41 〈幻夢(VR)〉で狩りの時間だ
森を進む俺たちは、未だに森を出ることができていなかった。木に目印を付けながら進んでいるので、その目印が見つからない以上、同じ場所を歩いているということはないようだったが、行けども行けども鬱蒼と茂る木々が続いている。
しかも森を進む間、幾度も魔物に襲われていた。
体長5メートルを超える〈巨大蛇〉
落ち葉に隠れた底なし沼に引きずり込もうとする〈泥男〉
頭上から蔦による拘束を目論む〈食肉植物〉
熊や虎、灰色狼といった野生の猛獣
強靭な肉体と驚異的な再生力を持つ〈岩巨人〉
神出鬼没な森の狩人〈殺戮蜘蛛〉
〈慈悲の剣〉での試練を潜り抜けた俺にとっては、強敵ではあっても勝てない相手ではなかった。だが、それよりも辛いのは一向に抜け出せる気配のない森の方だ。
戦闘を繰り返すたび、焦りと苛立ちが募っていく。スマラも不安なのか、すっかり口数が減っていた。
『それにしてもいつになったらこの森から抜け出せるのか…』
『とりあえず、進むしかないんじゃない? 〈妖精郷〉の力が封じられているってことは、野宿するにしたって安全を確保するのは難しいわ』
つい零してしまった愚痴の心話に、スマラが律儀に心話を返してくれた。せっかく手に入れた〈妖精郷〉なのに、こんな簡単に使えなくなるなんて…。
森から出れば使えるはずだ。俺は自分にそう言い聞かせると、森の中を進み続けた。
しばらく進んで行くと、不意に森の様子が変わった。景色に変化があったわけじゃない。だが感じる雰囲気が変わったのだ。常に感じていた不気味さは消え、森特有の静かな雰囲気が漂っている。更に歩を進めると、進む先に粗末な庵が現れた。森の木の枝や葉を使って作られた庵は、森の雰囲気に溶け込んでいた。
俺が警戒しつつ近づいていくと、突然、背後から声を掛けられた。
「ほう、客人とは珍しい。森の迷い人かな」
俺は慌てて振り向き、身構える。そこには白い髭を腰まで生やし、草や葉、蔦で編まれたローブを纏い、節くれ立った杖を持つ老人が立っていた。その瞳は鋭い光を放ちながらも、どこか理知的な印象を受ける。
俺は構えを解き、
「失礼しました。恥ずかしながら、〈妖の森〉に足を踏み入れ迷ってしまいました。もし出口をご存じなら教えていただきたいのですが」
と頭を下げる。すると鋭かった視線は和らぎ、老人は笑うと、
「ふむ、久しぶりの客人だ。何もないがまずは歓迎しよう」
そう言って庵の中に招き入れる。俺は素直に招きに応じ、庵の中へと入る。
庵の中は狭く、中央に置かれた囲炉裏のようなものと簡素なベッド、作業用であろう机以外には、森で採れたものなのか、様々な物が溢れていた。
俺は囲炉裏を挟んで老人の正面に座ると、老人が用意してくれたお茶を飲んで寛いでいる。スマラも影から姿を現し、胡坐をかいた俺の膝の上で休んでいた。
「なるほど、事情は分かった。残念だが、儂も森の出口は知らぬ」
俺がこれまでの経緯を話すと、老人はお茶を飲みながら話を聞き、話が一区切りついたところでそう答えた。
「儂はこの森に隠棲しているが、お主のように森に迷い込んできた者と何度か会ったことがある。彼らはいずれも森に入ったまま二度と会うことはなかった。もちろん、彼らにも脱出する方法は伝えた。じゃが、おそらく敵わなかったのじゃろう」
老人はそう言って茶を啜る。俺は老人の言葉を待った。老人は一息つくと、
「この森のどこかに魔女の呪いによって呼び出された〈黒妖犬〉がおるはずじゃ。あやつを倒すことができれば、この森を脱出することができるじゃろう」
老人の言葉に俺は頷いた。やはりバーゲストと戦うことになるか…。
「闇雲に進んでも見つかりませんよね? 何か方法はありますか?」
「この森は一見するとどこに向かっても同じ場所に戻っているように感じるが、実は規則性があるのじゃ。それがどういったものかは自身で確かめるしかないが、それが解明できれば、自ずと〈黒妖犬〉に近づけるはずじゃ」
