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89 〈現夢〉で新たな予感

 イオンが生まれて一月が経った。〈遙楽園〉で過ごすイオンはすくすくと育ち、もうすぐ1歳になる。

 イオンのことは皆が祝福してくれた。ロゼやジュネたちも自分のことのように喜び、何くれと世話を焼いてくれている。

 ヴィオーラは産後の肥立ちも良く、今では育児の傍ら、ダンジョンへ潜り、探索を行っている。

「この一年ですっかり鈍っちゃったからね。勘を取り戻すのも大変よ」

「もう母親なんだし、探索者は引退しても良いんじゃないか?」

「嫌よ。私は母であると共に、ヌトスに仕える者でもあるのよ。常在戦場、いついかなる時も刃を零すことなかれ。今のままではヌトス様に叱られてしまうわ」

 アマルセアと共に、探索の戦利品を確認しながら、ヴィオーラはそう言って得意げに笑った。俺は腕の中のイオンをあやしつつ、苦笑を返す。

「それにしても、サロスの街も随分と賑やかになったわね」

「そうだな。移住してくれた人達も、すっかり落ち着いて生活しているようだし。店や施設も増えたしな」

 ヴィオーラに甘えようと、イオンが手を伸ばすが、ヴィオーラはそっと首を振り、俺はイオンを抱き上げる。帰って来たばかりの汚れた手で、イオンを抱くわけにはいかない、ということらしい。

「ゴメンね。今綺麗にしてくるから、待っててね」

 ヴィオーラはそう言ってイオンの頬にキスをすると、戦利品の処理をアマルセアに任せ、ヴィオーラは風呂へと向かう。イオンと共にそれを見送り、俺は穏やかな日々を送れる幸せを堪能していた。



 〈遙楽園〉での生活も、サロスの街の発展と共に落ち着いてきた。

 結局、サロスの街の領主にシシーシャを迎えることになった。シシーシャは最初難色を示していたが、皇帝の鶴の一声で渋々と任に就いた。

 その様子に不安を感じたものの、皇帝の命でもある。フォローはするつもりで街の運営を任せていたのだが、予想外に( というのは失礼か。だが事実だ )しっかりと街を運営している。

「要は街創りゲームだもの。シミュレーションゲームは得意なのよ」

 最初の態度が嘘のようにシシーシャはそう言って笑うが、サロスの街で一旗上げようと気焔を燃やす役人や住人を相手に、二十歳前の女性とは思えない手練手管で、しっかりと手綱を取る様子は、中々どうして、堂に入ったものだ。

 特に何人かの者を選び、直属の部下として時に相談し、時に議論を交わしながら、シシーシャの考える街創りを進めることで、ゆくゆくは子飼いの臣下として、彼女を支えることになる人材を育成するのは見事としか言いようがない。

「言ったでしょ。シミュレーションゲームは得意だって。育成系のシミュレーションもお手の物よ」

 そう言って微笑むシシーシャだったが、彼女なら、例え皇帝になっても、その役目をしっかりと勤め上げるだろう。

 シシーシャにはそこまでの野心はないし、何より不老となった皇帝が代替わりするとは思えない。彼女には、サロスの街を切り盛りしてもらい、良き領主となってもらおう。

 街の周囲のダンジョンも更に数を増やした。これは管理システムを用いて作ったものだが、神が作ったダンジョンと違い、内容がランダムになっている。

 俺自身もどういったダンジョンが生成されるか分からないので、内容を確認するために、出来上がったダンジョンは一通り踏破している。

 結論から言えば、それほど難易度も危険度も高いダンジョンではなかったので、今ではサロスを拠点に活動する探索者達にも開放している。

 そう、サロスの街にもとうとう探索者ギルドができたのだ。ズォン=カの探索者ギルドの支部になるが、構成員は俺やゼファーの知り合いである〈異邦人〉が中心となっている。

 彼らには、俺達からこの世界のことを伝えている。尤も、《消滅》による強制ログアウトに関しては伝えていない。気付く者も出てくるだろうが、その時はその時だ。身勝手だとは思ったが、リスクを考えると伝える気にはなれなかった。

