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52 〈幻夢(VR)〉の街で起業する?

 リィアが宿泊している宿屋に戻り、俺たちも部屋を取ることにした。人数が増えたので大部屋を借り、そこに移動する。

 宿屋の主人にヴィオーラが戻って来たらこの宿で待っているように伝言を残し、俺たちは部屋に入ると、早速〈妖精郷〉への扉を開くことにした。

「〈妖精郷〉とはな。持ってる奴は初めて見たぞ…っていうか、ヴァイナス、お前レベル10超えてるのか…?」

「え…? レベル10って高すぎない?」

 ゼファー達の疑問に、ジュネが答えている。

「ヴァイナスは〈魔盗士〉になったのよ。10レベルは超えているわ」

「〈上位職〉って何ですか?」

「あら、知らない? 〈盗賊〉は格が10になると〈戦盗士〉か〈魔盗士〉に〈職業〉を変更できるの。ゼファーは〈戦士〉だから〈勇士〉に。ロゼは〈魔戦士〉だから〈英雄〉になるわね」

 ロゼ達がそんな会話をしてる間に、俺は『扉』を呼び出した。光に包まれた門が姿を現し、初見の皆は驚きの声を上げる。

「それじゃあ俺に続いて入ってくれ」

 そう言い残し、スマラとマグダレナに続いて俺は門を潜り抜ける。リィアは俺と手を繋いで一緒に入った。慌てて三人も門を潜る。

 門を抜けると、〈妖精郷〉は昼間だった。天空に浮かぶ島からの眺めに、皆は言葉を無くす。俺も最初は感動したし、気持ちは分かるので、暫く待つことにする。

 鎖帷子の上から革鎧を纏ったゴブリンが、俺たちを見つけて駆け寄ってくる。流石にゼファーたちも経験を積んだ探索者らしく、姿を現したゴブリンに対し、即座に警戒をする。

「おい、いきなりモンスターの歓迎とは、お前の〈妖精郷〉は物騒なんだな」

 シャムシールを抜いて構えるゼファーを制し、俺はゴブリンに向き合うと、ゴブリンは最敬礼をしてその場に片膝をつき、

「お帰りなさいませ、主殿」

 と首を垂れた。俺は「ただいま」と答え、「見張りご苦労様」と言うと、ゴブリンは嬉しそうにしつつも、

「これが役目なれば。それではガデュス殿を呼んで参ります」

 と言って一礼し、その場から走り去る。

 俺たちのやり取りを見て、ゼファーたちは呆気に取られている。暫くすると、ガデュスが皆を連れて出迎えに来てくれた。

 その数を見てゼファーは身構えるが、俺は苦笑して、

「大丈夫。皆俺の仲間だから。気の良い奴らばかりだから、仲良くしてくれ」

 と言うと、ゼファーは肩を竦め、

「何ていうか、お前は一体何をどうすればこんなことになるんだ?」

「成り行き…かな?」

「成り行きって…」

 ロゼも驚き過ぎたのか、耳が垂れ下がっている。リィアやジュネはあまり驚いた様子がないな。現地人だからだろうか? 

 ガデュスは俺の前に辿り着くと、最敬礼をしてからその場に跪く。後に続く皆もそれに続いた。

「お帰りなさいませ、主殿。街はどうでしたかな?」

 膝をついたまま顔を上げ、ガデュスが問い掛けてくる。俺は頷き、

「ヴィオとはまだ合流できていないが、代わりに別の友人を連れてきた。俺と生死を共にしたこともある奴らだから、仲良くしてやってくれ」

 と答えた。ガデュスは頷くと、ゼファーたちに向き直り、ゴブリン達が最上級の敬意を示す時に行う仕草をする。他のゴブリン達もそれに倣うと、ゼファーたちは反応に困っていた。

「主殿がお認めになる御仁であれば、主殿と同様に遇するのが我らの務め。何なりとお申し付けください」

 プレートメイルに身を包んだゴブリンロードに太い笑顔を向けられ、ゼファーは引き攣りながら頷いている。ロゼは微笑んで「お邪魔します」と言っていた。ジュネも「お世話になるわね」と微笑んでいる。

