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53 〈幻夢(VR)〉の街でお買い物

「取り敢えず、この人数は宿に入らんぞ」

 ゼファーの意見に俺は頷いた。確かにガデュス達を加えた俺たちの人数は30名近くになる。部屋を取るのも大変だし、分散して宿を取るとトラブルの要因も増える。さて、どうしたものか…。

「〈妖精郷〉の入り口ってどれくらい出しておけるの?」

「開いておく分には特に時間制限はなかった気がするけど」

 ジュネの問いに、俺はそう答える。ジュネはピンと立てた人差し指を顎に当て、

「それなら、どこかに入り口を出しっ放しにしておいて、適当に出入りすれば良いんじゃない? 出入りできる対象はヴァイナスが決定できるんでしょう?」

「それでも良いんだけど、流石に出しっ放しは抵抗があるなぁ。少なくとも誰にでも見える場所に開きたくはないぞ」

「そうは言っても、宿屋の部屋の中に開いても、この人数が出入りすればそれだけで目立つし、適当な路地裏にでもする?」

「あまり〈妖精郷〉への出入りは見られたくないな。不審がられて衛視の監視対象とかは嫌だ」

 〈妖精郷〉への扉は中空に浮かぶ光で構成された門なので、非常に目立つ。閉じるのに時間が必要なので、咄嗟の対応がしにくいこともあって、あまり公共の場所に開いたままにしておきたくはなかった。

「ねぇねぇ」

 俺たちの会話に、スマラが割って入って来た。

「港の停泊料金って高いの?」

 そして唐突にそんなことを質問してきた。何のことかと俺は首を傾げる。

「さて? 調べてみないと分からないな」

「ピンキリね。大型の船が停泊できて、盗難除けの管理者つきなら結構な金額がかかるけど、小型の船を繋いで見張りもつかないところなら、精々一月で50ゴルトってところよ」

 ジュヌヴィエーヴの答えに、スマラが尻尾を揺らしつつ、

「それなら〈幸運の風〉を港に停泊して、船倉に『扉』を設置すれば? 金額も宿に泊まるよりは安く済むし、交代で見張りを付けていれば、何かがあっても対処できるでしょ?」

 と言う。確かに良い案だ。船なら荷物の積み下ろしを行っても目立たないし、出入りするものもチェックし易い。俺はスマラの案を採用すると、皆で港へと向かい、停泊できる場所があるかを確認することにした。



港につき、使用可能な停泊所を確認すると、丁度いい場所があったので、管理者に所定の金額を払い、〈瓶詰の船〉を取り出すと、『幸運の風』を呼び出し、停泊させる。

「…おいヴァイナス、この船は何だ?」

「〈闘場〉で勝ち残った褒賞でもらった〈瓶詰の船〉だよ。『幸運の風』という名前をつけた」

「…最早驚くまいと思っていたが、次から次へとまぁよくそんなにホイホイとマジックアイテムが出てくるな…」

「こんな立派な船を持ってるなんて…ファルコが悔しがりそう」

「〈瓶詰の船〉なんて珍しいもの、実物は初めて見たわ」

 ゼファー達がそれぞれの感想を述べ、リィアは目を輝かせて中に入って行く。ガデュスに手伝ってもらいながら、甲板へと移動すると、こちらに向かって手を振る。

 俺はそれに答えると、皆を促して中へと進んでもらう。そして中に入り、船倉で〈妖精郷〉へと繋がる門を呼び出した。

「一応、ここに『扉』は開いておくから、自由に出入りしてくれて構わない。物資の搬入の際には立ち会うから、一度に用意する物資は船倉に収まる量に留めてくれ。後、出入りを管理するための名簿を用意するから、出入りの際は忘れずにチェックしてくれ」

 俺の言葉に皆が頷いた。

「ガデュス、取り敢えず船の入り口に見張りを置いてくれ。当直は二人で、交代制で頼む。ちゃんと街へ行く時間を取れるように順番で対応してくれ」

「畏まりました。指示しておきます」

 俺はガデュスに見張りの差配を頼むと、船倉の壁に、フック付きの板を立掛けた。元々は、訓練の際の順番を管理するために使用していたもので、組み合わせを決めるために、木札に名前を書いたものをフックに引っ掛けて使うものだ。名前が見えている者は〈妖精郷〉に滞在中、木札を裏返して無地になっている場合は、外出中として表すことにした。

「街で外泊する場合は、宿泊先を見張りの者に伝えるようにしてくれ。一応、ヴィオと合流するまでは帝都に滞在する予定だけど、数日単位で〈妖精郷〉を留守にする場合は、必ず俺に相談するようにして欲しい」

 再び頷く一同。ゼファーはニヤニヤしながら、

「なんか、学校の先生みたいだな」

 と言うと、ロゼもニコニコしながら、

「そうね。でも似合っている気がする」

 と言っている。俺は二人の感想に肩を竦めつつ、

「それじゃあ準備が整ったら、街に出かけようか!」

 と言うと、皆から元気のいい返事が返ってきた。さぁ、いよいよこれから買い物祭りだ!



