86 〈現夢〉で皆の御披露目会
〈妖精郷〉に戻って一週間が過ぎた。俺は休養を取りながら、皆に俺の探索のことを話し、オーラムハロムについて、〈陽炎の門〉についても話した。
「…本当なのか? この世界がゲームじゃなくて異世界で、脱出には〈陽炎の門〉を見つけるしかないってのは」
話を聞いたゼファーは半信半疑、といった様子で尋ねてくる。他の皆も同じような表情だ。
「確認する方法はないけど、【消滅】は避けた方が良いな。事実だとすれば、リスクが大き過ぎる。それに、時間に関しては、今現在、強制離脱されていない事実が、信じる理由の一つになると思ってるよ」
俺の言葉にロゼは頷いた。
「そうですね。もしかしたら強制ログアウトできるかもしれない。でも、それを期待して何もしないのは耐えられません。積極的に〈陽炎の門〉を探す案に賛成です」
「わたしも探すのに賛成。楽しいことはちゃんと楽しまなくちゃ!」
キルシュも頷く。女性陣はポジティブで頼もしい。
「私たちにとっては、あまり関係ない話ね」
『うん』
「世界による時間の差異とか、並行世界とかは良く分からないけど、要は今まで通りってことでしょ?」
ジュネとリィアは我関せず。そしてヴィオーラの竹を割ったような言葉で締め括られ、皆は完全に納得していないものの、俺と同様に「そういうことだから」と思うことで折り合いをつけたらしい。
だが、先ずは〈稀人の試練〉で手に入れた物の確認と、俺自身のレベルアップ、それに伴う確認作業を中心に行うのが先決だったので、心身を休めつつ作業を進めていた。
最初に、揺り篭から狼達を解放する。戦乱の試練の際には共に闘い、逞しく成長した彼らは、既に成獣と遜色ない体格になっている。最初は〈妖精郷〉に戸惑っていた様子だったが、すぐに慣れたのか、久し振りの解放に皆でじゃれ合っていた。
そこに喜声を上げながら飛び込むジュネ。ファリニシュと共に狼の中に飛び込むと、一緒にじゃれ合っている。
「ちょっとヴァイナス、この子達は何!? 私を悶死させる気なの?」
狼達に揉みくちゃにされながら、輝くような笑顔を俺に向けるジュネに、仲間にした経緯を説明する。
ジュネは何度も頷きながら、
「それじゃあ貴方達の名前を考えないとね! 素敵な名前をつけてあげるわ!」
と言って再びじゃれ合いを始める。それを横目に見つつ、俺は作業に戻った。
次はレベルだ。改めて確認し、〈稀人の試練〉によって獲得した膨大なQPと、神様たちに飲まされた、各種の酒薬によって強化された俺の〈能力〉を見て、思わず言葉を失う。
因みに最後に確認したのはグリームニルのところで、その数値は以下の通り。
〈体力〉298 〈器用〉522 〈幸運〉145
〈知性〉105 〈魅力〉93 〈耐久〉110
この後、マフデトの所で『不死なる者』として〈能力〉が再構成され、その後の酒薬漬けや試練によって変化・上昇した結果、現在の数値がこれだ。
〈体力〉444/888 〈器用〉444/888
〈幸運〉444/889 〈知性〉444/888
〈魅力〉444/888 〈耐久〉444/888
大・成・長! である。因みに「/」の後ろの数値は、〈隣世の魂〉を取り込んだ影響で、能力が倍増しているためだ。