「エルフの女性はロゼ殿ですかな? 主より聞き及んでおります通り、お美しい」

 ガデュスはそう言うと、ロゼの前で跪き、そっと手を取ると手の甲に口づけをする。いきなりお姫様のような扱いをされ、ロゼは頬を赤くして戸惑っていた。

「ロゼ殿とご一緒の御仁は…、赤い布を頭部に着けておられるということは、ゼファー殿ですな。主から強き戦士であると伺っております。こちらに滞在の間、是非一度お手合わせ願いたいものですな」

 ガデュスはそう言って笑みを浮かべ、右手を差し出す。ゼファーもぎこちなく右手を差し出すと、ガデュスは力強く握手を交わす。そして、ジュネに向き直ると、

「ヒューマンの女性はヴィオーラ殿ではない…? 失礼、ジュヌヴィエーヴ殿でしたか。主殿が世話になったこと、聞き及んでおります。以後良しなに」

 と言って手を取り、手の甲へと口づける。ジュネはまんざらでもないといった表情で、微笑んでいた。

最後は、俺の傍にいるリィアを見つめ、

「その黒髪、リィア殿ですな。主殿の〈誓約者〉であり、モルド神に仕える巫女様。我ら一同、リィア殿にも忠誠を誓います故、以後宜しくお願いいたします」

 と言って、目の前に跪いた。リィアはじっとガデュスを見つめると、ガデュスに近づき、右手を差し出した。

 ガデュスはそれを受けて、恭しく手を取ると、そっと手の甲に口づけをする。リィアは満足そうに頷くと、

『よろしく』

 と一言だけ告げる。その一言でガデュスは破顔し、再び首を垂れた。リィアはその頭を撫でている。ガデュスのあんな顔は初めて見たな…。

「リィア殿、お許し願えれば『姫』とお呼びしたいのですが」

『構わない』

 ガデュスの願いにリィアが頷くと、ガデュスは嬉しそうに微笑んだ。そしてゴブリン達に振り返り、

「今この場から、リィア殿は我らの『姫』である! 身命を賭してお仕えするのだ!」

 と宣言した。ゴブリン達は雄々とそれに応えた。武器を打ち鳴らして盛り上がるゴブリン達に、俺は苦笑する。リィアは初見なのに随分と気に入られているな。

 ゴブリン達はガデュスに命じられ、甲斐甲斐しく動き回る。俺たちの荷物を運び、まずは彼らの住む集落へと向かう。ゼファーたちは状況に追いついていないのか、言われるがままに付いてきていた。

 リィアはガデュスを気に入ったのか、今はガデュスの肩に座り、ガデュスも嬉しそうにリィアを気遣いながら歩いている。

 村に入ると、今度は精霊たちが出迎えてくれた。上位精霊達も姿を現し、ゴブリン達に驚いていたゼファーたちは、姿を現した精霊達に言葉が出ない。

 精霊達と言葉を交わし、俺たちは家へと向かう。道すがら、ようやく落ち着いたのか、ゼファーが話しかけてきた。

「なぁ、俺は良く知らないんだけど、〈妖精郷〉ってのはモンスターの楽園みたいなところなのか?」

「いや、そんなことはないぞ。そもそも〈妖精郷〉は所有者によって形が全然違う仕様らしいから、何ともいえないけどな」

「これも成り行きってやつなのか?」

「そうだな、その辺も踏まえて後でゆっくり話すよ。こっちは時間がゆっくり進むからな。外での一日が、こっちだと十日になる。二、三日過ごすと、丁度外で朝が来るんじゃないかな」