 話を聞いた当初は、彼らも半信半疑だったが、結局は根っからのゲーマーだ。百年単位でログアウトせずに《オーラムハロム》を堪能できると、逆にヤル気を漲らせていた。

 最近では、《蘇生》も辞さぬトライ&エラーでダンジョンを攻略する猛者も増え、上位職に就く者も増えてきた。

 彼らが探索を楽しんでいるのを見ると、安易に《消滅》に関して伝えなくて良かった、と安堵と共に頷くのだった。



 皆の館も完成し、それぞれの館に居を移したのだが、あまり生活は変わっていない。俺が城を中心に行動していることもあり、皆今まで通り、俺の城を中心に活動しているためだ。

 折角創ったので、極力館で過ごしているが、城に部屋を残していることもあり、半分は城で、半分は館でといった感じに過ごしている。

 イオンが生まれたため、ヴィオーラと共に育児に手を取られることが増えたが、アマルセアやヴァーンニクは、育児に関しても堪能で、他の子育てが得意な精霊のサポートもあって、子育てを負担に感じることはない。

 街も大丈夫そうだし、イオンも無事に一つ年を迎えられそうだ。俺もそろそろ〈陽炎の門〉の探索へと繰り出そうかと考えていると、不意に来客が訪れた。

「来ましたよ。我が『孫』は息災ですか?」

 そう言って微笑むのは皇帝陛下だ。湯上りにイオンをあやすヴィオーラへと近づき、イオンを覗き込む。イオンは人見知りせず、皇帝へと笑顔を浮かべた。

 無邪気な笑顔に、皇帝も相好を崩す。ヴィオーラも皇帝の笑顔に嬉しそうに微笑んでいる。

「健やかに過ごしているようで何よりです。子は宝。無事に一つ年を迎えられそうで安心しました」

 尤も、神の加護を受けているのですから、心配はしていませんが。皇帝はそう言って肩を竦めた。

「それで、今日はどうしたのですか?」

「特に用というわけではありませんが。可愛い孫娘の顔を見に来ただけですよ?」

 そういってヴィオーラからイオンを抱き上げると、頬擦りをした。イオンも嬉しそうに笑っている。

 見た目は妙齢の女性が、イオンを『孫』と呼びあやす姿はかなり違和感があるが、そもそも皇帝陛下は数百年を生きる存在だ。孫どころか、曾孫、玄孫もいるはずである。手慣れた様子で赤子を抱く姿からは、とてもそうは思えないが。

