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46 〈幻夢(VR)〉では竜と縁があるらしい

 遺跡の外へ出た俺たちは、『妖精の輪』を探しながら探索を続けていた。マグダレナのおかげもあって、『妖精の輪』を順調に見つけることができている。

 マグダレナの背に跨り、森を進んで行くと、不意に視界が開けた。そこには古木のあった沼とは比べ物にならないくらい、大きな湖が広がっている。

「この湖の畔のどこかに、魔女が〈黒妖犬〉を呼び出した『祭壇』があるはずよ」

「どこかと言ってもかなり広いぞ」

 マグダレナの言葉に俺が答えると、マグダレナは首を振り、

「私も行ったことがないもの。探すしかないわ」

 と言う。俺は頷くと、岸辺をゆっくりと進んで行くことにした。出発する前に〈妖精郷〉を呼び出して安地であることを確認したが、残念ながら湖は安地ではなく、呼び出すことができなかった。

 見通しも良いので、俺たちはここで休憩を取ることにする。マグダレナに人化してもらい、〈饗宴の食卓掛〉と〈極光の宴〉を取り出し、手早く食事を進めていく。

「これ、本当に便利ね」

 〈妖精郷〉にいた時にも使っていたので、驚きはないようだが、マグダレナは頻りに感心している。火を起こさずに温かい食事が取れるのが何より有難い。片付けも簡単だし。

「高かったけどな。でもその価値はあったよ」

 俺の答えに、横でスマラも頷いている。最近分かったのだが、《毒無効》の俺の影響か、スマラも毒に対して強くなったようで、酒を飲んでもあまり酔わなくなってしまったのだ。

 酒は味を楽しむものになったこともあって、スマラは食事もそこそこに〈極光の宴〉から蜂蜜酒を注いで楽しんでいた。

「とにかく『祭壇』を見つけて〈黒妖犬〉を倒せば、この森から出ることができるんでしょう? 貴方たちなら簡単よ」

 スマラはそんな風に言うが、油断は禁物だ。俺は「蘇生」すればい良いが、マグダレナはそうはいかない。最悪〈小さな魔法筒〉に入ってもらうことも考慮しておかなければ。

 ふと俺は思いつき、服のポケットから〈古の印〉を取り出し、マグダレナへと渡す。

「マグ、これを持っていてくれ」

「これは?」

「御守りだ。いざと言う時使えば、幸運を授けてくれる」

 マグダレナは受け取った〈古の印〉を矯めつ眇めつしていたが、頷くと服のポケットに収めた。

「よし、出発しよう」

 俺は手早く片づけを済ませ、探索を再開する。

 湖の周囲は起伏に富んでおり、中々探索は捗らない。魔物も多く、戦闘もかなりの頻度で起こるのも、探索が進まない理由の一つだ。

 ワイバーンやハーピーなどの飛行系の魔物は空から急襲を仕掛けてくるし、リザードマンやクロコダイルは水中から不意を打とうと襲い掛かってくる。

 幸いマグダレナがいるので、苦戦するようなことはなかったが、いつ終わるとも知れない戦闘の連続に疲労が蓄積していく。

 合間を縫って僅かばかりの休息を取りながら、俺たちは探索を続けた。それにしても、体感して改めて実感したが、この湖は大きい。岸辺をなぞるように移動しているが、2日をかけて未だ半分も踏破していない。

 もちろん、気になる場所があれば岸辺から離れて探索も行っているので、一概には言えないが、それでも森の中にある湖としては破格の大きさだ。琵琶湖よりも大きいかもしれない。

 大きさに比例して水深も深そうだが、流石に泳ぐわけにもいかないので詳しいことは分からない。

 こうして探索を続けているとき、俺たちは湖の畔で休息を取っていた。いくら魔法を使うまでもない相手とはいえ、両の手で収まりきらない回数の戦闘は辛い。夜も交代で見張りを立ててはいるが、十全に休めているわけではないし…。

 とはいえ『祭壇』を見つけなければ森を出ることはできないのだから、地道に探していくしかないのだが。『祭壇』の探索と並行して、安地の探索も行うことにしよう、そう思って相談しようとした矢先、湖から気配を感じた。