 見張りのゴブリンを残して、俺たちは帝都の商業地区に向かう。揃いの武装に身を包んだゴブリン達は非常に目立つのだが、俺の後ろに付き従い、整然と歩く様を見て驚く者はいるが、眉を顰めたり、慌てて逃げ出すような者はいなかった。

「主殿、まずは如何するのですか?」

 ガデュスから受け取った必要な物の目録を確認しながら、俺はガデュスの質問に答える。

「まずは家畜の買い付けからかな。一番嵩張るし、生育させるにも早いほうが良いだろう」

 俺の答えにガデュスは頷き、背後にいるコボルドに指示を出す。コボルドたちはちょこまかとした足取りで近づいてくると、俺の前で最敬礼をし、直立不動の体勢を取る。

 コボルドはゴブリン達に比べて、炊事や洗濯、農耕や畜産といった生活作業に長けている。〈妖精郷〉でも率先して作業を手伝ってくれているので、彼らの働きぶりは理解していた。

「それじゃ、家畜の良し悪しに関しての目利きは任せるよ。世話も精霊達と協力してもらうからね」

 俺の言葉に、コボルドたちは最敬礼で答える。往来の途中でやるには少々恥ずかしいやり取りだったが、通行する人々の不思議そうな視線を気にしなければ問題ない。彼らの気持ちを無下にしないためにも、きっちりと付き合ってやる。

「ゼファー達はどうするんだ? 別に俺に付き合う必要はないぞ」

 俺の言葉にゼファーは、

「俺たちも付き合うよ。これから世話になるんだ。俺達だってできることは手伝うさ」

「そうですよ。私たちに手伝えることは何でも言って下さい。協力しますから」

「あんたも知っての通り、多少は料理や裁縫もできる。隠密や尾行と言った技術ならいくらでも教えてあげるから宜しくね」

 料理、とジュネが言ったところで、ロゼの表情も変わる。ロゼはずいっと顔を近づけると、

「そうだ、ヴァイナスは何か好きな食べ物はありますか? 私結構料理得意ですよ」

「あら、私の料理だって中々のものよ? 折角だし、食材を買ってきて作ろうかしら」

 ロゼとジュネが何故か料理をすることで火花を散らしているが、俺としても新たな料理のレパートリーが増えれば、〈饗宴の食卓掛〉のメニューが増えるので有難い。

「そうだな。俺も料理をするつもりだったし、食材も買ってこよう。家畜が一段落したら、買いに行こうか」

 俺の提案に二人は頷く。リィアは少し寂しそうにしていたので、

「リィア、料理を覚えてみるかい?」

 と尋ねると、嬉しそうに頷いている。マグダレナも、

「私も覚えたい!」

 と言っているので、〈妖精郷〉に戻ったら、精霊たちも交えて料理をすることにした。メニューが増えればテフヌトも喜ぶだろうし。

 と、そこであることを思いつく。

「ロゼ、ジュネ、確認してみないとだけど、テフヌトは美味しいものを食べるのが趣味なんだ。もし、彼女の眼鏡に叶う料理を作れば、魔法を教えてもらえるかもしれないぞ」

 と言うと、あからさまに二人の雰囲気が変わった。

「それは腕によりをかけて作らないと」

「目標があると、やる気が出るわね」

 いや、まだそうと決まった訳ではないんだが…。

 二人のやる気オーラが漂うなか、俺たちは家畜の市場に到着した。そこを周り、様々な家畜を購入していく。

 肉牛、豚、鶏に始まり、山羊や羊、乳牛も購入する。まずは数を増やすことが先決なので、繁殖に適した雌雄を、必要最低数で購入する。

 それらを船まで運んで〈妖精郷〉へと連れて行き、世話を受け持つ精霊達と共に、放牧する予定地へと連れて行った。

 家畜小屋などの建設を精霊達にお願いすると、世話を担うコボルドやゴブリンたち( 訓練の結果、荒事に向かない者が数人いた )に家畜の世話を任せ、俺たちは再び帝都へと戻った。

