50 〈幻夢(VR)〉の街で探索者になる
「なるほどな。お前も苦労したんだな…」
酒場に入り、頼んだ料理を肴に酒を酌み交わしつつ、俺たちはお互いの状況を簡単に話し合った。ゼファーは俺の話を聞くと、呆れたようにため息をつく。
「それにしても、ちと波乱万丈過ぎないか? 俺らと別れた二ヶ月足らずの間に、ドラゴン2匹とかおかしいだろう」
「そんなに危険なの?」
ゼファーの言葉にロゼが疑問を口にする。あー、まぁゲームによっては熊より弱いドラゴンとかいるから、疑問は分からないでもない。
「かなり強いよ。ロゼが今までどんなモンスターと闘っているか分からないから、比較対象を出すのが難しいけど。それにオーラムハロムはモンスターの強さも個体ごとに違うから、一概に強弱が測れないし」
俺の言葉にロゼは頷く。ロゼは俺の隣に寄り添うように座っている。一夜を共にしたのは確かだし、憎からず思っているけど、ここまで懐かれているのは不思議だった。
「そういや、ローズマリィはヴァイナスには愛称で呼ばせるんだな。俺には許さないのに」
「決まってるでしょ。何で貴方に愛称で呼ばれないといけないのよ。泣き虫ギルが何様よ」
「ちょ、おまっ、何でいきなりリアルの話を!」
ロゼのゼファーに対する態度に、思わず吹き出す。ゼファーもリアルの話を始めたロゼを慌てて止める。ロゼはしまった、と言う顔をしてばつが悪そうに肩を竦める。
「それにしても、二人は幼馴染だったとはね。ゼファーが探していた友人っていうのがロゼだったなんて。偶然っていうのはあるもんなんだな」
俺の言葉にゼファーが頷く。
「そのことについては本当に感謝しているよ。船でお前を待っていたら、いきなりローズマリィが姿を現して、泣きながら助けてって言うじゃないか。状況のカオスっぷりに、思わず呆然としちまったよ」
「あの時は必死で、兎に角ヴァイナスを助けなきゃって思って、有無を言わせずにゼファー達を連れて街に戻ったわ。でも貴方はいなくて…」
ロゼはそう言って、眉を寄せる。ロゼが悲しむ顔を見たくなかった俺は、おどけつつも軽口を言う。
「でも羨ましいなぁ。俺にはそんな相手はいなかった」
「只の腐れ縁よ。こいつは小さいころから私の後ろを付いてきてただけ。虐められるとすぐ泣いてたんだから」
「そんなの、ほんとにガキのころじゃないか。蒸し返すのは止めてくれ!」
「あら、ベスに告白してフラれた~とか言って泣きついて来たのはいつだったかしら?」
「だから、リアルの話をするなよ! マナー違反だぞ!」
「別に大したことじゃないんだから、大丈夫でしょ。それに私はヴァイナスになら知られても構わないし」
ロゼはそう言って、俺の腕に自らの腕をそっと絡めてくる。腕に当たる柔らかさを意識しそうになるが、平静を装いつつ、
「まぁ、二人が仲が良いのは良く分かったよ。そっちも大変だったみたいだな」
「お前ほどじゃねーよ。行ける範囲を探索してみたが、結局〈陽炎の門〉は見つからなかった」
俺は話を戻すと、ゼファーも表情を改める。結局、〈陽炎の門〉は見つからなかったそうだ。ロゼと合流できたこともあり、ゼファーは探索を海から内陸に変更し、帝都まで来たそうだ。
話を聞いているうちに、リィアも何故か俺の隣でロゼとは反対の腕に絡みついて来る。リィア、盃が持てないんだが…。
リィアにそう伝えると、ロゼが腕を絡めたまま、空いた手で盃を取り、「どうぞ」と飲ませてくれる。リィアが対抗して手を伸ばすが、身長の関係で上手くいかない。
すると今度は俺の膝の上に横座りをし、料理を取り分けると、
『あーん』
と言って食べさせてきた。ロゼが「その手があった…」などと悔しそうにしているが、まぁリィアにも暫く構ってやれなかったし、大人しく接待を受けることにした。リィアは普段見せない笑顔をはっきりと浮かべ、ご満悦である。
「まさかここでお前と会えるとは思ってなかったけどな」
「それはお互い様だ。まぁ無事で何よりだよ」
「お前もな…。それで、お前ももちろん参加するんだろう?」
ゼファーの問いに俺は首を傾げる。
「? 参加するって何に?」
「何ってお前、〈闘技大会〉だよ」
知らなかったのか? とゼファーに言われ俺は頷く。そういえば、〈妖の森〉近くの酒場の店主に、何か帝都でイベントがあるようなことを聞いていたような気がしたが、このことか?