「マジか…。こんなに凄いなら、俺も〈妖精郷〉取るかなぁ」

「無理じゃないか? 前提条件で〈全贈匣〉持ってないと〈妖精郷〉は取れないぞ」

「何ぃ! 地味な〈才能〉だったから真っ先に候補から外したのに、こんな利点があったとは…」

 俺の説明に、ゼファーは悔しそうに肩を落とす。ロゼも驚いていたが、彼女はニコニコして、

「流石はヴァイナスだわ。こんな場所まで手に入れているなんて。私、〈緑子鬼〉がこんな人たちだって知らなかったわ。闘う時に剣が鈍りそう…」

 なんてことを言っている。ロゼ、残念だけど大半のゴブリンは醜悪で狡猾だから、容赦する必要はないよ…。

 ゴブリン達と共に家の近くまで行くと、空からエメロードが近づいてくるのが分かった。ゼファーはギョッとしたと思いきや、慌ててシャムシールを抜く。

「ヴァイナス! ドラゴンが来るぞ!」

 エメロードは咆哮を上げながら、俺に飛びついて来た。以前に比べ一回り大きくなったエメロードを何とか受け止める。

「マスターおかえり!」

「ただいま。また大きくなったかい?」

「そうかな? ここでの生活は快適だからね! 良く食べて良く寝てるから、成長も早いのよ!」

 じゃれつくエメロードの相手をしていると、ゼファーはシャムシールを抜いたまま固まっていた。ロゼは目を丸くして、

「ヴァイナス、そのドラゴンは?」

「こいつはエメロード。探索で手に入れた卵から生まれた俺の家族だよ」

「ドラゴンまで…。もう驚かんぞ…」

 ゼファーは最早限界といった風に、その場に座り込んでしまう。ロゼは恐る恐る近づいて来るが、危険がないと判断したのか、そっとエメロードの頭を撫でた。エメロードがグルグルを喉を鳴らすと、ロゼも微笑んで頭を撫で続けた。ジュネも近寄りはしなかったが、呆れた顔で微笑んでいる。

 リィアもガデュスに降ろしてもらい、エメロードへと近づいて来る。エメロードはスンスンと鼻を鳴らすと、リィアの匂いを嗅ぎ、気に入ったのか、頬擦りをする。リィアはくすぐったそうに身を捩ると、エメロードの首に手を回して抱き締めた。

 エメロードはそのままリィアを背に乗せると、空へと舞い上がった。悠々と宙を舞い、一頻り俺たちの頭上を飛んでから、風を切るように舞い降りた。

 そこにクライスも姿を現す。姿を現したユニコーンを見たロゼは、思わず近づこうとして立ち止まる。クライスはそんなロゼに近づくと、何かを確認するように顔を近づけ、頷くとロゼの首筋に頬擦りした。ロゼは花が咲くような笑みを浮かべると、嬉しそうに頬擦りを返した。

「ヴァイナス、この子も?」

「ああ。クライスっていう〈一角獣〉だよ。マグダレナの弟で、この先の森の守護者でもある」

「へぇ、そうなんだ…って、マグダレナさんの弟?」

「ああ、丁度いい。マグ、人化を解いて」

「うん」

 マグダレナは頷くと人化を解く。黒馬の姿に変わったマグダレナを見て、ゼファーは仰向けに倒れると、急に笑い出した。ロゼも驚きに目を見開いた。

「なんてこった、マグダレナさんは〈一角獣〉だったのか。ヴァイナス、お前一体どんな探索をしてきたんだよ…」

「なんて勇壮な姿なの…。とてもじゃないけど、今の私では相手にならない。魔法を教えてもらえるのはいつになるかしら…」

 ロゼは姿を変えたマグダレナを見て、感嘆のため息をつく。マグダレナは得意げに鼻を鳴らすと、再び人化して、ロゼに首を抱擁されているクライスへと近づき、

『クライス、ロゼはヴァイナスのものだから、あまり甘えちゃ駄目よ。ロゼも甘やかさないでね』

『そっか、ヴァイナスの彼女なら、僕にとってのお姉さんになるんだね。これからも宜しく!』

 二人の古代語をロゼは理解はできないようだが、ロゼには気持ちが伝わったらしく、ロゼは微笑むと、そっとクライスの頬に口づけをし、抱擁を解いた。

 クライスは名残惜しそうにもう一度頬擦りすると、マグダレナの視線が怖かったのか、慌ててロゼから距離を取った。別に仲良くするのは構わないと思うのだが。

 そういえばジュネがさっきから静かだな。そう思い視線を向けると、ジュネはファリニシュの首に腕を回し、頬を摺り寄せていた。ファリニシュは嫌がりもせずに、されるがままになっている。

