72 〈幻夢(VR)〉で神に祈る
「師匠、あれを教えてください」
「あれ、とは?」
「フレキゲルを戦鎚に取り込んでいたじゃないですか。あの方法を教えて欲しいのです」
〈肆耀の焔〉を完成させた俺は、未だグリームニルの元に留まっていた。ものつくりの面白さを知ってしまったので、集めた素材を使って様々な物を作りたかったし、エメロードの服や鎧、スマラの装飾品などをせがまれて作っていたからだ。
素材が足りなくなれば集めに行き、戻っては鍛錬を行う日々。ついにはグリームニルの許しを得て、彼の工房を拡張し、俺用の工房まで用意した。サイズは普段の俺に合わせたもので、工房が出来上がってからは、【拡大】を使わずに自身の工房で作業するようになっている。
グリームニルはどうしているのかというと、【縮小】の魔法を使って俺の工房で作業を手伝ってくれている。曰く、これはこれで細かな作業の鍛錬になるので、楽しんでいるそうだ。
そろそろこの『世界』に来て一年が経とうとしている。
魔法具を造る業も収めたが、俺はまだレベルが達していないので、「魔法的」な加工に関しては、グリームニルに頼らざるを得なかったが、鍛冶や冶金、裁縫、刺繍といった「物理的」な技術に関しては、師であるグリームニルも唸るものができるまで上達している。
「あれはあまり使い勝手の良いものではないぞ? 今のお主なら、普通に造った方が有用だと思うが…」
「それがですね、あいつらが」
俺はそう言って視線を送る。グリームニルも同じ方向に視線を向けると、人の姿で楽しそうに刺繍をしている、エメロードとマグダレナ、スマラの姿があった。
スマラも最近では、グリームニルに創ってもらった〈変化の首輪〉という首輪を使って、人間の姿に変身して過ごしている。今は仲良く俺が作った服に刺繍をしているところだった。
近頃は三人とも人型で過ごすことが増え、それに合わせて何着か服を作っていたのだが、出来上がった服に刺繍を施すのを見て、自分たちでやりたいと言ってきたのだ。
何事にも、興味を示すことは良いことだ。俺は三人に刺繍のやり方を教え、今では思い思いに刺繍を施していた。
「ふむ、翠竜と二角獣か。成程な。あの娘らにせがまれたか」
「はい」
フレキゲルが戦鎚に合一したのを見た二人は、自分たちも合一してみたい! と盛んに迫って来た。どうやら、エメロードやマグダレナを置いて、俺が( 不本意なことが大半なのだが )一人で探索に出ていることが常々不満であったらしい。かといって、〈小さな魔法筒〉では、外の様子も分からないし、気軽に入っていたいものではない。
そこで俺の装備品に合一できれば、いつでも一緒に行けると考えたようだ。
因みに、合一している時のフレキゲルには意識があるらしく、自らの意志で噴き出す炎を制御したりしているらしい。そのことを知った二人の突き上げが、更に激しくなったことは言うまでもない。
「分かった。教えることは構わないが、できるかどうかは分からぬぞ? まずは合一を行うための素材だ」
「素材? 何が必要なのですか?」
俺の問いに、グリームニルは立掛けてあった戦鎚を手に取る。
「この戦鎚には、我に仕えた先代の竜、即ちフレキゲルの母竜の竜骨が使われておる。合一を成す為には、その存在と親和性の高い素材が必要となるのだ。そのような素材、簡単には手にすることができぬ」
グリームニルの言葉に、俺は思わず唸ってしまった。二人に親和性の高い素材…。
エメロードは母? に当たる地竜の素材があるな。けど、マグダレナに親和性の高い素材なんて、今手元にないぞ。
「マグ、お前と親和性の高い素材に心当たりはないか?」
俺が問い掛けると、マグダレナは刺繍の手を止め、首を傾げた。
「親和性の高い素材? 私の角とか鬣とか?」
「鬣は兎も角、角はなぁ…。生え変わったりするものじゃないだろ」
「確かに、生えてくるものじゃないわ。でも、【再生】の奇跡で治せるわよ?」
マグダレナの言葉に、俺は肩を竦め、
「俺は生憎と〈聖職者〉じゃないからなぁ。奇跡は使えないぞ」
と言うと、
「あら、これだけ『神』に関わったんだし、貴方もそろそろ『信仰』しても良いんじゃないかしら?」