 帝都に戻った俺たちは、早速仕事を探すというガデュス達と別れ、料理のための食材を買い出しに向かった。

「そういえば、ロゼはどんな料理が得意なんだ?」

「私はイタリア系移民だから、母から教わったイタリア料理と、アメリカの家庭料理なら大抵できるわ」

 なるほど、ロゼはイタリア系移民だったのか。俺もピッツァやパスタは大好物なので、期待したい。

ロゼは〈現地人〉だから、オーラムハロムの料理ができるのは知っている。以前は訓練が目的だったから、簡単な料理しかしていなかったのだが。

「ジュネはどんな料理が?」

「私は南大陸の出身だから、向こうの料理が中心だけど、北大陸(こっち)に来てから幾つか覚えたものもあるし、そんな感じよ」

 ジュネの答えに俺は頷く。こちらも楽しみだ。

「俺は本格的な日本料理は無理だけど、簡単なものならある程度できるかな」

 カレーは作ったし、大豆とにがりが手に入るなら豆腐が作れるし、種麹( それ自体はなくても同様の効果を得られるコウジカビ )が手に入れば、味噌や醤油、酒なども仕込むことができる。

 味噌や醤油が手に入れば、昆布や煮干( あるなら鰹節も )、干し茸などからとった出汁と合わせて蕎麦やうどん、味噌汁なんかも作ることができる。

 醤油と出汁があれば、カツ丼や親子丼、牛丼といった丼ものだって作れる。ジャポニカ米があれば理想的なのだが、今手に入れている米でもなんとかなるので作りたいところだ。

 帝都は海に面しているので、新鮮な魚介類も手に入る。刺身や寿司も作りたいところだが、流石に生モノには抵抗があるかな?

「料理といえばゼファー、貴方中華(チャイナ)飯店(レストラン)で働いていたじゃない。何か作れないの?」

「作れないことはないけど、そもそも調味料あるのか? 中華料理って素材も重要だけど、調味料がないとどうにもならないぜ」

「調味料がなくても、できるものってあるんじゃないか? 餃子や焼売なんかはできそうだし、麺さえできればラーメンもいけるだろう?」

 てゆうか餃子や焼売なら俺でも作れるが。片栗粉はジャガイモから作れるので問題ない。中華麺にはかん水が必要になるが、重曹でも良いので、

「重曹って手に入るのかな?」

「重曹…? 炭酸水素ナトリウムだって? そんなの化学実験以外に使うのか?」

 ゼファーは不思議そうに言う。ああ、こいつは本当にバイトでやってただけなんだな。まぁ興味がないのは仕方がない。

「ジュネ、この辺りに塩湖ってあるかな?」

「確か北の方にあった気がするけど、それが?」

「塩湖の近くで『トロナ』っていう鉱石が取れることがある。それが手に入れば重曹が作れるんだ」

 俺の言葉に、ジュネは首を傾げる。まぁ知らないよな。

「兎に角、まずは自分たちで使う食材を探そう。そうだな、今から2時間後に船で集合だ。ジュネは時間分からないよな」

 俺たちには〈刻の刻御手〉があるので問題ないが、ジュネは持っていない。だが、ジュネは首を振り、

「今から一刻後に船に戻れば良いんでしょ? 大丈夫よ」

 と言う。それならいいか。

「それじゃ、また後で」

「分かったわ。ゼファー、荷物持ち宜しくね」

 ロゼはそう言ってゼファーを引きずっていく。ジュネは肩を竦めると、

「それじゃ私も材料を揃えてくるわ。調味料も揃えた方が良いわよね?」

「塩や砂糖、油なんかはあるけど、独特な調味料なんかはないから使うなら買ってきてくれ」

「了解」

 ジュネはそう言って微笑み、さりげなく近寄って俺の頬にキスをすると、市場の雑踏へと姿を消した。

 ジュネの態度に微笑んでいると、リィアに腕を引かれる。

『行こう』

 そう言って微笑むリィアの頭を撫で、俺たちも買い物に向かうのだった。



 市場を巡り、俺は目的の食材や調味料を購入していく。合わせて穀物や野菜の種を探し、作付け用に購入しておく。〈妖精郷〉であれば、作物の生育も早いので、うまく育てれば早いうちに収穫できるようになるだろう。