俺の質問に、髭を扱きながら老人は言う。とにかく自分で森を周って探索するしかないか。
「貴方は森を出ようとは思わないんですか?」
「言ったろう、隠棲していると。俗世に興味はないし、ここには〈古木〉がある。森の恵みがあれば生きていくことに問題はない」
〈古木〉? 俺が首を傾げると、スマラが教えてくれた。
『〈古木〉は〈森祭司〉が崇める木よ。とても長く生きてきた木で、森の主とも言われるわ。〈森祭司〉は〈古木〉を見つけ、生涯をかけて見守っていくことを生業とするの』
スマラの説明に心の中で頷く。するとこの老人は〈森司祭〉なのか。
「なるほど、〈古木〉があるおかげでこの辺りは他の場所とは違った雰囲気なのですね」
「そうじゃ。この辺りには魔物は寄り付かん。もっとも森の獣は普通に姿を現すから、完璧に安全というわけではないがの」
それもまた自然の摂理じゃ。そう言って老人は微笑んだ。なるほどなぁ。俺も微笑むとお茶を口にし、あることに気が付いた。
もしかしたら、ここでなら〈妖精郷〉に行けるかもしれない。
俺は改めて老人に向き合い、
「すいません、少し試してみたいことがあるんですが」
「なんじゃ?」
「俺は〈妖精郷〉の〈才能〉を持っているんですが、森の中では『扉』を呼び出すことができなかったのです。ここでならもしかしたら呼び出すことができるかもしれない」
俺の言葉に老人は頷き、
「なるほどな。構わぬよ。『扉』を開くことができるなら、それは〈古木〉が許したということ。何が起きてもそれは自然の摂理じゃ」
と許してくれた。俺は感謝の礼をすると、庵を出て『扉』を呼び出す。老人も後ろで様子を見ている。
〈妖の森〉の中では開くことのできなかった『扉』が、光を放ちながら出現する。良かった、無事使えたぞ!
思わずガッツポーズをする俺を見て、老人は優しい目で微笑んでいた。
俺は居住まいを正すと、
「ありがとうございます。無事、呼び出すことができました。一度様子を見に〈妖精郷〉へ行ってこようと思いますが、貴方はどうします?」
「そうじゃのう、せっかくの機会だし、訪ねてみるかの。〈妖精郷〉がどんなところかは興味があるからの」
俺の言葉に老人はそう返してくる。俺は頷いて、スマラを肩に乗せると、老人と共に『扉』を潜った。
「ほう、ここが〈妖精郷〉か。見事なもんじゃのう」
『扉』を抜けた老人は、目に映る景色を興味深そうに眺めていた。俺はその横でスマラと共に呆然としていた。
俺たちが外の世界で過ごした時間を考えると、〈妖精郷〉では1週間くらい経過しているはずだ。だが、この光景は…。
『扉』の位置を中心として、小さな集落が出来ていたのだ。大半は木造の家屋だったが、幾つか石造りの建物もある。俺たちの姿に気付いたゴブリンが、声を上げている。
「あれは〈緑子鬼〉ではないか?」
「ああ、大丈夫です。彼らは俺の仲間ですから」
その言葉が終わらぬうちに、ゴブリン達は俺の元に集まって来た。そして、ガデュスが姿を現すと、俺の前で全員その場に跪き、一斉に首を垂れる。
「主殿、お帰りなさいませ」
「ただいま。それにしても驚いた。随分立派になったね」
「精霊達のおかげです。彼らの力は素晴らしいですな。我らではこうはいかない」
「ほほう、〈精霊〉とな? なるほど、確かに様々な力を感じるわい」
老人が興味深そうに頷いている。ガデュスは俺に問いかける視線を向けてきた。俺は、
「こちらは〈妖の森〉に住む〈森祭司〉殿だ。〈慈悲の剣〉を抜けた後、森で迷っているところを助けてもらった」
「なるほど、主殿の恩人でしたか。失礼致しました。ガデュスと申します」
ガデュスは老人に向かって礼をする。他のゴブリン達もそれに倣った。老人は微笑んで、
「なに、助けたといっても迷い込んで来たところを粗茶で持て成しただけ。大したことはしておらんよ」
「主殿の恩人とあれば、礼を失するわけにはいきませぬ。生憎と武骨な者ばかりで歓待もできませぬが、礼だけは言わせて頂きたい」
そう言って再度頭を下げるガデュス。老人はそれを見て微笑んでいる。
