49 〈幻夢(VR)〉の街でも意外な再会
思いの他、〈妖精郷〉での時間を過ごしてしまった俺たちが、帝都ズォン=カに向かったのは昼を少し過ぎてからだった。
帝都に向かったのは俺とスマラ、マグダレナの三人。他の面子は〈妖精郷〉に残り、思い思いの時間を過ごしている。
帝都ズォン=カは同名の帝国の首都であり、帝国最大の都市でもある。人口は約20万人。主な種族は人間だが、他種族も全人口の半分を占めている。
他種族の多くはエルフやドワーフ、ホビットやセントールと言ったPCにもなれる種族だが、ゴブリンやオーク、トロールやジャイアントと言った亜人や、〈人魚〉やギルマン、サヒュアグンといった海洋種族に〈蛇胴人〉や〈半蛇女〉と言った半魔物のような存在、挙句の果てにはマンティコアや〈半蠍人〉と言った知性ある魔物まで住んでいる。
まさに人種の坩堝と言った都市だが、当然のようにトラブルも多く、治安が良いとは決して言えないらしい。だが、それを補って余りある活気と、犯罪に対しては厳罰を持って当たる帝国兵や衛視による取り締まりによって、帝都は繁栄の極みにあった。
俺たちは大きく開かれた門を抜け、帝都へと入る。両端まで30メートルはある大通りは、帝都のメインストリードであり、街の中央に位置する皇城まで続く帝都の大動脈だ。
大通りは中央を走る「帝道」( 帝道を使えるのは役目を負った兵士や騎士、役人、皇族のみ )を挟むように馬車や馬が通る側道が走り、その外側を歩行者が歩く道となっている。因みに左側通行だ。
横断する時には、ある程度の距離ごとに設置されている歩道橋やトンネルを利用する。無理に横断しようすると、兵士に捕まって即牢屋に叩きこまれるらしい。情状酌量はないそうなので、注意しておこう。
兵士や衛視は巡回も行っているが、一定の区画ごとに設置されている詰所にも駐在しており、犯罪行為があった場合、速やかに捕縛、投獄されることになる。喧嘩などは両成敗らしく、理由の如何を問わず双方投獄コースだ。
何を置いても投獄されるらしいので、街の住民は表立って犯罪を犯すことには消極的だ。犯罪で捕まるのは専ら外から来た「余所者」が大半である。もっとも、喧嘩の場合、売られた側も投獄なので、帝都の住人は極力騒ぎを起こさぬよう、丁寧に対応するのが常識らしい。
勿論、投獄されたからといって、喧嘩やスリ程度の軽犯罪で即処刑、ということはないのだが、時には俺のように〈慈悲の剣〉などの施設に強制的に放り込まれることもあるので油断はできない。
俺たちの他にも、帝都を訪れる人や行商の荷物を積んだ馬車などが行き交い、広いはずの大通りはまるで祭りのようだった。
街に入る時に覚悟していた検問などは一切なかった。これだけの人々が通るのだから、いちいち検問なぞしていられないということなのだろう。犯罪が起きても優秀な帝国兵士・衛視の働きで投獄、断罪させられるのだから、やり方は極端だが理解はできる。
冤罪だった俺としては納得できないものがあったが…。何しろ裁判も無しに〈慈悲の剣〉送りである。俺同様、冤罪によって不当に捌かれた者も数多くいるのだろうな。
行き交う人の合間を縫って巡回する兵士を横目に見ながら、俺はマグダレナに跨り、流れに任せて大通りを進んで行く。歩道の脇には露店が隙間なく並び、大市もかくやと言った賑わいを見せている。時折、大柄な体躯のマグダレナに好奇の視線が集まるが、気にせず歩を進めていく。
俺たちは帝都の中央区にある〈探索者組合〉を目指していた。〈探索者組合〉は帝都で活動する探索者であれば、必ずと言って良いほど利用する施設で、探索者としての登録や管理などを一手に引き受けている。
ヴィオーラも街を訪れていれば立ち寄っている可能性が高いし、その特性上、様々な情報が集まる場所でもある。街門で衛視に場所を尋ねたところ、馬に乗るならそのまま車道を進んで中央区まで進むと良いと言われたので、言葉に従って向かっているのだ。
中央区まで来るとマグダレナから降り、ここからは徒歩で進む。大通り以外の場所で騎乗できるのは許可証を持つ者だけであり、貴族や騎士、裕福な者や組織の上役といった特権階級の者に限られる。