「この時期に帝都に来ているんだから、てっきり参加するつもりで来たのかと思ったぜ」
「さっき話した通り、成り行きでイベントを熟していただけだからな。それで〈闘技大会〉ってのはどんなものなんだ?」
俺の問いに、ゼファーが説明してくれた。
闘技大会は、帝都で年に一度開かれるイベントで、闘技場を使用した、腕に覚えのある者が集い、その強さを競う武闘会だそうだ。帝都に転移させられたPC達の間でも、このイベントの話題で持ち切りだそうだ。そのために『蘇生』覚悟でハイリスクなダンジョンアタックを繰り返す者も多いらしい。
「なにせ上位に入賞すれば、結構な賞金やマジックアイテムが手に入るらしい。ゲーマーなら参加しない手はないだろう?」
ゼファーはそう言ってニヤリと笑う。俺も笑顔で対応する。
「それならば、俺も参加するかな。それにしても、やっぱり帝都には結構な数のPCが転移していたのか?」
「ああ。俺もこの街に来てそんなに経ってはいないが、知っているだけでも10人以上はいるな。情報を聞く程度で、特に懇意にしている奴がいるわけじゃないが」
「彼らも〈陽炎の門〉は…」
俺の問いにゼファーは肩を竦め、
「ああ。見つけた奴はいない。もっとも、帰れないなら楽しむだけだ! と割り切っているやつも多いし、むしろ帰れないのはラッキー! と言ってる奴も多い」
と言って苦笑した。俺も苦笑で返す。確かに昔からゲームの中に閉じ込められることを題材にした作品は多いし、他のMMOで知り合った友人達の中にも、常々ゲームの中で生活したいと言っている奴はいた。そういう人にとっては今の状況は願ったり叶ったりなのだろう。
俺自身も〈陽炎の門〉を探すことを止めたりはしないが、今はこの世界での生活を楽しもうと割り切っている。ゼファーやロゼもその辺は割り切っているようだ。ロゼは微笑みながら、
「私はヴァイナスに出会えたことでこの世界が好きになれた。嫌なことや苦しいことも経験したけど、それ以上にこの世界に来て良かったと思う」
と言い、絡める腕に力を込める。ゼファーは俺は? という顔をしているが無視だ。ガクリと肩を落とすゼファーを少し可哀想に思う。
「とはいえ、未だこの街にも未探索な場所は多いし、ダンジョンの奥に〈陽炎の門〉がある可能性もある。特に上位のダンジョンは未踏破部分が大半か、そもそも挑戦できる実力なんかないから手つかずだったりするしな」
「確かにそうか…。ってこの街にダンジョンはあるのか?」
「あるどころか、ダンジョンだらけだよ。元々この街は帝国が帝都にする前は、『迷宮の街』と呼ばれるダンジョン探索のための街だったらしいぜ。大小諸々合わせて100以上あるらしいからな」
マジかよ。俺は思わずロゼを見るが、彼女も頷いている。それならば確かに探索が進まないのも頷ける。
「それにもし〈陽炎の門〉が見つかっても、知らされない可能性だって高いしな」
「そりゃどういうことだ?」
「俺だったら〈陽炎の門〉を見つけたら、そのまま門を通って帰るだろうからさ。勿論知り合いが残っているなどの理由があれば別だが、そういった柵がないのなら迷わず帰るだろう」
俺の言葉にゼファーはむうっ、と唸り声を上げる。ロゼもそれは気づかなかったと目を丸くしている。
「結局は自分たちで見つけるしかないってことか…」
「まぁそうだな。あまり他人を頼ることはできないと思うよ」
俺の言葉にゼファーはため息をつく。ロゼも落胆したのか、両耳が力なく垂れさがっている。俺は努めて笑顔を浮かべると、