これは装備による上昇なので、レベルには影響しないが、それでもレベルはなんと44! 44である。
ダンジョン挑戦前の倍以上となったレベルや能力の成長に、鑑定したスマラと共に、自分の目を疑った。何度も確認し、事実だと分かると、最後には二人で大笑いしてしまった。
いきなり笑い出した俺とスマラを、ジュネたちが不思議そうに見ている。皆にも後で伝えよう。
獲得した大半のQPは現在貯蓄している。成長に関しては考えていることがあるので、あえて現状維持に留めてあるのだ。とはいえ、これだけの能力を持っていて、困ることは殆どないだろうが。
その後は収集品を確認したり、億を超える金貨の使い道を考えたり、妖精郷の様子を確認したり、ロゼ達と会えなかった時間を埋めたりと、それなりに忙しくありつつも、穏やかでゆっくりとした時間を過ごすのだった。
「ヴァイナス、訓練に付き合ってくれよ」
成長したレベルと能力に慣れるため、草原で日課の訓練をしていた俺に、ゼファーが話しかけてきた。
俺同様に、試練を乗り越えて力を増した、エメロードとマグダレナを相手に訓練をしていたところだったので、ゼファーも訓練に参加したいとのことだ。
「俺も〈勇士〉になったし、ローズマリー達も上位職になったから、お前ともいい勝負ができると思ってな」
そう言えば、言ってなかったっけ。俺がレベルのことを伝えようとすると、横からヴィオーラも、
「私達も良いかしら? ジュネも〈戦盗士〉になったから、手合わせしたいって言ってるし。貴方がどれだけ強くなったのか知りたいわ」
と参加を申し出てくる。その背後には、ロゼやジュネ、キルシュ、ブリス、更にはガデュス達の姿まである。
まぁ訓練だし、構わないか。折角なので、俺も自身の実力は把握しておきたいし、皆の力も知りたい。
「良いよ。どういう訓練をするんだ?」
「手っ取り早く、実戦形式で良くないか? なぁに、俺達には《蘇生》がある。ヴィオーラ達には強要できないけど、そこは加減すれば良いだろ?」
「あら、優しいのね。それじゃあ全力でいかせて貰おうかしら」
挑発とも取れるゼファーの言葉に、ヴィオーラが食いつく。ゼファーが余裕の態度で受けているのを見ると、どうやら相当に強くなったみたいだな。あれだけ自信を見せるゼファーは見たことがない。
「私もテフヌト達に魔法の手ほどきを受けたし、闘技大会のヴァイナスに近づけたと思います。〈英雄〉としての力、見て下さい」
ロゼも頬を紅潮させ、拳を握ってヤル気を見せている。自信がついたようで何よりである。ジュネも静かに笑っているが、その眼には確かな光が宿っていた。
「わたしも強くなったよ! 〈使役魔〉も仲間になったし、簡単には負けないわ!」
キルシュの傍には、〈無頭馬〉に牽かれた戦馬車を操る、〈貌騎士〉の姿がある。どうやらデュラハンをファミリアにしたらしい。
脇に抱えた兜によって顔は見えなかったが、兜の首元から流れ落ちる、美しい髪を見ると女性なのだろうか?
「よし、まずは俺からやらせてもらうかな! 何なら皆で懸かって来ても良いんだぜ?」
ゼファーのドヤ顔に、皆の表情が変わる。それにしても、このゼファーの自信はどこから来るんだ?
