88 〈現夢〉で生まれる新たな命
「ヴァイナス、ちょっと話したいことがあるんだけど…」
〈遙楽園〉の設置から半年余り。漸く街( 街の名は『サロス』となった。ギリシア語で「勇気」の意。響きが気に入ったのだ )も大まかな大きさが決まり、基礎工事等を始めたある日、俺はヴィオーラから声を掛けられた。
「どうした? 急に改まった顔をして」
「ここではちょっと…。家の方で話したいの」
いつになく深刻な表情のヴィオーラに、俺はどうしたのかと首を傾げつつ、ゲートへと向かった。
ゲートを抜け、庵に戻ると、何故か女性陣が勢揃いしていた。
俺、何かやらかしたか?
今日は特に集まる用事もなかった筈。俺は自分の知らないうちに、何か失敗していたかと、平静を装いつつも、必死に脳内で自身の行動を再確認していた。
「ここのところ忙しかったし、〈遙楽園〉と外界を頻繁に行き来していたから、そのせいかと思ってたんだけど」
席に着くなり、ヴィオーラが切り出した。視線を彷徨わせ、心なしか落ち着きがない。一体何だというのだろう?
取り敢えず、まずは話を聞こうと、俺はヴィオーラの言葉を待った。ヴィオーラは暫くそわそわしていたのだが、大きく深呼吸をすると、頷いて、
「何しろ初めての経験だったし、自覚がなかったのだけど、皆に相談したら、シェアト達が確かめてくれたの」
と言った。ふむ、まだ結論ではないな。俺は頷いて、黙って話を促した。
「それでね、間違いないって」
ふむ、何が間違いないのかな?
「あのね、私、できたの」
ふむ、何ができたんだろう? 新しい戦闘特技か何かを取得したのだろうか? それとも、街創りのほうか? サロスの街にヌトスの神殿を建立しているのだが、完成したのだろうか。
「そうか、おめでとう」
取り敢えず、完成したのならめでたい、ということで祝福の言葉を述べると、ヴィオーラは目を輝かせて俺を見つめてきた。
「喜んでくれるの? 迷惑じゃなかった?」
そう言ってずいっと顔を近づけてきた。俺は頷き、
「できたのなら、めでたいことじゃないか。俺も嬉しいよ」
と言うや否や、ヴィオーラは俺の胸に飛び込むと、
「嬉しい! 良かった、心配だったのよ。迷惑だって言われるかと思って。忙しい時期に何言っているんだって」
と涙声で言う。俺は内心首を傾げ、
「別に問題ないだろう?」
と言うと、ヴィオーラは何度も頷きながら言った。
「じゃあ、私、絶対にちゃんと産むから! 父親として、これからも宜しくね!」
………はい?
ヴィオーラさん、今、何と仰いましたか?
俺の聞き間違いか? 聞き間違いだよな?
俺の思いとは裏腹に、周囲の女性陣が、ヴィオーラへ口々に祝福の言葉を掛けてくる。
「おめでとう! 先を越されたかぁ」
「おめでとうございます! ああ良いなぁ、私も早く欲しいかも…でも、こっちでできるのかしら?」
「おめでとう。私も欲しいけど、種族的に授かり辛いからなぁ、異種族同士だと余計に」
『私は大丈夫。ヴァイナス、成人したらお願い』
「ヴィオーラが産めるのであれば、私達も気兼ねなくいけますわね」
「ええ姉様。幸い、ヴァイナスは資格も甲斐性も充分ですし」
俺達を中心に盛り上がる女性陣の中で、俺は告げられた事実を理解するのに、随分と時間を要してしまった。だが、徐々に実感として感じられてきた。
天国の父さん母さん、俺、異世界で一児の父親になりました。
「って、本当に妊娠したのか!?」
「本当ですよ。私達が確認したんですから。神の認知を疑うのですか?」
「母子ともに安定してますけど、これからは激しい運動は控えてください。戦闘なんてもってのほかですからね」
シェアトとマフデトの言葉に、ヴィオーラは何度も頷いている。そうか、本当に妊娠してるんだ…。
「そうしたら、やっぱ結婚とかも考えないとか」
できちゃった婚になるけど、仕方ないよな。俺はそう思い、口にすると、
「別に良いわよ、落ち着いてからでも。街創りだってあるんだし、これからも忙しいでしょう? それに私だけ結婚とかって皆に悪いし、恋人のままでも構わないわ」
とヴィオーラは首を振る。ジュネも頷き、
「そうねぇ、結婚してくれるなら嬉しいけど、別に恋人同士のままでも良いのよね。その方がずっと、新鮮な気持ちでいられる気がするし」
「私も同感。それに、結婚してもしなくても、ヴァイナスの態度が変わるとは思わないし」
