6 これが幻夢(VR)の探索らしい
主人に教わった通り、街道を北へ向かうと森が見えてきた。俺は森へ近づくと街道を逸れ、森の中へと足を踏み入れる。
砦への道は、人ひとり通れるかどうかという感じの獣道だ。これだと砦に物資を運ぶのには不便だから、どこかに大きな道があるんだろう。
俺と馬が通るには不便がないので、このまま進む。
しばらく進んではたと気づいた。この狭い道で襲われたら、俺はともかく馬が危険だと。まぁ、森は険しくはないし、道から逸れてもある程度動くスペースがあるので、なんとかなるだろうと割り切り、歩を進める。
幸い、何かに襲われることもなく、砦に辿り着くことができた。どうやら裏口に続く道だったようだ。
裏口にも歩哨が立っており、何の用かと問われたが、宿場町で依頼を受けた旨を伝えると、中に通された。
砦の中は質実剛健といった雰囲気で、いかにも中世ヨーロッパといった感じがたまらない。厩舎が近いのか、少々獣臭いのが気になったが。嗅覚が実装されているのも善し悪しがあるな。
「こちらです」
案内の兵士に従って進んでいくと、中にある建物の一つに案内された。砦の中で最も大きい建物だ。入口には呼び鈴らしき鐘が釣り下げられている。
兵士が扉に近づくのを見て、俺は気を利かせて鐘を鳴らすことにした。
「あ、それは――」
兵士は慌てて俺を止めようとしたが、間に合わず俺は鐘を鳴らしてしまう。
ガランガラン
思ったよりも大きい鐘の音が鳴り響く。すると、周囲から兵士たちが次々に集まって来た。
「緊急招集! 点呼始め!」
集まって来た兵士たちは、隊長と思わしき人物が掛ける号令に従い、点呼を始めた。そして、武装を点検し、整然と隊列を組んだ。
「伝令はどこだ! 今回の任務を確認したい!」
俺は茫然とその様子を見つめていた。横では案内してくれた兵士が真っ青になって固まっている。そこに、
「鐘が鳴ったが、どこからの伝令だ? また隣国の馬鹿どもがちょっかいを掛けて来たのか?」
と澄んだ声が響いた。振り返ると、案内された扉から姿を現したのは、〈金属鎧〉(プレートアーマー)に身を包んだ、美しい女性だった。
俺はどうやら間違ったことをしてしまったらしい。
「よく来てくれたな。私はこの砦を預かるイデアーレ・フェーデと言う。それにしても驚かされたぞ」
砦の中に通され、俺の目の前で笑うイデアーレに対し、俺は恐縮していた。
俺が呼び鈴だと思った鐘は、緊急時を知らせる鐘だったそうで、誤報とはいえ鳴らしてしまったことをこっぴどく叱られたのだ。特に俺を案内していた兵士は、上官から鉄拳制裁の罰を受けていたので、非常に申し訳なく思う。
イデアーレはこの砦の最高責任者で、兵士や部下の騎士を指揮する騎士隊長であるらしい。
そのレベルはなんと20! 見た目の美しさからは想像もつかない剛の者である。
「今回貴殿に頼みたいことは、この砦の地下にある遺跡を調査し、その詳細な地図を作ってもらうことだ」
「地図ですか?」
俺の質問に彼女は頷き、
「そうだ。ここは元々悪魔を崇拝する教団の聖堂だった場所でな。地上部分を制圧したものの、地下に関してはほぼ手つかずの状態なのだ。地下は古代の遺跡を利用した造りになっているようで、天然の地下水脈や下水施設などが入り組み、複雑な迷路になっているらしい。しかも遺跡を守る魔物や土着の妖精などが棲みついており、更には侵入者を拒む罠の類いもあるという。我々としても調査を行いたいところだが、国境の警備や周辺の巡回などでとても手が回らない。そこで探索者の力を借りることにしたのだ」
と説明をされる。なるほど、クエストの内容としてはスタンダードなものだな。
「分かりました。以前にも依頼を受けた探索者がいたそうですが、その人はどうなったのでしょうか?」
俺は宿の主人から聞いた話を伝えた。すると、彼女は顔を顰め、
「確かに以前、探索者が来たことがあった。探索から戻らないところを見ると、おそらく失敗したのだろう。例え失敗しても報告に来るべきなのだが、それもないところを見ると、死んでしまったのか、逃げてしまったのか…」
と言った。どうやら、かなりの危険を伴うクエストのようだ。ふーむ、初心者用のクエストじゃないのかな?
