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42 今度は〈幻夢(VR)〉で決闘だ

「できましたよ。身に着けてみてください」

 〈妖精郷〉に戻り、次の探索の準備を進めていた俺に、テフヌトがそう言いながら、完成した防具を届けてくれた。

 預けていた革鎧は、大きく姿を変えていた。小手(ゴーントレット)脚絆(グリーブ)上衣(シャツ)穿袴(ズボン)と分かれていたものが縫合され、上衣と下衣の二つにまとまっている。そのうえで、表面の大半を地竜の鱗で覆った上、要所は竜の牙や骨を加工して作ったパーツを使って防御力を向上させている。

 縫合部分には〈殺戮蜘蛛〉から採れた糸と、それを編んで作った布を使い、柔軟さと強靭さを持たせている。

 試しに軽くカタールの刃を当ててみたが、表面やプロテクター部分は傷一つつかなかった。

 俺は早速装備してみる。自動調整(サイジング)の効果も付与されているようで、鎖帷子の上からでも問題なく装備できた。俺はその場で様々に身体を動かして具合を確かめる。

「どうです? 着心地は?」

「良いね。着心地は前の革鎧とほとんど違いは感じない。身体の動きを損なうこともないみたいだ」

「良かった。革鎧の質が良かったので、下地としてほぼそのまま使用できましたからね。〈緑鱗鎧(グリーンスケイル)〉と名付けました。貴方の身を護ってくれると良いのですが」

「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」

 テフヌトに礼を言い、他の装備も身に着けていく。カタールも鎧の上から装備できるのは有難かった。

 俺は準備を終えると家を出る。すると皆が家の前に集まっていた。

「主殿、我らもお連れください」

「僕らも役に立つよ!」

「私も行きたい!」

 集まった者たちは口々に同行を希望するが、俺は首を振る。

「駄目だ。〈古木〉の聖域を出てしまうと、〈妖精郷〉の『扉』を呼び出すことができない。脱出までどれくらい掛かるか分からないんだ。大人数での行動は避けたい」

「ではせめて我だけでも!」

 ガデュスの言葉に俺は再度首を振る。

「気持ちは嬉しいが、駄目だ。俺とスマラだけならばいざと言う時逃げるという選択肢もあるが、ガデュス、お前は逃げられないだろう? 死ぬと分かっている状況であっても、俺はお前を置いて逃げるわけにはいかない。それじゃ困るんだよ」

 俺やスマラなら死んでも『蘇生』ができるが、ガデュス達はそうはいかない。〈黒妖犬〉の強さは分からないが、仮に〈地竜〉以上だとすると、今の俺でも勝てるかどうか分からなくなる。しかも確実に遭遇できる場所があるわけでもないので、俺とスマラだけの方が、臨機応変に行動しやすい。

 俺が理由を説明すると、ガデュスは仕方がない、と肩を落とす。

「ガデュス達は引き続き、〈妖精郷〉でできることをやっておいて欲しい。新人もいることだし、しっかり鍛えてやってくれ」

 そう、森での探索の結果、集落で暮らす者が増えているのだ。ゴブリンの他にも、コボルドが3人、ホブゴブリンが1人加わっている。彼らに対する訓練や教育もある。ガデュス達にはその辺りも頑張ってもらいたい。

「分かりました。一人前になるよう、きっちり鍛えておきます」

「よろしく頼むよ」

 クライスやエメロードも聡い子たちだ。大人しく残ってくれる。

「それじゃあ、留守を頼むよ」

 俺は皆に挨拶をすると、『扉』を開き、森へと出発した。



 庵の前に出ると、中から〈森祭司〉が姿を現した。

「行くのだな」

「はい。お世話になりました」

「お主に大地の加護があらんことを」

 もう二度と会うことはないかもしれない。俺はしっかりと〈森祭司〉と握手を交わし、庵を後にする。

 ハーピーに教えられた抜け道を辿っていく。抜け道は一見すると他の獣道と同じなのだが、他の道との違いが一つあった。

 道の傍に、色取り取りの小さな茸が円を描くように生えている。『妖精の輪』と呼ばれるものだ。木の洞や茂みの下にある、注意して見なければ見落としてしまいそうな『妖精の輪』を探しながら、俺は道を進んで行く。

