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57 〈幻夢(VR)〉の闘技場で合縁奇縁?

 本選に入って初戦から強敵と当たってしまったが、何とか独力で勝利することができた。今回が偶々だったと思いたいが、やはり上位職が相手だと、強さが未知数で怖さが半端ないな。

 今回は【分解】だったから、マジックアイテムの効果で無効化できたけど、対象を即死させる9レベルの【死呪(デス・スペル)】や、同じく9レベルの、対象を【石化】させる【石化(ストーン・スペル)】だったら、相手の魔力によっては抵抗できずに終了していた可能性も高い。

 竜の血の加護もあるし、能力は平均的に成長しているから、そうそう後れを取ることはないとは思うが、油断はできない。

 もう一つの会場の闘いも気になるが、そろそろジュネの出番になる。参加者のモチベーションに関わるのと、八百長を防ぐため、体調不良などのやむを得ない理由による棄権以外を防ぐために、試合のある参加者は、他の試合を観戦することができない。

 これが勝者である場合、試合の後も観戦できない。勝利した俺は、係の人の案内で、待機室へと案内される。

 待機室は結構な広さの個室になっており、風呂やトイレ、仮眠を取るためのベッドや寛ぐためのソファーやテーブルが用意されていて、酒や果物、菓子まで用意されている。

 闘技場についてもそうだけど、ズォン=カの街って古代ローマのような雰囲気がある。街中も含めて浴場も多いし、そういうコンセプトでデザインされたのだろうか。

 部屋にはそれぞれ係の者がいて、欲しいものがあれば、無理のない範囲で用意してもらえる。ただし、部屋から出ることはできないし、係の人が許可した人物以外と会うこともできない。まぁ、勝者の場合、勝利の祝福に訪れる人は大抵通すらしいが。

 次回の試合に対して、有利不利をなくすための措置なので文句を言っても仕方がない。俺は皆の勝利を祈りつつ、試合が終わるのを待つことにした。

 騎獣や使い魔は同伴しても構わないということなので、俺はスマラとマグダレナを呼び出し、雑談に興じたり、マグダレナにせがまれて、先ほどの試合の様子を話したりして過ごす。

 話を聞き終わったマグダレナから、案の定、何故呼び出さなかったのかと指摘される。一人で何とかできると思ったし、俺には死んでも【蘇生】があると言ったのだが、

「それじゃあ、私が騎獣として登録してる意味がない! 一緒に戦えないなら、参加者で登録すれば良かった!」

 危険は承知の上だし、それはヴィオーラやジュネだって同じでしょ! マグダレナにそう言われると、俺としては言い返すことができなかった。

 あの二人は大丈夫だと思った、なんて口に出せば、マグダレナを信頼していないと言ってるのと同じだし、闘う力だって、ジュネと同等か、それ以上であるマグダレナを「死なせたくない」という理由で参加させないのは、侮辱でしかない。

「分かったよ。次の試合からは一緒に戦おう」

 俺の非は明らかだったので、素直に謝り約束をする。マグダレナは嬉しそうに頷いて、甘えるようにしがみついて来た。

「それにしても、あのフェアリー何者だったのかしら? 〈魔導士〉なんだから魔法の扱いが凄いのは分かるけど、他の動きも悪くなかったわ。銀豹との連携も見事だったし、ヴァイナスじゃなかったら危なかったわ」

 スマラが用意してもらった酒を呑みながら、感想を漏らす。

「確かに、【分解】はヤバかったな。俺には〈覇者の栄光〉があったから良かったけど、〈体力〉特化のゼファーなら確実に死んでたし、〈耐久〉に劣るジュネやロゼも耐えられなかっただろう」

「貴方はレベルもそうだけど、どの〈能力〉も高いから、そんなに心配はしてなかったけど。強いて言えば、〈魅力〉が低い? まぁいざとなれば〈宿命〉もあるんだし」

 俺の感想に、そうスマラが返した。悪かったな。俺はイケメンじゃねーよ。これでもコツコツ成長させているんだぞ! …まぁ外見に関しては〈魅力〉の数値は関係ないんだが。

 以前にも話が出た気がするが、魔法はその性質によって、抵抗に必要な〈能力〉が違う。例えば【呪弾】や【分解】は〈耐久〉で抵抗するし、【惑乱】なら〈知性〉で抵抗だ。【呆然】なら〈幸運〉といった具合に、抵抗に必要な能力はバラつきがある。