「この〈緑子鬼〉達は礼儀正しいのう。森に棲む者たちとは大違いじゃ」
「〈妖の森〉にも〈緑子鬼〉が?」
「おるよ。じゃがまぁ広い森のことじゃから、滅多に出会うことはないがの」
それにこの者らと違って粗暴で短絡的な奴らじゃがな。老人はそう言って肩を竦めた。ガデュス達は何とも言えない顔をしている。彼らの気持ちは何となく分かった。まぁ何も言うまい。
厩舎もあったので〈小さな魔法筒〉から馬を呼び出し、世話係の精霊に預ける。砦から森に入るまで頑張ってくれたので、こちらでゆっくりさせてやりたい。
集落を抜けて家に向かう道すがら、俺はガデュスに、
「それでここでの暮らしはどうだい?」
と尋ねると、ガデュスは居住まいを正し、
「非常に快適、と言って良いでしょうな。精霊たちのおかげで住居も出来上がり、家事や裁縫は言うに及ばず、材料さえ用意できれば皮革の加工や鋳物、鍛造までやれるというのです。もはや一つの集落と言えますな」
我々はこれだけ恵まれた生活など想像もしませんでした。そう言ってガデュスは笑みを浮かべた。その瞳には俺に対する敬意や信頼が見て取れる。俺は気恥ずかしくなり、話題を逸らす。
「それで、訓練の方はどうなんだい?」
「上位精霊殿やクライス殿、エメロード殿の協力を得て進めております。多種多様な攻撃を相手取るのに苦労しますが、それ故に非常に良い経験を積ませてもらってます」
今は2組に分かれての模擬戦を中心に行っているそうだが、最近では種族を超えてお互いの連携もできつつあるらしい。後で時間を作って俺も混ぜてもらおう。面白そうだ。
「そういえばテフヌト殿が相談があると仰っていました」
「? なんだろう」
まぁこれから家に向かうわけだし、向こうに着いたら確認しよう。そう思いつつ家へと向かうと、今度は家の方からこちらに向かって来るものがいる。あれはクライスとエメだな。
「ヴァイナス、おかえり!」
「マスター、お帰りなさい!」
二人はこれでもかと言わんばかりにじゃれついて来た。俺としてはやんちゃな弟妹ができたようで嬉しい。後では老人が目を見開いていた。
「なんと、一角獣と竜だと…? お主一体何者じゃ…?」
すると更に周囲が騒がしくなる。今度は上位精霊たちが姿を現した。
「友よ。良く戻った」
精霊を代表して、フラムファルコが挨拶する。俺も頷いて、
「ただいま」
と言った。老人は大きく息を吐くと、
「今度は四聖だと…? もはや驚き疲れたわい」
と呟く。成り行きで今の環境になってしまったため、俺としては特に思うことはないのだが、やはりこの環境は特殊なのだろう。気にしても環境が変わるわけでもないし、変える気もないが。
クライス達と共に家へと戻ると、老人は今までで最大の驚愕を示した。
「なんと、何と…! あれは〈古木〉ではないか…!」
老人は俺の家を見た瞬間、驚きに身を震わせている。その場で跪き、俺の知らない言葉で祈りを捧げ始めた。
その姿を見て、俺の家を見てみる。すると合点がいった。俺の家を覆うように聳える大樹。どうやらあれは〈古木〉だったらしい。〈妖精郷〉にある木々の中で最も大きいのは知っていたが、まさか〈古木〉だったとは。
「スマラ、〈古木〉って珍しいのか?」
「よくは知らないけど、そうみたいよ。〈森祭司〉は生涯を掛けて寄り添う〈古木〉を探すんだけど、大半は見つけることができないって聞くわ。途中で挫折して、故郷にある〈古木〉や有名な〈古木〉に集団で寄り添っているって聞くし」
スマラの説明を聞き、老人の感動が決して大袈裟ではないというのが分かった。老人は寄り添う〈古木〉を見つけることができた幸運な〈森祭司〉であるのだろうが、まさか生涯のうちに新たな〈古木〉に出会えるとは思っていなかったはずだ。
俺たちは老人の祈りを邪魔しないように、その場で静かに待つ。すると、家の方からテフヌトが姿を現した。
「気配を感じて来てみれば、帰っていたのですね」
「ただいま」
テフヌトの微笑みに、俺も笑顔で帰還を告げる。
