4 これが転移というものか
転移門は施設の奥にあり、門の前には管理者である二人の女性が立っていた。
「よくぞここまで辿り着きました。…って一人だけ?」
「みたいね。今回はすぐに終わるから楽でいいわ~」
さっきまでの荘厳な雰囲気はどこへやら。急にくだけた調子になった二人は、ナーシュとカマンと言うらしい。
「私のことはナシュたんて呼んでね!」
「私はカマンたんと呼びなさいよね!」
そういってドヤ顔でポーズを取る二人に、俺は何とか笑顔を返すのが精一杯だった。何だろう、この必死にキャラづくりしてます感は…。
「…ちょっと、何か反応しなさいよ。恥ずかしいじゃない」
「いくら仕事とはいえ、一人相手だと、我に帰るのが早いわ…」
そう言ってポーズを解いた二人は、
「それじゃ、早速転移するわ。さっさと終わらせましょう」
「そうね。えーと、『汝がこれから行う探索に、幸あらんことを』よし、終わり! さぁそこに立って!」
すごいおざなりに定型文らしい文言を言われ、転移ゲートであろう、所定の場所にぐいぐいと連れて行かれる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺まだ買い物もしてないんだけど…」
「買い物~? そんなの転移先でしなさい! どうせどこかの街に飛ぶんだから」
「それに〈才能〉をまだ修得していないんだけど…」
「〈才能〉~? 何を修得したいの? 〈全贈箱〉? またマイナーなものを…。はいOK! もう修得できたわよ!」
カマンの手が光ったかと思うと、俺に〈才能〉が付与された、らしい。
「それじゃ、転移するわね。いってらっしゃ~い!」
「だから、ちょっと待て~!」
そのまま転移されそうになった俺は、慌ててゲートから飛び退く。
「ちょっと! 何してんのよ! 動かないでよ!」
「頼むから、少し話を聞いてくれ!」
「別に貴方に聞きたいことなんかないわ!」
「二人になくても、俺にはある!」
「何よ。ちなみにスリーサイズやプライベートに関する質問には答えられません。好きな食べ物はハニーパイよ」
「今日の下着の色はトップシークレットよ。好きな動物は猫」
こ、こいつら…。
「いい加減にしろ!」
俺は思わず大声を上げてしまった。俺の声に驚いたのか、二人が固まる。
俺は大きく息を吐くと、
「頼むから話を聞いてくれ。俺が聞きたいのは、君たちのことじゃない。これから行われる転移はどこに送られるのか、そこは言葉が通じるのか、いきなり闘いになったりしないのか、なんてことだよ」
他にも聞きたいことはあるけど。もう敬語を使う気力もなく、一気に言ってしまった俺の言葉に対し、二人は、
「え? 何でそんなことを聞きたいの? 聞いてどうするの?」
「そんなことを聞かれたのは、久しぶりね…」
ようやくまともに会話してくれるようだ。俺は改めて、
「初めまして。ナシュたん、カマンたん。俺はヴァイナスと言います。他の候補者がどういった質問をしたのか分かりませんが、質問してもよろしいでしょうか?」
と言い、深々とお辞儀をする。そんな態度に二人は、
「何この人、まともだわ」
「え? 何? ギャグ? ドッキリなの?」
と戸惑いが隠せない。俺より前に来た奴らって…。
「俺はふざけてもいないし、冗談を言ってるわけでもない。まず、転移される場所は、どういったところなのか? 教えて欲しい」
俺の態度に戸惑いつつ、ナーシュが答えてくれる。
「転移される場所は〈オーラムハロム〉にあるいずれかの街になるわ。そこで〈探索者組合〉に登録すれば、探索者として活動できるようになるわ」
「別に〈探索者組合〉に登録しなくても、探索は行えるわ。でも登録していたほうが、登録者同士で仲間を探しやすいし、様々なサポートが受けられるから便利よ」
なるほど。〈探索者組合〉か。確認してからになるけど、入って損はないかもな。
「なるほど。装備品とかは街で買えばいいか…。ちなみに言葉は通じるのかな? いま話しているのは日本語だと思うんだけど」
俺の言葉に首を傾げる二人、
「ニホンゴ? いま貴方が話しているのは共通語でしょ? ヒューマンが中心で使ってる」
「便利だから、他の種族も使っているけどね。あ、でも新しい言語を覚えるなら教えるわよ? 最初に覚えておけるのは…、あら貴方、もう4レベルなのね。それなら追加で3つ覚えられるわよ」
俺が今、話しているのは日本語じゃないのか…。AGSって自動翻訳機能がついているのかな?