 中には【火球】や【吹雪】のように、抵抗そのものができない魔法も存在する。これらの魔法は物理的な現象として効果を発揮するため、適切な防具( 鎧に限らず、防寒具や耐火繊維のマントでも効果がある )や、対象の能力( 冷気耐性や炎無効など )によっても防ぐことができるからだ。

 相手の〈能力〉を見極め、時に攻撃、時に妨害、時に味方の補助と、状況に合わせて有利な魔法を選択し行使していく。それが魔術師の醍醐味であり、上級者向けの職業と言われる所以なのだが。

「誰かに渡しても良いんだけど、闘場の勝利記念にイーマンから贈られた品だから、知られると心証が悪くなりそうなんだよな」

「あの人なら気にしなそうだけど…。それならマグに渡せば? マグなら貴方の騎獣だっていえば、文句は出ないと思うけど」

「別に私は大丈夫だよ。道具に頼るのは余り好きじゃないし…。あ、でもファリニシュと戦った時には、防具にお世話になったなぁ。ヴァイナスがくれるなら使おうかな…」

 スマラに言われ、マグダレナに上目がちに言われれば、俺としては断れない。俺は手首から〈覇者の栄光〉を外すと、マグダレナの手首に巻いてやる。

 マグダレナは嬉しそうに微笑むと、頬を摺り寄せてくる。だがすぐに首を傾げ、

「でもこれって人化を解いたら外れちゃうかな?」

「大丈夫じゃないか?」

「試してみて良い?」

 俺が頷くと、マグダレナは俺から離れ、広いスペースに移動すると人化を解いた。

 〈覇者の栄光〉は、人化を解いたマグダレナの左前脚首に、千切れずに収まっていることを確認する。

「大丈夫みたいだな。サイジングの魔法が掛かってるのかな」

「この姿でも着けられて良かったわ! ヴァイナス、ありがとう」

 マグダレナは再び人化すると、嬉しそうに抱き着いてきた。やけに甘えてくるが、最近はロゼやジュネも増えて、俺が構ってやれる時間が減ったのもある。こういう時は好きにさせてやろう。

 そうやって俺たちが過ごしていると、不意にドアをノックされる。係の人が来たのだと思い、「どうぞ」と声を掛けると、現れたのは、澄み渡った蒼い空を思わせる長い髪を無造作に流し、宝石のような淡い紫色の瞳を持つ美女だった。