「ああ、一応サロスの街の視察も兼ねています。シシーシャはどうですか?」

「頑張っていますよ。というか、その辺も視察するのでは?」

「勿論、視察は行いますが、視察に向かって見れることなど、上辺を取り繕ったもの。普段の様子は、見ている者から聞くことも重要なのですよ」

 そう言って微笑む皇帝だが、イオンを見ながらデレデレと相好を崩しながらでは、台無しである。

「本当に良くやっていると思いますよ。正直、ここまでできるとは思っていませんでした」

「あの娘は生来の資質として、人の上に立ち、導く術に長けています。周囲の者に恵まれれば、良き領主となるはずです」

 やっぱり皇帝は良く見ているな。俺の感じたことは、予想の範疇であったようだ。本人もまんざらじゃないようだし。

「それではこれから視察に?」

「いえ、視察は既に済ませました。シシーシャが得意げな顔をしていたので、少々凹ましてきましたが」

 皇帝陛下に容赦なし。俺は心の中でシシーシャに哀悼の意を述べる。もう少し優しくしてあげれば良いのに。

「面倒なことは先に済ませ、楽しみは後に取っておくものです。我が孫の顔を見るのは、何にも代え難い」

 そう言って再びイオンへと視線を戻す。これだけ皇帝に愛されていれば、イオンの身も安泰だろう。例え俺がいなくなっても、問題あるまい。

 俺の考えていることが伝わったのか、ヴィオーラがそっと俺の手を握り締めてくる。俺は微笑むと握り返した。大丈夫、二人を残して《消滅(死んだり)》しないよ。

「そういえば、其方には子飼いの傭兵団がありましたね?」

 唐突に斬り出された皇帝の言葉に、俺は首を傾げ、

「〈陽炎の士団〉ですか?」

 と答えると、皇帝は頷き、

「そうです。少々力を貸して欲しいのですが」

「傭兵に? 陛下は精強な親衛隊をお持ちですよね?」

 協力を乞う皇帝に、俺の疑問符は増えていく。何故、態々傭兵に仕事を? まぁここは聞くまでもないことだけど、念のため。

「表沙汰にできない仕事ですか?」

「別に非合法活動をするわけではありませんよ」

 俺の言葉に、皇帝陛下は苦笑する。

「とはいえ、表立って帝国の名を出すことができない仕事ではありますが」

 皇帝はそう言って、イオンをヴィオーラに預ける。その表情が変わっていることに気付き、俺も居住まいを正す。

「聞かせて下さい。どういった依頼で?」

 俺の言葉に、頷いた皇帝は話を切り出した。

「最近、大陸南部の動きが少々思わしくありません。帝都から離れた場所であるのは確かですが、西部や東部に比べ、魔物の動きが活発化しています。その原因を調べて頂きたいのです」

「成程。ですがガデュス達は調査といったことには不向きかと」

「無論、こちらからも人員を用意します。傭兵団にお願いしたいのは、その護衛。南部は帝国が進出してからの歴史も浅く、周囲には、力を持った王を抱く独立国家が割拠しています。帝国の兵を巡視させるとなると、無用な火種を呼び込むことになり兼ねません」

 そこで、信のおける傭兵団に護衛をお願いしたいのです。皇帝の言葉に、俺は頷いた。

 確かに、ガデュス達であれば、他の傭兵団に比べて信頼はし易いだろう。俺の目から見ても、彼らが裏切るという場面は思い浮かばなかった。

 帝国だって懇意にしている傭兵団の一つや二つはある。だが、彼らは戦時における剣であり、盾である。迂闊に投入し、損失するようなことがあれば、国防戦力に支障をきたしてしまう。

 ガデュス達であれば、俺を通じて報告を受け易いし、何より俺の意を汲んで仕事に従事してくれる。皇帝としては、他の傭兵団に頼るよりも、リスクが少ないということなのだろう。

「そうですね。最近は大きな仕事も受けていないようですし、頼んでみましょう」

「宜しくお願いしますわね」

 俺の答えに、皇帝は頷くと、アマルシアが用意したお茶に手を伸ばし、香りを楽しみつつ口へと運ぶ。その後は茶菓子を楽しみつつ、イオンを愛でるだけ愛でた皇帝は、満足した顔で帰って行った。


 南に厄介事(イベント)の気配あり、か…。


 ここのところ平和だったから、そろそろかと思っていたが、どうやら何か起きそうだ。

 横で話を聞いていたヴィオーラが、俺の顔を見つつ呟いた。

「久し振りの外での探索ね…。貴方も行くんでしょう?」

 その顔、止めても無駄でしょうね。そう言われて俺は初めて、自らの口元に浮かぶ笑みに気が付く。

 平穏な日々はかけがえのないものだが、未知なる探索もまた、俺にとってかけがえのないものだ。

 期待に胸を膨らます俺を見ながら、ヴィオーラは呆れたような、それでいて少し寂しそうな表情を浮かべると、イオンを抱き締めるのだった。



「皇帝陛下直々の依頼とは…。不肖ガデュス、一命に変えてもやり遂げて見せますぞ!」

 最近は日課となっているダンジョン探索から戻ったガデュスに、俺は依頼の話をする。

 傭兵団の株を上げるためにも、外界での依頼を受けたがっていたガデュスだったが、俺達が街創りに奔走しているのを見ると、自ら手伝いを申し出てくれた。

 闘いへの欲求は、苦手だったダンジョンで発散することにしたのだ。ジュネやヴィオーラと共に潜った経験を活かし、すでに苦手意識は克服しているようだが、

「最早、これでは傭兵なのか探索者なのか分かりませんな」

 と言いつつ笑うガデュス達に頭を下げるしかなかった。俺の我儘で彼らには窮屈な思いをさせているからな。

「それで、いつ出発する? 準備もあるからな」

「そうですな、我らは何時でも。今からでも構いませんぞ」

「いや、流石に今からは急ぎ過ぎだ。明日の朝、出発にしよう」

「御意」

 ガデュスはそう言って頭を垂れるが、すぐに顔を上げ、

「主殿、その口ぶり、我らと共に行かれるのですか?」

「ああ、そのつもりだけど?」

「宜しいのですか? あえて具申させて頂きますが、サロスのこともありますし、御息女もまだ一つ年も迎えておりませぬ。この任は我らに任せ、留まられたほうが…」

 ガデュスの言葉に、俺は首を振り、

「街はシシーシャに任せているし、皇帝陛下も気に掛けて下さっている。サロスに関しては問題ないよ。それにイオンにしたって、ヴィオーラがいる。確かに顔を見れないのは寂しいけど、陛下直々の依頼を無視するわけにもいくまい。お前たちを信用してはいるが、万が一ということもある」

