75 〈幻夢(VR)〉で現世の味を知る
マフデトの願いを汲み、俺は暫くの間、この『世界』に留まり、彼女と過ごした。彼女に仕える羽根鰐( 名をマアトと言い、アメミットという幻想種らしい )やスマラたちと共に、昼は森を散策したり、石柱に供物を用意し供え、夜は満点に輝く星空を見上げながら、語り合ったりした。
エメロードとマグダレナも無事だった。二人は折角の合一装備が役に立たなかったことに憤慨しており、
「折角作ってもらったのに、役に立てなかった…。これなら入ってない方が良いのかな?」
と言っていたが、それだと試練の門を潜れないし( これはグリームニルの『門』で確認済み。やっぱりソロ対応のダンジョンなのだ )、今回の帯同は〈稀人の試練〉における、ルールの隅をつついたものな気がするので、帯同したいなら、我慢するしかない。
俺の説明に、二人は不満そうにしながらも、頷く。まぁ今回のようなことはこれからも想定できるし、注意していかないとな。
合一は合一でメリットはあるんだし、実際に今までの試練では活躍してきた。要は使い方次第ということだ。
あまり役に立たないのであれば、使うのを止めて、二人には【再生】の魔法を掛ければ良い。もう少し使ってみて判断しよう。
スマラ達も、何だかんだと言いながらマフデトやマアトと仲良く過ごしている。俺もゆっくりと時間を掛けて新しい身体に馴染むことができているし、滞在して正解だったな。
「そういえば、マフデトによく似た女神と以前会ったことがある」
俺が食事の最中にふと思いついたことを口にすると、
「それってシェアトでしょ?」
とスマラが答えた。やっぱりスマラも感じていたか。
エメロードとマグダレナは不思議そうな顔をしている。そういえば、二人は面識がなかったか。
「姉様と会ったのですか?」
うん? 姉様?
聞けばマフデトとシェアトは双子の姉妹だという。姉であるシェアトは風神、マフデトは冥神という違いがあったが、姉妹仲は良いらしい。どうりでちょっとした仕草や表情が似ていたわけだ。
マアトも本来は神様で、スマラ同様、この世界に来るときに幻想種として神の力を封印し、帯同してきたのだそうだ。
シェアトに似ているのは姿だけではなかった。〈不死なる者〉への時にも感じたが、滞在する間、当然のように求められ、俺はマフデトとも肌を重ねた。
マフデトはシェアト以上に貪欲で、一晩に何度も求められたが、〈不死なる者〉となったせいか、尽きることのない体力を以て応じることができた。我がことながら、恐ろしい存在になったものだ。
全てを終えた後、俺を見上げながらの、
「姉様とどちらが良かったですか?」
という質問には、曖昧に笑って誤魔化してしまったが。
「それじゃあ、そろそろ出発するよ」
マフデトと共に過ごし、〈不死なる者〉の身体にも慣れた俺は、次の試練に向かうことにした。
マフデトからは様々な贈り物を受け取っている。そして、その漆黒の髪を一房分けてもらい、〈肆耀成す焔〉の柄紐として編み込んでいた。
「我儘を聞いていただき、感謝致します。…本当はこのままずっと留まって欲しいのですが」
そう言って寂しげに微笑むマフデトを、俺はそっと抱き締める。そして、
「俺は〈不死なる者〉になったんだ。またいつか会えるさ」
と耳元で囁いた。マフデトは頷き、
「またいつか」
と言い、俺の首へと腕を回すと、首筋に強く吸いついた。たっぷり時間を掛けて俺の首筋に吸い痕を残したマフデトは、
「待ちきれなくなったら、会いに行きます」
と、今まで見せたことのないイタズラっぽい表情を浮かべると、『門』を呼び出した。
俺は笑顔を返し、門を潜る。これ以上の言葉は要らなかった。俺は振り返ることなく、光に包まれた。
「え?」
門を抜けた途端、目の前に現れた光景に、俺は目を瞬かせた。
俺の目に飛び込んできたのは、赤い布に白字で染め抜かれた「太平軒」の漢字が書かれた暖簾と、横開きのアルミサッシの扉だった。信じられない光景に、思わず目を擦って見直してしまう。
だが、目の前の暖簾は消え去ることなく、それどころか、扉越しに懐かしい、料理の香りが漂って来たのだ。俺は思わず喉を鳴らし、震える手で扉を開ける。