 俺は立ち上がり武器を構える。マグダレナも蹄を打ち鳴らして警戒する。

 湖面が揺らめくと、大きな何かが飛び出してくる。水飛沫を上げて姿を現したのは、細長い体を持つ一匹の竜だった。


水竜(シーサーペント)


 水中に棲息する亜竜の一種で、蛇のような体形と、水中を自由に動き回れる腕のような鰭と、強靭な尾鰭を持つ。竜の名を冠するだけあって強さも相当なもので、水中においては〈王烏賊(クラーケン)〉や〈白皇鯨(モヴィディック)〉と並ぶ強者だ。

 シーサーペントは鎌首を擡げると、咆哮を上げ一気にこちらに向かってくる。シーサーペントは水中での活動を得意とするが、地上でも蛇のような動きで活動するため、岸辺での戦いとはいえ、決して侮ることはできない。

 俺はマグダレナに跨ったまま、両手に武器を構える。スマラは影に入り、シーサーペントを迎撃するべき準備を整えた。


 轟っ!


 マグダレナがシーサーペントに向かって勢いよく飛び出そうとした瞬間、俺たちの頭上を何かが通り過ぎた。

 水飛沫を巻き上げながらシーサーペントへと向かったものは、勢いをそのままにシーサーペントへと襲い掛かると、首筋へと食らいつく。そして、そのまま一息に噛み千切った。

 一瞬のうちに首から上を失ったシーサーペントは、水面を深紅に染めながら湖面へと姿を消す。

 シーサーペントを屠ったものは、そのまま空を旋回すると、俺たちの前へ悠然と羽搏いてきた。その姿を確認した時、俺の背中を冷たい汗が流れ落ちる。


 〈白竜(ホワイトドラゴン)


 光の加減によっては蒼くも見える白い鱗と、背中から生えた優美な翼が美しい。だが、その気性は獰猛で、自らの領域(テリトリー)に入り込んだ者全てに襲い掛かると言われている。

 その強さは竜として恥じないものなのは、今しがたシーサーペントを殺したことが十二分に示している。

 アースドラゴンと異なり、空を自由に飛び回ることができ、口から放たれるブレスは、凶刃な氷の刃を伴った吹雪として哀れな犠牲者を襲う。

 どうやらこの辺りはホワイトドラゴンの領域(テリトリー)だったらしい。領域を侵した俺たちも、シーサーペント同様、生かして返すつもりはないようだ。

「どうやら俺たちを見逃すつもりはないらしい。やれるか?」

「駄目でもやるしかないでしょう?」

 俺の言葉に、マグダレナは答える。その声に怯えの色はなかった。

「最初から全力で行く! 出し惜しみするなよ!」

 俺はそう叫んで、【倍化】の魔法を唱える。対象は俺とマグダレナの〈体力〉。〈妖精郷〉で過ごす間に、マグダレナから4レベルの魔法を教えてもらっていたのだ。マグダレナには【神速】の魔法を掛けてもらい、スマラには【飛翔(フライト)】の魔法を掛けてもらった。

 【飛翔】は3レベルの魔法で、対象は約10分の間、走るくらいの速度で飛行することができるようになる。

 魔法を掛け終えた俺たちは、ホワイトドラゴンに向かって一気に近づいていく。ホワイトドラゴンは、空から俺たちを見下ろしながら、〈竜の咆哮〉を放つ。

 マグダレナはそれに対抗するためか、自らも咆哮を上げながら、大気を蹴り、大空へと駆け上がった。

 竜と一角獣の咆哮がぶつかり、物理的な衝撃が鎬を削る。大気を震わせる轟音が周囲を包み込む。

 軍配はホワイトドラゴンに上がった。流石は竜。しかし、その威力の大半を削られた咆哮では、マグダレナを止めることは出来ない。衝撃を受けながらも留まることのない疾駆は、僅かばかり勢いを殺されつつも、ホワイトドラゴンへと肉薄する。

 咆哮を相殺されたうえ、まさか空にいる時に肉薄されるとは思わなかったのだろう、ホワイトドラゴンは慌てて身構える。その隙を逃さず、俺はマグダレナの背に立ち上がり、背を蹴って跳躍する。

