7 これが幻夢(VR)の迷宮(ダンジョン)らしい
契約を終えた俺達は、早速探索を開始することにした。コンパスを取り出し、
方角を確認する。どうやら俺が入って来た扉は南にあるようで、北に別の扉があ
る。おれはそちらへ向かい、扉を調べる。
「何をしているの?」
「扉に罠がないかどうか調べているのさ。ついでに鍵の有無も」
俺は慎重に扉に近づくと、扉の周囲から調べ始めた。周囲に罠はないようなので、扉自体を調べる。
「ふーん、結構慎重なのね。【感知】の魔法を使いましょうか?」
「いや、まずは自分で調べたい。実践で経験を積まないといけないしな。いざって時はお願いするよ」
「分かったわ。お手並み拝見ね」
そんな会話をしつつ、俺は慎重に扉を調べていく。特に罠は見つからなかったし、鍵も掛かっていないようだ。
俺は扉を少しだけ開くと、手鏡を使い、先の様子を窺う。
「今度は何?」
スマラの問いに、俺は人差し指を唇に当て、
『手鏡を使って先の様子を窺うんだ。この先は何があるか分からない。安全を確認するまでは心話で話すぞ』
と説明する。スマラは頷くと、俺の足元から扉の隙間を覗きこむ。
『何かいるわよ。獣臭い』
おいおい、直接覗いたら危ないだろうが。俺はスマラの首の後ろを掴むと、そっと扉の影に移す。
『直接見たら危ないぞ。俺が確認するから、ちょっと待ってくれ』
スマラに向かってそう言うと、俺は手鏡を覗きこむ。
扉の先は今の部屋と同様に石造りになっており、正面と左右に扉が見える。そして部屋の中央には、白い毛並みを持つ獅子が2頭、どうやらつがいらしく、じゃれ合っているのが見えた。
獅子か…。どれくらいの強さか分からないけど、倒さないと先には進めなそうだな。
俺はゆっくりとレイピアを抜くと、
『こちらから仕掛ける。危険だから下がっていろよ』
とスマラに言い、扉に手を掛ける。
『ちょっと、私だって役に立つわよ。倒すのは無理でも、気を引き付けることぐらいはできるわ』
スマラはそう言うと、扉の反対側に立ち、いつでも飛び込めるように身構えた。
俺はスマラに頷くと、
『無理はするな。いくぞ!』
と合図をし、扉を押し開けた。
突然開いた扉に驚いたのか、獅子はこちらを向くと、慌てて起き上がる。その隙を逃さず、俺は手前の雄獅子に斬りかかった。
狙い澄ましたレイピアは、空気を切るように進み、雄獅子の眉間から左の瞼にかけてを切り裂いた。獅子は突然走った痛みに抗うように、唸り声を上げる。
スマラは牝獅子の前を挑発するかのように走り回り、牝獅子の注意を惹きつける。その間に止めを刺すべく、俺は雄獅子に向き直る。
雄獅子は怒りの咆哮を上げ、俺に飛びかかってきた。しかし、片目が塞がれているためか、その動きはぎこちない。
俺は繰り出される爪をあっさりと躱すと、今度は反対の目を狙ってレイピアを繰り出す。
爪による攻撃を躱された雄獅子は、大きく体勢を崩しており、俺のレイピアの攻撃を避けることができなかった。
再び上がる苦悶の声。両目を塞がれた雄獅子は出鱈目に前足の爪を繰り出すが、そんな攻撃に当たるわけにはいかない。
タイミングを計り、大振りの一撃を躱すと、俺はレイピアを獅子の無防備な胴に向かって突き入れた。
魔法によって強化された刀身は、半ばまでが獅子の胴に飲み込まれた。
刀身の先にあるものは、獅子の心臓。