ガラガラという音と共に、少々立て付けの悪い扉が開く。途端に強くなる料理の香り。そして、
「らっしゃい」
という日本語を聞いた俺は、暖簾を潜ったところで足を止めてしまった。
そこは、所謂大衆食堂だった。正面には一人掛けのカウンターがあり、4人掛けのテーブルが2つ、狭い店内に置かれている。
6畳ほどの座敷には4人掛けの卓袱台が二つ。座布団は客が自分で敷くのか、壁際に積まれていた。
「お客さん、一人かい?」
『はい』
日本語で掛けられた問いに、思わず共通語で答えた俺は、慌てて「はい」と日本語で言い直した。そして、
「あ、いえ4人です」
と言い直すと、
「テーブルでも座敷でも、好きな方を使いな」
と言われ、手近にあったテーブルへと向かい、背もたれのない丸椅子に腰掛けた。改めて店内を見回す。
色褪せたビールのポスターや、手書きの品書き、ラジオから流れる音を聞いていると、ここがオーラムハロムであることを疑ってしまった。明らかに日本の食堂だ。
「はいよ、水のお代わりは自分で注いでくれ」
俺は、言葉と共にテーブルに置かれた水を取り、口に含んだ。冷たく冷やされた水を、喉を鳴らして飲み干す。
『ねぇ、ここは何なの?』
不意に話しかけられた念話に、咽そうになった俺は、口に含んだ水を何とか飲み込み、
『どうやら日本の食堂みたいだ』
と返すと、
『にほん? にほんてどこの国?』
『さっきから美味しそうな匂いがしてる。ここで食事をするの?』
エメロードとマグダレナが質問を重ねてきた。俺は頷き、
『そうだな。折角だから食事をしよう。何の試練があるのかも分からないしな』
と言うと、三人は合一を解き、人化して姿を現した。そして席に着くと水を飲み、
「わ、冷たい!」
「冷たくて美味しいね」
と喜んでいる。そこに、
「変わった格好をしているが、外人さんかしら? それとも映画の撮影か何か?」
と言ってメニューを持ってきてくれたのは、ほっとする笑顔の女性だった。料理用の白衣にエプロン、髪を三角巾で包んだ姿は、いかにも食堂の女将といった感じだ。
「映画ではないんですが、ちょっと訳ありで。俺達は、外国人…かなぁ?」
スマラたちは外国「人」ではないんだけど、まぁゲームの世界だって外国なわけだし、そもそもここだってダンジョンの中だ。どんな試練が待っているのか分からないが、まずは流れに身を任せてみることにしよう。
俺はメニューを開くと、懐かしさに目を細める。ゲームの中とはいえ、体感的には数年ぶりに見る日本語に、思わず目頭が熱くなる。心の底に仕舞い込んでいた望郷の念が、嫌が応にも高まってきた。
落ち着け、ここはゲーム内のダンジョンだ。現実世界じゃない。
俺は大きく深呼吸すると、メニューを確認していく。大衆食堂らしく、ボリューム感のあるものが多い。カレーライス、ハヤシライス、カツ丼、親子丼、天丼、麻婆丼といったご飯ものや、レバニラ炒め、野菜炒め、生姜焼き、から揚げ、フライ盛り合わせ、といった定食メニュー。
更にはグラタンやシチュー、ピザやスパゲッティといった洋食や、餃子、焼売、春巻に酢豚やラーメンといった中華まで、和洋中の入り混じった無国籍な料理が並んでいる。
よくもこんなに用意できるものだと感心していたが、ふと気づいて慌ててしまう。
そういえば、金を持っていない。
いや、金貨は腐るほど持っているのだが、メニューの価格に「¥」マークが付いているのを見て、日本円を持っていないことに気付いたのだ。
俺は店員の女性に声を掛ける。
「あの、すいません」
「はいはい、決まったかしら?」
仕込みをしていた女性は、タオルで手を拭うとこちらへと近づいて来る。
「いえ、注文の前に。俺達、ちょっと事情があって日本のお金を持っていないんですが…」
俺の言葉に、女性は首を傾げ、
「やっぱり外人さんなのね。外国のお金なら、銀行で両替してもらえるでしょ?」
「いえ、今金貨と宝石しか持ってないんですよ」
我ながら、素っ頓狂なことを言っていると思うが、事実なので仕方がない。女性は目を丸くして俺を見た。そうだよな、おかしいよな。
だが、女性は小さく肩を竦めると、
「じゃあその金貨とやらを見せてもらえる?」