と続けた。後ではブリスもそう言いながら頷いている。どうやら〈異邦人〉組は結婚に拘りがないらしい。
現実世界でも、社会保障や手当の関係で、宗教上の理由がなければ( 特に欧米では )、子供がいても結婚していないカップルは結構いる。彼女達もそういった感じなのかもしれない。
「私は結婚したいです。やっぱり憧れますし」
『私は結婚できない。巫女を辞めることになるし。だから恋人で良いよ』
ロゼは結婚願望が強いようで、俺を真っ直ぐに見てアピールしている。リィア、いつの間にか自分を恋人ポジションにしているのは、どういうことだ? 父親を独占したい娘みたいな態度だと思っていたのだが…。
「私達は、ヒトが行う結婚という儀礼は必要ありませんが、ヴァイナスがしたいというのであれば、吝かではありませんよ」
「神としてではなく、一人の女としては、ヒトの行う結婚式というものにも、興味がありますけど」
そう言って微笑むシェアトとマフデトだが、
「ヒューマンと神の間に、子供ってできるのか?」
と問いかけると、
「できますわよ? 何しろ『神』ですから。その辺りはかなり融通が利きますわ」
「産みたい時に産めるし、一度に何人でも産むことができますよ。子育ての負担は当然ありますから、限度はありますけど。妊娠するしないは自分で決められるので」
神様スゲーな! 妊娠すら自由自在とは。でもそれって、
「別に俺の子供でなくても良いんだよな?」
と聞くと、物凄い表情で睨まれてしまった。
「自由に産めるからこそ、相手を選ぶのですわ」
「神にとっても、権能で生み出した生命ではなく、お腹を痛めて産む我が子は特別な存在です。我は貴方の子であるから、産みたいのです」
女神たちの剣幕に、俺は思わず後退る。けれど、内心では告げられたことに無性の嬉しさを感じていた。
AIではない、プログラムでもない、本当の愛。
女神だけではない。これだけの女性に、ここまで想われるとは、男冥利に尽きるというものだ。
「良いわねぇ。神様は自由に産めて。私達にとっては、授かりものだから確実とはいえないし」
ジュネの言葉にシェアトたちは微笑み、
「そこは仕方がありません。私達は神ですから。ですが、それが口惜しくもありますよ。授かった時の幸福を、私達は味わうことができないのですから」
「それは、貴方達だけが感じることのできる喜び。大事にしなさい」
と告げた。それを聞いた女性陣は、真摯な表情で頷いた。神にも不足を感じることはあるんだな。とはいえ、俺から見れば、それは贅沢に思える悩みにも映ってしまうが。
兎も角、俺の隣で愛おしそうにお腹を撫でて微笑んでいるヴィオーラを見ると、俺も嬉しくなってきた。うん、そうだな。俺も父親になるんだ。
「そういえば、男か女かって分かるのか?」
「もう少しすれば分かりますわ。あと二月、三月といったところですわね」
「ヴィオーラに拘りがなければ〈遙楽園〉で産むでしょうから、外界ではあっという間でしょうけど」
それなら、名前も考えておかないとな。どちらが生まれても良いように、男女両方を考えないと。
「そういえばヴァイナス、子供はすぐ欲しいですか?」
シェアトの問いに、俺は少し考え、
「そうだな、すぐにとは言えないかな。ヴィオーラの子供が生まれて、ある程度落ち着いてからの方が有難い。何しろ、俺も初めての経験だからな。慣れてからの方が…」
と答えると、被せるようにロゼが、
「でも、いつできるかは授かりものなのですから、今まで通り、お願いします!」
と言うと、皆も口々に、
「そうね、私だって欲しくないわけじゃないし、お願いするわ」
「今まで同様、宜しくね」
「勿論、私達もですわ」
「逢瀬は愛の証でもあります。幾久しくお願いします」
と迫って来た。ヴィオーラは苦笑しつつも、俺の耳の傍で、
「私も落ち着いたら、ちゃんと愛してね」
と囁いた。リィアは、
『私はあと一年で成人。もう少し』
などと呟いている。どうあっても俺の恋人になる気らしい。嬉しいんだが、流石に成人したてはなぁ…。
オーラムハロムの成人は15歳とはいえ、現代日本人として、小柄で平均より幼く見える、リィアとの逢瀬は犯罪臭しかしない。
「まぁ、何にせよめでたいな! 折角だからお祝いでもするかい?」
「嬉しいけど、まだ生まれたわけじゃないから。ちゃんと産んで、一つ年を得てからでしょう?」
お祝いは。そういって肩を竦めるヴィオーラに、ジュネたちは頷いている。どういうことだろう?