立派な体躯のマグダレナを恐れるように、道を空けてくれるので、歩きやすいが目立ってしまう。まぁ、それは仕方がないと割り切り、教えられた通りに進んで行くと、一際大きな建物が見えてくる。城壁に囲まれた皇城を除いて、中央区で最も大きな建物の一つ、〈闘技場〉だ。
帝都ズォン=カの〈闘技場〉と言えば、オーラムハロムで知らぬ者などいないと言われる有名な場所である。皇家の肝入りで建設された闘技場は、連日剣闘士たちによる闘いが行われている。「昇りつめれば栄光を手にし、敗れれば石畳の染みと消える」と謳われる闘技場は、帝都における娯楽の中心であり、腕に自信のある者が集い、一攫千金を夢見て闘いに明け暮れるのだ。
探索者の中にも腕試しで挑戦する者も多い。ヴィオーラも元闘士だし、もしかしたら闘っているかもしれない。後で確かめよう。
俺は闘技場に向かって進んで行く。闘技場の前は広場になっており、露店や大道芸人、吟遊詩人などが集まりちょっとした催し物のようになっていた。
〈探索者組合〉の建物は、広場に面して建てられている。俺は路地裏に入ると周囲を確認し、マグダレナに人化してもらう。そして、〈探索者組合〉へと入って行った。
〈探索者組合〉の中は、多くの探索者で賑わっていた。種族や年齢、性別もバラバラな者たちが集い、或いは一人で佇み、探索への準備を進めている。
俺たちはそんな探索者たちの間を縫って、受付へと向かう。ヴィオーラが来ているかどうかを確かめるためだ。
ヴィオーラ自身は探索者ではなかったので、依頼を受けるとすれば、ここで登録しているはずだ。俺は受付に座る女性に、ヴィオーラと言う者が登録しているかどうかを確認した。
女性は少々お待ちください、と言って確認してくれる。俺は待っている間、何とはなしに周囲を観察していた。
この中の何人がPCなのだろうか…?
オーラムハロムで最大級の〈探索者組合〉である。〈はじまりの街〉から転移したPCも多かったはず。落ち着いたら確認してみよう。
そんなことを考えながら待っていると、女性が戻って来た。残念ながらヴィオーラは登録していなかった。それならば、生活費を稼ぐために闘技場で闘っている可能性が高いな。
俺も登録するつもりだったが、まずは二人と合流するのが先決だ。闘技場へ向かうために踵を返すと、唐突に言葉が脳裏に響く。
『やっと、繋がった』
聞こえてくる「声」に懐かしささえ感じた。俺は思わず、
「リィアか? 無事だったか!」
と大声で叫んでしまった。たちまち集まる周囲の視線。俺は首を竦めると、そそくさと壁際に移動し、今度は念話で、
『リィア、無事だったか? 今どこにいる?』
と返した。するとすぐに、
『こっちこそ、心配した。今は宿の部屋の中』
『俺は今帝都の〈探索者組合〉の受付にいる』
と答えが返ってきたので、俺も現在位置を告げた。すると、
『分かった。そっちへ行く』
『ちょっと待て、ヴィオーラは一緒じゃないのか? それに宿にいるならこっちが向かうよ』
『ヴィオは今いない。場所は分かるから待ってて』
リィアはそう言って念話を切ってしまう。慌てて繋げようとするが、よほど急いでいるのか、念話に応じない。仕方がないので待つことにする。
「リィアからの念話? 繋がったの?」
スマラからの問いに俺は頷く。マグダレナにも事情は話していたから、微笑みながら「早く会ってみたい」と言う。
俺はリィアがこちらを見つけやすいように、〈探索者組合〉の入り口を出て待つことにした。入り口の扉を抜け、通行の妨げにならないように建物の壁を背にし、広場を眺めながらリィアを待つ。傍らでは、マグダレナも興味深そうに広場を見ている。スマラは退屈そうに俺の肩の上で欠伸をしていた。
『見つけた』
広場を眺めながら待っていると、唐突に念話が聞こえた。視線を向けると、広場の人込みを掻き分けるようにして走ってくるリィアの姿が見えた。俺は微笑んで手を上げようとした、その時、
まるでモーゼの十戒のように人混みが割れた。
そちらに視線を向ければ、皇城に向かって走る早馬が人込みを蹴散らすように進むのが見えた。
露天商は驚きに目を見開き、大道芸人は慌てて距離を取る。吟遊詩人は思わず音を外していた。周囲の人々が蜘蛛の子を散らすように早馬から離れていくが、リィアは…こちらに来るのに夢中で、早馬に気が付いていない!
