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92 〈現夢〉で伏せる水の街

「申し訳ありません。案内するはずが…」

「大丈夫。想定内、とは言わないまでも、こういった状況は慣れたものだから」

「そうそう。ヴァイナスと一緒なら、この程度のこと日常茶飯事よ」

「今まで、想定通りにいったことなんて殆どない」

「何があっても、マスターは乗り越えて来たよ」

 恐縮するワルワラに、俺達は声を掛ける。地下水道が、ワルワラの知るものとは異なっているのが分かり、改めてどうするかを話し合った。

 結局、街に入るには先に進むしかない、ということで、俺達は警戒しつつ先に進むことにした。

「それじゃ、後は念話でね」

 スマラはそう言って影に姿を消し、エメロードとマグダレナは合一する。ワルワラも気持ちを切り替え、

「先導します」

 と言って俺の前を歩き始めた。こうなった以上、探索に慣れた俺が先を進んだ方が良いのだが、ワルワラが経験することも大事だ。

 俺はいつでもフォローに入れるよう、準備をしつつもワルワラに先導を任せることにした。

 様々な異臭が入り混じった地下水路を、警戒しつつ進んで行く。

 この臭気では、嗅覚に頼ることはできないな。俺は視覚や聴覚、空気の流れで変化を感じようと、感覚を研ぎ澄ませていく。

 整備用に設けられた側道を、音もなく進んで行くと、やがて十字に交差する場所へと出た。

「さて、どちらに進むかな」

「街に出るのであれば、真っ直ぐ進む方が良いと思いますが」

 普通に考えれば、ワルワラの意見が正しい。だが、ワルワラの話では、道が変わっていたというのだから、まずはその痕跡がないかどうかを調べてみよう。

「ワルワラ、見覚えのある通路はあるかい?」

「すいません、見覚えはないです。この水路は街まで一直線だったんです。こんな十字路はなかったです」

 ワルワラの言葉を聞きながら、俺は周囲の壁を調べる。壁面の状態から、明らかにできたばかりのものとは思えなかった。サロスの街の下水道と比べても、遥かに古いということが分かる。

 ワルワラの記憶が間違いでなければ、これは明らかにおかしい。ということは…。

「これは、〈迷宮〉になってるな」

「え? ここが、ですか?」

 ワルワラが驚きに目を見開く。俺は頷くと、通路に何か違いはないか、もう一度周囲を探索する。

 下水道がダンジョン化したのには、理由があるはずだが、現状分かるわけじゃないな。街の封鎖に関係しているとは思うが、どういうことなのだろう?

 通路を調べてみても、特に違いはない。俺は下水の流れを見て、上流に向かうことにする。

 水は向かって正面と、右側から流れ込んでいる。水は十字路の中央部分に流れ込み、一段低くなった左側と背面へと流れていく。

 俺は右側に進むことにした。理由はない。何となくだ。

「〈迷宮〉だとすると、どんなギミックが仕掛けられているか分からない。単純に考えると痛い目を見るな」

「そうですね。あたいの記憶も役に立たなそうですし」

「それでも、見覚えのある場所があったら、教えてくれ」

 俺の言葉に、ワルワラはコクリと頷いた。俺は上段へと飛び移り、ワルワラに手を貸して引き上げるために手を伸ばした。

 ワルワラは、差し出した俺の手を見て、

「大丈夫です、一人で登れます!」

と言うが、

「引き上げた方が早い。それに態々汚れることはないよ」

 と言うと、わたわたと周囲を見回し、掌をごしごしと服に擦りつけると、おずおずと手を伸ばしてくる。

 俺はその手を握ると、一息に引き上げる。成長した〈体力〉のおかげで、ゴブリン一人くらい余裕で引き上げられるのだが、予想よりも軽いワルワラの身体が、勢い余って俺の胸の中に飛び込んで来た。

「は、はわわ! すいません!」

 偶然にも抱き締めるような格好になった俺に対し、ワルワラは慌てて離れようとするが、普段の冷静な態度が嘘のように、下水に落ちそうになる。俺は強引に抱き留めながら、ゆっくりと壁側の足場へとワルワラを運んだ。