 美女は微笑むと、静かに部屋へと入ってくる。

「寛いでいるところに失礼するわ。勝利おめでとう」

 美女はそう言って微笑んでいるが、俺はこの人が誰だか分からなかった。記憶を辿るが、会った覚えがない。

「あの、失礼ですがどちら様でしょうか?」

 俺が困惑気味に尋ねると、美女は哀しそうに眉根を寄せ、

「あら、残念だわ。あんなに熱く激しい時を過ごしたのに、貴方は忘れてしまったのね…」

 と言う。そんなことを言われても、俺には全く身に覚えがなかった。思わずスマラとマグダレナを見るが、彼女たちも会った記憶がないのか、困惑した表情で美女を見ていた。

「ヴァイナス、新しい恋人?」

「行く先々で手を出すのはどうかと思うわね」

 マグダレナの質問と、スマラの呆れたような物言いに、俺は激しく首を振る。失敬な、ゼファーじゃあるまいし。

「人違いでは?」

「酷い…。唇まで奪ったのに、哀しみで死んでしまいそう」

 俺が切り出すと、美女は涙を隠すように顔を伏せた。思わず釈明をしようとした俺の目に、美女の背中にある、一対の透き通った羽根が目に入った。


 蒼い髪、紫の瞳、透き通った羽根。


 俺は脳裏に浮かんだことを、すぐさま否定する。だが、もしかして…。

「間違っていたら悪いが、もしかしてブリス・ブリス…?」

「ふふ、バレちゃった。もう少しからかいたかったのにな」

 俺の問いに、蒼い髪の美女、ブリスは笑顔を浮かべて肩を竦めた。俺は未だに信じられずに、彼女を見続けている。

 ブリスはフェアリーのはず。今目の前にいるのは小柄だが、明らかに人間大の女性だ。俺はどういうことか分からずに戸惑っていると、

「ブリス・ブリス? さっきのフェアリー? わざわざ【拡大(ワイド・サイズ)】の魔法まで使って悪戯するなんて、魂力の無駄使いね」

 スマラはブリスの姿のからくりに気が付いたのか、呆れた様子でブリスを睨んでいる。

 なるほど、【拡大】の魔法か…。スマラの指摘に俺は内心で納得していた。

 【拡大】の魔法は、対象のサイズを2~10倍にする魔法だ。大きくすればするほど、SPを消費することになるが、大きくなればその分〈体力〉も上がって近接攻撃の威力も増すし、崖を超えたり城壁を超えたりといった行動も容易になる。便利な魔法だが、11レベルと高度なうえ、SP消費も大きいので、態々こんな悪戯に使う魔法ではなかった。

「それで、何の用?」

 スマラが声に警戒心を含ませながら問いかける。確かに、ブリスが俺を訪ねてくる理由が分からなかった。ブリスはクスクスと笑い、

「別に大した理由はないの。私に勝ったヴァイナスを祝福したかっただけ。まさか2回戦でこんな強敵に当たるとは思ってなかったから、どんな人なのかも興味があったし」

 と言う。俺だって、ブリスのような強敵と当たるとは思っていなかった。ブリスは笑顔のまま、

「ねぇ、どうせ試合が終わるまでここから出られないでしょ? 色々聞きたいことがあるの! 聞かせてちょうだい」

 と言って俺の腕にしがみついて来る。服越しに感じる控えめな、それでいて柔らかな感触と、髪から香る花を思わせる香りにドキリとする。

 それを見たマグダレナが、殺気を纏わせながら、しがみつくブリスを俺から引き剥がした。

「ヴァイナスを殺そうとした奴が、馴れ馴れしくしないで! 貴方は敵でしょう!」

「あら、別に試合だから闘っただけで、別にヴァイのことを殺そうなんて思ってなかったわよ」

 殺す気のない相手に【分解】はないんじゃないだろうか…。思わずツッコミを入れそうになるが、ブリスは悪びれる様子もなく微笑んでいる。

「ヴァイナス、貴方もなんとか言って!」

「マグ、落ち着いて。俺だって試合だから闘ったけど、別にブリス・ブリスを敵だとは思っていないよ」

 俺の腕にしがみついたまま、ブリスに向かって殺気を放つマグダレナを、髪を撫でて落ち着かせる。マグダレナは不満そうに俺を見るが、俺が気にしていないのを感じたのか、不承不承といった感じで殺気を収める。

「まぁ折角尋ねてきたんだ、ここから出られないのも事実だし、話には付き合うよ」

「流石ヴァイね。私に勝つだけはあるわ」

 いや、勝敗は関係ないだろ。まぁ勝者の余裕ってのはあるし、闘いになっても、【転移(テレポート)】で逃げられれば追いかけることもできないので、話に付き合ってやることにする。

「何か飲むかい?」

「そうね、お茶を頂こうかしら」

 そう言って遠慮なくソファーに座るブリスに苦笑しつつ、俺はブリスの分も含めてお茶を用意し、茶菓子も用意する。

「あら、このお菓子は見たことないわね」

「お茶は用意してもらったやつだけど、お菓子のほうは持ち込みだよ。ロゼの手作りだ」

「へぇ、ロゼって試合に出てる子でしょう? 料理もできるんだ」

 ブリスはそう言うと、頂きますと言って早速菓子に手を伸ばす。

「うん、美味しい! 食べたことない味だわ」

 ブリスは気に入ったようで、パクパクと食べていく。マグダレナも慌てて食べ始めた。俺は外で控えている係の人にもお裾分けしつつ、ブリスの相手をする。

「確認したいんだけど、ブリス・ブリスは結局フェアリーなんだよな?」

「ブリスで良いわよ。熱い口づけも交わしたんだし。そうよ。今は【拡大】を使って大きくなってるけど」

 お菓子を頬張りながら、ブリスは答える。行動だけ見てると幼い印象を受けるけど、何歳くらいなんだろうか?

