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63 〈幻夢(VR)〉の帝都で勝利を祝う

「闘技大会の優勝者ヴァイナス、前へ!」

 トーヤという強敵を退け、見事優勝した俺は、閉会式に行われる授賞式に参加していた。俺以外にも、ベスト16に残る活躍をした者たちが呼ばれ、壇上にて表彰されている。

 帝都の有力者たちが列席する中、俺は壇上に向かった。武具は帯びておらず、急増で仕立てられた儀礼服を纏っただけの格好で歩いて行く。

 表彰は順位の低い者から行われ、優勝者である俺が最後の表彰だ。俺は表彰台の前に立つと、壇上に立つ者に向けて、膝をつき、首を垂れた。

「面を上げよ。並みいる強者を降し、其方は見事勝利を収めた。壇上に上がるが良い。我が前に来たれ」

 言葉に従い顔を上げると、そこには微笑みを浮かべる皇帝、アトロレィ・エル・ズォン=カの姿がある。俺はもう一度礼をすると、壇上へと進んで行く。

 近くで見る皇帝は、本当に美しかった。これで数百年を生きているというのだから、信じられなかった。まぁ、NPCだし、そういう設定なんだと言ってしまうと身も蓋もないのだが。

 皇帝をデザインした人は、本当にセンスがある。皇帝の微笑みに赤面していることを自覚しつつも、俺は胸を張って皇帝の前に立った。

「聞けば其方は、遥かに格の高い相手を降しての勝利と聞きました。昨今は、格の違いで諦める者が多いと聞きます。貴方の勝利は、そのような者たちに奮起を促す、良いきっかけになりそうですね」

 皇帝の言葉に、俺は恐縮しつつ、

「私の勝利は、共に闘った騎獣や使い魔の助けがあった上のもの。そして、私を支えてくれた友や、声援を送ってくれた観客たちの励ましの声無くしては有り得ませんでした」

 と答えると、皇帝は上品に笑い、

「謙虚なこと。謙遜かと思えば、本心からそう思っているのですね。素直なところは、貴方の美徳ですね」

 と言うと、手ずから俺の胸に徽章(メダリオン)を授けてくれる。俺はその場でもう一度首を垂れる。

「この後、活躍した闘士を招じての宴があります。是非参加してくださいね」

 皇帝はそう言って微笑むと、徐に俺の前へ立ち、

「これは、特別の褒美です」

 と言うや否や、そっと俺の唇を塞いだ。俺は何もできなくて、その場で立ち尽くした。

 皇帝の唇は柔らかく、暖かくて、鼻孔を擽る不思議で馨しい香りが、脳髄を麻痺させる。

 充分な時間を経て、皇帝の口づけから解放されると、呆然としたままの俺に、皇帝が離れ際、

「貴方を気に入りました。ぜひ『宰相』として迎えたいわ」

 とそっと囁いた。俺は夢見心地のまま、その場に佇んだ。皇帝はふわりと身を翻すと、優雅に立ち去っていく。俺は係の者の声にはっとすると、壇上から降りる。振り向くと、ロゼ達が、思い思いの感情を込めた表情で、俺を待っていた。

「たとえ皇帝陛下でも、負けません」

 ロゼはそう言うと、俺の胸に飛び込んで来た。そのまま唇を塞がれる。どうやら皇帝の言葉が聞こえていたらしい。どんだけ耳が良いんだ?

 ロゼのキスが終わるや否や、今度はヴィオーラに唇を塞がれた。

 貪るような情熱的なキスを終え、ヴィオーラは、

「私だって、貴方を諦めたりはしないから」

 と言って、もう一度唇を塞がれた。

 更には、ブリスにもキスをされる。本来の姿のブリスは、俺の唇についばむようなキスをすると、頬に、額に、首筋にと、キスの雨を降らせた。

「私からも勝利の祝福よ! 皇帝なんかより上手でしょ?」

 ブリスはそう言って微笑みながら、俺の肩へと座る。左右の腕もロゼとヴィオーラに塞がれた俺を、クロスレィは可笑しそうに笑い、ゼファーは血の涙を流しそうな表情で、俺を睨んでいた。