跳ね返そうとする圧力を、力ずくで無理矢理押し通す。何かを突き破った感触と同時に、雄獅子の身体はびくりと震え、そのまま頽れる。
そして、スマラに気を取られている牝獅子の背後に回り、静かにレイピアを突き入れる。
後ろから首を貫くと、牝獅子は首を掻き毟るが、背後から刺さったレイピアの刃が抜けるわけもなく、俺は更にレイピアを押し込むと、そのまま動かなくなるまで刺し続けた。途中、激しく暴れたので、壁に打ち付けられたりもしたが、根性で捕り付いていた。
やがて牝獅子が動きを止めると、完全に動かなくなるのを確認し、レイピアを引き抜く。
俺はゆっくりと息を吐くと、レイピアを払い、鞘に納める。
「凄いじゃない! こんな大きなライオンを相手に無傷で倒すなんて。どうやら強さは本物みたいね!」
「スマラも上手く惹きつけてくれたじゃないか。それがなかったらもっと手古摺ったと思う。無傷というわけじゃないし」
実際、壁に打ち付けられたり、回避に失敗して爪を引っ掛けられたりといった具合に、小さな怪我を負ってはいたのだ。
俺はもう一度、獅子が動かないのを確認すると、傷薬を使って傷の治療をする。その後、改めて部屋の中を探索した。
そして、扉を確認し、罠や鍵がないのを確認すると、荷物から羊皮紙を取り出し、地図を書き始める。
「それは?」
「地図を書いている。依頼者からの要望で、ここの地図を作るんだよ。まずはある程度書き込んで、後でまとめるのさ」
俺は書き込みを終えると、スマラに相談する。
「よし、どこから調べて行こうか?」
俺が話しかけると、スマラは何を思ったのか、三方の扉に近づき、スンスンと鼻を鳴らしている。そして、
「何となく、左右の扉から探索したほうが良い気がする。特に根拠はないけど」
と言った。俺はそれを受けて思案する。
スマラの意見は別に根拠があるわけじゃないようだ。だが、他に判断基準もない。床を調べてみたけど、獅子以外の足跡は、特に見つからなかった。というか、戦闘したので乱れてしまったと言う方が正しいが。
ならここは従ってみるか。
「よし、それなら左右の扉から調べてみよう。まずは左からだな」
俺はそう言って、西の扉を少し開き、様子を窺う。
扉の先は暗く、明かりが必要のようだ。俺はカンテラを持つと、意を決して中に入る。
そこはドーム状の天井を持つ部屋になっており、光に照らされて姿を現したのは、異形の魔物だった。
身長は3m近くあり、目を引くのは異様に発達した両腕が、直立しているにも関わらず、足元まで伸びているのだ。その立ち姿から、俺はゴリラを想像した。
ただ長いだけじゃなく、腕力も相当に強いことは、発達した筋肉から容易に想像できる。
白く分厚い皮膚を持つその姿は、〈食人鬼〉(オーガー)か〈岩巨人〉(トロール)のように思えるが、初めて出会う魔物なので、定かではない。
魔物は俺達を認識すると、腕を振り上げ咆哮を上げる。その声は衝撃を伴うのか、壁や扉がビリビリと震えた。
俺はカンテラを足元に置き、スマラに牽制を頼もうと振り返る。しかし、そこにはスマラの姿はなかった。
『ゴメン、〈長き腕〉(ロングアーム)だけは生理的に無理! ヨ・ロ・シ・ク!』
なるほど、ロングアームね…。スマラの心話が聞こえてきた。
俺の影から。
――スマラのやつ、俺の影に潜みやがったな!
