90 〈現夢〉で忍び寄るものは
「〈陽炎の士団〉は〈緑子鬼〉が中心と聞きましたが、本当なのですね」
南部へと向かう道すがら、諾足で進む馬に跨り、フェリーチェは興味深そうに周囲を固めるガデュス達を見ながら、そう呟いた。
今回は街道を中心に移動するということで、俺達は騎獣を用意している。
俺はマグダレナにエメロードと二人で乗っている。スマラは例によって影の中だ。偶に出て来ては、マグダレナの頭に乗って風を感じたり、エメロードの腕の中で一二三したりと自由気ままだ。
ゴッツは勿論狼。ガデュスとエウジェーニアは馬に、ゴローソはオーロックスと呼ばれる牛に騎乗していた。オーロックスに取り付けた馬車( この場合は牛車と言うべきか? )にはワルワラ達ゴブリンが乗っている。
尤も、ワルワラ達は乗せてもらっているだけで、いざ戦闘となると、降りて戦うのだが。
「気になりますか?」
「いえ、そうではありません。…気にならないといえば嘘になりますが、どちらかというと、その雰囲気ですね」
俺の問いに、フェリーチェは首を振ると、言葉を続ける。
「ヒューマン以外に対しても寛容なズォン=カでは、異種族の傭兵団も珍しくありません。ですが、〈緑子鬼〉や〈食人鬼〉、〈岩巨人〉といった者で構成された傭兵団は、お世辞にも品が良いとはいえません。粗野で粗暴な面が目立ちます」
そこまで言って失言だったと感じたのだろう。失礼、と言って言葉を止めるフェリーチェ。
「気にしてませんよ。続けてください」
俺の言葉にガデュスも頷いている。皆も気にしていないようで、周囲を警戒しつつ、歩を進めている。会釈を返し、フェリーチェは再び話し始める。
「彼らは種族的に、生来〈知性〉が低く、教育の機会も少ないため、そのような雰囲気になりがちですが、ガデュス殿達は違いますね。言動や立ち居振る舞いを見ても、とても〈緑子鬼〉とは思えません。まるで城勤めの衛兵や、騎士のようです」
そう言って視線を送ると、そこには毅然とした態度で見張りをするワルワラの姿がある。視線はしっかりと前を見つつ、周囲の気配を探りながら見張る姿に隙はない。街道が死角の多い場所に差し掛かると、牛車を降り、自ら先行し、危険がないか探りを入れていく。
小柄な身体に不似合いな長剣を背負っているが、その動きにぎこちない所はなく、見事な足捌きで音も立てずに進んで行く。
「いやはや、見事なものですね。あの動き一つとっても、〈緑子鬼〉とは思えません。どうやってあのような動きを?」
フェリーチェの問いに、ガデュスが俺を見る。答えて良いものかどうか問うているのだ。俺は頷き、
「彼らはゴブリンとは言っても、戦神ヌトスを奉じる敬虔な信徒です。日々、己を高めることを信条としていますから、鍛錬を欠かしません。それにガデュスの薫陶を受けていますからね。ゴブリンロードである彼の命に従って、彼らも鍛えられていますから」
俺の言葉に、フェリーチェは何度も頷いていた。皇帝の近衛である彼にとっても、ガデュス達の練度は驚嘆すべきレベルにあるらしかった。
その奥で心なしか得意げな顔をするガデュスが可笑しくて、笑いそうになるのを慌てて堪える。
「普通、〈緑子鬼〉があのような歩法を用いることはありません。近衛の斥候と遜色がない。あの動きは余程場数を踏んでいると見受けます。一体、どのように鍛錬を?」
「我らは傭兵団ではありますが、我らの信に背かぬものであれば、仕事の内容を選びませぬ。隊商の護衛や集落の防衛、戦への参加に限らず、探索者に従い、迷宮へ挑むこともまま、あります。ワルワラは特に斥候としての才が高い。主殿やジュヌヴィエーヴ殿の薫陶を受け、力を伸ばしております」
「成程、実践で鍛えた業ということですか…」
興味深い。フェリーチェはそう言ってしきりに感心していた。
フェリーチェの気持ちは理解できる。一般的な考えとして、ゴブリンを鍛えて戦力にする、というものが無いのはある意味必然だ。