「その方は〈森祭司〉ですか?」
流石テフヌト、一目で見抜くか。
「ああ。〈妖の森〉に住む〈森祭司〉で、俺とスマラが道に迷っているところを助けてもらった。〈妖精郷〉に興味があるそうなんで連れて来てみたんだ」
「なるほど。それにしても〈古樹〉を讃える祈りなんて聞いたのは初めてです。あの大樹は〈古樹〉だったのですね」
「〈古樹〉? 〈古木〉とは違うのか?」
「いえ、どちらも正しいですよ。〈古木〉の中でも特に永い時を生きたものが〈古樹〉と呼ばれます。〈森祭司〉達にとってはどちらも大事なものですから、貴賤なく〈古木〉と呼ぶらしいですが」
テフヌトと説明に頷いていると、老人の祈りは終わったようで、立ち上がると俺に頭を下げる。
「感謝するぞ。まさか生きているうちに新たな〈古木〉に出会える機会が訪れるとは…。儂はとても恵まれておる」
いつ天に召されようと悔いはない、と老人は微笑んだ。俺も笑みを返す。するとそこでテフヌトに気付いたのか、
「おお、〈獅子女〉まで…! ここは異界か!」
いやまぁ〈妖精郷〉ですが。思わず俺はツッコミを入れそうになったがぐっと我慢する。老人はテフヌトと自己紹介を兼ねて挨拶をしている。そういえば気になることがある。
「〈森祭司〉様、そういえば名前を聞いていませんでしたが」
「ああ、そう言えば言っておらんかったかな。じゃが〈古木〉に出会った時、人としての名は捨てたのじゃよ。じゃから儂のことは〈森祭司〉と呼んでくれ。あと様はいらんぞ」
どうやら〈森祭司〉の風習では、〈古木〉に寄り添う時に名を捨てることで〈古木〉により強く寄り添うことになるそうだ。集団で〈古木〉に寄り添う時には不便である気がしたが、そう言う場所では代表者のみが名を捨て、それ以外の者は本来の名で呼び合うらしい。
老人からの説明を受け、なるほどと頷く。それにしても、このゲームはどこまで拘って作っているのだろう。こんな細かいイベントの細部まで丁寧に設定しているのには驚嘆する。
攻略サイトができても書き込みは大変だろうなぁ。確認が取れないまま嘘情報が放置されても文句は言えないと思うし。
「分かりました。それでは〈森祭司〉、俺はこれから家で寛ごうかと思いますが、どうされます?」
「そうさのう、せっかく来たのだしお邪魔させてもらおうかの」
「ぜひ来てください。〈妖精郷〉で過ごす時間は外の世界と比べてゆっくりと進みますから長居してもらっても構いませんよ」
「長い、とは?」
「〈妖精郷〉での10日が、外の世界の1日に相当します。ですので外の世界での日課等があっても、気持ち的に許されるのであれば、1週間くらいはのんびりできますね」
「なんと、そこまで違うのか…」
〈森祭司〉は驚きをもって頷いている。〈森祭司〉が望むなら、こちらでのんびり過ごしてもらっても構わなかった。
「気持ちは有難いが、今夜はこちらで過ごさせてもらって、明日には森に戻ろうと考えておる。日課などは特にないが、気持ち的に森の〈古木〉と離れているのは、な」
〈森祭司〉の言葉に俺は頷く。それならば今日は歓待しようじゃないか。
「まずは風呂に入ってゆっくりしてください。俺はその間にやることを済ませたいので」
「ほう、風呂があるのか。森での生活では入る機会がないからの。お言葉に甘えさせてもらうわい」
〈森祭司〉は嬉しそうに頷く。スマラにお願いして〈森祭司〉を案内してもらうと、その場に留まり集まった者たちで近況を報告しあう。そしてテフヌトに、
「なんか相談があるんだって?」
「ええ。私の〈饗宴の食卓掛〉が出来上がったので、料理を登録してもらいたい、と言うのが一つ。それと貴方の鎧を預かりたいのです」
「鎧を?」
「ええ。貴方が倒した地竜の素材を使って防具を作ろうと思ったので。貴方が今使っている防具を下地にすれば、軽くて丈夫なものが作れますよ」
テフヌトの提案に、俺は思案する。今使っている防具を預けてしまうと、しばらく防具抜きで戦闘することになる。問題はどれくらい時間が掛かるかということか。
