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56 〈幻夢(VR)〉の闘技場で勝利を目指す

「無事に1回戦を勝つことができました。見ていてくれましたか?」

「動きの鈍い重戦士で助かったわ。私もなかなかでしょ?」

 1回戦が全て終了し、一度帝都の屋敷に戻るというイーマンたちと別れた俺たちは、勝利したゼファー達を労うため、闘技場近くの酒場で合流していた。

 無事に闘いを終えたロゼとジュネが、嬉しそうに左右から俺の腕を抱え込み、嬉しそうに話してくる。

「ちゃんと見ていたよ。ロゼはよく【呪弾】に耐えていたね。格好良かったよ」

 俺の誉め言葉に、ロゼは何故か含みがあるような笑顔を見せた。だが、それは一瞬のことで、俺の腕をより強く抱え込んだ。服越しに、胸の感触が伝わってくる。

 俺は意識を逸らしつつ、ジュネにも声を掛ける。

「ジュネも凄かった。あんな弩を持っていたんだね。訓練の時には使っていなかったけど」

「流石に訓練じゃ使わないわよ。訓練する人を殺すわけにはいかないでしょ?」

「ジュネの腕なら、殺さないように射撃することができるだろ?」

「近接武器と違って寸止めできないし、普通の投擲武器や弓なら射線から回避することもできるけど、あれは矢が転移しちゃうから、怪我が増えるし。治療するのも大変でしょ?」

 ジュネの答えに、俺は頷いた。次回のガデュス達との訓練からは、実戦形式に戻すから、その時は使ってもらおう。まずは俺に対してだけど。

 美女二人に挟まれて至福の時間を過ごす俺を見て、血の涙を流しそうな顔でゼファーが俺を睨んでいる。

「俺だって1回戦突破したのに…」

『頑張った』

 そんなゼファーを慰めるように、リィアがゼファーの隣に行き、頭を撫でていた。ゼファーはリィアへと微笑み、

「ありがとう。リィアは俺の女神だね」

 と言うと、リィアは満足そうに頷き、そのまま隣に座ってお酒を注いでいる。すると、今度はテフヌトも隣に座り、

「私も見ていましたが、〈侏儒〉の戦士相手に、膂力で打ち勝つのには驚きました。ゼファーは〈体力〉特化型ですか?」

 と聞くと、ゼファーは頷いて、

「そうですね。ヴァイナスを見習って最近は他の〈能力〉も育てていますが、〈体力〉特化の成長(ビルド)ですよ」

「いずれにせよ、1回戦突破おめでとうございます。見事でしたよ」

 そう答えるゼファーにテフヌトは微笑み、お祝いです、と言って頬にキスをした。たちまち顔がにやけるゼファー。俺に視線を向けると、ドヤ顔をする。

 俺は親指を立てて祝福する。そして、一頻り過ごして落ち着いたところで、俺は酒杯を掲げ、

「それじゃあ、改めてお祝いだ。三人とも、1回戦突破おめでとう!」

 と言い、乾杯! と盃を掲げる。皆もそれに合わせて盃を掲げ、乾杯する。

 そこからは皆で自由に酒を呑み、料理を食べて楽しんでいた。

「それにしても、よくこの時期にこんな部屋が使えたな」

 ゼファーはそう言って部屋を見回した。俺たちが今いるのは、酒場の中でも、個室になっている上部屋だ。クライスやエメロードが同行しても咎められずに通されていることも含め、ゼファーは不思議に思ったのだろう。

「まぁこれには理由があってね。この後合流する予定の人の好意で、使わせてもらっているんだよ」

「へぇ。そんな知り合いがいたのか?」

「用事を済ませたら来るって言ってたから、その時紹介するよ」

 俺たちがそんな会話を交わしていると、タイミングよく扉がノックされる。俺は慌てて扉へと近づき、扉を開ける。

「待たせたな。ほう、盛り上がっているようではないか」

「おかげさまで楽しませてもらっています。どうぞ」

 扉の前にいたのは、イーマンとナジィルだった。お忍びで来ているためか供は連れておらず、二人とも貴族とは分からない質素な( それでも仕立ては非常に良いものだが )服に身を包んでいる。よく見れば、腰に佩いた長剣の見事な造りに、只者ではないと分かるのだが。

