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44 〈幻夢(VR)〉でもきょうだいは仲良し?

 数日ぶりに訪れる〈妖精郷〉は、特に問題もなく穏やかな雰囲気だった。ゴブリンの集落では、精霊たちとゴブリン達が協力し合って作業を行っている。

 『扉』の前に歩哨を置くことにしたのか、槍を構えたゴブリンが姿を現した俺に気付き、バイコーンを見て呆然としていた。

「ただいま」

 俺が声を掛けると、ゴブリンは慌てて居住まいを正し、槍を使った敬礼をする。ガデュスのやつ、随分と仕込んでいるな…。

 そしてゴブリンは踵を返すと、集落へと伝令に走る。俺の帰還を知らせるのだろう。

 せっかくなのでその場で待つことにする。バイコーンは〈妖精郷〉が珍しいのかキョロキョロと周囲を見回している。スマラは気が抜けたのか、俺の肩の上で大欠伸をしていた。

「主よ、〈妖精郷〉とはいかなる場所なのだ?」

「うーん、簡単に言うと俺が持つ〈才能〉で、俺が認めた存在だけが入ることのできる異世界みたいなものかな」

「これほど精霊の力が溢れている場所を我は知らぬ。伝説に謳われる〈精霊界(ティルナノグ)〉かと思った」

「〈精霊界〉?」

 俺の疑問にスマラが欠伸交じりに答える。

「〈精霊界〉は、精霊の世界のことよ。この世界とは異なる時空に存在していると言われているわ。精霊たちは普段そこに住んでいて、召喚されたり、加護の強い場所に顕現したりするの。異世界ってことであればここと同じかも」

 スマラの説明に頷く。なるほど、精霊は普段〈精霊界〉にいるのか。それじゃあ〈妖精郷〉に留めておくのはまずいのかな?

「大丈夫よ。彼らは〈誓約〉を結んでいるから、誓約者が望まない限り、こちらに留まることになってるわ」

 それにここはエーテルが豊富だから、〈精霊界〉と似た環境だし。

 俺はスマラの説明に安堵する。俺の我儘のせいで精霊たちに負担を掛けるのは本意じゃないからな。

 話をしているうちに、見張りがガデュス達を呼んで来たようで、俺の前に整列すると跪き、一斉に首を垂れた。こいつら、益々礼儀正しくなってるな…。

「ただいま」

「よくぞご無事で。見張りの者が粗相していなければ良いのですが。それにしても見事な黒馬ですな。戦利品ですかな?」

 挨拶を交わすと、バイコーンのことを質問をしてくるガデュス。いきなり戦利品とは、武辺者のガデュスらしい。まぁ闘って勝った結果なのは確かだが。

 だが、バイコーンは戦利品扱いされたのが気に入らなかったのか、ズンと大きく前足を踏み鳴らすと、

「我を有象無象の輩の様に扱うとは見る目のない。我が名はマグダレナ。誇り高き〈一角獣〉の血に連なる者にて、猛き者なり!」

 と言って咆哮した。物理的な衝撃を伴う咆哮を受けたガデュス達は、その威を受けて思わず膝をついた。そして、

「失礼致しました。卑賎なる身で先ほどの無礼な振る舞い、何卒お許しを」

 ガデュスは跪いたままそう言って謝罪する。他のゴブリン達も総じて首を垂れた。

 マグダレナか。バイコーンの名前、初めて聞いたな。それにこいつ、共通語話せたんだ…。俺はマグダレナの鬣を優しく撫で、耳元で囁く。

「悪気はないんだ、赦してやってくれ」

「主がそういうなら仕方がない」

 耳元での囁きがくすぐったかったのか、首を捩りながらマグダレナは言う。

「我は主と闘い、その力を認め、生涯を賭けて主の傍に仕えると約した。其方らは主の配下か?」

「左様です。我ら一同、ヴァイナス様を主と仰ぎ、ヌトスの槍に掛けてお仕えしております」

 バイコーンの言葉を受けて、ガデュスが迷いなく答えた。バイコーンはその言葉に頷くと、

「それでは我らは同士となる。これからもよろしく頼むぞ」

「御意!」

 ガデュスはそう言って再び首を垂れた。バイコーンに対しても敬意を抱いているようだ。まぁ強さは本物だから、実力主義の彼らにしてみれば、当然なのかもしれない。

「それでガデュス、何か変わったことはなかったかい?」

 自己紹介( ? )も終わったところで、俺はマグダレナから降りると、ガデュスに近況を確認する。

「特に変わったことはありませんな。ああ、そう言えば新たに生まれた『鉱山』から採掘された金属で、我らの武具を作ってもらっております。今まで出来合いのものしか使ったことがありませんでしたので、楽しみです」