刺繍をする手を止めることなく、大したこともないという風に、スマラがさらりと口にした。
「そう簡単に『信仰』ってできるものなのか?」
俺からすれば、神を信仰するってことは、その生き方から何からを全て、捧げるみたいなイメージがあるんだが。
俺がそう口にすると、スマラは肩を竦め、
「そんなに堅苦しいことはないわよ。神にとっても、信者が〈奇跡〉を行使することは、自身の活力に繋がるのだから、お互いに利のある関係よ」
と言われた。どうやらこの世界の神にとって、奇跡を行使する際に消費される〈魂力(SP)〉とは、エネルギーのようなものらしい。信者が増え、奇跡が行使されれば、獲得できるSPが増える、と。
妙に世知辛い内容に、俺の中で『信仰』というものに対するイメージが崩れていく。
まぁ、よく考えたら、俺だって初詣は神社に行くし、葬式だってお寺で行う。良いことがあれば「神様ありがとう」と言うし、これだって『信仰』の一つと言える。
あまり、深く考える必要はなかったか。俺は軽い気持ちで、
「それじゃあ信仰するかなぁ」
と呟いた。大したことはない、そう思ったのだが、それは誤りだとすぐに気付かされる。
俺が「信仰」すると聞いて、グリームニルとスマラの目の色が変わったのだ。二人は作業の手を止めると、
「ヴァイナスよ、信仰するなら、当然、師である我であるよな?」
「ちょっと、〈稀人の試練〉では、稀人に強要するのはルール違反でしょ? それにヴァイナスは私と契約しているの。今は〈妖精猫〉だけど、神格だってちゃんとあるんだから、私を信仰して然るべきよね」
そう言って、お互いに火花を散らす二人。スマラのやつ、正体を教えたからって、最近は「神」としての遠慮がなくなってきたな。
今は神じゃないんだから、自重しろよ…。まぁ、それだけ神にとって信仰は大事なことらしい。
「複数の神を信仰するってのはないのか? 俺の国では八百万の神を信仰するんだが」
「それは多神教の神々を総括しているだけじゃない。信仰心の篤い人は、特定の神を祭神や守護神として崇めているでしょ?」
俺の質問に、スマラが即答する。成程、そういうことか。だとすると、ちゃんと考えないといけないな。
俺としては、信仰するのであれば、身近に関わっていない神にしたい。スマラやシェアト、ネフ、グリームニル達は身近すぎて、信仰を捧げる対象には見れないからだ。
それだけ親密に「神」と関わるなんてことが普通じゃないんだが、関わってしまった以上、俺の心情的にも無理だった。
「申し訳ないが、二人には信仰を捧げることはないなぁ」
「「何故!?」」
「二人とも、身近過ぎるよ。これだけ仲良くなると、『信仰』とはイメージが違うんだよな。尊敬も尊重もしているけど」
俺の言葉に、二人は頭を抱えた。
「不覚であった…。確かに我が弟子として、今更信者として奉られると関わり辛い…」
「そうよねぇ、今更神として崇めなさい! って言うのもおかしいくらいに馴染んじゃってるわね…」
「けど、今のこの関係、俺は凄く気に入ってるよ。二人は違うのかい?」
俺の問いに、頭を抱えたまま、首を振る二人。
「そう、我も気に入っているのだ。だからこそ口惜しい」
「この気の置けない関係、私にとっても大事なものなのよね…。仕方がない、信仰は諦めるかぁ」
心底悔しそうにため息をつく二人。何か悪い気もするが、身内感の漂う相手を信仰する気はなかった。
「それで、信仰するってどうやるんだ?」
「信仰する神の『聖印』を手に入れて、祈りを捧げ、洗礼の儀式を行えば良いわ」
俺の問いに、スマラが答える。
成程、その辺りはシンプルにできるんだな。特に生贄や試練といったこともないようで、特に思い入れのある神がいるわけでもないし、ここはゲーム的な有利不利を優先して選んでみるか。
オーラムハロムにおいては、神を信仰するようになると、その神によって定められた「教義」に従うことになる。
神によって解釈の幅があるが、極端に「教義」に反した行いや、継続して「教義」を無視した行動を続けると、神の加護を失い、奇跡を行使することができなくなってしまう。