「ふむ、我らも加わらせてもらおう。構わないだろう?」

「勿論です。こちらへどうぞ」

 イーマンが笑みを浮かべて尋ねてきたので、俺も笑顔で答え、イーマンにお辞儀をした後、ナジィルの手を取って席へと案内する。

 俺の態度に何かを感じたのか、ゼファー達も席を立ち、イーマンたちを出迎えた。テフヌトだけは、優雅に座ったままだったが。

「ああ、皆楽にしていてくれ。此度の席は初戦突破の祝いの席だろう? 主賓は勝利した君たちだ。我にも祝わせてくれ」

 イーマンは笑って皆に座るように言う。俺はナジィルを席まで案内すると、二人を紹介する。

「こちらは、アル=アシの街の太守を務める、イーマン・アル=アシ様と、その妹君であるナジィル様です。三人の勝利を祝うにあたり、この部屋を用意して頂きました」

 俺の紹介にゼファー達は目を見開く。そして慌ててお辞儀をしていた。イーマンは手を上げると、

「そんなに畏まらずともよい。先も言ったが、主賓は君たちだ。共に楽しもうじゃないか」

「そうですわ。皆さんの活躍は拝見させていただきました。見事な闘いでしたわ」

 そう言って笑顔を浮かべる二人に、ゼファー達も安堵したのか、席へと着く。イーマンたちが席へ座ると、リィアとマグダレナが二人の盃に酒を注いでいく。他の者の盃にも改めて酒を注ぎ、今度はイーマンが音頭を取る。

「今宵の宴は勝利した三人の祝いの宴である。明日からの闘いにも勝利することを願い、乾杯!」

 イーマンの言葉に合わせて、俺たちも盃を掲げる。その後は皆で大いに呑み、食べ、語り合い、楽しんだ。

 俺は改めて三人をイーマンたちに紹介していく。イーマンは楽しそうに、

「君たちにもぜひ、我がアル=アシの街に来て、闘場で闘って欲しいものだ。ヴァイナスやヴィオーラの様に〈名誉闘士〉となる資格は充分にあるぞ」

「〈名誉闘士〉ですか?」

「そうだ。〈名誉闘士〉となった者は、我が城で賓客としてもてなすうえ、闘場の施設を自由に使う権利と、対戦相手を自由に選ぶ権利を与えられる。仕合の形式も自由だ。希望するなら街に屋敷を用意するぞ?」

 〈名誉闘士〉の待遇に、ゼファー達は驚愕の表情を浮かべる。ゼファーは俺を見るが、俺は頷く。

「お前、そんな立場になってたのか。アル=アシの街に住めば良かったんじゃないか?」

「〈陽炎の門〉を探さなくても良いんだったらな。それに他にもやりたいことがある。腰を落ち着けるにはまだ早い」

「私も誘ったのだがな…。こやつの意志は変えられなかった。傍仕えに奴隷もやると言ったのに」

 イーマンの言葉に俺は肩を竦めて苦笑する。普通にログアウトできる状況で、純粋にゲームとして楽しめるなら、迷うことなく屋敷をもらっていたと思う。

 だが今は〈陽炎の門〉を探すことが先決だ。一所に留まるわけにはいかなかった。

「そうだよな…。別に良いんだぜ? 探索は俺たちに任せてもらっても」

「言わなかったか? 見つけてそのまま帰るしかない場合もあるって。任せきりにはできないさ」

 俺の言葉に、なるほどな、とゼファーは頷く。俺たちの間に広がった微妙な空気を変えるように、イーマンが、

「いずれ機会があればぜひアル=アシに来てくれ。君たちなら歓待するよ。それに、明日からの闘いもあるんだ。今日は大いに楽しんで、英気を養おうじゃないか!」

 と言って盃を掲げるので、俺たちも唱和して盃を掲げる。そこからは面倒な話題は忘れ、俺たちは宴を楽しみ、英気を養った。



 翌日の2回戦は、2つの会場で行われる。ここからは第2シードの者たちも参加してくる。第2シードの出場者は予選が免除されているため、どのような者がいるのか俺には分からない。