と言うので、俺は財布から金貨を数枚取り出して、テーブルの上に置く。女性は金貨を手に取り、しげしげと眺めると、
「あんた~、外人のお客さん、金貨しか持ってないって」
と厨房に向かって声を掛けた。すると、厨房から調理服姿の男性が姿を現した。口元に蓄えた髭は整えられ、帽子の脇から覗く髪には白髪が混じっているが、キッチリと着込まれた料理服から、長く調理を続けてきた料理人らしさが漂っている。
「金貨だと? …まあ良いだろう。後でテツん家の質屋に持ってけばいい」
「でも、金貨ってどれくらいするの?」
「本物なら、それ1枚で1000円以上するだろうさ」
俺は、金のレートがどれくらいなのか分からないが、それならば、
「良かったら、1枚持って行ってください。換金できるようならお願いします」
と言ってみる。二人は顔を見合わせるが、男性が頷くと、女性はエプロンを外し、金貨を1枚握り締めると、裏口から出ていった。
「何にせよ、折角来たんだ。金は良いから何か作ってやるよ」
「いや、それは流石に…」
「遠慮すんな。日本の料理だって捨てたもんじゃない。待ってな」
男性はそう言って、さっさと厨房に入ってしまう。俺は厨房に向かって頭を下げつつ、女性が帰って来るのを待つ。上手く換金できると良いけど。
どうせゲームの中なのだから、通貨は統一してくれれば良いのに。俺は妙な所でリアリティに拘る開発者を恨みつつ、厨房から漂い始めた匂いに、腹が鳴るのを抑えられなかった。
「ふわぁ、良い匂い」
「この匂いは反則ね。涎が出そう」
「なにがくるのかな~?」
スマラ達も、この匂いには勝てないらしい。様々な食材や調味料の香りが混じり合い、これでもかというくらい、漂って来る。
これは中華だな。届いた香りから、俺はそう判断する。中華は調味料がなくて、作れなかったんだよな。〈稀人の試練〉に来てからは、新たな料理をする機会が少なかったし、数年ぶりに嗅ぐ香りに、ゴクリと喉を鳴らす。
「お待ちどう。熱いうちに食べてくれ」
男性がそう言って運んできてくれたのは、中華料理の数々だった。八宝菜に麻婆豆腐、青椒肉絲に餃子に卵で綴じた中華スープ。
次々と現れる料理に、皆の視線は釘付けだった。
「飯はお代わり自由だ。好きなだけ食べてくれ」
俺は男性の言葉に答えるのも忘れ、震える手で蓮華を取る。そして、麻婆豆腐を掬い、口へと運ぶ。
旨い!
とろみのついた餡が豆腐に絡みつき、辛さと旨味が口の中に広がった。焼けるような熱さを保ったまま、喉を滑り落ちる豆腐に悲鳴を上げそうになるが、我慢して飲み込んだ。
スマラ達もそれぞれに料理へと手を伸ばす。教えた甲斐があって、箸の使い方も様になっている。皆口々に「美味しい!」と言っては、箸を止めることなく口に運んでいる。
「口に合ったようで何よりだ。旨いか?」
「はい! 旨いです!」
俺の笑顔の返答に、男性は口の端を不器用に持ち上げると、丼に飯を盛って持ってきてくれた。
「飯だけは沢山あるからな。たんと食ってくれ」
そう言って差し出された丼を受け取り、麻婆豆腐を掛け、掻き込んでいく。スマラ達も俺の真似をして、渡された丼飯に直接料理を乗せ、食べていた。
「はっは。嬢ちゃんたちも良い喰いっぷりだ。若い奴はそうでないとな」
スマラたちの食べっぷりに、男性は嬉しそうに目を細めた。結局女性が戻ってくる前に、俺達は用意された料理を食べ終えてしまった。
久し振りの現代の味だ…。
オーラムハロムでも再現したくて、色々と頑張っていたけれど、やっぱり本職の味は違う。これがプログラムであったとしても、この男性が作る料理は間違いなく旨かった。
「ただいま」
「おう、お帰り」
俺たちが食事を終えて寛いでいると、女性が裏口から顔を出した。
「どうでした?」
「金貨の中心にガラス玉みたいのが嵌っているけど、鋳潰して良いんだったら、1枚で1万円はするって」
「一万! スゲえじゃねえか」
女性の報告に、男性が声を上げる。金貨1枚で1万円になるなんて、非常に有難かった。メニューの価格からして、俺達が食べた料理の代金としては、充分に足りるからだ。
「それなら、鋳潰してもらって構いませんよ。お釣りもいりません」
「いや、ちょっと待て、流石に貰い過ぎだ」