なので、探索者として行動する際、あまり制約の強い神を信仰してしまうと、行動に制限が掛かって探索を進めるのが困難になってしまう。
特に重要なのが、〈禁忌〉だ。これは禁則事項であり、破れば即座に奇跡を失うものとなる。
探索を主目的とせず、生産や商売といった行動をする者にとっては、行動の指針ともし易いし、探索がメインであっても、クエストやイベントの内容によって、選択が絞り込みやすいということもあるので、一概に否定するわけではない。
が、俺のような〈盗賊〉に関わるクエストは、内容が清濁併せ呑むものも多い。そこで〈禁忌〉が「嘘をつく」太陽神や、「秘密を漏らす」月神、「大勢に逆らう」水神といった神は却下だ。
更には「無益な殺生をする」大地神、「死者を蘇らせる」冥神もパス。やれなくはないが、抵触する可能性が高いため、リスクがあり過ぎる。
後に残るのは「他者に言動・行動を制約される」風神、「消極的な行動を取る」炎神、「敵や困難から逃亡する」戦神といったところなのだが、さて、どうするべきか…。
「それなら、癪だけど〈風神〉が良いんじゃない? 貴方好き勝手生きてるし、誰かに何か言われても決めたら変えないでしょ?」
失礼な。俺だって忠告には耳を貸すし、他者の意見は尊重するぞ。確かに心情的には近いので、悪くないんだが、
「問題は、〈風神〉の聖具は『弓』ってところなんだよな…」
そう、この世界の神々は、信仰する際に使用できる武器が制限されるのだ。それは聖具と呼ばれ、信者は聖具を手に取り、自らの信仰を護り、広めるために闘う。
奇跡を使わない平信者であれば、特に問題はないが、奇跡を行使する者は、闘いに用いる武器は、聖具だけに限定されている。
聖具以外の武器を使うことは禁忌であり、如何なる事情があっても例外なく、奇跡を失うことになる。
俺はメインで剣を使っているので、できれば武器を変えたくはない。折角〈肆耀成す焔〉を鍛えたのに、使わないのは本末転倒だ。
だが、聖具が剣と定められているのは〈太陽神〉。嘘がつけないのは盗賊としてリスクがあり過ぎだ。
やはり、これしかないか…。
俺は頷くと、
「決めたよ。月並みだけど、〈戦神〉を信仰する」
俺の言葉に、スマラたちは頷き、
「まぁ、そうなるわよね。良いんじゃない?」
「探索者であれば、順当と言えるな。我としても文句はない」
と納得の表情を浮かべた。俺としてもテンプレ過ぎるのでできれば避けたかったが、仕方があるまい。
探索者の大半が信仰していると言われる戦神。その最大のメリットは聖具である武器に制限がないことだ。闘いを司る神々である以上、制限してしまうと不都合が多すぎるのだろう。
禁忌の「敵や困難から逃亡する」に関しても、戦略的撤退は認められているし、困難であっても、不可能なことに無謀な挑戦をする愚を戒めているくらいなので、比較的柔軟に対処できそうなのだ。
次に、どの神を信仰するのか、ということになるが、これは簡単に決まった。ヴィオーラのおかげで馴染みの深い、ヌトスを奉じることにする。聖印は、〈古の印〉を模して作った首飾りを用意した。
「それで、洗礼の儀式ってのはどうやれば良いんだろう?」
「我の工房の奥に祭壇があろう? あそこで祈りを捧げればよい。ヌトスとは多少作法が違うが、我も戦神の一人。儀式自体は大きく変わるものではないから、我が執り行おう」
戦神なら我を奉じれば良いのに。そう考えているのが丸分かりなグリームニルの、それでも決しておくびに出さんと堪えながらの言葉に、俺は感謝を込めて頭を下げた。
善は急げということで、早速儀式を執り行う。
「そうだ、折角だからヌトスを呼ぶか?」
「止めてください。それで身近になって和んじゃったらどうするんですか。信仰し辛くなるじゃないですか」
グリームニルの言葉に、思わず丁寧な言葉で反論してしまった。グリームニルは分かっている、冗談だと言わんばかりにニヤリと笑い、肩を竦めると、
「それでは始めるぞ。準備は良いか?」
「はい」
と言い、俺の返事を受けると共に、儀式を開始する。儀式とはいっても簡素なもので、祝詞を上げ、祭壇で宣誓をするだけで終わってしまった。こんな簡単で大丈夫なのだろうか?