 内情は、過去の大会で上位の成績を収めた者や、闘技場で高い勝率を誇る者など、実力と実績がある者が選ばれているらしいのだが。

 俺とジュネは同じ会場での試合となった。ゼファー達と別れ、会場へと向かう。

 リィアたちはイーマンと共に観戦している。闘技場を使って行われる3回戦以降は、直接観戦できるとあって、リィアからは『絶対勝って』と言われている。負けるつもりはないので、頑張ろう。

 結局、1回戦にヴィオーラの姿はなかった。彼女もシード権を得ていたようだ。

不正を防ぐため、自身の対戦順しか確認できないので、実際に目で見て確認する必要があるのだが、最後の試合までヴィオーラの姿を見ることはなかった。

 同じ会場なら会うこともできるかもな…。そんなことを思いつつ、ジュネと共に手続きを済ませ、出番が来るのを待つ。

「ヴィオーラさん、だっけ? 会えるかしらね」

 俺の心を読んだかのように、ジュネが声を掛けてきた。俺は頷き、

「昨日の試合にはいなかったから、シード権を得ていたんだと思う。探索で装備が大幅に変わっているんじゃなければ、分かると思うけど…」

 俺が〈慈悲の剣〉を突破した時には、装備が大幅に変わっていたからな。ヴィオーラも試練の結果によっては、装備が大きく変わっている可能性もある。

「まぁ、いずれにせよこの大会で俺を叩きのめすまでは、赦してくれないそうだから、精々頑張って殺されないようにするさ」

「あんたを殺せる奴なんて、そうそういないと思うけどね。ほら、そろそろ出番じゃない?」

 ジュネに促されて確認すると、確かに次は俺の番のようだ。俺はジュネに、

「それじゃ、行って来る」

 と挨拶をする。ジュネはそっと俺に近づき、頬にキスをする。

「頑張ってね。武運を祈ってるわ」

 そう耳元で囁かれ、気恥ずかしく思いながらも、しっかりと頷く。

 いよいよ本選での闘いとなる。相手は名前しか分からないからな。生憎とどんな奴なのかは分からない。俺は装備を確かめ、入口へと向かう。会場への入り口であるゲートの前に立つと、重厚な扉越しに、闘いを観戦する観客たちの歓声が聞こえてくる。

 暫くして、一際歓声が大きくなった。どうやら決着がついたようだ。そのままゲートが開くのを待つ。

 準備を終えたのか、ゲートが重い音を響かせながらゆっくりと開いていく。マグダレナは〈小さな魔法筒〉に入ってもらっていた。

 実は、マグダレナと相談し、俺は強敵に出会うまで、極力一人で闘うことに決めた。俺自身の鍛錬になるし、マグダレナも大したことのない者を相手にするのは、弱い者いじめのようで気が進まないというので、こうすることにしたのだ。

 舐めプレイ、と言われればその通りなのだが、実力を隠すことは相手の油断を誘えるし、先へ進むほど厳しい闘いになるのは分かっているのだ。手札を隠せるのならギリギリまで隠しておきたかった。

 ゲートを抜けると、差し込む光に一瞬視界を奪われた。目を細めて眩しさを堪えると、すでに対戦相手は姿を現していた。

 踵近くまである長衣(ローブ)に身を包んだ小さな姿は、俺の目線辺りの高さに浮かんでいる。背中から伸びる透き通った羽根は、陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

