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70 〈幻夢(VR)〉で狩りの時間、再び

 予想外のイベントになってしまった二人の成長を終え、俺達は目的であるヴァナルガンド狩りを再開した。前回は逃げられてしまったが、今回はマグダレナとエメロードがいる。見事な成長を遂げた二人の協力があれば、今度こそ狩ることができるだろう。

 俺達は樹氷のようにも見える〈水晶樹〉の梢の下を、静かに進んで行く。大きく体格の変わったエメロードがいるが、グリームニルが悠々と動き回れるほど木々は高く、行動するのに支障は無い。俺は周囲を警戒しつつ、ヴァナルガンドの領域(テリトリー)へと足を踏み入れた。

 ここに来るまでにも、数度の遭遇が起きていたが、いずれもマグダレナとエメロードの活躍で特に怪我もなく撃退している。成長した二人の強さは驚異的に高まっており、お蔭で俺は楽をすることができている。

 ヴァナルガンドの領域へと足を踏み入れた瞬間、俺達を取り巻く雰囲気が一変した。以前訪れた時には感じることのなかった威圧感に、ヴァナルガンドにも、俺達が以前とは違うことが伝わったのかもしれない。

 さて、ここからが本番だ。ヴァナルガンドは森の中の広大な領域を、定期的に回遊しながら狩りを行う。獲物の裏をかくように、そのコースは一見不規則に見えるほど巧妙だ。

 ともすれば避けられてしまいそうであるが、ヴァナルガンドは自らの領域に長居する敵対的な存在を許さない。生存が許されるのは、獲物となる生き物だけである。脅威となりえる存在に対しては、徹底して排除に掛かるのだ。

 それは同族同士であっても変わらない。繁殖期を除いて、つがいや親子であっても、リーダーとなる個体同士ではお互いの領域を賭けて争うことも珍しくないのだ。

 〈氷漿の森〉にも複数の領域が存在するらしいが、俺達が今いる領域は、グリームニルの家から最も近い場所になる。行動範囲としては近場にあたるため、グリームニルも幾度となく相対したそうだが、眷属を狩ることはできても、『主』だけは狩ることができていないらしい。

 それだけの高難度であるヴァナルガンドを、狩ろうというのだ。まず、俺達は領域内で他の獲物を狩り始めた。狩猟を行うことで、ヴァナルガンド達の獲物を奪うのと同時に、俺達が脅威であることを知らせるためだ。

 勿論、狩った獲物は素材や食材としてしっかりと扱うので、無意味な狩りは決してしない。生態系にも気を遣い、一定数以上の狩猟は控えつつ、それでいてヴァナルガンド達が無視できない数の生き物を狩る。同時に蜜や木材、茸なども回収していく。

 俺達、特にエメロードを恐れてか、小型の動物はすぐに逃げ去ってしまうので、狩ることのできた獲物は多くなかったが、領域から獲物が少なくなることには変わりがない。後は襲撃を警戒しつつ、対処するだけだった。



『中々現れないわね』

 狩猟を始めて暫く経ち、領域内のかなりの範囲を巡ったが、フェンリス達は姿を現さない。スマラが退屈なのか心話でぼやいてきた。

『今回は特に注意深い気がするな。やっぱりマグとエメの存在は脅威過ぎたか』

 俺は、左右を進むマグダレナとエメロードに視線を送ると、二人には分からないようにこっそりと息をつく。二人のヤル気は嬉しかったのだが、ヤル気があり過ぎて、闘志のオーラが可視化できそうなくらいなのだ。

 野生動物は、殺気には敏感である。特に今の二人は気配を殺す気がないので猶更だった。

 仕方なく、領域内を虱潰しに歩き回ることにする。ついでに回収できる素材を採取していった。

 ふと、何かの気配が集中していることに気付いたのは、〈水晶樹〉の根元に生える茸( 素材としては使わないが、オイル(アヒージョ)にすると酒の肴として最高なのだ )の群生地を見つけて、小躍りしながら回収している時だった。