 発酵調味料に関しては、チーズ職人やワイン職人を訪ね、類似するコウジカビを分けてもらうことができた。大豆も手に入ったし、後で仕込むことにしよう。

 鰹節に関しては、日本で鰹節に使っていたアオカビと、チーズに使うアオカビは違う種類のようで、今のところ手に入りそうにないので、諦めることにした。

 一方で昆布や海苔といった海藻類は適当に捨てられているので、ホクホクと回収させてもらう。海産物を扱う商人や漁師たちには怪訝そうに見られたが、気にしない。

 これらを干して出汁用にしたり、板海苔にしたりするつもりなのだ。

 後、中華料理に使う豆板醤は、作り方の違いだけで日本の味噌と同じように作れるので問題ないが、甜麺醤は小麦と塩と特殊な麹を使うらしく、その特殊な麹が俺には何かが分からない。なので、市販されている「なんちゃって」甜麺醤であれば、味噌に砂糖などの調味料を混ぜて作れるので、それで代用すれば、麻婆豆腐や回鍋肉なんかも作れてしまう。

 探してみたら、トロナも存在した。オーラムハロムでは主に洗剤の材料として扱われていた。確かにそういう使い方もあるので、清掃用具の方から探せばもっと早く見つかっていたかもしれない。

 その他香味野菜や香辛料、ハムやベーコン、チーズといった加工食品も購入し、溢れんばかりの荷物は腰鞄に次々と仕舞い込んだ。

「随分買い物したわねぇ」

「ああ。コーストの町を出て以来、まともに買い物なんてできなかったからな。〈妖精郷〉もあることだし、買えるだけ買っておこうと思ったのさ」

 スマラの呆れた感じの感想に、俺は笑顔で答える。久しぶりにゆっくりできそうなのだ。やりたかったことを目一杯やるつもりだった。

『こんなに沢山料理に使うの?』

「いっぺんに全部使うわけじゃないよ。作りたい調味料の材料もあるし、後々使う予定のものも多いよ」

 俺は精製の荒い塩を買いながら、リィアの質問に答える。わざわざ処理の荒い塩を買うのは、価格が安いからではなく「にがり」が作りたかったからだ。

 処理の荒い塩を袋に詰めて、湿度の高い場所で保管すると、吸湿してできる液体が「にがり」だ。にがりがあれば豆腐を作ることができる。

 俺は豆腐が大好物なのだ。どれくらい好きかと言うと、冷奴を置かずにご飯を食べることができるくらい。周囲からはおかしいと言われるが、好きなものは好きなので仕方がない。

 醤油や味噌は、仕込んでからある程度時間が立たないと出来上がらないので、頑張って仕込むことにしよう。

 様々な食材を買い込む俺の横で、リィアもマグダレナも楽しそうに笑っている。久しぶりの平和なひと時に、俺の頬も緩む。

 後はヴィオーラが合流できれば、取り敢えず一安心なのだが…。俺は心の中でヴィオーラの無事を祈りつつ、買い物を済ませていった。



 買い物を終えて船へと戻った俺たちは、早速買って来た食材を加工していった。

 大豆は水に浸けて戻し、その後茹で上げて柔らかくなったら、潰して麹と塩と混ぜ合わせ、重しをして寝かせる。

 潰す前の大豆と、炒った小麦と種麹を混ぜたものを合わせ、胞子が繁殖したら水と塩を加えて混ぜ合わせ、容器に移して熟成させる。

 米酢も欲しかったので、併せて仕込んでおいた。乳牛たちからミルクが取れるようになったら、自家製バターやチーズも作らないとな。コウジカビはチーズにも使えるので、試してみたいところだ。

 更に酒も仕込んでいく。エールやワインも美味しいんだが、やはり日本酒も飲みたい。焼酎も同時に仕込んでいく。帝都でジャポニカ米に近い品種の米があったので、迷わず購入したのだ。種籾も購入したので、精霊達に頼んで田圃を作る予定だ。

 豆板醤は味噌が出来上がってから仕込む予定なので、しばらく中華はお預けかな。ゼファーの腕が見れなくて残念だ。麻婆豆腐、大好物なんだが…。

 とはいえ、餃子や焼売なんかは作れるだろうから、頑張って作ってもらおう。

 昆布や海苔を天日干しにし、にがりを作る準備も進める。ついでに小魚や魚の開き、イカやホタテなんかも買ってきたので、併せて干物にしていく。

 それぞれの仕込みの方法を、コボルドや精霊達に覚えてもらいつつ作業を終えたら、いよいよ料理の時間だ。

 とはいえ、今回はロゼとジュネに頑張ってもらうことにした。俺の料理に必要な調味料は、まだ仕込んだばかりなので使うことができないし、折角なので彼女たちの料理の腕を披露してもらうことにしたのだ。