思わず怒声を上げそうになるが、目の前のロングアームを何とかしないとどうにもならない。
幸い、動き自体はそう早いわけではない。だが、狭い部屋の中、あの長い腕を振り回されると、避けられる場所は限られてしまう。そうなると、少々厄介だ。
俺は、覚悟を決めると、回避に専念し、ロングアームの動きを観察する。ロングアームの腕は非常に柔軟で、人型生物の腕とは思えない動きで繰り出される攻撃は、まるで触手や鞭のようだ。
異様な動きに戸惑ったが、攻撃を捨て、避けるだけであれば、なんとか追い詰められることなく、ロングアームの剛腕による攻撃を避けることができた。だが、このままではいつか体力が尽き、殺されることになるだろう。俺は、回避を続けながら、辛抱強く機会を窺った。
そして、しばらく回避を続けているうち、待ちに待った瞬間が訪れた。ロングアームは両腕を大きく振りかぶると、俺を抱きしめるように、左右から腕を繰り出してきた。
俺はぎりぎりのところでしゃがみ込み、唸りを上げて頭上を通り抜ける両腕をやり過ごすと、振り抜いたことで動きを止めた腕を踏み台にし、ロングアームの頭上へと跳躍する。
そして狙うのは、人間であれば急所の一つである眉間。そこに向かって跳躍した勢いを乗せて、レイピアを繰り出した。
速度の乗った一撃は、真っ直ぐに眉間へと吸い込まれていく。堅い物を貫く感触と共に、柄まで刃が埋まる。
そして、刀身はロングアームの後頭部から飛び出していた。ロングアームの目から光が失われ、その場でゆっくりと倒れていく。
俺はレイピアを引き抜きながら、巻き込まれないように胸板を蹴って後方に向かって跳躍する。
ズシンと音を立てて埃を巻き上げながら、ロングアームは倒れた。しばらく観察するが、ピクリとも動かない。
何とかロングアームを倒した俺は、大きく息を吐くと、レイピアを鞘に納めた。そして死体を調べていると、影からひょっこりとスマラが姿を現した。
「流石ね! 貴方本当に強いわね! 貴方が契約者で良かったわ」
そう言って尻尾を振るスマラの、首の後ろを掴んで持ち上げる。そして、
「今回は何とかなったけど、いきなり姿を消すのは止せ。俺が死んだらお前も死ぬんだぞ。しっかり手伝ってくれ」
「だって仕方がないじゃない。あいつは本当に生理的にダメなの。あの長い腕! あれが動くのはどうしても苦手なのよ! まぁ世の中にはあんなのが良いって変態もいるみたいだけどね」
変態って…。趣味は人それぞれだからなぁ。とりあえず、ロングアームの調査を終えたので、今度は部屋の中を調べることにする。
部屋の中には入って来た入口以外に出入口はないようだ。部屋の奥には薄汚れた箱があるだけで、他に目立つものはなかった。
俺は箱に近づき、慎重に観察する。ジュネから教わった知識を思い出しながら、箱には触れずに周囲を調べていく。
「ねぇねぇ、この箱から魔力を感じるわ」
不意に、スマラがそんなことを言い出した。
「魔力?」
「ええ。【感知】の魔法を使ったから間違いはないわ」
なるほど、魔力ね。ということは、この箱には魔法的な罠が仕掛けられているということだ。呪符型の罠なら俺でも解除できるが、付与型の罠の場合は、魔法を使って解除するしかない。
とりあえず調べてみたが、掛かっているのは付与型の魔法罠のようだ。こればっかりは俺でもお手上げだ。俺は運を天に任せて木箱の蓋を開けた。
一瞬、木箱が光ったかと思うと、その後は何も起きず、部屋には静寂が訪れる。
「どうやら、何も起きないようね。運が良かったのかしら」
スマラは、俺がいきなり蓋を開けたことが不満だったようだが、何も起きなかったことにほっと息を吐く。
「とりあえず中を調べてみるよ」
木箱の中には、小さな袋が入っており、中には宝石が入っていた。
「あら、綺麗な宝石ね。綺麗だから、私が持っててあげる」
「持つったって、どうやって?」
「〈全贈匣〉の中で保管するわ。それくらいなら入るもの」
まぁ、必要になったら出してもらえば良いし、預けておくか。しかし、大層な木箱なのに、入っているのはこれだけか…。
俺はふと違和感を覚えて、箱の中を念入りに調べてみる。