 ガデュスはそう言って嬉しそうに笑う。やはり武人としては命を預ける武具に対して、思い入れがあるのだろう。俺はふと思いついて、〈無限の鞘〉からモリーアンから手に入れた大剣を取り出す。

「それは、モリーアン様の大剣…」

「ああ、彼に勝って手に入れたやつだ。ガデュス、お前これ使わないか?」

「! とんでもない! それは主殿が勝利して手に入れた物。我が使うには恐れ多い」

「といっても、俺は二刀流だし、大剣は使わないんだよ。仲間の女性も盾と剣を使うから、大剣は好みじゃないって言ってたしな。それに、モリーアンから信を得ていたお前なら、使うに値すると俺は思うよ」

 俺はそう言ってガデュスに大剣を差し出した。ガデュスはしばらく目を瞑り黙考していたが、目を開くと大剣を恭しく受け取った。

「畏まりました。有難く使わせて頂きます。主殿の信に応えるよう、より一層の精進を誓います」

「大袈裟だな。まぁ信頼しているよ。これからもよろしく頼む」

「御意!」

 後で精霊に頼んで、鞘を作ってもらわないとな。誇らしげに大剣を構えるガデュスを見ながらそんなことを考えていると、家の方からこちらに向かって来る気配が。

目を向けると幻想種コンビが、こちらに向かって走って&飛んで来る。

「「おかえり~」」

 空を飛ぶエメロードが俺に飛びつき首を摺り寄せてくる。途中大剣に夢中になっていたガデュスが弾き飛ばされて、地面を転がっているが大丈夫だろうか。

 クライスも遅ればせながら俺に近づこうとして、不意に立ち止まる。その視線は俺の背後に向けられている。

「…マグ姉さん?」

「姉上と呼べ。そしてクライス、何故此処にいる?」

 俺の後ろに立つマグダレナから、怒気のオーラが漂ってきた。クライスは後退ると、踵を返して逃げ出そうとした。すると、マグダレナは【瞬移】を使い、クライスの退路を塞ぐように姿を現す。

「何故逃げる? 我は理由を問うただけだぞ?」

「う、いや、それは…」

 会話は古代語で行われているので、ゴブリン達は急に始まったユニコーン同士の会話が理解できず、呆然と見ている。俺も会話の内容は聞こえていたが、クライスとマグダレナが知り合いで、しかも姉弟だったことに驚いていた。俺の肩の上で、スマラも驚いた顔をしている。

「答えよ。何故ここにいるのだ」

「いや話せば長くなるんだけど…」

 クライスはそう言いながら、チラチラと俺を見ている。どうやら助けて欲しいようだが、姉弟の問題に俺が首を突っ込むのはあまり良い気がしないので、首を振る。

 クライスはがっくりと首を落とすと、説明を始める。話が進むにつれ、マグダレナの怒気のオーラが強まっていく。周囲のゴブリン達が後退ろうとして、俺に気を遣ったのか必死でその場に留まろうとする。俺は転倒から回復したガデュスを呼び、ゴブリン達を解散させる。命令を受けてゴブリン達はそそくさと解散していく。ガデュスは残るようだ。

 一方でエメロードはわれ関せずと、俺にじゃれつき続けている。エメロード、甘噛みするのは止めなさい。首はそんなに強く鍛えてないから。

 話を終えたクライスに対し、マグダレナは咆哮を解き放つ。クライスは必死に耐えていた。

「お主は何をやっているのだ! 幼き身でありながら森を抜け出し、剰え囚われて生贄にされかけただと! 主に救われなければどうなっていたことか…」

「確かに軽率だったかもしれない。でも、森を出た姉さんが心配だったし、僕だって自分の『森』を見つけるために、外へ出ることを決めたんだ。母さんだって認めてくれた」

「それで騙され囚われていて、どうやって『森』を見つけるのだ。お主はまだまだ未熟。母上の元へ帰れ」

「嫌だ! 僕はもう一人前だ! 自分の『森』だって見つけた!」

「『森』を見つけただと? 僅かばかりしか外の世界を知らぬお主がどうやって『森』を見つけたというのだ?」

「僕の『森』はここにある! ヴァイナスの〈妖精郷〉が僕の『森』だ!」

 クライスの宣言に、マグダレナの角がピクリと震える。あれ、相当怒ってるな。

「…主を呼び捨てにするとは」

 あ、怒るところそこなんだ…。『森』に関しては良いのだろうか?