 〈フェアリー〉、それも〈魔術師〉か。身の丈を超える( といっても30センチに満たない )杖を両手に構え、優雅に微笑んでいる様子からは、一見して脅威を感じない。

 だが、その足元に控える牡牛ほどの大きさがある銀毛の(シルバーパンサー)を見れば、フェアリーがかなりの強さを持つことが窺えてしまう。

『あれは、恐らく〈使役魔〉ね…。ヴァイナス、相手は〈魔導士〉よ。気を付けて!』

 スマラが心話で俺に注意を促す。俺は僅かに顎を動かし、無言で頷いた。いきなり〈上位職〉が相手かよ…。

 その姿から〈異邦人〉なのか、〈現地人〉なのかは判断することができなかった。〈刻の刻御手〉を装備しているなら分かり易かったんだが。

 なぜそんなことを気にするのか? 〈魔術師〉は〈異邦人〉か〈現地人〉かで( 現時点での )脅威度がまるで違うからだ。

〈異邦人〉であるならば、例えレベルが高くても、それに見合った魔法を習得していない可能性が高い。高レベルの魔法は、習得するために必要な金額が非常に高額だからだ。

 俺は運良く、殆どお金を掛けずに魔法を習得しているが、同時期の探索によって得た報酬で魔法を習得していたロゼが、今現在ようやく3レベルの魔法を習得できつつある、ということで察することができるだろう。

 俺が稼いだ財宝を全て( 装備品も全て金貨に変えたとして )魔法の習得に費やしたとても、精々8レベルの魔法までを全て習得して終わり、といったところなのだ。

 それに対して〈現地人〉の魔術師の場合、NPCであるが故に、大抵が現在のレベルまでの魔法を習得している。フェアリーが〈現地人〉の〈魔導士〉だとしたら、最低でも10レベルの魔法を習得していることになる。

 テフヌトから魔法の手ほどきを受けると共に、効果なども説明されているが、どんなことになるのかは、はっきり言って予想がつかない。

 俺は油断せず、フェアリーに向かってゆっくりと近づいていく。開始位置まで辿り着くと、フェアリーは興味津々といった風に、俺をまじまじと見つめ、

「ふうん、〈異邦人〉としてはかなり鍛えているみたいね。今まで出会った中では、飛び抜けてるわ。装備も立派だし。それって竜の鱗でしょう?」

 と話しかけてきた。俺は苦笑しつつ、

「これから闘おうって相手に対して、随分気安く接するんだな。〈現地人〉の〈魔導士〉だからって、油断しない方が良いぜ」

 と答えると、フェアリーは笑って、

「あら、私が〈現地人〉だとどうして思うの? 〈異邦人〉のフェアリーだっているでしょ?」

 と聞き返してくる。俺は肩を竦めつつ答えた。

「俺たちは〈異邦人〉って言い方をあまりしないんだよ。それに〈使役魔〉を連れているしな。俺たちがこの世界に来てからの時間を考えても、〈使役魔〉と契約できるほどの探索を行えたとは思えないからな」

