40 またまた〈簒奪者〉との邂逅
「それで聞きたいこととは?」
店を出て厩舎の前まで来ると、兵士は俺に問いかけてくる。
「お前が乗ってきたという馬はこいつで間違いはないか?」
兵士の一人が指し示すのは、俺が砦から乗ってきた馬だ。嘘をついても仕方がないと思い、
「はい、そうですが」
と答えると、途端に表情が険しくなった。そして、
「この馬がつけている馬具は、我々ブロンゾ侯爵領の兵士が用いるものだ。それを何故お前が使っているのか? 理由があるなら聞かせてもらおう」
と言った。明らかに警戒されている。しまったな…。まさか馬具で判別されるとは。
俺は心の中で舌打ちすると、どう答えようかと考える。そして、
「俺は〈慈悲の剣〉を踏破した探索者だ。迷宮の出口を出た所にあった砦から借りたものだ」
と答えた。嘘は言っていない。砦の兵士を( 半分以上 )殺したのは魔術師だったし。許可を取らずに勝手に乗ってきたのは内緒だが。すると兵士は驚きの表情を浮かべ、
「〈慈悲の剣〉を踏破しただと…?」
「確かに出口には警備兵が待機しているが…」
兵士たちは疑念を隠そうともしないでこちらを見ている。俺は肩を竦めると、
「疑うのなら、砦に確認を取れば良いんじゃないか? 確か魔術師も一緒にいたのを覚えている。それに借りた馬に問題があるのなら、この場で返すのも吝かじゃない」
と言う。とりあえずこの場を誤魔化せれば良いと思って出た言葉だったが、兵士たちは顔を見合わせ、
「どうやら嘘ではないようだ。確かに砦にはゴルガス殿がいるし…」
「ゴルガス殿が認めたのなら問題ないか…」
などと呟いている。そうか、あの魔術師はゴルガスっていうのか。味方殺しのゴルガス、覚えておこう。
「疑いは晴れたのなら、もういいか?」
俺の言葉に兵士たちは居住まいを正し、
「ああ、疑って済まなかった。馬はそのまま使ってくれて構わない」
と言う。俺は頷くと、
「いや仕事であることは理解している。だが、この先々で同じような問答を繰り返すのは遠慮したい。何か証明できるようなものはないか?」
と尋ねる。すると兵士の一人が腰の鞄から折りたたまれた羊皮紙を取り出し、相方の背を借りて何かを書きつける。そして、それをこちらに差し出すと、
「これは簡易的なものになるが、馬の借用書だ。尋ねられたら見せれば良い」
と言った。俺は礼を言って借用書を受け取り、酒場へと戻ることにした。
『うまくいったわね』
『ああ。なんとか誤魔化せたみたいだ』
スマラの言葉に心話を返し、俺は内心安堵のため息をついた。思いのほかうまく誤魔化すことができた。まさか借用書を貰えるとは。とりあえず、これで帝都までは何とかなりそうだ。
『それでこれからどうするの?』
『借用書を貰ったとはいえ、ゴルガスに聞けば嘘だとバレるのは時間の問題だ。先を急いだほうが良いと思うが…』
『そうね。帝都までは結構距離があるし、すぐに出発したほうが良いかも』
俺とスマラは頷くと、酒場に戻る。入って来た俺の姿を見て、主人が疑念の表情を向けてきた。
「何があったんだ?」
「いや、特に問題はなかった。単なる確認作業だったよ」
主人の問いにそう答えると、主人は安堵の表情を浮かべる。
「そうか、それは良かった。何か問題が起きたのかと心配したよ」
「心配をかけて申し訳ない。それで兵士たちと話をして、急いで帝都に向かうことになった。宿泊はキャンセルする。その代わり、携行しやすい保存食が欲しいんだが」
「何だ、急な話だな…。と、そうか…。そういえば帝都じゃアレの時期か…! 分かった、頑張れよ!」
俺の言葉に、主人は何か納得したらしく、いそいそとカウンターの下から小分けにされた袋を取り出した。
「これは木の実や干した果実だ。食べやすくて滋養にも恵まれている。最近は森の浅いところにしか行けないから貴重なんだが、持って行ってくれ」
笑顔と共に差し出された袋を、俺も笑顔で受け取る。そして、別れの挨拶を終えた俺は、厩舎で馬に跨ると、街道を帝都に向かって出発した。
鬱蒼と茂る森の雰囲気を感じながら街道を進んでいくと、街道が分岐している場所に辿り着いた。大雑把に言えば南北へと分岐している街道を、俺は北へと向かう。街道はこのまま森を迂回するように帝都へと続いているそうだ。
街道をしばらく北へ進み、そろそろ小休止しようと思った時、森の向かいにある丘陵から、こちらに向かって何かが近づいてくる。見るとそれは馬に乗った一団だった。彼らはこちらに向かって全速力で向かって来る。
その中の一人に見覚えがあった。あのローブにマントは間違いない、ゴルガスだ!