「ジュネは犬が好きなのか?」

「大好きよ! この子凄く可愛いわ~! 毛並みも滑々だし、翠色の瞳もクリクリしてて吸い込まれそう…」

 ファリニシュにも気持ちが伝わっているようで、ジュネの頬を舐めている。ジュネはくすぐったそうに笑い声を上げると、嬉しそうにじゃれ合っていた。

「やれやれ、今回は大勢ですね」

「テフヌト、ただいま」

「おかえりなさい。街はどうでした?」

 最後にゆったりとした動作で近づいて来たのは、人化したテフヌトだった。テフヌトの微笑みながらの問いに、

「ああ。思いがけぬ再会が続いてね。嬉しい誤算てやつだった。ただ、未だに合流できていない人がいてね。〈慈悲の剣〉に挑戦しているらしいから、何か知らないか?」

 俺の問いに、テフヌトは首を傾げ、

「ヴァイナスの後に〈慈悲の剣〉へ挑んだのですか? 生憎と私の元へは来ていませんね。他の試練を達成した時点で先へと進んだか、志半ばで退いたか、もしくは…」

 命を落としたかもしれない、ってことか…。俺の表情を見たテフヌトは、そっと俺の頬に手を当て、

「私の試練を受けなくても、〈慈悲の剣〉を踏破することは可能ですよ。それに私の試練を訪ねてくる勇者は少ないのです。ヴィオーラさんを信じなさい」

 と言って微笑む。俺は頷くと笑みを返した。

「ヴァイナス、こちらの美しい女性は…?」

 ブレない男、ゼファーが早速テフヌトのことを確認してくる。

「こいつはテフヌトだ。〈妖精郷〉の居候だよ」

「初めまして、テフヌトです。ゼファーさんですね? ヴァイナスから聞いていますよ。腕の立つ〈戦士〉だと。是非貴方にも〈慈悲の剣〉に挑戦してもらいたいですね」

 そう言って微笑むテフヌトに、ゼファーの目尻が下がる。テフヌトが差し出した手を握り、

「俺のことはヴァイナス同様、ゼファーと呼び捨てにしてください。貴方のような美しい方とお近づきになれて光栄です」

「お上手ですね。用事がない時は、庵の三階にいますから、気軽に訪ねて来てください。話し相手になっていただけると嬉しいですね」

 テフヌトの言葉に、ゼファーは「こちらからお願いしたいところですよ。喜んで伺います」と言って笑っている。

「戻ったか、友よ」

「新たな方たちがお見えになってますね」

 レイアーティスとオフィーリアも姿を現した。これで主だった者が勢揃いした感じだな。俺は二人にゼファー達を紹介しつつ、まずは荷物を置いて風呂に入り、ゆっくりとしてから改めて集まることを伝え、賑やかに談笑しながら家へと向かうのだった。



 荷物を降ろし、風呂に入って着替えた俺たちは、家の前に用意された宴に参加していた。宴の準備をしてくれたのは、ガデュス達ゴブリンと、精霊たちだ。

 森で採れた野草や果物、動物たちに加え、試験的に畑に植えた作物も使った料理が、テーブルから零れ落ちそうなくらい並んでいる。

 まだまだ種類の少ない食材を、精霊が工夫して調理した料理は、素朴ながら素材の味を活かしたものに仕上がっていた。

 俺もこれだけはと帝都で購入した酒樽を出し、木杯と共に皆へと配っていく。

「それでは新たな仲間を迎えたことを喜びつつ、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 俺の音頭に合わせて、木杯が打ち鳴らされる。普通の葡萄酒だったが、皆喜んでくれた。星空の下で、皆と過ごす宴は、探索続きで疲弊していた俺の心をじんわりと癒してくれる。