「随分と自信ありげだけど、ゼファーはそんなに強くなったのか?」
俺が小声でロゼに尋ねると、ロゼも小声で、
「『小英雄』の試練を終えて、皆『大英雄の試練』にも挑戦したんですけど、ゼファーはイベントで良いものを引けたらしくて、レベルが倍以上、上がったんです。それで少し調子に乗ってるみたいで…」
『あら凄い、ゼファーったらレベル17になってるわよ』
俺の足元で話を聞いていたスマラが、心話で教えてくれる。
成程、自信の根拠はレベルの大幅な上昇にあったわけだ。確かに、一つのダンジョン攻略で、レベルが倍以上になれば、強くなった実感と共に、その力を試したくて仕方がないだろう。
実際に実力を上げているゼファーのドヤ顔に、ヴィオーラが小さく舌打ちするのが聞こえた。あれは相当キてるな。ジュネも微笑んでいるが目は笑っていない。
やれやれ、ここは俺が相手をするか。
ゼファーの優越感をへし折るのは悪い気がするが、まぁ訓練やってりゃ気付かれるんだし、それが早いか遅いかの違いでしかない。ヴィオーラたちの機嫌を考えても、早めにしておこう。
「それなら、俺が相手をするよ」
「お、早速真打ち登場かよ。今の俺は闘技大会の時とは違うぜ? あの時のお前よりも、俺は強くなった!」
ヴァイナスは、今の貴方より強い相手に勝ってるでしょ…。後ろでロゼがため息と共に呟くのが聞こえた。
まぁ確かにトーヤよりもレベルは低いけど、トーヤと違い、かなりバランス良く成長していることは、ゼファーを鑑定したスマラから聞いている。
ソロでは、様々なことを自分自身でやらなければならないから、自然とそうなるとも言えるのだが。
「言っておくが、手加減はしないぜ。死んでも恨むなよ」
「それはこっちだって同じだ。ゼファーと全力で闘うのは、奴隷船の時以来かな」
「懐かしいな。もう一年以上前になるか…」
俺達はそんな話をしつつ、互いに距離を取り、闘いの準備を進めていく。
「男として、一度お前には勝っておきたかったんだ。今日、果たさせて貰うぜ」
ゼファーはそう言ってカタナを構えると、いきなり〈超入神〉を使って来た。最初から本気である。殺る気満々である。
「ちょっとゼファー、それはやり過ぎよ!」
ロゼの言葉に、ゼファーは一瞬怯むが、
「いや、こいつはトーヤにすら勝ったんだ。ここで手は抜かん!」
と言い、更に闘気を高めていく。一方俺は自然体のまま、下段に〈肆耀成す焔〉を構えて静かに待つ。
良い判断だ。最初から全力でぶつかるほうが、結果としてダメージを減らすことが多いことを、ゼファーは理解している。
「俺も手加減しない方が良いか?」
「言っただろ、手加減無用!」
なら本気で行くか。俺は【神速】の魔法を唱えた。俺の身体が魔法の光に包まれた瞬間、ゼファーが飛び込んでくる。
「もらったぁ!」