なぜなら、手間が掛かり過ぎるからだ。
まず、個としての脆弱性がある。成人しても1メートルそこそこの身長にしかならず、膂力も大したものがない。俊敏さはあるが、持久力もなく、一対一の戦いとなれば、一般人のヒューマンにも劣る、所謂雑魚モンスターだ。
次に、知性も高いとはいえず、生来素質を持って生まれてくる、ゴブリンメイジやゴブリンシャーマンとは違い、魔法を使うわけでもない。
更に、繁殖力はあるが、寿命も短く、稀に天寿を全うしたとしても、50年ほどでその生涯を終える。
こういった事情から、態々ゴブリンを鍛えるような者は存在しない、というのが普通の考え方だろう。
だが、オーラムハロムにおいては、あらゆる存在が『成長』する可能性がある。
確かに手間は掛かる。掛かるが、その手間を惜しまずに鍛えれば、ゴブリンだって強者になることができるのだ。
事実、ガデュスによって鍛えられた彼ら古参のゴブリン達は、レベルに換算すれば、10を超える実力を備えていた。
ガデュスは俺の命を忠実に守り、彼らをバランスよく鍛えているため、ワルワラやフリアンであれば、ソロで迷宮の踏破も可能だ。
コスやゴラーソは純戦士型なので、中々ソロ活動は難しいだろうが、斥候としての最低限は、ジュネが叩き込んでいる。ハクスラ系のダンジョンであれば、充分にソロ踏破ができるはずだ。
俺が過保護なこともあり、彼らにソロ挑戦は許していないが、そのうちハクスラ系のダンジョンを創って、彼らに挑戦してもらおう。
俺達が話をしながら歩いていると、前方から何かが近づいて来る。狼に跨ったゴブリン、ゴブリンライダーのゴッツである。
「主殿、この先に宿場町があります。如何されますか?」
颯爽と俺の前に立ち止まり、ひらりと降りるや否や俺の前で跪くと、ゴッツは恭しく報告する。
「そうだな、急ぐ目的もない。今日はそこに泊まろうか」
「御意。それでは先触れを出しておきます」
「いや、それは良いよ。今は緊迫した状況じゃないし、適当な場所で〈遙楽園〉のゲートを開くから」
どうせ寝泊まりは〈遙楽園〉で行うのだ。流石に何もしないのは悪いと思うので、食事くらいはするつもりだけど。
「〈遙楽園〉ですか…。便利なものですね。サロスの街に繋がるということは、いつでも帝都に戻ることができる、ということですか」
「ええ。でもゲートを開くのにはある程度時間が掛かりますし、危急の状況ではできませんけどね。俺以外は開くこともできませんし。それに、ゲートを開けない場所も、結構ありますから」
「成程、便利なだけではない、ということですね」
フェリーチェと会話を交わしつつ、俺達はのんびりと街道を進む。ここまでの間、特に事件は起きていない。帝都からそれ程離れていないということもあるが、街道沿いはそれなりに安全、ということなのだろう。
「〈遙楽園〉に戻ったら、3、4日滞在することになると思います。ゆっくりと休んでください」
「刻の流れの違い、ですね。私はあまり経験していないのですが、体調に変化はあるのでしょうか?」
「人によっては、行き来の際の時間のギャップに戸惑うみたいですけど、要は慣れですから。『そういうもんだ』と割り切ると良いですよ」
分かりました。フェリーチェはそう言って微笑んだ。
程なく町が見えてきた。典型的な宿場町で、街道の両側に建物が軒を連ねている。まだ夕暮れには早い時間帯のためか、炊事の煙は殆ど上がっておらず、人々の往来も疎らに見えた。
「まずは町を見てみて、具合の良い場所を探そう。食事は町で取る予定だから」
「畏まりました。食堂へは我が」
「私も共に行きます」
食堂探しをガデュスが請け負うと、エウジェーニアも手を上げる。俺は頷いて二人に頼む。
エウジェーニアはゴブリンメイジで、燃えるような赤毛の女性だ。整った顔立ちをしており、肌が緑色であることを除けば、非常に魅力的だ。
彼女はガデュスと公私ともにパートナーであり、〈陽炎の士団〉の副団長でもある。その知性にはガデュスも一目置いており、何かを決める時は、必ず相談していた。