「ちなみに、何人くらい依頼を受けたのでしょうか?」
「依頼を受けたと尋ねて来た探索者は5人ほどだ。いずれも帰って来ていない」
…これ、結構難易度高くないか? 5人未帰還ってのは、今まで経験してきた他のVRゲームでは、かなり高い難易度になる。もっとも、〈オーラムハロム〉は(少なくとも俺の中では)かなり難易度高めに設定されているので、普通なのかもしれないが。
「あと、万が一失敗した場合、再度挑戦することは可能ですか?」
「状況にもよるが、一度失敗した者に任せるわけにはいかない。我々も無駄に時間を掛けたいわけではないからな」
なるほど、探索失敗からの再挑戦はできない仕様か。一度失敗して準備を整えて、再度挑戦は無理らしい。状況によっては死んで蘇生してもクリアできずに詰む可能性もあるから、今までの挑戦者は皆クエスト放棄したのだろう。
「探索において、何か助力は得られるのでしょうか?」
俺は図々しいと思ったが、しっかりと確認する。助力は重要だ。(助力の内容にもよるが)助力があるのとないのとでは、クエストの難易度が大きく変わる。
「もちろん、我々も失敗して欲しくはないので、それなりの支援をさせてもらう。前金代わりとなるが、我が部隊で使用している武器を提供しよう。防具は提供できないが、探索に使う道具類は、砦にあるものであれば、自由に持って行ってくれて構わない」
おお、武器と道具類はもらえるのか! これはありがたい。宿場町では買い物をしたくても金がなかったからほとんど買えなかったんだよな。
俺は自分のWPが許す限り貰って行こうと考え、頭の中に持って行くアイテムのリストを整理する。
すると、イデアーレが何かを持ってきた。
俺が座るテーブルの上に置かれたのは、一振りの剣と斧だった。
「これが我が隊で使用している武器だ。魔法が掛かっているので騎士階級の者にしか使用が許されない貴重品だぞ」
俺は用意された武器を手に取り、具合を確かめる。
剣は〈広刃の長剣〉(ブロードソード)と呼ばれるタイプで、刀身に魔法文字が刻まれ、発光している。
斧は〈広刃の斧〉(ブロードアックス)と呼ばれるタイプで、やはり刀身に魔法文字が刻まれていた。
「これらにはそれぞれ護りの魔法が込められている。使用している時、守りの力によって貴殿の身体は守られることになる。また、落としたりした場合でも、掌に集中して『我が手に来たれ!』と念じれば、即座に転移してくる機能も持つ」
なんと、かなり強力なアイテムだな。その分、クエストが厳しいってことなんだろうけど。
「これは両方とも頂けるのですか?」
俺の質問に、イデアーレは苦笑し、
「抜け目がないのは、探索者の美徳だな。残念だが、どちらか一つを選んでくれ。両方は渡せない」
デスヨネー。
俺は改めて武器を持ち、イデアーレに断わって構えてみる。ブロードソードはブロードアックスに比べて必要な〈体力〉が少なく、〈器用〉が高い。盗賊として高い〈器用〉を持つ俺には、剣のほうが向いているのだが…。
「申し訳ありません。せっかくの武器なのですが、俺にはどちらも重すぎるようです」
そう、貧弱男の俺には、どちらも重すぎたのだ。魔法の剣だけあって、野盗から手に入れたグラディウスよりは軽いのだが、それでさえ俺には重かったのだ。こんなことなら〈体力〉に高い数値を割り振っておくんだった。
せっかくの〈魔法の品物〉(マジックアイテム)を手に入れる機会だというのに…。これ多分、非売品だぞ…。
