が落ち着き、苦し気に歪んでいた表情が安らかなものに変わる。
「さあ、これで大丈夫…」
解呪を終えたシェアトが俺に向かって笑顔を向ける。だが、その笑顔が不審げに眉を寄せ、再びエメロードへと視線を向けた。
俺も視線を追い、エメロードを見る。
そこには、再び眉を寄せ、苦し気に悶えるエメロードの姿があった。
「何故!? 確かに解呪した筈…!」
「間違いない。呪いを消し去った手応えはあったのに…」
戸惑う二人の女神。俺はそっとエメロードの胸元を開き、そこに黒々とした『鱗』が健在なのを確認すると、首を振る。
「呪いは解けていないようだ」
「そんなはずは…。確かに解呪できたのですよ!?」
俺の言葉に、シェアトは嘘は言っていないと首を振る。マフデトも頷いている。それならば、何故エメロードの胸に黒鱗が?
「…もしかしたら、再び呪いを受けたのかもしれない」
スマラがいきなりそう呟いた。
「どういうことだ?」
「理由は分からない。でもエメロードが再び呪いを受け、苛まれるということは、何度【解呪】をしても意味がない、ということ」
「それは、治す手段がないってことか!?」
俺の言葉にスマラは首を振る。
「そうじゃない。呪いの『原因』を何とかしなければ、呪いは継続するってこと。そして、呪いの原因は…」
「地下水道、だな」
俺の言葉に、スマラは頷く。
結局、原因を解決するしかないってことだ。
突如街に広がった呪い、そして〈迷宮〉化した地下水路。どう考えても、原因は地下水路にあるとしか思えない。
あの謎の触手の主が原因であれば簡単なんだが…。俺はそれで思い出し、〈全贈匣〉から回収した触手を取り出して、床に置いた。
「これは?」
「さっき話した地下水道で襲って来たやつの触手だよ。斬り落としたら、こうなった。この触手の主が原因とは考えられないか?」
俺がそう切り出すと、皆はそれぞれに触手を調べ始めた。
「この破片? からは特にそういった感じはしないけど」
「ル=グルゥに漂う嫌な気配は感じないわ」
スマラとマグダレナの言葉に、
「私達にも分かりませんが、原因とは関係がなさそうですよ」
とシェアスとマフデト。
ちっ、そう簡単にはいかないか…。
俺はため息をつく。すると、フェリーチェが、
「この状況ですと、罹患者をこの街に運んで解呪しても意味がないということですね」
と言い、シシーシャが、
「まずは原因の根本的な解決をしないと、ね」
と言った。俺は二人に頭を下げる。
「済まない。俺の浅慮で二人を巻き込んでしまった」
「気にしないで。こんなことは予想できないし、感染地域が広がっていけば、帝都だって巻き込まれる可能性だってある。そうなれば、他人事とはいえないもの」
「このまま広がって行けば、北大陸全土に及ぶ可能性もある。そうなる前に、対策が打てると考えれば良いのです」
二人の言葉に、俺は再度頭を下げた。
「私は陛下に報告してきます。何らかの形でル=グルゥの街に交渉を持ちかけることになるでしょうから、ヴァイナス殿、申し訳ないがその時は私をル=グルゥの街に連れて行って下さい」
フェリーチェの言葉に頷く。
「私は罹患者の受け入れ準備を進めておくわ。ル=グルゥの街とサロスの街を繋ぐ可能性もあるし、最悪、帝都とサロスを切り離す可能性もあるしね」
シシーシャはそう言って微笑む。この辺りの切り替えの早さは、流石だな。俺は頷きを返すと、もう一度エメロードの頭を撫でる。
「私達も解呪に備えておきますわ」
「姉様、我はヴァイナスと共にル=グルゥの街に行こうと思う」
マフデトの言葉に、シェアトは首を傾げる。
「抜け駆けですの?」
「何を馬鹿なことを…。エメロードをサロスの街に置いていては、呪いの進行が早まる可能性があります。それならばル=グルゥに居た方が良いですが、ヴァイナスが探索を行う以上、誰か看ておく者が必要でしょう? 我ならば解呪を行うこともできるし、対応もし易い」
姉様と違って、信者も少ないですし…。最後に自虐的な一言を残し、苦笑を浮かべるマフデト。シェアトは頷く。
「分かりましたわ。こちらは私にお任せなさい。ヴァイナス、宜しくお願いしますね」