どういった方法か分からないが、何らかの方法で俺を見つけたらしい。数的にも不利だし、とりあえず逃げるか。
俺は手綱を引き、街道を戻ることにする。現在の愛馬は素直に向きを変え、俺の合図と共に全力で走り始めた。装備の関係か、俺は追っ手を徐々に引き離していく。
背後からは何か叫んでいるようだが、無視して馬を走らせる。だが、この判断は間違いだったようだ。
街道の分岐点が見えてきたが、そこには揃いの鎧に身を固めた兵士が4人ほど待機していたのだ。鎧に描かれるのは、もはや見慣れたブロンゾ侯爵の紋章。どうやら俺は誘い込まれたらしい。
『ちょっと、どうする気!?』
肩の上のスマラが慌てた心話を飛ばしてくる。俺は手綱を引き、森の中へと馬を進める。嫌がる素振りも見せずに森へと入って行く馬に感謝しつつ、できる限り急いで森を進んで行く。
背後からは合流したらしいゴルガスや兵士たちの声が聞こえる。兵士たちは森に入るのを嫌がっているようだが、ゴルガス達が強引に説き伏せると、仕方がないとばかりに渋々付き従う。
おかげで少しは距離が稼げたが、森の中は視界が悪く、障害物も多いので馬に乗っていても進む速度は徒歩とあまり変わらなかった。
俺は馬から降りると、腰鞄から〈小さな魔法筒〉を取り出し、乗って来た馬を収納する。そしてスマラに影に入るよう指示を出すと、〈隠蔽〉の魔法を使い、近くの茂みに身を隠す。
これで上手く追っ手を撒くことができれば良いんだが…。
急に姿を消した俺に兵士たちは戸惑っているようだが、ゴルガスは落ち着くように言うと、何かを唱えている。おそらく〈感知〉の魔法だろう。だが、ここまでは魔法が届かいはずだ。俺は息を殺してじっと待つ。
だが、俺の期待は裏切られることになる。予想に反してゴルガスたちは真っ直ぐに俺の方に向かってきた。おかしい、〈感知〉の魔法じゃないのか?
俺は音を立てないように注意しながら、彼らから離れる方向に移動する。直線的にならないように適当に向きを変えて進んでいるのに、ゴルガスたちは迷いなくこちらに向かって来た。
間違いない、俺の位置は把握されている。
どういった手段かは分からないが、ゴルガスは俺の位置が分かるらしい。俺は追っ手を撒くことは諦め、〈無限の鞘〉から〈聖者の聖印〉を取り出す。
〈聖者の聖印〉の効果で〈隠蔽〉の魔法が解除される。姿を現した俺に対し、ゴルガスは笑顔を浮かべるとこちらへと向かって来る。そして10メートルほど距離を取ったところで立ち止まり、
「どうやら観念したようだね! 僕の刻御手を奪った罪は重いよ! 万死に値する!」
今回は自信があるのだろう。ゴルガスはそう宣言する。まぁ、あれだけ仲間がいれば当然か。俺は黙って彼の言葉を聞いていた。
「逃げても無駄さ! 僕は〈探査〉の〈才能〉を持っているんだ! 僕の刻御手を持っていれば、どこにいても方角が分かるんだ! 僕の刻御手を持って行ったことを悔やむが良い!」
あ、わざわざ自分の〈才能〉を説明してくれてる。ありがたいので少し話を聞くことにしよう。
「なるほどな。だがそれだけじゃ俺の正確な位置まで分かるまい?」
「簡単なことさ。方角が分かれば、後は〈絶対方角〉を持つ仲間に伝えれば、間違えずに真っ直ぐ追うことができる。近くまでくれば僕の〈感知〉の魔法もある」
ドヤ顔で説明を続けるゴルガス。仲間は慌てて止めようとしているが、ゴルガスの言葉は止まらない。
「もっとも、〈全贈匣〉に仕舞われると分からなくなるんだけど。まぁそんなマイナーな〈才能〉、普通取るやつなんていないけどね」