「完成するまでどれくらい時間が掛かるのかな?」
「そうですね。〈妖精郷〉で作成する予定ですし、外の世界で3日といったところですか。精霊の力も借りる予定ですし」
テフヌトの答えに頷き、それならばその間は何とかするか、と考えて、防具を預けることにした。
「分かった。それじゃあお願いしようかな」
「分かりました。楽しみに待っていてください」
俺は防具を外してテフヌトに預けた。〈始まりの街〉で購入した( 実際のところはジュネから贈られたに等しい )革鎧一式をテフヌトに渡す。〈森妖精の鎖帷子〉も渡そうとしたが、それは出来上がった鎧の下に身に着ければいいと言われたので、今まで通り装備する。これだけでも結構な防御力があるから、無茶をしなければ問題ない。防具を待っている間は、ガデュス達と訓練して過ごすかな。
「そういえば、こんなものも手に入れたんだが」
「どんなものです? …なるほど、使用者固定の付与がされた戦羽織とカタナですか。使用者が固定される分、強い力を持っていますね」
うん? 使用者固定?
「俺、これ装備して使うことができたよ?」
「え? そうなんですか? おかしいですね。この装備には特定の血筋の者以外には使用できない、呪いと言ってもいい付与がされてますよ?」
そういえばこの装備、アディオールのものらしかったしな。ズォン=カの皇族専用装備とかなのか? いやでも俺装備できたしな。
「まぁいいか。これも素材になったりするのか?」
「ここまで癖のあるものは、素材には適しませんね。そのまま使う方が良いですよ」
「了解。とはいえ使うとトラブルばかり起きそうなんだよな…」
色合いは気に入っているのだが。少し派手だが、ゲームなんだし良いだろう。鎧が出来上がったら合わせてみるか。
「あと、こんな剣も手に入れたんだけど」
「どれどれ…。〈水晶鉱〉製で強力な炎の力を付与された大剣ですか。威力は申し分ないですね。特に呪いとかは感じませんが」
「生憎と俺は二刀流なんで大剣は使わないんだよな。素材になるかと思ったんだが」
「できなくはありませんが、今は手が回りませんね。そのまま使っても良いと思いますが…。まぁそのうちやりましょう」
テフヌトの言葉に再度頷いた。まぁ急ぐことはないし、気が向いたらやってもらおう。
「主殿、よろしいでしょうか?」
俺たちの相談が終わるのを見計らって、ガデュスが話しかけてきた。傍にはゴブリンメイジやゴブリンライダーの姿もある。
「〈森祭司〉殿にも相談したいのですが、主殿が今探索している森で狩りをしたいのですが…」
ガデュスの言葉に、俺はなるほどと頷く。
「確かにこれからのことを考えると、いい機会かもしれない。ただ狩りをするのではなく、生け捕りにしてこっちの森に放したいところだな」
「確かに、その方が我らとしても助かります。問題は生け捕りにするには手間が掛かる、ということですか」
「それは問題ないだろう。〈緑魔鬼〉は【睡魔】の魔法は使えるか?」
「使えます」
「なら、その魔法を俺とスマラに教えることは可能か?」
これは重要なことなんだが、プレイヤーはNPCからしか魔法を教わることができない。
ゲームバランスもあるのだろうが、プレイヤーが好き勝手に魔法を教えあうと、ゲーム内の相場が崩れてしまうし、〈簒奪者〉などのPKが横行してゲームが滅茶苦茶になる可能性も高くなるからだ。
本来は〈魔術師組合〉で相応の金貨を払って教えてもらうのだが、稀に探索中に手に入れた巻物や魔導書などから魔法を覚えることができたり、依頼の報酬としてNPCの魔術師から魔法を教えてもらうことができる時がある。
もしかしたら、ゴブリンメイジが知っている魔法を教えてもらうことができるかもしれない。そう思って確認してみたのだが、
「はい、できますよ。他にもお教えしましょうか?」
ゴブリンメイジの返答に、俺は心の中でガッツポーズを取る。やった、こんな場所で魔法を増やすことができるとは!