 複数の気配が、特定の場所に固まって存在している。研ぎ澄まされた感覚が、その方向と距離を伝えてくる。そう遠くはない。

「向こうに気配を感じた。十中八九、ヴァナルガンドだ」

「漸くね。いい加減、この寒さが堪えてきたところだったから、さっさと倒して帰りましょう」

 そう言って、スマラが俺の肩の上で身を震わせる。

「寒かったら影の中に入ってたらどうだ?」

「影の中だって、寒いのは変わらないわよ? それくらいなら貴方の懐に入りたいわ」

 今は鎧を身に着けているから、そんな隙間はない。スマラも分かっているので、冗談よ、と言い、肩の上で器用に丸まった。

「これから戦闘なんだから、そこだと危ないぞ」

「大丈夫、闘いになったら降りて闘うから」

「〈氷狼王〉って強いんでしょ? 頑張ろうね!」

「私も頑張る!」

 マグダレナとエメロードもヤル気充分だ。俺は皆を見て頷くと、気配を感じた方向へと進んで行く。

 不思議なことに、俺達が近づいていっても、気配が動く様子がない。内心首を傾げながらも、俺達は真っ直ぐに近寄っていく。

 不意に視界が開けた。そこは森の中の小さな広場のようになっており、巨木と化した〈水晶樹〉が一本、悠々と聳え立っている。

 その根元に、ヴァナルガンド達は集まり、俺達を待ち構えていた。

 先頭に立つヴァナルガンドは、姿を現した俺達に向かい、雄叫びを上げる。それに合わせて、眷属である狼たちが、半円状に展開した。

 俺達は誘き出されたようだ。だが、闘いはこちらとしても望むところ。森の中でいつ終わるとも知れない追跡行をするより、遥かに簡単だ。

 エメロードが対抗するように咆哮を上げる。周囲の空気を震わせ、聞いた者の戦意を挫く〈竜の咆哮〉を浴びて尚、ヴァナルガンドは闘志を鈍らせることなく、こちらを睨みつけている。今回は逃げるつもりはなさそうだな。

「行くぞ!」

 俺の声を合図に、足元へと降り立ったスマラを残し、俺とマグダレナ、エメロードは突進した。

 対するヴァナルガンドも一声吠えると、眷属たちと共に、俺達を取り囲むように襲い掛かって来た。

 まずは挨拶代わりと、スマラから【呪弾】の魔法が狼達を襲う。今回は討伐ではなく、素材の回収が目的なので、彼らに対して有効な【火球】の魔法は、毛皮を痛めてしまうので使えない。その点、生命活動時代を停止する【呪弾】のような魔法は、うってつけだった。

 スマラの周囲に生み出された10個の光は、必殺の矢となって狼の群れを打ち抜いていく。

 だが、ヴァナルガンドには通じなかったようだ。目の前まで迫った【呪弾】は、吹き消されたかのようにヴァナルガンドの直前で消失する。

 眷属へと向かった【呪弾】は、打ち消されることなく、その命の灯を消し去った。跳躍する勢いのまま、次々と雪の積もった大地へと飛び込み、そのまま動かなくなる。

 マグダレナからは【神速】の魔法が、俺からは【魔刃】の魔法が前衛の三人の身を包む。エメロードはヴァナルガンドを中心に捉え、〈翠竜の吐息(ゲイル・ブレス)〉を放った。

 翠竜は風の竜。緑光を伴った吐息は颶風となり、見えざる刃となって狼達を斬り裂いた。

 目の前に舞う、紅と翠と白の花吹雪。エメロードの一吹きで眷属たちが吹き飛ばされる中、ヴァナルガンドは唯一頭、俺達に向かって飛び込んで来た。

 最も強くその身に〈翠竜の吐息〉を受けたはずのヴァナルガンドは、意に介すことなく目標と定めた俺に、牙を突き立てんと咢を開く。

 ヴァナルガンドの牙が、爪が俺を引き裂かんとしたその時、黒緑の壁が行く手を阻んだ。

 甲冑に身を包んだマグダレナが、その身を挺してヴァナルガンドから俺を庇う。ヴァナルガンドは目の前に現れた邪魔者を蹴散らさんと、飛び込んだ勢いを保ったまま、その強靭な前脚に備わった爪をマグダレナへと突き立てる。

 マグダレナも雄叫びを上げると、闘気の雷光を纏った双角をヴァナルガンドへと突き立てた。

 ヴァナルガンドの鋭爪はマグダレナを甲冑ごと斬り裂き、マグダレナの双角は、ヴァナルガンドの強靭な毛皮をものともせずに突き破る。

 結果は痛み分けだ。互いに致命傷とはならず、両者は距離を取って対峙した。

 その間に、俺達の周囲を眷属たちが取り囲む。エメロードのブレスによって傷ついた身体からは、未だに血が滴っている。だが、その瞳には恐怖もなく、領域へと踏み入れた異端者を屠ろうと、牙をむき出しにして唸り声を上げている。


 手ごわい。


 俺は心の中でヴァナルガンド達に対しての認識を改める。以前戦った時は、彼らも本気ではなかったらしい。しかも、今日の彼らからは、不退転の決意が犇々と感じられる。

 だが、彼らが退かないというのであれば、こっちとしては好都合だ。この場で闘えるのであれば、森の中を走り回るより、遥かに楽になる。

 ヴァナルガンド達の強さと、ここでの全面対決のリスクを天秤にかけ、俺は全面対決を決断した。俺達も退かない。ここで倒す!