ゼファーの迷いのない上段からの一撃。トーヤのそれに勝るとも劣らないその攻撃は、ゼファーが能力に頼らず、日々の研鑽を積んだ証だ。
俺は下段から無造作に斬り上げ、迎撃する。ゼファーはそれを見てニヤリと笑う。
「受け流せるか? お前でも無理だ!」
ゼファーの闘気の籠った渾身の一撃に、俺の剣が触れる。お互いの刃が打ち合わされ、
あっさりとゼファーのカタナが弾き飛ばされた。
「へ?」「は?」「な?」「え?」「ちょ!?」
目の前の光景に、皆は驚愕に目を見開いた。さして力の入っていないように見えた俺の下段からの一撃が、上段からの勢いの乗った攻撃を受け流すどころか、完全に弾き返したのだ。
呆然とするゼファーに、俺は追撃を見舞う。【神速】による連撃に、〈超入神〉状態のゼファーは反応するが、身を引くゼファーの身体には既にあるべきものがない。
宙を舞い、呆然とした表情のまま俺を見つめる、ゼファーの首が地に落ちる前に、ゼファーは光へと変わり、少し離れた場所に出現した。
予想外の光景に、皆言葉を失う。俺は静かに剣を鞘に戻すと、ゼファーが《蘇生》から立ち直るのを待った。
「…何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった」
ゼファーは呆然としたまま独り言ちた。
「今、俺、負けた、いや、死んだのか?」
「そうだな。手加減できなかった」
俺の言葉に、ゼファーは肩を震わせ、
「俺、強くなったよな? 何で負けた?」
と呟くゼファーに、俺は静かに答える。
「確かに強くなったよ。前に比べたら段違いだ。でもな、俺も強くなったんだよ」
「いや、そんなレベルじゃないだろ」
俺の答えに、ゼファーは呆れ顔で首を振る。
「漸く勝てると思ったのに…。お前、一体どんな試練を乗り越えたんだよ…」
「正直、詳しくは言いたくないな。思い出したくないものも多い」
「怖ぇ…」
俺の答えに、ゼファーは言葉を無くす。背後で見ていた皆も漸く反応し出した。
「見ていた私達にも良く分からなかったんだけど、いつゼファーを斬ったの?」
「気が付いたらゼファーの首が飛んでた…」
そんなに早く動いていたか? 自分ではモリーアンと闘った時に比べると、かなり抑えたつもりだったのだが。
「なぁ、お前今レベル幾つだ?」
「…44」
「………はぁ!?」
ゼファーの問いに答えると、ゼファーは素っ頓狂な声を上げる。皆も驚愕に目を見開いた。
「聞き間違えじゃないよな? レベルは?」
「44」
もう一度答えると、ゼファーは疲れたようにその場に座り込んだ。
「44って…。そんなレベルあるの? チュートリアルでも説明は30までだったよ」
「ダンジョン攻略前の3倍以上、ですね…」
すいません。能力だけならレベル80超えてます。流石にこれは伝えまいと言葉を飲み込んだ。
「ねぇ、私達もアレと闘うの…?」
ヴィオーラ、アレ呼ばわりは酷いんでないかい?