俺はゴブリンメイジが使える魔法を確認し、案内を終えて戻って来たスマラと共に魔法を教えてもらった。ゴブリンメイジは3レベルまでの魔法を全て覚えていたので、俺とスマラは覚えていなかった3レベル( スマラも成長したようで、3レベルまでの魔法が使えるようになっていた )までの魔法を全て教えてもらうことにした。
「これで3人が【睡魔】の魔法が使える。獲物を見つけたら、【睡魔】の魔法で眠らせれば生け捕りにするのは簡単だろう。魂力が厳しいなら〈遅滞〉の魔法を掛けて生け捕りにする方法もある」
俺の言葉にガデュス達は頷いている。
「まさか、魔法を狩りに使うとは思いませんでした」
目から鱗といった感じでゴブリンメイジがしきりに頷いていた。まあ普通はわざわざ生け捕りにしたりしないけど、今回は特別だ。
「まぁ方法はどうあれ、森で狩りが出来なければ意味がない。後で確認してみるよ」
俺はそう言って、この場は解散とする。それぞれが戻っていくのを確認すると、俺は精霊たちと〈妖精郷〉の土地について確認し合い( 相談の結果、新たな施設として「鉱脈」を設置した。地下に通じる洞窟の先に出現するようだ。俺のレベルが上がると採掘できる金属の種類が増えるらしい )、俺も寛ぐために、家へと向かった。
〈森祭司〉と入れ替わりで風呂に入り、〈饗宴の食卓掛〉を使った豪勢な食事( 約束通りテフヌトのものにも登録した )を取りながら、ガデュス達と相談したことを話す。
「構わんよ。森の恵みは万人に等しく与えられるもの。狩りつくさないでくれればな」
〈森祭司〉の言葉に俺は感謝する。すると、
「まぁ狩りには儂も同行しようかの。お主等と一緒なら危険もあるまいて」
動物以外にも、採取したほうが良い野草や茸、果実などの他に薬草なども教えてくれるという。〈森祭司〉の好意に、俺は再度頭を下げた。
次の日、森に戻る〈森祭司〉と共に、狩りの準備を整えたガデュス達も森へと向かう。今回はゴブリン達も全員参加するのに加え、クライスやエメロードも参加することになった。
「いやはや、大所帯じゃの。こんなに大勢で大丈夫かの?」
「俺も含め皆ある程度隠密行動はできますし、魔物との戦闘を考えれば人数は多い方が良い」
「そうじゃな。それでは戻るとしようかの」
〈森祭司〉の言葉に従い、俺は『扉』を呼び出した。門を抜け、〈森祭司〉の庵の前に出る。
俺たちに続いて姿を現したガデュス達は、鬱蒼と茂る森の存在感に驚いたようだったが、〈森祭司〉の案内で〈妖の森〉に踏み込むとなった瞬間、気持ちを切り替えたのか気配が変わる。
「それでは行こうかの」
〈森祭司〉の案内に従って俺たちは〈妖の森〉を進む。道すがら、〈森祭司〉に教えられた野草などを採取していく。一度囚われたら簡単には脱出できない魔の森とはいえ、広大な森には様々な恵みが溢れていた。
根こそぎ取らないように指示を出しつつ、俺たちは狩りを続けていった。エメロードは狭い木々の間を器用に飛び回り、野鳥や鹿、猪を追い立ててくる。クライスも走り回って追い立てに参加する。
時には虎や熊、灰色狼といった猛獣にも出会ったが、俺たちの人数が多いこともあり、大半は逃げていった。襲い掛かって来たものは迎撃し、有難く食材になってもらう。ゴブリン達からの要望で、生け捕りにしたものもいる。調教して騎獣にするらしい。
巣穴に潜んだ動物の親子を見つけたときは、親子共々生け捕りにさせてもらった。ある程度生け捕りにしたら、庵に帰還し、〈妖精郷〉へと運び込む。