「何故だ、何故ヴァイナスだけが皇帝の口づけを…」

「それは優勝したからだろう? それにしても、皇帝陛下の眼鏡に叶うなんて、栄誉じゃないか」

 クロスレィの言葉に苦笑し、

「生憎だが、『宰相』の話は辞退するつもりだよ。〈陽炎の門〉を探さなくちゃいけないし、帝都に留まることはできないからな」

 と俺は肩を竦めた。クロスレィは目を見開きつつ、

「つくづくお前たち〈異邦人〉は変わっているな。皇帝の寵愛を得られれば、生涯暮らしに困ることはないだろうに」

「別に安定した生活がしたくて、この世界にいるわけじゃないからな。トーヤから聞いたダンジョンのこともあるし、落ち着いたら探索者としての行動を再開するさ」

 クロスレィは俺の言葉を聞くと肩を竦める。いずれにせよ、この後の宴に参加すれば、久しぶりにゆっくりできるはずだ。ここまで稼いだ金もあるし( 結局予選から一貫して自分に賭けていたせいもあって、オッズは馬鹿みたいな数字になっていた。贅沢しなければ数年は遊んで暮らせる )、〈妖精郷〉での作業も進めておきたい。ガデュス達に手を貸しての、傭兵家業も面白そうだ。暫くは、まったりと過ごしたい。

 〈陽炎の門〉を探すことは止めないが、焦っても良いことは全くない。手掛かりが全くない以上、生活を安定させ、地盤を固めつつ、やっていくしかないだろう。

「それにしても、トーヤとか言ったっけ? 決勝戦の相手、強かったなぁ」

 ゼファーの呟きに俺は相槌を打ち、

「まったくだ。俺も大概酷いクエストを熟してきた自負があったんだが、あいつは俺以上だな。〈異邦人〉が現段階で20レベルを超えるのは、どうやったのか見当がつかない」

「「「え?( へ? )」」」

 ポツリと漏らした一言に、皆の目が点になった。

「ちょっと待ってくれ、聞き間違いか? 今20レベルと言ったか?」

「ああ。正確には24だったかな?」

 俺の追加の発言に、ゼファーはあんぐりと口を開けた。ロゼ達にも言葉がない。

「格が高ければ高いほど、力の差は大きくなっていく。俺の様に搦め手を使うわけでもなく、格が倍近く、しかも低格の時とは比べ物にならない差を持つ相手を、どうやって正面から倒せるんだ…?」

 クロスレィは呆れた、という体で空を仰ぐ。ロゼは俺の腕を抱えたまま小刻みに震えている。

「どれだけ危険な大会だったのかしら…。そんな人を相手に、もしかしたら、私も闘っていたのかもしれないんだし」

 ヴァイナスが無事で良かった。そう言って抱えた腕にギュッとしがみついて来た。

 ヴィオーラも同じく呆れていた。

「まったく…。私に勝ったのだから心配はしてなかったけど、まさかそんな無茶な人を相手に戦ってたなんて。いくら『蘇生』があるからって、無茶しないでよね」

 ヴィオーラはそう言って、俺の鼻を人差し指で弾くと、痛みに顔を顰める俺の唇を塞ぐ。触れるだけの軽いキスだったが、最近ヴィオーラの態度が積極的で、ドギマギしてしまう。

「当たらなくて良かったわぁ。私が対戦してたら、問答無用であの子と一緒に瞬殺されてたかも」

 ブリスは心底助かった、と言う風に大きく息を吐く。確かにブリスの魔法は強力だが、魔法の選択によっては完封された可能性も高い。トーヤの性格上、手加減してくれたとも思えないしな。

「いずれにせよ、結果として優勝できたんだ。皆も死ぬことなく、無事に大会を終えることができた。それを祝おうじゃないか」

 行こう、リィアたちが待ってる。俺の言葉に、皆が頷く。こうして、俺たちの参加した、闘技大会は幕を閉じた。



「見事だ! まさか我が街の名誉闘士が、帝都の闘技大会で優勝を飾るとは…! 感無量だったぞ!」

 健闘した闘士達を招いて開かれた祝賀の宴の席で、イーマンは興奮した様子を隠そうともせずに、俺を抱き締め、讃えてくれた。その様子に周囲が騒めくが、その理由が今夜の主賓である俺達であったのを確認すると、納得の表情を浮かべ歓談に戻っていく。

「ありがとうございます。何とか勝てました」

「謙遜するな! 勝負のカギを握る相手の剣を弾き飛ばし、なおかつそれを利用して勝利を得るとは! いやはや、お主らしい闘いだったぞ!」

 イーマンは俺の肩を叩きながら、ご満悦だ。これまでの闘技大会で名を残してきた者の大半は、名のある探索者や、帝都の闘技場の著名な闘士、あるいは皇帝直属の〈親衛(インペリアル)(・ガード)〉への入隊を希望する、平民上がりの実力ある騎士、といった者で占められていたのだから。