 勿論、手伝いはするので、リィアとマグダレナと共に、二人の料理の準備を進めていく。

「まずは私からね」

 ロゼはそう言って、家の厨房に立った。鎧を脱いで、街で購入してきたのか、フリルのついたエプロンを身に着けている。

 俺たちは手伝うために傍で待機していたが、ロゼは微笑んで、

「そうね、まずは下拵えをするから、材料を切るのを手伝ってもらおうかしら」

 と言った。俺は頷いて調理用のナイフを用意する。これはテフヌトから贈られた品で、切れ味が強化される付与が施されている。マジックアイテムなので、錆びることもないから重宝している。

 リィアやマグダレナは料理の経験がないので、ロゼに言われて刃物を使わない加工( 野菜の蔕取りや、柑橘系の果物の皮むきなど )を手伝うことになった。

 ジュネは俺たちの様子を微笑ましそうに見ているが、その眼は笑っていない。ロゼの料理の動きを見逃すまいと真剣だ。見て盗める技術は盗むつもりなのだろう。

 言うだけあって、ロゼの動きは手慣れたものだった。指示を出し、用意された食材を手際よく調理していく。

 今回はイタリア料理にしたらしい。日本でも良く知られているマカロニやスパゲッティを使ったパスタ料理や、揚げピッツァ( 家には石窯がなかったので、伝統的な揚げピッツァにしたようだ )、リゾットやスップリといった米料理、ピカタやサルティン・ボッカの肉料理に、アクアパッツァやフリットといった魚料理まで。野菜をたっぷり使ったミネストローネも美味しそうだ。

 デザートにはズコットが用意された。果物の砂糖漬けや生クリームを加えたケーキは、精霊の力を借りて凍らせたものを半解凍にして食べるらしい。

「次は私の番ね」

 出来上がった料理はテフヌト謹製の料理棚( 備え付け型で、出来上がった料理をそのまま保存できる )に移し、簡単に片付けを終えると、ロゼはジュネに場所を譲る。

 ジュネもすぐに料理へ取り掛かった。彼女の指示を受け、俺たちも手伝っていく。

 ジュネの作る料理は、現実世界で言うと、フランス料理に近いものだった。と言ってもコース料理ではなく、ポトフやキッシュ、ガレットといった誰にでも食べやすい料理だ。酒のつまみになるアリゴも嬉しい。

 デザートは果物を使ったタルトだ。見た目も華やかで彩りも良く、ロゼは悔しそうに、だがその瞳は素直に称讃していた。

 出来上がった料理は、全て俺の〈饗宴の食卓掛〉に登録する。味見? 当然料理の手伝いをしながら済ませている。文句のつけようがなかった。

「さあ、出来上がったし、早速食べましょう」

 スマラが待ちきれないといった風に促す。俺は頷くと、出来上がった料理を準備したテーブルへと運んでいく。

 家の外に設けられたテーブルの周囲には、〈妖精郷〉の住人が勢揃いしていた。皆テーブルの上に並べられた料理に釘付けである。

 かなりの量を用意したが、この様子では足りないかもしれない。そんなことを思いつつ、俺は皆に向かって話す。

「今日は、新たな仲間であるローズマリィとジュヌヴィエーヴが腕を振るってくれた! 初めて食べる料理もあるだろうが、ぜひ食べてみて欲しい。二人に感謝しつつ、頂こう」

「「『頂きます』」」

 食事の挨拶と同時に、皆我先にと料理へ手を伸ばす。ゼファーは大食漢のホブゴブリンと争うように、料理を口に運んでいる。慌てすぎて喉に詰まらせ、呑み込もうと四苦八苦していた。