俺は慌てて『来るな!』と念話を飛ばした。リィアは不意に強く発せられた念話に驚き、その場で足を止めてしまう。そしてようやく早馬に気付いたのか、驚愕に目を見開いていた。だが、足が竦んでいるのか、その場から動こうとしない。
くそっ、間に合うか!?
俺は駆け出しながら【瞬移】の魔法を唱える。リィアの隣に跳んで抱え込めば、間に合うかもしれない。
だが、成長した俺の脚力でも、リィアとの距離は遠すぎた。【瞬移】の有効距離は15メートル。逃げてくる人込みに遮られ、とてもではないが間に合いそうにない。
それでも俺は諦めずに走り続けた。もう早馬はリィアの目と鼻の先まで迫っている。よほど重要な要件を携えているのか、速度を落とす気配はなかった。
ままよ!
俺は一か八かの可能性に賭けて、最後は逃げてくる人々を吹き飛ばすように跳躍し、【瞬移】の魔法を発動した。俺の姿が掻き消え、土埃の舞う広場へと姿を現した。
俺はリィアがいる場所に向かって飛び込む。土埃に視界が塞がれるが、構わず飛び込んだ。土埃のせいで周囲の状況が全く分からない。俺は無我夢中で手を伸ばした。
伸ばした指先に触れるものがあるや否や、俺は力一杯引き寄せ、腕の中に抱え込む。思ったよりも大きな衝撃を受けるが、気にせずに飛び込んだ勢いを利用して転がり込んだ。
腕の中のリィアを護るようにしっかりと抱えたまま、まるで円舞曲を踊るように、石畳の上を転がっていく。やがて背中が固いものにぶつかり、唐突に円舞曲の時間は終わりを告げた。
衝撃に息が止まるが、構わずに周囲の状況を確認する。早馬は立ち止まることもなく走り去ったようで、周囲の騒めきは続いているが、徐々に落ち着きを取り戻している。
俺が転がりながらぶつかった人たちもいたようだが、状況を把握したらしく、特に怪我もないようで俺たちを心配してくれた。
そうだ、リィアは大丈夫か?
俺は慌てて腕の中のリィアを確認する。リィアは俺の胸に顔を埋めたまま、小さく震えていた。小刻みに震える銀髪から爽やかな香りが漂って来た。俺は安心させるようにそっと撫でてやる。
ん?
銀髪?
リィアの髪は黒髪だったはず。恐怖で俺みたいに色が変わったのか? いやそんなことはないだろう。それに髪型も違う。リィアの髪はこんなに長くない。
しかも押し付けられ、鎧越しにまで感じる柔らかさは、断じてリィアであるはずがなかった。リィアはそんなに育ってない。
それじゃあこれは誰だ?