「そんなに気落ちすることはないさ。不具合が改善すればシステムで帰還できるようになるかもしれないし、救助される可能性だってある。これだけの人数がログアウトできていないんだ。メーカーだって不具合を見つけ次第、対処するだろうよ。それに、少なくても俺はお前らを残して自分だけ帰るつもりはないぜ」
と言うと、ゼファーは頷き、ロゼも嬉しそうにしがみついて来る。腕に押し付けられる柔らかさに、鎧を着たままなのが悔やまれた。
「それで、これからどうするんだ?」
「さっきも話したが、もう一人〈現地人〉の仲間がいるんだ。今は別行動になってしまっているが、合流したい」
ゼファーの問いに答えると、俺の膝の上で安心したのか、船を漕ぎ始めていたリィアに確認をする。
「リィア、ヴィオはどこに行ったんだ?」
『迷宮』
眠そうに目を擦りながらリィアが答える。
「迷宮って、何処の迷宮?」
『〈慈悲の剣〉』
…なんですと?
「〈慈悲の剣〉? あれって犯罪者用の懲罰ダンジョンじゃなかったか?」
「マナー違反のPCに対するペナルティダンジョンだと思ってたけど…」
ゼファーたちの言葉に返す余裕もなく、俺はリィアに確認する。
「いつ向かったんだ?」
『昨日。闘技場で当座の生活費を稼いだから、ヴァイナスを探しに行くって言って』
それでどうして〈慈悲の剣〉へ?
『ヴァイナスとの念話が途絶えた場所から、最も近い〈神域〉の迷宮は〈慈悲の剣〉だった』
そういえば、念話が途切れる瞬間、神域がどうとか言っていたな。
〈神域〉とはオーラムハロムにおける〈神〉の力によって作られた場所のことで、ダンジョンに限らず、聖堂や聖地、聖域といった場所は〈神域〉であることが多いそうだ。
因みに、オーラムハロムの〈神〉はその聖質による分類の他に、ランクによる分類もある。魔物同様( と言うと神に失礼だが )ランクが直接強さに繋がるわけではないが、ある程度の目安にはなる。
神のランクは〈亜神〉〈小神〉〈大神〉〈旧神〉〈外神〉で分類され、後者になるほどランクが高くなる。特に〈旧神〉〈外神〉に至っては人の身で何とかできるような存在ではないらしい。〈亜神〉や〈小神〉ランクだと、救世の勇者とかに倒されることもあるようだが。
リィア曰く、〈神域〉では異なる神の力は機能しなくなるらしい。リィアの力はモルドの巫女としてのものなので、〈慈悲の剣〉に入った俺とは念話ができなかったわけだ。
出発が昨日だと、もはや追いつくのは難しい。ヴィオーラが無事に戻ってくることを期待するしかない。
一応、テフヌトにヴィオーラが来なかったかどうか確認しないと。
俺たちの様子に、ゼファーが、
「その仲間ってのは〈慈悲の剣〉に行ったのか?」
と尋ねてきた。俺は頷き、
「ああ。一度入ると引き返すことはできないし、途中の選択によっては分岐が変わるから、今からだと追いつくのは難しい。無事に戻ってくるのを待つしかない」
「何で知って…ってお前が放り込まれたダンジョンって〈慈悲の剣〉だったのかよ!」
ゼファーは驚きの声を上げる。俺は首を傾げ、
「そうだけど、何でそんなに驚いてるんだ?」
「話を聞いたPC連中の中に、普段のゲーム的感覚で『やんちゃ』した結果、衛兵に逮捕されて〈慈悲の剣〉に放り込まれた奴らがいるんだが、そいつらが口を揃えて『デスペナ用ダンジョン』って言ってたからな。試練に失敗して戻ってみると、試練は1回限りで再挑戦はなし。その上通路を護るドラゴンが強すぎて、どうやっても勝てなかったらしい。クエスト放棄で無理矢理脱出するしかなかったとさ」