あまりの悔しさに肩を落とす俺を見て、イデアーレは申し訳なさそうに、
「そうか…。人並みの力があれば、振るえるはずなのだが。貴殿の〈体力〉は相当に低いようだな」
とはっきりと断言する。ぐはっ、自分の選択とはいえ、男として女性から「貧弱」と言われるのはショックがでかい。
その言葉に増々肩を落とす俺を見て、イデアーレは何事かを考えていたのだが、不意に何かを思い出したのか、席を立つと奥へと引っ込み、何かを探している。
「確かここに…。あったあった、これだ」
イデアーレが埃を落としながら持ってきたのは、古びた木箱だった。イデアーレが木箱を開けて取り出したのは、見た目にも華奢な〈刺突用細剣〉(レイピア)だった。
「これは以前部下であった男が特注で作らせた剣でな。貴殿のように貧弱…失礼、あまり力の強い者ではなかった。元々内政を担っていた貴族の長男で、剣術を学ぶ時間があれば勉学をしていた者だったのだが、政変で役職を失ってな。いきなりこの砦に騎士として赴任させられたのだ」
彼女はそう言って、レイピアを鞘から引き抜く。剣や斧と同様、刀身には魔法文字が刻まれていた。
「当然、身体を鍛えたことなどない男に、使える武具などこの砦にはなかった。男はそれでもなんとかしようと、金と交友関係を駆使して、この剣を作らせたのだ。貴族の嗜みとして学んでいた細剣術を使える剣をな」
そう言ってイデアーレは剣を鞘に戻す。
「結局男は国境での小競り合いで命を落としたが、せっかくの魔剣を処分するのも忍びなく、さりとて使う者もいなかったので、すっかり忘れていた。これならば貴殿でも使うことができよう」
そう言ってイデアーレは剣を渡してくる。
曰くがあり過ぎて不吉な剣なのだが、せっかくなので、具合を確かめてみる。
渡されてみると、軽い。今使っている〈細刃の短剣〉(ミゼリコルド)に比べると重いが、他の武器に比べたら圧倒的な軽さだ。
俺は鞘から抜くと、ゆっくりと構え、丁寧に型をなぞる。
悪くない。刀身の長さも丁度いい。精緻な装飾が施された護拳も気に入った。気分は三銃士だな。俺は剣士じゃないけど。
「どうやら、良さそうだな。それで良ければ使ってくれ」
「ありがとうございます。頂戴します」
思いがけず良い武器をもらったところで、俺は倉庫に案内され、そこで必要な道具類を選んだ。
まず必要なものが、食料、明かり、傷薬だ。どれくらい探索にかかるか分からないから、食料は1週間分、銀製の水筒には水と酒を用意した。明かりは管灯(開閉シャッター付)に油と燐寸、傷薬は救急箱に入るだけと、予備の薬も用意してもらった。あとは地図を書くための羊皮紙と羽ペン、インク。ロープは軽くて丈夫な絹製のロープを準備する。後は方角を知るためのコンパス。通路の先や鍵穴を覗くための手鏡、小袋やずだ袋、毛布も用意した。
これらを背負い袋に納め、準備は完了だ。俺は準備を終えた旨をイデアーレに伝えると、ダンジョンの入口へと案内された。
ダンジョンの入口は、砦の中、地下牢の奥にあった。イデアーレは、古びた鉄製の扉の前で立ち止まると、
「ここが地下遺跡の入口になる。貴殿にはできるだけ詳細な探索をお願いしたい。特に抜け道や他の出口を見つけてくれれば、追加で報酬を用意しよう。そして、地下遺跡の中で見つけたものに関しては、原則として貴殿のものとして良いが、騎士団のものであった場合、相応の価格で買い取らせてもらいたい。それでは健闘を祈る」