 マグダレナの突進の勢いを利用し、【飛翔】の魔法も相まって、一条の矢と化した俺は、ホワイトドラゴンの頭上を越え、その背後へと辿り着く。

 俺は両手に構えた武器を振り抜いた。その先にあるもの、それはホワイトドラゴンの優美な翼。

 カタールは右の翼、〈西方の焔〉は左の翼を斬り裂く。皮膜を大きく裂かれたホワイトドラゴンは、バランスを崩して湖へと落下した。

 盛大な水飛沫を上げて、ホワイトドラゴンは湖面にその巨体を断叩きつける。岸辺とはいえ、決して浅くはない湖だったが、ドラゴンの巨体を受け止めるには浅すぎた。湖底に叩きつけられた衝撃をものともせずに、ホワイトドラゴンは悠々と立ち上がる。だが、空を飛ぶことはできないようで、その場で咆哮を上げた。

 俺はマグダレナと合流し、その背に跨ると、今度は【付与】の魔法を唱える。両手の武器、そしてマグダレナに【付与】を掛けると、マグダレナに突撃するよう指示を出した。

本来空を飛べない存在に、逆に空から襲われるという屈辱からか、ホワイトドラゴンは怒りの声を上げ、俺たちに向かって大きく口を開いた。その奥に白い光が生まれる。

 ブレスが来る! 俺は意識を集中する。ブレスを防ぐ手段はない。ただひたすらに耐えるべく、俺は心の準備を終えた。

 ホワイトドラゴンの口から、殺意を持った吹雪が吐き出され、俺とマグダレナの周囲を吹き荒れた。

瞬く間に冷気に包まれ、鎧に護られていない箇所を、氷の刃が切り裂いていく。俺とマグダレナは必死に耐えながら、吹雪の中をドラゴンへと近づいていく。

 死へと誘う極寒の吐息も、俺たちの命を奪うことはできなかった。ブレスによって真っ白になった視界を抜けると、ブレスの冷気によって凍る湖の上からこちらを見上げるドラゴンがいる。

 その瞳に驚愕の色が見て取れた。絶対の自信を持って放ったブレスに耐え切り、空から駆け下りてくる者がいるなど、考えたことはなかっただろうから。

 マグダレナは額を突き出し、一直線にドラゴンへと突っ込んでいく。俺はカタールの刃を仕舞い、両手で突き出すように〈西方の焔〉を構えた。

 ドラゴンは慌てて避けようとするが、もう遅い。マグダレナの角は擦れ違い様にドラゴンの右目を貫き、〈西方の焔〉は開かれた口腔の中へと吸い込まれる。

 その身を襲った痛みに、ホワイトドラゴンは声にならない叫びを上げる。喉奥に〈西方の焔〉を呑んだため、声が出せないのだ。苦し紛れに振り回された腕に、角を食い込ませたマグダレナは回避できずに弾き飛ばされる。

 俺は咄嗟に〈西方の焔〉を手放すと、マグダレナと共に吹き飛ばされ、【飛翔】の効果中であることを利用して、強引に体勢を立て直した。マグダレナも何とか体勢を立て直す。

 ホワイトドラゴンは苦しそうに〈西方の焔〉を吐き出そうとするが、深く刺さった〈西方の焔〉は吐き出すことができない。

 喉に刺さった異物の代わりに大量の血を吐き出しているが、未だ十分な余力を残しているようで、その動きは鈍っていない。暫くはブレスを使えないだろうとは思うが、油断はできなかった。