 すると鬱蒼と生い茂る木々が途切れ、開けた場所に出た。ハーピーの言葉通り、森の中にある大きな沼に出た。

 沼とは言っていたが、小さな湖と言って良い大きさだ。森の広大さから考えれば沼と言ってもいいかもしれないが、改めて〈妖の森〉の広さを感じてしまう。

 沼の面積はかなりのものだが、水深は場所によってかなりまちまちのようで、踝くらいまでの浅瀬が続いたと思うと、急に深くなっていたりして、船を使って探索するのも難しく、かといって徒歩で探索するのも苦労しそうだ。

 〈瓶詰の船〉を使うと座礁しそうだったので、仕方がないと割り切り、俺は徒歩で探索を進めていった。

 沼の水は透明度が低く、何が潜んでいるか分からない。実際、いきなり水の中から飛び出し、襲われることが何度かあった。

 俺を一息に呑み込めそうな大きさの〈大顎鰐(クロコダイル)〉や、湿地に集落を作る〈蜥蜴人(リザードマン)〉、ぬらぬらと濡れた身体は刃物が殆ど効果のない厄介な〈大蛞蝓(ジャイアントスラッグ)〉などなど…。

 不意さえ打たれなければ問題ない相手だが、水中からの急襲には苦戦させられた。それでも何とか倒しながら探索を続けていくと、足元が浅瀬から硬い地面へと変わってきた。どうやら沼の中で浮島のようになっている場所へ辿り着いたようだ。

 疎らに生えた背丈の高い草を避けるように進んで行くと、1本の樹が見えてきた。

 一瞬〈古木〉かと思ったが、〈古木〉独特の雰囲気に、周囲の気配が変わらないところを見ると、どうやら違うようだ。

 近づいてみると、樹の周りをぐるりと取り囲むように色取り取りの花々が咲いている。そしてここまで近づいてみて分かった。樹から強い力を感じるのだ。

『スマラ、何だと思う?』

『分からない。けど、強い力を感じるわね。魔力…かしら』

 俺の疑問にスマラも心話で答えるが、要領を得たものではなかった。この花も、抜け道の茸と同様『妖精の輪』なのであろう。ハーピーが教えてくれた強い力とはこのことかもしれない。

 危険はありそうだが、無視して先に進むのも憚られる。俺は意を決して『妖精の輪』の中へと足を踏み入れた。

 花を乗り越えた瞬間、チリチリと肌を焼くような感じがしたが、特に悪い影響はなさそうだ。俺は更に樹に近づいていく。

 見事な幹の太さを持つ樹は、荒涼とした周囲の景色からは明らかに浮いている。俺は樹の周囲をぐるりと回り、何かないかと探索する。

 すると、力の原因を発見した。木の洞の中に、一振りの見事な剣が突き立っていたのだ。洞の中で光を放つ剣には見事な意匠が施されている。鍔の部分には銀鎖で繋がれた肖像貨(メダリオン)が寄り添うように吊り下げられている。肖像貨にはエルフだろうか、美しい女性の横顔が刻まれていた。

『強い力の原因はこれね。何だろう、不思議な感じがする』

 スマラが心話で語りかけてきた。俺は頷いて肖像貨を手に取る。すると、どこからかすすり泣く女性の声が聞こえてきた。俺は慌てて周囲を確認する。

 俺の背後に美しいエルフの女性が佇んでいた。女性は静かに涙を流しているが、その顔をどこかで見た気がして、手の中の肖像貨を見る。目の前に立つ女性は、肖像貨に刻まれたエルフの女性にそっくりだった。