すると、俺の『意識』に直接語りかけてくる者がいた。
我に仕え、我に奉じ、我と共に闘いの勲を。
それは透き通るような『声』で、俺の心を震わせる。これは、これがヌトスなのか…? 祭壇の前で、俺は自然に片膝をつき、首を垂れる。刹那の間、脳裏に勇ましくも優雅に、槍と大楯を構える女神の姿が描かれ、微笑みと共に消えた。
気が付くと儀式は終わっていた。
「これでお主はヌトスの信者だ。後で〈戦神〉の奇跡を教えてやろう」
「ありがとうございます」
慰労を込めて肩を叩くグリームニルに、俺は笑顔で礼を言う。これで俺もヌトス信者か。ヴィオーラが知ったら驚くかな。
これでいよいよ、合一のための装備を鍛えることができる。何を造ろうか…。俺は鍛冶場へと戻りつつ、グリームニルに鍛える装備を相談しながら、これからの鍛錬に心躍るのを隠すことができずに、笑みを浮かべるのだった。
「マスター! マグが角を使うなら、私も自分の鱗で造って欲しい!」
さて、いよいよ合一の為の武具を造ろうと準備を進めていると、突然、エメロードがそんなことを言い出した。
「別に素材は充分にあるんだから、良いんじゃないか?」
俺はエメロードの合一装備は、今も身に着けている〈黒鱗鎧〉を使うつもりだった。地竜の鱗と白竜の血を浴びた鎧は、素材としてうってつけだと思っていたのだ。
「やだ! マグも自分の一部を使うんだもの、わたしも使って欲しい! マグだけ痛い思いをするのは不公平だもん!」
俺の提案に、エメロードは更なる剣幕で迫って来た。思わずマグダレナと視線を交わし、マグダレナが肩を竦めて首を傾げ、微笑むのを見、俺は頷いた。
「分かった。それじゃあエメからも素材を貰うよ。どこにするんだ?」
「ここ! ここが良い!」
俺が聞くと、エメロードは嬉しそうに胸元を開け、形の良い乳房を俺に見せてくる。正確には、双丘の間に輝く、翡翠色の鱗をであったが。
「…あのなぁ、それは〈逆鱗〉じゃないか。それを取ったら死ぬだろうが」
「大丈夫! 【蘇生】してくれれば良いから!」
嬉しそうに取って取って! とせがむエメロードの額をデコピンする。突然の襲撃に涙目になりながら、額を抑えて上目使いに俺を見るエメロードに、
「軽々しく『死』を選択するんじゃない! 【蘇生】だってリスクがあるんだ。それに俺はエメを殺してまで、装備なんか作りたくないぞ」
と諭す。エメロードはあからさまに肩を落として落ち込んだ。俺はエメロードの頭を撫でつつ、
「でもな、気持ちは凄く嬉しかったぞ。エメの気持ちは無駄にしない。それじゃあどの部位にしようかな…」
「あのね、マグも生えてこない場所を使うんだから、わたしも生えてこない場所が良い」
エメロードの言葉に、俺は頷いた。どうしてもマグダレナと対等にして欲しいらしい。それだと、相応に大事な部分となるのだが、
「ふむ…、それなら〈竜眼〉はどうだ?」
不意に横からグリームニルが提案してきた。
「我も『力』を得るために、自ら片目を捧げた。宝石竜の瞳は、死に至ると類稀なる宝石と化す。良い素材ではないか?」
それってエメロードも隻眼になれってことですか? まぁ、【再生】の魔法で治せるから良いんだけど。
「そっか、グリムのおじちゃん、良いこと言う! じゃあ私は目を素材にするね!」
エメロードはそう言うと、マグダレナと共に外へと向かう。
「痛いから、自分でやるのは嫌だし、お互いにやり合わない?」
「良いわよ。あまり痛くしないでね?」
などと言いながら外へと向かう二人を見送り、俺は準備を進めていると、
「そうそう、言い忘れておったが、素材として使った部位を【再生】せずにおくと、より強力な装備となるぞ。当然、素材を捧げた者は不便にはなるだろうが」
え?