「前回参加した時は、【変装(ポリモーフ)】を使って毎試合違う姿で闘ったんだけど、今回は予選を見ていて実力者が多そうだったから、魂力の消費を抑えるためにも、本来の姿で闘うことにしたわけ」

 もう負けちゃったから、関係ないけどね。ブリスはそう言って笑っている。そうか、ブリスは以前の大会に出ていたのか。

「てことは、ブリスは〈現地人〉てことか」

「ええ。ヴァイ、貴方は〈異邦人〉よね? 貴方みたいな実力者が未だに白札の探索者なんて、普通はおかしいもの。万が一探索者として成り立てだとしても、〈現地人〉なら個人として名前が売れているはずだし」

 そんなに高レベルの者は、探索者としても高ランクなのだろうか? まぁ高レベルの者は、それだけである程度名が売れるものらしいし、〈現地人〉の実力者は、俺が知らないだけでまだまだいそうだな。

「それで、俺を訪ねてきた目的は?」

「別に深い意味はないわよ? 親睦を深めに来ただけ。一緒に探索もしてみたかったから、もう少しお互いを知りたかったのよ」

 俺の問いに、ブリスはあっけらかんと答える。その首には、試合の時には付けていなかった、紫のプレートが部屋の明かりを受けて煌めいていた。ブリスは5等級の探索者か…。実力を考えれば納得だ。俺は更に質問を重ねる。

「そういえば、シルバーパンサーは蘇生できたのか?」

「大丈夫。ちゃんと蘇生出来たわよ。蘇生の影響で〈体力〉が落ちてるから、今は休んでるわ」

 ブリスの答えに俺は頷いた。そうだ、聞きたかったことがある。

「ブリスの使う【蘇生】の魔法について詳しく聞いても良いか?」

「良いわよ。【蘇生】の魔法は、正確には〈奇跡(ブレッシング)〉ね。神を信仰する者に、神から与えられた『祝福』とも言うわ。〈魔法(ルーン)〉も〈奇跡〉も使うためには『魔法の素質』が必要だけど、〈奇跡〉には更に篤い信仰心が必要よ」

「ブリスはどんな神様を信仰しているんだ?」

 俺はブリスの信仰する神が気になったので聞いてみた。信仰というものは時として厄介で、対立する神を信仰する者同士が出会うと、どちらかが死ぬまで争うことも珍しくない。

 ガデュス達は戦神ヌトスを信仰しているし、ヴィオーラも熱心とは言えないがヌトスを奉じていた気がする。リィアは冥神モルドの巫女だ。会った瞬間に殺し合いが発生するのは避けたかった。

「私が崇拝してるのは、妙なる色彩の護り手、女神イリス様よ。私たちフェアリーの祖として崇拝しているの」

 ブリスの答えに俺は内心安堵する。女神イリスは〈大神〉の一柱で、ヌトスとは特に敵対関係にあるわけではないはずだ。

 まぁぶっちゃけると、プレイヤーが「信仰が可能な神」として〈はじまりの街〉で紹介されているものであれば( 個人間は置いておいて )、深刻な対立関係はない( ライバル関係にある神はいたりするが )のだが。まあ一応確認しておこう。

「俺の仲間には戦神ヌトスの信者が多いんだが、大丈夫か?」

「ヌトス? 別に問題ないわ。特に因縁もないし」

 ブリスに確認を取り、問題なさそうだと分かったので、これから先、探索仲間として付き合っていくのならば問題はないだろう。優秀な魔術師が居てくれるのは正直助かる。今の面子はどちらかと言えば物理系に偏っているからなぁ…。

 その後は雑談などを交えつつ、俺たちは試合が終わるまでを過ごし、試合が終わった旨を係の人から伝えられ、皆との合流地点に向かった俺達だったが、そこで待っていたのは、肩を落とし元気のない女性陣二人と、小柄な体でゼファーの腕にしがみつく、獣耳の少女だった。