 そして、もう一つ。彼女の姿は半ば透けている。彼女を通して背後の景色が見えていた。

『ちょっとヴァイナス、この人…』

『大丈夫だ、敵意は感じない。確認してみる』

 スマラに心話を返すと、俺は女性に問いかける。

「あの、貴方は一体…?」

 俺はエルフ語で話しかけた。すると、彼女はゆっくりとこちらを向き、

『私はオフィーリア。悠久なる時を経て、未だ遂げられぬ想いを湛えたままこの地に封じられしもの』

 と答えた。古いエルフ語のようで、やや言い回しが聞き慣れないが、何とか通じている。

「貴方はなぜここに封じられているのですか?」

『私の心はいつもあの人と共にある。そう信じているだけでよかった。あの日、あの時、あの場所で私の心に囁かれなければ』

 オフィーリアはそう言ってじっと俺を見つめる。だが俺を見ているようには感じなかった。

『私は決して赦されない禁忌にその身を任せてしまった。レイアーティスは私を受け入れてくれた。私たちは幸福だった』

 俺を見つめたままオフィーリアは語り続ける。

『けれど幸福は続かなかった。禁忌を犯した私たちを王は許さなかった。私たちは捕えられ、この地に封じられた。決して互いに触れ合うことのできぬ呪いと共に』

 そこで俺はようやく気付いた。オフィーリアの視線は俺ではなく、俺の背後にある剣に向かっていることに。

『レイアーティスは剣に、私は首飾りへと封じられた。すぐ傍にいるのに見えず、聞こえず、話せず、匂わず、触れることのない時。それが永久に続くはずだった』

 そこでオフィーリアは初めて俺を見た。正確には俺の手の中にある肖像貨を。

『首飾りを身に着け、剣を抜いて欲しい。そして、この地を見張る忌まわしき守護者に引導を』

 オフィーリアの言葉が終わらぬうちに、俺たちの周囲を強烈な気配が包み込む。『妖精の輪』の淵に立つのは、勇壮な鎧を纏う三人の騎士だった。一人は深紅の鎧、一人は漆黒の鎧、そして白銀の鎧を纏う彼らは兜を被らずに流れる美しい髪を額冠(サークレット)で纏めている。髪の間から伸びる耳は、彼らがエルフであることを物語っていた。

『聞け、愚昧なる盗人よ。二度とは言わぬ。その首飾りと剣を置いて立ち去れ。さすれば命は取らぬ』

 彼らのリーダーなのだろうか、白銀の騎士が俺に向かって警告を発する。脅しではないということを表すかのように、白銀の騎士は鞘から剣を引き抜くと、地面へと突き立てた。

 突き立てられた刀身が虹色の光を放った。名のある剣なのであろうことが窺える。これは強敵のようだ。

『恐れることはありません。剣を抜き、彼らを滅するのです』

 オフィーリアは彼らを無視して俺に剣を抜くよう促してくる。その言葉を受け、今度は漆黒の騎士が言葉を放つ。

『その剣を手にすれば、我らは全霊を以て貴様を誅することになる。只人の身で我らに挑む無謀さ、分らぬ程愚かではあるまい』

 漆黒の騎士の言葉に続いて深紅の騎士が言う。

『我らは騎士である故、卑怯な振る舞いはせぬ。だが、手加減もせぬ。剣を手にすれば死以外ありえぬ』

 そう言って彼らも武器を構える。漆黒の騎士は長大な〈斧槍(ハルバード)〉を、深紅の騎士はその身全てを覆うような〈方形の大盾(タワーシールド)〉を目の前に翳し、荒々しい造りの〈棘鎚(メイス)〉を構えた。

 言葉とは裏腹にヤル気満々である。まぁイベントだろうし、戦闘系NPCとしては当然の行動なんだろうが、もう少し交渉の余地があっても良いような気がする。

 はよ! 抜剣はよ! といったオーラが犇々と伝わってくるのを極力気にしないようにしつつ、俺はオフィーリアに質問する。

「彼らに従って首飾りを返したらどうなりますか?」

『悲しき事なれど、私たちの想いは果たされることなく、未練を抱えたまま未来永劫封じられることになるでしょう』

 うわー、これは後味が悪い。別にゲームのイベントなので気にしなければ良いんだが、ここまでお膳立てされたのに、やらないのは興醒めだしなぁ。せっかくだから頑張ってみるか。

『スマラどうする?』

『どうせ止めても剣を抜くんでしょ? 好きにすれば』

 一応、と言った感じで確認したが、スマラからは呆れた感じの心話が返ってくる。俺は頷くと首飾りを身に着けて振り返り、樹の洞に突き立った剣の柄を握り、一気に引き抜いた。