師匠、そういうことは早く言ってください! それなら自然に治る部位を素材にしますから!
俺は慌てて外へと向かう。だが時遅く、二人は再び戻って来た。傷は【回復】で癒したのか、血は流れていなかったが、マグダレナの髪から白髪の部分が失われ、エメロードの左目は閉じられている。
そして、それぞれの手には、白く美しい角と、煌めく翡翠色の宝石が握られていた。
「はい、マスター!」
「大事に使ってね」
そう言って笑顔で差し出された素材を前に、俺は膝を着いた。遅かった…。
頭を抱えて膝を着く俺に、二人は首を傾げた。今回ばかりは、行動に迷いのない二人を誇らしく思う反面、もう少し自重を覚えて欲しくもあった。
だが、よく考えれば、多少性能が下がったところで、どちらかと言えば二人が合一さえできれば良いのだから、有難く使わせてもらおう。
二人に不便は与えたくないので、【再生】を使えば良いし。
俺は気を取り直すと、笑顔で二人から角と瞳を受け取る。
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
感謝の言葉に、二人は嬉しそうに微笑み、甘えるように抱き着いて来る。そんな二人を優しく抱き締め返し、
「それじゃあ、装備を鍛えた後で【再生】の魔法を使うよ。二人とも、痛い思いをさせて済まなかったね」
と言うと、二人は頭を振り、
「大丈夫! これでいつでもマスターと一緒にいられるんでしょ?」
「どこへ行くにも共に行けるのは、この上ない喜びだわ」
と言ってくれる。俺は愛おしくなって、抱き締める腕に力を込めた。その様子に、スマラが、
「私も素材を提供して、装備を作ってもらおうかしら…」
などと言っていた。スマラ、お前もか…。まぁ、さっきの話を聞いていたんだから、無難な部位を素材にするとは思うのだが。
「それじゃあ、早速始めるよ。師匠、お願いします」
「うむ、素材の大きさを考えて、お主の工房で鍛えるとするか」
俺はグリームニルに声を掛け、自らの工房に向かう。工房へと向かいながら、俺は鍛え上げる装備の青写真を脳裏に描いていた。
「「これは、盾…?」」
合一用の装備を鍛え上げ、俺達が工房から出ると、待ち兼ねたように突進してくるマグダレナとエメロードを受け止めながら、俺は出来上がった装備を二人に見せた。
マグダレナの角を素材として作り上げたのは、ミスリルを中心に、様々な金属を『合金』にして鍛え上げた盾だ。表面にはマグダレナを意識して凝らした顔の浮彫が施され、素材として貰った角は合金で覆い、浮彫の額から突き出している。角の部分を突棘に見立てたスパイクシールドだ。
一方でエメロードの瞳を用いて鍛えたのは、オリハルコンを中心とした合金に、咆哮するエメロードの顔を意識して凝らした浮彫を施し、左目に翡翠の瞳を埋め込んだカイトシールドとなっている。
「どうして二つとも盾なの?」
「ヴァイナスの手は二つしかないのに…」
首を傾げる二人に、俺は説明をする。
「確かに俺の手は二つしかないが、丁度いいマジックアイテムがあるんだよ」
そう言って取り出したのは、雌雄の鳥を象った装飾を施した、一対の篭手と指輪だ。
「これは〈舞踏の(ダンシング・)指輪〉というもので、この篭手に武器や盾を装備して、こっちの指輪をつけると、あたかも自分で持っているかのように、扱うことができるんだ」
俺は実際に篭手に盾を持たせ、対になる指輪を装備する。すると、俺の近くに盾を持った篭手が浮かび上がり、俺の意志に合わせて、自由自在に動き出した。