「何ていうか、残念だったな」

 ブリスの紹介を済ませ( 試合を見ていたリィアたちは驚いていた )、ブリスが挨拶を済ませると、敗戦したというロゼとジュネに、俺はそう声を掛けるしかなかった。

 試合の様子を見たわけじゃないので、感想が言えるわけでもなければ、悪かった部分や良かった部分を指摘することもできない。

 もう少し気の利いたことが言えれば良かったんだが、下手に何か言うのも野暮だと思い、率直な感想に留めてしまった。

「仕方ないわ。結果は結果だし。負けたのは悔しいけど、相手の方が上手だったわね」

 ジュネはそう言って肩を竦めた。見たところ、大きな怪我とかはなさそうなので、安心する。

「私も、完全に力負けです。〈勇士〉の〈超入神(ハイトランス)〉って凄いですね。手も足もでませんでした」

 ロゼも相手が上位職ということもあって、魔法の補助も含めて全力で闘ったが、どうにもならなかったらしい。まぁ、相手に〈超入神〉を使わせているのならば、充分頑張ったと思う。

「まぁ、大きな怪我がなくて何よりだよ。万が一死んででもいたら、落ち着いてはいられなかったろうし」

『皆頑張ってた』

 俺の膝の上に座るリィアの言葉にテフヌトやエメロード、クライスも頷いている。敗退は残念だったが、いい経験になったと考えよう。

「どっちにしろ、先に進めばヴァイナスと当たるんだし、そこまで勝ち残れなかったのが悔しいけど、割と満足してる」

 そう言って笑うジュネに苦笑を返す。俺が勝つのは決まっている、と言わんばかりの表情に、強がっている様子はなかった。ロゼも微笑んで頷いている。

 俺は微笑んで、左右に座る二人の肩をそっと抱き寄せ、「お疲れ様」と言うと、二人はくすぐったそうに微笑み、ロゼは恥ずかしそうに、ジュネは嬉しそうに俺の肩に頭を預け、寄りかかって来た。

 そして俺は、今まで放置していたことを切り出すことにする。

「それでゼファー、その娘は?」

「あー、まぁ簡単に言うと今日の対戦相手だ」

「ちょっと、簡単過ぎない? もうちょっとこう、言い方があるんじゃないかな~。例えば、運命の相手とか」

 そう言って頬を膨らます獣耳、セリアンスロープの少女は、ゼファーの腕にしがみついたまますぐに表情を変えると、そのままニコニコと微笑んでいる。

「随分懐かれているな」

「いや俺にも何がなんだか…」

 どうやらゼファーも困惑しているらしい。聞けば、彼女は試合が始まった瞬間、ゼファーの顔を見て『降参』したらしい。そしてそのまま抱き着き、会場を出てからも離れなかったそうだ。

「おかげで会場からは批難轟々だったぜ。俺は何もしていないのに」

「あら、わたしが悪いって言うの? 酷いわ。まさか会えるとは思ってなかったから、とても嬉しかったのに…」

 少女の言葉に俺は引っかかるものを感じた。俺がそれを確認する前に、

「どういう意味だ? 会ったことなんかないだろ?」

「ひっどーい! 本当にわたしのこと分からないの?」

「悪いが女性に関しての記憶力には自信がある。お前みたいに可愛い娘なら、一度会ったら忘れないよ」

「あ、可愛いとは思ってくれてるんだ、嬉しい!」

 少女はそう言って満面に笑顔を浮かべると、そのままゼファーの頬にキスをする。対するゼファーは完全に困り顔だ。ゼファーが女性に対してそんな顔をするのは見たことがなかった。いや、正確にはロゼ以外の女性に、と言うべきか。

「ゲーム仲間とか知り合いか何かか?」

 俺は隣のロゼにそっと聞いてみた。ロゼは首を振る。

「少なくとも、アメリカで直接面識のある友人ではありませんね。オンライン上では声も変えられるから、判断できないし」

 ロゼの言葉に俺も頷く。そうなるとゼファーのオンライン上の友人、ということになるのか。などと思っていたら、

「ねぇ、ヴァイナスなら分かるでしょ?」

 と、突然俺に対して話を振って来た。俺!? 俺も会ったことがある?