「流石に、厳しいわね。一対一は夜だけで満足よ」
ジュネ、それは喜んで良いのか?
「ヴァイナス、私は手加減して貰えると嬉しいです」
「ゼファーの仇は取りたいけど…。いっそのこと、皆で一緒に闘えば?」
ロゼとキルシュは、前向きなのか後ろ向きなのか良く分からない提案をしてきた。ブリスは、はなから一人で闘うつもりがないらしく、エメロードとマグダレナと既に連携を相談している。
まぁ、どういった形でも良い。訓練にはなるだろう。そう思い、ふと視線を向けると、ガデュスは肩を震わせていた。そして、やおら地に伏せると、まるで神でも見るかのように遇してきた。
「主殿、我らでは到底御身の前に立てるとも思えませぬが、非才なる身の全力を持って、お仕えさせて頂く所存です」
そう言って五体投地をするガデュスに、どうしたものかと考え、取り敢えず、頼りにしているよ、と声を掛けておく。
「なんとまぁ、確かに40を超えていますね。それだけの格があれば、神すら倒せそうです」
テフヌトも呆れて笑っている。後で精霊達を再召喚しましょう、彼らも喜びます。テフヌトの言葉に頷き、その辺りの段取りを決めていると、皆も話し合いが終わり、どうするか決まったようだ。
「相談の結果、全員で相手をします」
代表してロゼが伝えてきた。全員か…。どこまでやれるか分からないが、できるだけやるしかないな。
スマラ、テフヌト、貴方達も! ヴィオーラが我関せずと見学を決め込んでいた二人にまで声を掛けた。
あ、これ多分死ぬフラグだ。…俺が。
俺の思いとは裏腹に、ヤル気を漲らせた俺以外全員との『死闘』は、死者こそ( 予想通り俺は何度が死んで復活した )出さないまでも、満身創痍となる者多数を出しながら、ロゼ達のSP切れにより、続行不能となるまで続いたのだった。
「いや、皆強くなったなぁ」
『不死なる者』の恩恵もあり、気力も体力も全快していた俺は、死屍累々となった皆を訓練場に残し、森へと向かっていた。
オフィーリア達に報告することがあるからだ。〈西方の焔〉を打ち直し、〈肆耀成す焔〉としたことを伝えようと、二人がよく過ごしている森の一角を目指す。
二人はいつものように、小さな池の畔で、静かに肩を寄り添わせ、過ごしている。
俺は二人に声を掛けると、二人の傍に腰を降ろす。
「何か凄い音が響いていましたが、何事ですか?」
オフィーリアの問いに、俺は頭を掻きつつ訓練の様子を伝えた。
ゼファーは援護を受けたことによって更に強くなっていたし、ロゼは攻撃と魔法のバランスを取りながら、的確に攻めてくる。
ヴィオーラとエメロード、マグダレナは空から攻めてくるし、キルシュとブリス、スマラ、テフヌトは魔法で容赦なく攻めてきた。
ジュネは俺の隙を見て急所に矢を打ち込んでくるし、デュラハンが壁役となって後衛組への接近を防ぐ。
流石にこれだけの戦力を相手取ると、ほぼ防戦一方になってしまい、大した反撃をすることもできなかったが、『不死なる者』となった俺は、殺されても瞬時に蘇る。
「反則だ!」
と悲鳴を上げながら攻撃を続ける皆に、俺も本気で相対した。思わず力が入り過ぎて、危うく殺しかけた場面もあったが、魔法職の十全な援護があり、皆は死者無しで済んだのは、僥倖だろう。
「何というか、相変わらず貴方達は無茶をしますね」
呆れた顔のレイアーティスに、俺は頭を掻きつつ、〈肆耀成す焔〉を腰から外すと、ことの経緯を説明する。
了承も得ずに鍛え直してしまったことを謝罪すると、オフィーリアは首を振り、
「この剣を見ればわかります。それが最善だったと」
と言う。続いて、
「構いませんよ。形は変われど、そこに宿る思いは変わりません。剣も喜んでいるでしょう」
そう言って笑うレイアーティスの言葉にオフィーリアも頷いた。俺の手の中で、〈肆耀成す焔〉も嬉しそうに輝く。
その後は二人に乞われるまま、〈稀人の試練〉で経験したことを、土産代わりに話すことになった。二人は終始嬉しそうに微笑み、拙い俺の話に耳を傾ける。
壮絶な訓練の後に、束の間、ゆったりとした時間を過ごした。
そして、レベルアップの影響は、予想外の方向へと進んでいく。
「テフヌト、相談があるんだけど」
「どうしました?」
部屋で寛ぐテフヌトに、俺はギフトのことで相談する。
「〈才能〉の獲得なんだが、一気に3つ取得できるだろう? その中に〈遙楽園〉っていうのがあるんだけど、これって?」
「〈遙楽園〉…。実在するのですね」
俺の問いに、テフヌトは目を丸くした。そんなに驚くことか?
「格が30を超え、〈妖精郷〉を持つ存在など、私の知る限り、世界に5人といませんから。その中でも〈遙楽園〉を持つ者はいなかった筈」
テフヌトの微妙な、誉め言葉かどうか分からない言に、俺は曖昧に笑う。悪かったな、ニッチなギフト持ちで。
「それで、どういう効果なんだ?」
「〈遙楽園〉は、〈妖精郷〉の更に上位の〈才能〉です。現在は小さな浮遊島が連なる形で形成されていますが、〈遙楽園〉はより大きく、数十倍は巨大な浮遊島となります」
何それ凄い。つまりは上位バージョンってことだな。
「それだけではありません。開拓を進めれば街道や街、城も作れますし、迷宮も作れます。棲息できる生物の種類も豊富になりますし、小世界のようなものになりますね」
…違った、もっと凄いものだった。てか、そこまで大きな空間を維持するために、どれだけ力が必要なんだ?