俺の言葉に、男性が慌てて首を振る。俺としては金貨1枚で4人が食事をできるなんて有難過ぎた。オーラムハロムなら、金貨5枚は取られている。
「俺達の国に比べれば、随分と物価が安いので、問題ありませんよ。お礼も兼ねて是非受け取ってください」
俺が言葉を重ねると、男性は唸り声を上げ、
「ぬぅぅ、それじゃあこちらの気が済まん。よし、それなら料金分追加で飯を作るぞ! それでどうだ?」
「大変有難いんですが、今お腹一杯ですよ? 流石にすぐには入りません」
「そんなら、腹ごなしに散歩でもしてくりゃいい。あんた等も観光で来てるクチだろ? それとも、何か用事があったりするのか?」
「取り急ぎ、用事はないんですけど…」
そもそも、この『世界』でどんな試練が待っているのか、皆目見当がつかなかった。現代日本の食堂で何をしろと。
「なら夕方にまた戻ってこい。飯時だと混んでるかもしれないが、ちゃんと作るから」
男性の言葉に、俺はしばし考え、皆と視線を交わす。スマラ達も頷いているので、俺は、
「分かりました。お言葉に甘えます」
「そうか。また後で来てくれ。これから仕込みをしなくちゃいけねぇ」
男性は口元に不器用な笑みを浮かべると、厨房へと戻って行く。
「うちの人が勝手に決めちゃってゴメンね」
「いえ、美味しい料理を頂けるのであれば、こっちこそ申し訳ないですよ」
「こんな場末の大衆食堂で悪いわね。どうせなら銀座の高級レストランにでも行けるでしょうに。お金持ちなんだから」
「俺には高級な料理を食べても、味の違いなんか分かりませんよ。庶民なんで安くて旨い飯の方が嬉しいです」
俺の言葉に、女性は優しそうに微笑んでくれた。どうやら本心からだと伝わったようだ。
「折角だし、名前は?」
「き…ヴァイナスと言います」
「ばいなすさんか。外人さんは名前もハイカラねぇ」
思わず現実世界の名を名乗りそうになり、慌てて言い直す。スマラ達も俺の通訳で名前だけの自己紹介を終え、俺達はこの世界での『試練』を確認するために、入り口の扉を開けた。
そこには、何もなかった。
え? 俺は思わず足を止めてしまう。扉のすぐ外は、漆黒の闇だった。《暗視》がまったく意味をなさない完全な闇。手を伸ばしてみるが、見えない壁があるかのように、扉から先に手を出すことができない。
この店に閉じ込められた? それならば、この夫婦が試練を与えてくれるのだろうか? だが、今のところそういった気配はない。それならば、これは一体どういうことだろうか?
ここに来て、バグかエラーが発生した? 俺達がログアウトできないように、実はシステム自体が壊れ続けていたのだろうか?
俺は出ることのできない扉を前に、途方に暮れてしまった。スマラ達も呆然としている。そんな俺達を、女性が不思議そうに見ていた。
「どうしたの?」
「いえ、おかしいことを言いますが、ここから出られないみたいなんですよ」
俺の言葉に女性は目を丸くした。無理もない。俺も自分で言ってることがおかしいと思う。が、事実なのでどうしようもない。
「それは外人さんのジョーク?」
「いえ、冗談ではなく、本気で出られないんですよ」
「あたしの耳がおかしいのか、ばいなすさんの日本語がおかしいのか…」
「いや、至って本気です」
俺の言葉にスマラ達も頷いている。その様子に、女性は何かを察したらしく、頻りに頷きながら、
「どうやら、訳ありのようね。分かった、それなら裏口から出ると良いわ」
と言った。微妙に勘違いがあるような気がするが、ここは大人しく裏口も試してみよう。
俺は頷いて、厨房を抜け、裏口へと向かう。仕込みをしている男性が奇妙なものを見る目を向けてくるが、敢えて何も言わずに裏口の扉へと手を掛けた。
ドアノブを回し、扉を開ける。そこには小さな裏路地の風景が広がっていた。
俺はほっと息をつくと、慎重に足を踏み出す。今度は邪魔されることなく、足を踏み出すことができた。
「それでは、また後で来ます」
「はいよ、行ってらっしゃい」
俺は女性に挨拶をし、路地裏へと出ていった。スマラ達も続いてくる。
人一人が通るのがやっとという感じの路地裏から見えるのは、隙間なく立ち並ぶ建物と、ビニール製と思われる天井だった。どうやら、ここはアーケードのある商店街の一角らしい。ほんの数メートル先に、メインストリートらしき通りが見えた。俺はそちらに進もうとして、自分たちの格好を見た。