悪かったな。マイナーな〈才能〉持ちで。俺は表情を変えないようにしながら様子を伺う。あ、ゴルガスの仲間の一人が憮然とした表情をしている。多分、彼は〈全贈匣〉持ちなんだろうな…。
それにしても良いことを聞いた。これからは〈全贈匣〉に仕舞うとしよう。
もう少し言葉を選べばいいんだが、興に乗ったゴルガスは止まらない。
「いくらお前が強い〈魔戦士〉だとしても、この人数で掛かればひとたまりもないだろう! 〈隠蔽〉を使えたのは予想外だったが、だとしても恐れるレベルじゃない!」
『ねぇねぇ、あの人大丈夫? なんか迂闊なことをベラベラ喋ってるけど』
『あの手の輩は調子に乗せて喋らせたほうが良いんだよ。勝手に教えてくれるから』
スマラの呆れた心話に俺は心話を返すと、おもむろに腰鞄からゴルガスのものであろう〈刻の刻御手〉を取り出し、
「お前の刻御手というのはこれか?」
「あっ、僕の刻御手! 返せ! 返せよ! 返せば1キルで許してやる!」
装備の仕方からの当てずっぽうだったんだが、どうやらビンゴだったらしい。俺は肩を竦めると、
『スマラ、〈神速〉の魔法を頼む』
『了解。これ本当に疲れるのよね~。後で〈極光の宴〉貸してよね!』
もはや定番となったやり取りを交わし、魔法が掛かるのを確認すると、俺は左手に持った刻御手をゴルガスに向かって投げつけた。
「分かった。受け取りな!」
投げつけられた刻御手を、ゴルガスは持っていた杖を落としながら、慌てて受け取る。
その隙をつき、俺は一気にゴルガスたちとの距離を詰めた。こいつらも〈簒奪者〉だろう。容赦はしない。兵士たちは気の毒だが、こんな奴らに協力したのが運の尽きだったと諦めてもらおう。
ゴルガスの仲間の戦士が慌てて構えを取る。動きを見ても悪くはない。ゼファーと比べても遜色ない動きはかなりの経験を感じさせる。
だが遅い!
突進と共に突き出したカタールは、戦士の纏うプレートアーマーの首を貫き、半ばまで埋まった刀身の先が、首の後ろから突き出ていた。
口から血泡を吐きながら、信じられないものを見る目で俺を見つめた戦士は、そのまま頽れた。
そして右手の〈聖者の聖印〉は、その横でショートソードを構えた、セリアンスロープの盗賊らしき女の首を構えた腕と共に一撃で跳ね飛ばした。これで2人。
一瞬にして仲間を2人失ったゴルガスたちだったが、流石にある程度経験を積んだ探索者だ。即座に包囲を敷いて攻撃してくる。
残されたもう一人のドワーフの戦士は、両手に構えた斧を振り降ろしてきたが、俺は引き戻してきたカタールを使い、軌道を逸らして受け流す。
受け流した斧は側面から俺に襲い掛かろうとしていた兵士に向かい、兵士は慌てて攻撃を諦め、飛び退く。だが、予想外の動きに背後の兵士とぶつかり、連携が乱れた。
ドワーフの攻撃を捌いたことを好機と感じたのか、別の兵士が反対側からシミターで切り掛かってきたが、連携も取れていない単調な攻撃を、俺は〈聖者の聖印〉で弾き返すと、シミターを跳ね上げられて万歳をする兵士の首を跳ね飛ばした。これで3人。
背後に控えてた〈戦神〉の聖印らしきものを身に着けたエルフの女性が、俺に向かって魔法を唱えた。だがそれは悪手だ。俺に向けて放たれた〈呪弾〉の魔法は、〈聖者の聖印〉の効果であっさりと霧散する。
仲間との連携が重要なパーティでの戦闘の場合、相手の力量が分からない時には味方への補助魔法を使う方が良い。魔法は抵抗されれば効果を発揮しないものが大半なので、確実に発動する味方への補助魔法の方が有効なのだ。