「別に、〈才能〉を獲得した時点で、周囲の魔力などを利用して形成されますから、特に必要な物はありませんよ」
そもそも、維持できる力を持つが故の〈才能〉です。成程、と頷く俺に、テフヌトの説明は続く。
「それに、開拓などは機能を使っても行えますが、〈妖精郷〉の時同様、自らの手でも行うことができます。時間は掛かりますが、機能に縛られずに自由に行うことができますよ」
うーむ、開拓に関しては、ゆっくりと進めようかな。まずは精霊達に手伝ってもらって、開拓を進められる範囲でやっていく。その上で、街を創ることになれば、外から住人を迎え入れるかどうかを考える方向でやってみる。
折角上位にできるんだ、選択しない手はない。
「よし、〈遙楽園〉を取得するぞ。取得した場合、〈妖精郷〉はどうなる?」
「心配しなくても、〈妖精郷〉を中心に新たな空間が形成されますから、現状はそのまま引き継がれますよ。それに〈妖精郷〉自体も変化しますし」
それなら、問題なさそうだな。俺は〈妖精郷〉の主だった住人に村の外れに集まるよう声を掛け、皆に〈遙楽園〉のことを説明した。
そして、取得した瞬間、〈妖精郷〉全体が、一瞬光に包まれたかと思うと、次の瞬間には、〈遙楽園〉へと姿を変えていた。
〈妖精郷〉である浮遊島の下には、海かと錯覚するほど、大きな湖が形成され、そこから周囲に広がる様に、肥沃な草原や森が広がっている。
ある方向には白い雪化粧を纏った山が聳え立ち、そこかしこに見えるのは、かつては街であったのか、風化した石造りの建物跡だ。
恐らく、あの建物がある場所を開拓し、街を作れということなのだろう。場所によっては遺跡をそのまま利用してダンジョンにしても良いだろうし。
そしてそれらの景色を取り囲むように、高い岩壁のような山々が、目の前の景色を護るように、ぐるりと取り囲んでいた。
皆眼下に広がる光景に、言葉を失っていた。何というか、これは開拓のし甲斐があるな。
「凄い…。この見える場所、全部がヴァイナスのものなんでしょう? お金持ちなんてレベルじゃないです」
ロゼが目を凝らし過ぎたのか、目頭を押さえながら首を振る。
「なぁ、これだけ土地があるんだ。俺も家を作って良いかな?」
「好きにして良いぞ。どうせなら街を作ったって良いし」
「いや、街は流石に…」
ゼファーの提案を二つ返事で了承し、むしろもっと頑張れと発破をかける。俺達だけで、これだけの土地を使うなんてゾッとする。これなら、街創りも本格的に考えた方が良いか?
「しかし、これだけ広大だと、開拓するにも一苦労だよなぁ」
俺が景色を眺めながら、どうしたものかと考えていると、
「あら、それに関しては心配しなくても良いかも」
とスマラ。
どういうことか、と俺が首を傾げていると、スマラは鼻を鳴らしつつ人化した。
「この姿を得てからは、どうにも『神』としての力を、ある程度取り戻したみたいで、知り合いから遠話が届くのよねぇ」
スマラはそう言って顔を顰める。スマラの態度は、人化していても猫のそれだ。その仕草自体は見ていて微笑ましいのだが、遠話が届くことが、何故〈遙楽園〉の開拓に繋がるんだ?
「ここで私の知り合いって言ったら、『神』に決まってるでしょ? まぁ貴方も『不死なる者』になって、あの娘達と繋がりができているわけから、〈遙楽園〉に気づけば…」
スマラの言葉が終わる前に、不意にゲートの方から強烈な光が発せられた。そして、ゲートから姿を現したのは、
流れるような金糸の髪を靡かせる美女だった。
「シェアト…?」
突然の来訪に、俺は驚きに目を見開いた。何故、女神が此処に?