イデアーレはそう言って、鍵を開けて重厚な扉を引き開けた。俺は頷くと、扉を潜り中へと歩を進めた。
俺は管灯に火をつけると、行き先を照らし出した。後ろでは扉の閉まる音がする。扉のきしむ音が止むと、ガチャリと鍵の閉まる音がした。ここから戻るときは、相応の地図を完成する必要がある。どの程度必要になるかは未知数なんだが…。
光の照らす先は、下りの階段になっていた。20段ほど降りると、木製の扉があるのが見える。俺は静かに近づくと、まずは扉の周囲を探り、罠がないかを確認する。その後、扉全体を調べ、罠がないことを確認すると、扉に聞き耳をたてた。
俺の耳に、微かに何かが動く音が聞こえた。どうやら、この扉の先には何かがいるらしい。俺は、レイピアを構え、管灯を少し離れた足共に置くと、僅かに扉を開け、隙間から中を覗きこむ。その時も直接覗きこまずに、手鏡を使って確認をする。
扉の先は、松明の光で照らされていた。その光の中、置かれているテーブルの上に、1匹の猫がいるのが見えた。猫は大きく欠伸をすると、そのまま丸くなり眠りにつこうとしているようだ。
なぜダンジョンに猫が?
魔物の類いかもしれない。一気に不意を突くべきか、それとも友好的に対処すべきか。
俺は少しの間思案し、友好的に接することにした。もし魔物であれば仕留めるだけだし、魔術師の使い魔とかであれば、交渉の余地はあるだろう。
俺は扉を開けると、中に入り、テーブルへと近づく。すると、猫は顔を上げ、俺を見つめると、
「ごきげんよう。ようやく来たのね。待ってたわ」
と喋った。猫が話をした? 俺は驚きのあまり、思わず猫を凝視してしまった。すると猫はスンと鼻を鳴らすと、
「ちょっと、レディの顔をまじまじ見るのは失礼よ。礼儀を知らないのかしら」
と言いながら、そっぽを向いた。俺はなんとか立ち直り、
「あまりに可愛いもので、つい見蕩れてしまいました。気に障ったようでしたら謝ります」
と頭を下げた。すると猫はピクピクと髭を動かし、
「あら、そうなの。見蕩れてしまったのなら仕方がないわね。許してあげるわ」
と言ってこちらを向いた。俺は顔を上げ、
「初めまして。俺はヴァイナスと言います。お名前を窺ってもよろしいですか?」
と尋ねると、猫は香箱座りから正座をし、
「初めまして。私はスマラグドゥス。貴方にならスマラと愛称で呼ばれても良くってよ」
と言ってニャアと鳴いた。その背後で揺れる尻尾が二股に分かれているのを見て、
「二股の尻尾…君は猫又なのかい?」
と俺は尋ねた。するとスマラは、
「そうね、日本では猫又と呼ばれるかもしれないけど、〈オーラムハロム〉(この世界)では〈妖精猫〉(グレイマルキン)と呼ばれているわ。西洋ではケットシーとか呼ばれたりもするけど」
と答える。なるほど、だから言葉を喋るのか。
「ちなみに、なんで喋れるのかと思ってるでしょ? 猫は賢いのよ。ちゃんと人の言葉は理解しているの。ただ喋ることをしないだけで。そして今喋っているのはネコ語よ。貴方も理解しているようだから大丈夫だと思うけど」
なんと、ネコ語だったのか。俺もネコ語を喋っていたのか。と言うと、呆れたように、
「貴方は共通語を喋っているわよ? 言ったでしょ、猫は賢い、人の言葉を理解しているって。いいわよ普通に喋っていれば。もちろん、私と内緒話をしたいのであれば、ネコ語の方がいいけどね」
スマラはそう言って、フフンと得意そうに髭を動かした。
それにしても、さっきスマラは待っていたと言っていたか?