「自立心が旺盛なのは認めるけど、自制心もしっかり持とうな」

「は、はい。頑張ります…」

 未だにそわそわと落ち着かないワルワラを見て、珍しいこともあるもんだと思いながら、落ち着くのを待ち、右側の通路へと進んで行く。

 ダンジョンと化した地下水道は、正に迷宮だ。暫く通路を進んだが、分岐や上下移動のための階段や梯子、上り坂や下り坂が無数にある。

 俺達の目的は街に入ることなので、侵入した排水口( 立地から推測して地下一階の筈 )から下へと向かう通路は無視し、上り坂を二度ほど昇ったのだが、外に出ることができなかったのだ。

 進行方向は常に上流へと向かっていたし、体感では明らかに地上に出ている筈なのだが、一向にその気配がない。

 俺達は開けた場所に出た所で、一度休憩を兼ねて立ち止まる。この辺りは既に上水道に変わっており、鼻を刺すような異臭はなく、水場特有の匂いだけを感じている。

 どうやら、一時的に貯水する場所のようで、大小複数の水路から、中央にある貯水池へと流れ込んできているのが見える。

 排水路は見当たらないので、恐らく水面下にあるのだろう。

「やっぱりおかしいですね。これが〈迷宮〉か…」

 水面を見つめつつ、ワルワラがポツリと呟いた。俺も内心頷きながら、〈全贈匣〉から取り出した、丸めた羊皮紙を広げた。

 羊皮紙を広げた途端、中空に地図が浮かび上がる。これは〈未踏の(アンエクスプロード)白地図(・マップ)〉と呼ばれるマジックアイテムで、実際に踏破した場所を自動的にマッピングしてくれる便利なアイテムだ。

 扉は開かなければその先はマッピングされないし、罠や隠し扉も発見しなければマッピングされないが、こういった探索時には非常に役立つ。

 〈稀人の試練〉のように、エリアごとに隔離されているタイプのダンジョンでは効果がないが、それでも充分に有用なアイテムだ。

 マップを調べてみても、ループしている様子はない。どうやら複雑だった構造が、ダンジョンとなってより複雑になっているようだ。

『大丈夫? 道に迷ってない?』

 エメロードが念話で話しかけてくる。

『大丈夫。複雑な構造だけど、転移や無限回廊にはなっていないみたいだし』

『そう、良かった…』

 エメロードが質問してくるなんて珍しいな。少し気になったが、ワルワラの声に意識を切り替えた。

「ヴァイナス様、何かが来ます!」

 声の方向に視線を向けると、水面が不自然に漣を立てている。どうやら、お客さんのようだな。

 俺は武器を構え、その何かが来るのを待つ。

 震動と共に水面が弾け、姿を現したのは、奇妙な螺旋を描くようにのたうつ、巨大な『触手』だった。

「ワルワラ、下がれ!」

 俺はそう叫ぶと、ワルワラを庇うように前へ立つ。触手はまるで目があるかのように正確な動きで、俺へと向かって来た。

 俺は〈肆耀成す焔〉を振り上げ、真正面から触手を打ち払った。

剣の刃から、見た目に反した硬質な感触が伝わって来る。俺は力を込め、刃を立てていく。

 不意に抵抗がなくなり、俺は次の攻撃に備えて剣を引き戻した。触手はその先端を失い、痛みを感じているのか狂ったように身悶えしていた。

 やがて戦意を失ったのか、ゆっくりと水面へと身を沈めていく。

 触手が姿を消し、平穏が戻ったことを確認してから、俺は剣を収める。

「ヴァイナス様、あいつは何ですか?」

「いや、俺にも分からない。斬った感触から、実体があるのは確かだけど」

 そう言いながら、切り飛ばした先端があったことを思い出し、確認しようと視線を向ける。

 そこには透き通った水晶のような、美しい触手が残されていた。

 慎重に近づき、触れてみると、見た目通り硬質な感触が伝わってくる。指先で軽く叩いてみると、分厚いガラスを叩いたように感じた。

「綺麗ですけど、こんなに堅くて、どうやって動いていたんでしょう?」

 動かないことを確認し、ワルワラも触れながら疑問を口にする。

 俺も同感だったが、正体が分からない以上、推測しかできないので、取り敢えずスマラ達にも聞いてみる。

『皆、こいつが何か知ってるか?』

『知らないわ』『知らない』『しらない…』

 皆も知らないようだ。ワルワラも知らないようだし、持って行けば証拠になると思い、俺は〈全贈匣〉に回収した。

 あんな存在がいるとなると、あまりここには長居したくない。俺は周囲を確認し、通れそうな大口の水路が複数ある中、僅かな光が見える水路を見つけると、ワルワラを伴って足早に向かう。