聞くところによると、オーラムハロムでは一般人における新生児の死亡率は低いとはいえないらしい。特に死産や流産の確率は高く、5人に1人は、無事に生まれることができないそうだ。
この辺りはネフから聞いた、『魂』の減少が関係しているのだろうか。魂が減っているために、生まれてくる子供に魂が宿らず、そのまま死んでしまうのかもしれない。
「心配しなくても、私達がいるのですから、貴方が無理をしない限り、無事に生まれますよ」
「生まれる前から神の加護を得られるのです。健やかに育つでしょう。我にとっても、愛する男の子であることには変わりないのですから」
二柱の女神の言葉に、ヴィオーラは嬉しそうに微笑み、頷いた。俺も頷き、改めて父親となったことを反芻する。まだまだ実感が湧かないけど、これからはもっとしっかりしないとな。
ヴィオーラを中心に盛り上がる女性陣を見ながら、俺は静かにこれからのことを考える。
皆にも子供ができた場合、安心して暮らせる場所が必要になるよな。家をそれぞれ用意するのは大変だけど、子供ができたら皆家を欲しがるかもしれないから、今から用意しておくか。
敷地はどうするかなぁ。土地は有り余っているから、一人一人にそれこそ街を創っても良いんだけど、その辺りは聞いてみてからで良いか。
俺は女性陣に声を掛け、これからのことを相談しようと話を切り出すと、思いのほか重要なことであったらしく、食い気味に意見を出されることになり、その場で会議となってしまったのは予想外のことであった。
結局、皆の希望で〈妖精郷〉であった島にそれぞれが離れとしての屋敷を構えることで落ち着いた。何故かシェアトとマフデトも屋敷を所望したので、神殿があるのに何故? と問うと、
「「神殿は神殿。家とは違います( わ )」」
と言われたので、同様に屋敷を創ることになった。
今〈妖精郷〉のあった島は、〈遙楽園〉中央に位置する、巨大な湖の上に浮遊する島となっているわけだが、その外観は以前とは大きく変わっている。
その最大の要因は、島全体を覆うように枝葉を伸ばした、〈古樹〉にある。島の下部に出現した『逆さ火山』のために、コマ型となった島の上半分を、〈古樹〉の枝葉が傘の様に覆い、遠目からは球の様に見えるのだ。
外から見ると日当たりが悪そうに見えるが、枝葉の内側に回ると、柔らかな日差しが降り注ぎ、少しも暗いという印象はなかった。そして、直系100メートルを遥かに超える幹の根元には、小さな城のような外観に変化した、俺の庵がある。
地上部分だけでなく、地下にも伸びた俺の『城』は、今までの施設を利用しつつ、更に様々な機能を追加している。
この城は〈遙楽園〉全体の管理を行う制御施設でもあるので、許可なく出入りできるのは俺とスマラだけだが、主だった者には既に許可を出し、出入りできるようにしていた。
流石にこの規模になると〈制御盤〉では管理が大変なので、城の一角に〈制御室〉を創り、そこで管理・制御を行っている。
主だった管理・制御自体は一度設定すれば、自動で行えるのだが、その準備をするのが存外に手間だった。それはまるでコンピューター用のプログラムを書くようで、俺はプログラムにも詳しいゼファーに相談しながら、あーでもない、こーでもないと設定に勤しんだ。
苦労した甲斐があって、〈遙楽園〉の管理システムはかなり良く出来た。何か問題が起きるまでは、これで大丈夫だ。
「このシステムって、他の場所でも使えるかな?」
「このままだと無理だけど、工夫すればできるんじゃないかな。ただその場合、俺が管理することになるけど」
システムを立ち上げ、やり遂げた顔をしたゼファーと握手を交わしつつ、俺はゼファーの問いに答えた。
サロスの街創りも順調に進んでいるのを見て、ゼファーもいよいよ自分の家を構えることにしたらしい。
最初は俺の城周辺に家を構えることも考えていたようだが、最近は本格的にサロスの中で場所を探して、幾つか候補を見つけたようだ。