こういう時でも仲睦まじい二人を暖かな視線で見送りつつ、俺は町の様子を確認する。
先ほども感じたが、やはり人々の往来が少ない。俺達同様、帝都から来たと思しき旅人は見受けられるのだが、俺達の向かう先、南部から帝都へと向かう旅人が、妙に少ないことは気になった。
それはフェリーチェも感じたらしく、
「ふむ、調べてみる必要がありますか…」
と呟いていた。俺の視線に気づくと、
「ここでの聞き込みも、調査の一環として必要ですね。宿屋や食堂で聞けば、何か分かるかもしれません」
「そうですね。手分けして確認しましょう」
ガデュス達が戻ったら、食事をしながら今後の打ち合わせだな。フェリーチェの護衛に何人かつけて、あとはガデュスと俺の三グループに分けるか。聞き込みは苦手な面子もいるしな。
「我が主君、良さそうな店が見つかりました」
エウジェーニアが俺達を呼びに戻って来た。ガデュスの姿がないが、恐らく席取りをしているのだろう。俺達はエウジェーニアの案内で食事へと向かう。
着いたのは、街道筋に良くある、宿屋を兼ねた酒場だった。中に入ると、酒や煙草、料理の入り混じった香りが押し寄せてくる。
奥まった一角にガデュスの姿を見つけた。店内はかなりの混雑だというのに、周囲を威圧するように腕を組み、瞑目して待つガデュスを警戒してか、そこだけ結界でもあるかのように人気がない。
俺は苦笑しつつ、フェリーチェに声を掛ける。
「近衛の方をこのような場所にお連れするのは恐縮ですが」
「いえ、お気になさらず。任務で方々を訪れますからね。慣れていますよ。それに、こういった宿場町では、賑わいのある酒場で話を聞くことも多い。良いお店を見つけてくれました」
フェリーチェの言葉に頷き、ガデュスに声を掛ける。
「お疲れ様。席取りありがとう」
「おお、お待ちしておりました。お席はこちらに」
ガデュスが勧めるままに、先ずはフェリーチェを上座へと誘う。その向かいに俺が座り、エメロードとマグダレナが左右へと腰を降ろした。スマラは定位置のテーブルの上だ。
後は銘々に腰を降ろし、給仕に声を掛け注文をする。
酒精は程々に、料理は大量に注文する。何しろ、人一倍食べるゴローソがいる。他のゴブリン達も良く食べるし、エメロードも大食漢だ。
俺の注文にフェリーチェが驚きの表情を浮かべるが、気にせず運ばれて来た盃を手に取り、音頭を取る。
「それでは、ここまでの旅の平穏を感謝し、乾杯」
「「「乾杯」」」
盃を傾け、唇を湿らせると、フェリーチェと相談する。
「さしあたって、街中での聞き込みで良いですか? どんなことを聞きましょう」
「そうですね、最近の状況、特に帝都へと向かう旅人には詳しい話を聞いて欲しいですね。普段であれば、この街道を帝都に向かう旅人はもっと多いはず。そこがどうしても気になりますので」
「分かりました。ガデュス、エウジェーニアの二人で聞き込みをしてくれ。ゴローソ、ゴッツはフェリーチェさんの護衛。ワルワラ達はゲートを開くのに都合の良い場所を街の周囲で探しておいてくれ。日没と共に、この酒場に集合だ」
「「「了解!」」」
「私達は?」
エメロードの問いに、俺は答えつつ盃を傾ける。
「俺と一緒に聞き込みだ。何かやりたいことがあれば、別行動でも構わないぞ」
「分かった。一緒に行く」「そうね、特に希望はないし」
スマラはどうせ影の中で寛ぐだろうから、聞くまでもないし。案の定、我関せずと盃を抱えて酒に夢中だ。
やがて運ばれて来た料理を、片っ端から胃袋に収めるゴブリン達の姿に、フェリーチェが呆然とするのを見つつ、俺も料理を堪能するべく、手を伸ばすのだった。
特に何か問題が起こることもなく、聞き込み調査はつつがなく終了した。俺達は集合場所である酒場に戻り、戻ってきた者達と酒を呑みつつ全員が集合するのを待った。
ワルワラ達が最後に戻って来たのを確認し、集めた情報を共有していく。