「ええ、貴方を待っていたのよ。とはいっても、別に貴方でなくても良かったのだけれど。待っていたのは私と共に、ここを探索してくれる探索者よ」
猫がこのダンジョンを探索するのか? 俺の疑問にスマラは、
「そうよ、この地下遺跡には私が探しているものがあるの。それを手に入れるには、貴方のような探索者の協力が必要なの。もちろん、私も探索は手伝うわ。お願いできるかしら?」
スマラはそう言って首を傾げる。
俺はどうしたものかと考えた。確かにダンジョンを探索するのに、仲間がいたほうが有利になる。だが、猫がどこまで役に立つのか?
もちろん、スマラはただの猫じゃない、妖精猫だ。何か特別な力を持っているのだろう。俺はまずその辺りを確認することにした。
「スマラは、どんなことができるんだい?」
「そうね、猫としてできることは大抵できるわよ。狭いところを通ったり、暗闇を見通したりね。相手にもよるけど、素早く動いて翻弄することはできると思う。それに、貴方の影の中に潜んで移動することもできるわ。後は簡単な魔法を使うことができるけど、闘いの役に立つような魔法は使えないわね。【感知】(ディテクト・マジック)【魔光】(マジック・トーチ)【発見】(ファインド・アップ)の3つよ。あとは〈全贈箱〉の〈才能〉も持ってるわ」
なるほど、探知系の能力なんかが充実している感じか。割と博識のようだし、仲良くしてみるか。
「了解した。俺で良ければ手伝おう。俺もこのダンジョンを調査しないといけないしな」
「良かった。それじゃあ〈契約〉(テスタメント)を結びましょう」
「〈契約〉?」
俺は首を傾げる。スマラは頷き、
「そう〈契約〉。これを結ぶことによって、私たちはお互いに絆を結ぶことになるの。私達妖精猫はこれをとても重要視するわ。お互いに命を預けることになるのだもの。契約は大事よ」
ふむ、〈契約〉(テスタメント)か…。ガイドには説明がなかったな。だが、結ばないと話が先に進まなそうなんだよな。仕方がない。
「分かった。〈契約〉を結ぼう」
「あら、割と素直なのね。素直な人は好きよ。それじゃあ契約を結びます。準備するわ」
スマラはそう言うと、テーブルから飛び降り、奇妙なステップを踏んだ。するとステップに合わせて、床に光る魔方陣が現れた。
「さあ、この中に入って。私の言葉に続いて言葉を繰り返しなさい」
俺は頷くと、魔方陣の中に足を踏み入れた。
『我は求む、神聖なる契約を』「我は求む、神聖なる契約を」
『汝が求むは生ある誓い』「汝が求むは生ある誓い」
『我が求むは死の誓い』「我が求むは死の誓い」
『我と汝の名において』「我と汝の名において」
『揺るぎ無き魂の盟約を結ばん』「揺るぎ無き魂の盟約を結ばん」
『祖は忘れるなかれ』「祖は忘れるなかれ」
『契約を違えし時は』「契約を違えし時は」
『互いの死を持って償うであろう』「互いの死を持って償うであろう」
ここまで続けて言葉を繋いだ時、魔方陣が一層光を増した。
『我、スマラグドゥスは誓う』「我、ヴァイナスは誓う」
そこからは自然に言葉が生まれてきた。そして、
『「汝と共に歩むことを」』
どちらからともなく、生み出された最後の言葉を唱えた途端、魔方陣が光り輝き、部屋の中を真っ白に染め上げた。
そして、ゆっくりと光が収まると、部屋の中は何もなかったかのように、契約を行う前の雰囲気を取り戻した。
「これで契約は完了したわ。貴方と私は、霊的に繋がった状態になったわ。近くにいるときであれば、心の中で会話をすることができるし、お互いの存在する距離や方角を知ることができるわ」
「それは便利だな。心の中で会話するっていうのはどうやるんだ?」
「心の中で言葉を思い浮かべれば大丈夫。『こんなふうに』」
俺は心の中で、スマラに話しかけてみる。
『これでいいのか?』
『そうよ、ちゃんとできてるじゃない。初めてにしては上手ね』
これは便利だ。秘密の相談事をする時は重宝しそうだ。とりあえず練習を兼ねて、心話で話を続ける。
『これって、相手が何を考えているのかは分からないんだな』
『そりゃそうよ。心の中まで教えてしまったら、たまったものではないわ』
そりゃそうだよな。何でも筒抜けになったらお互いに困る。
『他に何があるんだ?』
『貴方と私は、契約による魔力の経路が繋がっている状態になってるわ。そのため、どちらかが死ぬと、契約をしている相手も死んでしまうことになるの。気を付けてね』
なんだと! 聞いてないぞ!