すると、木箱の底が二重底になっているのに気付いた。慎重に底板を外すと、中には古惚けた外套が一着納められていた。埃をかぶっていたが、取り出してみると造り自体はしっかりしている。表側は無地だが、裏地には質素だが繊細な刺繍が施されている。
「どうやら、魔力の反応はこれからだったようね」
「これ? マジックアイテムかい?」
「ええ。おそらく〈森妖精の外套〉(エルブン・マント)よ。身に着けている間、【隠蔽】(コンシーリング・クラック)の効果を得ることができるわ。手鏡を貸して。装備してみるといいわ」
俺は言われた通りにスマラに手鏡を渡し、外套を身に着ける。そして、スマラが咥える手鏡を覗きこむ。
そこには何も映っていなかった。なるほど、確かに透明になっている。これは便利だ。
「姿が消えているといっても実体はあるし、激しく動いたり、魔法を使ったりすれば姿は見えてしまうはず。気を付けて使いなさい」
スマラの言葉に頷くと、外套を外そうとする。すると、
「あら、着けたままでいいじゃない。私は〈契約〉があるから貴方の存在は常に感じられるし、影に潜んでしまえば、敵の不意も打てて便利でしょう?」
と言ってきた。確かに先手を打てるのはありがたい。ただ、その陰にスマラの『楽をしたい』と言う本音が透けて見えるのだが…。
俺がそのことを指摘すると、スマラは目を背ける。どうやら図星らしい。まぁ、不意を打てる状況以外は、色々と手伝ってもらいたいし、移動中はそれでもいいだろう。
「よし、それじゃあ移動は基本的にそれで行こう。影の中からでも外の様子は分かるんだろう?」
「影から知覚できる範囲ならね。貴方の影から大体10スケイル(3m)くらいかしら」
「そういや、影に潜るのって他の影でもできるのか? 影から影に移動したり」
「ああ、それは無理。影は『写し身』だから、本人の同意がないとできないわ。同意を得られない無機物も同様ね。シャドウジャックの【影潜み】とは違うわ」
「俺は同意した覚えがないんだが…」
「貴方は〈契約者〉でしょう? 契約をした時点で同意しているのと同じよ」
今更ながら、細かいところで知らない事実が出て来るな…。迂闊な行動は取りたくないものだ。まぁ、ゲームなんだし、臆病過ぎるのはいかんとも思うけど。
「良し、この部屋は行き止まりのようだし、戻って別の扉へ向かうとしよう」
「なら、私は影の中に入るわね」
スマラはそう言って影の中に潜む。俺は身に着けた隠密技術を思い出しながら、静かに部屋を後にした。
そして、部屋を出る時に管灯を持った時、気づいた。
『なぁ、俺が持っている明かりってどうなるんだ?』
『決まってるじゃない。光って見えるわよ』
それじゃ姿を消している意味がないだろうが!
俺はため息をつくと、フードを外し、外套を脱ごうとする。
『あら、フードを外すと姿が見えるのね』
何? 試しにフードを被ってみる。
『今度は消えた。フードを外すだけでも姿が見えるみたいよ』
なるほど、それならシャッターを下ろした管灯を外套の下に隠して、フードを被れば相手に見つかる危険が減るということか。明かりが必要な場所以外では、そうやって行動することにしよう。
『それにしても、ヒューマンは不便ねぇ。〈暗視〉があれば明かりなんていらないでしょうに』
悪かったな。確かに暗視能力があれば、より隠密性が上がるだろうが、ないものを強請っても仕方がない。
俺はエルブン・マントの使い方を学びつつ、先ほどの部屋まで戻り、反対側の扉を調べようとした。すると、
『待って、部屋の方に何かいる』
俺は扉を開ける手を止め、明かりを消し、僅かに扉を開け、手鏡で中を覗く。
部屋の中には獅子の死体はなく、代わりに獅子の身体に蠍の尻尾、人の顔を持つ異形の魔物が佇んでいた。
『あれは〈人喰獣〉(マンティコア)ね』
あれがマンティコア…。地球では伝説の魔物が目の前にいることに、他のVRゲームでは表現できない存在感に、俺は感動を覚えていた。
『どうやら、黙って通してはくれなそうね』
スマラはそう言うと、影に戻り、不意を打つための準備に入る。そうだ、相手は危険な魔物なんだ。俺はゆっくりとレイピアを抜き、中の様子を窺う。
マンティコアが俺達のいる側の扉に背を向けたのを確認し、ゆっくりと扉を開ける。そして、一気に間合いを詰めた。
流石に気配を感じたのか、マンティコアがこちらを向く。
だが遅い!