ここが日本の商店街なら、俺達の格好は奇抜過ぎる。特に武器は銃刀法違反で警察に捕まる可能性もあった。
「とりあえず、武装は解除しておくか」
「そうね、街中ならそんなに危険もないでしょうし、いざとなれば魔法もあるしね」
俺はそう言って鎧を脱ぎ、剣を腕輪に仕舞った。スマラ達にも鎧を外して平服になるように指示を出す。エメロードとマグダレナにも、腕輪型の〈魔法の鞄〉を渡してある。容量は小さめだが、服や鎧を仕舞うのに重宝していた。
平服に着替えても、多少は浮いて見えるだろうが、外見と相まって民族衣装だとでも思って貰えれば良い。どちらかと言えばコスプレだと思われそうだが…。
俺達は準備を整えると、通りへと進む。
路地裏を出た俺達は、その光景に足を止めた。
そこにあったのは、古き良き『商店街』の姿だった。天幕の張られたアーケードの左右には、様々な種類の商店が軒を連ね、手書きの値札と共に商品が乗せられたカートが、店の前に並べられている。
建物は全て2階建てで、大半は店員の居住スペースとなっているのか、2階まで店が入っている建物は殆ど見当たらない。
「賑やかなところね」
「色んなものが、色取り取りだね!」
エメロードとマグダレナは、興味深そうにキョロキョロと見渡している。
「色んなお店があるみたいだけど、買い物できるのかしら?」
スマラはそう言って、手近にある商品を眺めている。
街頭の時計を見ると、時刻は2時を少し回ったところだ。道行く人も閑散としているが、夕暮れには食材や総菜を求めて多くの客が訪れるのだろう。総菜屋から漂う、揚げ物の香ばしい香りに、食事をしたばかりだというのに、胃が刺激された。
路地を出て佇む俺達を見て、チラチラと視線を受けるが、敵意や悪意ではなく、珍しいものを見るものだったので、気にせず周囲を確認する。
どうやら、幾つかの店舗が纏まったブロックを形成し、碁盤の目の様に連なり、商店街を形成しているようだった。
まずはどんな店があるのか気になったので、見て回ろうとおもったのだが、残念なことに、今いる通りから他のブロックに進もうとすると、食堂の入り口と同様に、闇になっているのだ。
闇に手を当てるが、やはり通り抜けできない。そんな闇の中に、他の通行人は何事もないように入って行く。正確にはただ通りを歩いているだけなのだが。
闇の壁を相手に、パントマイムのような動きをする俺を見て、周囲の人は不思議そうに視線を送って来る。俺からすると、通り抜け出来ない闇に通行人が消えて行ったり、突然現れたりするほうが驚きなのだが。
どうやら、現状は通り抜けることができないことを確認し、俺達は移動可能な範囲の店を見て回ることにした。
確認できる店は全部で10店舗ほど。この辺りは食料品を扱う店が中心のようで、閉まっていたシャッターもあったが、八百屋や肉屋、魚屋の他に、総菜屋、金物屋、雑貨屋、服屋などがある。
金貨を換金してくれた質屋さんを探したのだが、残念なことに見当たらなかった。どうやら他のブロックにあるようだ。仕方がないから、食堂に戻った時、頼んで換金してもらおう。
これから賑わおうとしている店々、その中にポツンと小さな神社があった。
小さな石造りの鳥居と賽銭箱、社だけの小ぢんまりとしたものだが、不思議と商店街の賑わいから取り残されたかのように、清閑な佇まいをしてる。
妙に気になった俺は、鳥居を潜り、社の前に立つ。少し考えて、財布から金貨を取り出すと、賽銭箱に入れる。そして、
二礼、二拍、一礼
神社での参拝の手順に従って、祈りを捧げた。
現実世界に戻れますように。
現代日本の神社で参拝しているせいか、願いは、自然と浮かんできた。オーラムハロムではヌトスを「信仰」する俺だけど、日本人として、神社での参拝は恒例行事みたいなものだし、許してもらおう。
スマラ達も興味があるのか、俺の真似をして参拝している。俺は皆に参拝の作法を説明し、賽銭用の金貨を渡す。そして順番に祈りを捧げ、商店街へと戻ろうとした時、それは現れた。
「おう、金貨とは奮発してくれたな。ありがとさん」
 