 剣を抜いた瞬間、刀身から蒼い炎が噴き出した。思わず顔を背けるが、不思議と熱さは感じなかった。

 俺は〈無限の鞘〉から〈聖者の聖印〉を引き抜き、右手に装備する。左手にはたった今引き抜いた剣。

『魔法は掛ける?』

『いや、今回は魔法は無しだ』

『了解。それじゃあ私は後ろで見てるね』

 スマラはそう言って影から飛び出し、オフィーリアの傍らで観戦モードになる。いざとなったら魔法で援護するつもりなのだろう。

 俺は『妖精の輪』を踏み越え、今か今かと待っている騎士たちの前に立つ。すると、

『おお! 剣を抜いたぞ! ようやく役目を果たすことができる! 我が剣を受けるが良い!』

 白銀の騎士はそう言って剣を両手で構えた。虹色の刀身から、その輝きを増したかのように、虹色の光が発せられる。

『お気をつけて。彼の者が持つ剣は〈蒼天の(ラルクアンシエル)〉。対する者の腕を鈍らせ、技量に長ける者であればあるほど、不利を得ます』

 首飾りからオフィーリアの声で説明がきた。なるほど、厄介だな。俺は内心舌打ちをする。

 オーラムハロムにおいて、物理戦闘(近接戦闘や射撃戦闘を表す)において重要な位置を占めるのは、主に〈体力〉〈器用〉〈幸運〉の〈能力〉である( 残った〈知性〉〈魅力〉〈耐久〉の3つは魔法戦闘において重要となるのだが )。

 あの剣は、その中の〈器用〉による効果を無効にするのだろう。高い〈器用〉を持つ高レベルキャラクターであればあるほど、不利になるということだ。近接戦闘における一騎打ちにおいて、これがどれだけ有利なことかは言うまでもない。

 白銀の騎士は〈蒼天の虹〉に裏打ちされた自信を漲らせながら、上段に構えた剣を振り下ろしてきた。虹色の光を浴び、俺の身体は明らかに動きを鈍くしていた。普段のように攻撃を躱すことはできない。鈍った動きでは、まともに攻撃を当てることも難しいだろう。


 だが、それがどうした。


 俺は白銀の騎士の攻撃に真っ向から立ち向かった。左手に構えた〈聖者の聖印〉を、上段から迫る〈蒼天の虹〉に向かって逆袈裟に叩きつける。

 下から振り上げる、しかも片手で振るうといった不利にも関わらず、〈聖者の聖印〉は〈蒼天の虹〉を受け止めるどころか、逆に弾き返す。全力での攻撃を弾かれた白銀の騎士は、その場で驚愕の表情を浮かべた。

『馬鹿な…私の全力を弾き返すだと…!』

 剣を跳ね上げられ、無防備な姿を晒す白銀の騎士。俺は逆袈裟に振り上げた動きを止めぬまま、その勢いを利用して弧を描くように回転すると、左手に持つ蒼焔の剣を振り抜いた。

 目の前にいる相手に外すなど、手加減をしていても難しい。刀身に白銀の鎧の半ばまでを断たれ、白銀の騎士は吹き飛ばされ、大地へと叩きつけられる。

 勢いが止まらずに地面の転がると、二度と立ち上がることはなかった。

『何という膂力…! お見事!』

 首飾りからオフィーリアの称讃が聞こえる。自分でも驚いていた。まさかこんなに綺麗に決まるとは。

 〈器用〉の修正を得られない状態では攻撃を命中させるのは難しいと考え、普段なら躱すか受け流すかして、相手の攻撃を崩して反撃するところを、強引に力だけでカウンターに持って行ったのだ。

 上手くすれば斬撃の軌道を変えて相手の態勢を崩せるかと思ったのだが、あっさり弾き返すことができた。

 それにこの剣だ。白銀の騎士が纏う鎧は魔力の込められた逸品だろう。その鎧を半ばまで断ち斬る鋭さは圧巻だった。

 〈体力〉の大幅な成長はここまでの効果を得るのか…。〈聖剣〉は手に入らなかったが、〈慈悲の剣〉で乗り越えた試練に心の中で感謝する。

『ぬうう! 次の相手は某が! 大した膂力のようだが某の敵ではない!』

 白銀の騎士の敗退を認めた漆黒の騎士が、ハルバードを構えて雄叫びを上げる。これは〈戦技〉か! 漆黒の騎士は《入神》を使用し、戦闘力を向上させる。

 更にハルバードを腰だめに構えたまま、こちらに向かって突進してくる。その速度は《入神》によって驚異的なまでに高まっている。

 《突撃(チャージ)》の〈戦技〉だ! 本来は騎乗して行うものだが、十分な速度があれば、騎乗したものと遜色ない威力を発揮する。白銀の騎士が動きを鈍らせ、漆黒の騎士が《突撃》していたら、おそらく何もできずに殺されていただろう。