「どうでした?」
フェリーチェの問いに、俺は答える。
「俺が聞き込んだ中では、特に問題はありませんでしたね。旅人も、旅の目的も特筆すべきところはありません」
「我のほうも、変わった噂などは聞けませんでした」
「そうですか…」
フェリーチェはそう言うと、懐から何かを取り出して広げた。見るとそれは北大陸南部の地図だった。
「皆さん、話を聞いた旅人が、どの町から来たかは聞いていますか?」
「ええ、俺の聞いた人は…」
「我は…」
俺達の答えに、フェリーチェは次々と地図に目印をつけていく。流石は調査官、小さな町や村の名前まで記憶しているらしく、迷いなく印をつけている。
やがて、何故フェリーチェが出身地を聞いたのかが分かって来た。
「私が聞いた話では、最近、南からの旅人が減っているという話でした。それだけなら、私の受けた印象と変わりませんが、問題は、その話を聞いた旅人が住んでいた街で感じた、ということです」
フェリーチェは言葉と共に、印をつけた。
「それがこの街です。そして、この街から南の地域から、極端に旅人が訪れていない」
俺は印の場所に注目する。フェリーチェが示した印の南、そこには北大陸語でこう書かれていた。
ル=グルゥ
北大陸の南部にある都市国家であり、南部の大きな街道が複数交差する交通の要所である。南部の経済の中心地であり、帝国の支配に対する、南部の独立国家の旗印的存在だ。
帝国に面と向かって敵対しているわけではないのだが、物流の大半を南部地域と南大陸との交易で行っているので、あまり情報が入って来ない街でもあった。
「元々帝国とは交流の少ない街ですから、情報は入って来ないといっても不思議ではないのですが、それにしても少なすぎます」
フェリーチェはそう言ってル=グルゥの名の上に指を置く。
「高確率で、ル=グルゥの街に何かあります。それが何かは分かりませんが、調べなくてはいけません」
「主殿、何やらキナ臭くなってきましたな…」
ガデュスの言葉に、俺は神妙に頷く。あまり良い予感がしないんだよな…。そして、こういう予感は得てして当たるものだ。
ル=グルゥの街か…。
訪れたことのない街だというのに、嫌な予感は消えない。俺は嫌な予感を振り払うかのように、手に持った盃を一気に干した。
「これからの予定は決まった。今日はゆっくりと休もう」
酒場を出た俺達は、ワルワラ達の見つけた場所へと向かい、ゲートを開いた。
そこは街道から少し離れた木の下で、見晴らしも良く、何かの邪魔になるような場所でもない。俺はワルワラ達を褒めつつゲートを潜る。
サロスの街に出た俺達は、三日間滞在することを伝え、解散した。
「私は一度陛下へと報告します」
「大丈夫ですか? 外に行くとなると、休息の時間が取れないのでは? 滞在期間を延ばしましょうか?」
フェリーチェの言葉に俺が問いを返すと、
「いえいえ、大丈夫です。陛下には書面にて報告しますから。これから近衛の館に戻って書くだけですよ。サロスの街から出るわけではありませんから」
と笑顔で答えが返って来た。俺は頷き、
「成程、了解しました。それではゆっくり休んでください」
「ありがとうございます。ヴァイナス殿もご息女と安らかに過ごせますよう」
フェリーチェと言葉を交わし、城へと向かう。
城ではロゼが待っていた。彼女達も丁度帰って来ていたようだ。
「お帰りなさい。久し振りの旅はどうでした?」
「まだ初日だからね。調査をしながらの旅だし、ゆっくりとしたペースだから問題なかったよ」
「それは良かったです。今日は私が食事を作りますから、ヴァイナスはゆっくり休んでください」
ロゼの笑顔の言葉に、俺も笑顔を返し頷く。だが、まずはイオンに会いに行かねば。俺は装備を外して着替えると、急ぎ足でヴィオーラの館へと向かう。
館へと到着すると、イオンは食事中だったらしく、元気にヴィオーラの乳を吸っていた。
「お帰りなさい。怪我とかしてない?」