補助魔法によって有利が取れるのならば、そのまま継続していけば良いし、それでも相手の方が強ければ、その時に別の魔法を使えば良い。
近接武器による攻撃とは違い、魔法はエーテルの集中や呪文の詠唱などの複雑な動作が必要になるため、行使するには時間がかかる。そのためにその場で最適な選択が望まれるのが魔法であり、魔法を使う〈職業〉は難易度が高いと言われる所以なのだ。
それを知ってか知らずか、ゴルガスは慌てて杖を拾うと後方へと下がり、呪文を詠唱する。おい、まさか…。ゴルガスの隣のエルフもギョッとした顔をして、慌てて離れていく。
「くそっ、不意打ちなんて卑怯な真似をしやがって。これでもくらえ!」
ゴルガスが唱えたのは〈火球〉の魔法。まさか兵士たちだけじゃなく、味方プレイヤーも巻き込んで魔法を使うだと!? しかも、この距離だと自分だって巻き込むぞ! こいつは馬鹿なのか?
エーテルによって生み出された炎の球は、俺に向かって一直線に進んでくる。俺の周囲に展開した者が一様にぎょっとした表情を浮かべるが、もはや退避は不可能だ。
焔球が俺に到達した瞬間、それは一瞬のうちに霧散する。
「ば、馬鹿な! なぜ〈火球〉が消える!? 魔法を失敗したか!?」
ゴルガスは混乱している。どうやら〈聖者の聖印〉は知らなかったらしい。
まぁ、あの砦で勇者狩りしかしていなかったら、知らなくても無理はないか。俺は呆然とするドワーフや兵士たちを容赦なく切り倒していく。手足を切り飛ばされて呻く者は後回しにし、エルフの女性とゴルガスに向かって近づいていく。
「ねぇ、私が悪かったわ。お願い、命だけは助けて。悪気はなかったのよぉ」
エルフの女性はそう言って俺に縋り付いて来た。俺はそんなエルフを冷たく見下ろし、
「もう2度とPKはしないと約束できるか?」
「約束するわ! だからお願い、助けて!」
「今まで他のプレイヤーから取り上げた刻御手を全て出せ」
俺の言葉にエルフは慌てて身に着けていた〈刻の刻御手〉を外す。その様子を見ながらゴルガスは怒りに肩を震わせている。
「ふざけるなよ…! さっきは偶々失敗しただけだ! 裏切者と一緒に死ね!」
ゴルガスはそう言って魔法を使う。エルフは驚愕に目を見開くが、俺は冷静にゴルガスに向かって歩き出す。
ゴルガスの唱えた魔法は〈吹雪〉。触れるだけで身を切られる冷気が俺を中心に吹き荒れようとして、あっという間に霧散する。
「う、嘘だ…。なぜ魔法が効かないんだ…! こんなのおかしいだろう! くそっ、チートだ! 運営に訴えてやる!」
「言いたいことはそれだけか?」
ゴルガスの罵声をこれ以上聞いていたくはなかった俺は、喋り続けるゴルガスに近づき、〈聖者の聖印〉を一閃する。
音もなく転がり落ちるゴルガスの首。残された身体は盛大に血を噴き出しつつその場に頽れる。
振り向くと、エルフが〈時の刻御手〉を捧げるように差し出しながらガタガタと震えていた。
「これで全部です」
俺はエルフの差し出した刻御手を受け取り、未だ呻き声を上げているドワーフや兵士に止めを刺していく。ゲームとはいえ、いつまでも苦しい思いをさせるのは偲びなかった。そして、
「行け。もう2度と俺の前に姿を現すなよ」
次に会ったら殺す。そう伝えると、エルフは脇目も降らずに一目散に駆け出した。そう言えば名前を聞いていなかったな。まぁ、二度と会うことはないだろうし、問題ないだろう。
俺は死体が消える前に、ゴルガスたちから装備を回収していく。奪ったものなのか、そこそこの魔法の品物もあった。〈刻の刻御手〉も忘れずに回収する。こいつらにはそれくらいペナルティがあった方が良い。恨みは買いそうだが、こいつらだって他のプレイヤーから奪っていたのだ。自業自得である。