 俺の答えに、フェアリーはクスクスと笑うと、

「さあ、どうでしょう? あなただって〈異邦人〉とは思えないくらい強いわよ? 他の人がそうでないって保証はある?」

 と言って意地の悪い笑みを浮かべる。俺も笑みを浮かべ、

「確かに保証はないな。君との会話は楽しいが、これからの闘いで手を抜くわけにもいかない。別の機会に会えれば良かったな」

 と言って武器を構えた。フェアリーも杖を構える。

「折角だし、自己紹介しておくわね。私はブリス・ブリス」

「ヴァイナスだ」

 お互いの自己紹介が澄んだ瞬間、開始を告げる鐘が鳴る。俺は合図と共にフェアリーに向かって大地を蹴った。



「あら、ヴァイナス様のお相手は随分と可愛らしいですわね」

 テフヌトとの闘士談議に夢中になり、闘いから目を離していたイーマンは、ナジィルの声に慌てて視線を会場へと戻す。

 映し出されるヴァイナスを見、対戦相手のシルバーパンサーを連れたフェアリーを見た時、思わず立ち上がっていた。

「まさか、あれは『銀の(アルジェント)魔女(ソーサリス)』…?」

「お兄様、知っていますの?」

 ナジィルの質問に、イーマンは頷く。

「数年前の闘技大会で、圧倒的な強さで優勝を遂げた魔術師がいた。その姿は千差万別と言われ、毎試合異なる姿を取っていたが、連れている〈使役魔〉は同じ獣だった」

「姿の方は【変装】の魔法で変えているのでしょう。ただ、銀毛の豹は確かに珍しいですが、それが優勝した魔術師であるという証拠にはならないのでは?」

 テフヌトの言葉に、イーマンは首を振り、

「確かに証拠にはならないのだが、以前の大会で『銀の魔女』が連れていたのも、銀毛の豹なのだよ」

 イーマンの言葉にナジィルの目が見開かれる。イーマンの言葉は更に続く。

「適度な距離がある1対1の勝負は魔術師が有利とはいえ、それは魔法が十全に使える、という前提があってこそだ。階梯の高い魔法は消費する魂力も多い。連日闘いが行われる闘技大会で、魔術師が優勝することは難しいのだよ。大半は魂力が持たずに『降参』するか、棄権することになる」

 だが、とイーマン。

「そんな大会に、わざわざ【変装】の魔法を使って姿を変え、余計に魂力を消費する不利を背負ったまま優勝した『銀の魔女』は、それだけ衝撃を与えたというわけだ」

「『銀の魔女』は〈魔戦士〉、というか〈英雄〉ではないのですか?」

 ナジィルの言葉にイーマンは、

「〈英雄〉の可能性もあるが、真偽は分からない。何しろ、全ての闘いを『魔法のみ』で勝利したのだからな。当時の大会には〈異邦人〉の参加も少なく、上位職の参加も少ない大会だったとはいえ、それでも衝撃的だったのは事実だ」

 と答える。ナジィルは眉を寄せ、

「そのような方を相手に、ヴァイナス様は勝てるのでしょうか…」

 と心配そうに会場を見る。そんなナジィルの不安を掻き消すように、

『大丈夫。負けない』

 と言い切るのは、ヴァイナスの映る会場を見つめたまま、見守っているリィアだった。テフヌトも微笑を浮かべ、

「高階梯の魔法に関しても指導していますし、心配はありませんよ。まぁ『銀の魔女』の魔力が想定よりも膨大であるなら、勝ち目はありませんけどね。その場合は今回の大会も『銀の魔女』が優勝ということでしょう」

 と言う。二人の態度に加え、会話の内容が理解できないクライスとエメロードは、ヴァイナスの勝利を疑ってもいない。声援を送るクライス達の姿に、イーマンは苦笑し、

「そうだな。決勝まで行けばいずれどんな強敵であれ闘うことになるのだ。それが今だったというだけ。ヴァイナスの勝利を信じよう」

 と言って腰を下ろす。ナジィルも祈るような視線で会場を見つめた。いよいよ闘いが始まる。



 俺は一気に距離を詰めると、構えた剣を振り被る。迎え撃つフェアリーは慌てることなく、シルバーパンサーに向かって魔法を掛けた。魔法による援護を受けたシルバーパンサーが、唸り声を上げ、威嚇していた姿勢から、弾けるように飛び掛かってくる。