「了解した。マフが来てくれるなら心強いよ」
俺がそう言って微笑むと、シェアトとマフデトも微笑みを返してくれる。
「それなら、皆にも伝えておかないとな」
「私が言ってくるわ。此処に集まれば良いのでしょう?」
俺の言葉に、スマラが【転移】の魔法を使い、姿を消す。急に慌ただしくなった状況に、流されないよう気を引き締めると、皆の到着を待つため、エメロードの手を握りつつ、静かに目を閉じて待つことにした。
来客用の寝室に移されたエメロードの元に、皆が集まり声を掛ける。エメロードは苦し気に息を乱しつつも、微笑みを浮かべて頷いている。
「ヴァイナス、こうなったら、俺達も協力するぜ」
止めないよな? と言うゼファーに、俺は頷きを返す。
「ヴァイナス、私も行くわよ」
「ヴィオ、君は…」
止めないで。ヴィオーラはそう言って首を振る。
「もしここで動かずに、エメが死ぬようなことになれば、それこそ後悔してもし切れないわ。未踏査の〈迷宮〉であれば、手はあればあるだけ良い。絶対に、呪いを祓うわよ!」
ヴィオーラの剣幕に、俺は内心ため息をつくが、仕方がないと頷いた。本当はイオンと共に、大人しくしていて欲しかったのだが。
「主殿、我らもお使いください」
ガデュスがその場に跪き、胸に手を当ててこちらを見上げる。エウジェーニア達もそれに続く。
「…そうだな。宜しく頼む」
俺が頭を下げると、ガデュスは立ち上がり、最敬礼を取る。
「お任せくだされ! 我らが戦のみならず、お役に立てることをお見せいたします!」
盟友エメロード殿の為に! ガデュスがそう言って拳を突き上げると、ゴブリン達もそれに続いた。
「貴方達、気合が入っているのは分かるが、衰弱している者の前で、あまり騒ぐものではありませんよ」
そう言って姿を現したのは、フェリーチェと近衛騎士を伴った皇帝だった。俺達はその場で膝を着き、首を垂れる。
「今は危急の時です。礼儀など不要です」
皇帝の言葉に、俺達は礼を解く。
「フェリーチェから聞きました。ル=グルゥの街には、帝国の名で援助と協力を申し出ます。私は南部に侵略戦争を仕掛ける気はありません」
今までの進出も、圧政に苦しむ民の声に応えたまでです。結果として領土が拡大しましたが…。そう言って苦笑を浮かべる皇帝に、俺は頷きを返す。
「ですが、受け入れてくれますか?」
「このような状況で、意地を張るのは為政者として失格です。もし、受け入れないのであれば、その時は強制的に介入します」
皇帝はそう言って微笑むが、その笑みは獅子の如き圧を持つ。これ真に皇帝也。俺は内心の畏怖を隠して頷くしかなかった。
「陛下、私はこのままヴァイナス殿と共にル=グルゥの街へ向かいます」
「お願いします。評議会への書状を届けてください。評議長のレキウス殿は理性的な方。きっと受け入れてくれるでしょう」
皇帝の言葉に、フェリーチェは最敬礼で応じる。俺達は皇帝やシシーシャ、シェアトの見送りを受けながら、ル=グルゥへのゲートを潜った。
「ヴァイナス様、掃除が終わりました…、あれ、皆さんお揃いでどうしたんですか!?」
ゲートを抜けると、あらかた掃除を終えたワルワラが、エメロードを横抱きにした俺に続いて現れた皆を見て、目を丸くしている。だが、俺の腕の中で苦し気に眉を寄せるエメロードを見て、慌てて近づいて来た。
「エメが〈黒鱗病〉に罹患した」
「えっ!?」
驚くワルワラに、俺は状況を説明する。ワルワラは頷くと、
「分かりました。あたいも御伴致します!」
と瞳に決意の光を漲らせた。
「済まない。こうなった以上、被害を拡大しないためにも、早急に解決しないとならない。俺達で、原因を取り除くんだ」
「「「了解!」」」
俺は皆に頭を下げ、原因の解決を宣言する。それに唱和した皆と改めて頷き合うと、まずは情報収集を行うため、看病のために残るマフデトを残すと、街へと繰り出すのだった。
「予想以上に深刻みたいね」
「そうだな。街としては『死んでる』のと変わらない」
俺達は街を巡り、情報を集めて宿屋へと戻った。幸い、街はダンジョン化していなかったようで、俺はワルワラの案内の元、様々な場所を訪ねて情報を集めた。