「ヴァイナスは良いって言ってくれてるよ。マグ姉さんこそ、その喋り方まだ続けてるの? わざと難しい言い回しをして…。皆にも止めるように言われてたじゃない」

「笑止! 我ら誇り高き血を継ぐ者として、血に恥じぬ語り繰りをせずに何とする! お主こそ一人前を語るなら、語り繰りには気を付けよ!」

「マグ姉さん、もういい大人なんだから、その拘り止めようよ。祖母ちゃんだって使うの止めてたじゃない」

「お主には誇りがないのか! それに姉上と呼べ!」

 二人は飽きることなく口論を続けている。俺はその場に胡坐をかいて座り込むと、〈全贈匣〉から〈極光の宴〉を取り出し、蜂蜜酒を注いで飲む。

エメロードは俺を抱え込むように横たわり、俺の膝の上に頭を置いて寛ぎ始めた。スマラも空いた膝の上に飛び乗り、俺から盃を受け取って蜂蜜酒を飲んでいる。ガデュスは直立不動で佇んでいたが、俺が命じて横に座らせ、スマラが飲み干した盃を渡し、酒を注いでやる。

ガデュスは恐縮しつつも、注がれた酒を干す。美味かったらしく、驚きの表情を浮かべていた。俺はニヤリと笑い、今度は葡萄酒を注いでやる。同じ瓶から別の酒が注がれたのを見て、ガデュスは俺の顔を盃を交互に見ていた。

「主殿、先ほどとは違う酒が…」

「良いだろう? 〈極光の宴〉と言って、俺の宝物の一つだ。色々な酒が飲めるんだよ」

「便利なものですなぁ。それでは頂きます」

 ガデュスはそう言って一気に盃を干した。葡萄酒が気に入ったのか、その顔は笑みを浮かべている。

「どちらも良い酒ですな。今までこのような酒を飲んだことはありません。ご馳走様でした」

 ガデュスはそう言って懐から布を取り出すと飲み口を拭き、俺に盃を返してくる。俺は受け取って〈極光の宴〉を〈全贈匣〉に戻すと、未だ続いている姉弟の言い争いの様子を伺う。

 相変わらず二人は口論しているが、クライスからは会いたかった家族に無事出会えた安堵が、マグダレナからはクライスの身を案じる気持ちが感じられる。

 言葉とは裏腹に、互いを想う気持ちが伝わってきたので、俺は彼らが満足するまで言葉を尽くさせようと、その場で見守ることにした。やはり、姉弟は仲が良いのが良いに決まっている。俺は兄弟がいないから、ああやって仲が良い姉弟の姿を見ると、羨ましさと共に微笑ましさを感じていた。

 いつか結婚して子供ができるなら、二人以上は欲しい。兄弟がいるのといないのとでは、いた方が絶対に良い。

 俺はクライスとマグダレナを見ながらそんなことを考えつつ、いつ終わるともしれない姉弟喧嘩(じゃれ合い)を、のんびりと見守り続けた。



「もう止めよう、いい加減疲れた」

「そうね、貴方も相当頑固になったわね。ここまで言われるとは思わなかった」

 二人のじゃれ合いは、ようやく終わりを迎えたようだ。二人の身体からは湯気が立ち昇り、彼らがどれだけ熱心に言葉を交わしていたのかが分かる。マグダレナの口調も、いつの間にか普通になっていた。