「ヴァイナス、約束通り、会いに来ました!」
皆が呆然と見つめる中、シェアトは俺の元へと近づいて来た。エメロードとマグダレナは笑顔で手を振り、スマラはやっぱりね、といった風に肩を竦める。
「一体どうして…?」
驚く俺に構わず、シェアトは最後の数歩を跳ぶように近づき、俺の胸に飛び込んで来た。
「ああ、こうしてもう一度会うことができるとは。やはり貴方は私の『宿命』の人なのですね」
そう言うや否や、うっとりとした目で俺を見つめ、唇を重ねようとした。そこを何者かが強引に俺を引っ張り、俺の顔は柔らかな何かに包まれる。
「相変わらず、姉様は抜け駆けをしようとする。悪い癖です」
この声はまさか…。
「貴方こそ、少し独占欲が強いですわよ」
「姉様には言われたくありません」
そう言いながら離す気配のない様子に、俺はくぐもった声で、
「マフデト、苦しいよ」
と伝える。俺の頭を抱え込んだマフデトは、
「あ、すいません。つい強引に…でも、会いたかったわ」
と言いつつ腕を緩め、解放されて息をつく俺の両頬に掌を当てると、唇を重ねる。
「「「あーっ!」」」
背後から上がる悲鳴や叫び声も意に冠せず、マフデトは口づけを続ける。すると突然引き剥がされ、今度はシェアトに唇を塞がれる。舌を絡めてくる情熱的なキスに、俺の頭はクラクラし、背後の声はより大きくなった。
「ぷはっ! どうして二人が此処に?」
息の続く限り続けられた濃密なキスから解放された俺は、二人に尋ねる。ゲートが勝手に開いて入って来たこともだが、俺の〈遙楽園〉をどうやって知ったのか? それに、
「〈稀人の試練〉はどうしたんだ?」
「「辞めました」」
と尋ねると、あっさりと二柱の女神は頷いた。辞めたって、そんな学生のアルバイトじゃあるまいし…。俺が呆れた顔を向けると、二人は不満そうに、
「スマラには伝えてありましたわよ。落ち着いたら会いに行くと」
「姉様が行くなら、我が行かない選択肢はありません」
とシェアトは頬を膨らませ、マフデトは澄まし顔で答えた。俺はスマラに視線を送ると、
「私は悪くないわよ? 落ち着いたと伝えたのはついさっきだし」
と言って欠伸をする。さっき伝えてすぐって、行動が早すぎだろう…。唐突な展開に思わずため息をつくと、
「ご迷惑、でしたか?」「だから礼儀知らずだと」
シェアトとマフデトは、申し訳なさそうに肩を竦めた。俺は頭を掻きつつ、
「いや、吃驚したけど、会えて嬉しいよ。会いに来てくれてありがとう」
と笑顔を浮かべた。一転して喜びの表情に変わる二柱の女神。そして左右から抱き締められたところに、
「随分と仲が良いようですが、どちら様ですか?」
ロゼの絶対零度の視線と共に、極寒の問いが発せられた。俺は慌てて、
「〈稀人の試練〉で世話になった、女神シェアトと女神マフデトだ。〈遙楽園〉ができたことを知って訪ねて来てくれたんだ」
と説明する。
「そうですか、貴方方が女神の姉妹でしたか」
ロゼは納得したと頷いているが、その表情は険しい。
俺は戻って来てから、約束通り皆とも逢瀬の時を過ごしたのだが、黙っているのは不義理だと思い、ロゼ達には女神との逢瀬のことは話してある。
逢瀬の後の告白に、
「こんな時に言うのはズルい」
と異口同音に言われたが、その時は「仕方がない」と許してくれた、のだが…。
当事者が目の前に現れた今は、そうも言っていられないようだ。
「旧交を温めるというほど、離れていたとは思えませんが、少し過剰ではありません?」
そう言ってきたのはヴィオーラだ。いつの間にか槍を構え、鎧を身に着けた完全武装である。
「ヴァイナスはあんた達だけのものじゃない。弁えて欲しいわね」
とジュネも笑顔で言うが、目が笑っていない。
「神様だとしても、礼節は護って欲しいわね」
と、ブリスが俺の頭に舞い降り、二人を見下ろした。リィアは二人を掻き分けるように潜り込むと、俺の腰にしがみついて来る。
「あら、貴方達がヴァイナスの言ってた娘達ですわね? 宜しくお願い致しますわ」
「我だって1年以上会っていないのです。会えなくて寂しさを感じるのは、神であっても変わりません」
二人はそう言いながらも、俺を離す気配はなかった。女性陣の間に火花が散る。俺は針の筵に晒されながら、スマラに視線を送る。
「貴方の問題なんだから、貴方が解決しなさいよ」
冷たく突き放され、俺は天を仰いだ。一体、どうしろと…。
結局、全てが終わって解放されたのは、女性陣達の、顔を突き合わせての「お話合い」が終わってからだった。