 と諭した。これは言わないが、イベントのフラグだからな。無視すると悪いことが起きそうだ。

 俺の言葉にガデュスは沈思黙考すると、深く頷き、

「畏まりました。主殿と共に闘えること、喜び以外はありませぬ。無様は見せられませぬな」

 と言い太い笑みを浮かべた。俺も笑顔を返す。

「そうと決まれば、準備をしませんと。これにて失礼をば」

 ガデュスはそう言うや否や、踵を返し去っていく。団員たちを招集するのだろうその背を見送り、俺も準備を整えるため、その場を後にした。



「ヴァイナス、探索に出るんだって?」

 準備を進めていた俺を、ゼファーが訪ねて来た。近頃はキルシュとパーティを組んで内外で探索を行っており、着実に力を着けている。

 公私ともにすっかりパートナーといった雰囲気なのだが、結婚はしていない。何かきっかけがあれば、という感じなのかもしれないが、今のところそのような雰囲気は見当たらなかった。

「ああ。南部にガデュス達と行って来る。暫く留守にするよ」

「俺も行きたいところだが、今攻略中のダンジョンがあるからなぁ」

 ゼファーは現在、キルシュとブリス、ジュネと協力してズォン=カにあるダンジョンを攻略中だった。規模の大きいダンジョンで、一筋縄にはいかないらしい。

 途中で探索を止めると最初からやり直しらしく、クリアしようと頑張っていた。

 本来であればロゼも加わっていたのだが、ヴィオーラに頼まれ、マグダレナと共に彼女の探索(リハビリ)に協力することになったので、探索を見送ったのだ。

 途中から加わるのは問題があるらしく、ゼファー達がクリアしたら、ヴィオーラや俺と一緒に挑戦するつもりなので、ゼファー達には後でじっくり話を聞く予定だ。

「サロスはどうするんだ?」

「シシーシャに任せておけば問題ないだろう。皇帝も気に掛けておくと言っていたし」

「確かに、彼女も頑張ってるよな。俺には真似できん」

 ゼファーはそう言って頷いている。俺も同意だ。領主の仕事は彼女の天職といって良いだろう。

「街も随分と賑やかになってきたし、良いこと尽くめだなぁ。…随分儲かってるんだろ?」

「俺の取り分なんて微々たるものだよ」

 ゼファーの問いかけるような視線に、俺は涼しい顔で答えた。

 実際、帝国への税金やシシーシャたちへの報酬を引くと、俺の手元にくるのは大した額じゃない。月計算で、精々10万といったところだ。上級ダンジョンに潜って、戦利品を回収したほうが遥かに実入りはある( 因みに、初期投資した一千万は回収済みだ )。

「微々たるものでも、固定収入があるのは良いじゃないか。俺も街創りするかなぁ」

「良いぜ、土地は有り余ってるからな。領主になるかい?」

「無理無理。俺もお前みたいに、領主を雇っておこぼれに与るさ」

 どこかに良い人いないかなぁ…。そう言って遠くを見つめるゼファーに肩を竦め、俺は準備を再開する。

「ヴァイナス、準備できましたか?」

 マグダレナがそう言って姿を現した。彼女とエメロードも俺と共に探索に向かう( スマラは言わずもがな )。久し振りの外での探索ということで張り切っていた。

 別にゼファー達に付き合って外に探索へ行っても良かったのだが、俺に付き合って〈遙楽園〉で過ごしていたのだ。ここだと訓練かダンジョン探索しかないので、二人には窮屈な思いをさせていた。