「主殿、我らは街に行けるのでしょうか?」

「ああ、トラブルを起こさなければ問題なさそうだ。ただし、自制が効く奴だけにしてくれ。喧嘩は即投獄に繋がるからな」

「畏まりました。まぁ厳しく鍛えておりますので、大丈夫だとは思いますがな」

「それは、明日の訓練でも確認させてもらうよ」

「おお、訓練に参加していただけるのですか! これは楽しみが増えました。他の方たちも腕が立つ様子。是非とも訓練に参加して欲しいものですな」

 誘ってみるよ、と言うとガデュスは嬉しそうに笑う。すると今度はテフヌトとリィアがこちらに近づいてくるのが見えた。

『ヴァイナス、私も飲みたい』

「駄目だ。リィアはまだ子供じゃないか。大人になるまで我慢しなさい」

 何度か繰り返した問答だったが、俺の変わらぬ答えに、リィアは頬を膨らませる。オーラムハロムでは15歳で成人なのだが、リィアはまだ12、3歳のはず。お酒は成人してからだ。

「祝いの席くらい良いとは思いますけどね」

「身体が成長しきっていないのに、酒を飲ませても良いことないだろ。成長に悪影響があったら困る」

「ということですよ。リィア、私が何と言ってもヴァイナスは許してくれませんよ」

 どうやら、テフヌトに説得してもらうつもりで連れてきたらしい。俺は苦笑して、〈全贈匣〉から〈極光の宴〉を取り出し、ほんの少しだけ蜂蜜酒を注ぐ。それを木杯に移すと、今度は炭酸水を注ぎ、木杯に移して軽く混ぜる。それをリィアに手渡した。

「今夜は特別だ。これで我慢しなさい」

『ん。ありがとう』

 木杯を両手で受け取ると、リィアは微笑んで俺の頬にキスをし、ゼファー達の処へ駆けていく。それを見送りながら、俺は蜂蜜酒を盃に注ぎ、じっくりと味わいながら盃を傾ける。

「なんだかんだ言って、結局甘やかしますねヴァイナスは」

「今日くらいは良いだろう?」

「そう言って、誰に対しても優しくするじゃないですか」

 そこは美点でもありますが。テフヌトはそう言って微笑み、俺の手から盃を取ると、残った蜂蜜酒を飲み干した。

「ふぅ、やはりこのお酒は良いですね。人化していると、こうして飲むことや食事を採ることが簡単にできるのが利点です」

 最近は食事が趣味となっているテフヌトにとって、飲み食いが苦労なくできることが、人化する最大の理由のようだった。

「そうだ、約束を守ってもらおうか」

「約束?」

「俺が10レベル以上の魔法を使えるようになったら、お前の知っている魔法を全て教えてもらうと約束しただろ?」

「ええ、ですが貴方は〈盗賊〉…。まさか、貴方は」

「ああ。街で無事〈魔盗士〉に変更したぜ」

 俺の言葉に、テフヌトは肩を竦めると、呆れたように微笑んだ。

「私との約束のために〈魔盗士〉ですか…。〈戦盗士〉は良かったのですか?」

「もちろん、お前との約束がなかったらもう少し悩んだかもしれない。けど、それだけじゃないよ。レベルの制限なく魔法を覚えることができる方が、俺にとってはアドバンテージになると判断した」

 俺の言葉が強がりではないことに気付いたのか、テフヌトは頷くと、

「なるほど、それであれば約束通り、魔法を教えましょう。ただ、いきなり全て教えるのは大変です。ある程度期間を取りながら教えますね」

 テフヌトの言葉に俺も頷く。とりあえず全部教わっても良いのだが、使いこなすのにも相応の時間が必要なのは間違いない。俺は段階を追って教えてもらうことにし、まずは5レベルの魔法から教えてもらうことにした。