俺は飛び込んだ勢いのままレイピアを一閃した。速度の乗った一撃は、鎌首を上げ、振り下ろそうと構えた尻尾を捕え、斬り飛ばした。
痛みのため、絶叫を上げるマンティコア。その隙を逃さず、手元に戻したレイピアを、マンティコアの喉元へと突き入れた。
刀身を半ばまで呑み込み、口からごぼごぼと血を流すマンティコアの瞳から光が消える。
そして、大きな音を立て、その場に倒れ込む。そのまましばらく痙攣すると、動きを止めた。
『今のは凄かったわね!』
スマラがそう言って褒めてきた。確かに上手くいった。透明化からの不意打ちがこれほど効果的とは。金属鎧を着た戦士では、こうはいかない。俺は手ごたえを感じると共に、選択が正しかったことにブルリと背を震わせる。
それにしても、獅子を倒してからそれほど時間が経ったとはいえないのに、なぜこの部屋にマンティコアがいたんだろう? それに獅子の死体は?
『どうやらこの部屋って〈玄室〉(グラブカマー)だったようね』
『〈玄室〉?』
『そう。遺跡には大抵魔物がいるわけだけど、遺跡にいる魔物は大きく分けると2種類あるわ。特定の場所に留まる〈守護者〉(ガーディアン)と、留まらずに徘徊する〈徘徊者〉(ワンダリング)ね。大抵の〈守護者〉は倒すとそこで終わりなんだけど、中には何度も復活したり、魔物の種類が変わって配置される場所があるの。それは〈玄室〉と呼ばれていて、できる限り探索は回避するんだけど、ここは嫌らしいわね。主要通路に当たる場所が〈玄室〉になっているわ』
なるほど、この部屋を訪れる度に、何かと戦うことになるわけだ。経験を積むにはもってこいだけど、出口の分からない今の状況では非常に厳しい。かといって、南と東、どちらの扉が奥に繋がっているのかは分からないのだから、ここは腹を決めて探索するしかないな。この部屋が〈玄室〉だというのならば、それと認識して探索をすればいい。幸い部屋はそれほど広くないから、出現する魔物も限られるだろう。
『よし、改めて東の扉から探索していこう』
俺はそう言って、東の扉を調べ、静かに扉を開け、先へと進む。
部屋の中は薄暗く、見通しが悪い。俺は明かりを掲げて中に入る。すると、急に背後の扉が閉まり、ガチャリと鍵の閉まる音がした。
しまった、罠だったか!