「家造りってやっぱり大変か?」
「そうだなぁ、造るだけなら簡単だけど、そこに住む者達がどういう暮らしをしたいのか、どうすれば望む暮らしができるようになるかを、知った方が良いし、考えた方が良いかな」
「そう聞くと、随分と難しそうだよなぁ。俺にはその辺りのセンスがないから、無理だぞ」
頭を抱えるゼファーに、俺は苦笑しつつ、
「そこまで深く考えることはないんじゃないか? 別に規模は違うけど、気の合う奴らと一緒に住むシェアハウスみたいなものだって、家といえば家だ」
と言うと、ゼファーは頭を抱えたまま、
「そうは言うがな。一応俺にだって見栄を張りたい気持ちはあるんだよ。男としては、な」
と零す。誰に対して見栄を張りたいのか、そのことを良く分かっている俺は、何も言わなかった。俺がいなかった間にも、随分と仲良くなったみたいだし、結婚は考えていないのだろうか?
「考えたって仕様がないよ。俺だって特に深く考えずにやってるしな」
「お前は良いよ。金も力もあるじゃないか。神様の加護もあるし、帝国の皇族様だ。俺はしがない探索者で、金だってそんなにあるわけじゃない。理想ばっかり先走りしちまってな…」
別に家造りに必要な資材は提供するし、金は掛けずに造ることもできるとは思うのだが。
それでも、より良い資材が欲しいなら、自分で集めてもらうしかない。幸い、グリームニルたちが管理する、既にいくつかのダンジョンがサロスの周辺に設置されている。
その中には、木材や鉱物などの、街創りに有用な資源が獲得できるものもあるので、頑張ればこちらが供給する資材よりも良いものが手に入る。
実際、ジュネたちは早速ダンジョンへと繰り出し、自らの屋敷に使う素材を集めるため、日々奔走していた。
因みに俺もダンジョンを設置する予定である。制御室の機能を使って創る予定なのだが、今のところ手を着けられていない。
まぁ急がなくても良いし、この辺りはじっくり取り組むつもりだ。
「何にせよ、時間はあるんだし、ゆっくりやれば良いさ」
「まぁな~。あの話が本当なら、なんせ〈陽炎の門〉が見つからなければ、百年単位でこっちに暮らすことになるんだ。優先すべきは門の探索なんだろうけど、気持ち的にはこの世界を堪能する方に傾いてるのが、本音なんだよな」
ゼファーの言葉に俺も頷く。何しろ、子供までできたのだ。異世界であることが分かった今、不義理を働くのは避けたい。少なくとも、ヴィオーラ達〈現地人〉が、しっかりと生活できる基盤くらいは作っておきたかった。
そうなると、外界にも生活の拠点が必要になるのだが、その辺りはヴィオーラ達も承知していて、イーマンや皇帝など、懇意にしている者達に掛け合って、ちゃんと場所は確保している。
万が一俺が強制離脱したとしても、問題はなさそうだ。今となっては強制的にログアウトされる方が困るので、できるだけ早く、〈陽炎の門〉を発見し、俺自身の意志でログアウトできる手段を確保したかった。
「それにしても、妊娠とはね。本当にここは異世界なんだなぁ」
「ああ。ゲームだって結婚イベントはあるし、養子イベントとかはあるけど、妊娠・出産イベントはないしな。流石に倫理的にNGということなんだろうけど、逆にこの世界が異世界だって信じる要因としては、充分に衝撃的だよ」
「そうだな。今の俺達にとっては『現実』と変わりない、この世界での暮らしの中で、このことは間違いなく『真実』だろうしな」
ヴィオーラの懐妊に話が移り、ゼファーと会話する中で、お互いにしみじみと実感する。いずれ生まれてくる子も大人になり、恋をして子を成すのだろうか。
もしそうなるのであれば、絶対に見てみたい。俺はまだ見ぬ子のために、この世界での『生』を全うすることを心に誓う。
その後はゼファーと共に、彼の街創りに使う素材を集めに、ガデュス達を伴ってダンジョンへと向かい、調子に乗って集めた山のような資材を前に、グリームニルからもう少し自重しろと怒られるのだった。