VRMMOが世界規模で運営されている昨今、自動翻訳機能の発達は目覚ましいものがある。だから驚くものではないんだが。
「追加で覚えられる言語は、どういう扱いになるんだ? 俺、あまり頭は良くないんだが」
「言語は修得すれば、すぐに使えるわよ。言葉が通じる相手には自動的に翻訳されるわよ」
それは楽だけど、逆に聞かせたくない会話がある場合困るな。
「相手によって使う言語を変えたい場合はどうすれば?」
「頭の中で使いたい言語をイメージすれば切り替えられるわよ。とりあえず、何語を覚えたいの?」
ふむ、何を覚えるといいかな…。探索者は異種族でも共通語で通じそうなんだよな…。でもまぁあまり深く考えても仕方がない。現状だと、何が役に立つか分からんからな。
「言語の修得を後に回すことはできるのかな?」
「それは無理。今修得しないと、覚えないことを選んだことになるわ」
「了解。それじゃあ、エルフ語、ネコ語、デーモン語を頼む」
「OK。ほいほいっと。これで覚えてるわよ」
「言語の切り替えを試してみたいんだが、大丈夫かい?」
「いいわよ。どうぞ」
よし、まずはエルフ語だ。頭の中でエルフ語と念じてみる。
「どうだい? 今は何語に聞こえる?」
「エルフ語ね」
よし、次はネコ語だ。
「これはどうだい?」
「ネコ語ね」
最後にデーモン語だ。
「これはどう聞こえる?」
「デーモン語に聞こえるわよ」
なるほど、とりあえず頭の中で言語名を思い浮かべれば切り替わるらしい。便利だな。俺は言語を共通語に戻し、
「ありがとう。あと、転移後すぐに闘いになることはあるのかい?転移した先で、いきなり〈簒奪者〉(ユザーパー)に襲われるとかがあるなら、準備しておきたいんだけど」
「〈簒奪者〉に関しては、なんとも言えないわね。正直、今回転移した探索者は数千人になるけど、その中の誰が〈簒奪者〉なんて分からないもの。もっとも、街中でいきなり戦闘なんてすれば、衛士に捕まって牢獄行きだけどね」
「でも〈簒奪者〉以外だって注意は必要よ? スリや強盗、暗殺者だっているし、冤罪で逮捕されることだってあるし」
まぁ、その辺りまで気にしていたら探索なんてできないな。ふむ、最低限の準備はしておきたいな。
「なるほど、大体理解した。とりあえず武器や防具は揃えておきたいな。転移する前に買い物をしてきてもいいかい?」
俺の言葉に二人は顔を見合わせて頷き、
「構わないわよ。その前に貴方に渡すものがあるの」
ナーシュはそう言って何かを取り出した。
「はい、これ」
「これは?」
「これは転移する前に渡す餞別よ。本来なら説明を終えた後に渡すものなんだけど、失礼なやつが多かったから、金だけ渡して転移してやったわ」
「大したものは渡せないけど、最低限のものは入っているわ」
俺は渡された袋の中身を確認する。
中には、短剣と、下着が一揃え、保存食、簡素な服が入っている。
「なるほど、確かに最低限のものは入っているみたいだ。助かるよ。ありがとう」
俺はそういって笑顔を浮かべ、礼を言う。
二人も笑顔を浮かべ、
「本当はこれが私たちの仕事だから。貴方みたいな人は久しぶりよ。頑張ってね」
「街で買い物が終わったら、ここに来なさい。転移するわ」
二人の言葉に頷くと、俺は門前町へ向かうため、踵を返した。
門前町に着くと、俺はまず防具を整えることにした。手持ちの金は130ゴルト。これが多いのか少ないのかは、実際に鎧の価格を見てみないと分からない。
俺は以前ジュネに紹介された防具屋を訪れる。ここは訓練場で使う防具も取り扱っている店で、破損した防具の修理も行っているそうだ。
「こんにちは」
「よう、ヴァイナスと言ったか? 今日はどうしたんだい?」
中に入ると、店主である親父さんが声をかけてきた。
「先日無事に訓練所を卒業したので、これから転移してもらうんです。その前に防具を買おうかと思って」
「そうかい、それはめでたいね! お疲れさん! それで、どんな鎧にするんだい?」
「そうですね。革製の鎧を見せてもらえますか?」
「皮鎧かい? それならいいのがあるよ。こいつだ」
親父さんはそう言って、カウンターの中から一揃いの皮鎧を取り出した。
「動きの少ない部分は膠で固めてあるけど、関節なんかの部分は鞣した牛の膝の革を使ってある。軽いから、着たまま泳ぐことだってできるぞ」