ゼファーの言葉に俺は驚く。マナー違反のプレイヤーが結構いることにも驚いたが、クリアできた者が少ないことにも驚いた。俺は幸運だったらしい。
「少なくともドラゴンを斃せないといけないから、今の時期に攻略するにはレベルが足りないし、クリアしても大して旨味がなさそうなんで、恐らくマナー違反を取り締まるための懲罰用デスペナダンジョンだろうってことで話は落ち着いている」
お前、〈慈悲の剣〉をクリアしたのか? と言うゼファーの問いにコクリと頷く。ゼファーは呆れたように首を振ると、
「マジかよ…。一体どうやってクリアしたんだ?」
「多分だけど、試練の内容が選択や行動の成否によって変わるから、攻略法を伝えても意味がない」
試練が一度限りと聞いて、俺はそう思った。攻略方法を共有してテンプレート的な攻略を防ぎたいのだろう。開発者の悪意を感じた。
「選択はともかく、行動の成否って?」
「成功だけじゃなく、失敗することによって生じる選択肢もあるってことさ。この試練に失敗したから、次はこの試練みたいな感じに」
「つまり、失敗しないと発生しないイベントがある?」
ゼファーの質問に、俺はそう言って頷く。ゼファーは頭を抱えた。ロゼも首を振っている。
ふと重さを感じ、目を向けるとリィアが俺に抱き着くような形で眠り、マグダレナが隣に座って頭を俺の肩に持たれかけていた。スマラはマグダレナの膝の上で丸くなっている。
「開発者はどれだけ攻略させたくないんだよ…」
「攻略させたくないんじゃなくて、安易な攻略を認めないってことなんだと思う。現実ではやり直し(リトライ)なんてできないだろう?」
現実では、失敗を踏まえて再挑戦できることもあるが、失敗したことを「なかったこと」にしての再挑戦は不可能だ。リアリティを追及する開発者の拘りはこんなところにも感じられる。
俺たちには『蘇生』という救済措置があるが、現地人であるヴィオーラは死んだらそれでお終いだ。心配だが、無事にクリアできることを信じるしかない。
「…なぁ、言いたくなかったんだが」
「うん?」
「なんでお前の周りばかりに女の子が寄り添ってるんだよ! リア充め! 捥げろ!」
言われて改めて確認する。
右手にロゼ
膝の上にリィア
左手側にはマグダレナとスマラ
…確かに俺の周囲に女の子たちが集まってるな。ゼファーのボヤキにロゼは冷たい視線を向け、
「自業自得でしょ。女と見ればすぐに声を掛けて口説き始めるくせに、すぐに他の娘に目移りする。そんなナンパ男に靡くわけないわ」
と言い放つ。幼馴染にバッサリ切られ、ゼファーはテーブルに突っ伏した。その姿勢のまま、
「…ところで、ヴィオーラさんて美人か?」
「美醜は人それぞれだが、可愛いとは思うぞ」
流石ゼファー、ぶれないな。そこに痺れも憧れもしないが。
「残念だけど、ヴィオはヴァイナスに惚の字だから」
「何だと! くそう、爆発しろ! …って今の誰だ?」
スマラのツッコミにゼファーは顔を上げて周囲を見回す。ロゼは驚きながらスマラを見ている。そういえばスマラが喋るって知らないか。
「スマラ、こいつらには喋れること教えてなかったんじゃ?」
「そういえば、そうだったかも。二人とも改めてよろしくね」
スマラはそう言ってテーブルに乗り、前足を使って器用に肴のベーコンを食べ始めた。
「スマラって喋れるのか…」
「只の猫じゃなかったの…?」
「スマラは〈妖精猫〉だからな。言葉も話すし魔法も使う」