 彼らが騎士道か何かに則って一騎打ちを仕掛けてきたことが、俺に味方した。〈体力〉と共に大幅に成長した〈器用〉をもってすれば、《入神》した《突撃》であろうとも、躱すことは容易だった。

 《入神》状態により、正確に繰り出された《突撃》は、それゆえに見切りやすい。俺はギリギリまで引き付け、紙一重で《突撃》を躱しながら、構えていた蒼焔の剣を漆黒の騎士の首へと叩きこんだ。

 蒼い炎を纏った刀身は、《突撃》の勢いも手伝って何の抵抗も感じさせずに首筋へと吸い込まれると、漆黒の騎士の首が勢いよく宙を舞った。

 首を失った漆黒の騎士は、そのまま《突撃》を続けていたが、唐突に糸の切れた操り人形のように頽れた。

 最後に残った深紅の騎士は、慎重にメイスを構え、その身をタワーシールドで守る。シールドとメイスが共鳴するかのように奇妙なオーラを発している。

 その姿に既視感(デジャビュ)を感じる。俺はその姿に闘場で戦った〈紅星〉セーラを重ねていた。深紅の鎧に、盾に、打撃武器。セーラはこの騎士をリスペクトでもしていたのだろうか…。

 俺は過去の記憶に思いを馳せながら、漆黒の騎士を倒した勢いのまま、深紅の騎士に斬り掛かった。蒼焔の剣が一条の閃光となって深紅の騎士へと襲い掛かる。

 深紅の騎士は慌てることなく構えたシールドで受け止めた。その瞬間、奇妙な感触と共に、俺の振るった剣が弾き返される。


 今のは、一体…?


 予想外の衝撃に、俺の動きが一瞬止まった。その隙をつき、深紅の騎士はメイスを繰り出す。俺は無理やり身体を動かすと、左手の篭手でメイスを受けた。

 深紅の騎士の一撃は決して強いものではなかった。だが、俺の身体に走ったのは、傷を受けた痛み。慌てて距離を取ると、左手の甲を伝って血が一筋、地面へと吸い込まれていった。

 確実に防具で受け止めたはずだ。距離を取った俺に対し、深紅の騎士は深追いしようとせずにその場に留まる。

 深紅の騎士は自信に溢れる笑みを浮かべ、

『いくら貴公が強い力を持っていようと、我が鉄壁の守りを崩すことはできぬ。そして我が戦鎚はどのように堅い守りを誇る者であろうと、止めることのできぬ傷を与えるのだ』

 とわざわざ説明してくれた。どうやら深紅の騎士は盾役(タンク)だったようだ。恐らく盾も鎧も三人の中では最も防御力が高い。しかも特殊効果として《物理無効》を持っているらしい。それにメイスは〈貫通(クリティカル)ダメージ〉を与える効果を持っているようだ。

 〈貫通ダメージ〉とは、戦闘における不可避のダメージを表すもので、オーラムハロムにおいて物理戦闘の肝になるシステムだ。オーラムハロムでは、職業による防具の制限がない。必要な〈体力〉があれば、〈魔術師〉であってもプレートアーマーを着込み、タワーシールドを持つことも可能だ。

 特に〈戦士〉は物理戦闘に対してボーナスがあり、防具の防御力が他の〈職業〉と比べて2倍になる。そのため、ある程度のレベルに達した探索者は、皆高い防御力を持つことになるのだ。

 こうなると、〈戦技〉や〈魔法〉による強化がなければ、よほど高威力の武器を使わないと、お互いにダメージを与えられず、「千日手」に陥ることになってしまう。

 それを防ぐのが〈貫通ダメージ〉である。乱数にはなるが、平均で1割強の確率で発生するもので、このダメージはいかなる効果でも無効化することができない。発生するダメージ自体も少ないのだが、戦闘が膠着状態になると、1時間以上延々と殴り合うこともあるので、〈貫通ダメージ〉の累積は、確実に意味を持ってくる。

 深紅の騎士の持つメイスは、その〈貫通ダメージ〉を確実に与えてくる効果を持っているようなのだ。鉄壁の守りと確定ダメージのコンボ。タンクとしては申し分ない能力だ。だが…。