「さて、久しぶりの姉弟喧嘩は終わったかな?」

 俺は座ったままのんびりと問いかける。既にスマラとエメロードは俺の膝を枕に眠っているし、ガデュスも欠伸を嚙み殺していたのを見逃さなかった。

 俺の問いかけにクライスとマグダレナは顔を見合わせ、

「マグ姉さんが頑固だから」

「頑固なのは貴方でしょう?」

 とまたじゃれ合いを始めようとする。俺はそれを制し、

「はいはい、仲が良いのは良く分かったから、そろそろ家に帰ってゆっくりしたい。スマラと二人の野営じゃあまり休めなかったからな」

 俺はエメロードとスマラの頭を撫でて起こすと、ゆっくりと立ち上がる。ガデュスは先に立ち上がり、不動の姿勢で控えている。

「ガデュス、俺はこれから3日くらい〈妖精郷〉にいるから、何か用事があるなら声を掛けてくれ」

「分かりました。ごゆっくりお休みください」

「お前たちとの訓練もやりたいから、休んでばかりはいられないけどな」

「それは楽しみです。ぜひお願い致します」

「他の面子にはお前から伝えておいてくれ」

「御意」

 ガデュスはその場で深く礼をすると、踵を返し集落へと戻っていく。俺たちは家へ向かうため、歩き出そうとすると、マグダレナが俺の前に跪き、

「さあ、お乗りください」

 と言う。俺は苦笑して、

「家はすぐそこだから、歩いて行くよ」

「主に歩かせるなど、下僕としてあるまじき行為。さあ早く」

 マグダレナは急かしてくるが、俺は肩を竦め、

「マグダレナ。俺はお前を下僕だなんて思っていない。闘い、力を認め合った畏友(とも)だと思っているよ。それにクライスにも言っているが、俺はここにいる皆を家族みたいに思っているから、お前にもそう接して欲しい。言葉遣いも普通で良いぞ」

「それでは我の中での示しが…」

「あれだけの喧嘩を見せておいて、今更何を示すんだよ。堅苦しいのは苦手だからな。納得するのなら、そうだな命令だ。俺に対してもクライスと同様に接しろ」

 俺の言葉に、マグダレナは目を見開く。そしておずおずと立ち上がると、

「畏まり…分かったわ。主…ヴァイナス様の言う通りにします」

「それで良い。それと『様』はいらない」

「はい」

 と返事をしたので、俺は頷いて家へと歩き出す。マグダレナは静かに付いてくるが、クライスはそんな様子が可笑しかったらしく、目を細めて笑っている。マグダレナはそれに気づいて尻尾でクライスの尻を打っていた。

 痛みに飛び上がるクライスは、恨めしそうにマグダレナを見ていたが、やり返すような真似をせずに大人しく歩いている。道すがら、俺はクライス達に詳しい話を聞いていた。

 クライス達は、本来南の大陸にある『森』で生まれたユニコーンらしい。『森』には母親と長男が住んでいるが、他の兄弟は全て自らの『森』を見つけるために森を出ていったそうだ。

 マグダレナもその例に漏れず森を出たのだが、他の兄弟とは違い、〈玄子〉であることに劣等感を持っていたため、森を後にしたという。

 クライスはそんなマグダレナのことが心配で、『森』を探すという目的と共に、マグダレナを探すために森を出たそうだ。

 会えて良かったと言うクライスの言葉に、マグダレナは顔を背けていたが、内心嬉しかったのだろう、尻尾は機嫌良さそうに揺れていた。

「それで、クライスが言ってたが、〈妖精郷〉が『森』っていうのはどういう意味なんだ?」

「言葉通りの意味だよ。家の裏手に広がる森、あそこが僕の『森』なんだ」

 俺の問いに、クライスは即答した。その答えにマグダレナはピクリと反応するが、特に言葉を発することなく、黙って歩いている。

「〈妖精郷〉で暮らすうちに分かったんだ。僕はここに来るために森を出たんだって」

 クライスはそう言って、真っ直ぐに視線を向ける。視線の先には〈古木〉に護られた家と、その奥に広がる森がある。クライスの瞳に映るのは、一人前のユニコーンとして、自らが護り営んでいく『森』を見つけた強い意志だった。マグダレナはそんなクライスを見て、小さく頷いていた。その眼には優しい光が宿っている。