話しているうちにスマラは食べ終えると、前足の肉球を合わせ「ご馳走様」と言ってマグダレナの膝に戻る。
「魔法を使えるってどれくらい…?」
「今は3レベルまでは全部使えるんだっけ?」
「ええ。攻撃魔法は好みじゃないけど、ヴァイナスに付いていくには何でもできるようになっていないと、命が幾つあっても足りないわ」
今のお前の命は、俺の〈幸運〉の値の数だけだろうに。俺は心の中でツッコミを入れる。
3レベルまで使えると聞いて、ロゼが絶句している。魔法を覚えるには、レベルも必要だが、何より金がかかる。俺はゴブリンメイジやマグダレナから魔法を教わるという、金のかからないラッキーな方法で習得しているが、普通は魔術師組合で金を払って覚えるのだ。一つ覚えるのにも結構な金が必要だし、3レベルまでとはいえ、各レベルの魔法を全て覚えるとなれば、相当な金が必要になる。ロゼは魔戦士だから武具にも金が必要になるし、魔法は後回しなのだろう。
「私、猫より魔法が使えない…」
「ロゼは元奴隷だし、仕方ないわよ。私だって偶々覚える機会があっただけだし」
その幸運が羨ましい…。そう言ってロゼは肩を落とす。まぁ正攻法で覚えようとすれば仕方がない。クエストやイベントで覚えることもできるのだから、チャンスがあればそれを活かせば良いだけだ。
「ヴァイナス、私が教える?」
マグダレナがそう言って首を傾げる。俺は頷いて、
「そうだな。後で時間を見つけて教えてくれると助かるな」
「うん、分かった」
俺たちの会話に、ロゼが嬉しそうな表情をするが、続く言葉に動きが止まる。
「それでは、我と闘い、勝利したら魔法を授けよう」
マグダレナの言葉に、ロゼは俺を見るが、
「ああ、マグは自分と同等か、より強い相手じゃないと畏友と認めてくれないんだ。魔法を覚えるためには頑張ってくれ」
俺の説明にガクリと肩を落とす。今のロゼの実力は分からないが、多分、まだマグダレナには敵わないだろうな。
「マグダレナさんは〈魔戦士〉なんですか?」
両耳を力なく垂れ下がらせながら、ロゼはマグダレナに質問する。マグダレナは首を振り、
「否、我は誇り高き種族に連なる者であり、呪われた血を受けし〈玄子〉である。我が力は父祖から伝えられし幾多の業と、弛まぬ研鑽の果てにあるものだ」
とドヤ顔で語るマグダレナの言葉に、ロゼは再度動きを止める。あ、これは伝わってないな…。
「マグ、その言い回しは止めなさい」
「何故!? それでは我が威厳が」
「威厳なんて、俺に頭を持たれかけてニコニコ甘えている時点でなくなってるよ。それにこの二人は身内みたいなものだから、気安く接するように」
「主殿へのようにか?」
「クライスや〈妖精郷〉の皆に対してみたいで良いぞ」
「心得…分かったわ」
俺の言葉にマグダレナは頷く。ゼファーも驚いているようだ。
「それだけの鎧を着込んで魔法まで使えるとは…」
ゼファーの言葉に苦笑する。この辺りのことの説明も踏まえて、二人を〈妖精郷〉に連れていくか。
「そういえば、二人はもう〈探索証〉は持ってるのか?」
俺がそう問いかけると、二人は頷き、
「ああ。何かと便利だしな。別に無くてもクエストは楽しめるが、〈探索者組合〉専用のクエストもあるようだし、ランクが上がればサービスも増えるらしい」
「とはいっても、私たちもまだ登録したばかりで、ランクは一番下ですけど」
と言う。それで重要なことを思い出した。
「確認していると思うが、〈探索者組合〉に運営側のスタッフやGMコールなんかは…」