 少女の言葉に、ロゼとジュネの身体がピクリと揺れる。俺は記憶を探るが、関わったセリアンスロープといえば、妖の森で戦った〈簒奪者〉ぐらいだったが、明らかに目の前の少女とは別人だった。

 それ以外の人物に心当たりはなかった。俺とゼファーを知っているということは、オーラムハロムに来てからの面識になるが、どうにも記憶にない。

「悪いけど、俺も心当たりがない」

 俺はそう言って、マグダレナの膝の上のスマラにも確認する。

「スマラ、分かるか?」

「知らないわ」

 スマラの言葉に少女は愕然とした表情を浮かべ、

「スマラが喋った!? てゆうかスマラも知らないって…」

 と言いつつ両手で顔を覆う。スマラは首を傾げつつ戸惑っているのが分かる。スマラも知っているって、本当に誰なんだ?

「ゼファー、本当に知らないのか?」

「ヴァイナスこそ、知らないのかよ? スマラのことも知ってるんだぜ? 俺達まだお前たちのこと、紹介してないぞ」

 ゼファーの言葉に、俺は益々悩んでしまう。彼女は少なくとも俺達3人に面識があることになるのだが、本当に出会った記憶がないのだ。肝心の少女は、顔に両手を当て、小刻みに肩を震わせている。そのまま顔を上げようとしないので、見かねたゼファーが声を掛ける。

「なぁ、悪いと思うんだが、本当に覚えがないんだ。失礼な話だとは思うんだが、せめて名前を教えてもらえないだろうか?」

 ゼファーの言葉に、少女の肩の震えが大きくなる。ここまで来たら、失礼なんて百も承知だ。俺もゼファーに続いて声を掛ける。

「申し訳ないが、俺も君のことは覚えがない。俺達3人に面識があるってことは、コーストの街で出会ったりしていたのか? 解放した奴隷の中にいたのかもしれないが」

 俺の言葉に、少女は肩の震えが止まり、ゆっくりと顔を上げた。その顔には笑顔が浮かんでいた。

「やっぱり、分からないよね~。仕方がないわよ。だって、今のわたしは、3人に会った時と姿が違うもの」

 正確には、種族が違うわ。少女はそう言ってニコニコと笑っている。その笑顔に、俺は覚えがある気がする。俺は必死に思い出そうと記憶を探る。

 と、その時ある人物と少女の笑顔が重なった。俺は思わず少女をマジマジと見てしまう。

「いやん、そんなに見つめられると恥ずかしい」

「君の笑顔で思い出した。まさかとは思うけど、君は以前、エルフじゃなかったか?」

 俺の問いに、少女は笑顔を深くすると、元気よく頷いた。

「流石ヴァイナスね。わたしの魅力に靡かなかっただけあるわ! とはいえ、あれは『わたし』であって『わたし』じゃなかったんだけど」

 少女の物言いに、俺は確信する。確かに目の前の少女に出会っていたのだ。

「君の名は、アルテミシアだね」

 俺の言葉に、少女は嬉しそうに頷いている。

「大正解! そうわたしはアルテミシアとして貴方たちと出会ったわ! もっとも、わたしの名前はアルテミシアじゃないんだけどね」

 俺の言葉を肯定した少女に、ゼファーは目を丸くして驚いている。そりゃそうだ。姿が違うとはいえ、目の前の少女に全裸で殺されそうになったのだから。

「わたしの本当の名前は、キルシュ。キルシュ=バオムがわたしの名よ。あの時はエルフだったけど、スキュラに変えられてからは、私の意識は殆ど残っていなくて、半ば魔物(NPC)化していたから」

 アルテミシア改め、キルシュの話はこうだ。キルシュは最初エルフの魔戦士としてオーラムハロムを開始。はじまりの街から転移して、挑戦していたクエストの途中で罠に引っかかり、罠の効果でスキュラに変えられてしまう。

 スキュラと化したキルシュは意識を半ば乗っ取られた状態になり、ログアウトもできず、体の自由も奪われたまま、スキュラとして行動するようになった。

 スキュラになってからは、一人称視点の動画を延々と見せられているような感じで、見ることはできても、それ以外のことはできなかったらしい。スキュラはアルテミシアを名乗り、住処に近づいた船を襲っていたということだ。

 その後、俺たちに出会い、正体を看破され斃されると、ようやく意識が解放された。早速『蘇生』してゲームを再開しようと思ったら、帝都の闘技場に、奴隷として繋がれていたそうだ。