 近づいて見て分かったが、どうやら火の光だ。何とか地上に出ることができたらしい。

 俺は小さく息をつくと、ゆっくりと光へと進む。ワルワラも安心したのか、緊張が緩むのを感じた。ようやくル=グルゥの街に入ることができるな…。



 だが、そんな気持ちは、不意に突き出されたハルバードの尖端によって破られる。

「止まれ。水路への立ち入りは現在禁止されている。大人しく従わなければ、この場で命を失うことになる」

 突き出されたハルバードの先には、完全武装した兵士が十数名、俺達が出て来た出口を取り囲むように立っている。

 闘って倒すことも可能だが、ここで無用な争いをしても無駄だ。俺は大人しく両手を上げると、ワルワラにも同じようにするよう促した。

「よし、そのまま付いてこい。その前にまずは武装解除だ」

 兵士はハルバードを突き付けたまま、背後の兵に命令し、俺の腰から剣を外す。ワルワラの背負った剣も外すと、俺達はハルバードを突き付けられたまま、兵士の先導に従い、進んで行った。

 歩きながら周囲を確認すると、街の中には入れたようだ。通りや面する建物から、中心街のように見える。

しかし、夜とはいえ、最低限の明かりが灯されているだけで、人通りが全くないのは異常だった。これが病の影響だとすれば、かなり深刻だな。

「中に入れ」

 兵士に促され、俺達は建物の中へと進む。兵士の詰所のようで、中には待機中の兵士が、厳しい視線を俺達に向けてくる。

「座れ」

 指示に従い、椅子に座る。俺達の周囲を兵士が取り囲んだ。逃げるのは難しそうだ。

「正直に答えてもらおう。何故地下水路に入った?」

「俺は〈探索者〉だ。病の原因を調べるために水路に入った」

 俺は適当な話をでっち上げることにし、答える。

「水路の探索には許可が必要だ。許可証を持っているのか?」

「いや、持っていない。勝手に探索しただけだ」

 なんだ、許可証があるのか。それなら手に入れたいところだな。

「だろうな。許可証を持つ者であっても、夜の探索は禁止されている。お前のような存在が、街の秩序を乱しているということが、理解できていないようだな」

 兵士はそう言って俺を睨むが、俺は意に介さず平然としている。それが気に障ったのか、兵士は語気を強めると、

「禁を犯したお前には、罰金もしくは強制労働の罰が課される。だが、その前にお前たちが発病していないかどうか、確認する。大人しく付いてこい!」

 そう言って顎をしゃくる。背後に立っていた兵士が、荒々しく俺を立ち上がらせた。それを見たワルワラが飛び掛かりそうになるのを、俺は視線で留まらせる。

ワルワラは大人しく立ち上がると、俺の後ろに従い、歩き出した。

 前を歩く兵士について進んで行くと、一つの扉の前で立ち止まり、

「この中で検査を受けてもらう。罹患していた場合、収容施設に入ってもらうことになる。覚悟しておけ」

 と言って扉を開いた。俺達は大人しく中へと入る。

 部屋の中は、テーブルとランプが一つだけ供えられた簡素なもので、検査官らしき人初老の男性が一人で待っていた。

「こんな時間に検査とは…。もう少し考えて行動して欲しいものだ」

 初老の男性はそういってあからさまにため息をつくと、俺達に鎧と服を脱ぐように指示を出す。

「ああ、脱ぐのは上半身だけで良いぞ」