 俺は目標をシルバーパンサーに変え、上段から振り下ろした。魔法で強化されたシルバーパンサーは、振り下ろされた剣を紙一重で躱す。だが、そこで終わりじゃない。

 俺は躱された勢いをそのままに、足元から斬り上げるように〈聖者の聖印〉を振るう。切っ先がパンサーを捉え、切り裂いた。

 煌めく銀毛が血に染まり、パンサーは悲鳴を上げて大きく飛び退いた。


 手応えが薄い。


 実際にパンサーの動きが鈍ったようには見えなかった。その隙に、フェアリーの次の魔法が俺を襲う。

「まずは小手調べ」

 そう言ったフェアリーの杖から、エーテルの矢が迸る。それは目にも止まらぬ速さで俺を射抜いた。

 俺は体内のエーテルを活性化させ、抵抗する。活性化したエーテルに反応し、竜の血を浴びた肌が、一瞬光を放つ。

 フェアリーの放った【呪弾】の魔法は、俺に影響を及ぼすことなく霧散した。フェアリーは余裕の笑みを浮かべ、

「あら、多少強化した【呪弾】くらいじゃ効かないのね。〈魔戦士〉かと思ったけど、〈英雄〉だったかしら」

 と言いながら俺から距離を取る。代わりに立ち塞がるシルバーパンサー。【神速】の掛かったシルバーパンサーの動きに、俺はついていくことができている。フェアリーから追加の補助魔法が掛けられる可能性もあるが、それよりも直接俺に魔法を掛けてくる可能性が高い。

 シルバーパンサーはあくまで足止め。何レベルまでの魔法が使えるのか分からないが、10レベル以上が使える想定で対処する。

『大丈夫なの? マグ呼んだ方が良くない?』

『大丈夫だ。ブリス・ブリスの魔力によっては、被害が増えるだけだ。俺なら竜の血の加護もある。魔法に対する耐性には自信があるよ。最悪負けても【蘇生】がある』

 スマラと心話で会話しつつ、まずは妨害してくるシルバーパンサーを何とかしよう。

 俺は準備していた【倍化】の魔法を掛ける。魔法によって強化された【器用】によって、俺のスピードは【神速】による速度上昇を受けたシルバーパンサーの動きを遥かに凌駕する。

 一瞬にして距離を詰めた俺に対し、シルバーパンサーは反応すらできなかった。動きを止めたシルバーパンサーを、両手に構えた剣が切り裂いていく。

 縦横無尽に光の軌跡を残し、観客の目にも二刀の剣が振るわれたと思われた瞬間、シルバーパンサーに異変が起こった。

 まず、右前脚がズルリと滑ったかと思うと、付け根の部分から先がその場に転がる。傾いた態勢を戻す間もなく、今度は左前脚が胴から離れ、シルバーパンサーは顔から倒れ込んだ。

 シルバーパンサーの顎が地面に着いた瞬間、ゴロリと首が転がり落ちる。胴から離れた首は、その勢いのまま転がっていく。

「嘘! 今の動きは何よ! こいつ本当に白札なの!?」

 まさかシルバーパンサーがこんなに簡単に倒されるとは思っていなかったのだろう、フェアリーが慌てた様子で杖を構える。

 剣を振り、血糊を振り払った俺はフェアリーに向かって突進する。

「本当は決勝まで取っておくつもりだったけど、仕方がないわ。奉じる神の下で悔い改めなさい! 消え去れ!」

 フェアリーの杖が俺に向けられると、その先から強大な魔力が迸り、徐々に収束すると、黒い光を放つ球体となって、俺へと放たれた。

 俺との間の空間を、まるで削り取るように進んでくる黒い球体を、俺は〈聖者の聖印〉で斬り裂こうとする。すると、球体は瞬時に膨張し、俺を包み込む。

 荒い息を吐きながら、フェアリーは勝利を確信したのか、笑みを浮かべている。

「どう? 万物を司る最小単位へと貴方を変える【分解】の魔法は?どんなに強靭な鎧を着込んだって無駄。あらゆるものを解き解し、虚無へと送る漆黒の光の前に、只人が耐えられるわけ…」

 フェアリーの笑みは、そのまま凍り付く。その視線の先には、黒い光をものともせずに、フェアリーへと突き進む俺の姿がある。

 黒い光は俺を包み込み、無へと返そうとするが、俺の周囲を包む白い光はそれを阻み、打ち消していく。

 その光は、篭手の内側に装備した金糸で編まれたミサンガから発せられていた。


 〈覇者の栄光(グロリアス)