 ヴァナルガンド達は先ほどまでとは違い、距離を取らずに周囲を囲んでくる。距離が離れれば、俺達の範囲魔法やブレスで攻撃されることが分かっているのだ。

 本来、群れでの狩りは、周囲を囲み、死角から交互に攻撃することで獲物が弱らせて止めを刺すものだ。そのため、ある程度の距離を取るのが鉄則(セオリー)だ。

 その鉄則を無視してまで、ここから退かずに戦うヴァナルガンド達に対し、僅かな疑問を感じたが、咆哮と共に再開された怒涛の攻撃によって、思考する間もなく闘いへと意識を切り替えさせられた。

 俺達は互いの死角を補うために、スマラを中心に、互いに背を向けるように構えると、襲い掛かる狼たちの攻撃に対処していく。

 互いに背を向けたため、背後からの攻撃を心配することはなくなったが、代わりに大きく回避することはできなくなった。俺は【金剛】の魔法を唱え、防御力を高めた。〈無限の鞘〉から〈護身剣〉を取り出し、右手で構えた。すかさずスマラも【倍化】の魔法で全員の【耐久】を上昇させる。

「魔法はこれで打ち止めよ!」

「分かった! 影に入ってろ!」

 スマラの言葉に、俺は前を見据えたまま指示を出す。その瞬間、狼たちは一斉に襲い掛かってきた。

 俺は飛び込んでくる狼を迎撃することに集中する。側面から、背後へ抜けようとする狼を優先して攻撃した。

 正面からの攻撃は、敢えて鎧の厚い部分で受け止めていく。背後に通せば、無防備な背中を晒す仲間たちが襲われるのだ。それだけは何としても防がなければならない。

 横から大質量が風を切る音と共に、狼の悲痛な叫び声が上がる。視線だけを送ると、エメロードのテイルスイープで、側面から飛び込んだ狼たちが纏めて薙ぎ払われているところだった。

 だが、狼も振り回される尻尾に食らいつき、必死に牙を突き立てていた。鱗の隙間から血を流し、エメロードは振り払おうと尾を振り回し続けている。

 追い打ちをかけるように、ヴァナルガンドが迫り来る。エメロードは眷属の対処に掛かり切りになっていた。

 仕方がない、ここからは完全な乱戦だ!

 俺は【瞬移】の魔法を唱えてエメロードの前に転移する。そして、ヴァナルガンドを正面から迎え撃った。右手には〈護身剣〉、左手には咄嗟に引き抜いた〈西方の焔〉を構えて。

 〈捻双角錐の拳〉を使えば良かったのに、慣れていないための無意識の行動だ。仕方がないので、そのままヴァナルガンドへと切り掛かる。

 〈護身剣〉によって高められた防御によって、突進の威力も相まって、まるでダンプカーのような迫力でぶつかるヴァナルガンドの一撃を、辛うじてその場で抑え込む。

 そして、もう一つの効果、攻撃を仕掛けた者に対し、浸透するダメージを受け、ヴァナルガンドが呻いた。そこに、カウンターを狙って〈西方の焔〉を突き入れる。強固な毛皮に対し、斬撃では効果が薄いという判断からだった。

 その時、思わぬことが起きた。柄を握る左手から、黒い触手のようなものが生えたかと思うと、〈西方の焔〉に絡みつくように奔り、表面を覆うように包み込んだのだ。

〈西方の焔〉から噴き出す蒼い炎と、双角錐が放つ深紅の光が絡み合い、紫藍の焔となって燃え上がった。


 これは一体!?


 答えを得る間もなく、紫藍の焔を纏った〈西方の焔〉は、ヴァナルガンドの美しく、だが強靭な毛皮に切っ先が触れると、まるで抵抗を感じることなく、その刀身を滑りこませた。

 水に浸すかのように滑り込む刀身は、鍔元まで全てがヴァナルガンドへと埋め込まれた。その先にあるのは、命の源、心の臓。

 ヴァナルガンドはビクリと身体を震わせると、その場で咆哮を上げる。それは雄叫びではなく、断末魔の叫び。

 逆流したのか、大きな咢から大量の血を吐き出したかとおもうと、〈西方の焔〉を身に埋めたまま、俺に圧し掛かってくる。だが、そこに力はない。弱弱しく鎧の表面を爪で掻いたかと思うと、僅かな痙攣を残したまま、動きを止めた。