 その言葉に頷き、鎧を外して上着を脱ごうとしたところで、ワルワラがいることに気が付く。

「あの、女性と一緒にってのは不味くないですか?」

「なんだ、〈緑子鬼〉の視線が気になるのか? 検査なのだから気にするな。我慢せい」

「いえ、俺は良いんですけど、彼女に失礼かと」

「ヴァイナス様、あたいは気にしてません。ヴァイナス様になら見られても大丈夫です」

 俺が戸惑っていると、ワルワラが頬を赤く染めつつ、ハッキリと言った。

「おい、面倒をかけるな。診断するから、さっさと服を脱げ」

 検査官の男性が苛立たし気に命令する。寝ていたところを叩き起こされたので不機嫌です、という雰囲気が感じられる。

 俺は大人しく従い、服を脱いだ。ワルワラの方へは視線を向けないように注意しながら、先に検査を受ける。

「…ふむ、どうやら罹患してはいないようだな。服を着て良いぞ」

 予想よりもあっさりと診断が終わり、少々拍子抜けしつつも服を身に着ける。

「罹患しているかどうか、そんなに簡単に分かるんですか?」

「知らんのか? 今街に蔓延っている病は〈黒鱗病〉と呼ばれていることを」

「〈黒鱗病〉…?」

 聞いたこともない病名に首を傾げていると、検査官はやれやれといった様子で首を振り、

「〈黒鱗病〉に罹患した者は、例外なく左胸の前か後ろに、黒い鱗のようなものが浮かび上がる。病の進行に合わせて鱗の数が増えていき、全身が黒い鱗に包まれるころには、死に至る病だ」

 症状を聞いていると、ペストに似ている気がするけど、俺の俄か知識じゃ診断できないし、左胸から広がっていくなんて規則性もなかった筈だ。

「街の人はどれくらい罹患しているのですか?」

「おおよそとはなるが、住人の三割は罹患している」

 三割か。かなりの数だな…。フェリーチェから聞いていたル=グルゥの街の人口は1万人弱。その三割が病に倒れているなら、街としての活動ができない現状も頷けた。

「お前、勝手に地下水道へと入ったそうだな」

「はい。何か原因が分かるかと思って」

 検査官の問いにそう答えると、彼は懐から何かを取り出し、渡してくる。何かと確認すると、地下水道の探索許可証だった。

「夜にもかかわらず、探索に入る気概を持ち、戻って来れる腕があるのなら、探索を止める理由はない。ちゃんと許可を取り、堂々と探索しろ」

 いやまぁ、勝手に侵入しただけで、病の原因を探る云々は口から出まかせだったのだが。ここで引くわけにもいかず、俺は頷いて許可証を受け取った。

「装備を見れば、ある程度の実力は分かる。高位の探索者の手を借りられるのならば、それに越したことはない」

 すいません、俺、白板(10等級)です。そういや、昇級の手続きってしてなかったな。尤も、昇級できるのか分からないが。

「何か分かれば、すぐに知らせてくれ」

「分かりました」

 俺は検査官に頭を下げると、部屋を後にする。その後、兵士に嫌味を言われながら罰金を払い、詰め所を出ると、まずは宿を探そうと周囲を見渡す。

「ワルワラ、どこか良い店知ってるか?」

「すいません。スラムなら多少は分かりますけど、こっちは分からないです」

 一応確認してみたが、ワルワラの返事は芳しくなかった。ある程度予想はついていたので、俺は頷くと大通りに面した店の軒先を確認し、宿屋の看板を探す。そして、それらしい看板を見つけ、中へと入る。