 アル=アシの闘場での闘いに勝利することで手に入れた、このマジックアイテムの効果はただ一つ。【分解】の魔法の効果を完全に打ち消すというものだ。

 役に立つのはもっと先のことだと思っていた。まさかこんなところで役に立つとは…。

 強力な効果だが対象の魔法が限定されているうえ、10レベル魔法である【分解】を使える魔術師など、出会うのはもっと先だと思っていた。


 対戦したのが俺で良かった…。


「うそ、嘘嘘! どうして耐えられるの!? なんで白札なのよ!こいつ一体何者…」

 必殺の魔法を抵抗され、慌てふためくフェアリーに近づきながら、俺はそんなことを思った。ヴィオやジュネが対戦していたかと思うとゾッとする。相手の実力が分かっていれば『降参』もできるが、初見であればそれも叶わない。

 〈異邦人〉には【蘇生】という強力な能力があるが、〈現地人〉にはない。マジックアイテムで【蘇生】が可能になるものとかあるのだろうか?

 【倍化】によって高められたスピードで次の魔法を許さぬ時間でフェアリーに接敵した俺は、〈西方の焔〉を振り被る。

「ひぅ」

 振り上げられた〈西方の焔〉を見たフェアリーの顔が恐怖に染まり、振り下ろされるのを見てギュッと目を閉じた。

 だが、想像している痛みは一向に訪れない。なぜなら、俺はフェアリーに触れる直前で、刃を止めていたからだ。

「…殺さないの?」

「できれば『降参』して欲しいかな。君みたいに可愛い妖精を斬りたくはない」

 恐る恐る尋ねてくるフェアリーに、俺は剣を構えたまま笑顔を向ける。ゼファーを見習って冗談めかしてウインクもしてみた。正直、闘技大会でなければ殺していたと思うが、『降参』が許されているのだ。無益な殺生はしたくなかった。

 フェアリーは呆然としていたが、俺の言葉を理解すると、表情に笑顔が戻って来た。そして、明るく笑いながら、

「アハハ! 貴方みたいな人初めてよ! 『降参』、『降参』よ!」

 と宣言する。途端に観客からドッと歓声が沸いた。フェアリーは俺に近づいてそっと囁いた。

「戦利品は勝者の権利だけど、敢えてお願いするわ。あの子を引き取らせて欲しいの」

 フェアリーの視線はシルバーパンサーに向かっている。

「どうするつもりなんだい?」

「引き取らせてもらえるなら、【蘇生(リザレクション)】の魔法で生き返らせてあげられるわ」

 フェアリーの言葉に、俺は驚かされた。【蘇生】の魔法だって!?

「【蘇生】の魔法なんて使えるのか?」

「神に仕える〈司教(カディナール)〉なら使えるわ。もっとも、魂力が相応になければ無理だけど」

 フェアリーの言葉に頷きつつ、俺は、

「別に戦利品として手に入れる気はないから、好きにしてくれて構わないよ」

 と言うと、フェアリーは目を丸くして驚いた。

「貴方本当に〈探索者〉? 白札にあるまじき実力もそうだけど、探索者なら報酬を手に入れる機会は絶対に見逃さないものよ」

「生憎と探索者には成り立てでね。流儀(ルール)定番(セオリー)も良く知らない。俺は俺のやりたいようにやるだけさ」

 フェアリーの質問に、俺は肩を竦めつつ答えると、フェアリーは嬉しそうに笑って、

「貴方本当に変わっているわ。気に入っちゃった。今度改めてお礼をするから、待っててね」

 と言い、今はこれだけ、と俺に近づくと、両手を広げてそっと俺の頬に触れると、口づけされた。

 触れるだけの軽い口づけに、俺は慌ててバランスを崩しそうになった。大きさのせいで、なんだか着せ替え人形相手にキスをした感じで、妙な気分になる。

「あら、意外と初心なのね。可愛い」

 フェアリーはそう言うと、【念動(サイコキネシス)】の魔法を使い、シルバーパンサーの亡骸をそっと浮き上がらせると、去っていく。


 何とか勝ち残ったな。


 俺は予想外の結果に少しの間呆然としながら、じわじわと沸き上がる勝利の実感に、自然と笑みを浮かべつつ、会場を後にした


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