 それが今年に限って、自らが目をかけた闘士が三人も上位に入る活躍をし、その中の一人は優勝までしたのだ。喜ぶのも無理はなかった。

「ああ、本当に素晴らしい闘技大会でしたわ! ヴァイナス様をはじめ、皆様本当に、本当に素晴らしかった!」

 ナジィルはロゼやジュネ、ゼファーにも惜しみない賛辞を送っている。実際、皆良く頑張ったと思う。初めての参加で、皆本選までは残っていたのだ。このことだって、充分評価に値する。

 俺たちはイーマンたちと共に、宴へと参加していた。イーマンは終始ご満悦で、俺たちを懇意にしている他の貴族へと紹介し、彼らの羨望の籠った眼差しを受けては、嬉しそうにしている。


 まるで、自慢の玩具を見せびらかす子供みたいだ。


 紹介された貴族に挨拶をしながら、皆は用意されている贅を尽くした料理や酒に舌鼓を打っている。一方で俺はというと、優勝したことが影響であろう、挨拶攻めにあっていた。

 イーマンの紹介で、貴族たちへの挨拶を終えた後は、闘いを見て感銘を受けたという騎士や、キラキラした目で闘いの様子を聞きたがる子女たち、俺達と繋がりを持つことで、話題に肖りたいと希望する商人たちの相手をしている。

 因みに、宴に参加しているのは闘技大会で本選に勝ち進んだ者のみのため、リィアたちはお留守番だ。マグダレナもこういった席は苦手なようで、〈妖精郷〉でのんびりしている。

 スマラは参加しているが、挨拶なんぞはどこ吹く風で、料理や酒を堪能していた。

 普段の生活では、華やかな衣装を着ることの少ないロゼ達も、今回は宴ということもあり、皆華やかなドレスに身を包んでいる。

 ナジィルが気合を入れて選んだこともあり、それぞれの長所を消すことなく、美しさを引き立てていた。

 ロゼは褐色の肌とは対照的な、白を基調としたドレスに身を包んでいる。大胆にカットされた胸元は、下品にならないながら、彼女の豊かな胸を強調し、つい目がいってしまう。

 ジュネは情熱的な深紅のドレスに身を包んでいる。豊かな金髪は結い上げられ、優雅さを基調に纏められた衣装は、貴族の令嬢と言われても違和感がなかった。

 ヴィオーラは翡翠色のドレスだ。彼女の希望で露出を抑えられたドレスは、逆に彼女の色香を際立たせ、周囲の者の感嘆のため息を呼んでいる。

 ブリスは髪の色と同じ、空色のドレスだ。今は【拡大】の魔法を使い、俺達と変わらぬ背丈で宴へと参加している。羽根があるために、大胆にカットした背中から覗く、透き通るような白い肌を見て、周囲の女性が羨ましそうに見ているのが印象的だった。

 一方で俺とゼファーは、お仕着せの礼服に身を包んだだけだ。元々お洒落にはあまり興味がないし、フォーマルな恰好なぞ冠婚葬祭の時にしか着ない一般人だ。恥をかかない程度の、見苦しくない恰好であれば問題なかった。

 それでもゼファーはイケメンぶりを発揮しており、周囲には女性が集まり、黄色い声をあげている。イケメンはズルいな。何着ても似合ってしまう。

 その傍らでは、名前同様、桜色のドレスに身を包んだキルシュが、ゼファーに悪い虫がつかないよう、ぴったりと寄り添っている。フリルをふんだんに使ったドレスは、小柄なキルシュに良く似合っていた。

 俺たちはこういった宴に慣れていないこともあり、皆で固まって過ごしていたのだが、宴の主役である大会参加者が一カ所に集まっていれば、自然と目立つことになる。結果として、絶え間なく訪れる人々への対応に追われることになった。

 俺達( というより主に俺 )が次々と訪れる人たちの相手をしていると、不意に周囲が騒めく。やがてモーゼの十戒のように人垣が割れていくと、現れたのは黒を基調としたドレスに身を包んだ、アトロレィ皇帝陛下だった。傍にはデザインは異なるが、同じく黒を基調としたドレスに身を包んだ、十代後半と思える美少女を伴っている。俺たちは慌ててその場で首を垂れる。