 あまりにも呆気ない幕切れに、俺は暫し呆然とする。一体何が起こったんだ? 状況が把握できない俺を残し、周囲の事態は変化していく。

 絶対的な存在のリーダーを失い、眷属の狼達は明らかに狼狽していた。その隙を逃さず、マグダレナとエメロードは追撃に掛かった。

 最早烏合の衆と化してしまった狼達を、マグダレナの蹄が、双角が、エメロードの牙が、爪が、尻尾が容赦なく屠っていく。

 時を置かずして、ヴァナルガンドの群れは全滅した。周囲には打倒された亡骸が散乱し、純白の大地を深紅に染めている。

『やったじゃない!』

 スマラが影から飛び出して、興奮した様子で俺に飛びついて来た。俺は無意識のうちに受け止めると、圧し掛かるヴァナルガンドから、身体を引き摺り出した。

 左手は何事もなかったかのように元に戻っている。俺はヴァナルガンドの身を転がすと、〈西方の焔〉を引き抜いた。

 〈西方の焔〉は変わることなく、蒼い炎を纏っている。俺はもう一度左手で〈西方の焔〉を構えた。すると、先ほどのように触手が現れ、包み込むように変化する。要所を縁どる様に変化を終えると、紫藍の焔が刀身を包み込んだ。

 どうやら、武器を取り込むだけでなく、一時的に強化することもできるようだ。片手で持てる武器に限定されるが、これからも以前と同じように、二刀流で闘えそうだ。左手を変化させて闘ってもいいのだが、やはり、手に持って武器を振るうほうが慣れている。

 まだ検証が足りないから、落ち着いたら調べてみようと決め、ヴァナルガンド達から素材を回収していく。

「ヴァイナス、凄く強くなった?」

「〈氷狼王〉を一撃なんて、凄すぎるよ!」

 マグダレナとエメロードも人化して回収を手伝いながら、口々に賞賛してくれる。左手の変化にも興味津々だったが、後で説明すると伝えると、素直に作業を進めてくれた。

 ふと、作業を進めていると、梢を揺らす風の音に混じって、何かが聞こえた気がした。作業を止めて耳を澄ませる。

 それは幽かな鳴き声だった。目を向けると、枯れ果て倒木と化した〈水晶樹〉の影から聞こえてくる。

 近づくと、倒木の影に隠れて穴が開いていた。中を覗き込むと、俺を見つめる複数の瞳があった。

 身を寄せ合い、毛玉のようになってこちらを見つめるのは、狼の子供たちだ。それを見て、ヴァナルガンド達が、何故ここでの闘いに頑なだったのかを理解する。


 そうか、子供たちを護るために…。


 俺は思わず天を仰ぐ。暫く目を瞑り、ヴァナルガンド達の冥福を祈る。彼らの命は無駄にしない。有難く使わせてもらおう。

 そして、子供たちをどうするか考える。よく見れば、まだ生まれて間もない様子だ。このまま放置すれば、他の魔物に襲われ、命を落とすだろう。

 弱肉強食の世界だ。それは自然の摂理として仕方がないことだが、こうして見つけてしまった存在を、むざむざ見捨てるのは忍びなかった。

「どうしたの? …って、あら、そっか。そういうことなのね…」

 俺の後を追って穴に入って来たスマラが、子供たちを見て首を振る。彼女もヴァナルガンド達の、決死の闘いの理由に気付いたようだった。

「どうするの? このまま放置する? それとも素材として回収する?」

「正直、素材としては使いづらいな。小さすぎてあまり役には立たないだろう」

「じゃあ放置?」

「それも寝覚めが悪いんだよな…。取り敢えず、グリームニルの所に連れて行こう。それから考える」

 俺はそう言って、狼の子供たちに近づいた。俺から感じる血の匂いに、毛を聳たせて警戒するが、逃げ場がないことを理解しているのか、その場からは動こうとしなかった。

 俺はその中でも、一際目立つ白銀の毛皮を持つ一頭を抱え上げた。白銀の子狼は、果敢に俺の左手の指へと牙を立てる。だが、まだ幼いその歯では、俺の指を傷つけることはできずに、くすぐったいような感触だけを伝えてきた。

 やがて諦めたのか、俺の手の中で丸くなってしまった銀狼を含め、残った三頭の狼を抱えると、俺は外へと出る。

「あら、狼の赤ちゃんね」

「小っちゃいね」

 外で回収作業を進めていた二人の元に、仔狼を連れていくと、興味深そうに見つめていた。寒さのせいか、恐怖のせいかは判然としないが、身を縮めた仔狼たちを、腰鞄から出した毛布で包んでやった。そして、