 中に入ると、奥にカウンターが見え、がっしりとしたテーブルと椅子が乱雑に並べられている。典型的な、一階が酒場で、二階が宿屋となっている店のようだ。

 来客を迎える店員の言葉はない。酒を呑む客もおらず、申し訳程度にカウンターの上に、火の灯った小さなランプが置かれているだけだ。

「すいません、部屋をお借りしたいんですけど」

 俺の声に対する返事はなく、誰もいないのかと考え始めると、奥の扉が開き、男が姿を現した。

「こんな時に部屋を借りたいなんて、酔狂な客が来たな」

「夜分遅くにすいません。部屋をお借りしたいんですけど」

 俺の言葉に、男は鼻を鳴らし、

「生憎だが、殆ど埋まってるぞ。尤も、半分は金が払えるか分からない病人だがな」

 と答えた。俺は頷く。

「どんな部屋でも構いません。貸して頂けますか?」

「好きにしろ。ただ、今空いている部屋は個室が一つだけだ。病人と相部屋で良ければ用意できるが」

 流石に病人と相部屋はなぁ…。いつ罹患するか分からないし、リスクは極力避けたい。

「ヴァイナス様、別にあたいは野宿でも…」

「いや、この状況で野宿は不味い。…すいません、屋根裏部屋とか空いてますか? 納屋でも良いですけど」

「あるにはあるが…。正直人を泊める場所じゃないぞ」

 ワルワラの提案を却下し、俺は代案を伝える。男は額にしわを寄せ、訝し気に答えた。

「構いません。そちらを貸してください」

「…分かった。屋根裏は半額で良い」

 きっちり金を取るところはしっかりしている。もしかすると、今までも泊めたことがあるのかもしれない。

「屋根裏は寝具もないから、自分で何とかしてくれ」

「分かりました。ありがとうございます」

 男から鍵を受け取り、部屋へと向かう。

「ああ、後食事は外で食ってくれ。今うちじゃ料理が出せないからな」

 男の言葉に頷き、階段を上がると、突き当たりの部屋を目指した。まずは屋根裏部屋を確認するか。

 通路の突き当たりに、吊り上げ式の階段を見つけ、引き下ろして登った先にある扉を、鍵を使って開き屋根裏部屋に出た。

 屋根裏部屋は暫く使われていないのか、うっすらと埃が積もっている。だが、広さは充分だった。

〈遙楽園〉のゲートを出すには丁度いい。皆を呼んで綺麗にすれば、少しは使いやすくなる。

 屋根裏部屋の現状を予想していたのか、途中の物置から掃除用具を手に入れたワルワラが言う。

「ヴァイナス様、あたいが掃除しておきます。ガデュス様達を呼んできてください」

 こういうところ、良く気が付くのが有難い。ワルワラの提案に甘えることにし、俺はゲートを呼び出し〈遙楽園〉へと向かった。



 サロスの街に出ると、俺は早速フェリーチェと会うために、帝国の館へと向かう。

『私がガデュス達を呼んで来ようか?』

 スマラがそんなことを言い出すのは珍しい。

『そうだな。頼んだ』

『任せて』

 スマラはそう言って影から飛び出し、ガデュス達の元へと向かう。それを見送り、俺はフェリーチェの元へと向かった。

 館を訪ねると、丁度フェリーチェとシシーシャが揃って休憩を取っていた。

「おお、戻られましたか。それで、街には入れたのですか?」

「ただいま。何とかね。シシーシャもいるなら丁度良い。その辺りも含めて報告をするよ」

 立ち上がって迎えてくれたフェリーチェに頭を下げると、シシーシャは座りながら、カップを掲げた。

「丁度今、休憩していたところなの。貴方も如何?」

「頂くよ」

 俺は頷き、念話で二人に合一を解くように促した。そして、来客用のソファへ腰を降ろす。

 エメロードとマグダレナも合一を解き、俺の左右へと座る。部屋付きのメイドが淹れてくれたお茶で舌を湿らせると、早速報告を始めた。

「何か、大変なことになってるわね」

「そうですね。思っていたよりも深刻です。〈黒鱗病〉ですか…」

 報告を聞き、シシーシャが小さく息を吐きながらそう呟く。フェリーチェも眉間に皺を寄せる。

 知っているかと尋ねると、二人は首を振る。やはりメジャーな病気ではないようだな。

「生憎と、知りませんな。それほど広まるのが早い病であれば、聞いたことがあってもおかしくはないのですが」

「風土病ということもあるし、今まで聞いたことがないからといって、油断しない方が良いわね」

 シシーシャの言葉に頷き、言葉を続ける。

「ああ。まずはもう少し街を調査して、めどが立ってから、対策を考えることになるんだろうけど…」

「街にはとても嫌な気配が漂っているたわ。普通じゃない」

 マグダレナがそう言って眉を顰める。と、不意に肩に重みを感じた。

 エメロードが俺の肩に寄りかかってきた。疲れているのかな? そう思い視線を向けて、俺は目を見開いた。


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