「良い良い。今宵は其方たち闘士を祝う宴です。無礼講ですから、堅苦しい礼など不要です」

 その言葉に俺たちは顔を上げ、居住まいを正した。皇帝は口元を手に持つ扇で隠しつつ、可笑しそうに笑った。

「まだまだ硬いですよ。とはいえ、いきなり礼など不要と申したところで、すぐには崩せませんか」

「元来、粗忽者ですから、多少なりとも意識するくらいでないと、礼を失するどころか、本当に無礼者になってしまいます」

 俺の言葉に、傍らの少女が声を上げて笑う。それを見た皇帝はやんわりと、

「シシーシャ、口元は隠しなさい。はしたないですよ」

「御免なさい母様。でも、今しがた無礼講と仰ったではありまあせんか」

「無礼と下品は別ですよ。貴方もこうして皇族の一人としてお披露目を終えたのですから、常に心に留めておきなさい」

 いきなり目の前で繰り広げられる親子( にはとても思えない。せいぜい仲の良い姉妹に見える )のやり取りに、俺たちは呆然とする。

 俺たちの様子に気付いたのか、皇帝は居住まいを正すと、

「失礼いたしました。娘が粗相を致しまして」

 と頭を下げる。近侍の者が慌てて止めようとしているが、皇帝は頭を下げたままだ。イーマンとナジィルも慌てて止めようとするが、迂闊に近づくのも憚られるのか、見たこともない表情で右往左往していた。

「皇帝陛下、謝っていただくことなんて何もないですよ。無礼講なんですよね?」

 俺は努めて気楽さを強調しつつ、声を掛けた。いきなりくだけた口調で話し始めた俺に、周囲の者たちがギョッとする。変化がないのは〈異邦人〉であるゼファー、ロゼ、キルシュだけで、ヴィオーラですら、俺の服の袖を引いていた。

 皇帝は頭を上げると、ニコリと微笑む。口元を隠さない「はしたない」微笑みだ。だが、俺にはさっきまでの微笑みなんかより、遥かに魅力的に思えた。

「ようやく打ち解けてきましたね。其方たちは、我が帝国にとっての宝の一つ。帝国は建国以来の興武の国。武威を示すことは、何にも勝る礼節です。其方たちには気兼ねなく、この宴を楽しんでいただきたいのですよ」

 皇帝はそう言うと、視線で美少女を促す。促された美少女はそっと前に出ると、優雅に挨拶(カーテシー)をする。

「皆様、初めまして。わたくしは皇帝アトロレィ・エル・ズォン=カが一女、シシーシャ・エル・ズォン=カでございます。今宵の宴で、晴れてお披露目となります。以後、宜しなに」

