9 幻夢(VR)も現実(リアル)も狂信はヤバい
階段を昇った先は、小さな扉になっていた。罠を確認し、罠も鍵もないことを確認した後、ゆっくりと引き開ける。
扉を抜けた先は通路になっていた。通路は薄暗く見通しは良いとはいえない。
俺はコンパスを取り出し、方角を確認する。どうやら通路は南北へとそれぞれ伸びているようだ。今俺達がいる場所は、その通路の途中になるようだ。
俺達が通ってきた扉は、どうやら隠し扉になっているようだ。一見すると、ただの壁に見えるのだが、出て来た場所をそっと押してみると、壁に筋が入り、静かに扉が開いた。手を離すと元に戻り、壁にしか見えなくなった。
俺は扉の位置を分かりやすくするため、白墨を使って目印を書き込んだ、その時。
『明かりを消して!』
鋭いスマラの念話に、俺はすぐさま明かりを消す。
『フードを被って、急いで!』
スマラはそう言い放つと即座に俺の影へと飛び込んだ。
『隠し扉から離れて壁際に!』
俺は状況が理解できないまま、スマラの指示に従って扉から離れ、少し離れた壁際に移動し、息を潜める。
そして、しばらく様子を窺っていると、北側の通路から明かりが近づいて来る。
明かりが俺に近づくにつれ、何かが聞こえてきた。
それは地の底を這うような低い呟きで、声の反響から複数の存在が呟いているようだ。
「アリヤス・フングルゥ・アリ・アリ・アドニゥ・クトゥ・アリ・アリ――」
まるで呪文の詠唱のように聞こえる呟きは、その姿が見えると同時にはっきりと聞こえてきた。
その姿を見た俺は思わず息を飲んだ。
目の前に姿を現したのは、黒を基調としたローブに身を包んだ集団だった。要所を赤に染め、複雑な紋様を銀糸で織り込んだローブは、そこにいるだけで不気味な雰囲気を醸し出している。
僅かに俯き、フードに隠された顔は見ることができない。かろうじて見える口元から、どうやら人型種族であることは見て取れる。
一列に並び、詠唱を止めることなく、通路をこちらへと近づいて来る。迷いのない歩みに、俺は気づかれているのかと緊張する。
『そのまま壁に張り付いてじっとしていて。大丈夫、気づかれていないわ』
スマラの心話に、俺は覚悟を決め、気配を消せるよう息を止める。
ローブの集団が俺の前を通り過ぎていく。明かりを持つ先頭の者に続くその足並みは、奇妙なほど揃っている。
一人、二人…。
口元から漏れる低い詠唱を聞きながら、俺の心臓は緊張により破裂しそうだった。頼む、このまま何も起きないでくれ…。
三人、四人…。
彼らの持つ明かりの蒼白い光が不気味に揺らめく中、俺は必死に神に祈っていた。特定の宗教を信仰していない、不信心者の祈りだったが。
五人、六人。
ようやく最後のローブが目の前を通り過ぎて行った。
最後の人影が見えなくなると、俺は息を吐き、スマラに質問した。
『あれは何だ?』
『この遺跡に聖堂を持つ悪魔崇拝者よ。ああやって定期的に悪魔を奉じる儀式を行っているの。見つからなくて良かったわね』
なるほど、あれがイデアーレの言っていた悪魔教団か。討伐したという話だったけど、まだ残っていたらしい。
『話は通じないのか?』
『生贄にされるのがオチよ』
デスヨネー。
そうだと思った。うん?