そう言う大事なことは、契約する前に言って欲しかった…。
まぁ、今更解除はできないだろうし、とりあえずダンジョンを攻略するまでだ。俺は死んでも蘇生できるから、スマラについて気を付けておけば大丈夫だろう。
そういえば、スマラが死んだ場合も俺の能力で蘇生できるのかな?
『なぁ、スマラが死んだ場合でも、俺の蘇生能力って使えるのかな?』
『どういうこと?』
『これは内緒にして欲しいんだが、俺、〈幸運〉の値を一定量消費して、生き返ることができるんだ』
俺の言葉に、スマラは大きく目を見開き、
『なにそれ! 反則もいいところじゃない! ヒューマンってみんなそんなことできるの!?』
『いや、多分〈陽炎の門〉を通ってこちらに来ている探索者だけじゃないかな? こちらの世界に初めからいる人にはできないと思う』
俺の言葉に、スマラはしきりに前足で顔を洗いながら、
『契約が有効なうちは、私が死んでも蘇生できると思う。それにしても驚きね。〈幸運〉の値は経験を積んで成長すれば、また伸ばすこともできるし、探索者のような危険な仕事をする者にとって、計り知れないアドバンテージになるわ…。ちなみに、一度死ぬとどれくらい〈幸運〉の値は減るの?』
『乱数になるけど、1~6点減るらしい』
『結構減るのね…。それで貴方の〈幸運〉はいくつなの?』
『最後に調べた時から変わっていなければ45だな』
『…』
スマラは、俺の顔をじっと見つめ、
『貴方、他の能力値の数値も高いの?』
『いや、〈体力〉なんか8しかないし、他の能力も20を超えるものはなかったな』
『ちょっと確認させてもらうわね』
スマラはそう言って、俺の顔をじっと見つめる。
能力値の割り振りは自分で考えたんだけどな! まぁ、こんな都合のいいことは普通起きないだろうから、疑われても仕方がないが。
などと考えていると、スマラは頷き、
『なるほど、確認したわ。嘘は言ってないみたい。それにしても極端な〈能力〉ねぇ』
確認した? それって、
『もしかして、〈観察眼〉を持っているのかい?』
『いいえ、違うわ。〈鑑定眼〉(アプライサル)よ』
〈鑑定眼〉! 俺は驚きの声を上げる。
〈鑑定眼〉は〈観察眼〉の上位に当たる〈才能〉で、PCは修得することができない〈才能〉だ。
通常、この〈才能〉を持つNPCは〈鑑定士〉のみ。つまり、スマラに頼めば、〈能力〉の成長やレベルアップを行うことができるということになる。
『分かったわ。とりあえず貴方が幸運な人だと理解したわ。今後ともヨロシクね!』
と言ってニャアと鳴いた。俺も笑顔を浮かべ、
『ああ、よろしく!』
と頷く。
こうして、俺とスマラの探索は始まった。この後、俺達の付き合いは考えていたよりも遥かに長くなるのだが、それは今後語られていくことになるだろう。