 約束した【翻訳】の魔法だけは先に教えてもらうことにし、明日にでも教えてもらえるよう、テフヌトと約束を交わす。

「それにしても、貴方の成長は目を見張るものがありますね。これだけ早く力を伸ばしたヒューマンを、私は知りません」

 テフヌトはそう言って驚いているが、俺としてはイベントを熟していただけなので、はっきり言って自覚がなかった。確かに、ゼファー達の話を聞いていると、クエストやイベントを熟していても、獲得できるQPだけでは、そうそう成長はできないようだが。

 俺は〈慈悲の剣〉での試練や〈妖の森〉でのイベントによって、QPを使わずに成長できる機会を得ることができた。このことは非常に幸運なことだった。もっとも、それに見合うかどうか分からないが、過酷な経験でもあったのも事実だったが。

「白銀の髪に、赤銅色の肌。最初出会った時の面影は、もうありませんね」

「自分でも驚いているよ。まさかこんな風に変化するなんて思ってなかった」

「ですが、決して悪いことではありませんよ。貴方がこれからどのように過ごしていくのか、非常に楽しみです」

 テフヌトの笑顔に、俺も笑顔で返すと、まだまだ終わる気配のない宴を楽しむべく、仲間たちの輪へと加わっていった。



「我らが〈探索者〉になるのですか?」

 〈妖精郷〉で数日を過ごし、ガデュス達の訓練に参加したり、各施設の確認などを行った俺は、ガデュス達が街に行ったとき、彼らにも〈探索者〉になってもらおうと思い、提案した。

 ガデュス達は準備を終え、俺の前に直立不動で整列していた。これから戦地へ赴くかのように鋭い気配を放つゴブリン達に、ゼファー達が呆気に取られている。

「そうだ。俺達同様〈探索者〉になれば、クエストを得て探索活動を行うことも容易になるし、身分の保証にもなる。どうだろうか?」

 俺の言葉に、ガデュスは眉根を寄せ、

「それがご命令であれば否やはありませぬが、我らは戦に関してはそれなりであると自負があります。ですが、斥候や隠密のような行動は専門の者に任せております。主殿のように、剣も魔法も探索も、と言ったようにはできそうにありませぬ」

「別に、一人で何でもやる必要はないだろう。そのためにパーティを組むんだし」

「それでも、〈探索者〉は難しいかと」

 ガデュスがここまで俺に難色を示すことは今までなかった。これは本当に難しいのだろう。

「だが、俺としては、皆にある程度しっかりとした身分証明を持って欲しいんだよな。それだけでトラブルは減ることに繋がるし」

 俺の言葉にガデュスは唸り声を上げる。そして暫く考え込んだ後、

「…それでしたら、傭兵団を結成しましょう」

「傭兵団?」

 俺の問いにガデュスは頷き、

「傭兵団であれば、その仕事は戦事が主になります。商人の護衛や用心棒といった仕事もありますが、その内容は大半が荒事になります。我らとしても、闘いに身を置くことができるので、仕事が多少意に添わぬものでも文句が少ない」

「だが、その場合依頼内容によっては俺と敵対することになるかもしれないぞ」

「勿論、仕事の内容は精査しますぞ。それに暮らしていくだけなら〈妖精郷〉におれば良いのです。それでは飽き足らぬという我らの我儘でもあり、主殿の言う『身分証明』としての傭兵団です。もっとも、行動する際には、主殿の名を汚すような真似は致しませぬが」

 ガデュスの提案に、俺は思案する。〈探索者〉には〈探索者組合〉という組織が身分を証明してくれる。だが、傭兵の身分を保証するような組織があるのだろうか?