『生贄って、こんなダンジョンで何を生贄にするんだ? モンスターか?』
『その時々で変わるみたいだけど、羊や鶏なんかが大半らしいし、場合によっては幼い少女や、稀に幻想種なんかを供物にするときもあるみたい。見たことはないけど』
ふむ、君子危うきに近寄らず、なんだが。俺は妙な胸騒ぎを感じ、踵を返すと、悪魔崇拝者の消えた通路へと歩き始める。
『ちょっと、どこへ行くのよ?』
『あいつらの後を追う。儀式の内容を確認したい。もし、少女が生贄にされるようなら助けないと』
俺の言葉にスマラは慌てて、
『馬鹿言わないで! 危険なんてもんじゃないわよ! あいつらにとって儀式は命よりも大切なものなのよ。邪魔なんかしたら、狂ったように襲い掛かってくるわ!』
と言って止めてくるが、俺は歩みを止めずに、
『一応、この遺跡の地図作成が仕事だからな。あいつらが儀式をする場所も地図に載せないといけない。場所だけでも確認しておかないと』
それに、どこで儀式をやるのか確認しておかないと、どう通路が繋がっているかも分からないのだ。先に進んだ結果、そこに繋がるとも限らないのだ。それに儀式を終えたあいつらに背後から襲われる可能性もある。
『…仕方がないわね、場所を確認するだけよ。絶対に無茶はしないでよね』
心底嫌だという感じが心話から伝わってくるが、俺は無視して悪魔崇拝者の後を追う。
通路を進んでいくと、不意に明かりが消えた。俺は懐からカンテラを取り出すと明かりを灯し、奴らの持つ蒼白い明かりが消えた辺りへと慎重に近づく。
一見すると何もない通路。しかし、通路の途中にある隠し扉を見ていた俺は、慌てずに付近の壁を調べる。
すると、やはり隠し扉が見つかった。そっと押し開くと、細い通路があり、奥から蒼白い光が遠ざかっていくのが見えた。
俺は再び明かりを消し、後を追う。
通路は天然の洞窟を利用したものか、天然の岩肌で出来た通路が、ぐねぐねと曲がりながら続いている。
途中、何度か分岐があったが、蒼白い光を目印に通路を進んでいく。訓練のおかげで、暗闇の中、決してよくない足場の通路を音もなく進んでいく。
『貴方本当に駆け出しの探索者なの? とても信じられないわ』
落ち着いた俺の行動に、スマラは感嘆の声を上げる。
この程度、潜入型のVRゲームをやっていれば、案外経験しているもんだ。もっとも、現実感は圧倒的に〈オーラムハロム〉の方が上だけど。
『訓練したからな。他の駆け出しに比べると探索者としての準備は整っているとは思うがね』
そうしているうちに、奥から見える光に変化が現れた。
今までの蒼白い光から、赤い光に代わったのだ。どうやら、別の明かりがある場所があるようだ。
俺はゆっくりと明かりの方向へ進んでいく。近づくにつれ、明かりと共に暑さを感じる。儀式のために篝火でも焚いているのだろうか? 俺は通路の影から、そっと中を覗きこんだ。
そこは、正に(禍々しいとはいえ)聖堂と呼べるものだった。部屋の中央には祭壇が置かれ、その上には生贄であろうか、黒い布が掛けられた何かが置かれている。大きさからして、鶏ではない。
そして祭壇の奥には、崇拝の対象であろう、異形の姿を象った石像が置かれている。崇拝者達は、その像に向かって跪き、一心不乱に詠唱を行っていた。
熱気は部屋の奥から漂ってくる。見ると石像の更に奥、そこは崖になっており、明かりはそこから照らしている。そして、暑さと硫黄の匂い。
どうやら、奥は溶岩溜まりになっているらしい。この辺りで火山を見た覚えはないのだが、流石VRゲーム。地形は関係ないようだ。
そんなことを考えながら様子を窺っていると、儀式が進んだらしく、崇拝者の一人が祭壇の前に立ち、傍らにあった儀式用の短剣を手に取り振りかぶる。
その時に聞こえた祭壇の上からの声に、俺は抜き放ったミゼリコルドを投擲していた。
ミゼリコルドは吸い込まれるように短剣を振り上げた崇拝者の後頭部に突き刺さる。崇拝者は短剣を構えたまま、祭壇へと倒れ込む。その手から短剣が転がり落ちる音を聞いた他の崇拝者たちが、俺の存在に気が付き、怒りの声を上げながらこちらへと向かってきた。
『ちょっと! どうするのよ!』
『この通路は狭い。ここで迎え撃つ』