俺が誰なのかを確認するより先に、聞こえてきた声に顔を向ける。
「間一髪だったな。大丈夫かい? お嬢さん」
そう言ってリィアを横抱きにして立ち上がるのは、頭に巻いた赤い布が特徴的な、背中にシャムシールを背負った男だった。
リィアが無事だったことに思わず安堵する。すると、俺が抱えている女性は…。
俺は慌てて腕の中の女性を引き剥がそうとする。見ず知らずの女性を抱き締めているなんて、痴漢と言われても否定できない。
女性はよほど怖かったのか、俺の首に手を回し、抱き着いたまま放そうとしなかった。俺は怖がらせないように、ゆっくりと腕を解こうとするが、女性はしっかりと掴んだまま放そうとしない。
強引に外すと女性の腕を痛めてしまいそうなので、仕方なくそのまま横抱きに抱え、男の前へと進む。
「ありがとう、助かったよ」
「いやなに。可憐な少女を無事に助けられたんだ。礼なんかいらないさ」
「それでも礼は言わせてくれ。ありがとう。ゼファー」
俺が名を呼んだことに男は目を見開く。そう、男はかつて海賊船に乗っていた戦士、ゼファーだった。南の海で海賊家業をしているはずのゼファーが何故ここにいるのかは分からないが、何にせよ助かった。
「あんた、何で俺の名前を…って、お前、もしかしてヴァイナス…か?」
ゼファーがまじまじと俺を見つめる。俺は苦笑した。無理もない。以前の俺とはかなり印象が違うからな。純日本人だった外見から、碧い左目、白銀の髪、赤銅色の肌だからな。
「ああ。久しぶりだな」
「この野郎、無事だったか!」
俺の言葉に、ゼファーは破顔する。リィアを片手で支えながら突き出された拳に、俺も笑顔で拳をぶつける。上下に交互に拳をぶつけ、開いた手を打ち合わせると、親指を絡めて握り締める。
リィアは不思議そうに、俺とゼファーのやりとりを眺めていた。
『ヴァイナス、無事!? リィアも大丈夫!?』
「ヴァイナス! …良かった大丈夫そう」
スマラを抱えたマグダレナが周囲の人たちを掻き分けてこちらに近づいて来る。俺は彼らに笑顔を向けると、二人は安堵したようで大きく息を吐いた。
「心配したわ! ヴァイナスなら大丈夫だと思ったけど」
『むしろリィアが無事で良かったわ。ゼファーには礼を言わないと』
『もう言ったよ』
スマラはマグダレナの腕の中から飛び出し、ゼファーの肩に乗ると、リィアを安心させるように頬擦りをする。リィアも小さく微笑んでスマラを抱き寄せ、頬擦りを返す。
マグダレナは俺に抱き着こうとして、腕の中の女性に首を傾げる。
「この人は?」
「リィアと間違って抱え込んでしまったんだ。怖かったみたいで落ち着くまでそっとしておいてくれ」
「分かったわ」
マグダレナは頷くと、女性の様子が気になるのか、俺の周囲を回りながら女性の顔を覗き込もうとしている。
「それにしても久しぶりだ。随分印象が変わったが、イメチェンか?」
「あれから色々あってな。話せば長くなる」
「そうか。スマラも元気そうで何よりだ。それで、そちらの美しい女性は?」
「ああ、紹介するよ。マグ、挨拶して」
俺が促すと、マグダレナは居住まいを正し、
「お初にお目にかかる。我は誇り高き血を受け継ぐ者にして、呪われし〈玄子〉、マグダレナである」
と言った。まだ、その言葉遣い続けるつもりだったのか…。いきなり変わった態度にゼファーは唖然としていたが、ゆっくりとリィアを降ろして立たせると、片膝をつき、マグダレナの手を取り、甲にそっと口づける。そして、
「初めましてマドモワゼル。流浪の剣士ゼファーと申します。此度の出会いに、天上の神々に感謝いたします」
と言ってマグダレナを見上げ微笑んだ。こいつ、変わってないな…。女性に対して格好つけるのは相変わらずだし、それが様になるのもズルい。
貴族の令嬢のように扱われたことが嬉しかったのか、マグダレナは鷹揚に頷いて、
「此度は我が主の〈契約者〉であるリィアの身を救って頂いたこと、感謝しよう。主に代わり礼を申す」
と言った。ゼファーはそれを受けて、
「卑賎なる我が身に、過分のお言葉、恐悦至極に存じます」
と言って再度手の甲に口づけると、優雅に立ち上がる。その様子を見ていた周囲の人々から、拍手が巻き起こる。