 俺の視線を感じたのか、マグダレナは慌てて視線を真っ直ぐに直し、何事もなかったかのように振舞う。俺は声を殺して笑うと、ゆっくりとマグダレナの鬣を撫でた。

「そうか、クライスは居るべき場所を見つけたんだな」

「うん。僕はこれからもここを護っていくよ」

「分かった。よろしく頼むよ」

「うん!」

「マスター、私も護るよ!」

 今まで会話に加わっていなかったエメロードが、対抗意識を燃やしたのか主張してきた。俺は笑顔を浮かべて隣を飛ぶエメロードの角の後ろを掻いてやる。

「ああ。よろしく頼む」

「任せて!」

 エメロードは気持ちよさそうに目を細めると、満足げに声を上げた。そして、俺はふと疑問に思い、

「そういえば、マグの『森』は〈妖の森〉なのか?」

 とマグダレナに問いかけた。予期せぬ質問だったのか、マグダレナは目をパチクリすると、

「違うわ。確かにあの滝壺の近くは居心地が良かったけど、私の『森』ではなかった。でも大丈夫。私は私の『森』を見つけているわ」

 と言って、頬を摺り寄せてくる。俺は摺り寄せられた頬を優しく撫でてやる。

「そうか。それならいつかはマグの『森』にも行ってみたいな」

 俺はそう言って微笑むが、マグは何も言わずに頬を摺り寄せていた。返事がなかったことに疑問を覚えたが、特に問題ではないと思い、聞き返すことなくその場は流れていった。

 話を終えるころには俺たちは家に着き、家に入ろうとしてマグダレナはどこに住むのか決めていなかったことに気が付いた。

「そういえば、マグはどこで寝るんだ? クライスと一緒に森の中かい?」

「僕は別に構わないけど…」

「私はこの家でヴァイナスと共に過ごすわよ」

 俺の質問にクライスが答えると、マグダレナは別の答えを返してくる。

「一緒に、って言ってもお前の寝床は用意できないぞ。入り口だって人用なんだし」

「心配しなくても、人化するから問題ないでしょう?」

 マグダレナは言うが早いか、その場で人型に変じる。俺が止める間もなく漆黒の肌を持つ全裸の美女が降臨した。

「人化って言ってもな…。流石に全裸で動き回られるのは困るんだが」

「そう? 私は気にしないけど」

 俺が気にするんだよ! 滝壺の時には態度や環境のせいで、強く意識はしなかったが、親しくなり、細かな感情も分かるようになった今では、どうしても人型のマグダレナを「女性」として意識してしまう。

 クライスと会って更にくだけた印象となった今のマグダレナは、僅かな微笑みをたたえて立っているだけなのに、一人の魅力的な女性として俺の男の部分を刺激しまくっている。

 目のやり場に困って目を逸らすと、マグダレナは哀しそうな顔をして俺に近づき、上目遣いにこちらを見て、

「ヴァイナスは私のこの姿は嫌い?」

 などと聞いてくる。くそっ、その角度、その表情で迫るのは反則だろ!

 俺は動くたびに、たわわに揺れる双丘から必死に意識を逸らし、

「とにかく、この家で生活するならまずは服を着てくれ。とりあえず用意するから」

「分かったわ。貴方がそう望むのなら。私の『ご主人様』だし」

 そう言って無邪気に微笑むマグダレナ。ああ、本当に人型を取ったマグダレナはヤバい。馬型の時はいまいち表情が掴めなかったが、人型になると表情の変化が顕著に分かる。そのせいで、一挙手一投足がどうにも印象に残り、意識してしまう。

 俺は腰鞄から予備の着替えを用意して、マグダレナに渡す。

「とりあえず、これを着てくれ。後でちゃんとした服を精霊に頼んで作ってもらうから」

「分かったわ。でも服なんて着たことないから着方を教えて欲しい」

 なに? 俺は周囲を見回すが、そこにいるのはユニコーン、ドラゴン、グレイマルキンの幻想種アニマルズだけだ。つまり着付けができるのは俺だけ…。

 そうだ、地下にいるヴァーンニクに頼めば…。ってあいつも服着る習慣ないじゃん!

 俺は内心頭を抱えるが、他に方法はないので、仕方なく着替えを手伝うことにした。



 全裸の美女に服を着せるのが、こんなに緊張するものだとは思わなかった。俺はマグダレナに袖の通し方やボタンの留め方、紐の縛り方などを教えながら着替えを手伝った。

 マグダレナは素直に着せられていたが、今までにない経験に、精神をすり減らした。緊張で手が震えてマグダレナの身体に触れるたび、マグダレナが艶っぽい声を出すのもいけなかった。


 仕方ないだろ、女性の着替えを手伝ったことなんて今までないんだから!