 俺は〈無限の鞘〉からカタナを取り出すと、マグダレナに目で合図をし、ドラゴンを挟み込むように近づいていく。


 そこからが死闘の始まりだった。


 飛行とブレスと言う、二つの大きな武器を失ってなお、ホワイトドラゴンは強敵だ。無限の体力を持つかの如く、両手の爪で、尻尾で、牙で攻撃してくる。

 油断する暇もなく、俺とマグダレナは必死に応戦した。爪に引き裂かれ、尻尾に弾き飛ばされながらも、カタナを振るい、角を突き立てていく。

 ドラゴンの強靭な鱗に阻まれ、俺たちの攻撃は致命傷を与えるまではいかない。このまま戦闘が長引けば、魔法の効果が切れ、俺たちに勝ち目はなくなるだろう。


俺は賭けに出ることにした。


 マグダレナから離れると、ドラゴンの右手側に回り込むように大地を駆ける。ドラゴンは右目を失っているため、右手側は死角になっている。

 ドラゴンは近づく俺を狙って腕を振るうが、遠近感が狂っているのか攻撃は大振りだった。俺はギリギリの間合いで攻撃を避けると、更にドラゴンへと近づいていく。

 懐に入り込まれたドラゴンは、闇雲に攻撃をするのではなく、確実にダメージを与えることを選んだ。〈西方の焔〉を呑んだまま、俺に向かってブレスを吐こうとする。

 無理にブレスを吐けば、喉が裂けてもおかしくはない。それでも俺を倒そうとするドラゴンに、俺は恐怖を必死に抑え込む。

「ヴァイナス!」

 マグダレナが状況を察して、ドラゴンのブレスを止めようと果敢に突撃を掛ける。だが、ドラゴンはその行動を読んでいたのか、なりふり構わず飛び込んで来たマグダレナを尻尾の一撃(テイルスイープ)で薙ぎ払った。

 尻尾による強烈な一撃を喰らい、マグダレナが吹き飛ばされる。その間もドラゴンの瞳は俺を捉えていた。俺は逃げ出したい気持ちを抑え、その場に留まり続けた。


 ここだ!


 ドラゴンは大きく口を開く。その咢の奥に白い光が灯った瞬間、俺は【飛翔】の効果を受けてその咢へと一直線に飛び込んだ。

 ドラゴンのブレスが放たれる直前、俺の左手はがっしりと〈西方の焔〉の柄を握りしめた。俺は飛び込んだ勢いのまま、〈西方の焔〉を押し込んでいく。

 同時に右手に持ったカタナを上顎へと突き立てた。カタナの柄はドラゴンの下顎から伸びる牙の間に、引っ掛けるようにして支える。

 俺が飛び込んでくるとは思わなかったのだろう。ドラゴンは慌てて口を閉ざし、俺を嚙み砕こうとする。だが、それはカタナによって阻まれていた。

 新たに生まれた痛みにドラゴンが身を捩る中、俺は一心に〈西方の焔〉を押し込み続けた。【倍化】の魔法によって強化された〈体力〉は、〈西方の焔〉をまるで温めた刃がバターを突きさすように刀身を埋めていく。ドラゴンが身を捩る度、滝のように溢れ出る血が俺を深紅に染めていく。

 強靭な鱗を持ち、骨格も頑強なドラゴンだが、その咥内までは強靭ではない。下から突き上げるように突き刺さった〈西方の焔〉は、やがて最奥へと達する。


 そこは竜の脳髄。


 〈西方の焔〉が脳に達した瞬間、ドラゴンの身体がビクリと震えた。俺は柄を捻り、ドラゴンの脳を掻き回した。剣を抉る度、ドラゴンは身を捩る。俺は両手で〈西方の焔〉を掴むと、更に大きく抉っていく。

 やがて一際大きく身を捩ると、ドラゴンの全身から力が抜けた。ドラゴンの身体が大地に叩きつけられた瞬間、咥内で浴びた大量の血液によって〈西方の焔〉がすっぽ抜け、俺は外へと放り出された。

 妙な角度で放り出されたため、俺は受け身も取ることができずに大地を転がる。転がる勢いを利用して何とか体勢を立て直し、起き上がると同時に警戒する。

 ドラゴンはピクピクと痙攣しているが、起き上がる様子はない。やがて痙攣も収まると、二度と立ち上がることはなかった。

 ドラゴンが完全に動きを止めたのを確認して、俺はようやく力を抜いた。そして、慌ててマグダレナを探す。

 尻尾によって吹き飛ばされたマグダレナは、何とか起き上がると、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

「ヴァイナス、良かった…。無事だったのね」

「何とかな。マグこそ怪我は大丈夫か?」

「うん。この鎧のお蔭で、大きな怪我は負ってない。鎧って凄いのね」

「二人とも無茶し過ぎよ! でも無事でよかったわ」

 至る所に裂傷や打撲があるようだが、致命傷は受けていないようだ。スマラが影の中から出て、俺とマグダレナに【回復】の魔法を掛けてくれる。俺は心の中でテフヌトに感謝し、改めてドラゴンへと向き直った。