 しかも、種族が変わってセリアンスロープになっている。クラスは魔術師に変わり、ただでさえ魔術師は上級者向けなうえ、セリアンスロープは魔術師に必要な能力が低い種族なため、非常に苦労させられたということだ。

 それでも何とか闘技場で5勝し、奴隷の立場から解放されたが、魔術師一人で探索するのは危険だし、結局ログアウトもできないしということで、闘技場でフリーの闘士として闘いつつ、稼いだお金で生活していたところ、闘技大会の開催を知り、折角なので参加してみたら、予選を抜け、奇しくもゼファーと対戦することになったのだという。

「2回戦でゼファーと当たった時には、運命を感じたわ。ああ、わたしの王子さまはここにいたんだって」

「誰が王子様だ」

 ゼファーの腕にしがみついたまま離れないキルシュに、ゼファーが迷惑そうに顔を顰めている。女性に対しては紳士に接するゼファーなのに、このような態度は珍しい。

「ゼファー、なんかキルシュに対して冷たくないか?」

「ゼファーは自分から声を掛けるのは得意なんだけど、逆に相手の方から積極的にアプローチされるのは苦手なんです」

「ローズマリィ、余計なことは言わなくていい!」

「あら、ゼファーってば意外と照れ屋さん? そんなところも可愛くて素敵!」

 照れ隠しに言い返すゼファーと、そんなゼファーに対し熱い視線を向けるキルシュ。ロゼはそんな二人を微笑ましそうに見つめている。俺も微笑んで、

「ゼファー、良かったじゃないか。お前を慕ってくれる娘ができて」

 と言うと、ゼファーはキョロキョロと周囲を見つつ、

「確かに、こんなゲームみたいな出会いは妄想した時もあったが、いざ起きてみると、なんでこんなにモヤモヤするんだろう…」

 などと零している。それにしても、キルシュは随分と積極的だ。俺と一緒で、ゲームだからと割り切って楽しんでいるのだろうか?

「それよりも、ヴァイナス、俺も気になることがあるんだが」

 ゼファーはようやく落ち着いたのか、ブリスへと視線を送り、

「ブリスさんも、俺たちの仲間になるのか?」

「ブリスさんも、ってことは、わたしはもう仲間なのね!」

 キルシュは嬉しそうに頷いているが、ゼファーは大きくため息をつく。そんなに照れないでよ~、と言いつつキルシュはゼファーに抱き着いている。

 そんなゼファーの言葉に、ロゼがビクリと反応する。ブリスは笑顔で、

「そうね。ヴァイのことは非常に興味深く思っているし、皆さんが良ければ一緒に探索もしてみたいわ」

 と言うと、ロゼは俺の腕をギュッと掴み、

「ヴァイナスだから仕方がないけど、また女性を引き込んだんですね…」

 と言う。ジュネは笑顔で、

「あらあら、また新しい好敵手(ライバル)の登場かしら?」

 と言っている。俺としてはあまりそういう考えはなかったのだが、ブリスの、

「まぁヴァイとは熱い口づけも交わしたしね。見れば複数の女性を囲っているみたいだし、別に私が入ったところで問題なさそうだし。あ、別に独占するつもりはないわよ。ヴァイが私だけを選ぶって言うなら別だけど」

 と言う発言を受けて、ロゼが俺の腕を掴む力が増す。レベルが上がり、〈体力〉の上昇したロゼの力はかなり増している。ロゼが、

「愛称で呼んでる…。嫉妬しても仕方がない。私は私で振り向かせるだけ…」

 と小声で呟いているのを、腕に感じる痛みと共に触れずに置く。

「またヴァイナスばかりがモテるのか…」

「ちょっと、ゼファーにはわたしがいるでしょう? 他の女なんて必要ないじゃない」

「俺は俺が好きになった女性なら、何人傍に居てくれても良いんだよ。それにお前は俺から好きになったわけじゃない」

「酷い! アルテミシアの時にはあんなに熱く激しく迫ってくれたのに…。でも頑張って振り向かせてみせるわ!」

 キルシュはポジティブな娘だなぁ。まああれくらいのほうが、ゼファーにはお似合いかもしれない。ゼファーのナンパ癖は治らなそうだし。

俺は人数も増えて賑やかになった仲間たちと共に、他愛のない話をしながら、闘いの疲れを癒すのだった。


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