俺はそう言って腰からレイピアを抜き放つ。そのまま通路へと下がり奴らを迎え撃つために構える。
この通路は狭く、人が二人かろうじて入れ違えるほどの幅しかない。武器を振り回すことを考えたら、一人ずつしか行動できないだろう。
怒り心頭の崇拝者たちは、脇目も振らずにこちらへと飛び込んでくる。その手には怪しげな光を放つ錫杖が握られている。
思いのほか鋭い崇拝者の一撃を受け流しながら、俺はレイピアを喉元へと突き入れた。
狭い通路では躱す隙間もなく、崇拝者はレイピアを飲み込み、その場に頽れた。
倒れた崇拝者を乗り越え、次の崇拝者が襲いかかって来た。死角からの一撃を躱すことができずに、俺の腕に痛みが走る。
痛みに竦みそうになる身体を無理矢理動かし、レイピアで崇拝者の武器を持つ手首を切り裂く。
切り裂かれた痛みに武器を取り落し、蹲る崇拝者に止めを刺そうとすると、
『気を付けて! 後ろから何か来る!』
スマラから心話が飛ぶ。俺は蹲る崇拝者を蹴り飛ばすと、聖堂へと飛び込んだ。
側面から振り下ろされる錫杖を避け、素早く周囲を見渡す。
聖堂の中には後3人崇拝者がいるはずだった。しかし、確認できたのは蹴り倒した崇拝者を除くと、今しがた錫杖を振り下ろしたやつ以外に姿が見えない。
すると、通路の方から残りの二人が姿を現した。どうやら、別の通路を使って、俺の背後に回ろうとしたらしい。
危なかった。スマラの忠告がなければ、狭い通路で挟み撃ちにあうところだった。
俺は呻きながら起き上がろうとする崇拝者の顔を思い切り蹴り上げた。爪先に感じる嫌な感触と共に、崇拝者の首が本来曲がらないであろう角度に反り返り、そのまま動かなくなる。
だが、これで3対1の状況になってしまった。おれはスマラに心話を飛ばす。
『何とか一人を惹きつけられないか?』
『やってみる』
最初に襲い掛かろうとした一人の足元に、スマラが飛び込んでいく。影からの不意打ちに、崇拝者の動きが止まった。
その隙を逃さず、俺は迷わずに通路を塞ぐ位置に立つ崇拝者に斬りかかる。
一人目を無視して来るとは予想していなかったらしく、目標の崇拝者は避けることもできずに俺の繰り出す突きをまともに受けた。だが、距離があったため、致命傷にはなっていない。
俺の肩に衝撃が走る。
三人目の崇拝者が繰り出した錫杖を避けることができなかった。錫杖とエルブン・チェインがぶつかり、火花を散らした。
くそっ、痛てえ。
痛みを堪え、目の前の崇拝者に止めを刺す。あと二人。
その時、後ろからギャン、と声が聞こえた。
首だけを巡らして確認すると、スマラが崇拝者に蹴り飛ばされているのが見えた。受身を取っていたが、そのまま蹲ってしまう。
スマラを脅威ではないと考えたのか、その崇拝者もこちらへと向かってくる。
俺はそいつを無視して、通路へと飛び込んだ。そして振り向きざまにレイピアを横薙ぎに払う。
突き出された錫杖にレイピアがぶつかり、火花が散った。どうやら奴らの錫杖も魔法の武器のようだ。俺はその反動を利用して、今度は反対向きに回転し、もう一度薙ぎ払った。
錫杖を逸らされた崇拝者は体勢を整える間もなく、こちらに飛び込む形になっていた。その喉を俺のレイピアが真一文字に切り裂いた。
喉から吹き出す血を抑えようと、両手を喉に当てた崇拝者の眉間に、俺はレイピアを突き入れる。
レイピアの刀身が驚愕に見開かれた崇拝者の目の間を貫き、絶命させる。
倒れ込む崇拝者の身体を蹴り、レイピアを引き抜くと、俺はもう一度聖堂へと飛び込み、スマラを蹴り飛ばした崇拝者に斬りかかった。
一人となった崇拝者にもはや勝ち目はなかった。俺は勝利を確信し、必殺の突きを繰り出した。
そこで予想外のことが起きた。崇拝者は俺のレイピアを受け流すと、鋭い反撃をしてきたのだ。
崇拝者の手に握られているのは、左手に〈広刃の短剣〉(ダーク)、右手に〈広刃の長剣〉(ブロードソード)だ。こいつは俺のレイピアをダークで受け流し、ブロードソードを袈裟切りに振り下ろしてきた。
避けきれない。そう判断した俺は、身体ごと崇拝者に向かって飛び込んでいく。