「ゼファー、帝都に〈傭兵組合(マーセナリィギルド)〉ってあるのか?」

「あるぜ。プレイヤーの中にも〈探索者〉にならずに〈傭兵〉になってる奴もいる。ウォーゲーム好きには、その方が肌に合ってるらしい」

 なるほど、集団戦や攻城戦といった『戦闘』を楽しみたい人には、傭兵の方がやりやすいということか。

「傭兵団の立ち上げって大変なのか?」

「流石に良く知らないよ」

 そりゃそうか。まぁその方が、ガデュスがやりやすいって言うなら、傭兵団で構わないんだが。ガデュスはゴブリンライダーの一人を呼び寄せ、何かを確認すると、俺に向かって、

「我らの中に傭兵あがりの者がおりますので、聞いてみたところ、申請には特に基準はないとのこと。実績がものを言う仕事なので、仕事をきちんと熟して名を上げることが重要なのだそうです」

 と言った。その辺は〈探索者〉と変わらないか。問題があるとすれば、俺の目が届かなくなることだが、その点もガデュスは考えているらしく、

「主殿の名を背負うのです。不埒な真似をする者は極刑を以て当たります。遠慮は無用」

 ガデュスの言葉に、整列をしているゴブリン達が、振り上げた左拳を右胸に当て、その姿勢のままじっとこちらを見つめている。その眼に宿る光に、彼らの本気を感じた。これで問題を起こすのならば、それは事故であろう。


 ここまでの覚悟で街に行く必要があるのだろうか?


 俺はその思いを飲み込み、ガデュス達の思うようにさせようと決める。

「分かった。ガデュスに任せるよ」

「御意!」

 ガデュスは力強く返事をすると、号令をかけて門へと向かう。揃いの鎧に身を包んだゴブリン達の行進は、勇猛さと力強さを感じる。よくぞこれだけの動きを訓練したものだ。俺は尊敬と感心と呆れの混じった不思議な気持ちで、彼らの行進を見守った。

「一糸乱れぬ行進するゴブリンなんて、生まれて初めて見たぜ…」

 ゼファーが俺の横で苦笑している。俺も頷き、

「ゴブリンだって、訓練次第でここまでになるんだ。俺達だってうかうかしてられないぞ」

「ああ。彼らの力は訓練で嫌って程味わったからな。集団というのは、それだけで脅威なんだってこと、教えられたよ」

「〈緑子鬼〉なんて単なる雑魚だと思ってたんだけどね…。常識が覆されたわ…」

 と言うと、ゼファーやジュネも頷いていた。実際、〈妖精郷〉で訓練を続けたガデュス達は、ゴブリンとは思えないほどの統率された動きで、俺たちを翻弄した。

 地力が勝り、俺が負けるということはなかったが、ゼファーやロゼ、更にはジュネまでが降参させられたのには驚いた。

 一対多の戦闘とはいえ、地力で劣るゴブリン達による連携の取れた攻撃に、特に経験の少ないロゼは翻弄されっぱなしだった。

 ゼファーとコンビを組んで闘った際も、ゴブリンライダーに釣り出されたところを囲まれ、各個撃破されるといった具合だ。ジュネは流石の体捌きだったが、周囲を完全に包囲されてからは、余裕がなくなってしまった。

 思わず【火球】を使おうとしたので、慌てて俺が【破呪】で打ち消す事態にもなった。【睡魔】のような直接ダメージでない魔法は解禁していたが、咄嗟に唱えてしまったらしい。肩を竦めて反省していた。

 もっとも、肝を冷やしたのか、【火球】を打ち消した後の、ジュネに対するゴブリン達の攻撃は、少々大人気ないものだった。気持ちは分からなくもないので、お互いに恨みを募らせないようにしてもらうしかない。