「取り敢えず、世話になっている人の所まで戻るぞ。巨人のグリームニルの家だ。ドラゴンもいるから、驚かないように」

「竜がいるの? どんな竜?」

 同じドラゴンがいると聞いて、エメロードが興奮して聞いて来る。それを宥めながら、俺達は〈氷漿の森〉を後にした。



 狩りを終え、グリームニルの元へと戻った俺達は、連れ合いが急に増えたことに目を丸くするグリームニルに、事の顛末を説明する。

「…成程な。一角獣と竜、それに狼の子供とは。まぁお主の好きにせよ。我はお主が『試練』をやり遂げてくれさえすれば、それで良い」

 グリームニルはそう言って笑っている。問題はこの仔狼たちを連れていくには、〈小さな魔法筒〉が足りないんだよな。

かといって連れて行くにしても、今のままでは未熟過ぎて付いて来ることができないだろう。試練の内容によっては、むざむざと死なせることにしかならない。

「師匠、何か良いアイテムはありませんかね?」

「ふむ…。〈安息(リポース)の揺り(クレイドル)〉というものは知っておるか?」

 グリームニルの問いに、俺は首を振る。振り返って皆を見るが、一様に首を振っていた。

「まぁ用途がかなり限定される魔法具でな。本来は生け捕りにした獲物を保管するためのものだ」

 グリームニルの説明によると、〈安息の揺り篭〉は、編まれた釣り下げ型の籠の中に、小さな揺り篭が置かれている形状をしたマジックアイテムで、生きている生物を拘束、保管するためのものらしい。

 生物であれば、相手の意志に関わらず、更には形状・サイズ・数を問わずに収納することができるが、持ち主( 揺り篭自体を収納する装飾品があり、それを身に着けている者 )によって許容量が変化するそうだ。

 しかも、持ち主よりも「弱い」存在でないと収納することができず、しかも収納した生物の強さは累積してカウントされる。つまり、持ち主が強くても、収納した生物が許容量を超えれば、収納された生物は自動的に解き放たれることになる。

 伝説によると、比類なき力を持った英雄、その力を脅威に感じた時の王によって謀殺された、〈剣聖〉ハ・ヴァウリズ。その死によって、彼の英雄が闘い、勝利の果てに捕えていた悪魔が解放され、一夜にして王国が滅びたという。

 持ち主の「死」によって自動的に解除されるため、恒久的に閉じ込めておくような使い方は適さないし、嵩張るので、携帯するのも、戦闘中に使用するのも難しい。

 闘技場で闘わせる魔物を捕えて持ち帰る、といった用途に使われるそうで、それを聞いた時、俺にはピンとくるものがった。

「そういえば、アル=アシの闘場で使っていたな。あれ、〈安息の揺り篭〉だったのか」

「ああ、あれね。便利そうだったけど、面倒そうだったから、確認しなかったわね」

 確かに一時的な輸送方法としては、持ち主の強さにもよるが、便利そうだ。俺はグリームニルに確認をとる。

「それで、師匠は持ってるんですか?」

「いや、持っておらぬ」

 グリームニルの答えに、俺は肩を落とす。

「だが、製法は知っておる。素材さえあれば創ることができるぞ」

 グリームニルの言葉に、俺は再び顔を上げた。

「本当ですか! ぜひ創り方を教えてください!」

「集めてきた素材は何がある?」

 グリームニルに尋ねられ、俺は家の外に出ると、〈全贈匣〉から〈魔法の鞄〉を取り出し、そこから集めた素材を取り出した。

 軒先に次々と積まれていく素材。グリームニルは目を見開き、

「各種鉱石に、これは〈融合鉱〉か! それにこちらは〈氷狼王〉の毛皮に爪牙。むむ、なんと! 〈漿幻華〉に〈蟲仙茸〉までも! ヴァイナス、お主どれだけ集めてきたのだ…」

 と呆れていた。我ながら、ムキになって良く集めたものだ。俺の横ではスマラがドヤ顔している。いや、お前、戦闘以外に殆ど仕事してないだろう。

「ふむ、これだけの素材があれば、大抵のものは創ることができそうだ。これは『試練』が楽しみだ」

 グリームニルは満足そうに頷いている。この素材を使った『試練』がどんなものなのか、未だ分からぬ『試練』の具体的な内容に、期待と不安を感じながら、グリームニルに言われて、取り出した素材を、再び全て仕舞い込むことになり、雪がちらつく中、俺達は必死に片付けるのだった。



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