「主殿、これはこれで楽しいものですな」
生け捕りにした動物を〈妖精郷〉の森に放ちながら、ガデュスは滅多に見せない微笑みを見せた。俺も笑みを返す。このまま森で動物が増えてくれれば、狩りをすることで食料も確保できるようになるし、射撃や隠密の訓練にもなる。
増えすぎると森が枯れてしまうかと心配したが、テフヌトに聞いたところ、〈妖精郷〉で暮らす生物は、周囲から与えられる魔力によって食事の量が少なくても生きていけるらしい。
それに精霊たちの力を借りているので、植物の育成も促進されているらしく、定期的に狩りを行えば、森や草原が枯れることはないと言う。それならば今後は家畜を殖やしても問題なさそうだ。
〈妖精郷〉便利すぎる。
俺の感想に、テフヌトは微笑み、
「普通の〈妖精郷〉はここまで便利ではありませんよ。精霊と〈誓約〉してまで開拓しようとはしませんし、大半は倉庫代わりにしか使いませんから。こういった野外が中心の〈妖精郷〉自体が珍しいですし、貴方が特殊なのですよ」
と言われた。なんだが褒められているような、呆れられているような…。まぁ便利なのは事実なので、気にしないことにした。
また、採取してきた植物も森の中に植えていく。これらは精霊たちの力も借りて管理していく予定だ。種類によっては動物の餌になるものもあるし、精霊たちに任せておけば徐々に増えていくはずだ。
俺たちは日が暮れるまで狩りを行い、当座必要となる動物を捕え、採取を続けた。日が暮れると庵まで戻り〈妖精郷〉に帰ると、外の世界で夜が明けるまでを〈妖精郷〉で過ごした。
〈妖精郷〉にいる間は、精霊たちの働きを見たり、ガデュス達との訓練を行ったりして過ごす。時には日がな一日草原でのんびりと過ごしたり、森の木陰でスマラやクライス、エメロードと共に昼寝をしたり、地下の温泉でヴァーンニクの世話を受けながらまったりして英気を養う。
こうして外の世界で3日間、俺たちは狩りを続けた。もちろん、狩りの間には魔物との遭遇もあったが、この人数で戦って後れを取るはずもなく、俺たちの探索値(QP)へと変わっていった。
〈森祭司〉が言っていたように、ゴブリンにも遭遇した。遭遇したゴブリンは、上位種が率いているわけではなかったようで、俺たちを見るなり飛び掛かってきたが、ガデュスに一括されると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
ゴブリンメイジの〈睡魔〉を受けて数体が逃げることができずに捕まる。ガデュスは捕えたゴブリン達を鍛え直すと言って、拘束したまま〈妖精郷〉へと連れて帰っていた。ガデュスにかかれば心身共に鍛えられ、優秀な戦士へと変わるだろう。
そして、目があった瞬間襲い掛かって来た〈食人鬼〉を倒して助けた〈半鳥人〉( 洲巻にされて肩に担がれており、今夜の晩餐にされるところだったそうだ )から聞いた、
「お礼替わりに教えてあげる。この先にある抜け道を進めば、大きな沼に出る。そこには何かがあるはずよ。強い魔力を感じるから」
と言う情報は、狩りをしながらも、一向に脱出できる気配のない森を抜けるための助けになるかもしれない、貴重な情報だった。俺は準備を整え次第、教えられた抜け道を進むことにした。いよいよ〈黒妖犬〉との対決かも知れない。準備を整えるため、俺たちは〈妖精郷〉へと帰還した。
 