その結果分かったことは、住人は誰も〈黒鱗病〉について、詳しいことは知らないということと、物流が止まり、従事する者が減ったことで、住人はその日を生きるのがやっとの状態になっていることだ。
フェリーチェは評議会に向かい、交渉を行っている。俺達は宿の一階を占領して、情報の確認を行っていた。
「全く、急に大勢で押し掛けやがって…」
「すいません。何分、他に当てがなかったもので」
「別に構わん。どうせ営業にならないんだからな。あんた等がこのクソッタレな病を何とかしようと、頑張っているのは分かる。大したことはできないが、俺に出来ることなら協力するよ」
宿の主人の言葉に、俺は深々と頭を下げた。
「それで、結局のところ、どうするんだ?」
「地下水路を探索するしかない。水路自体の大きさはそれ程でもないから、大人数で纏めて動くのは効率が悪い。チームを分けて探索しよう」
「なら、俺と一緒に行くのは…」
「わたし!」
ゼファーの言葉に即座に反応したのはキルシュ。だが、ロゼ達の視線はゼファーにではなく、俺に注がれている。
「ああ、その、悪いんだけど、ロゼ達もゼファーと一緒に探索してくれ」
俺の言葉に、あからさまに落胆の表情を浮かべるロゼ達。それを見てガクリと肩を落とすゼファー。キルシュはそんなゼファーをよしよしと慰めている。
「ゼファーとキルシュは探査系の行動は苦手だからな。ジュネには付いて行ってもらわないといけないし、ダンジョン探索を一緒にやってて、息も合っているだろうから」
「私とヴィオーラは一緒に探索してませんよ?」
「それでも、パーティのバランスを考えたら、一緒にお願いしたいな」
「…分かりました。頑張って原因を究明します」
その代わり、次こそは一緒に探索ですよ。そう言って微笑むロゼに、俺は頷きを返した。
「それで、貴方はどうするの? …まぁ聞くまでもないんでしょうけど」
「俺はスマラとマグダレナと組んで探索する。客観的に見て、それでも戦力的には最も高いからな」
俺の言葉に、ヴィオーラはやれやれと首を振る。
「主殿、我らは?」
「ガデュス達も纏まって探索をしてくれ。ヴィオやジュネに鍛えられているのは知っている。期待しているよ」
御意! ガデュスはそう言って胸に手を当てる。
「探索に関しては、許可証が必要になるから、探索を始める前に取りに行こう。夜間は探索できないから、準備を整えて明日の朝から開始だ」
「それなら、一度サロスに戻るか?」
「皆は戻っても良いぞ。俺はエメが心配だから、こっちに残るけど」
もし呪いが時間経過で進行するなら、エメロードサロスに戻すと、呪いの進行が早まる可能性があるからな。不便でもル=グルゥで看病するしかない。
「そうか。なら交代で看病するか?」
「そうだな。そうしてくれると助かる」
「皆、ゴメンね…」
エメロードが済まなそうに首を竦める。ゼファーが笑顔で首を振る。
「エメは気にするな。今は耐えることだけ頑張れば良いのさ。俺達がすぐに呪いなんて祓ってやるよ」
そう言って親指を立てるゼファーに、エメロードは安心したように目を閉じる。
「それじゃ、俺達は先に休ませてもらうぜ。また後でな」
「ああ」
俺とマフデト、膝の上のスマラとエメロードを残し、ゼファー達はゲートを通り、サロスの街へと戻る。
俺は用意したベッドの脇に腰を降ろし、エメロードの様子を見守っている。
エメロードは薄っすらと目を開けると、俺に向かって、
「マスター、お願いがあるの…」
「何だい?」
「手を握って欲しい…」
そう言っておずおずと差し出された熱の籠った手を、俺はそっと握り締めた。
「今はゆっくり休んで、気をしっかり持つんだぞ」
「うん…。マスター、元気になったらお願いがあるの」
「俺に叶えられることなら、な」
エメロードは小さく微笑むと、そう言ってお願いをしてきた。今まで自分から望みを言うことの少なかったエメロードの『お願い』に、俺は極力叶えてやろうと、しっかりと頷く。
「ありがとう。約束ね?」
「ああ、約束だ」
エメロードは目を閉じると、俺の手をギュッと握り締めた。その唇から小さな寝息が聞こえてくるまで、俺はエメロードの手を握り続けた。