俺は振り返り、扉を開けようとしたが、扉には鍵穴はなく、頑丈な造りの扉は押しても引いてもびくともしない。
落ち着け。
俺は深呼吸をすると、部屋の様子を探るべく振り返る。
今の行動は失敗だった。もし罠であれば部屋の中の様子を確認することを優先すべきだった。部屋の中の危険を排除してから、改めて扉を調べれば良かったのだ。
まだまだ修行不足だな。俺は苦笑を浮かべると、気持ちを切り替えて部屋の探索を始めた。
部屋の中は長い間使われていなかったようで、足元には埃が積もり、壁には苔や土がこびり付いている。まずは扉を開く仕掛けがないかと考え、壁際からゆっくりと調べていく。
すると、奥の壁に何かがある。俺は慎重に近づき、調べることにする。
それは、壁に刻まれた碑文だった。
ここを訪れた者へ
汝、日の光を求め彷徨う者よ。
我を求めよ。
我をその手中に収めるならば、汝に道が示されるであろう。
だが、心せよ。
光の中に道あれば、闇の中に真実あり。
恐るるなかれ。闇を友とせよ。
碑文の最後には、赤、青、黄の三色の水晶が嵌めこまれている。
ふむ。
どうやら謎かけのようだな。
俺はスマラに聞いてみる。
「なぁ、意味が分かるか?」
「さぁ? 流石に私にも分からないことはあるわ」
デスヨネー。
これで分かるなら簡単すぎて拍子抜けだ。俺は碑文を前に考える。
おそらく、三色の水晶が「太陽」を表していると考える。正しい色の水晶に触れれば、扉が開くのだろう。問題は、どれが正解なのかということだ。
「どれが太陽だと思う?」
「え?」
「この三色の水晶だよ。正しい水晶に触れれば、扉が開くと思うんだが」
「なるほどね。太陽なんだから赤か黄色じゃない?」
まぁ、そうだよな。後はどちらが正しい水晶かなんだが。
俺は水晶に触れずに、水晶をじっくりと観察する。何か痕跡はないかと思ったが、特に見当たらなかった。
赤か、黄か。
俺は水晶を前に考え込んでしまう。昔っから2択とか苦手なんだよな…。
「ねぇねぇ、闇はどうでもいいの?」
「ん?」
スマラは俺の肩に飛びあがると、碑文の後半の部分をテチテチと叩く。
「闇を友とせよって書いてあるじゃない。あれは関係ないの?」
闇を友とせよ、か。
俺は閃いて、管灯の光を消す。
他に明かりのない部屋の中は真っ暗になる。すると、碑文の下の壁がうっすらと光っているのが分かった。俺は丁寧に泥と苔を取り除く。
そこには、別の言葉が刻まれていた。
我を手中に収めた後、道を試せ
俺はニヤリとすると、肩のスマラの喉をゴロゴロする。
「ちょ、ちょっといきなり何よ。…気持ちいいじゃない」
もっと撫でれ! といった様子のスマラの喉をゴロゴロしつつ、管灯に火を灯し、水晶へと向き合った。
水晶に触れた後、扉を試せば開くということだろう。後は正しい水晶に触れれば良い。
どっちだ…?
俺はしばらく悩んだが、意を決して水晶に手を伸ばす。
俺は赤い水晶に触れた。
その途端、部屋全体が振動し始めた。
頭上から落ちる埃に小さな石の破片が混じるのを見て、天井を見上げる。
なんと、天井がゆっくりと降りてきているじゃないか!
どうやら吊り天井の罠が発動したらしい。俺は慌てて扉に取りつき、力を込めて引っ張る。
だが、扉はびくともしない!
俺は急いで壁際に戻り、今度は黄色の水晶に触れる。
天井は止まらない。
その後扉を試すが、やはり扉は開かない。
「ちょっと、どうするのよ! このままだと潰れちゃうわよ!」
スマラが耳元で騒ぐが、水晶を試しても、扉を試しても、反応がなかった。
そして、とうとう扉の位置よりも天井が低くなった。これで扉を開けることはできない。
もしかしたら、他に隠し扉があるかも!
俺はそのことに思い至り、慌てて床を探索する。
見つけた!
俺は埃に隠されたスイッチを発見し、それを押し込んだ。
スイッチに反応して、床の一部がスライドして開く。
30センチ四方の床が。
底までも30センチほどしかなく、中には何かの薬品であろう、ガラスの瓶が入っていた。
―― コレハトビラジャナイ ――
もう脱出する暇はなかった。スマラは俺の影に飛び込む。俺は茫然と薬品を見つめながら、天井が身体を床に押し付ける、圧倒的な圧力を受け、全身の骨が砕かれる苦しさと痛みを感じながら、意識を失った。
俺は死んだ。