 今回は初めてということもあり、木製の武器を使い、致命傷を与えない訓練ではあるが、当たり所が悪ければ怪我もする。

 当初は打撲による痣だらけだった三人も、慣れてくれば動きも良くなり、一方的に負けることは少なくなっていった。

 その後は上位精霊たちやエメロード、クライス、マグダレナ、ファリニシュも加えた訓練を行い、皆満足したようだった。

「それにしても、お前ら普段からこんな訓練をしているのか?」

「俺は探索に行くことが多いから、ガデュス達が自主的に行っているな。今回はお互い初見だったから木製の武器を使っていたけど、普段は実剣でやってるぞ」

「マジかよ…」

 予想以上のハードな訓練に、ゼファーが言葉を無くす。ロゼも横で頭を振っていた。

「結局負けなかったのはヴァイナスだけね。流石というか何というか」

 ジュネがゴブリン達の行進を眺めつつ、そう言うと、

「確かに凄かったわ。どうやったらあれだけ動けるのか…」

「うーん、まぁ慣れかな?」

「慣れであれだけ動けたら世話がないわ。成長した〈能力〉に振り回されず、努力している証拠ね。訓練の時から思ってたけど、よくそこまでやろうと思えるわね…」

「折角成長したんだ。使いこなしてこそだろう?」

「お前の場合はそれが度を越している気がするんだがね…。まぁ、それでこそのあの動きなんだろうが」

 俺の答えに、三人は呆れたようにため息をつく。ゲームでのキャラクターのスペックを知ることは重要なんだけどなぁ。キャラの特性を知り尽くさないと、対戦ゲームじゃ勝てないぜ。

 それに、自分に何ができるか分からないと、何をしていいかも分からないと思うんだが。

『私たちも行こう』

 既にガデュス達は門を抜け、〈妖精郷〉に残るエメロードやクライス、テフヌト達は俺たちを見送るために門の前で待っている。

 リィアに促され、俺たちも門を潜り帝都へと向かった。



「傭兵団として登録する際、団名を決めてくれ」

 〈傭兵組合〉に行き、登録手続きを進めていた俺たちは、受付の男性にそう言われて動きを止めてしまった。そういえば、名前決めてなかったな…。

「主殿の名を冠して『ヴァイナス傭兵団』で良いかと」

 ガデュスはこれ以上はない名前だ、と言う風にドヤ顔で団名を挙げる。

「却下だ」

「何故!?」

「分かり易くていいと思うけど?」

 スマラの問いに、俺は首を振る。折角の名前なんだ、もう少し捻りが欲しい。

「ガデュス達が中心なんだから、ゴブリンに即した名前が良くないか?」

「それだと舐められる可能性が…」

 そうか? 別に侮られるくらい見返せば良いだけな気がするけど。

「傭兵家業は舐められたら終わりです。武威を示す名前と、それに見合った実力があって、初めて認められるのです」

 ですから、団名は重要ですよ。そういうガデュスに対し、俺は腕を組んで考え込んでしまう。まさか傭兵団の命名で躓いてしまうとは…。

 受付の男性は「決まったら声を掛けてくれ」と言って、先ほどまでやっていた仕事に戻った。俺は皆にも意見を求める。

「皆は何か案はないか?」

「有名な傭兵団から名前を貰ったらどうだ? 確か動物の名前を冠したのがあったろう?」

 確かに肉食獣や猛禽類の名を冠した名前なら、無難ではある。『獅子の団』とか、『大鷲兵団』とか。

「逆に傭兵団ぽくない名前でも良いかも。花の名前を冠するとか」

「後は自然や星の名前、神様の名を冠しても良いかもね」

 女性らしい案を出す二人にも頷く。『白薔薇の団』とか、『月光傭兵団』とかか? それらを元に案を出すが、いまいちしっくりと来ない。

 そういえば、リィアが静かだな。元からあまり話す方ではないが、一言も喋らないのは気になった。

 飽きてしまったのかと見てみると、リィアは眉根を寄せて、真剣に何かを考えていた。

「リィア、何か案があるのかい?」

『…陽炎の士団(ファタモルガーナ)

 リィアの言葉に、俺たちはハッとする。なるほど、〈陽炎の門〉から採ったのか。確かに俺の探すべき目標であり、響きも悪くない。横でガデュスが何度も頷いている。決まりかな。

「よし、ガデュス達の団名は〈陽炎の士団〉に決定だ」

 俺の言葉に皆が頷いた。こうして、ゴブリンが中心となった傭兵団、〈陽炎の士団〉が誕生した。彼らは一体、どんな活躍をしてくれるのだろうか。今から楽しみだ。

 登録を済ませた俺たちは、街で予定していた用事を済ませるべく、街へと繰り出していくのだった。


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