ブロードソードが肩口に食い込み、火花を散らす。振り下ろされる途中で受けたため、痛みはそれほどなかった。崇拝者は俺を避けるために大きく飛び退いた。
俺は飛び込んだ勢いのまま、崇拝者から距離を取り、スマラに話しかける。
『無事か?』
『無事じゃないわよ! すっごく痛い!』
どうやら無事のようだ。心話で喚くスマラに影に潜むように指示を出し、俺は崇拝者と向き合った。
崇拝者は視界を確保するためか、フードをゆっくりと外す。その下から現れたのは、酷薄な笑みを浮かべた人間の男だった。
「よくも儀式を邪魔してくれたな。せっかくの強化チャンスだったのに」
強化チャンス? こいつはもしかして…。
俺が沈黙を守っていると、男はペッと唾を吐き、
「だんまりかよ。まぁいいや。お前を殺せば〈探索点〉(QP)も手に入ることだし、それでも成長はできるからな」
そう言って男は武器を構える。やはりそうか。
俺も武器を構えつつ、男の様子を窺った。こいつは恐らく〈探索者〉、それも俺と同じプレイヤーだ。
「それにしても、このイベントを見つけるのは苦労したぜ? 悪魔崇拝者の信用を得るために、入信の儀式として生贄を捕まえてこなけりゃならなかったし、儀式のための呪文も覚えないといけなかったし。もっとも、頑張った甲斐はあったがね。儀式を行うだけで、好きな〈能力〉を1点伸ばせるんだ。効率のいいイベントだったのによ」
おかげで〈二刀流〉ができるまでになったぜ。そう言ってニヤリと笑う男に、俺は油断なくレイピアを構えた。
〈二刀流〉(デュアル)。
〈オーラムハロム〉の自由度の高いシステムは、武器の扱いに関しても他のゲームの追随を許さず、PCは〈職業〉〈能力〉の制限さえ満たしていれば、あらゆる武器・防具を使用することができる。
それは、現実には非常に難易度の高い「左右の手に異なる武器を持って戦う」、所謂〈二刀流〉を行うことも可能だった。
ただし、二刀流を行うためには、要求される〈能力〉が高いのもまた必然である。なにしろ、それぞれの武器を使うために必要な能力を合計しただけの数値が必要になるのだ。
因みに目の前の男が持つダークとブロードソードで二刀流を行う場合、〈体力〉が16以上、〈器用〉が20以上必要になる。
つまり、二刀流ができるということは、常人を超える筋力と器用さが必要であるということだ。それは戦闘能力の高さも表している。
高い能力に加え、二つの武器を扱って繰り出されるダメージは驚異的だ。
俺には真似できない戦闘力を持つ男が目の前にいる。俺の背筋を冷たい汗が流れる。
「見たところ、良い武器を持っているじゃないか。どうだい、降伏するなら命だけは助けてやるぜ? その代わりその剣は頂くがね。なに、死ぬよりはいいだろう?」
男の提案に、俺は思案する。こいつに従っていいのだろうか?
男の目を見ながら考えを巡らせる。結論はすぐに出た。
答えはノーだ。
自らの成長のために、悪魔崇拝者になるような男に武器を渡せば、俺はそのまま殺されてしまうだろう。こいつは俺を単なるゲーム上のエネミーとしてしか見ていない。
それに、殺したところで蘇るんだ。こいつはまず武器を取り上げることで反攻できなくさせ、そのまま【消滅】するまで俺を殺し続けるだろう。
俺は心を決めると頷き、足元にレイピアを置いた。
「お? なんだよ割と素直だな。いいだろう、そのまま後ろに下がりな。ゆっくりとな」
『ちょっと、諦めるの!?』
スマラが心話で咎めて来るが、俺は男の指示通り、崖の方にゆっくりと下がる。そして心話でスマラにお願いをする。
十分に距離が空くと、男はゆっくりと近づき、ブロードソードを仕舞うとレイピアを手に取った。
「うおっ、軽いなこれ…。けどまぁ魔法の剣みたいだし、思わぬ掘り出し物が手に入ったぜ」
男はそう言いながら、俺に笑顔を浮かべてくる。
「それにしてもえらく人が良いな。そんなんで探索者が務まるのか心配だが、安心してくれ。そんなお前に礼として教えてやる」
そう言ってレイピアを構えた。
「そんな甘い考えなら探索者なんか止めちまえ。今から講義の時間だ。なに高い授業料だが、釣りは要らない。取っときな!」
男はそう言い放つと、レイピアを構えて突進してきた。そして必殺の突きを繰り出してくる。
今だ!