俺の言葉にゼファーは首を振る。
「少なくとも〈探索者組合〉にはなかった。街の主要施設は見てきたが、現実世界にアクセスする方法は見つからなかったよ」
「他のプレイヤーの中にも、連絡手段を見つけた人はいません。いれば噂になるか、情報として広まってるはずだし」
二人の言葉に頷く。まぁ、ある程度は覚悟していたし、今は割り切ってオーラムハロムを楽しんでいるから、悲壮な顔をしないで済むが。
ヴィオーラは待つしかないし、先に探索者登録をしておくかな。
「それなら俺も探索者登録しておくか…。手続きは大変なのか?」
「いや、そんなことはないぜ。案内しようか?」
ゼファーの言葉に俺は頷いた。折角だし、お願いしよう。
食事も終わり、切りも良くなったので、俺はテーブルの上に金貨を置き、リィアを抱えて席を立つ。スマラは俺の肩に乗り、マグダレナも席を立つと、ロゼとゼファーも荷物を持って席を立った。この世界に来て半年近く。ようやく探索者としてのスタート地点に立つんだな。こんなに回り道をしたのは俺くらいじゃないだろうか…。
〈探索者組合〉に戻ると、ゼファーの案内で俺は改めて受付に向かうと、探索者としての登録を行った。手続きは確かに簡単で、あっという間に〈探索証〉が発行された。
〈探索〉は登録者の名前、性別、職業、ランクが表示された金属製の小さなプレートで、軍隊における認識票みたいなものだ。大抵は首飾りにしてぶら下げるか、手首に紐で括りつけたりして管理するのが一般的らしい。
「ヴァイナスさんは、充分な格を備えていますね。〈上位職〉への変更が可能ですが、変更しますか?」
プレートを渡してくれた係の人が、そう提案してきた。
「〈上位職〉?」
「はい。〈戦士〉や〈魔術師〉、〈魔戦士〉は格が10を超えると自動的に〈上位職〉へと変更されますが、〈盗賊〉は他職とは異なり、二つの〈上位職〉が設けられています。変更は1度きりで、変更後は元に戻すことができません。〈盗賊〉のままでも問題はありませんが、格の上昇は20までとなっています。より高い格を目指すならば、〈上位職〉への変更をお勧めします」
係の人の説明に、俺は悩んでしまう。こんなことは〈はじまりの街〉じゃ教わらなかったからな…。
まぁ初期状態で10レベルを超えるなんて宝くじに当たるより低い確率なんだから、わざわざ教えることもないか。10レベルを超えていたら、その人にだけ説明すればいい。
「〈上位職〉とはどのようなものですか?」
「〈上位職〉は〈戦盗士〉と〈魔盗士〉があります。まず、〈戦盗士〉は武器を用いた戦闘の能力を強化した〈職業〉ですね。〈盗賊〉としての能力に加えて、〈戦士〉と同等の戦闘能力を持ちます。ただし〈戦士〉の持つ〈戦闘特技〉を使うことはできません」
それは単純に強い! 流石上位職というだけあって、〈魔戦士〉と変わらない戦闘能力を獲得できるな。
「もう一つの〈魔盗士〉ですが、こちらは魔法能力を強化した〈盗賊〉ということになります。〈盗賊〉としての能力はそのままに、習得できる魔法の上限がなくなり、〈魔術師〉同様、レベルによる魂力消費の抑制や、〈護符〉などの効果による恩恵を受けることができるようになります」
つまり、武器戦闘能力に制限のない魔法使いになれるわけだ。こちらも強力だ。
「参考までに聞きたいのですが、他の〈職業〉はどんな強化がされるのですか?」