 彼女の挨拶を受けて、周囲の者は皆礼をする。俺もイーマンの所作を見よう見まねで真似をし、頭を下げた。

「妾の末の娘が、漸くお披露目となりました。宜しくお願いいたします」

 皇帝の言葉に、皆は益々恐縮している。逆に俺は頭を上げてしまい、シシーシャと目が合ってしまう。思わず見合ってしまい、可笑しくて、同時に噴き出してしまう。

「まったく…。今宵だけですよ。できるだけ、粗相のないようになさい」

 俺たちの態度を見て、皇帝は呆れ気味にシシーシャを諭した。シシーシャは首を竦めると、小さく舌を出して微笑んだ。

 皆は頭を下げていたので、その表情を見たのは俺だけだったが、この人の仕草はあまり貴族らしくない( というか随分と気安い )のだな、と感じて微笑む。

「妾としても、其方たちの話を聞きたいところですが、それでは宴を楽しむ暇もないでしょう。改めて機会を設けます。今宵はごゆるりとお楽しみください」

 皇帝はそう言うと、身を翻し去っていく。俺たちは礼をして見送った。

 今度は周囲の気配を読みながら、タイミングを合わせて頭を上げると、そこにはシシーシャが僅かな近侍と共に残っていた。

「母様はあのように申しておりましたが、わたくし、機会は逃さぬことにしておりますの。ヴァイナス様、ぜひお話を聞かせて頂きたいですわ!」

 近侍の者は慌てて、「姫様、それは…」と止めるが、シシーシャはそう言ってニコニコと笑顔を浮かべている。俺も微笑むと、

「俺は語り部や吟遊詩人ではないので、シシーシャ様を満足させるような話はできませんが、それでも宜しければ」

 と答えると、シシーシャは嬉しそうに頷き、

「ここでは落ち着いて聞けませんから、部屋を用意いたします。準備が整い次第、使いを出しますので、それまで宴をお楽しみください」

 と言うと、何故かブリスに視線を向け、軽く頷くと、優雅に礼をして去っていく。近侍の者が慌てて後を追うのが痛ましく、思わず苦笑する。

「なんというか、元気なお姫様だったな」

 ゼファーの言葉に、俺も頷く。

「でも親しみやすくて良いんじゃない? 私はああいった方のほうが好きですよ」

 ロゼがそう感想を漏らすと、隣のジュネも頷いている。

「今日がお披露目ということもあるが、シシーシャ殿下のご尊顔を拝したのは初めてだ。あのように快活な方だとは思わなかったよ」

 イーマンは漸く一息つけた、といった様子で息を吐く。周囲の人々の会話も、シシーシャの話題でもちきりだ。俺は今のうちに、と思いそそくさと料理に手を伸ばすと、それを遮るように影が差した。

「よう、少し良いか?」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには見事な体躯の偉丈夫が立っていた。俺よりも頭二つ分は高い位置にある顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。

「食事しながらで良ければ」

「奇遇だな。俺も腹が減って仕方がない。望むところだ」

 俺の答えに、笑みを深くして答えたのは、決勝戦の相手、トーヤだった。近くで見ると、本当にデカい。その体格に鍛え上げられた肉体のため、筋肉の壁が立っているように見える。

 だが、決して肉ダルマではなく、均整の取れた、無駄の全くない筋肉が、この男の強さを物語っている。

「改めて名乗らせてもらう。ヴァイナスだ」

「トーヤだ」

 差し出した手を、トーヤががっしりと握る。大きな掌から、手袋越しにでも分かる力強さと、硬質な手触りの違和感が伝わって来た。

 俺の思いに気が付いたのか、トーヤは肩を竦め、

「以前の探索でちょっと、な。気にしないでくれ」

 と言って笑う。俺は頷くと、皆にトーヤを紹介する。俺の対戦相手であったためか、皆緊張していたようだが、銘々に挨拶を終える。イーマンなんかは早速アル=アシの闘場へスカウトしていた。

「行っても良いが、ヴァイナス以上の猛者はいるのか?」

「むぅ、ヴァイナス以上か…。そうだ、クロスレィがいる! ヴァイナスが準々決勝で苦戦した猛者だぞ!」

「イーマン様、私に死ねと!?」

 トーヤの問いかけにクロスレィを指名し、クロスレィは慌てて止めている。そのやり取りが可笑しくて、皆笑ってしまった。

 それがきっかけになったのか、緊張も薄れ、トーヤを交えて和やかに食事をする。優勝者と準優勝者が揃って食事をしているのだ、ここぞとばかりに人が殺到してくるかとひやひやしていたが、俺の思いとは裏腹に、周囲を取り巻いているだけで、話しかけてくる者はいなかった。

「流石に気を遣ってくれているのかな?」

 思わず呟いた俺の言葉に、トーヤが大振りにカットされた肉のローストを一口で食べると、数度の咀嚼で飲み下しつつ、

「ああ、多分俺のせいだ」

 と言った。なぜ? と首を傾げると、

「この身体にこのなりだ。皆怖くて近づけないのさ」

 と言って肩を竦めた。改めてトーヤを見てみると、鎧は来ていないとはいえ、身に纏うのはやや草臥れた感のある平服だ。唯一腰に巻いたベルトは精緻な装飾を施されているが、飾り気のない、言ってみれば粗野な恰好といえる。宴の席では浮いてしまう。

「礼服なんざ持っていないからな。こういった宴の席に平服で来る奴には、余計に話しかけづらいんだろう」

 トーヤの言葉に俺は頷いた。俺たちはイーマンという貴族の『友人』がいたので、皆が着る服を用意してもらい盛装していたが、トーヤ以外にも闘技大会の参加者には、平服で宴に出席している者も多い。探索者にとっては、礼服なぞ余計な荷物になるから、普通は用意してなんかいないよな。

「おかげで余計な相手をしなくて助かっているんだが、どうにも気まずくてな。そんな雰囲気の中で一人飯を食っても旨くない。知り合いらしい知り合いもいなくてな。闘った誼で話しかけたってわけだ」

 皿に取るのももどかしいらしく、大皿から直接料理を食べ始めたトーヤに苦笑しつつ、トーヤの説明に納得してしまった。

「それにしても、お前は良い体格してるよな。種族は何になるんだ?」

 俺は話のタネにと、気になっていたことを聞いてみる。

「俺か? 俺は〈半森妖(ハーフエルフ)〉だな」

 トーヤの答えに、俺はおや? と思った。プレイヤーで選べる種族にハーフエルフなんていただろうか?