 横たわるドラゴンを見つめ、闘いを振り返る。迷宮で闘ったアースドラゴンと比べても、ホワイトドラゴンは強敵だった。空を飛ぶこともそうだが、単純な強さが上回っていた。

 恐らく、アースドラゴンよりも年経た個体だったのだろう。マグダレナがいなかったら、勝てなかった可能性が高い。

 それに、前回は逆鱗を突くことで勝利したが、今回は逆鱗を突く余裕はなかった。真正面からドラゴンを倒すことがこんなに大変だとは思わなかった。

 俺はどうやってドラゴンを解体しようかと考えていると、

「あんな攻撃をするから、ヴァイナス貴方、全身血まみれよ。湖で流してきたら?」

 【回復】の魔法を掛け終えたスマラから、そう指摘を受ける。闘いの高揚で気付かなかったが、確かに全身血まみれだ。

「そうだな。とりあえず解体して素材を回収したら、水浴びさせてもらうよ」

 俺はスマラに頷くと、マグダレナに人化してもらい、スマラには周囲の警戒を頼み、ドラゴンを解体することにした。

 〈妖精郷〉に運ぶことができないので、厳選した素材を回収していく。特に重要な竜玉はしっかりと回収した。

 アースドラゴンの竜玉に比べて、一回り以上大きい。やはり強力な個体だったようだ。他にも鱗や牙、爪や肉などを限界まで回収し、俺は鎧を着たまま湖に飛び込んだ。

 湖の水に洗われて、浴びた血が流れ落ちていく。俺は鎧を外し、服も脱いで下着姿になると、まずは身体を洗う。

 服の中まで流れ込んでいた血が流され、湖を真っ赤に染めていく。身体を洗い終えたら、少し場所を移動して、今度は鎧と服を洗う。

 服に染み込んだ血は洗っても落ちなかった。〈妖精郷〉にいる間に、精霊たちが作ってくれ蜘蛛糸絹(スパイダーシルク)製の服が、紅に染まってしまった。洗っても落ちる気配がない。まぁ、匂いを嗅いでみても嫌な臭いはしないので、染めたと思うことにしよう。

 鎧の方も血自体は落ちたのだが、何かの作用が働いたのか、全体が黒く変色していた。関節部のスパイダーシルクは服同様深紅に染まっている。見た目的には微妙に呪われていそうだが、洗うために脱ぐことはできたから、大丈夫だと思いたい。念のため、後でスマラに鑑定してもらおう。

 水浴びを終えた俺は、鎧や服を乾かす間に休息を取ろうと、スマラとマグダレナの元へと向かう。

 先に休息を取っていた二人がこちらを見て目を丸くしている。俺は慌てて周囲を確認するが、特に危険は感じなかった。

「どうした? そんな顔をして」

「ヴァイナス、貴方肌の色が変わってる…」

 スマラの言葉に、俺は改めて身体を確認する。言われてみると確かに肌の色が変わっていた。典型的な日本人の肌色から、赤褐色というか、赤銅色の肌になっている。ドラゴンの血を浴びたせいだろうか?

 特に違和感を覚えないので気づかなかったが、一応スマラに確認してもらうか。

「髪の色といい、肌の変化といい、ここ最近で随分印象が変わったわよ」

「まぁ変わったと言ってもちょっと日に焼けたくらいのものだし、特に違和感は感じてないから大丈夫じゃないかな」

「…竜の呪いとかじゃないでしょうね? 一応調べてあげる」

 スマラはそう言って調べ始める。マグダレナも心配そうな顔でこちらを見ている。俺は安心させるように微笑むと、スマラの結果を待つ。

「…とりあえず確認したけど、呪いの類はなかったわ」

「そうか」

「でも、〈能力〉が変化してる。それに《竜の血の護り》っていうのが増えてるわ」

 スマラの言葉に、俺は驚きで目を見開く。


 《竜の血の護り》


 スマラの解説によれば、竜の血を浴びたことで強靭な身体を手に入れたということらしい。様々な状態異常に対する抵抗力の上昇に、皮膚自体が竜鱗のような強靭さを持つというのだ。その強度は俺の〈耐久〉の値に比例して強くなるらしく、今の〈耐久〉の値からすれば、そこらの駆け出しの戦士が振るう数打ちの剣程度なら、無傷で弾き返すことができるということだ。更には治癒能力も高まっているらしく、本来HPの自然治癒は、1週間で総HPの1割が回復するのだが、俺の場合、1日で総HPの1割が回復する。