ゼファーは周囲に向かって手を振り、拍手に応えていく。俺は苦笑して改めて腕の中の女性を見る。
落ち着いてきたのか、震えは止まっていた。俺は耳元でそっと「もう大丈夫ですよ」と囁くと、首筋に顔を埋めたまま小さく頷いた。
俺が「立てますか?」と聞くと、小さく首を振る。腰が抜けでもしたのだろう。俺は頷くと、腰を下ろせる場所はないか、周囲を見渡すが、今の騒ぎもあって落ち着けそうにない。ゼファーの対応が一段落したのを確認し、俺はゼファーに、
「折角再会したんだ。積もる話もあるし、場所を変えないか?」
と声を掛ける。この女性も腰を下ろせるほうが良いし。そう言うとゼファーは頷き、
「そうだな。俺も話したいことは沢山ある。そうだな、あそこで良いか?」
と言って指を指すのは、〈探索者組合〉に併設されている酒場だった。俺は頷くと、皆を促して酒場へと向かう。道すがら、俺はゼファーに尋ねた。
「それにしても、数ヶ月ぶりになるか。ロゼとは合流できたのか?」
「そうだな。その辺も踏まえて話すさ。勿論ローズマリィとは合流できたよ。ありがとうな」
ゼファーの言葉に俺は頷く。良かった、無事に合流できていたか。俺はロゼが無事だったことに安堵した。それにしても、
「そういえば、ロゼはどこに? この街に来てるのか?」
俺の言葉にゼファーはキョトンとした顔で、
「何言ってるんだ? ローズマリィならそこにいるじゃないか?」
ゼファーの言葉に俺は周囲を見回すが、それらしい姿はなかった。どこにいるんだ、問い掛けようとして、思わず腕の中の女性を見る。
流れる水のような銀髪を掻き分け、褐色の長い耳が姿を現していた。その耳の先がピクピクと動いている。首筋に埋もれていた顔がゆっくりと起き上がると、俺を見つめた。
紅玉髄のような瞳からは、止めどなく涙が溢れていた。
「ようやく、ようやく会うことが出来ました。感謝致します」
俺の腕の中で、ロゼは涙を流しながらも微笑み、俺の首に回した腕に力を籠める。そして、
「この世界を去る時まで、もう二度と離れません」
と言うと、ゆっくりと顔を近づけてくる。
二度目のキスも、あの時と同じく情熱的だった。
ロゼを横抱きにしている俺は、抗うこともできずにロゼのキスの洗礼を受ける。彼女の想いを体現するかのようなキスの雨に、俺はされるがままになる。
ようやく落ち着いたころには、ゼファーはこちらを見ながらニヤニヤと笑い、スマラは呆れた顔をしている。マグダレナはキラキラした目で俺を見、リィアは何となく機嫌が悪そうな顔をしていた。
「いやいや、ご馳走様。友人同士の濡れ場は『捥げろ』って思うところだが、本気の想いってやつだと、素直に祝福したくなるんだな」
ゼファーはニヤニヤ笑いながら、そんなことを言い出す。俺は何と言って良いか分からずに、ゼファーから視線を逸らすと、ロゼに「もう大丈夫かな? 降ろすよ」
と囁く。ロゼが頷いたのを確認し、そっと降ろしてやる。ロゼが離れた途端、リィアが俺に向かって飛び込んで来た。慌てて受け止めると、今度はリィアが俺の唇を塞ぐ。俺は再度動きを止めることになった。
『心配した。本当に心配した』
唇を塞いだまま、リィアは精霊語で語りかけてくる。俺はそっと抱き締めると、その背中をポンポンと優しく叩く。
ゼファーはヒューと口笛を吹き、ロゼは目を丸くしていた。スマラはチェシャ猫のような笑みを浮かべている。マグダレナは更にキラキラした目を俺に向けていた。
リィアの洗礼が終わると、ようやく俺たちは酒場へと向かう。
途中俺の右腕をロゼが、左手をリィアが抱えたまま離してくれなかったのだが、二人の気持ちを考えると、無下にはできなかった。
「両手に花、羨ましいねぇ」
ゼファーはそう言ってからかってくるが、ロゼの視線を受けて押し黙る。俺からは見えないが、ゼファーの頬を伝う汗に、ロゼを怒らせるのは止めようと心に誓う。
げに恐ろしきは女性也。
俺は、街に来た途端の怒涛のイベントに押し流されながらも、久しぶりの再会に心を躍らせていた。早くヴィオーラとも再会したいところだ。
この後、あのようなことになろうとは…。俺はこの時、夢にも思わなかった。
 