プレイヤーは光の粒子となって消えていく。しばらく待っていたがリスポーンする気配はない。どうやら諦めたらしい。
兵士の死体は残っているが、仕方がないのでこのまま放置することにした。森の獣や魔物が処理してくれるだろう。
「上手くいったわね」
影から姿を現したスマラが、そう言って見上げてくる。
「まぁ、何というかゴルガスが馬鹿で助かった」
ゲームとはいえもう少し考えて行動したほうが良いと思うんだが、もしかしたら彼は本当に子どもだったのかもしれない。
このゲームは15歳以上が対象となっているが、彼は15歳だったのではないだろうか。まだ精神的に未熟な中高生であれば、あの言動も頷けなくはない。もっとも、年齢は関係なく馬鹿は馬鹿なんだが。
俺も人のことはいえないので、これ以上話をするのは止そう。
そして、彼らに現実世界へ戻ることができているのかを確認するのを忘れていたことに気がつき、心の中でため息をつく。
「さて、これからどうするかな? 森に入っちゃったし」
「大人しく街道に戻れば? 流石にもう追ってこないと思うけど」
それで思い出した。俺は取り上げたゴルガスの刻御手を〈全贈匣〉に仕舞う。ゴルガスの言葉が本当なら、これで俺の位置は分からなくなるはずだ。
とりあえず街道に戻るか。
そう思い周囲を見回すと、俺は奇妙なことに気が付いた。
『蘇生』するプレイヤーの死体がないのは分かるんだが、NPCである兵士たちの死体も消えていたのだ。
しかも、森の中にはうっすらと霧が出てきていた。これはやってしまったか…?
「なあ、兵士の死体、消えてないか? それに霧が出てきたみたいなんだが」
「え? …本当ね。おかしいわよね、霧はともかく兵士の死体が消えるなんて…」
やはり兵士の死体が消えたのは間違いないようだ。それにしても森の雰囲気が先ほどまでとは全く違う。
俺は一刻も早く森を抜けようと、元来た方向に戻ろうとした。だが、一向に街道へ出る気配がない。俺は慌てて足元を確認するが、あれだけの人数が踏み荒らしたはずの地面は、足跡一つ残っていなかった。
これが〈妖の森〉か…!
俺はその場に立ち止まり、周囲を警戒しつつスマラと相談する。
「なぁ、これって明らかに魔法的な影響だよな?」
「多分ね。どんな魔法かは分からないけど」
スマラの答えに思わずため息をつく。脱出方法が分かるかと期待していたんだが、そう簡単にはいかないらしい。
「ねぇ、とりあえず休憩しない? 追っ手も大丈夫だろうし、〈妖精郷〉でゆっくりしましょうよ」
「…そうだな。とりあえず休んでから考えるか」
俺は頷いて〈妖精郷〉への扉を開こうとした。だが、なぜか開くことができなかった。
「おかしい、『扉』が出せない」
「え? どういうこと?」
俺は何度か試してみたが、やはり『扉』である門を呼び出すことができない。これも〈妖の森〉の影響なのだろうか?
「とにかく、森を出ないことには始まらなそうだ。先を急ごう」
「そうね。そうしましょう」
俺は頷くと、酒場で手に入れた干した果実や木の実を取り出すとスマラに分け、歩きながら簡単な食事を済ませた。〈極光の宴〉を取り出し、水を注いで喉を潤す。俺は酔わないので酒が呑みたかったが、そうするとスマラも呑みたいと言い出すので我慢した。
スマラにも水を与え、俺たちは本格的に森の探索を始めることにした。果たして森を出られるのはいつになるのか…。
俺は不安を胸に抱きつつ、不気味さが増した森の中で、黙々と歩を進めていった。