「トーヤは〈現地人〉なのか?」

「〈現地人〉? …ああ、NPCのことか。いや、俺はプレイヤーだぜ」

「作成時の選択種族にハーフエルフなんていたっけか?」

「うん? …ああ、そうか。ヴァイナスは正式稼働組(サブセクアント)だな。俺はベータテスターなんだが、ベータテストの時に、選んだ種族なんだよ」

「ベータテストだけにあったのか?」

「ああ。正式版にはなくなっていた。ある意味レアだぜ」

 トーヤの説明に、ゼファーが、そういやそんな種族もあった気がする、と呟いていた。

「なるほどな。他にもベータだけの種族っているのか?」

「さて、どうだかな。俺は正式版の説明をまともに読んでないし、ゲームは『習うより慣れろ』派なんでな。それに良いことばかりじゃないぜ」

「それは?」

「レア種族ってだけで、〈能力〉が特に優れているわけじゃないし、正式版になってから実装された〈才能〉が自動的に決定されてる。俺の初期〈才能〉は、〈半血族(ハーフブラッド)〉。他に何も選べないのは哀しかったぜ」

 トーヤはそう言って苦笑する。なるほど、ゲーム的有利を与えないための措置か。初期〈才能〉は結構重要だから、確かにきついかもしれない。

「まぁ、ベータの時には〈才能〉なんてなかったし、特に困ることはないんだがね。それにしても、お前ら、強かったな!」

「ありがとう。トーヤも凄かったぞ」

 トーヤの称讃に、俺も健闘を讃える。トーヤは頭を振り、

「結局負けちまった。やっぱり舐めプはいかんよな。鍛錬のためとはいえ、装備で手を抜いちまった」

「舐めプ?」

 トーヤの言葉に、俺は耳を疑った。こいつ、あれで手を抜いていたっていうのか?

「ああ。こいつさ」

 トーヤはそう言って腰のベルトを指さした。

「こいつは〈完全(フォルアンチ)抗帯(・ガーデル)〉ってマジックアイテムでな。20レベルまでの魔法を完全に防ぐんだ」


 なんですと!?


 トーヤの説明に、皆唖然とした。20レベルまでの魔法を防ぐって、実質魔法無効と変わらんぞ!?

「それ、チートじゃないのか?」

「そう思うだろ? 俺もそう思うんだが、チートじゃないらしい。もっとも、良いことばかりじゃない。こいつは『全ての』魔法を無効化しちまう。【鋭刃】や【神速】、【飛行】といった補助系魔法も、【回復】【解毒】といった治癒魔法もだ。魔法薬やアイテムに〈永続付与〉した魔法の効果も受け付けないから、完全に自力のみで闘わなくちゃならない」

 なるほど、それだと一概に良いとは言えないな。特に俺の戦術は魔法ありきのものなので、俺にはあまり嬉しくない装備だ。

「まぁ、〈戦士〉〈勇士〉限定の装備だし、破格の効果であることは間違いないけどな」

 トーヤの言葉に俺も頷く。欠点を補って余りある効果だ。もしトーヤがこれを装備して大会に参加していたら、俺の勝ち目はなかっただろう。

「ただまぁ、その場合は〈全能薬(フルポテンシャル)〉を使った強化ができなかったわけで、勝負は分からなかったかもな」

 大皿からみるみる料理が消えていく中、トーヤの説明は続いた。ていうか、説明しながら消費する食事の量が半端ないな! 体格に見合った旺盛な食欲を見せつつ、トーヤが今度は質問してくる。

「今度はこっちが聞かせろよ。あの時お前はどうやって…」

 その時、シシーシャからの使いが俺たちの元にやってきた。部屋の準備ができたらしい。

「トーヤ、済まないが用事ができた。また機会を作って話そう」

「おうよ。そうだ、これを渡しておこう」

 トーヤはそう言って何かを取り出した。見ると、それは小さな印形(シジル)だった。

「ヴァイナス、お前ならこれに挑戦できる。持っていけ」

「これは?」

「〈稀人の試練〉、そこで必要なものだ」

 トーヤはそう言って俺の手に印形を握らせると、両手に料理を持って背を向けた。俺は手の中で印形を弄びつつ、


 〈稀人の試練〉か…。


 闘いの後にも告げられたダンジョン、〈稀人の試練〉とはどんな迷宮なのだろうか? 後で話を聞いてみるか。俺はそんなことを思いつつ、使いの案内に従い、宴の席を後にした。


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