親父さんに断わって持ってみると、確かに軽い。非力な俺でも使いこなせそうだ。
「良いですね。いくらです?」
「本来なら80ゴルト! と言いたいところだが、50ゴルトでどうだ?」
うん? 相場に比べて随分安いな。
「安すぎません?」
「うーん、これは黙っておいてくれって言われているんだが、内緒だぞ?」
「はい」
「実はな、これはジュネからの贈り物なんだよ。本来、教官が特定の候補者に肩入れするのはまずいんだが、あんたのことをよほど気にかけているんだろうな。もし買いに来るようなら、売ってやって欲しいと言われていたんだよ。特に手袋には、強化の魔法まで掛かっている特注品だぜ? 本当なら1000ゴルト以上するんだ。大事にしろよ」
俺は驚きのあまり、固まってしまった。
ジュネのやつ…。
俺は不意に熱くなった目頭を押さえ、泣き出しそうになるのをぐっと堪えた。AGSは情緒機能が少々過敏すぎる気がする。
「分かりました。親父さん、ありがたく使わせていただきます」
「そうか! よしまずは着付けだな。奥の試着室を使ってくれ!」
親父さんに言われて、俺は受け取った革鎧一式を持ち、試着室に入る。そこで鎧を身に着けてみた。
革鎧は揃いの物ではなく、革製であること以外共通点がなかった。だが、要所要所に、盗賊としての行動がしやすい工夫が凝らされていた。
手袋は甲の部分の側に厚手で硬質の革を充て、掌側の革はやや薄手で柔らかいものが使われている。
胴鎧はベストと呼ぶべき造りで、大小様々なポケットが配置されているため、開錠道具などを入れておくのに便利な構造になっている。もちろんズボンも同じようにポケットが多い。
兜もヘッドギアのような構造になっていて、頭部の要所をガードしつつ、耳や視界を塞がないようになっているし、ブーツも足裏に毛並みの堅い動物の毛皮を使っていて、足音がしづらい加工が施さていた。
サイズも丁度良く、ジュネがいかに気を利かせてくれたのかが、随所に感じられる逸品だ。
「サイズもぴったりです。ありがとうございました。ジュネにもお礼を言わないと…」
「残念だが、ジュネは次の指導に入ってしまったからな。いつ出てくるか分からんぞ」
そうか、残念だ。まぁいい。俺はお礼を書いた簡単な手紙を用意し、親父さんに渡してもらうことにした。
「確かに受け取ったよ。ジュネにはちゃんと渡すと約束しよう」
俺の頼みを親父さんは快く引き受けてくれた。
俺は改めて親父さんに礼を言うと、店を後にした。
武器は短剣があるから最低限なんとかなるとして、食料なんかはどうするかな? まぁ腐らせても仕方がないので、送られた街で買うことにするかな。
準備を整えた俺は、転移門へと戻って二人に話しかける。
「準備が終わったよ。改めてよろしく頼む」
「もういいのかしら? それじゃあ早速転移しましょう」
「一度転移すると、ここには戻って来れないけれど大丈夫?」
戻って来れない? どういうことだ?
「戻って来れないとは? 〈陽炎の門〉を使わないと戻れないんじゃないのか?」
俺の疑問に対し、二人は交互に答える。
「ここにある〈陽炎の門〉は、向こう側からの一方通行なの」
「こちらから向こう側に移動する門は、別の場所にあるわ」
「もちろん、他の地からここに繋がる門もあるけど、ほとんどの門は一方通行のものになるわ」
「双方向の門であれば行き来はできるし、中にはどこへでも繋がる万能の門もあるそうよ」
「今から転移で送る街にも、門があるところもあるし、ないところもあるわ」
「門のない街に着くことがあれば、安全な場所で〈刻の刻御手〉で戻るしかないから、刻御手を無くさないように注意しなさい」
なるほど、ここの運営はとことん不便にしないと気が済まないようだな。仕方がない。その時はその時と割り切ろう。
「了解した。始めてくれ」
俺の声に合わせて、二人は頷き、詠唱を始めた。
俺の知らない言葉で紡ぐ呪文の詠唱は、時に強く、時に囁き、独特なリズムで唱えられる。
不意に足元が光り、魔方陣が展開された。俺は驚きのあまり目を見開く。
光はどんどんと強まり、次第に周囲の景色が見えなくなってきた。そして周囲が白一色となり、音すらも失われる。
全てが真っ白に染まった瞬間、俺は意識を失った。
最後に何か聞こえたような気がしたが、覚えていない。