サロスの街が完成し、移住してきた街の住人も、外界と〈遙楽園〉との時間の流れの違いに慣れてきたころ、いよいよヴィオーラの出産が近づいていた。
すでにお腹はハッキリと大きくなり、近頃は大事をとって、完成した屋敷でゆっくりとした時間を過ごしている。
激しい運動はきつく戒められているので、最近では刺繍をしたり、本を読んだりしながら過ごしているヴィオーラだったが、やはりじっとしているのが苦痛らしく、何かできることはないのかと、料理や楽器の演奏まで始めていた。
「どうだい? 身体の具合は」
「頗る健康よ。身体を動かしたくてうずうずしているわ」
様子を見に訪れた俺が尋ねると、ヴィオーラは微笑んで肩を竦めた。今は子供用の産着を縫っていたようで、オフィーリアから贈られた緑翠絹を使った産着を、丁寧に誂えていた。
因みに、生まれてくる子供は女の子だ。シェアト達に確認してもらい、分かった時点で女の子の名前一本に絞って考えた。ヴィオーラとも相談し、考えたのは、
イオン
古いギリシア語で「パンジー」を表す言葉だ。ヴィオーラの娘なので、花に関する名をつけてあげたかったのだ。ヴィオーラも響きを気に入ってくれた。この名に決めてから、ヴィオーラは用意する服やハンカチに、イオンの名を刺繍していた。
「これで、万が一男の子だったら大変だな」
「あら、別に男の子でもイオンで良いじゃない。響きが素敵だもの」
俺の冗談に、ヴィオーラは微笑みながら返してくる。ヴィオーラが良いなら、それでも良いのだが…。
大きくなって、「女みたいな名前やだ!」とか言われないかと考えてしまうのだが、それは要らぬ心配というやつなのだろうか。
「そろそろだな。無事に生まれてくると良いが」
「大丈夫よ。シェアト達もいるし、何より私が産むのよ? 絶対に元気な子が生まれるわ」
笑顔を浮かべるヴィオーラに、俺も微笑みを返すと、そっと額へと口づける。するとヴィオーラは手を止め、俺の首に手を回すと、俺の唇を塞いでくる。
「私、今凄く幸せ」
「俺もだよ」
ヴィオーラが俺の耳元で囁くと、俺も彼女の耳元で囁いた。
窓から差し込む柔らかな光の中、お互いの温もりを感じながら、静かに時が過ぎていった。
「生まれましたよ! 元気な女の子です」
知らせに来てくれたシェアトの声に、俺は立ち上がると足早に部屋へと向かう。
ヴィオーラの出産が無事に終わったのだ。
はやる気持ちを押さえつつ、部屋へと入ると、ヴィオーラがベッドの上で微笑みながら、産着に包まれた小さな顔を覗き込み、愛おしそうに見つめている。
「お疲れ様。頑張ったね」
「ありがとう。見て、私達の子よ」
ヴィオーラに近づき、そっと頬にキスをすると、俺は生まれた赤子へ視線を向ける。
赤子はスヤスヤと眠っているが、生まれたばかりだというのに、目鼻立ちもしっかりしているし、将来は美人になるぞ、と思わず親馬鹿なことを考えてしまう。
「髪の色はヴィオーラと一緒だね」
「でも瞳の色は貴方と一緒よ。黒い瞳よ」
今は眠っているので見えなかったが、さぞかし美しい瞳なのだろう。
ゆっくりと手を伸ばし、小さな手に触れる。すると、小さな指が俺の指を握り返してきた。
高めの体温と同時に、思いのほか強く握り返してきたその手の感触に、俺は改めて父親になったことを自覚する。
不意に、目から涙が溢れた。
ああ、これが父親になるということか。
様々な感情が駆け巡り、上手く気持ちを纏めることができないまま、その場で涙を流し続けていると、俺達の手を包む様に、ヴィオーラの手が重ねられた。
その温もりに、徐々に気持ちが落ち着くと、俺はヴィオーラに微笑みを返す。ヴィオーラも俺を見つめ、微笑んでいる。
二人の温もりを感じ、父親になったことを実感しつつ、俺達はそのまま、暫しの時を過ごすのだった。