 俺は〈聖者の聖印〉を鞘に仕舞うと、カタールを構える。それを見て深紅の騎士は不敵に笑った。

『武器を変えたところで、我が鉄壁の守りの前には無力』

「相当に自信があるようだな。分からんでもないけど。だが、魔法に関してはどうかな?」

『何?』

 疑問の表情を浮かべる深紅の騎士に対し、俺は体内のエーテルを高めていく。通常使用する量を遥かに超えるエーテルを準備していく。

『愚かな。魔法なぞ抵抗すれば良いだけの話。我が意思を崩すことなどできるはずがない』

 深紅の騎士はそう言って近づいてくる。魔法など効かぬ、と思っているのだろう。


 だが、それが油断だと言うんだ。


 俺の体内で通常の10倍以上に高められたエーテルを使い、俺は魔法を唱えた。


 【呪弾】の魔法。


 エーテルを純粋な魔力に転換したこの魔法は、単体攻撃の魔法の基礎にして、最も効率の良い魔法でもある。俺のSPの半分以上を使って行使された【呪弾】は、一条の光となって深紅の騎士へと吸い込まれる。これで効かなければ、その時は…。

 【呪弾】をその身に受けた深紅の騎士は、笑顔を浮かべたまま歩み寄ろうとし、その表情のまま歩みを止めた。そしてその場に立ち尽くす。

 その手からメイスが滑り落ちる。長大な盾はその大きさ故、騎士の足元に突き立つと、倒れていく主を支えることになった。

 深紅の騎士は笑顔のまま死んでいた。どうやら【呪弾】は効果を発揮したらしい。

 俺は集中を解くと、小さく息を吐く。上手くいって良かった。あれで倒せなかったら、お互いのHPをクリティカルで削り合う、不毛な戦いに突入するところだった。

『勇者よ、よくぞ彼らを滅してくれました。感謝の言葉もありません』

 振り返ると、オフィーリアが微笑みを浮かべて立っていた。すぐ傍には、微笑みを浮かべているエルフの男が立っている。彼は俺に向かってゆっくりとお辞儀をすると、

『私からも感謝を述べたい。私はレイアーティス。オフィーリア同様、この地に封じられた者だ』

 と言った。俺は彼らに近づき、

「お気になさらず。俺は自分ができることをしただけですから」

 と答えた。スマラが肩に乗ってきて『お疲れ様』と言い、頬を摺り寄せてきたので、喉を撫でてやる。

『これでようやく解放される。貴方にはどれだけ感謝してもし足りない。何かお礼ができればいいのだが』

「別にお礼なんて良いですよ。…まあそれなら彼らが使っていた装備を譲っていただければ…」

 俺はそう言って騎士たちを確認すると、彼らは装備ごと光の粒子となって消えていくところだった。

『彼らは我らと同様、魂だけの存在となって我らを監視していたのだ。倒されたことによって役割を解かれ、母なる聖樹の元へ旅立ったのだ』

 レイアーティスがそう説明してくれた。残念だ。彼らの装備は有用そうだったのに。

『それでしたら、その首飾りと剣をお持ちください』

 すると、オフィーリアがそう提案してきた。

「有難いですが、良いのですか? お二人の思い出の品なのでは?」

 流石に悪いと思い遠慮すると、二人は微笑み、

『構いません。解放された今、私たちには必要のないもの』

『我らを救ってくれた其方に使ってもらえるのならば、本望だ』

 と言うので、有難く頂くことにした。

『首飾りは〈乙女の願い(スエトデラヴァルジェ)〉。様々な悪意に抵抗する加護を得ます』

『剣の銘は〈西方の(ハスペリアンフレイム)〉。理を曲げて存在するものを裁く蒼き焔を纏いし聖剣だ』

 二人の説明に頷く。見ると二人の姿が薄れている。二人は手をつないでお互いを見つめ、微笑むと、

『永き封印を解いてくれたこと、本当に感謝しています。貴方のこれからに幸あらんことを』

『我らが母なる聖樹の元へと行くまでは、其方を見守ろう。必要とあれば呼びかけて欲しい』

 そう言い残すと、二人は静かに消え去った。俺は二人が姿を消した場所をしばらく見つめ、静かに手を合わせた。二人の魂が救われることを祈りながら…。


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