俺は心話でスマラに合図を送ると同時に、頭の中で念じる。
『わが手に来たれ!』と。
俺の念に応じ、男の手からレイピアが消え去り、俺の手の中へと現れる。驚愕に目を見開く男の足に、影から飛び出したスマラが飛び掛かる。タイミングを合わせての突進に、足を取られた男はバランスを崩した。
俺はレイピアを投げ捨てると、レイピアを構えた姿のまま突き出された腕を取り、投げ飛ばした。そしてそのまま腕の関節を極め、組み伏せる。
「くそっ、騙しやがったな!」
男は力任せに跳ね飛ばそうとするが、腕を襲う痛みに呻き声を上げる。こうやって完璧に関節を極められたら、力ではどうしようもない。むしろ腕が折れるのに力を貸すことになる。
『スマラ、こいつの武器を取り上げてくれ』
『分かったわ』
俺の指示に従って、スマラが男の腰から器用に武器を取り外すと、俺の指示通り、溶岩の中に落とす。
それを確認した後、俺は男の腕から〈刻の刻御手〉を外し、スマラに渡した。スマラはそれを〈全贈匣〉へと仕舞い込んだ。
「この野郎、それを知ってるってことはプレイヤーだな! この〈簒奪者〉め!」
男は必死に喚いているが、無視して腕を極めたまま、立ち上がらせる。そして、そのまま溶岩の方向へと歩かせる。
「おい、何をするつもりだ?」
「決まっている。素晴らしい講義をしてくれた先生に敬意を表して、俺が味わうはずだったことを経験してもらうだけさ」
俺はそう言うと、男を崖の縁まで連れて行く。
「お、俺が悪かった。なぁプレイヤー同士仲良くやろうぜ。俺達が協力すれば、もっと楽しめるだろう?」
男は必死に慈悲を請うが、そんな言葉に耳を貸すほどお人よしではない。
「一度裏切られている奴の言葉を信じるのは甘いんだろ? 俺は探索者をやめるつもりはないからな。先生の言葉に従うとしよう。なに、死んでも蘇生すればいいさ」
「くそったれ! 地獄に落ちろ!」
男の最後の捨て台詞を聞きながら、俺は男を溶岩へと叩き落とした。悲鳴を上げながら落ちる男が溶岩に飛び込み、沈むのを確認して、俺は改めてレイピアを構え、警戒する。スマラにもいつでも飛び掛かれるように指示を出す。
『スマラ、俺が蘇った時、どんな風に現れた?』
『空中に突然、淡い光が溢れて、その中に現れたわよ。影の中から見てたけどね』
なるほど、現れるのはここか、聖堂の入口か、通路か。
俺はどの位置に現れても良いように、丁度中間になる位置に移動し、様子を窺う。
すると、崖側に光が溢れ、男が姿を現した。なるほど、【蘇生】は死の現場に最も近い安全な場所に出現するようだ。俺の時は吊り天井の罠のせいで、部屋の中に蘇生したとしても俺のいられるスペースがなかったため、一つ前の部屋で蘇生したのだろう。蘇生できるスペースがあれば、死の現場に最も近い場所になるわけだ。
「ちっ、〈幸運〉が減っちまった。また育て直しか――」
悪態をつきながら一人ごちる男に向かって俺は突進した。駆け寄ってくる俺に驚いた男は、避けることもできずに再び溶岩へと突き落とされた。
「聞こえているか分からないが、俺はお前がここで蘇生する度、お前を溶岩に突き落とす。大人しくクエスト放棄しろ」
悲鳴を上げて落ちていく男に向かって、俺はそう声を掛けた。さて、聞こえていたかな?
結局、男は2回蘇生してきたのだが、漏れなく俺に溶岩落としをされることに気付いたのか、その後は姿を現すことがなかった。リタイアしたのか消滅したのか、それは分からなかったが。