「南はどんなところかなぁ。行ったことないから楽しみ~」

 エメロードはそう言いながら微笑んだ。二人の準備は服を用意することぐらいなので、既に終わっている。

「今回は護衛対象がいるから、気楽な旅とはいかないぞ」

「マスターがいるから大丈夫でしょ? ガデュス達もいるんだし、心配ないよ」

 俺が窘めると、エメロードは悪びれもせずに答える。信頼は嬉しいが、仕事だからな。気を抜いて良いわけじゃない。

「長くなりそうか?」

「分からないな。まぁちょくちょく〈遙楽園(こっち)〉には戻るつもりだし、長くなっても問題はないと思う」

「良いよなぁ、お前は拠点にファストトラベルできて」

「最初は駄目ギフト扱いだったからなぁ。まさかこんな事になるとはね」

 初期のギフトに〈全贈匣〉を選んだことを後悔はしていなかったが、思いもかけない特典がついてきたことは、幸運だった。

 〈全贈匣〉と言えば、〈遙楽園〉を獲得した際、その機能が変化した。今まで通りの機能に加え、城にある俺の『宝物庫』と繋がり、そこに収められた品物を自由に出し入れすることができるようになったのだ。

 『宝物庫』はどの領域からも独立した『世界』で、広さは〈遙楽園〉の機能が拡張されるのに合わせて拡大していく。今はサッカースタジアム程度の広さを持っていて、ダンジョンで獲得した戦利品や素材、街から受け取るお金なんかを保管していた。

 個人で管理するには広すぎる空間だったが、〈遙楽園〉の管理システムで一覧管理できるので、倉庫番のようなことをしなくて済むのは有難かった。

 今はまだ大して物がないが、いつかは『宝物庫』一杯に物が溢れるようになるのだろうか…。ある意味夢の光景だな。

 こんな事なら俺も取っておくんだった。そうぼやくゼファーの肩を叩き、準備を終えた俺はエメロード達を伴い、ガデュス達と合流するため、街へと向かうのだった。



「それじゃあ気を付けてね。無茶だけはしないで」

「ああ、行って来るよ」

 サロスの街のゲートの前で、イオンを抱えたヴィオーラに見送られる。

 ヴィオーラとイオンだけでなく、ゼファー達やシシーシャ、皇帝までもが見送りに参加していた。

「この度は護衛の任、引き受けて頂き誠に有難うございます。皇族の方に護衛して頂けるとは思いませんでした」

 そう言って頭を下げるのは、帝国から派遣された調査官、フェリーチェ・ザンニーニだ。

 二十代半ばくらいの男性で、親衛隊の一員。主に調査を担当しているらしく、その見た目は一見して善良な市民に見える。

 だが、注意して見ると、その立ち居振る舞いは鍛えられた者のそれであり、かなりの実力を感じさせられた。

「俺のことは気軽にヴァイナスと呼んでください。皇族とはいえ名ばかりの、平民出自の者ですから」

「分かりました、ヴァイナス殿。ですが、闘技大会の覇者に護衛をして頂けるのですから、此度の任務は安泰ですね」

 手離しの称讃に、俺は照れ臭くなり頬を掻く。そこに声を掛けてきた存在に、フェリーチェは大仰に礼をする。

「吉報を期待しています」

「頑張ってね」

 皇帝とシシーシャには会釈を返し、ロゼ達とは抱擁を交わす。ヴィオーラの腕の中で眠るイオンの額にキスをすると、俺はガデュス達に向かい、頷いた。

「主殿、下知を」

「良し、それじゃあ出発しよう」

 俺の言葉にガデュス達は敬礼をする。

 結成してから順調に団員を増やし、現在では50名を超える数になった〈陽炎の士団〉だが、今回同行するのは、傭兵団の中でも精鋭の者達。最初期からガデュスと行動を共にする最古参達だ。

 剛力で大食漢のホブゴブリン、ゴラーソ

 副団長で参謀役のゴブリンメイジ、エウジェーニア

 斥候で狼に騎乗するゴブリンライダー、ゴッツ

 ゴブリンのワルワラ、フリアン、コス

 彼ら七名に、スマラ、エメロード、マグダレナと調査官のフェリーチェを加えた総勢十二名が、今回のパーティとなる。

 俺達は手を振るヴィオーラ達に応えつつ、ゲートを潜る。さぁ、久し振りの外界での探索、楽しむとしようか。


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