「当然、手には別の武器や盾を持つことができるし、効果範囲内であれば、自由に動かすことができる。これを使えば、両手に剣を持ったまま、二つの盾を使うことができるというわけだ」
俺の説明を聞きながら、二人は自在に宙を舞う盾を不思議そうに見ていた。
「凄いね! これなら確かに盾が良いのかも!」
「でも、別に武器でも良かったんじゃ?」
「武器でも良かったんだけど、手に武器を持って同時に扱おうとすると、どうしても複雑な行動ができなくてね。本来は魔法を使う魔術師が、無防備にならないよう、防衛用に武器や盾を使うのを目的とした装備だからね」
俺もグリームニルに教えてもらって、存在を知ったくらいなので、使いこなすには暫く修練が必要になりそうだった。
「ねぇねぇ、入ってみて良い?」
エメロードがキラキラした瞳を俺に向けてくる。俺が頷くと、エメロードは瞳を閉じ、意識を集中する。フレキゲルが合一した時と同じように、翠の光となって盾の中へと吸い込まれていく。
盾が輝き、埋め込まれた翡翠の瞳に光が灯る。すると、俺が動かしてもいないのに、盾が勝手に動き始めた。
『マスター、これ面白い! わたしが思うように動かせるよ!』
盾の中からエメロードが、念話によって話しかけてきた。
マグダレナも気になったらしく、俺がもう一つの〈舞踏の指輪〉にスパイクシールドを装備すると、黒い光と化して合一する。
『なるほど、確かにこれは面白い。視界は…盾の表面かな?』
面白がって俺の周囲を飛び回る二つの盾に、俺は苦笑しつつ、
「どうやら、合一は上手くできるみたいだな。それじゃあ二人には、【再生】を掛けるから、合一を解いてくれ」
と言うと、二人から同時に、
『『今のままで良い』』
と言われた。
え? どういうことだ?
「あのね、二人とも、今のままで【再生】はしないって決めたみたい」
スマラの言葉に、俺は目を見開いた。
「何だって? それじゃあ不便だろう?」
『あのね、治しちゃうと、こうして念話で話したり、盾の中から外を見たり、音を聞いたりことはできなくなるんだって』
『性能も半分くらいに落ち込むし、魔法やブレスも使えないって』
二人の説明に、俺は更に驚く。合一装備はそんなに機能が制限されるのか…。でも、
「だからと言って、角や目がなかったら…」
『良いの! 片目が見えないくらい大した問題じゃないよ! それよりも盾の時にお話しできない方が辛いの』
『わたしも、ヴァイナスと共にいるのに、同じものを見て、同じものを感じられないのは寂しい』
二人の言葉に、俺はその場で黙ってしまう。彼女たちの気持ちは嬉しいが、おいそれとは納得できなかった。もう一度、別の素材で装備を造れば良いのでは…。
「ヴァイナスよ、爪や鬣といった自然に再生する素材では、ここまでの機能は持たせられん。特に、彼女たちの意志で動くことは、自然には再生できない二人の素材を用いたからこそ可能なのだ。二人の想い、酌んでやるべきではないか?」
グリームニルの言葉に、周囲を飛び回っていた二つの盾は動きを止め、俺の言葉を待つ。
…仕方がない。どうしても不便を感じるようであれば、その時に【再生】しよう。今は二人の気持ちを大事にしたかった。
「分かったよ。二人の気持ち、有難く受け止めさせてもらう」
俺はそう言って笑顔を浮かべる。するとマグダレナとエメロードは合一を解き、人化して笑顔で俺に飛びついて来た。
美女二人に揉みくちゃにされながら、二人の想いを感じ、これからも頑張ろうと新たに誓いを立てた。
 