 誰にともなく心の中でツッコミを入れながら、何とか着せ終わり、それぞれの寝床に戻るクライスやエメロードと別れ、家の中に入るとソファーに倒れ込む。スマラは「お疲れ様」と言って、地下へと消えていく。温泉に入るのだろう。

 俺がソファーに倒れ込んで疲れた身体を休めていると、不意に何かが圧し掛かって来た。服越しに伝わる温かさと柔らかさに思わず顔を上げると、マグダレナが俺に抱き着いていた。

 その表情は満面の笑顔で、俺の首筋に額や頬を擦りつけてくる。明らかにじゃれているのだが、今のマグダレナは美女の姿である。

 押し付けられるものの柔らかさと、艶やかな黒髪から漂う甘い香りに、俺の思考は一時停止する。

 暫くの間、されるがままになっていたが、今度は鼻先と唇で首や頬に触れ始めたので、慌てて引き剝がそうとした。

 だが、姿は変わってもバイコーン。膂力は俺に匹敵する彼女を引き剝がすことができず、諦めて気のすむまでさせることにした。

 それから半刻ほど、俺はマグダレナのスキンシップを受け続けた。途中、風呂から戻って来たスマラに助けを求めたが、チラリと確認すると、『お邪魔様』と心話で答え、二階へと上がってしまった。

 結局マグダレナが満足するまでスキンシップを続け、ようやく離れたころには、俺はソファーから立ち上がることができなかった。

「ふう、ようやく落ち着いたわ。やっぱり場所が変わる時は、私の匂いがないと落ち着かないわね」

 そうですか。俺は貴方の縄張りの一部なのね…。マーキングが粗相でなかったことに感謝しつつ、俺は何もする気になれなくてそのままソファーでぐったりしていると、今度はテフヌトが姿を現した。階下に降りてくるときは、彼女も魔法で人化している。白い貫頭衣のようなワンピースを優雅に着こなした美女は、首を傾けつつ、

「スマラが居たので戻ってるとは思いましたけど、どうしたのです? そんなに疲れて」

 と聞いてくる。姿を現すなり問いかけるテフヌトに、俺は身動きせずに、

「ただいま」

 とだけ答える。テフヌトは「お帰りなさい」と返すと、

「お帰りなさい。それでどうしたのです? それにこの方は?」

「今は説明するのも面倒なんだ。マグ、自分で挨拶しといて」

 俺はそれだけを伝えると、再びぐったりする。マグダレナは頷くと、

「お初にお目にかかる。我はマグダレナ。誇り高き〈一角獣〉の血を受け継ぐ者にて、忌避されし〈玄子〉である」

 と自己紹介する。初対面にはその口調なのか。けど俺にしがみついたままだと、威厳もへったくれもないぞ。テフヌトも自己紹介を始める。

「初めまして。私はテフヌトです。〈獅子女〉ですよ。そうですか、〈一角獣〉の〈玄子〉とは珍しい。ヴァイナスがまた連れてきたのですか?」

「成り行き上仕方なく」

 俺の言葉にマグダレナは頷き、

「故あってヴァイナス様に認められ、主と仰ぎ仕えることとなった。テフヌト殿も主の下僕であるのか?」

「私は、そうですね。彼の言葉を借りるなら『居候』です。三階に住んでいますので、何かあれば声を掛けてください。居る時なら応対しますよ」

 テフヌトはそう言って微笑み、階下へと向かう。すっかり風呂もお気に入りのようだ。テフヌトを目で追っていたマグダレナだったが、彼女の姿が階下へ消えると俺に向き直り、

「あの人は『居候』って言ってたけれど、どういう関係なの? 奥さん?」

「いや、本当に居候だよ。以前探索した迷宮で世話になったんだけど、その時に契約して、〈魔法の品物〉の作成をお願いする代わりに、ここの三階を私室として使うことになったんだ」

 俺の説明に頷くと、マグダレナは俺の傍に座り、

「これからどうするの?」

 と聞いて来た。俺は姿勢を変えることなく、

「とりあえず、食事の時間まで休ませてくれ。〈妖精郷〉の時間は、外の世界に比べてゆっくりと進む。こっちで3日くらい過ごす予定だから、マグもゆっくりするといい」

 と答えると、マグダレナは再度頷き、

「分かったわ。のんびりさせてもらう」

 と言って頬を摺り寄せてきた。確かに家族の様に接しろとは言ったが、ここまでスキンシップ過剰だとは思ってなかった。闘いの時とのギャップに戸惑いつつ、マグダレナの温もりを感じながら、俺の意識はゆっくりと落ちていった。


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