テーブルのそこかしこから、料理の旨さに対する喜びの声が上がる。その中にはテフヌトの姿もあった。

「ローズマリィ、貴方の料理は素晴らしい。ヴァイナスの料理とは違った美味しさです」

「ありがとうございます」

 テフヌトの手放しの称讃に、ロゼは頬を赤らめつつ、嬉しそうに礼を言う。

「ジュヌヴィエーヴの料理も素晴らしい。甲乙つけ難いですね」

 テフヌトは左右の手に別々の料理を持ち、交互に口へと運びながら、そんな感想を口にする。

 ジュネは肩を竦めつつ、しかしまんざらでもないといった表情で、テフヌトの賛辞を受け止めている。

「二人の料理を、是非私の〈饗宴の食卓掛〉にも登録させて欲しい。勿論、ただでとは言いません。私にできることなら遠慮なく言って下さい」

 テフヌトの言葉に、まずはロゼが希望を言う。

「それでしたら、私に魔法を教えてもらえませんか?」

「良いですよ。何でも教えてあげます」

 おい、俺には散々渋っておいて即答かよ。

ロゼの希望を聞いたジュネも希望を言った。

「私は魔法が苦手だから、何か〈魔法の品物〉を作ってもらいたいかな」

「良いですよ。材料はヴァイナスが用意するので問題ありません」

 おい、俺に許可を取らずに勝手に約束するんじゃない。

 俺の答えを待つことなく、テフヌトと二人は握手を交わし、笑顔を浮かべている。まぁ、別に良いんだけど、釈然としないものがある…。

 そんな俺の心の中のぼやきは、ロゼとジュネに向けられた笑顔で消え去った。彼女たちが喜んでくれるなら、問題はない。

 レイアーティスとオフィーリアも二人に対し、称讃の声を届けている。エルフの舌にも満足だったことが嬉しかったのか、恐縮しつつも嬉しそうに微笑んでいた。

 俺はスマラやクライス、エメロードにファリニシュといったアニマルズに料理を取り分けつつ、自分でも食事を楽しんでいたが、

「ねぇ、料理の味はどう?」

「本格的な料理は久しぶりだったけど、どうだった?」

 二人から異口同音に味の評価を求められ、俺は笑顔で答える。

「どちらの料理も、とても美味しかったよ。思わず〈饗宴の食卓掛〉に登録するぐらいにね」

 俺の答えに、二人は嬉しそうに微笑んだ。そこに、リィアとマグダレナも集まってくる。

 リィアは『私も早く料理が作りたい』と言って俺にしがみついてきたので、二人に料理を教わるように言う。リィアは頷いて、俺にしがみついたまま、

『教えて欲しい』

と言うと、ロゼもジュネも笑顔で頷く。マグダレナも、

「私にも教えて欲しい」

 と言い、ロゼは悪戯っぽく笑顔を浮かべると、

「教える代わりに魔法を教えてくれますか?」

 と言うと、マグダレナは鷹揚に頷いて、

「分かった。教えるわ」

 と言うと、ロゼは噴き出し、

「冗談です。魔法を教えてくれなくても、料理は教えますから」

 と言う。マグダレナは嬉しそうに頷いている。ジュネも「ここでも教官をすることになるとはね」と言って笑っていた。

「ローズマリィ、相変わらず料理が上手いな! ジュヌヴィエーヴさんもお上手ですね。いや旦那になる奴が羨ましい」

 ホブゴブリンとの死闘を経て、口の周りをソースまみれにしたゼファーが、両手にデザートを持ちながら話しかけてくる。俺たちはその様子を見て、思わず吹き出してしまった。そのまま皆で笑ってしまう。

「な、なんだよ皆して…」

「ゼファー、貴方今の顔を鏡に映してみなさい。理由が分かるから」

「折角の男前が台無しよ」

 二人の言葉にゼファーは慌てて鏡を探すが、両手がデザートで塞がっているので、うまく探すことができていない。見かねたリィアが取り出した手鏡を覗き込み、ゼファーは慌てて口元を袖で拭う。

「ちょっと、袖で口を拭わないで! 染みになるでしょう!?」

 ゼファーの行動に、ロゼが目くじらを立てる。説教されるのが嫌だったのか、ゼファーは慌ててデザートを口に頬張ると、その場を逃げ出す。

 その様子が可笑しかったので、俺たちは再び笑ってしまった。ロゼは追いかけようとして諦め、ジュネは目に涙を貯めて笑っている。

すると今度は、コボルドや精霊たちが周囲に集まり、二人に料理を教えてくれと頼んでいた。

 二人は驚きながらも、笑顔で了承している。彼らが学ぶことで、ゴブリン達も普段からより変化のある、美味しい食事を取ることができるようになるだろう。俺としては、彼らの〈妖精郷〉での生活がより豊かになることは嬉しいことなので、これからのことを思い、笑みを浮かべるのだった。


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