「〈戦士〉は〈勇士〉となり、〈職業能力〉や〈戦闘特技〉が強化されます。単純ですが、それ故に安定した強化と言えます。〈魔術師〉は〈魔導士〉となり、〈魔法の品物〉の作成が可能になるのに加え、〈使役魔〉を持つことができるようになります。〈魔戦士〉は〈英雄〉となり、〈勇士〉と〈魔導士〉の能力を得ます」
他のクラスも強力そうだ。ていうかやっぱり〈魔戦士〉はズルい。主人公のクラスだよなぁ…。
「〈上位職〉への変更を希望しますか?」
「仮に変更しなかった場合はどうなるのでしょう?」
「変更しなくても特に問題は生じませんが、〈上位職〉に変更しても成長し辛くなるということはありませんし、できることの幅が広がりますから、変更することに不利益はありませんが…」
係の人が何故そんなことを聞くのか? と言った顔をしている。正直言って、〈上位職〉に変更することは吝かじゃない。問題は盗賊には選択肢があるってことだ。一度変更してしまえば、取り消しはできないのだから悩む。
「現時点での即決はしかねるので、変更は後日、ということでも構いませんか?」
「結構ですよ。希望者の数によっては、数日お待たせする場合もありますが」
まぁそれくらいなら、待っても構わないだろう。俺は頷こうとするが、そこで係の人が、
「今は〈闘技大会〉が開催される時期なので、その前に変更しといた方が良いと思います。例年、駆け込みで希望者増えるので」
「そんなにですか?」
「〈闘技大会〉で上位に食い込むため、迷宮探索で追い込みを掛けてくる方が増えます。駆け込み変更は多くなります」
係の人の説明にも、はいそうですかと答えられなかった。簡単に言うけど、この選択は非常に重要なんだぞ。
ゼファー達には関係ない話なので、相談しても仕方がない。今もエントランスで楽しそうに談笑していた。あいつらは良いよな、迷う必要がないから。
説明を聞く限り、〈盗賊〉の〈上位職〉は、戦士寄りか魔術師寄りかはあるが、下位職の能力を二つ持つマルチクラスと言うわけだ。
「また質問なのですが、〈戦盗士〉や〈魔盗士〉専用の装備などはあるのでしょうか?」
「〈上位職〉に限らず、〈職業〉限定の装備は存在しますね。〈上位職〉は元となった〈下位職〉専用の装備は踏襲して使用できます。加えて〈戦盗士〉は〈戦士〉の、〈魔盗士〉は〈魔術師〉の専用装備を使用できるようになります」
うわ、更に悩む要素が加わったぞ! 今まで専用装備を見たことがなかったが、やはり〈職業〉専用の装備品は存在するようだ。
専用装備を手に入れていれば、それを判断の基準にもできたが、今は持っていないし、どんなものがあるかも分からないから、それで悩んでも仕方がないか。テフヌトに職業専用のマジックアイテムが作れるか聞いてみてから考えるか…。
そこで、俺はテフヌトとの会話を思い出す。
そうだ、テフヌトとの約束があったじゃないか!
テフヌトと11レベル以上の魔法が使えるようになったら、あいつの知っている魔法全てを教わる約束を交わしていたことを思い出し、俺はニヤリと笑う。変更は決まったな。
「決めました。〈魔盗士〉でお願いします」
「そうですか。それではこちらに来てください」
係の人の案内に従い、俺は奥へと進む。皆にはエントランスで待っていてもらうよう伝えた。
『私は一緒に行くわよ』
スマラがそっと影に潜み、心話で同行を伝えてくる。俺は頷いて歩き出した。
係の人に付いていくと、奥にある扉の前で止まり、
「この中で変更の儀式を行います。入ってください」
係の人に促され、俺はノックをしてから扉を開けた。
そこには懐かしい顔が微笑みを浮かべて立っていた。
 