「ただいま、大丈夫だよ」
俺は二人に近寄ると、無心で食事をするイオンの頭を撫でた。イオンはくすぐったそうに身を捩るが、乳を吸うのは止めない。
「夢中に吸っているな。そんなに美味しいのか? …美味しいんだよな」
「飲んでみる?」
ヴィオーラは悪戯を見つけた子供のような笑みを浮かべる。俺も笑顔を浮かべると、
「そのうち、機会があればね」
「今でも良いのよ?」
無難な答えを返すと、ヴィオーラは更に言葉を重ねてきた。俺は苦笑しつつ、返事の代わりにヴィオーラの唇を塞ぐ。束の間のキスを終えると、俺はヴィオーラに伝える。
「今日から三日間〈遙楽園〉にいるから。それと、今日はロゼが料理してくれているから、城に来ないか?」
「あら、ロゼの料理は久し振りね。勿論、御相伴に預かるわ」
ヴィオーラは頷くと、イオンもお腹いっぱいになったようで、吸うのを止めると大きなゲップをした。
「はい、今日も良く飲みました。良い子ね」
「これなら、元気に育ちそうだな」
身繕いをするヴィオーラからイオンを受け取り、あやしているとスヤスヤと眠ってしまう。俺は起こさないように、子供用ベッドへと運び、そっと寝かせる。
「今日はどんな感じだったの?」
「その辺りは、食事の時にでも話すよ」
ヴィオーラの問いに答え、準備をするヴィオーラを待って城へと戻る。イオンのことは傍仕えの乳母である精霊に任せた。
彼女は元来、取り替え仔を育てる役を負っていて、乳幼児の面倒を見るエキスパートだ。何か問題があればすぐに知らせてくれるので、安心してお願いできる。
俺達は取り留めのない話をしながら城へと戻り、ロゼの料理が出来るまでの間、アマルセアの淹れてくれた茶を飲みながら、やはり料理を食べに来たテフヌトやシェアト、マフデトと共に話に華を咲かせるのだった。
「へぇ、ル=グルゥの街ね」
「行ったことはあるかい?」
ロゼの料理に舌鼓を打ちながら、俺は今日の探索の話をした。これから向かうル=グルゥの街について、何か知っているかと尋ねてみた。
「以前に一度だけ。交通の要所だけあって豊かな街よ。大きな港もあるし、地下には巨大な地下水路もあるしね」
「地下水路?」
「帝都にもあるし、サロスの街にもあるけど、ル=グルゥの街のそれは凄いわよ。専用の舟渡もいるし、ゴンドラに乗って街を巡ることもできる」
へぇ、観光になるくらいの場所なのか。ちょっと楽しみになってきた。時間に余裕があれば、ゴンドラに乗ってみたいな。
「良いですねぇ。水の都ヴェニスみたいな感じなんでしょうか?」
「私はヴェニスを知らないけど、街の中にも水路が走っているし、『水の都』っていうのは合ってるかも」
ロゼが首を傾げると、ヴィオーラはそう言って果実水を飲む。イオンが生まれたので、酒断ちしているのだ。
オーラムハロムでは水の代わりに酒を呑む地域も多く、そういった場所では子供でも薄めたワインなどを飲むのだが、流石に生まれたばかりの子供がいる母親は、授乳があるため酒を呑むのを控える。
一つ年を迎え、乳離れができると飲酒を再開するのがオーラムハロムの常識であり、ヴィオーラも例に漏れず禁酒中だった。
「ヴァイナスがル=グルゥの街に着けば、私達も行けますよね」
「そうだな。依頼を無事終えたら、皆で観光でもしようか」
「良いわねぇ。イオンも生まれて落ち着いて来たし、のんびりと休むのも大事だわ」
「勿論、わたくし達もですわね?」
「姉様が行くのであれば、当然我も」
俺の言葉に、乗り気でヴィオーラとシェアト、マフデトが食いついて来る。
女性陣達は、そのままあちこちへと脱線しながら、楽しそうに会話を続けている。皆ここでの暮らしの中で仲良くなり、お互いに気の置けない関係になったようで、俺としても嬉しい。やっぱり、愛する女性たちは仲良くしてもらわないと。
フェリーチェの話では、急げば明日には街に着くということだ。俺は皆の会話を聞きながら、まだ見ぬル=グルゥの街に思いを馳せた。