 これだけの効果が一度に得られるのは有難い。俺はスマラに質問する。

「これって回収した竜の血を浴びても能力を得られるのかな?」

「駄目みたい。生きた竜から直接浴びないといけないらしいわ」

 残念だ。ガデュス達も強化できるかと思ったんだが。

 因みに〈能力〉が変化していたと言われたので、詳細を確認してみると、かなりの変化を見せていた。〈妖の森〉に入る前の数値がこれだ。


 〈体力〉129 〈器用〉123 〈幸運〉65

 〈知性〉80  〈魅力〉31  〈耐久〉40


 〈霊薬〉のおかげもあり、大きく上昇した〈知性〉のおかげで、魔法の使いやすさも増えた気がする。

 次に先ほど確認した数値がこれ。


 〈体力〉139 〈器用〉133 〈幸運〉55

 〈知性〉90  〈魅力〉51  〈耐久〉100


 〈幸運〉が10も減少しているのには驚いた。何故そうなったのかは分からないが、幸運は盗賊の俺にとって重要な能力だから、次の成長機会には優先して上げよう。

 それにしても〈耐久〉の数値の伸びが恐ろしい。おそらく《竜の血の護り》の効果もあるのだろうが、それに伴ってHPも上昇しており、ちょっとやそっとのダメージでは死ななくなった。ドラゴンのブレスや魔法は体捌きではどうしようもないので、正直有難い。

 特殊能力も《暗視》《毒無効》《竜の血の護り》《闘士の心得》と増えてきた。

 因みに《闘士の心得》は特定のカテゴリーの武器を使った時にダメージボーナスを受けるもので、俺の場合「短剣」「長剣」を使っている時にボーナスが発生する。これはアル=アシの闘場で闘っていた時に手に入れた。これがあったので、俺は闘場の使用許可に拘ったのだ。

 その後、服と鎧も調べてもらったが、特に呪いとかはなく、ステータスの確認も終わり、休憩を終えた俺たちは探索を再開しようとしたが、俺は不意に気付く。

「なあ、あの〈白竜〉、住処に財宝貯め込んでないかな?」

「言われてみれば、そうかもしれない。でも住処って何処よ?」

「〈白竜〉は湖に浮かぶ小島を住処にしているって聞いたことがあるわ。そこは誰も近づかない禁足地だと」

 そりゃ、ドラゴンが居れば近づかないよな。だが、湖の真ん中となると、【飛翔】では時間が足りなそうだな…。

「取りに行く?」

「できればそうしたいけど、【飛翔】の魔法じゃ効果時間中に辿り着けなそうじゃないか」

「何で魔法を使うの? 船で行けば良いじゃない」

 スマラの言葉に俺は思わず掌に拳を打つ。その手があったか!

 俺は〈全贈匣〉から〈瓶詰の船〉を取り出すと、岸辺に浮かべる。船はみるみるうちに元の大きさに戻った。マグダレナは目の前に現れた大きな船に驚きの表情を浮かべていた。

「財宝がどれくらいあるか分からないけど、船倉に積んでおけば持ち運びにも困らないでしょ」

 スマラの言葉に俺は頷く。確かにこの湖の水量なら、問題なく船を動かすことができる。言われるまですっかり忘れていたことに思わず苦笑する。

「それより、船倉に積めるのなら、解体した竜も積めば良いんじゃない?」

 マグダレナの提案に、俺は思わずマグダレナを抱き締めて頭を撫でてやる。マグダレナは嬉しそうに頬を首筋に擦りつけてきた。

 流石に全部は無理だが、半分以上を諦めていたので助かった。俺たちは手分けして船倉に素材を積み込んで行った。

 準備を終えた俺たちは、『幸運の風』号に乗りこみ、湖の中央へと進んで行く。まだ見ぬドラゴンの財宝に想像を膨らませながら…。


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